六話 【仲間】対【仲間】対【同志】
修行は何時だって一歩ずつ進んでいく、2歩3歩飛ばして進もうとすれば転ぶだけだ。
レンガに到着してから1週間と数日、修行は一時的な中断もあったが、その後は問題なく進んでいる。
時刻は13:00過ぎ、ガンセキが立っている場所は、高位魔法の使用が許可されている修行場。
昼食を食事所で済まし、午後の修行を今から始める。
俺の前方にはセレスとアクア、2人とも得物を手にしている。
息を吸い込むと、少し大きな声でガンセキは修行内容を2人に伝える。
「今から行う修行は、これまでの成果を試す最終段階だ!」
真剣な眼差しを2人はガンセキに向ける。
ガンセキはそのまま続ける。
「気を抜くな、喩え修行でも油断すれば死を招く事態に陥るぞ!!」
実戦を想定した修行ほど効果は高いが、危険も隣り合わせと成る。
ガンセキは最後にもう一度、これから行う修行の説明をする。
「天雷雲以外の高位魔法は禁止だ、アクアが使う弓は氷矢だけとする!」
アクアは元気に声を発する。
「ガンさん! 容赦なしで行くよ!!」
セレスは思い詰めた眼差しでガンセキを見ると、己を奮い立たせる。
「私に出来ることだけでも頑張らないと」
数日前に3人でレンガを観光した日、俺が宿に戻るとグレンの様子が変だった。
今は以前と変わりなく、あいつもセレスやアクアと普通に話せている。
だが、それからのセレスは思い悩んでいる時が多くなった。
修行に身が入らない程ではない、時折その表情が曇り、その都度アクアがセレスを支えていた。
多分あいつは気付いてないだろう、今のセレスはグレンの前だと、そんな顔は見せなくなったからな。
ガンセキがセレスに話し掛ける。
「お前も分かっていると思うが、今は修行に集中しろ・・・良いな」
セレスは言葉なく、静かな頷きで意思を返す。
ガンセキは2人に向け言葉を放つ。
「天雷雲が完成するのを俺が妨害する、セレスが天雷雲を完成させたら終了だ!」
言い終わると即座に杭を地面に突き刺す、間を開けず突き刺した杭を抜く。
杭と同時に地面が盛り上がり、杭を持つ所として岩の盾が完成する。
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アクアはガンセキの行動を視界に映すと、そのまま視線を逸らさずにセレスに言葉をかける。
「セレスちゃん、まずは天雷雲を創り出すのに集中して」
神言を唱えている間、セレスちゃんは動けない・・・ガンさんはそこを狙ってくる。
ボクとセレスちゃんの位置は近い、氷の壁でセレスちゃんを守る事も出来る。
アクアの声に頷くと、セレスは剣を地面に突き刺し、両腕を薄く晴れ渡る青空へ。
「響き渡る雷鳴、雷雲で空を覆い、天を焦せ」
神言を唱えたのと同時だった、ガンセキはハンマーで地面を叩くと、セレスの前方に岩の腕が出現する。
アクアは岩腕の攻撃を遮るように氷の壁を召喚する。
壁を召喚しながらガンセキに向けて弓を構え、氷の矢を放つ。
氷壁は岩の腕に破壊されるが、岩腕は攻撃を壁に阻まれた際に生じた衝撃に耐えられず、そのまま土に帰る。
アクアがガンセキに放った氷の矢は、岩の盾に防がれる。
ガンセキは盾を構え、そのままアクアに向けて走り出す。
岩の盾を構えながら突進することにより、自分の身を守りながら敵に接近できる。
でもそんな単純な体当たりは、ボクなら簡単に避けれる。
盾を構えながらの突進を、アクアは横宙返りで避ける。
ガンセキは回避されてもそのまま走り抜け、岩の盾を自らの意思で土に帰す。
その動作を終えると手に持っていた杭をセレスに投げる。
突進を避けられるのは承知の上で、その後にセレスちゃんを狙った杭投げがガンさんの本命だったんだ。
突進を避けた所為で、アクアはセレスから離れ過ぎていた。
この距離だと氷の壁でセレスちゃんを守る事が出来ない・・・それならボクが取るべき行動は。
アクアはガンセキの足下に向けて氷の矢を放つ。
ガンさんはセレスちゃんに視線を向けている、このまま足下の地面に氷の矢が突き刺さるだけでも、ガンさんの動きを封じられるんだ。
