表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
5章 レンガでの日々
41/209

四話 属性兵【対】牛魔

草原に足を付けると、暗闇に覆われた平野の恐ろしさが良く分かる。


風の音が殺気立っているような気がする。


松明が無ければ、恐怖で身一つ動かせない。


炎の明かりが俺の心を安心させてくれる。



俺は炎使いで良かった。


・・

・・

・・


俺たちが現場に到着した時、まず目に映ったのは破壊された壁だった。


壊された西壁の一部は、街の方まで貫通はしていないが、そこには遠目からでも血の跡が付着しているのが分かる。


恐らく牛魔の突進が誰かに直撃したのだろう。



今は破壊された壁の近くに一般兵が数人、しかし周囲には牛魔の姿は見えない。


ボルガが草原の先を指差しながら、声を発する。


「向こうで雷が見えた、きっと・・・あいつらが戦っている」


その声に不安や恐怖は感じられない、力は勇者一行ほどになくとも、この無駄にデカイ大男の実戦経験は本物なんだ。



イザクさんが牛魔の戦っている場所を見て、意見を述べる。


「向こうには松明がありません、何とかして火が在る方へ誘導できないでしょうか?」


そもそも何故あのような松明の存在しない暗がりで彼らは戦っているのか?


恐らく壁から牛魔を遠ざける為の苦肉の策だろう・・・明かりがないなら灯火を造ればいい。


「イザクさん、俺の持っている道具の中に火の玉という物があります。それを使えば周囲を灯す事も何とか出来るかと」


火の玉は一度灯せば、何もしなくても燃え続ける。


俺の炎は魔力を送り続けないと消えてしまうが、火の玉は魔力の変わりに素材が燃えてくれる。


少なくても20分は燃え続ける。


腰袋に入っている火玉の内、3つを俺の手元に残せば・・・何とか成る。


常に走り続ける魔物は、誘導させるのが楽だと思うかも知れないが、突進を武器にする単独は相応の脚力を持っているんだ。


この中で魔力を纏う技術が一番高い俺でも・・・軽く凌駕する速度だと思う。


誘導するなんて、伴う危険が余りにも大き過ぎるんだ。


俺は腰袋から火の玉を一つ取り出すと、2人に見せる。



ボルガは火玉を見ると、グレンに質問する。


「そんな小せえ玉で、松明みたいに明るく出来るのか?」


舐めるなよ、これの制作方法を俺と一緒に考えたのは誰だと思ってやがる。


「流石に松明ほどは明るくない、だけどある程度は明るく出来る筈だ」


運の良い事に、今日は月明かりも俺達の味方をしてくれている。



グレンはイザクを視界に映すと、今後の行動を頼む。


「俺とボルガで明かりを造ります、その間は牛魔を頼みたいのですが」


無論イザクさんではなく、俺とボルガを牛魔が狙う事だって考えられる。



イザクさんには、より牛魔に近い場所に接近にして貰い、牛魔の注目を浴びて貰いたい。


俺の無理な頼みに対して、イザクさんは嫌な顔一つせずに頷きを返してくれる。


「ある程度ですが、僕は敵に狙われ易くなる技能を習得しています・・・戦闘中は、僕が囮役に回ります。グレンは牛魔を倒す策をボルガと練って下さい」


イザクさんは今回の戦闘では、囮役に徹する。


人に頼るのが俺は嫌いだ・・・だけど頼らないといけない時は、俺は全力で頼る。


策を実行する時は、誰かの力が必要なんだから。


グレンは右の腰袋から油玉を取り出し、2人に2玉ずつ手渡す。


「それは油玉という道具です、相手に命中すると中に入っている油が飛び散ります」


松明の無い戦場に、即席の灯台を造る。


灯台から一応の策がグレンの脳裏に閃く。


だけどそれを実行するにしても、牛魔の特徴を探ってからだ。


