九話 果たして彼は弱者か
勇者が眠りから覚め、アクアが部屋に戻ってくると、嬉しそうにセレスに抱きついた。
仲が良いことは素晴らしい、だがこの2人は密着し過ぎているようにも感じるが。
ガンセキは何処か遠い目をして、その情景を眺めていた。
レンゲさんが居なければ、俺はこうやって新たな仲間と共に旅をすることも出来なかっただろう。
今頃はグレンの玉具を完成させる作業に没頭している筈だ。
武具を造っている時に工房へ足を踏み入れると、レンゲさんは物凄く怖い。
練り込んだ、または埋め込んだ宝玉には魔法陣を利用して能力を施すんだけど、その魔法陣が各職人独自の技術らしい。
無論宝玉を練り込むのにも独自の技術を必要とする。
あの人たち職人に取って、己の技術は命よりも大事なのかも知れない。
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次第に辺りは暗くなり、部屋はランプの灯火に包まれる。
セレスは食事を終えると浴室へ向かう、アクアは矢の製作に取り掛かっている。
俺はと言うと机上のロウソクとランプが造り出してくれる明かり、それを頼りに相変わらず本を読んでいた。
何時もなら修行を終え宿に帰宅するのが17時頃で、3人で宿に戻り食事を取る。その後はアクアとセレスを宿に残して俺は情報収集に向かっている。
俺が調べている情報は、刻亀と直接の関係はない。
刻亀の魔力に当てられて、凶暴化した魔物に付いて調べていた。
ヒノキに向かう途中で遭遇する危険も在るからな。
人から集める情報の場合、実を言うと夜の方が都合が良い。
食事所とは飯がメインで食事を提供する場所だ、大通りを中心に多くの室店から外店が存在している。
大通りから一歩外れた場所に、日中は活気のない街がある。名を夜酒街と呼び、その名の通りレンガでは数少ない夜に活気が最高潮となる場所だ。
酔っ払いなら自慢ついでに情報を聞き出せるし、酒を一杯奢る代わりに情報提供を望むことも可能である・・・因みに、奢る酒は俺のポケットマネーだ。
正直俺は酒が強い方ではないが、情報を得るには最適な場所だ。
各ギルド登録団体、旅商人、旅人など多くの人物が夜になると集まってくるからな。
本当ならこの時間は情報収集に夜酒街に向かっている時間なんだが、今日はセレスの件があったから2人を残して離れる訳にもいかない。
まあ、俺としては酒を飲んでいるより、読書をしている方が性にあっているようだ。
1年滞在していた時も、レンゲさんの工房や修行場で修練しているか、食事所で飯を食べているか・・・宿で本を読んでいるかだったからな。よくよく考えると面白味のない人間だな俺は。
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セレスは浴室から戻ると、矢の製作をしているアクアを興味深そうに眺めていた。
アクアは少し困った表情を浮かべている、セレスは指を咥えながらあからさまに手伝いたいと訴えている。
だが、矢の製作はそう簡単なことではないのだろう。幾ら制作方法を説明しながら作っても、素人が簡単に作れるとは思えない。
ましてや実戦に使用する矢である、自身の命を左右する物だ。
材料費だってタダではない、素材を無駄にできるほど余裕のある旅ではないからな。
しかしグレンが使用している火玉と油玉、それの材料費を聞いた時は正直驚いた・・・一度の戦闘で全てを使い切ったら、それを補充するのにあれ程の費用が掛かるとは。
ギゼルさんが材料を用意してくれて冗談抜きで助かった。
しかし油玉、使い方によっては物凄い力になるぞ。果たしてそれにグレンは気付いているのか。
グレンがそのことに気付いていれば、炎使いは格段に強化される。
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セレスはアクアの手伝いを諦めて、ガンセキの座っている机に向かう。
「ガンセキさん、今何時くらいかな? グレンちゃんまだかな? まだ帰ってこないのかな?」
アクアが構ってくれないから余程暇なのだろう。
ガンセキはふと外を見るが、辺りは既に暗くなっているため、時計台は見えそうにない。