氷の矢は突き刺さった場所を凍り付かせることが出来る。ただし、凍らせる為には氷矢が突き刺さるか、狙った相手が掴む必要があり、一瞬触れただけでは凍らせることはできない。
足下の地面に氷矢が突き刺されば、ガンさんを捕縛の氷で動けなくできるんだ。
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セレスはガンセキの放った杭を剣で弾くと、そのままガンセキに向かって走り出す。
弾かれた杭は回転しながら飛ばされ、少し離れた地面に突き刺さる。
ガンセキの後方よりアクアが放った氷の矢は、地面を踏み締めて召喚した岩の壁で防ぐことに成功した。
セレスは既に神言を終えている、俺が杭を投げても弾かれると予測していた。
俺の後方は先程召喚した岩の壁が護ってくれている、だから前方より迫ってくるセレスだけに意識を集中させる。
ガンセキに向けセレスは突きを繰り出す、ガンセキはそれを冷静に見極め、少ない動作で回避に成功する。
突きをガンセキに避けられた所為で、セレスの片手剣は岩壁に突き刺さってしまう。
その瞬間をガンセキが見逃す筈がない。
「今の場合、斬り掛かるべきだったな。剣が壁に突き刺されば引き抜くのに時間が掛かる、それは一瞬かも知れないが・・・隙であることに変わりない」
ガンセキはセレスの突きを避けながら、腰に差していた杭を抜いていた。片手剣が壁に突き刺さっている現在、手に持った杭の先はセレスに向けられていた。
本来のセレスならこの状況から抜けられるだろうが、今のセレスは天雷雲の所為で全身放雷が使えない。
だが勝利に確信しては駄目だ、セレスには仲間が居るんだからな。
アクアは何らかの方法でガンセキの岩壁に登っていた。
壁上からアクアは俺とセレスの間に氷壁を召喚する。その直後セレスは片手剣を岩壁から引き抜き、そのまま氷壁の向こう側に存在していた俺に斬り掛かる。
氷壁は片手剣が触れる一歩手前で水に戻り、セレスの斬り掛かりの邪魔には成らなかった。
セレスの片手剣を、ガンセキは杭の先で受け止めた。
その瞬間だった、剣を受け止めていたガンセキの杭が先から順々に凍り付く。
アクアの氷壁を通り抜けた片手剣には水が付着していた、その水を利用して俺の杭を凍り付かせたのか。
だがまだ甘い、この程度の氷では俺の武器は封じられんぞ。
ガンセキは凍った杭の尻をハンマーで叩く、それによりセレスの片手剣を跳ね返し、自身の杭を覆っていた氷が砕ける。
自身とセレスの間を隔てていた氷壁が消えたにも関わらず、ガンセキはそのまま後方に下がり2人と間合いを取る。次の一瞬だった、先程までガンセキの立っていた場所に氷塊・・・ではなく水の塊が落ちた。
水ではなく氷塊だとしたら、あのままセレスの近くに居たら、俺はその重量に押し潰されていただろう。
岩の壁は人間が簡単に登れる高さではない。アクアは氷で足場を造り岩壁の上に登ると、そのままセレスと俺の間に氷壁を召喚した。
確かにその方法で行けば、最短ルートでセレスの護りに入れるだろう。
だが・・・敵の魔法(岩の壁)を利用する場合は、相応の危険を覚悟する必要が在る。
ガンセキはアクアに向けて走り出す、アクアは氷矢の先端をガンセキに向けると狙いを定める。
その動作に合わせ、ガンセキは岩の壁を土に帰す。
乗っていた岩の壁を崩された所為で、アクアは体勢を支えることが出来ない。
先程の状況では至急セレスを護る必要が在った、だから俺の岩壁に乗る手段は間違いではない。
俺に水塊を仕掛けた、その時点でアクアは岩の壁から下りるべきだった。
アクアは常に冷静を保ちながら戦えるが、自身の行動が功を成すと若干だが気の緩みが生まれる。
崩れゆく岩の壁から何とか跳び上がり、そのままアクアは地面に着地する。
ガンセキは走りながら姿勢を低く構えると、アクアが着地した一瞬を狙いハンマーを地面に打ち付けた。
無理な姿勢での着地により、アクアには大きな隙が生じていた。その状況でアクアの後方に岩の腕が召喚されたのだ・・・回避など不可能だ。
無常にも岩の腕は、その巨大な拳をアクアに目掛け振り下ろした。
