八話 炎を救える者
ガンセキは宿に戻る、木造の建物は歴史を感じる。
カウンターを通り越しながら、ガンセキは宿主に向けて軽く頭を下げた。
宿主は珍しくガンセキに頭を下げ返す。
以前の旅でもこの人はこうだった、これがこの宿では絶対のルールなんだ。
ガンセキはカウンターを通り過ぎ、次は階段を目指す。
軋む音を立てながら、階段を上って行く。
階段の途中まで進み、1階を見下ろすと浴室が視界に移る。
そう言えば、あいつは何時も21時少し過ぎに帰ってくる、だからグレンは下手をすると、一度もシャワーを使ってないかも知れん。
その分、身体を拭いている姿は良く見かけるな。
勇者の村で浴室が付いている家は殆どない、代わりにあの村には共同浴槽が設けられている。
村人に取って憩いの場だ・・・そこでもグレンを見かけた記憶はない。
人が少ない時間を狙っていたのか、身体を拭くだけだったのか、夏場は危険を承知で川で洗っていたと考えることも出来るか。
セレスだけじゃない、グレンは村人からも距離を置いていた。
アクアが居なければ、今頃2人はどのような関係だったのか、今とは全く違っていたのかも知れない。
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ガンセキが自身の部屋に辿り着く、二度扉を叩く。
返事は帰って来ない。
俺としても男女は別にしたかったんだが、それをしてしまうと料金が倍になってしまう。
もう少し融通を利かせて欲しいが、国とオババの決めた方針だから俺に抗う術はない。
オババも勇者一行だった頃は、異性と同部屋だったのだろうか?
何時までも此処に立ち尽くしている訳にはいかないから、扉の鍵を開けるとガンセキは室内に足を踏み入れる。
俺が部屋に入ると、アクアは未だ眠っているセレスの傍らに寄り添っていた。
ガンセキがアクアに不満を述べる。
「起きているならノックしたら返事をしてくれ、開けて良いか迷うだろ」
俺の言葉にアクアは笑顔で返すと、何度も頷きながら何故か俺を褒めてきた。
「流石ガンさんだよ、誰かとは違うね・・・ボク達のことを女の子として見てくれている、きっと将来良いお婿さんになるんじゃないかな?」
婿は決定事項か、まあそんな事は置いといて。
ガンセキはセレスに視線を移し、そのまま近付きながら。
「セレスの調子はどうだ? もうそろそろ起きても良いと思うんだが」
近付いてセレスの表情を見ると、寝息を立てながら静かに眠っている。
アクアは優しくセレスのおでこに手を添えると。
「最近眠れてなかったみたいだから、もう少し眠らせてあげたいな・・・良いでしょ?」
見たところ眠っているだけのようだ。
俺は駄目だな、セレスが寝不足だと気付けないとは。
アクアはガンセキに注意をする。
「駄目だよ、女の子の寝顔をジロジロみちゃ、セレスちゃん恥ずかしいって言うよ」
言われてみたら、確かにその通りだ。
ガンセキは侘びをセレスとアクアに伝えると、机まで向かい買って来た食材を並べる。
作業を一通り終え、アクアに呼びかける。
「セレスはそのまま寝かせといて、俺達は先に食事を済ませよう」
アクアの頷きを確認すると、ガンセキは扉側の椅子に座る。
窓側にアクアが座ると、頂きますの挨拶をする。
「人々の栄光と神の導きに、今日の食に感謝を込めて・・・いただきます」
俺は余り宗教に熱心な方ではなが、アクアは昔から姉と一緒に夕食の前には祈りを捧げていたらしい、今ではそれが習慣になっているそうだ。
セレスもオババの教育か、朝と夜には祈りを捧げている。
グレンは・・・あいつは神を信用してないからな、ただ単に魔法を人間に与えてくれるだけの存在だと思っている。
実際に神の存在は確認されてないんだ。
俺たち属性使いが神に魔力を捧げるって行動は、頭の中で創り出すイメージなんだ。
そのイメージに魔力を注ぐ。
岩の壁を召喚する時は、地面に魔力が送られる感じを想像して、頭の中で【壁を】って念じるんだ。
その時に地面から壁が生える様子を想像する。
口では上手く説明できないが、頭の想像を神に実現させてくれと願う行為が魔法なんだ。
神に願ったその時に、属性使いは魔力を捧げる必要が在る。
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アクアは机の上に並べられた夕食を見て、表情を輝かせる。
「ご飯だよガンさん!! ボクはお米が好きなんだ!!」
勇者の村ではパンが主流だからな、旅の商人が米を売ってくれる時も在るが、勇者の村は隣村まで買出しに向かっているから、隣村に到着する頃にはもう売り切れている事が多い。
アクアは握り飯を美味しそうに頬張りながら、ガンセキに視線を向ける。
