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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
5章 レンガでの日々
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十二話 だらけの世界

一見どこにでも在る、小さな村の風景。


太陽は東から顔をだし、村を照らし始めていた。


夏よりも涼しく、冬よりも暖かな季節。



1人の少年が村の一角を目指して歩いていた。


所々に田舎を象徴するかのような建物が建ち、少年が歩いている道も人の手が加えられているが、歩くのが容易とはいえない。


少年の住む村は属性使いに恵まれているため、家族に水使いが居れば生活水に困ることはない。しかし少年が世話に成っている老婆宅には、水使いは誰も居なかった。


故郷であるこの村にも数ヶ所の井戸が在り、少年は自ら進んで毎日生活水を運んでいた。


老婆宅から一番近い井戸まで10分ほどで到着できる、誰でも出来るような作業だが、少年は一日も休むことなく続けている。



少年は自分が子供であり、できることは少ないと分かっていた。それでも自分が役に立てることは、文句も言わず一生懸命に取り組んでいた。


老婆に世話になり始めて半年、速く1人でも生きて行けるようになりたかった。


将来なにをして生きていくか、どんな仕事を選ぶかまでは分からない。だけど可能ならば、人と関わらない仕事にしたい。



そうなると選べる職業は限られてくる、物を売る・物を造る・物を運ぶ、どれも人と関わらないと不可能な仕事だ。


魔物狩り・・・高位属性使いなら1人でも可能だけど、少年が1人で行うには無謀すぎる。


この世界で魔法が使えるというのは利点だから、まだ将来なにを仕事に選ぶか分からないけど、少年は空いた時間の全てを修行に向けていた。


この村にも修行場は存在しているが、同年代の子供や修行熱心な大人が良く使っている。


とてもじゃないが彼は人が苦手だから、そんな場所で修行はできない。


彼が世話に成っている老婆は、この村での地位が高い人物であり、その家は他よりも一回り大きかった。


老婆宅には表庭と裏庭があり、表庭は花やハーブなどで彩られ、良く少女が老婆の指導で手入れをしていた。本当は少年も手伝いたかったが、自分が植物に触れると枯らしてしまう気がするから手伝わなかった。


一方の裏庭は広いとは思えないが、充分修行できるだけの大きさだった。少年は老婆に頼み、荒れていた裏庭を修行場に改造した。


改造といっても草を刈り、放置されていた木材を端に寄せただけの簡単なものだったが。少女の邪魔とも言える手伝いを受けながら完成した裏庭の修行場は、少年にとって好きな場所になった。



今まで少女は村の修行場で修練をしていたが、そのたびに村人たちは気を使い、修行場から離れてしまっていた。少年が修行場を造ったことで、少女も裏庭で修練をするようになる。


老婆は2人が村人から離れていくことを嘆いていたが、村人も2人から距離を置いていると気付いていた。


本当は2人の保護者として、少年と少女が他の村人と関係を築けるようにしなくてはならなかったが、それが出来ぬまま時を重ねて行った。


齢百を遠の昔に越えた老体で、毎日を村での役割に負われ、空いた時間を2人の修練に費やす。


少年が老婆宅に住み始める以前は、食事や家事の世話だけでなく、少女に修行を付けてくれていた女性が居た。しかしその女性は半年前に起きた事件で、今はもう居ない。


毎日の忙しさに追われ、老婆が気付いたとき、少年と少女は既に2人だけの世界を創りだしてしていた。


・・

・・

・・


少年は水汲桶を両手に持ちながら、何時もの道を歩く。


彼が老婆の家から外に出るのはこの時だけで、後は裏庭にいる時間が殆どだった。


老婆が珍しく家にいる時には2人に世界のことを教えてくれていたが、少年はこの村から外に出る積もりは微塵もなかったから、老婆の話を無視して裏庭で修行をしていることが多い。