敵であるガンセキがセレスに叫ぶ。
「この状況でアクアを救えるのは、お前しか居ないぞ!!」
ガンセキが言葉を発する前に、セレスはアクアを護る為に足を踏み出していた。
《私を護った所為で・・・アクアが殺される》
その時だった、セレスの瞳が白銀の輝きに覆われ、心が無我へと染まる。
走りながら剣先を岩の腕に向け、そのまま全ての体重を突きに乗せて跳び掛る。
突きと共に岩腕は地面に崩れ落ち、そのまま土に帰った。
アクアの護りにセレスが入れなかった場合、岩の腕は寸前で止める積もりだった。
ガンセキは予想以上に強力なセレスの突きを目の当りにし、内心焦っていた。
誰かに必要とされたいと思っているセレスは、仲間に護られているだけの自分を嫌っている。
俺の失敗だ・・・先程の行動で、セレスの心を強く刺激してしまった。
今回の修行をすれば、このような事態が起こる可能性は予測していた。だが刻亀と戦うには、少しでも速く実行しなくては成らない修行なんだ。
セレスは岩腕を破壊すると一瞬の動作で姿勢を整え、ガンセキに向けて低い姿勢のまま駆け始めた。
やはり・・・スイッチが入ったか!!!
ガンセキは靴底で地面を叩くと、セレスの進路上に岩の壁を召喚する。
行く手を壁に遮られても、セレスは速度を落とさずに飛び上がる為の動作に移る。
岩の壁は人間の跳躍力で飛び越えられる高さではない。
セレスは壁に衝突する瞬間に腕を振り、剣を岩の壁に突き刺すと、それを足場に壁を飛び越える。
岩の壁を飛び越えたセレスをガンセキは肉眼に捕らえた、その一瞬を見逃さず杭を投げる。
スイッチの入ったお前なら、俺の放った杭を足場の存在しない空中でも、容易に凌げる筈だ!!
セレスは自身に放たれた杭を手刀で払い、先程飛び越えた壁の一部を蹴る事により勢いを付け、ガンセキに向けて空中から直線に迫る。
ガンセキは即座に後方に跳ねる。
先程まで彼の居た場所に、セレスが地響きを起こしながら着地した。
物凄い勢いで地面に着地したにも関わらず、セレスは平然と体を起こすと暫く動きを止める。
セレスの両腕には、雷が音を鳴らせ続けていた。
雷を放つ場合は一瞬で消えるが、腕や剣に纏わせていれば持続させることが可能となる。
だが雷を腕に纏わせる場合、本来なら両腕に玉具を装着する必要が在る。セレスは素手でそれを実現させていた。
この異常能力を俺は知っていた。レンゲさんから頼まれて彼女の片手剣を村に運んだのは、何を隠そう俺だからな。
その時に詳しい事情はレンゲさんから聞いていた。
木剣から放つ天雷砲は威力が格段に落ちる。その事を俺は知っていたから、以前戦った時の策に利用できたんだ。
セレスは宝玉具を使用しなくても、その身に宝玉具の能力を宿しているんだ。
並位魔法 雷の拳、現在セレスが両腕に纏わせている雷は上級の威力だ。
雷を纏ったその腕から雷撃を放つと雷の拳は消滅する、これが雷拳の弱点だ。雷撃を放った瞬間なら、セレスの腕に触れてもダメージを受けない
並位魔法を使用しているにも関わらず、天雷雲は未だ頭上で広がっている。
天雷雲をセレスが完成させる前に勝負を決めなければ・・・俺の負けは確実だ。
セレスの瞳は既に正気を失っており、俺を完全に敵と見なして戦いにのめり込んでいる。
この状態のセレスこそが、彼女の持つ本来の実力だ。
アクアはセレスの様子が異常だと既に気付いている。
俺は岩の壁を土に帰すとアクアに視界を向け、首を振ることにより近付くなと意思を伝える。
ガンセキは目前のセレスに注目しながら、方膝を地面に付けると両腕の拳を大地に叩き付ける。
叩き付けた拳は地面に減り込んだ。それを引き抜いた時、ガンセキの両腕は土に覆われていた。
両腕に纏わり付いた土は次第に形を造り、やがてそれは篭手と成る。
高位中級魔法 大地の篭手・・・篭手の部分は全ての属性を防ぐ。
接近戦に有効な、攻撃も兼ね備えた防御魔法だ。
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無感でガンセキを睨んでいたセレスは、静かに構えを取ると地面を蹴り、一気にガンセキへ迫る。