確かに今日は遅いな、何時もは21時前後には帰って来るんだが。
本と閉じ、椅子に座りながらセレスを見上げたガンセキは。
「少し・・・時計を見てくる」
ガンセキは一度立ち上がるとセレスとアクアをその場に残し、部屋から出て廊下を歩く。
宿の2階廊下には一ヶ所だけ照明玉具が設置されていた、その上には時計が壁に取り付けられている。
時刻は21時45分・・・どうしたものか、普通なら気にすることもないだろうが。
ガンセキの脳裏には信念旗が浮かんでいた。
今まで信念旗が街中で行動を起こしたことは一度もないはずだ、だがグレンは探られている可能性が高い。
この街に必ず潜んでいる、ゼドさんがそう言ったからには間違いはないだろう。
信念旗には天敵と呼べる組織が存在していた。
勇者を守る会・・・略して勇守会。
そのまんまの名前だが、この組織は構造が信念旗と非情に良く似ている。
世界各地に会員が大勢いる、知っての通り勇者の味方をする者は、この世界では大多数を占めているからな。
勇守会が確認されたのはここ数年だ、だが物凄い速度で広まり今では知名度も知れ渡っている。
俺の予想では、ゼドさんは勇守会と何らかの繋がりを持っている。
または、彼自身が勇守会の会員かも知れない。
勇守会と比べれば小さな組織だが・・・信念旗を舐めては駄目だ。
ガンセキは嘗て自身が知る信念旗の情報を、グレンに提供した時のことを想い出す。
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4章:二話
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グレンはガンセキから勇守会に付いての情報を聞き、一つの疑問を浮かべた。
「勇守会は信念旗に比べれば物凄く巨大な組織ですよね? 信念旗では太刀打ちできないんじゃないですか?」
確かにグレンの言う通りだ。
「だが勇守会が世に現れるようになってまだ数年だ、信念旗には歴史がある・・・長い年月を壊滅させられずに、未だ世界に残っている組織だ。あの組織は確かに勇守会に比べれば小さいが、歴史から来る強靭な鎖を信念旗は持っている」
続けてグレンは質問をする。
「信念旗の資金や情報力が強力なことは分かりました、ですが肝心な実行部隊の実力は?」
やはりお前はそこを突いて来たか、俺達と直接関係が有りそうなのは実行部隊だからな。
ガンセキは静かに頷くと、グレンの質問に答える。
「元々の実行部隊は大した実力ではなかった」
ガンセキの言葉にグレンは眼を鋭く尖らせる。
「今の実行部隊は・・・侮れないんすね?」
俺はもう一度頷くと、ある男の説明をグレンにする。
「1人の男が10年ほど前から実行部隊の指揮を採るようになった・・・それからだ、勇者が殺されたことはないが、勇者一行に大きなダメージを負わせる事態が頻発している」
ガンセキの話を聞いても、グレンは動揺を表に現さない。
グレンは目蓋を閉じる。それが開かれたと同時に声を発した。
「その男が、かなりの切れ者なんですね。名前とかは分かるんすか?」
一応は知られているが、信用するのは難しい名前だな。
「実行部隊の指揮を採っている男は【オルク】と名乗っている。笑う策士は数千年前の人物だ、恐らく偽名だろ」
だが、その名に遜色ない結果を出している。
グレンはガンセキの口からでた名前を聞くと。
「たぶんですけどその男は、世間には認められない己の信念、それとオルクの生き様を重ねたんじゃないっすか?」
成る程な、だから笑う策士の名を語っている。
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オルクと名乗る男が俺達を狙って動いているんだ。
今のグレンは街中に居るから襲撃される恐れはない。そのような考えは間違っている筈だ、今までは街中で襲って来ることはなかったとしても、信念旗が街中で行動を起こさない、そう言い切れる確証は何処にも無いんだ。
ガンセキは2人の居る部屋に一度戻る。
扉を開けると、未だ矢の製作に没頭しているアクアと、机の上で明かりを灯している蝋燭を頬杖付きながら眺めていたセレスがいた。