「ガンさんはお握り食べないのかい? ちゃんと食べないと駄目じゃないか、お腹空いちゃうよ」
食べたいのは山々なんだが、残念ながら俺の分は手元に残っていない。
苦笑いを浮かべると、ガンセキはアクアに事情を説明する。
「宿に戻る途中でゼドさんに偶然会ったんだが・・・」
事情を聞いたアクアはガンセキに満面の笑顔を向ける。
「ボク分かったよ、きっとダスさん見たいな人の事を、世間では駄目人間と呼ばれているんじゃないかな?」
ゼドさんが涙目を向けながら俺に助けを求める姿・・・確かに頼りないな。
アクアは心配そうな表情を造ると、ガンセキに口を開く。
「ヒノキ山まで行くのだって危険じゃないか、ボクは少し心配だよ」
その点は大丈夫だ、あの人は真面目だからな。
「彼が口では何を言ったか知らないが、ゼドさんは仕事を受けたからには最善を尽くす人だ」
少なくとも、俺の記憶に残るゼドさんはそうだった。
アクアはガンセキの話を聞いても、未だ納得ができないようだ。
当然と言えば当然だ。あの人は昔を知っている俺にすら、あんな調子だからな。
嘗ての彼を知らない3人からすれば、あの人はただの駄目人間に映るだろう。まあ、あながち間違ってはないが。
ガンセキは惣菜を食べながら、それを飲み込むとアクアに語り掛ける。
「お前の言う通り頼りない人かも知れないが、これだけは保証できる・・・この先なにが起ころうと、彼は俺達の味方だ」
ゼドさんは勇者の護衛だった訳ではないが、俺なんかよりずっと勇者の仲間として一生懸命戦っていた。
旅の中で仲間を失った1人の勇者が、ある時1人の男と戦場で出逢った。
その勇者を必死に護ろうと戦っていたのが・・・俺の知っている彼の姿だ。
ガンセキの言葉を聞いたアクアは、笑顔を浮かべながら。
「確かに悪そうな人じゃなかったかな、器は小さいけど」
アクアの言葉にガンセキは苦笑いを浮かべる。
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珍しい組み合わせの食卓は、終盤に差し掛かっていた。
煮込まれた魚を器用に食べていたアクアは、何かを思い出したのか箸を置くと、今日の修行についてガンセキに1つ質問する。
「色々あって忘れてたけどさ、今日の修行って最終段階だったんだよね?」
ガンセキはアクアの問いに頷きを返す。
「途中から思わぬ事態が起きたからな。だが逆に良い機会だったのかも知れん・・・セレスが本来持つ実力、まだ一部だと思うがそれを確認できたんだ」
セレスには大きな負担を負わせてしまったが、彼女の実力を把握できたのは今後の為に成る筈だ。
もし彼女が拳ではなく剣だったら、そう考えるだけでも恐ろしい。
それだけではない、まだセレスには秘められている・・・神位と呼ばれる神の力が。
アクアは暫く思い悩むと、ガンセキにもう一度問いかける。
「セレスちゃんがこんな事になって・・・聞くべきじゃないのかも知れないけどさ。ボクは最終試験の結果を知りたいんだ」
軽い気持ちで言ったのではない、その瞳は真剣な者だった。
「今のボクで刻亀と戦えるのかな? セレスちゃんを、仲間を護れるのかな?」
俺は旅の責任者として、アクアに正直な意見を言わなくてはならない。
「俺の教えた魔法の工夫、それをお前は今日の修行にも確りと組み込んでいた。だがそれは刻亀と戦うのに最低限必要な力だ」
刻亀は魔法の工夫だけで勝てる相手ではない。
ガンセキの言葉を聞くと、アクアは視線を机に落とす。
ここ数日で成長した仲間の姿を、ガンセキは確りと視界に映す。
「だが・・・当初の目的は達成した、次からは別の修行に移る」
その発言を耳にしたアクアは、伏せていた顔をガンセキに向ける。
アクアが魔法の工夫を習得し、セレスは剣で戦いながら天雷雲を広げられるようになった。
レンガ滞在中での習得は無理だろう、だが刻亀との決戦までには必ず間に合わせる。
セレスとアクア、この2人なら短い期間でも習得できる筈だ。
ガンセキは真剣な眼差しを向けると、今後すべき事をアクアに伝える。
「合体魔法、お前の雨とセレスの天雷を合体させる」
信頼関係、絆の深さ、お互いを良く知っている2人だからこそ・・・知ろうとしている2人だからこそ、高位をも凌ぐとされる合体魔法を、お前達なら実現できる筈だ。
その話を聞いたアクアは、その瞳を凛々と輝かせながら口を開く。
「合体魔法ってさ・・・お婆ちゃんは属性自体の相性が重要だってボクは聞いたよ、水と雷の相性はどうなのさ?」
炎と水は相性が悪いが、この2種の属性にも合体魔法は過去に存在していたと伝えられている。
大地の奥深くには灼熱の液体が蠢いていると言う謎の伝承も読んだ覚えがある。
神を見た者は誰もいない・・・果たしてそうなのだろうか?