数歩でガンセキとの距離を縮めると、そのまま身体を傾け拳を振り上げる。
ガンセキはセレスの振り上げを手首で払い、即座に逆の手でセレスの腹に打ち込む。
セレスの腹部に拳打が当たる瞬間、セレスは片足を一歩動かしながらガンセキの側面に回り込む。
ガンセキの側面に回り込んだセレスは、ガンセキの大地の篭手に両腕を添えると雷撃を放つ。
並位上級魔法 雷撃零距離両腕発射・・・両腕から敵に触れた状態で雷撃を放つ、一斉魔法を使えるのが絶対条件の魔法。セレスの雷撃は単発でも上級の威力がある、それを両腕から零距離で放つんだ・・・天雷と同等の威力を誇る。
雷撃を受けたガンセキの篭手は破壊されず残ったが、その衝撃でガンセキの腕は大きく弾かれる。
篭手が雷撃により弾かれた反動を利用し、ガンセキは片足を軸に回転しながら蹴りを仕掛ける。
その回し蹴りにより、踵がセレスの胴体を捕らえる。
セレスは即座に腕を交差させ、回し蹴りの直撃は免れたが、その勢いで吹き飛ばされる。
だが吹き飛ばされたセレスは、何事もなかったかのように起き上がる。ガンセキは蹴りの威力を抑え、セレスを自身から遠ざけることが狙いの蹴りだった。
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彼女は拳術を教わったことなど一度もない。恐らくだが異常な集中力、それとグレンの拳術を幾度か目にした、それだけの経験でセレスは先程の拳技を実行させたんだ。
だが所詮は動きだけ、才能だけでは修練を積み重ねた拳術には遠く及ばない。
俺の接近戦は攻撃を重視した剣、または防御を重視した篭手のどちらかだ。
そしてガンセキは防御型の土使いである。
杭を使う以前、カインの護衛だった頃の俺が使用していた宝玉武具は、土の宝石玉を埋め込んだガントレットだった。
ガントレットの上に魔法である岩の篭手を纏わせる事で、篭手の防御力を底上げさせるのが、当時俺が使用していたガントレット(宝玉武具)の能力だ。
拳士としてグレンには及ばないが、剣よりも・・・俺は拳による接近戦を得意としている。
ギゼルさんに憧れていたんだ、その俺が拳士を目指すのは当然だろ。
セレスを止める方法は2つ、このまま防御に徹しながら時間が過ぎるのを待ち、集中力が切れて倒れるのを待つか、俺から攻撃を仕掛けてセレスを気絶させるか。
犬魔と戦った時とはスイッチの入り方が違う。恐らく前回より、集中力が切れるまでの時間は数倍になっている筈だ。
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セレスはここ数日、思い悩んでいることが多かった。
何を悩んでいるのか・・・3日前にゼドさんから話を聞いて、俺にも直ぐに分かった。
ゼドさんはグレンに情報提供を頼まれ、刻亀討伐の現状を説明した。その時、セレスの様子に異変を感じたゼドさんが、入れ違いに現れた俺に教えてくれたんだ。
セレスは予定よりも速く、刻亀討伐に参加する人間の数を知ってしまったんだ。
それをセレスに伝えるのは、本来なら俺の役目なんだ。
ゼドさんは悪くない、あの人はグレンに頼まれて、知っている限りの情報を3人に伝えただけだからな。
では情報を願ったグレンが悪いのか・・・少しでも多くの情報を仕入れるのがグレンの役目なんだ、間違ったことはしていない。
責任が在るとするなら、旅の責任者である俺の責任だ。
旅の責任者である前に、俺は勇者一行の仲間なんだ。仲間の使命は重荷を背負った仲間を支えることだが、それでも俺は責任者として責任を背負う必要が在る。
信念旗を優先させ・・・軽い気持ちでゼドさんと3人を対面させた俺の責任なんだ。
彼女は勇者の決断から生じる重さを知り、【死】という言葉に対して過剰に反応してしまう。
アクアを護る為に意識を飛ばし、俺に対して剣を向けてしまう程に・・・彼女は追い詰められていたんだ。
恐らく俺が呼びかけた所で・・・セレスは反応を示さないだろう。
セレスを傷付ける訳には行かない、だからと言って集中力が切れるまでセレスの攻撃を防ぎ続けたら、いずれ天雷雲が完成し、俺の敗北は決定する。
