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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
5章 レンガでの日々
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七話 責任を背負う者

俺はセレスを背負い、顔見知りの軍人に一言侘びを入れる。


今回の事態で少なからず彼に迷惑を掛けただろうからな。


彼は気にするなと言うと、数人の同僚と荒れた修行場に向かい、元通りにする作業を始めた。



アクアに支えられながら漕ぎ車の停留所へ向かう。


俺の(うしろ)からアクアが声を掛ける。


「ガンさん大丈夫かい? 辛かったら代わるよ」


心配そうな顔を俺に向けてくれる。嬉しい心使いだが、それでも譲る訳にはいかない。


「気にするな・・・セレスに無理をさせてしまったからな、これくらいは俺がしたいんだ」


お前がそうやって、俺の後ろからセレスを支えてくれているだけで、それが俺に取って救いなんだ。



仲間に迷惑をかけ続けた俺が、責任者として此処に立っている。


責任者としても、仲間としても未熟な俺が立っていられるのは、3人が俺を支えてくれているお陰だ。


誰も死なせたりしない、その為なら・・・俺は何にでもこの手を染める。


こんな考え方が呪縛なんだろうな、悔しいが捨てられそうにない。



だが俺の信念は確かに呪縛だが、使命との相性は良いようだ。


ガンセキは勇者の体重を感じながら、脳裏に炎使いを浮かべる。


お前が信念に殺されないよう、俺が全力で支えてみせる。


それをお前に言ったら本気で嫌がるだろうな、だがそんなことは関係ない。俺がお前を、心の底から心配してやる。



責任を背負いながら勇者を支える。


責任を背負いながら水使いを支える。


責任を背負いながら炎使いを支える。



これが責任者として、俺の成すべき使命だ。


・・

・・

・・


漕ぎ車の停留所へ到着し、セレスを台車の上に寝かせる。


台車に備え付けられていた毛布を眠っているセレスに被せ、今度は地面に立っていたアクアの手を台車の上から掴むと、力を込めて小柄な身体を引き上げる。



漕ぎ車を動かす人のことを【運び手】と呼ぶ。


ガンセキは運び手に出してくれと合図を送る、少ししてゆっくりと漕ぎ車は動き出す。



セレスのことを配慮して、人の少ない道を通ってくれるらしい。


漕ぎ車は距離で料金を計るのではなく、目的地で料金を計る。


レンガには漕ぎ車の停留所が数十ヶ所存在している、各停留所から目的地までの距離で料金が変わるんだ。


だから空席でも、常連でない限りは乗ることはできない。客は停留所まで足を運ぶ必要があるんだ。


少し不便かも知れないが、その分料金は懐に優しい。



アクアは今だ目を覚まさないセレスに心配の眼差しを向け、先程からずっと傍に寄り添っている。


ガンセキはアクアを安心させる為に。


「外傷は殆どない、先程の戦闘でセレスの魔力が尽きるとは考えられない。暫くすれば目を覚ますだろうから安心しろ」


アクアはガンセキの言葉に頷くと、セレスの頬に手を当てて優しく擦りだした。



セレスが気絶したのは集中力を極限に使用し、精神的なダメージを受けたからだ。


彼女をあれ程に追い込んだのは俺の責任だ、それでも俺にはセレスを勇者として育てる使命が在る。


憎まれようと構わない、その程度の代償でセレスが生き残れるなら、俺は喜んで憎まれよう。


だが俺は・・・セレスの仲間だ。


仲間として支えなければ、セレスの為に俺は何をすれば良い。


・・

・・


心地よい風を受けながら、ガンセキは動く景色を眺めていた。


現在通っている道の幅はそこまで広くない、建物の影で太陽の光が遮断されている。


ガンセキの手元にはセレスの片手剣が置かれていた。


その片手剣をガンセキは何気なく手に取る。人の剣を勝手に触るのは礼儀に反するが・・・やはり気になってしまう。


レンゲさんは剣の宝玉職人ではない、だからこの片手剣はオババからの依頼をレンゲさんが知り合いの職人に頼んだ物だ。


鞘から剣を払う・・・良く手入れされているな、刃毀れは見られない。


