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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
5章 レンガでの日々
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十一話 怒りは拳 想いは…

静寂に包まれた鉄工街。日中の煩さを忘れたのか、その場には一定のリズムで響く足音と、決められた間隔で吸っては吐く呼吸の音だけが耳に入ってくる。


4日だ・・・あと4日を乗り切れば5万が手に入る。そしたら婆さんの金を使わなくて済むんだ。


軍で仕事をする行為は勇者一行からしてみれば、決して許される行いではない。


それでも譲れない、俺は婆さんの金だけは使いたくないんだ。



知られなければ良い、俺が仕事をしていると3人に知られなければ・・・それで良いんだ。


魔人だと知られなければ俺は悪ではない。俺が仕事をしていると知られなければ、迷惑を掛けたことには成らないはずだ。


軍での仕事をしながらでも、刻亀の情報収集は何とかするしかない。



今はただ・・・一刻も速く宿に帰らないと。


グレンは走ることに没頭する、何かを振り払うかのように走り続ける。


・・

・・

・・


責任を背負う者は両足で地面を踏み締めたまま身動き一つせず、無言のまま目の前に立つ赤の護衛を睨みつけていた。


沈黙の時は流れ、責任者は静かに口を開く。



「お前は・・・何をしている」



その声は怒りを少しでも抑え、冷静で在ろうとしている。だが抑え切れなかった怒りが漏れ、それが相手の恐怖を刺激した。


責任者の眼光に耐えられず、赤の護衛は目を逸らしてしまう。


赤の護衛に目を逸らされても、責任者は構わずに続ける。


「俺がお前に任せた役割は何だ」


犬魔との戦闘でお前が傷を負わなかったとしても、俺はお前に刻亀の情報収集を任せる積もりだった。


お前は独自の修行方法を心得ているから、俺が指導をする必要もない。それにお前なら、自力で確かな情報を収集してくれると思っていたからだ。


「必死に調べて結果が悪かったのなら、俺はお前を責めたりしない。だがお前はその時間を割いてまで」


責任者はそこで一度言葉を止め、感情を抑え付けるために、拳を強く握り締める。


握り締めた拳をそのままに、責任者は発言を続ける。


「なぜ・・・軍での仕事を選んだ」


それが必要な事だとは思えない、刻亀の情報収集よりも重要だとは断じて思えない。



赤の護衛は逆手の長手袋を視界に映すと、意を決して語り始める。


「確かに必要なことではないです。だけど譲れない・・・俺はどうしても、金が欲しかった」


お前がオババの金に納得してないことは、俺も気付いていた。だからと言って許される行いではない。


「セレスは勇者として、お前に命じた筈だ。俺たち護衛に取って勇者の命令は、勇者の決断は絶対だ」


オババの金を武具に使うことをお前が拒絶した、その時に彼女が発言した内容を忘れたとは言わせんぞ。