彼女を傷付けないように気絶させる、無謀だがこの方法しかないか。
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セレスに剣を持たせる訳にはいかない、彼女が片手剣を握れば俺の拳術では抑えきれない。
アクアに頼んで、剣をこの場から離して貰うか・・・駄目だ、そんな事をすればアクアにも危険が生じる恐れが在る。
いや、違うか。このような状況だからこそ、仲間に頼らないといけないんだ。
グレンに何時も言っているんだ、その俺が実行しないでどうする。
ガンセキはセレスから視線を逸らさず、頼るためにアクアへ言葉を発する。
「アクア!! セレスから剣を遠ざけてくれ!!」
叫ぶと即座にガンセキは両手を地面に添え、セレスを囲うように大地の壁を召喚する。
アクアもガンセキの言葉を聞くと、剣に向かい走り出す。
大地の壁、その内側から雷拳を打ち込む轟音が響くが、ガンセキが召喚した大地の壁をそう簡単に破壊することは出来ないだろう。
だがガンセキは大地の篭手と大地の壁を同時に召喚している。
地の祭壇を利用してない現在のガンセキでは、高位の同時魔法は長時間の使用はできない。
「アクア急げ!! もう壁が消えるぞ!!」
壁が消えた瞬間、恐らくセレスは俺に襲い掛かって来るだろう。大地の篭手を土に帰してしまえば、攻撃を仕掛けてきたセレスに対処が出来なくなる。
アクアは岩の壁が在った場所に辿り着き、セレスの片手剣を拾い上げると即座にその場から距離を置く。
大地の壁を召喚していられる時間が限界に達し、ガンセキは攻撃を仕掛けて来るであろうセレスに身構える。
土に帰り始め、強度が低下した大地の壁をセレスが突き抜け、勢いを殺すことなくガンセキに接近する。
ガンセキに近付いた瞬間、セレスは右腕を前方に翳し、雷撃をガンセキに放つ。
それと時を同じく、ガンセキはセレスに向け杭を投げていた。
ガンセキの投げた杭に、セレスの放った雷撃が直撃したが、直撃と共に雷撃は消滅し、残った杭が地面に落ちる。
セレスは地面に落ちた杭を拾い上げると、ガンセキに向けて杭を投げる。
ガンセキは右腕で飛んできた杭を払い除ける。
杭を払い除けた隙を突いて、セレスが左腕でガンセキに拳打を打ち込む。
セレスの拳打をガンセキは左の篭手で受け止めることに成功するが、セレスはその瞬間を狙い、全身放雷の力で胴から雷撃を放つ。
胴から放たれた雷撃を、ガンセキは右の篭手に当てて防ぐと、そのまま地面を足で踏み締めて自身とセレスの間に岩の壁を召喚する。
ガンセキはハンマーを手に持つと、それで岩の壁を叩き付けた。
ハンマーで叩き付けた岩の壁は、一瞬で形を腕に変化させる、岩の腕はセレスに殴り掛かる。
岩壁から岩腕に変化させるなど不可能、そんな魔法のルールは何処にも無い。
セレスは攻撃を仕掛けてきた岩の腕を冷静に避けると、ガンセキに向けて片腕から雷撃を放つ。
雷撃を放たれる直前、ガンセキは既に勢いを付けながら横に飛んでいた。
横に跳んで雷撃を避けた所為で、ガンセキは地面に倒れてしまう。
ガンセキが倒れた地面は・・・水で覆われていた。
「アクア、今だ!!」
人知れずアクアは修行場に水の領域を展開していた。ガンセキの合図を聞くと、アクアは即座に捕縛の氷でセレスの足下を凍らせる。
ガンセキは倒れながら地面に杭を突き刺すと、ハンマーで深く打ち込む。
次の瞬間だった、セレスの近くに召喚されていた岩の腕が大地の巨腕となり、セレスの体を掴む。
ガンセキは攻撃魔法を苦手としている。先に岩の腕を造ってから杭を地面に打ち込み、そこから大地の巨腕に進化させる。この手順を実行することにより、ガンセキは神言なしで大地の巨腕を召喚できる。
足下は捕縛の氷、身体は大地の巨腕で動きを封じられ、流石のセレスも身動き一つ取れないだろう。
ガンセキはその場から立ち上がると、セレスに向けて走り出す。
今から俺は、大地の篭手で大地の巨腕を破壊する。
大地の巨腕を破壊した時の衝撃で・・・セレスを気絶させる!!!