ガンセキは2人に声を掛ける。
「俺は少しグレンを探しに行ってみる・・・2人は明日の修行に供えて休んでおけ」
ガンセキの発言にアクアは作業の手を止めると、首を傾げながら質問する。
「グレン君はボク達と離れて行動しているんだから、少しくらい遅くなることだってあるんじゃないかな?」
アクアは俺から今の時間を聞くと、そのまま言葉を続ける。
「グレン君の性格を考えると情報探すのに集中して、その所為で時間を忘れてるんじゃないかな? そもそも帰ってくるの何時も遅いじゃないか、そんな気にする必要ないよ」
確かにグレンはレンガの歩き方も知っているし、自ら進んで事件に巻き込まれるような真似はしない。
だが事件が・・・信念旗がグレンを狙う可能性は否定できないんだ。
一応グレンには遅くなる前に宿へ戻ってくるように伝えてある、今までグレンは21時前後には必ず帰ってきていた。
「グレンは毎日、21時を目安に帰って来ている。俺は特に門限みたいな時間は決めてないが、恐らく21時はあいつ自身が決めた帰宅時間だ・・・何となく分かると思うが、グレンは自分で決めた時間を簡単に破る人間だと思うか?」
帰るのが遅くなれば心配されると分かっているんだ、心配されるのを嫌がるグレンが自ら進んで帰宅時間を遅らせるとは俺には思えない。
ガンセキの言い分を聞いたアクアが納得の表情を浮かべながら。
「確かにグレン君は凄く時間に煩いんだ。ダスさんとの待ち合わせに遅れるって、ボクとセレスちゃんを急かすんだよ」
アクアの言葉に賛同したセレスは後に続く。
「私が時間に遅れたら一生根に持つって言われたもん」
セレスの発言に決意を固めたアクアは、立ち上がると力強く宣言した。
「ボク達には時間を護れって言った癖に、自分は門限を過ぎても帰って来ないなんてボクは許せないよ!!!」
いや、門限は特に決めてないんだが。
ガンセキは夜だから静かにしろとアクアを落ち着かせ、セレスを視界に映すと口を開く。
「心配するな、多分俺の気にしすぎだ」
何だかんだで、あいつの帰りが遅いと俺に伝えたのはセレスだ。
セレスはガンセキに顔を向ける。
「私は拒絶されても、心配することに決めたから」
その表情は笑顔に輝いていた。
グレン・・・本当は分かっているだろ、生きていれば必ず誰かに心配されるものだ。それまで否定したら、お前の居場所は何処にも無くなるぞ。
心配してくれる存在があるからこそ、人は足を一歩前に踏み出せるんだ。
毎日祭壇の下から俺の無事を祈ってくれていた人。
俺のことを息子だと言ってくれた人。
俺に力と、もう一度踏み出す勇気をくれた人。
あの人たちが居るから・・・俺は今ここに立っているんだ。
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ガンセキは部屋を後にして宿を出る。
さて何処から探すか。
世話になっている宿に振り返る。俺は部屋に杭を一振り置いて来た。
その杭に魔法を施して在る。
土の領域・・・宿を自身の領域とし、自分達の部屋に近付く者を俺に教えてくれる。
かなり広範囲に領域を広げることも可能で、魔物の探知などもこの魔法で行う。
本来は足下の地面に施す魔法なのだが、宿は当たり前だが室内のため、杭にその役割を果たしてもらう。
とりあえずグレンが帰ってきた時と、信念旗の対策はこれで良いとさせるしかない。
まずは国立書庫に向かってみるか。
ガンセキは宿から離れ、急ぎ足で歩き始める。
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石で造られた細道に手を添え、周囲を確認しながらガンセキは足速に進んでいた。
俺は単独行動を取っている訳だからな、念を入れながら歩く必要がある。
自身を中心に展開された土の領域には、怪しい行動を示す者は感じられない。
それでも警戒心を消さないように目的地へ向かう。
宿の方に展開した土の領域にも異常はない。
世間からすれば自分達は悪だと理解している上で、信念旗はそれでも勇者を狙っている。