『勇者として命じます・・・このお金と闇のランプはグレンちゃんに預けます、それで貴方は武具を買って下さい』



お前が軽い気持ちで勇者の決断に背くとは思えない、相応の理由があった筈だ。だが、そうだとしても許される行いではない、それ程に勇者の決断は重い。


護衛は意見を述べたとしても、最後に全てを決めるのは勇者。己の決断から生じる責任を背負うのが勇者なれば、その決断に従うが護衛の使命。


ガンセキは両目を見開き、責任者としての眼光を容赦なくグレンに浴びせる。


グレンはその眼光に耐えながら、ガンセキの姿に目を向ける。



責任者は口調を荒げずに、それでも重い声で。


「お前は赤の護衛だろ・・・勇者の決断に背くとは、何事だ」


勇者の決断から来る重さを理解していながら、お前はその決断に背いた。


刻亀討伐とオババの金で武具を買う、この2つが勇者としてセレスが今までに実行した決断だ。



そしてグレンは刻亀討伐に重要な情報収集の時間を割き、オババの金を使わない為に軍での仕事をした。



ガンセキは穏やかな口調の中に怒りを隠しながら、グレンに言葉を続ける。


「俺が責任者としての使命を終えるまでは、勇者の決断にそこまでの重さはない」


だからと言って、俺はお前の行動を認める訳には行かない。


「刻亀の情報収集が思わしくない今の状況、もし情報収集に失敗すれば、それだけ刻亀との戦闘時に危険が増すことになる。そのことが分からないお前ではないだろ」


正直今でも俺は信じられない。こいつは自分の信念より、護衛の使命を優先させている。


そのグレンが護衛としての使命より・・・オババの金を優先させたなんて。



ガンセキの言葉に、グレンは俯きながら口を開く。


「俺の行動により勇者一行だけでなく、刻亀討伐に参加するレンガ軍にも多大な迷惑を掛ける可能性が在ると分かっていました」


オババの金を求めれば、セレスを危険に晒す可能性が高くなるとグレンは充分に理解していた。


お前はセレスよりも、私情を優先させたというのか。


・・

・・


グレンにとってオババの金がどれ程に大切な物だったのか、俺にも何となく理解はできた。


だが見過ごす訳にはいかない、それにまだ問い詰めなくては成らない事柄が残っている。


ガンセキは勇者の仲間として、グレンに語りかける。


「お前がオババの金を稼ぐ為に仕事をしていた、それ以上に俺は許せないことが在る」


何故お前は軍での仕事を選んだ。この街には安全な仕事は探せば幾らでもある筈だ。


「魔物の危険さは誰より分かっているだろ、万が一お前が此処で死ぬようなことがあれば、セレスは如何なる・・・アクアは如何すればいい!!!」


冷静を保っていた口調が抑え切れなくなり爆発してしまう。


「今のセレスにお前抜きで戦えると思っているのか!! 今までお前達の絆を護ってきた、少女の想いはどうなる!!」


何よりも許せないのは、容易に危険の伴う仕事を選んだことだ。


「お前が自分を同志だと考えるのは自由だ、だがそれ以前にお前は勇者一行だろ。俺たち4人の中で、もう一度自分の存在と立ち位置を考えて見ろ。必要の無い場所で、お前が容易に命を掛けたことが俺は許せない」