尤も土宝玉の力でそうそう刃毀れはしないんだが。


物にもよるが、剣を研ぐ場合は20万を超えることもあるんだ、無論何度も研ぎを繰り返すと剣は薄くなり、やがて武器として死んでしまう。


武器を使う者として、手入れをするのは職人に対しての礼儀だ。


ガンセキは剣を鞘に返すと、元の場所に置く。


セレス、大切に使ってくれているようだな・・・この剣を造った職人も喜んでいる筈だ。


この世界には剣を己の命としている者が存在しているらしい。


恐ろしい話だ、命を奪うだけの物を己の魂とするなんて。


ガンセキは自身の杭を一振り手に持つ。


だが、その気持ちは分からないでもない・・・俺もこの杭には、大切な想いがこもっている。


ガンセキは天を仰ぐ、空は薄く晴れていた。


・・

・・


歩行者の数も少なく、静かな時は流れていた。


ふと考えが浮かび、ガンセキはアクアに質問する。


「グレンとセレスは・・・何かあったのか?」


レンガの観光をした日の夜、グレンの様子が変だった。


グレンが動揺をあれ程に抑えられない、そんな事態は余程の理由でなければ起こらないと思う。


アクアは動く景色の中で、時折建物の隙間から見える時計台に視線を送る。


「グレン君が辛そうな顔をして、それをセレスちゃんが心配したんだ。でもグレン君はセレスちゃんを拒絶して逃げ出した」


それがグレンを縛り付ける信念だ。


誰かに頼る、誰かに迷惑を掛ける、誰かに心配される。この3つをグレンは極端に避けるんだ。


だけどあいつは必要があるのなら、誰かを頼るし迷惑だって掛ける・・・だけど心配されることだけは本気で嫌がる。



ガンセキはアクアを視界に映す。


オババがお前を選んだ本当の理由が、今になって俺にも何となく分かった。


普段はトラブルを引き起こすが、セレスとグレンの絆を繋ぎ止めているのは・・・お前なんだな。


「アクア、グレンも心の底ではお前に感謝している筈だ」


ガンセキの言葉に驚きながら。


「ガンさん突然何さ、ビックリするじゃないか・・・」


その言葉を放つと、アクアの表情は次第に暗くなっていく。



アクアはガンセキの言葉の意味に気付いていた。


「ボクは・・・自分のためだから・・・感謝なんて要らないよ」


そうだとしても、お前はあの2人に取って恩人だ。


「7年間、大変だったな」


絆の糸が切れないように、お前は必死に戦っていたんだ。



ガンセキは心を込めて。


「俺からも言わせて欲しい・・・ありがとう」


アクアは顔を俯かせ、嬉しそうに小さな肩を震わせた。



雫が眠っていたセレスの頬に落ちる。泣き顔の女の子がセレスの視界に映る。


セレスは手を伸ばし、女の子の軟らかい髪の毛を優しくさする。


女の子はセレスの暖かい手のひらを感じながら、嬉しそうな笑顔をセレスに向けていた。


・・

・・


・・

・・


時は過ぎ宿に到着した3人は、セレスをベッドに寝かせるとアクアはその傍に付き添う。


ガンセキは2人を残し、夕食の買出しに向かう。


セレスは一度台車にて目を覚ましたが、その後は再び眠りに落ちる。


あれ程の動き、拳術を集中力と才能だけで実現させたんだ、精神に掛かる負担は大きいだろう。



ガンセキは食材を買いに、大通りに向かっていた。


歩きながら、セレスが背負っている心の負担を和らげる方法を考えていたが・・・そう簡単に思い付かないな。


勇者の決断に対する重さを軽くする事はできない、それを支えるには何をすれば良いのか。



犠牲を出すと分かっていても、それでも戦う意思は消えていない。だからこそ毎日の修行も励んでいるんだ。



だが刻亀討伐が終り、払われた犠牲を受け止め、乗り越えられるのか・・・そこが問題なんだ。


しかし、その事に対しては刻亀討伐が終った後に俺達が支えるべきだ。



今のセレスに俺が出来ることは別に在る。


セレスはグレンを心配した、グレンはそれを拒絶したんだ。


俺よりセレスはグレンとの付き合いが長い、あいつが心配されたら拒絶する何て分かっていた筈だ。


それでも勇気を振り絞ってグレンを心配したが、結果が悪かった・・・この問題を解決できれば、心の負担は少しかも知れないが、軽くなるのではないか?