俺達が気付いてないだけで、本当は誰もが毎日の中で視界に映しているのではないか?
水が在るからこそ大地は色付く、大地が在るからこそ水は流れて溜まる。
雷は地に落ち、炎に姿を変える。
炎は大地に色付く物と者を燃やす。
「全ての属性には繋がりが存在し、全ての属性が俺達の世界を造っている」
属性こそが世界その者・・・神かも知れない。
ガンセキはそのまま続ける。
「雷と水・・・その相性は最高だが、組み合わせられるかどうかはお前たち次第だ」
アクアはガンセキを見詰めると、頷くことで決意を表明する。
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食事を終え、アクアは再びセレスの傍らに位置する。
「時間的にそろそろ入浴をした方が良い、ここは俺に任せて行って来い」
ガンセキの言葉にアクアはジト目を向けながら言い返す。
「ガンさん・・・セレスちゃんに変なことしちゃ駄目だよ」
珍しくアクアはガンセキを茶化す。
ガンセキは素直に頷くと、笑顔を向けながらアクアに返事をする。
「分かった、お前の言葉は心に刻んで置こう、だから安心して浴室に向かえ」
その発言にアクアは不満を露にする。
「ガンさんもっとグレン君みたいに返してよ!! まるでボクが悪者みたいじゃないか!!」
ガンセキは素直に謝ると、速く浴室に行くように促す。アクアは渋々と浴室に向かった。
俺はセレスの様子を確認する・・・相変わらず良く眠っているようだ。
ガンセキは自身の荷物から本を取り出すと、何時もの定位置である椅子に腰を落とす。
アクアの言い付けを素直に護り、ガンセキは読書を始めた。
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生きる上で必ず人は罪を背負う。
罪には罰を、罰とは法により受けるものか?
否。
法だけではない、死に逝く時に真の罰が下される。
罰から逃げるなど不可能だ。
多くの罪を背負えば、多くの罰が下される。
大きな罪を背負いし者は・・・より巨大な罰を受けることで許される。
恐れるな罪人よ。
罰こそが誠の意味で、お前を救へる存在なのだ。
許しを恥じるな、救いを拒むな・・・悔い改めてこそ、真の道は開かれる。
逃げれぬ宿命ならば望め。
そもそも罰は、受け入れなければ罰ではない。
全ての罪人よ罰を望め。
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この文章で始まり、この文章で終る物語。その題名は【罰を望め】だ。
かなり偏った考えの作品だが、人が人を裁くのではなく、罰は全ての人間が死んだ時に与えられる物だと、この本の主人公は言っている。
大罪を犯した主人公が、その恐怖から逃避したいが故に導き出した言い分だ。
主人公は罪から許される為に、己に多くの罰を望んで生きて行く話しだ。
作者名は本に載っているが、有名な人物ではない。
この世界に生きる全ての人間は罪人だと書いてあるんだ、世間の批判を気にして偽名を使っているのかも知れない。
随分前に完読した本だが、グレンに信念を捨てさせる方法のヒントが在るのではないか、そう思い最近になって再び読み始めた。
あいつの境遇は俺にも何となく分かっている、セレスほどではないが村では有名な子供だったからな。
正直言わせて貰うと、グレンが今まで生きて来た人生は、とても幸せとは言いがたい。
だが、その境遇こそが・・・今のグレンを造っている。
誰かに頼れば、誰かに迷惑を掛ける。
誰かに心配されたら、その相手に迷惑を掛けてしまったと本気で思っている。
過去に誰かに物凄い迷惑を掛けた所為で・・・グレンはもう誰にも迷惑を掛けたくない。そのような考えに到った。
罰を望めの主人公は、過去に犯した大罪から罰を望むようになった。
誰にも迷惑を掛けたくない、そう考え始めた切欠さえ掴めれば、グレンを救う方法が分かる筈だ。
グレンが策を練ってアクアを貶めた、その時に俺も一つ策を放っていた。
自身の行動が思わぬ事態を引き起こし、グレンの心に余裕がない時を俺は狙った。そんな時でもなければ、あいつが俺の前でボロを出すとは思えないからな。
『お前は口が悪い・・・その事は良いんだ、多分遺伝だろ』
俺が遺伝と言った瞬間だ、グレンは明らかに動揺していた。
グレンが信念を心に宿した原因は、肉親と何らかの深い関係が在る。
確かグレンの肉親は魔物に襲われて命を落とした。
その時偶然近くに居合わせたオババが助けに入ったが、グレンを助けるだけで精一杯で、両親は既に息絶えていた。
父親を俺は詳しく知らないが、グレンの母親は優秀な雷使いだった記憶がある。
その人が簡単に村周辺の魔物に負けるとは思えない。
グレンを庇って致命傷を負ったのだろうか?