グレンは今までに見せたことのない、弱々しい眼差しをガンセキに向ける。


「セレスみたいなこと言わないで下さい、俺は何でも出来る超人じゃないですよ」



《俺は料理も出来ない》


《俺は道具一つ満足に造れない》


《俺は掃除をするにも要領が悪くて手間が掛かる》


《俺には服を直す技術もないから、ボロボロの服をずっと着ていた》


《俺は誰かに話しかけるだけで緊張するから、接客なんて考えただけで恐ろしい》


《俺には知識がなくて、どんな仕事が在るのか分からない》


《俺が経験のない仕事をしたら、その職場の人に迷惑を掛けちまう》


これ等の全てを踏まえて、グレンは軍の仕事を選んだ理由を一言で表す。



「戦う意外に・・・生き方が分かりません」



その短い言葉を聞いたガンセキは黙り込む。


他の3人が俺のことを一段上の属性使いと勘違いしていたように、俺はグレンをギゼルさんの弟子として見ていた。


ギゼルさんが彼に教えたのは、商売に付いては成り行きで、その殆どが実戦関係のことだけだ。


グレンなら何とかできる、グレンなら上手いことやってくれる。


俺は支えるどころか、その能力に頼り過ぎていた。


お前が軽度の人間恐怖症だと気付いていたのに、グレンが人と関わる事を恐れていると知っていたのに。


責任者の脳裏に軍人の言葉が鳴り響く。



「ガンセキ!! 怒りを向ける前に相手の言い分を聞け!! 一歩間違えば、お前の信頼を失うことになるぞ!!」



グレンは力ない表情で、言い分を語り始める。


「ガンセキさん、俺は弱い人間です・・・過去の誇りにしがみ付かなければ、立ち上がることが出来ません」


それはガンセキが始めてグレンの弱さを見た瞬間だった。


グレンの苦笑いは、弱さを相手に晒すのが嫌だと言っている。グレンはそれでも話を続ける。


「誰かに迷惑を掛けながら生きて来ました、これからも俺の策で誰かに迷惑を掛け続けます。婆さんに金を返せた事実は、俺にとって誇りなんですよ」


同志で在ろうとするグレンからすれば、その誇りだけが心の支えだった。


「俺は今後戦っていく上で策を練り、その度に立ち上がらなくてはいけません。誇りが在れば俺は何度でも立ち上がれます、犠牲を出しても再び考えることが出来ます」


それがオババの金に、お前が執着する本当の理由か。


こいつは馬鹿だ・・・これ程の馬鹿を俺は今まで見たことがない、仲間に頼れないからそんな物を心の支えにするなんて。



グレンはガンセキに向けて、深く頭を下げる。


「俺は今後セレスと共に旅を続けて、戦場でセレスと共に立ち、セレスと共に戦い続けなくては成りません。お願いします・・・このまま仕事を続けさせて下さい、俺には婆さんの金が必要なんです」