もう直ぐ井戸に到着する頃だった、少年の背後から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。


「グ~ちゃん!! わたしも行くって言ったのにひどいよ~」


その言葉に少年は立ち止まり、冷めた口調で返す。


「うるさい、俺はいつもの時間に家をでた、手伝いたいなら合わせるのはお前の方だろ」


以上の言葉を残すと、少年は少女を待たずに歩き始める。


少女は少年に追い付こうと速度を上げながら。


「だってだって!! グ~ちゃんいつの間にか消えちゃったんだもん!!」


その物言いに少年は不満を述べる。


「俺の名前をちゃん付けで呼ぶな」


だか少女は全身を振りながら嫌だと表現する。


「グ~ちゃんはグ~ちゃんだもん、それか駄目ならグレンちゃん!!」


少年は溜息を吐き、少女に振り向かないまま別の質問をする。


「手伝ってくれるのは良いけどよ、何で水を汲みに行くのに手ぶらなんだ?」


その言葉に少女は自分の両手を見る。


「ふえ? 手ぶらじゃだめなの?」


呆れた少年は少女を無視して歩みを進める。


自分を置いて歩き続ける少年に、少女は不満を述べる。


「わたし頑張って走ってきたのに!! グ~ちゃんのばか!! 待ってよ~」


少女の不満を受け流しながら歩き続けていた少年は、突然その場に立ち止まると、周囲を見渡し始めた。


その行動に勘違いした少女は、満面の笑顔を向けながら少年に駆け寄ってくる。


「にへへ~ わたしのこと待っててくれたの?」


とりあえず少年は少女の態度がムカついたので、頭を殴っておく。


頭を殴られた少女は怒りだす。


「グレンちゃん酷い!! 照れ隠しだからって殴るのは駄目だってオババが言ってたもん!!」


勘違いするなという意味で、もう一度少女を殴ると、少年は一方を指さす。



その指先は建物の壁に隠れていた誰かの人陰に向いていた。相手は隠れている積もりのようだが、正直こちらからすれば丸見えだった。


少女は人影を確認すると、すぐさま少年の背中に隠れた。


あの人影は数週間前から2人が何かをしていると現れる、影の大きさから判断するに、多分2人よりも年下の子供だと思う。4から5歳って所だろうか?