ガンセキはセレスに接近し、セレスを掴んでいる大地の腕に拳打を打ち込もうとした瞬間だった。
アクアが緊迫した口調で叫ぶ。
「ガンさん!! 天雷を防いで!!!」
修行場の空は天雷雲に覆われ、恐怖の雷鳴が響き渡っていた。
現在のセレスは戦いながら天雷雲を完成させるのに、速くとも5分は必要としていた。
間に合わなかったか、スイッチが入った今のセレスなら、それよりも短い分数で完成させることが可能なんだ。
ガンセキは全身に纏った魔力の全てを魔法防御の為に注ぐと、そのまま大地の巨腕に両手を添えた。
両手を添えられた大地の巨腕は形を崩すと、ガンセキの腕から全身へと纏わり付いていく。
次の一瞬、天雷雲から無数の天雷がガンセキを目掛け、雷鳴と共に放たれる。
容赦なくガンセキに、沢山の天雷が突き刺さった。
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・・
高位上級魔法 大地の鎧 全ての攻撃を防ぐ代償に、術者は一切の攻撃は愚か、動くことすら出来なくなる。
ガンセキの全身を守っていた鎧が土へと帰る、鎧の下からは・・・ダメージを受けたガンセキが現れた。
大地の鎧を完成させるまでの間に、一撃だが天雷の直撃を受けてしまった。
アクアが叫んでくれなければ、俺は死んでいたかも知れない。
しかも高位上級魔法を使った所為で、魔力の残量に余裕がなくなった。
魔法防御にはそれなりの自身がある、まだ戦い続けるのは可能だ。
だが・・・天雷雲を完成させたセレスに立ち向かうのは、無理そうだな。
それでもガンセキは両方の足で確りと大地を踏み締めていた。
無理でも何とかする、それが責任者だ。
責任者はセレスから視線を逸らさずに、頼りない足取りで後方に下がる。
ガンセキはセレスとの間合いを離すと腰から最後の杭を抜き、それを地面に突き刺すことにより大地の盾を造り出した。
セレスは片腕を雷雲に翳すと、神言を唱えることもなく、天雷雲がセレスの腕に数発の天雷を落とした。
片手剣から放つ天雷砲に比べれば威力は落ちるだろうが、自分の腕で天雷砲を造り出すとは・・・もはや凄いを通り越している。
果たして、こんな状態の俺に天雷砲を受け止める力は残っているのだろうか?