呪縛の信念だけではない、策士の使命だけではない、護衛としての使命だけではない。


グレンの中には、まだ何か潜んでいる。


これ等の感情を抑え付けてでも、成し遂げたい目標が存在している。


その目標とオババの金は、何らかの関係が在る。そして目標を達成する為には、セレスと共に戦い続けなければ成らない。


こいつの目標はセレスと深い関係が在る。グレンはその目標の為だけに、今日まで生きて来た。


その目標の為だけに、これからも生きて行く。


・・

・・


グレンは勇者の使命よりも、オババの金を優先させた。


そのことに対するお前の言い分は聞いた。


それでも・・・許す訳にはいかない。


ガンセキは心を落ち着かせて考える、今後どうするかを。


グレンは黙って結論を待っていた。



閉じていた目蓋を開き、グレンを視界に映す。


「悪いがお前の評価を落としたりせんぞ、評価を落とせばそれだけお前に楽をさせることになる」


グレンは目の前の責任者に頷く。


あいつは俺の評価を落としたりしなかった、だからこそ今の俺が在る。


だからこそ・・・俺の防御魔法は、此処に存在している。



ガンセキはグレンに歩み寄る。


赤の護衛に近付くと、責任者は責任を語る。


「お前の行動を俺は許す訳にはいかない・・・覚悟はいいか」


赤の護衛は癖になった笑顔を浮かべながら。


「それで仕事を続けられるのなら、仕事に響かない程度で思い切りどうぞ」


責任者は表情を崩さず、静かに身体を動かし構えを取る。


「セレスの拳打を受け止めた時のように、威力を流すなよ」


その言葉に赤の護衛は表情を驚愕に染める。


「失敗したあれを、一度見ただけで気付いたんすか?」


グレンは苦笑いを浮かべながら、あんたには敵いそうにない、そう言うと潔く両腕を後に組む。


・・

・・


闇は夜、人々は寝静まり西側の鉄工街に人気はない。


俺は殴られると分かっていながら、少しだけ嬉しかった。


決してマゾでは無いぞ・・・怒られて殴られる経験なんて無かったからな。



あんたが責任者で良かったよ、あんたなら2人を護ってくれる。


グレンは喋ることなく来るであろう衝撃を待っていた。



なかなか来ないから、薄目を開けた瞬間だった。


「この一撃と共に、お前が犯した責任は俺が背負う」


一声のあと、直に頬を強打が襲う、余りの衝撃にグレンは軽く吹っ飛ぶ。


地面に崩れ落ちたグレンは、殴られた顔面を擦りながら両足で立ち上がる。



魔力を纏わないでこの威力か・・・この人、本業は拳士だな。


地面を靴底で踏み締めたグレンは、ガンセキに言葉を放つ。


「まだ気は収まらんでしょ、あと数発ならいけますが」


その言葉にガンセキは始めて笑顔を向ける。


「流石はギゼルさんの弟子といった所か・・・面白い、お前からも来て良いぞ、拳士として一度戦ってみたかった」


グレンの気配が変わる。


「俺の師匠は婆さんですよ、それに俺は拳士じゃない。だけど・・・体術は心得ています」


それでは遠慮なく、その言葉をガンセキに残すと構えを造る。



過去に一度だけその眼に焼き付けた炎拳士の構えを、ガンセキは何処か懐かしそうに眺めていた。


弱かった彼にとって、弱者から伸し上がったギゼルは憧れの存在だった。



炎拳士の構えに見入っていたガンセキの隙を、その弟子が見逃す筈がない。


即座にグレンはガンセキの懐に片足を踏み入れると、そのままガンセキの顔面に向けて拳を放つ。


ガンセキは一歩後に下がりながら、グレンの一撃を右腕で払う。その瞬間だったグレンはガンセキに払われた瞬間に、空いていたもう片方の腕でガンセキの腹部を狙う。


自身の腹部に一撃が触れる手前、ガンセキは左腕でグレンの腕を掴む。


腹部を狙ったグレンの拳打はガンセキに掴まれた、ガンセキの握力にグレンは顔を顰める。



だが、グレンの腕を容易に掴むのは危険だった。


グレンは掴まれていた腕と腰を同時に捻りながら後方に下がる。その腕を確りと掴んでいた状態でグレンが後方に下がった所為で、ガンセキは前方に体勢を崩される。