少女はその人影に怯え、少年の服を掴む。いつもなら少年は嫌がるのだが、少女が本気で怯えていると分かるから振り解いたりしない。


少しだけ優しい声で少年は少女に話しかける。


「セレス・・・怖いなら無理しないで家に帰ってろ、俺だけでも水汲みなら出来るから」


井戸までは1本道で、井戸まで向かうには誰かが隠れている建物を通り越さなければならない。


グレンも人は苦手だけど、自分より年下の子に怖がるほど、彼は臆病ではなかった。


それにあの子、今までも俺たちを遠目から見てたけど、何もしてこなかった。目的は分からないけど、酷いことはしてこない筈だ。



俺とセレスは悪いことなんて何もしてない、あの子に怨みを抱かれるようなことは多分してないから。



グレンは先に戻るように言ったが、セレスは首を左右に振りながら。


「わたし、グレンちゃんと一緒に行くもん・・・怖くないもん」


勇気を振り絞ったセレスの声に、グレンは泣くなよ、と応援する。


両腕に持っていた水桶を片手で何とか持ち、自分の服を掴んでいたセレスの手をグレンは掴む。


グレンに手を握られたセレスは嬉しそうに笑顔を向ける。


「にへへ~ グ~ちゃんと手を繋いじゃった~」


セレスがこのような反応をした時は、グレンは何時もこのように返していた。


「お前の笑い方は本当に気持ち悪いな」


これが照れ隠しなのか、本心から言っているのかはグレンにしか分からない。




2人は気を引き締めて歩きだす。


セレスはグレンの腕にしがみ付き、少年は少女を護るように歩く。


2人が歩いている道は人の手が加えられているが、所詮は田舎道で歩き易いとはいえない。


小さな誰かが隠れている建物は、2人から10mほど先の左側に建っている。今は誰も住んでない木造のボロ屋。


少年と少女は怖がりながらも一歩ずつ確実にボロ屋に近付いていく。


田舎道の右側を2人は歩き、やがて誰かが隠れている建物の真横に到着した。


その瞬間だった、小さな人影は突然ガサガサと音を立て、2人に見つからないように動きだした。



2人はその音に驚き、たまらずに走りだす。


少年は少女の手を握っていたが、走っている最中に少女が足を躓かせ、そのまま転んでしまう。


転んでしまったセレスは泣きながらグレンに助けを求めた。


グレンは急いでセレスに近付き立ち上がらせると、セレスの体についた砂埃を手で払う。


「転んでんじゃねえよバカ!! 泣いてないで速く行くぞ!!」


荒れた口調でそう残すと、セレスの手を再び握り締めて走りだす。



その姿はまるで、お姫様を救い出した王子様のようだった。


・・

・・

現在

・・

・・


仕事を終え、今日一日を何とか生き抜いた。


本当は走って宿に帰りたいけど、もう駆ける気力が残ってない。


今はただ宿を目指し、一歩一歩少しずつ進んでいる。



アクアとセレスに謝ったら、今日は直ぐに寝よう。


俺たちが世話に成っている宿は、24時間いつでも出入りできるけど、受付は22時で閉じるから身体を拭く布を貰うことはできない。


そういえばレンガに来てから一度も浴槽を利用してないな、シャワーという生活玉具は非常に興味が在るんだけど。



何時もは全速力で帰る道を、今日はゆっくりと進んでいた。


嫌な気配は感じないから、今は恐らく探られてはないだろう。


暗い夜道を歩きながら、時々巡視の兵士と擦れ違う。静寂に包まれたこの街は、まるで眠っているようだ。


この赤鋼には数え切れない人間が毎日を生活しているのに、俺の故郷と同じで静かな夜を味わうことができる。それは幸せなことなんだ。


レンガに住む人たちは気付いているのだろうか?


この夜を護るために、魔物と戦っている者達が存在していることに。


人間の世界を護るために、魔族と戦っている者達が存在していることに。



魔物は本能で人間を憎んでいる。それは闇の魔力と関係があるのだろうか?


魔族も魔物と同じで、本能で人間を憎んでいるのだろうか?