あくまでも俺の予想だが、グレンは自分の所為で両親が死んだと思っている。
果たしてこれが原因か・・・いや、違うな。
グレンを縛り付けているのは、この程度の呪縛ではない。
だが関係はある筈だ。俺が村に滞在していた期間に、もう少し情報を調べて置くべきだったな。
俺がお前を探っていると知れば、恐らく本気で怒るだろう。
だがな、悪いがお前に憎まれようと関係ない、お前に信念を捨てさせる為なら、お前を死なせない為なら、俺は何にでも手を染める。
俺は自分の信念さえ貫けるなら、喜んで鬼に成る。
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ガンセキが本を読みながら考えに耽っていると、誰かが自分に声を掛けて来ていることに気付く。
アクアが戻ってきたのだと思い、扉の方に視線を向けるが誰も居ない。
「ガンセキさん、ねえガンセキさんてば!! 人を無視しちゃ駄目ってオババが言ってたもん」
ベッドの方を見ると、身体を起こしているセレスが涙目で俺に訴えていた。
「すまんすまん、本を読むのに夢中で気付かなかった・・・目を覚ましたようだな、身体に異常はないか?」
セレスはガンセキの言葉を聞くと、首を傾げながら。
「ふえ? どこも変しゃないですよ?」
あれ程の動きをしても身体の異常は起きないか、魔力纏いで反動を防いでいたようだな。
そして、俺と戦っていた時のことは覚えていない。
「にへへ、修行の最中だったのに途中から全然覚えてないや」
だが俺の判断は間違いだったようだ。
セレスは己の両手に目を向けると、開いては閉じてを繰り返す。
「何時もは自分を失っちゃうなんてないんだけど、ごめんなさい・・・ガンセキさんに酷いことしちゃった」
彼女は自分がのめり込む性格だと気付いている。
「気にするな、今回のことは俺の責任だ。それよりも何処まで覚えている?」
頭では分かっているのに身体が勝手に動いてしまうのか、それとも俺に攻撃を仕掛けた時点で意識が途切れたのか。
前者なら此方の呼びかけで意識を取り戻すことも可能だが、後者なら呼びかけに反応して意識を取り戻すとは考えずらい。
セレスは思い出しながら口を開く。
「岩の腕を壊して・・・そのままガンセキさんに斬り掛かった辺りから、記憶が曖昧で思い出せません」
意識が失っていた状態でも、グレンの声は届いと言うことか。
俺が予想している以上に、2人の絆は強いのかも知れんな。
セレスが躊躇いながら俺に質問してくる。
「あの、ガンセキさん・・・グレンちゃん、居たんですよね?」
ガンセキはその問いに頷きで答えると、セレスは顔を落として鼻を啜る。
4人部屋に沈黙の時間が暫し流れる。
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責任者として、刻亀の件は俺から話さなければ。
「お前も気付いていると思うが、俺は刻亀討伐に多くの人間が参加すると知っていた。それを知りながら俺はお前に刻亀討伐を押したんだ」
セレスは頷く。
「怖いけど、私は逃げないで戦うもん・・・そうグレンちゃんに約束したから」
逃げないで戦うと断言したが、責任を背負うとは言えないか。
ガンセキはそんなセレスに容赦なく言い放つ。
「悪いが俺は謝らんぞ、本当の戦場では喩え勝利を掴もうと、勇者の決断により多くの同志が犠牲を払う時も在るんだ」
勝利よりも同志を優先させる勇者は・・・絶対に生き残れない。
セレスはその目を閉じると、以前グレンに向けた瞳でガンセキに応える。
「それでも刻亀討伐を人々が望むなら、私は全力で戦う・・・それが力を持つ私の意味だから」
犠牲を背負う覚悟はまだ出来てないが、刻亀と戦う意志は緩いでない。
ならばセレスをここまで追い詰めた、もう一つの原因を俺が何とかしなくては。