信念旗の幹部は確かな理想の元に行動している、だからこそ関係ない人間を巻き込まない為に、街中では勇者とその仲間に攻撃を仕掛けてはならない、これ等の掟が存在しているらしい。
だが・・・オルクと名乗る男は違う。
あの男が勇者一行に仕掛けた今までの戦方を調べれば、何となく分かるんだ。
その策に無駄はない、徹底的に対象を調べ、その弱点を探し出す。
いざ戦いを仕掛ける時は、呆れる程に纏わり付いて執念深く追い詰める。その戦方からは執念と憎悪しか感じないんだ。
オルクと名乗る男は、信念旗の理想とは無縁だ・・・恐らく彼が戦う理由は、勇者への憎しみだけだ。
そして今回旅立った一行は、歴代最強の勇者と知られているセレスだ。恐らくオルクは手段を選ばない。
街中で勇者一行に攻撃を仕掛けてはならない。このような信念旗の掟を、あの男なら自身の憎悪を抑え付けることなく、勇者一行に牙を向ける。
俺の予想では・・・オルクが勇者に向ける憎しみは、呪縛の信念から来ている。
過去に何らかの原因で1人の男が勇者に対して憎悪を懐く、その男が笑う策士の名を背負い、信念旗実行部隊の長と成った。
グレンを1人だけで行動させたのは、やはり浅はかな考えだったか。
しかし刻亀討伐が終るまで、信念旗が動くとは思えない。
だが、21時を過ぎてもあいつが宿に戻らない現在の事態、もしグレンが襲われたとすれば、オルクの独断である可能性が高いか。
俺の気にし過ぎだと、今は祈るしかない。
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夜の闇に風が吹く。
国旗は風に戦ぎ音を鳴らす。
ガンセキの目前には灰色の建物が威風堂々と構えていた。
国立書庫へと伸びる一本道には照明玉具が並び、ガンセキの足下を照らしている。
ここまでの道には人が殆ど居なかった、それに俺自身も最短ルートを急いで来たからな。
現在の時刻は22時30分。
ガンセキはそのまま書庫に足を向ける。
この時間では書官以外の人間が書庫に入ることは許されていない、だがグレンが書庫を何時頃後にしたのかは聞くことができる。
国立書庫の入口を護っていた夜勤内務の一般兵、ガンセキは彼に話しかけた。
「遅くまでご苦労様です・・・自分は勇者一行の責任者を勤めている者で、名をガンセキと申します」
ガンセキはそう発言すると、証明書を兵士に見せる。
証明書にはオババの達筆に、儀式責任者(勇者の儀式)と鎧国王の印が確かに示されていた。
これを模造した場合、この国では重罪を与えられる。
兵士は姿勢を正すと、ガンセキに正式な敬礼を向ける。
ガンセキは手の振りで止めてくれと兵士に願うと、この場所に足を運んだ理由を兵士に言う。
「赤の護衛を探しています、彼は何時頃までここに居たか分かりますか?」
この世界の属性は色で表される場合が多い。
赤は炎 水は青 土は黄 雷は白 風は緑。
闇は夜間を表し、世界を漆黒に塗り潰す。
光は日間を表し、世界を彩る全てを司る。
赤の護衛はグレン、青の護衛はアクア、黄の護衛は俺、セレスは白の勇者、このように表現される。
セレスの場合はその頭髪の色から、一部では白銀の勇者と呼ばれていたな。
銀色の髪・・・これは遺伝ではないらしい、既に彼女の一族はセレスしか残っていないが、銀髪の者は誰一人として確認されてないそうだ。
天を司る雷は、白銀の髪を靡かせながら、人々を見守る心優しき神である。
この神話がセレスを神聖な者として、村人が崇め始めた最大の原因だ。
事実その銀髪に遜色のない才能をセレスは宿していた。いや、才能などではないか・・・その力はまさに神の領域に達していた。その力を使いこなせているかは別として。
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兵士はガンセキの言葉を聞くと、想い出すようにしながら返事をする。
「以前は遅くまで調べ物をされていたようですが、最近はこの時間に足を書庫まで運ばれることはありません。日中に来られているのかも知れませんが」
グレンが世話に成っている書官も、今は国立書庫に居ないらしい。
兵士の話から推測するに、国立書庫よりも書屋での調べ物に重点を置いているのだろうか?