俺はセレスに何を言ってやれば良い、俺がグレンに言えることは何だ。


・・

・・

・・


時刻は16:00を過ぎた。


大通りの人込みは物凄い。


流石にセレスの天雷は身体に堪える、魔法防御で威力を和らげたが、痛みは未だ残るな。


進むにも一苦労だ、3人がこの時間を避けたがる理由も良く分かる。


俺だって恐怖を薄めてないと、この人込みに腰を抜かしているだろう。レンゲさんのお陰だ・・・今、俺が此処(ここ)に存在してられるのも。



ガンセキは工房の方角を見詰めていた、あの人を想いながら。


ふと、口が開く。


「俺は覚えているからな・・・レンゲさん」


この杭で、必ず俺の仲間を護ってみせる。


レンゲさんが属性使いだった頃に果たせなかった想い。それを俺が受け継ぐ、今度こそ俺は仲間と勇者を護ってみせる。



ガンセキは人込みの中、存在する筈のない人物を探していた。



何故か分からないんだが、人が多いとお前が居るような気がしてしまう。


お前は勇者の村に戻っているのか?


村に戻ってから、俺は一度も慰霊碑には行けなかった。


お前に無性に逢いたくなる時が在る、今何処に居るんだ。


何時も一緒だったのにな、最近お前の声が想い出せないんだよ。


知ってるか? おばさん・・・少し見ないうちに随分老けたぞ。



弱音を吐いていては駄目だな、俺の仲間が腹を空かせて待っている。


ガンセキは歩き出す、何処かに行ってしまった友を想いながら。


・・

・・


・・

・・


ガンセキは惣菜屋で晩飯を買うと、宿に向かって来た道を歩いていた。


本格的に大通りは人が込み始めている。


ガンセキが歩いていると、前方で知っている人物が視界に映る。


大通りの脇に設置されていた木製のベンチに腰を落とし、肩を丸めている男だった。


その人物にガンセキは近付くと声を掛ける。


「どうも、こんな所で何をしているんですか?」


ゼドはガンセキに視界を向けると、両目に涙を溜めていた。


「お腹が減っただす、自分には金がないだす、お前の持っている物を自分にくれると嬉しいだす」


何でも何処かで金袋を落としてしまったらしい。



ガンセキは苦笑いを浮かべると、ゼドの隣に座る。


ゼドは行き交う人の波を心なしに見詰めて。


「レンガは始めて来ただすが、中々凄い人込みだす。それだけこの街は活気があるんだすね」


そう言えば、この人は鎧国の出身ではなかったな。


「そう言えば、ゼドさんは盾国が故郷でしたね」


俺達は盾国が受け持っている場所で戦争をしていた。


盾の国では最悪の魔獣王が国を蝕んでおり、俺達が魔王の領域に辿り着いた頃、盾国は主鹿討伐の為に国内で戦争を始めていた。


魔王の領域で戦っていた盾国の勇者同盟軍は、その所為で物資の数だけでなく・・・兵士の人数も足りていなかった。だから盾の国が受け持っていた戦場に増援として、鎧国の勇者が兵と共に向かったんだ。


俺がゼドさんに出会ったのはその頃だ。



ガンセキが当時の話を持ち出すと、ゼドは興味がなさそうな口調で語り始める。


「産まれた場所なんて覚えてないだす、それよりガンセキ・・・自分に飯を授けるだす」


ガンセキは引き攣った笑顔を浮かべながら。


「全部は無理ですよ、元々4人分しか買ってないんですから」


そう言うと、ガンセキは袋の中から握り飯を2つ取り出す。


ゼドはそれを見ると、目を輝かせながら。


「おお!! 米だす!! お米だす、美味そうだす!!」


勇者の村ではそうそうお目に掛かれないが、この国は米も美味い。


レンガは流通の拠点でもあるし、この大通りでなら簡単に手に入る。



ゼドは奪うようにガンセキから握り飯を受け取ると、行儀悪く食べ始める。


「美味いだす・・・恩人だす・・・ガンセキは自分の恩人だす」


無我夢中で食べながら声を発している。


・・

・・


物凄い速度で握り飯を食べ切り、現在のゼドは自身の指についた米粒を大切に味わいながら食べていた。


「ガンセキ・・・頼みがあるだす」


「もう駄目ですよ、その握り飯は俺の分です・・・我慢してください」


ゼドは残念そうに肩を落とすと、ベンチに背中をつけて身体を伸ばす。


「助かっただす、おいしかった・・・今日はこれで乗り越えられるだす」


この人は、こんな調子で世界を旅しているのだろうか?