ガンセキはセレスの瞳を逸らさずに。
「他にも在るんじゃないのか、お前が抱え込んでいる悩みが・・・話すだけでも少しは楽になると思うが」
俺が仲間としてセレスに出来ることをしなければ。
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セレスは暫し考えると、意を決して自分の思いをガンセキに伝える。
「私が仲間の為に何かしたいって言ったら、グレンちゃんは勇者がそんなことする必要ないって言った・・・でも、私は勇者だけど仲間の為に何かしたいもん」
グレンは勇者と仲間が別者だと思っているみたいだな。
ガンセキは視線を逸らさずに、真実をセレスに伝える。
「セレス・・・グレンは確かに頭が良いが、あいつの考えが全て正しいとは思うな」
ガンセキの言葉を聞くとセレスは顔を上げる、その表情は困惑に染まっていた。
勇者は仲間の為に戦ってはならない、この考えは恐らくグレンの我侭だ。
我侭と言うより無意識の内に、彼はそうで在って欲しいと願っているんだろう。
「俺は旅の責任者だが、その前に勇者の仲間だ」
ガンセキは少し躊躇うが、それでもゼドの言葉を思い出し、セレスに一つの話をする。
「俺の知っている勇者は、いつだって俺の為に行動してくれた。時には俺の為に怒鳴り合って、頼って頼られて」
俺がグレンとあいつを重ねているように・・・当時の俺とセレスを重ねていた。
あいつは何時も、頼りない俺を助けてくれたからな。
何時だって・・・最後まであいつは、俺の味方だった。
「お前だって勇者である前に、旅の仲間だろ?」
ガンセキの言葉を聞いても、セレスの顔は依然影を落としたまま。
その様子を黙ってみていたガンセキが確信を突く。
「グレンに嫌われるのが怖いか?」
セレスは俯いていた顔を一層に下げることで頷くと、その身に抱えた本心を語る。
「私が心配するとグレンちゃんは拒絶する、凄く嫌そうな顔をするから」
誰だって人に嫌われるのは怖い、嫌われてでも貫き通したい何かが在るから、人は自ら進んで嫌われるような行動を取ることだってある。
だがセレスは孤独の辛さを知っているから、そのことに敏感なんだ。
「グレンだってお前と同じだ、ただあいつの場合・・・嫌われるくらいなら絆なんて造らない、失うくらいなら誰も求めない」
それがあの男の生き方だ。
グレンは見ず知らずの人間にすら嫌われるのが怖いから、相手に嫌われないように敬語を使うが、余程のことがなければ深く関わろうとは絶対にしない。
「それでも生きていれば深く繋がる相手も現れる。あいつには手に入れてしまった絆を、自から太刀切るような度胸はない」
そのような度胸、生きる上で必要とも思えないが。
ガンセキは言い聞かすように、心の底から言葉を発する。
「セレス・・・そんなことは俺が言わなくとも、お前が一番良く分かっていると思うのだが?」
グレンは相手の表情から感情を読み取るのが下手だと以前言っていたが、本当は相手の顔から視線を逸らしているだけだ。
あいつは相手を見詰めながら話すのが苦手なんだ、俺との会話すら視線を逸らしている時があるからな。
グレンは軽度かも知れないが人間恐怖症だ、人と関わるのを恐れている。
護衛の使命に関係なく、あいつは旅に向いている性格とは言えない。
なんでそんなグレンが、お前と共に旅立ったのか。
「お前がグレンを心配すればあいつは心底拒絶するだろう。だが裏を返せば、それだけお前に心配されたと言う事実に、奴は動揺したんだ」
俺からグレンを心配しようと、あれ程に取り乱したりはしない。
俺は確信した、グレンを信念から解き放つなど俺には不可能だ。
グレンを呪縛から救えるのは・・・セレス、お前だけだ。
5章:八話 おわり
どうもです、読んで頂きありがとうございます。
それでは明日も宜しくです。