ガンセキは大地の盾を構えると、完全防御形態へと変化させた。
セレスは天に翳していた片腕を、静かにガンセキに向ける。
その瞳は感情を失い、ただ目前に立ち尽くしている【敵】を映していた。
轟音と共に天雷砲が放たれる、その反動でセレスの腕は大きく弾かれる。
天雷砲は敵に向けて放たれる、雷が凝縮されているのか玉のような形状の弾となり、目では追えない速度でガンセキに襲い掛かる。
大地の盾完全防御形態の所為で、ガンセキはセレスを視界に入れることが出来ない。
ガンセキは盾を構え、来るであろう衝撃に備えていた。
その時だった、聞き覚えのある声がガンセキの聴覚を刺激する。
「紅蓮の炎よ、我が身と共に大地を護れ!!!」
ガンセキの目前にグレンが立ち、剛炎の壁を召喚すると天雷砲から放たれた天雷弾を防いでいた。
アクアはガンセキに近付くと、ガンセキの腰からハンマーを手に持つ。
予め集めていたガンセキの杭を、アクアは地面に打ち込んでいく。
グレンは表情を歪めながら、アクアに叫ぶ。
「アクアさん、速くしてくれ!! もう限界だ、防いでられねえ!!!」
アクアは最後の杭を地面に打ち込む・・・地の祭壇が完成した。
その作業を終えると、アクアはガンセキの肩を叩きながら。
「ガンさん、後は頼んだよ・・・グレン君、終ったよ!!!」
ガンセキはアクアの声を聞き、改めて大地の盾を構え直す。
グレンはアクアの合図を聞くと、即座に横に飛びながら天雷弾を避ける。
剛炎の壁に威力を落とされた天雷弾は、それでも強力な一撃を宿したままガンセキの大地の盾(完全防御形態)に直撃する。
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天雷弾を防いでいるガンセキの背中は、アクアに支えられていた。
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ガンセキは破壊された大地の盾を土に帰すと、グレンに話しかける。
「アクアとお前のお陰で助かったが、ところで何故お前が居るんだ?」
グレンは苦笑いを浮かべると。
「良い所を横取りしようと思いまして・・・」
そう言うと、グレンはセレスに向かって歩き出した。
アクアはグレンの行動を見ると。
「グレン君・・・セレスちゃんを怒っちゃ駄目だよ」
返事の変わりにグレンは片手を上げて、自分の意思をアクアに示す。
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この事態は誰の所為だ。
刻亀討伐を仕向けたガンセキさんの所為か?
セレスの優しさを拒絶した俺の所為か?
決断から生じる責任の重さに追い詰められていたセレスに、俺は何もしようとしなかった。
俺はセレスと共に戦う・・・だけどセレスの為には絶対に戦ったりしない。
手助けはしても、お前の逃げ場に成る訳には行かないんだ。
あの日からお前の様子が変だと分かっていた、それでも俺は何もしなかった。
でもよ、この程度の重圧に耐え切れなければ、戦場で生き抜く事なんて出来る筈がねえ。
勝てば小さな犠牲なんて間違いだ、本当の戦争は・・・。
グレンはセレスの下に近付く。
セレスはグレンを感情の失った瞳で見詰めていた。
炎使いはそんな勇者の姿に動揺を表す事もなく、冷淡な口調で語り掛ける。
「どうした・・・殴って来いよ、俺はお前の仲間じゃねえぞ」
仲間は勇者の為に戦うもんだ、俺はお前の護衛だが仲間じゃない。
人間が勇者に剣を向けることも在る、勇者は人間に剣を向ける覚悟も必要だ。
戦争には同志の犠牲がなければ絶対に勝てねえ、時に同志を見捨てなきゃ駄目なんだ。
セレスは右腕に雷を纏うと、そのままグレンの腹部に拳打を打ち込む。
グレンはその衝撃を地面に流そうとするが、タイミングが外れて衝撃を全て流せなかった。
痛みを堪えながら、グレンはセレスの右腕を掴む。
セレスは再び右腕に雷を纏う・・・それにより、グレンの全身に雷が走る。
腹部の痛みと雷に表情を歪ませながら、グレンはセレスに言い放つ。
「勇者が人間に・・・剣を向ける事も・・・あるかも知れない」
雷はその間もグレンを襲い続ける。
「時に同志を見殺しにする必要も・・・あるかも知れない」
グレンは痛みを無視しながら、白い光に覆われた勇者の瞳を睨み付ける。
「どんな理由が在ろうと、お前の為に戦っている仲間にだけは、勇者は絶対に力を向けるな」
勇者が仲間の為にすべき事なんて無い。仲間が勇者の為に戦うんだ。
・・
・・
無感情の瞳は次第に色を取り戻し、セレスはそのまま目蓋を閉じる。
地面に倒れたセレスをグレンは確認すると、自分もそのまま尻から地面に落ちる。
ガンセキはアクアに支えられながら2人の下に到着すると、アクアはセレスの下に駆け寄り、ガンセキはグレンに言葉を掛ける。
「グレン・・・大丈夫か?」
グレンは笑顔を返し、片腕を左右に振りながら。
「腹が痛いけど、こいつに痛い目に遭わされた経験は何度もありますから」
そう言うと、グレンはアクアに介抱されているセレスに目を向ける。
ガンセキもおぼつかない足取りでセレスの方へ向かうと、怪我がないかの確認をする。
脈拍も問題なく、息も乱れていない、大きな外傷はなさそうだ。
無事を確認すると、ガンセキはその身体でセレスを背負った。
その様子を見たアクアがガンセキを心配する。
「ガンさんの方が、グレン君より重症じゃないか」
アクアが俺を視界に映す。俺にセレスを背負えってか?