少し心配になって来た。



ガンセキは立ち上がると、ゼドに声を掛ける。


「金袋、探すの手伝いますよ・・・どこら辺に落としたんですか?」


ゼドはガンセキの申し出を丁重に断る。


「大丈夫だす、明日からはこの街で仕事でも探すだす・・・肉体労働でも何だろうと、自分は一生懸命こなすだすから」


意外とこのような事態には慣れているのかも知れないな。


道案内の仕事だけでは旅は続けられない、日雇いの仕事を探す手段も心得ているのだろう。


「ガンセキが握り飯をくれたから、依頼の金に手を付けなくて済んだだす」


本当に俺は正しかったのだろうか・・・この人に道案内を依頼して。



ゼドはベンチに座りながら、自分の前方に立っているガンセキの顔を見上げる。


「自分は受けた恩は返したいだす、一つだけお前の相談に乗ってやるだす、ありがたく思うだすよ」


折角だから、一つ悩みを聞いてみるか。


「ゼドさんはグレンを知らないから頼らないでくれと言いましたよね? 俺もグレンと話すようになって、まだ日は浅いです」


グレンだけじゃない、セレスとアクアのことだって俺は何も知らない。


ガンセキはそのまま話を続ける。


「俺は責任者として、何よりも仲間として少しでも支えたい・・・3人を知るには、まず何をすれば良いですか?」


ゼドはガンセキの話を聞くと、鼻の穴を穿(ほじ)りながら。


「お前の年齢は他の3人からすれば一回り上だすからね、分からないことが多いのも仕方ないだす」


取り出した鼻糞を息で飛ばし、その鼻糞が宙に舞う。


「だけど今までの旅で、3人のことを少しは分かったんじゃないだすか? 旅は勇者の成長だけじゃないだす、一行の絆を深める為でもあるだすよ」


ゼドさんは勇者一行だった訳ではない、だけど1人の勇者と深い繋がりを持っていた。


ガンセキはゼドの言葉に耳を傾ける、その言葉を心に刻む為に。


「勇者だけでなく、他の面子もお前が戦争の経験者だという理由だけで、凄い人間だと勘違いしているんじゃないだすか?」


確かにそれはあるかも知れない、グレンでさえ俺を一段上の属性使いと思っている節が在る。


「自身の弱さを支えたい相手に包み隠さず伝えるだけでも、意味が在ると思うだすよ?」


セレスに俺の弱さを伝えても、余計に彼女の負担を増やしてしまうのではないだろうか。



ゼドは静かに天を仰ぐ、オレンジ色に染まった空はとても綺麗だった。


「何事も支え合いだす、お前の護りたい相手が、ガンセキを完璧な属性使いと勘違いしている内は、支えるなんて上手にできるとは思えないだす」


ゼドがガンセキにヒントを与える。


「見たところ勇者様は、お前と良く似ているんじゃないだすか?」


俺が何をすれば良いのか・・・何となく分かったが、それでセレスを支えられるのか。


やって見なければ分からないか。



ガンセキはゼドに笑顔を向けると、今後の予定を確認する。


「それじゃあ、俺達と合流するのはデマドに変わりないですね?」


デマドとはヒノキ山に最も近い場所に存在している村の名で、俺達一行はそこから本陣へ向かう。


ゼドは頷くと鋭い眼光をガンセキに向け、そのまま言葉を放つ。


「信念旗に付いて、自分の方でもう少し調べて見るだす・・・奴等は油断できないだすからね、間違いなくこの街にも潜んでいると思うだす」


この男が持つ情報力は馬鹿にできない。


当てもなく世界を彷徨う・・・相応に情勢を理解していなければ、そのような事をできるはずがない。


喩えレンガに来たのが初めてだろうと、この赤鋼には彼の協力者が存在しているのかも知れない。


「無茶はしないで下さい、貴方には俺達をヒノキに導く使命が在るのですから」


口では何を言おうと、この人は結局・・・最後には勇者の味方をしてしまうんだ。


1人ぼっちの勇者を、ずっと支え続けた人だからな。


ガンセキは頭を下げると、ゼドから離れ宿へ向かう。




5章:七話 おわり



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