グレンの足取りは掴めないか・・・とりあえず俺の知っている書屋に向かってみるか。
幾つか心当たりはあるが、この時間まで店を開けている書屋はそこまで多くない。
ガンセキは兵士に頭を下げると、そのまま国立書庫を後にする。
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国立書庫から離れ、ガンセキは大通りを歩いていた。
辺りは照明玉具により照らされていたが、とても明るいとは言えない。
この道を誰かも分からない人間の気配に怯えながら歩く。俺は元々臆病だが、それと関係をなくしても恐ろしいな。
俺は土使いで良かった、地面がそこに在るというのは、それだけでも確かな安心感がある。
安住の地・・・大地がなければそんな物を創り出すことも不可能だ。
今なら胸を張って言える、お前と同じ属性であることが俺の誇りだ・・・カイン。
土の領域 この魔法を使いこなせるように成れば、自分に意識を向けている者、または敵意を向けている者まで、相手が属性使いではなくても分かるようになる。
俺は恥じる事なく言おう・・・低位魔法の中だけなら、土魔法は他の属性よりも恐らく優秀だ。
火魔法は弱い炎だから利用し易いが、戦闘には向かない。
水魔法は氷を使う場合は重要と成るが、それだけでは戦えない。
電魔法は相手を麻痺させる特殊能力を持っているが、並位の雷と違い物質を破壊する力はない。
土魔法は土の領域さえ使いこなすことが出来たら、大地の目を複数造りださなくとも、戦闘範囲の把握がある程度出来るようになる。
そして非戦闘時こそ、本来の力を発揮できる。敵を避けながらの移動、または土の結界により自身の存在を隠したりすることも可能だ。
土の結界は使用者の存在を隠すだけだが、大地魔法の中では複数の人間を隠す魔法も存在している。
野宿の時、俺が地の祭壇の力で複数の人間を周囲から隠したが、あれの場合は杭から出れないため、存在を隠しながらの移動は不可能だ。
とまあ、土魔法の自慢をしていたら、何者かが俺に意識を向けながら近付いて来ている。
肉眼で確認したら、その相手は俺の知人だった。
ガンセキも己に近付いてくる相手に向けて歩き出した。
「見覚えが在る奴だと思ったらガンセキじゃねえか、真面目なお前がこんな時間に何してんだ?」
てっきり夜酒街で酔っ払っているのかと思っていたが、この人はまだ酒の匂いが少しする程度だ。
「珍しいですね、この時間にまだ酔っ払ってないなんて」
修行場の管理をしている軍人だ。現在は仕事終わりなのか、民と変わらない服装をしている。
この人が良く言う台詞なんだが、軍人も兵士も仕事がない時は1人の民に戻るらしい。
ガンセキは申し訳なさそうに。
「今日は修行場を荒らしてしまい、すみませんでした」
俺の言葉に民は笑顔を向けて。
「普段只でさえ暇なんだ、久しぶりに仕事したってもんよ」
そう言って貰えるなら、俺としては有り難いが。
ガンセキは民の言葉に苦笑いを造ると。
「夜酒街ではなく、なぜ此処に?」
民は西の方角を指差すと、照れくさそうに口を開く。
「夜勤外務している俺のダチと飲む約束をしていてな、さっきまで1人で飲んでたんだがよ、22時過ぎても現れないから、夜風に当たるついでに此処で待ってるって訳だ」