俺の身体には封印で抑えていても、闇の魔力が宿っている。


確かに俺は人間が苦手だけど、人を憎んではない。



本当に生き難い世の中だよ、大切な人が多すぎて・・・憎めねえ。



だけど一人だけ、大嫌いな【人間】がいた。俺から大切な者を奪った奴だ、そいつが憎くて憎くて堪らない。


そいつはきっと、ろくな死に方をしない。


だけど奴は臆病だから、自ら命を絶つなんて出来ない。


何時も人の顔色ばかり伺って、人に嫌われるのを恐れて、僅かな誇りにしがみ付いて、己の過去に縛られて。


自分から一歩も前に踏みだそうとしない、あの男が・・・俺は嫌いだ。


可哀想な俺に同情しろ、惨めな俺を哀れんでくれ、悲劇の主人公である俺を助けてくれ。


心の奥底で、そんなことを考えてしまう自分が悔しくて堪らない。



過去に俺が犯した罪を魔人病の所為にしてしまえば、俺が自分は魔人だと認めてしまったことになる。


俺は自分を憎み続けなければいけない、その為には人間として存在しないと駄目なんだ。


だから断固としてこれだけは譲れない、俺は魔人だけど・・・人間だ。



人に助けを求めれば


神に祈りを捧げれば


誰かに救いを望んでしまえば



その行為は俺自身を否定することになる。


もし誰かに心配されたら、俺はその誰かに甘えて、自分のことを許してしまう。


俺が自分を許してしまったら、俺の犯した罪が消えてしまう。


過去の罪が消えてしまったら、大好きだった2人の死が無駄になっちまう。


・・

・・

・・


グレンが宿に到着すると、見知っている人物が目に入った。


ボロ宿の壁に背をもたれながら、石畳の道に腰を下ろして眠っている勇者である。


あと数週間で冬が終るといっても、まだ寒いだろうに。


レンガは他の場所より少し暖かい気はするが、星空の見えれる特別ルームは季節的に無理だと思う。


まあ、馬鹿は風邪を引かないからな、セレスなら真冬に川へ飛び込んでもきっと大丈夫だ。



グレンは眠っている勇者の肩を叩き、起こそうとする。


だがその程度で起きるセレスではない。


「・・・怖くないもん うへへ~ わたしまだまだ行けるよ~」


何が行けるのか分からないが、幸せそうに涎を垂らしている。


馬鹿がどんな夢を見ているのか興味はないけど、ろくな夢ではなさそうだ。



セレスが起きないので、グレンは黙ってその隣に腰を落とす。


こいつを背負って部屋まで行くのは嫌だし、そんな体力は残ってない。


毛布を持ってきて、セレスにかけるなんてキャラじゃないから、隣に座って星を眺める。



寒い季節は空気が澄んでいて、星を見るには冬の方が最適らしい。


月の輝きは2人だけでなく、闇に包まれたこの世界を優しく照らしてくれる。


夜は暗いけど、月が在るから居場所を見失わずに立っていられるんだ。



グレンは無意識に母なる月へ手を伸ばしていた。


だけど手を伸ばしても、グレンには遠くて届かない。


勇者は世界を照らす光、俺には眩しすぎて・・・目を開けていられない。


月に照らされた薄暗い場所を歩くのが、俺にはお似合いかも知れないな。



俺が月に想いを馳せていると、隣から聞きなれた声が耳に届く。


「グレンちゃん知ってる? 月はお母さんでね、太陽がお父さんなんだよ」


声が聞こえた方にグレンは視線を向ける。


「お前・・・起きてたのか」


にへへ、と笑顔をグレンに向け、セレスは話を続ける。


「お父さんとお母さんは子供を産んでね、その子供たちが大地になり空になり海となり、やがて世界になったの」


セレスの言葉にグレンは興味なさそうに。


「俺はお前と違って神話なんざ信じちゃいねえ、そもそも世界の成り立ちなんざ興味ない」


神を信じてしまったら、俺は神に祈りを捧げてしまう。


それを信じているお前らに、昔から気になっていた質問がある。


「なんで見たこともない相手をそこまで信じられるんだ? なぜ話したこともない存在を崇められるんだ? お前は怖くないのか、魔法のような力を持つ神と言う存在が」


グレンの言葉にセレスは悲しそうな瞳を向ける。


「私だって神様は見たことないし、話したことないもん。だけど神様は魔法だけじゃないよ、困っている時や泣きそうな時・・・祈りを捧げると、何時も私を支えてくれたから」


この世界の神は人間の為に存在しているのか?