ガンセキは即座に崩された体勢を立て直すため、片足を一歩前にだした。


その隙をグレンが狙った。


ガンセキが片足を出した瞬間、グレンは姿勢を低く取り、払うようにガンセキの足を蹴る。


己の重心を傾けていた片足をグレンに払われ、ガンセキは地面に転倒する。



倒れて掌が地面に触れても、ガンセキは魔法を使いはしない。


グレンも最大の武器である魔力纏いをしていない。


2人は己の拳術だけで戦っていた。


グレンは転倒したガンセキに追い討ちは仕掛けず、そのまま下がり間合いを離す。


・・

・・


ガンセキはグレンが自身から離れたのを確認すると、意識を逸らさずにゆっくりと立ち上がる。


これがグレンの体術か。


成るほど、戦闘中は完全に無表情となり、感情を読むことができない。


足運びは当然として、厄介なのは呼吸だ。


何度も繰り返し鍛錬した呼吸法は、無意識の内に感情と身体能力を操作している。


突然予想以上の筋力が発揮されるのは、呼吸法の力だろう。俺にはとても真似できんな。



これに魔力纏い、果ては魔力練りが加わるのか。



昼にグレンがセレスに使ったあの技を見て、一つ気に成ることがあった。


ガンセキはグレンに話しかける。


「お前が今日、セレスの拳打から生じる威力を流した技は何と言う?」


その問いかけにグレンは答える。


「不動の構えは取っていないので、ただの地流しです」


魔拳:初歩 地流し・不動の構えを取っていないため、地面に流せる威力は限られているが、靴底が地面に触れてさえいたら何時でも発動できる。



地流しか・・・見たままの名前だな、恐らくギゼルさん命名だろう。


「受けた衝撃を何らかの方法で地面に流せるのか?」


グレンは頷くと返事をする。


「タイミングを計るのが死ぬほど難しいですけど、完璧に決まれば物理攻撃は場合にも寄りますが流せます」


予想以上に凄い技だ、そして・・・大抵このような技は、カウンターに繋げられる筈だ。



ガンセキは攻撃を仕掛ける構えを造る。それを見たグレンは呼吸を整えると、攻守のバランスに優れた構えを取る。


構えを崩さずに、ガンセキはグレンに指示を出す。


「良いかグレン、俺は今からお前の顔面を狙って拳打を放つ」


心理戦を仕掛ける訳ではない。


「その顔面から受けた衝撃を地面ではなく、拳打を仕掛けて来た俺自身に流すことは出来るか?」


これが可能なら、この地流しと呼ぶ技は・・・化けるぞ。


・・

・・


グレンはガンセキの言葉に相変わらずの笑顔を向けると、溜息を一つ吐く。


この人は良く色々と思い付くな・・・そんな技はオッサンの手紙には書いてなかったが、あの変人のことだから地流しから予想しろとか思っているかも知れん。


ガンセキさんも病気だな、何時の間にか完全に修行モードに移っている。


「試した事はないですけど、出来なくはないと思います。もしそれが可能なら、魔力練りだけで敵に有効なダメージを与えられると思います」


だが出来るかどうか確かめるには、物凄く嫌だけどガンセキさんに頼まなくては成らないことが在る。


とりあえず技名が決まっていないから、適当に名前を考える。


「敵流しを成功させるには、ガンセキさんからも相応の威力で拳打を放って貰わないと、効果は確かめられません。魔力を纏った状態でお願いします」


そう言うとグレンは己の身にも魔力を纏い、顔面の魔力を練り込み衝撃に耐えられるように頑強にする。


顔面の魔力を練り込んだ場合、動体視力を異常にあげることが可能だが、幾ら敵の攻撃を見えても身体が付いていかず見事に命中してしまう。


だが今回の場合は異常に底上げした動体視力で、タイミングを合わせるのに利用できる。


グレンはすべき動作を終えるとガンセキに声を掛ける。


「準備は終わりました、何時でも来てください・・・あと成功した場合、ガンセキさんの拳打が返ってくる訳ですからね、覚悟しといた方が良いっすよ」


ガンセキは頷くと、一呼吸置いてグレンに接近する。



大降りで拳打を仕掛けることで、タイミングを合わせ易くしてくれている。


これなら・・・行けるか!!