夜勤外務がどれ程危険か、この人は分かっている筈だ。時間になってもその友人が現れなければ、心配するのは当然だと思う。
ガンセキの前に立っている民が、良いことを思い付いたとばかりに口を開く。
「もう待ってても仕方ない、此処で合ったのも何かの縁だ、お前たまには俺に付き合え」
誘って頂いたのは嬉しいが、今はグレンを優先させなければならない。
「行きたいのは山々なんですが、用事がありまして」
俺がそう返すと分かっていたようで、この人も機嫌は損ねずに返してくれる。
「お前は相変わらず付き合いが悪いな、真面目すぎる男は女にモテないぞ」
その歳で独身のあんたには言われたくない。
民は何かを思い出したかのように、ガンセキに語りかける。
「お前の仲間で・・・グレンだったか? そいつの名前に聞き覚えがあってな」
民は軍人の表情を造り、そのまま話を続ける。
「ダチってのは俺の同期で昨日も飲んだんだけどな。その時に隣の分隊に入った新人を珍しく褒めてたんだ。数日契約の仮兵士なのによ、勤務態度が凄い真面目らしい」
軍人はそう言うと、機嫌が悪そうに。
「デニムの野郎、軍人始めて23年の俺に向かって、そいつを見習えとか言いやがる・・・で、そいつの名前がグレンとか言ってたな」
ガンセキは軍人の話を聞いた瞬間、その表情が今までと明らかに変わる。
何をやっているんだ・・・お前は。
軍人はそんなガンセキの様子に気付いたのか、慌てながら言葉を吐く。
「まあ、グレンなんて名前は炎使いなら珍くもないだろ?」
確かにグレンと言う名前は珍しくはない、だが多い名前でもない。
それに、余りにもあいつとの人物像が一致している・・・何よりも、数日間の契約。
ガンセキは笑顔を造ると軍人に声を発する。
「デニムさんでしたか? きっと遅れているだけです、速く一杯楽しめると良いですね」
そう言い残すと、ガンセキは軍人に別れの挨拶をして、西の方角へと歩き始める。
ガンセキの背中を見ている軍人の姿は、今までの不真面目な彼とは別人だった。
軍人は闇に塗り潰された大通りの中で、恥じる事なくガンセキに叫ぶ。
「ガンセキ!! 怒りを向ける前に相手の言い分を聞け!! 一歩間違えば、お前の信頼を失うことになるぞ!!」
彼は地位も力もない、それでも果たして弱者なのか?
5年前・・・俺とカインがレンガに到着した時は、今回と同じように周囲は赤く染まり始めていた。
草原であいつと言い争った時も夕暮れだった。
それが何を意味するのか。
彼が現在、修行場の管理をしているのは、夜勤外務の中で重症を追ったからだ。
昔からの知り合いであるこの軍人は・・・夜勤外務、一般分隊の指揮をしていた男だ。
ガンセキは振り返ると、その男に向けて首を縦に動かす。
軍人はガンセキの動作を見ると、安心したのか静かに息を吐く。
ガンセキは西壁を目指して歩き始めた。
5章:九話 おわり
読んで頂きありがとうございます。
信念旗に付いて書いてみました。
明日の投稿は難しいです、九話が先程完成して見直しして投稿した所なので、まだ1文字も書けていません。
完成次第投稿しますので、誠に申し訳ありません。
たぶん内容は纏まっているので大丈夫だとは思いますが、速くても自分は一話書き終えるのに2日ほどかかります。
2日から3日後の投稿を目指して執筆しますので、今後も読んで頂けると嬉しいです。
それでは次回も宜しくです。