「人に魔法を与えたり、人の支えになったり、随分と人間に都合が良いんだな神様ってのは」


グレンの意地悪な物言いに、セレスは頬を膨らませる。


「信じる気持ちが大切なんだもん、人は支えがないと生きて行けないんだよ」


セレスの言葉にグレンは珍しく頷く。


「そうだな、支えがないと人間は生きていけない。だけどよ、何を支えにするかは人によって違う」


少なくても俺は・・・見たこともない相手を心の支えにできるほど、澄んだ心は持ってない。



グレンに賛同されたのが嬉しいようで、セレスは笑顔を向けながら口を開く。


「私は神様だけじゃないよ、ガンセキさんやアクア・・・グレンちゃんに支えられている」


セレスの表情とは対照的に、グレンは顔を顰めながら。


「俺は誰かを支えたことなんて一度もねえよ、迷惑を掛けた覚えなら腐るほど記憶に残っているけどな」


グレンの発言を聞いても、セレスは笑顔をそのままに。


「グレンちゃんが私と一緒に旅をしてくれているだけでも、心の支えになってるもん」


その言葉に耐えられず、グレンはセレスから視線を逸らすと立ち上がる。


「何時までもこんな場所に居ると・・・風邪ひくぞ」


グレンが立ち上がったのを目で追うと、それを真似してセレスも立ち上がりながら不満を述べる。


「ええ~ 折角だからグレンちゃんともっとお話ししたい!!」


勘弁してくれ、今日はもう疲れたから速く寝たい。


そう伝えたが、セレスは決して譲らない。


「ねえねえグレンちゃん、たまには一緒にお散歩しようよ、わたし夜のレンガをお散歩したいな~」


グレンは我侭を言うセレスの頭を叩く。


「散歩したいなら1人でしろ、俺はもう寝るって決めたんだ」


セレスは叩かれた頭を擦りながら。


「グレンちゃん酷い!! 人を叩いちゃ駄目だもん!!」


グレンは叩いてしまったことを素直に謝る。


「すまん、お前の頭を見ると衝動的に叩きたくなるんだ・・・大体よ、アクアを1人残して宿から離れる訳にはいかねえだろ」


だけどセレスは散歩したいと言い続ける。


「先に寝てるってアクア言ってた・・・わたし頑張って起きてたんだよ」


痛いところを突かれたグレンは、相手の顔を見ないように視線を逸らし、小さな声で謝る。


「すんませんでした」


不器用に謝ると、セレスは笑顔で言葉を返す。


「うん・・・凄く心配した、だから悪いと思うなら一緒にお散歩しよ」


グレンは何も言い返せず、渋々と歩き始めた。


その後を追い、セレスも歩き始める。


セレスは手を繋ごうとしたが、グレンは拒絶した。


・・

・・

・・


比較的に宿泊施設が多い東側の一角、グレンの後を追うようにセレスは歩いていた。


前を歩くグレンの背中に向け、セレスは頬をパンパンに膨らませながら。


「グレンちゃん旅が始まってから一回も手を繋いでくれない!!」


たしか最後に手を繋いだのは儀式の少し前だったか。


「お前が脅迫してくるから怖くて手を繋いだ覚えはあるな・・・悪いが俺はもう理不尽な脅しに屈しないからな」


その言葉を残すとグレンは歩みを速める。


「グレンちゃん歩くの速いよ~ ゆっくり歩こうよ~」


セレスの声を無視してグレンは速度を上げていく。


ボロ宿の周辺を適当に回って、一刻も速く散歩を終らせる。



自分を残して先に行こうとするグレンに、セレスは怒りを爆発させた。


「もう怒った!! グレンちゃん止まれーー!!」


セレスは片腕から電撃を放つ、それが真直ぐグレンの足に伸びて、そのまま見事に命中した。


グレンは咄嗟に魔力を纏ったが、電撃に直撃した所為で足が痺れる。


「バカかお前、何しやがる!! 街中で攻撃魔法使うんじゃねえ!!」


足が痺れて上手く動けない。


「にへへ~ やっぱりグレンちゃんは優しいな~ わたしのこと待っててくれた~ それとこんな夜中に叫んじゃ駄目だよ~」


この野郎、人に電撃を喰らわせといて何を抜かしてんだ。



セレスはグレンの手を握ると、何事もなかったかのように歩き始める。


・・

・・

・・


2人は夜の赤鋼を歩き続ける、道は薄暗く1人で歩けば少し怖いかも知れない。


俺とセレスの足音だけが周囲に響き渡る。


唯一の救いは何者かの視線を感じないことだ、もしガンセキさんの言う通り俺にそんな能力が備わっているのなら、今この場に信念旗は居ない。


セレスは先程から笑顔を絶やさずに俺の隣で歩いている。


日中と違い夜のレンガは静寂に包まれていて、さっきからすれ違うのは巡視の兵士だけだ。


こんな夜中に異性と歩き回って、さぞや怪しいだろうな。



グレンは今の状況が嫌だから、速く帰りたいとセレスに催促する。


「こんな何も無い場所を歩くのも飽きただろ、そろそろ帰らせてくれ」


だがセレスはその願いを受け入れずに、笑顔のままで歩き続ける。


握っていた手をセレスはより強く握り締め、静かに口を開く。


「私は凄く楽しいよ・・・こうやって手を繋いで歩けるだけで、凄く楽しいもん」


グレンにとってその言葉は重く、恐れている言葉だった。



セレスはグレンの反応を見ると、ゆっくりと速度を落とし停止する。


2人の足音は消え、グレンとセレスは静寂に包まれた。


・・

・・

・・


セレスは意を決したように、まずは一言。


「グレンちゃん・・・ごめんね」


恐らく修行場でのことだろう。


セレスを追い詰めたのは、俺にも原因があるから謝られても困る。


「さっき俺に電撃を浴びせておいて謝ってんじゃねえよ、それに俺は護衛として当然の行動を取ったまでだ」


そう言うとグレンはセレスから一歩離れ、真剣な表情でセレスの瞳を見詰める。


「本当に謝らないといけないのは俺だ、護衛でありながら勇者の決断に背き、俺は婆さんの金を稼ぐ為に仕事をした。今から俺がするのは許しを請う為の行為じゃない、勇者の決断に背いた俺なりのケジメだ」


グレンは静かに両膝を地面に付け、そのまま両手と額を石畳の道に擦り付けた。


仕事をしていると誰にも知られなければ迷惑を掛けたことにはならない。だがガンセキさんに知られてしまったからには、俺は勇者の決断に背いたことをセレスに謝らなくてはいけない。