ガンセキの拳打を顔面で受けた瞬間、その衝撃を魔力に乗せて顔から首、首から胴体、胴体から左腕へ移動させる。


それらの動作を行いながら、ガンセキの腹部に左腕を持っていき、掌波の要領でガンセキに放つ。


・・

・・


結果は失敗だった、ガンセキさんは吹っ飛んだが大したダメージは喰らってない。


俺はと言うと・・・激痛で左腕が悲鳴を上げている。


ガンセキさんは予想以上に吹き飛ばされたが、痛みが殆どないことに驚きながら起き上がると、体中を動かし異常はないか確かめて居る。



グレンは左腕を擦りながら口を開く。


「失敗ですね、どうやら掌波でガンセキさんを吹き飛ばせたけど、顔面から受けた衝撃は俺の左腕にそのまま留まった見たいです」


未だ唖然としているガンセキの様子に気付き、グレンは掌波の説明をする。


その話を聞いたガンセキは、半分呆れながら。


「なんと言って良いのか・・・魔力その物だけで、それ程に様々な効果が在るとは」


練り込んだ一部の魔力は移動できる、受けた衝撃を乗せたまま地面に流すことができる。魔力を思い切り掌に凝縮させることで衝撃波が発生する。


グレンは変人を思い出しながら。


「俺じゃなくて、これを発見した化け物に呆れて下さい」


魔力を纏う修行に重点を置くように俺に言ったのは、他ならぬ変人だからな。俺は素直にオッサンの言い付けを守っていただけだ。



ガンセキは呆れていた表情を直すと、グレンに感想を求める。


「試してみて感覚はあったか? もし可能な技だったら、何かしら掴めると思うのだが」


何となくだけど・・・失敗の原因は掴めた。


「敵流しは可能だと思います、ただし間違いなく進歩の技ですね」


初歩の地流しであの難度だ、進歩はそれ以上に高度だな。



正直言わせて貰うけど、極歩まで習得するのは俺には無理だ。オッサンは属性使いとしては三流だからな、道具と体術だけに全てを注いで来たんだ。


体術だけに力を注いだ者達にのみ、許される極地こそが・・・極歩だ、高位魔法の使える俺に許される場所ではない。


グレンの言葉にガンセキは笑顔を向けると。


「そうか、ならもう一度試して見るか?」


俺は丁重にお断りした。


・・

・・

・・


俺とガンセキさんは一息入れると、互いに正面に向かい合う。


何時の間にか修行になっていたが、本題はまだ終ってない。


グレンは咳払いをし、恐る恐るガンセキに問う。


「それで・・・俺は仕事を続けられますか」


だがグレンの望みを反して、ガンセキは首を左右に振る。


「お前の使命は刻亀の情報収集だ、オババの金は諦めろ」


その言葉を聞くと、グレンは肩を落とす。



ガンセキは溜息を吐くと、打開策を提案する。


「一つだけ、オババの金を諦めないで済む方法は在る。それに一度仕事を引き受けてしまったんだ、此方(こちら)の都合で簡単に止める訳にはいかんだろ」


僅かな望みにグレンはガンセキに視線を向ける。


嬉しそうなグレンの顔を見ると、ガンセキは釘を指す。


「お前は刻亀の情報収集だけに専念して貰うぞ」


そのままガンセキは続ける。


「俺は言った筈だ、お前の犯した責任は俺が背負うと」


ガンセキの発言に、グレンは動揺を示す。



ありえねえ、何で俺の我侭をガンセキさんが背負わないといけないんだ。


グレンが反論しようと声を縛りだした瞬間、それをガンセキが遮る。


「このままお前が仕事を続けるより、俺が代わった方がお前は堪えるだろ」


だがグレンの性格からして納得できる訳がない。


「2人の修行は良いんですか」


ガンセキはその質問に応える。


「確か夜勤外務は夕方からだったな、修行の時間を少し速めに切り上げれば問題ない。アクアとセレスの修行に影響を与えたんだ、後で謝っておけよ」


グレンは納得できず、譲ろうとしない。


「ガンセキさんだって、刻亀の情報収集が・・・」


この声を再び遮断するように、ガンセキが発言する。


「お前と違って俺は修行後に夜酒街で使命を続けていたからな、大体の情報は集まっている」


押し黙るグレンに、ガンセキが追い討ちを仕掛ける。


「忘れるな、お前が無断で行動を起こした結果がこれだ。一言俺に相談していたら、他にも手段を考えられたがな。お前がこのまま仕事を続けることは絶対に許さん」


グレンは額に手を当て(うずくま)る。



婆さんの金は諦めるか・・・それが出来ないから、俺は隠れて仕事を始めたんだよ。


・・

・・


グレンは想像以上に堪えているな。


「これに懲りたら、まずは相談だ・・・分かったな」


責任者の言葉に、赤の護衛は力なく頷いた。



この機会に、ガンセキはグレンに問う。


「仕事が始まるまでの時間は情報収集に使っていたのだろう? 思わしくないのは分かっているが、現在の進展具合を教えてくれ」


グレンは元気なく応える。


「書物で調べられる内容には正直限界があります。過去の刻亀討伐や魔獣について、元になった魔物と四大魔獣王に付いて。最近ではヒノキ山周辺の歴史についても調べてみましたけど、有力な情報は掴めてません」


正直驚いた、半日もない時間で良くそこまで調べたな。


グレンは話をそのまま続ける。


「だけどなんか引っ掛かるんすよね。物凄い情報を誰かの言葉から聞き逃しているような気がするんです」


ガンセキはグレンの言葉を聞くと、暫く腕を組んで考える。


「レンガに到着して直ぐ、俺の知っている情報をお前にも教えたが、その情報にも誤りがある可能性は否定できない。お前には書物からの情報収集を頼んだが、今まで会った人に話を聞いて見るのも良いかも知れんな」