グレンは現在の時刻を確認する。
13時25分か・・・セレスを宿まで連れて行くと、軍の仕事に遅れる。
それでも、セレスを此処まで追い詰めたのは、俺にも責任が在る。
グレンが遅刻を覚悟して、ガンセキと代わろうとする。
だがガンセキは首を振るとグレンの申し出を断った。
「いや・・・お前は今から何か予定でも在るんだろ? 俺は責任者だ、セレスは俺とアクアで宿まで送って行く、お前は自分のすべき事をしろ」
俺のすべき事は刻亀の情報収集。
それなのに俺と来たら、軍で金を稼いでいるんだ・・・どうしようもない人間だよな。
グレンは罪悪感で、ガンセキから顔を背ける。
そんなグレンの姿を見たガンセキが。
「お前が関係ない内容も調べていることは、俺も何となく予想はしている。それも必要な情報だが、優先させるべきは刻亀の情報だ・・・分かったな」
俺が金を稼いでいるなんて知ったら、ガンセキさんに殴られるだろうな。
それでも譲れない、婆さんの金だけは・・・使いたくないんだ。
アクアがグレンに語り掛ける。
「ボクたちは仲間なんだからさ、協力できることがあったら言ってよ」
俺は仲間じゃねえ・・・ただの勇者と目的を同じくする、同志の1人だ。
こんな自分の考えが捻くれていて、俺の行動にも矛盾があると分かっている。それでも俺は同志として、此処に存在しないと駄目なんだ。
グレンは2人に頭を下げる。
「セレスを頼みます」
そう言うと、グレンは修行場を後にした。
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グレンは修行場の管理をしている軍人にも頭を下げる。
「無断で入ってすんませんでした」
軍人はそんなグレンを見ると、笑いながら言葉を発する。
「まあ、ここから見ててもヤバそうだったからよ、気にすんな。 それより兄ちゃんは始めてみる顔だな、勇者一行のメンバーか?」
グレンは頷くと、そのまま軍人に軽く自己紹介をした。
「グレンと言います、俺は修行場を使ったことはないですけど、よろしくお願いします」
俺の名前を聞くと軍人は不思議そうな顔をしながら口を開く。
「グレンね・・・何処かで聞いた覚えがある名前だな、まあ気の所為だろ」
この人は軍の人間だ、もしかしたら情報が入っているのかも知れないけど、その可能性は低いか。
軍人はグレンを見ると、その表情を変える。
「それより、お前等の責任者はガンセキなんだよな?」
ガンセキさんの知り合いか・・・まあ、あの人は修行が好きだからな、ここの常連なのかも知れない。
グレンが頷くと、軍人は遠くを見ながらガンセキのことを話しだす。
「俺はよ、あいつを昔から知っててな、ガンセキは立派に成ったもんだ。だけどよ、無理しているようにも見える、俺は力も地位もねえから何もできないが、あいつを支えてくれねえか?」
そんなことを俺に言われてもな。
「何時もガンセキさんに支えて貰っているのは俺の方です、それに・・・俺は誰かの支えに成れるような人間じゃないですから」
グレンの言葉を聞くと、軍人は首を左右に振るう。
「俺の経験だと綺麗ごと並べる人間より、お前さん見たいな野郎の方が諦めが悪いんだよ。兄ちゃんならあいつの支えに成ってくれる筈だ」
俺を信用したって、ろくな事にはならない。
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軍人は去っていくグレンの後姿を、窓に取り付けられた机に頬杖をつきながら眺めていた。
「修行に参加しないで別行動を取ってる、それはガンセキが兄ちゃんを信頼している証なんだよ」
それに何となく似てるんだ、お前さんは。
軍人の脳裏には5年前の草原で、ガンセキと喧嘩をしていた男の姿が映っていた。
5章:六話 おわり