俺にだってプライドはある、羞恥心もある。謝って許されるのなら俺はなんだってする。


だけどセレス・・・お前は勇者として、絶対に俺を許すな。


俺の所為で誰かに迷惑を掛けて、謝ったことにより誰かに許しを得ても、俺は自分を許してはいけない。


勇者の・・・セレスの言葉は、俺にとって重いんだ。


お前がここで俺を許してしまったら、俺は自分を許してしまう。自分を許してしまえば、迷惑を掛けてしまったという事実が、罪が消えてしまう。



俺は自分の犯した罪から逃げては駄目なんだ。


自分勝手な理屈だと分かっている、俺は駄目な人間だよ・・・だからこんな自分が憎くて堪らないんだ。



地面に額を付けたまま頭を上げないグレンに、セレスは優しい口調で語りかける。


「私がここでグレンちゃんを許せば、グレンちゃんは楽になるのかな? でも貴方は楽になればなるほど辛そうな顔をする」


「グレンちゃんが自分を嫌っていることは、私でも何となく分かる。だけどそのまま自分を憎み続けてたら、グ~ちゃん・・・何時か押し潰されちゃうよ」


次の一言を放てば、グレンが今まで以上に拒絶する事は分かっている。



だけどセレスは勇気を振り絞って、その言葉を口にする。


「私は勇者ではなく、貴方の仲間として・・・グレンちゃんの重荷を共に背負いたい、グレンちゃんを支えたい」


暫く沈黙が流れる、グレンは頭を下ろしたまま身動き一つしない。


・・

・・

・・


頭を上げたグレンの表情を見たセレスは、驚きを隠せないでいた。


セレスは怒り狂うグレンを想像していた、だが実際に現れた彼は、彼女の想像を遥かに超えていた。


彼と出逢って10年を過ぎたが、今までこんな表情を見たことが無かった。



グレンの発した声は、あらゆる感情が入り混じり、怒っているのか悲しんでいるのか分からない。


「重荷だと・・・俺は産まれてこの方、そんなものを背負ったことは一度も無い、俺が背負っているのは当然の罪とそれに対する罰だけだ」


多くの感情が混ざり合い、それは無感情よりも感情が掴めない。


グレンは立ち上がりセレスの正面に立つ。


「俺は確かに自分が憎いが、その憎悪が俺で在ることを示している」


瞬き一つしなくなり、グレンから人間味が失われていく。


「この世界で俺が生きていくには、自らの殻に閉じ篭る以外に方法は無い。俺は誰かに支えられながら生きて来たが、その事に対して苦痛しか感じられなかった」


誰かに支えられる都度、迷惑を掛けてしまったと悔やみ。


誰かを頼る都度、迷惑を掛けてしまうと恐れ。


誰かに心配される都度、気を使わせてしまったと反省する。



迷惑を掛ける度に彼は大小の罪を背負っていく。


「教えてくれセレス・・・なぜ支えるなんて言ったんだ? 生きて行くだけで罪を背負い続けていく俺を、お前は救ってくれるのか?」


その口調は怒ってはいない、だが冷静でもない。彼は既に自我を失っている、自分の言葉を聞き、セレスが涙を必死に堪えていると気付いていない。


自我を失った目で、グレンはセレスの瞳を睨みつけていた。


「怖いものだらけのこの世界で、誰にも恐れずに生きて行く方法があるのか?」


誰かに迷惑を掛ければ、そのたびにグレンは苦痛を背負う。


その恐怖から逃げるには、誰にも関わらないで暮らすしかない。



セレスは震えた声でグレンに質問する。