グレンはガンセキの提案に理解はしたが、あまり乗る気ではないようだ。


その様子を見て理解したのか、ガンセキはグレンに語りかける。


「お前が人と接するのが苦手だと言うことは分かっているが、自ら進んで仕事を始められる行動力があるなら問題はないと思うが」


もうその言葉には苦笑いを返すしかない。


グレンは肩を落とすと、分かりましたと返事をする。



そこにガンセキがもう一言付け足す。


「言い忘れていたが、レンゲさんに会いに行く場合は覚悟して置けよ。玉具を造っている最中に工房へ進入すると、死ぬより恐ろしいからな」


グレンは余計に肩を丸め、確りと頷きを返す。


・・

・・


事が終り、ガンセキは西壁の方角を指差しながら口を開く。


「お前は先に宿へ帰っていろ、俺は軍の方に明日からのことを相談してから帰る」


その言葉にグレンは深く頭を下げながら。


「本当に迷惑を掛けてすみませんでした。俺の所属している分隊の隊長さんには、本当に世話に成りましたので宜しく伝えてください」


その後、今日の勤務中に牛魔と戦ったこと。ボルガと言う優秀な土使いのこと、俺の所属していた分隊がヒノキに向かうことなど、簡単にガンセキさんに伝える。


ガンセキはグレンが牛魔と戦ったことを知ると、もう呆れるを通り越して笑いだした。


「お前は・・・まったく、良く傷一つなく生き残れたな。しかも3人で」


グレンも苦笑いを返すしかない。


「他の2人は腕が立ちましたから」


イザクさんのことは触れないで置く、彼はそのようなことを望まないだろうから。



伝えられることを出来るだけ話すと、グレンはもう一度ガンセキに頭を下げる。


ガンセキは笑いながらも。


「済んだ事だと言いたいが、そう簡単に済ませられる問題ではない。悪いと思うなら、残り数日で可能な限りの情報を集めてくれ」


グレンはぎこちなく相手と視線を合わせると、確りと頷いた。



そのままグレンがガンセキに背を向けて歩き出した瞬間だった。


思い出したかのように、ガンセキは叫ぶ。


「グレン!!」


俺が振り向いた瞬間だった、ガンセキさんが俺に一振りの杭を投げてきた。


グレンは腰を捻りながら杭の動きに合わせて掴み取る。


「今回のことで認識の甘さを確認した、信念旗が街中でお前を襲って来た場合、その杭に魔力を込めろ。それだけで場所は分からんが危機は伝わる」


何でもハンマーが杭の反応をキャッチするらしい。


その言葉でグレンはガンセキが怒っていた、もう一つの理由を理解した。



俺は最悪だな、ガンセキさんに・・・もしかしたらアクアとセレスにも、心配を掛けちまったのかも知れねえ。



こうやって俺は何度も誰かに迷惑を掛けて行くんだ。


一行の奴等にも、同志にも、無関係の人々にすら。



あ、油玉のこと伝えるの忘れてた。


・・

・・


肩を丸めながらトボトボと帰って行くグレンの背中を眺めていた。


俺はお前に頼り過ぎていたようだな、今回の事態は俺にとっても勉強に成った。


だがグレン・・・俺は今後もお前を頼り続けるぞ。だからお前も俺じゃなくても良いから、誰かを頼ってくれ。



それとまだ、お前の苦難の一日は終ってないぞ。


セレスが宿の前で、お前の帰りを1人で待っている。



頑張れよセレス、あいつは精神も体力も限界に来ているからな。



負けるな、今のグレンなら押し切れる筈だ。




5章:十一話 おわり




読んで頂き有難う御座います。


次回は大切な場面なんで、少し時間が掛かると思います7月の5~6日頃の投稿を目指します。


始めてヒロインが主人公に立ち向かう場面、確り書きたいですね。


昼にセレスに殴られて、夜に牛魔と戦って、戦った後に呪いに恐れて、仕事終わりにガンセキに怒られて、今になって考えると、主人公は最悪の一日ですね。


次回はグレンが今まで以上にセレスを拒絶すると思いますが、セレスも引き下がらない感じの話しにしたいと思っております。



それでは次回も宜しくです。

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