「それじゃあなんで・・・グレンちゃんは生きてるの? 辛いことだらけのこの世界で、なんで生き続けてるの?」


そもそも何故グレンは勇者の護衛に成れたのか。


「なんで魔物狩りを仕事に選んだの?」


セレスと共に旅立つ為に、グレンは魔物狩りを仕事に選んだ。


誰にも頼らずに力を手に入れるには、幼かったグレンには魔物狩りしか思いつかなかった。



1人で魔物狩りなんて、当時のグレンにできる筈が無い。


事実その7年間はオッサンを始めとして、大勢の誰かに迷惑を掛け続けていた。


誰かに迷惑を掛けることを恐れているグレンは、それを知りながら魔物狩りを何故仕事に選んだのか。





グレンのような人間が、この世界で生きていける筈がない。


なぜグレンは現在・・・此処に存在しているのか?





セレスの質問にグレンは自我を取り戻し、勇者の瞳に驚いて思わず視線を逸らしてしまう。


臆病な男に勇者は容赦なく止めを刺す。


「私の目を見て・・・確りと応えて。貴方が生きている意味を」


グレンはセレスの言葉に逆らえず、恐る恐る視線を向ける。


「俺は同志として此処に存在している、同志は仲間と違い勇者を支える必要が無い。だけど一つだけ、勇者に出来ることがある」


彼は体中を震わせながら、表情を真っ赤に染めながら、始めてセレスに本心を打ち明ける。


「勇者の決断により大勢の同志が死に、そのたびにお前は傷付き動けなくなる。それでも必ず立ち上がって、再び歩き始めることができる。転んでも良い、休んでも良い、それでもお前なら逃げずに歩き続けてくれる筈だ」


俺は勇者を・・・信じている。


惨めでも良い、情けなくても良い、格好悪くても良い。


俺にはセレスを信じることしか出来ない。



セレスは勇者として、1人の同志が打ち明けた想いを知る。


なぜ同志が勇者に命を掛けるのか、その言葉で始めて理解した。


「グ~ちゃんの想いは分かったよ・・・だけど私は貴方を同志とは思いません」


真直ぐに勇者はグレンを見詰めていた。


「同志として貴方が此処に存在しようとしても、私は仲間としてグレンちゃんと接します」


その瞳が眩しすぎて、グレンは目を逸らさずにはいれなかった。


グレンはそのままセレスに背中を向けると一言。


「・・・勝手にしろ」


セレスはその言葉を聞くと、今日一番の笑顔をグレンの背中に向ける。


2人は一緒に宿へ帰っていく。


・・

・・

果して彼女は彼を救うことが出来るのか。

・・

・・


彼は今日まで目標の為に生きて来た。


彼は明日からも目標の為に生きて逝く。



その目標の為なら信念なんて捨ててもいい、その目標の為なら護衛の使命なんて無視できる。


セレスと共に戦うと決めたあの日からずっと、夢にまで見た姿がある。


俺の所為で失った誠の姿、それが見れるなら・・・この身を焼き尽くされようと構わない。






その姿が見れたなら・・・俺は・・・





5章:十二話 おわり


投稿遅くなりすんませんでした。



最初に予定していた場面まで執筆できたので、明日から書き溜めに入ります。


8月1日に出来ている所まで投稿したいと思っています。



それでは此処まで読んで頂き、本当に有難う御座いました。

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