グレンが思い付いた策を2人に簡単に説明する。


・・

・・


改めてイザクは、グレンとボルガに視線を向ける。


「それでは2人とも・・・覚悟は宜しいですか」


グレンとボルガは静かに頷く。


イザクはそれを確認すると、牛魔の下へ走りだす。


2人は分隊長の後を行く。


いざ戦場へ。


・・

・・

・・


そこは月明かりに照らされていると言っても、所詮は薄暗い闇の中。


草原の野草は足首から膝の間、完全に全ての野草が同じ長さで生え揃えている訳ではないが、走る分には大きな支障はない。



肉眼で確認した魔物は、予想以上に馬鹿でかい・・・ボルガ2人分。


牛って言う家畜を見た経験は何度か在るが、それを2.5倍にしたくらいの大きさだ。


筋肉の付き方からして、牛には似ているが迫力が異なる。


大型の単独だな、色は暗くてよく分からないが濃茶色って所か。


その頭部には牛魔の最大の武器であり、恐怖の象徴でも在る二角の誇り。


純白の角ではなく土で汚れている、その角は丸みを帯びながら先が細くなっていた。


先端は鋭くないが、あの角は突き刺す為だけではない、他にも意味があるんだ。



今まで牛魔と戦っていた4人の属性使い。


このような事を言うべきではないが・・・イザク分隊の2人が生きていてくれたから、本当に嬉しい。


話した事は数回だけど、それでも俺は安堵した。


4名に傷は見られないが、魔力の消耗は激しいように伺える。



先頭を走っていたイザクさんが叫ぶ。


「後は僕たちが引き受けます!! 一度下がってください!!」


彼の声を聞いた時の4人の表情は、助かった事に対する喜びではなかった。


犠牲を何人か出しているんだ、喜びの顔なんてできる訳がない。



それでも新たに来た指揮官の言葉を否定できるほど、彼等に力は残っていなかった。



イザク分隊の戦いが始まる。


・・

・・

・・


イザクさんはそのまま牛魔の下に向かい、俺とボルガは明かりの準備に入る。


ボルガは地面の感触を確かめられないが、そもそも赤鋼周辺の草原は、ボルガたち土の属性兵からすれば庭のような場所だ。



グレンは半分叫ぶような声で、ボルガに指示を出す。


「俺が置いた火玉の下から小岩を召喚してくれ! 火玉が落ちないように形を調整しろ!」


ボルガは黙って頷くと作業に入る。



グレンは火の玉に炎を灯すとそのまま地面に落とす、落とした瞬間にボルガは地面に手を付き小岩を召喚する。


野草に覆われた地面から()えるように小岩が現れる。


小岩の上側は平らに成っており、そのまま火の玉を持ち上げる。


火玉の灯台・・・正直言うとそこまで明るくない。


俺とボルガで今から数十ヶ所に火玉の灯台を造る。それが終り次第、牛魔の特徴を探る。



2人は走り出す。その後も牛魔の方を確認しながら灯台の製作を続ける。


・・

・・

・・


イザクはその場に静かに立っていた。


目前の牛魔、今の所は僕に注目してくれている。


僕からの距離は大体20m、常にこの距離を保ちながら戦う必要が在る。



慣れた手つきで腰の剣を鞘から払う。


軍から支給される物でなく、戦場で共に血を浴びた無二の友。


凄腕の職人が造った一振りではない。



共に歩んだ両刃・両腕の剣。



断じて言おう・・・良い剣である事は確かだ。


己の背丈に合う長さ、重さも手から全身に馴染む。


軽ければ良い訳ではない、重量こそが命を断つ為の役割を成す。



牛魔は鼻息を高らかに上げながら、地面を数回だけ後足で擦る。


これが牛魔突進の合図。


剣士は若き拳士の言葉を思い出す。


『突撃の合図を目にした時は、まだ牛魔は走り出してない・・・そう言う事に成ります。そのまま牛魔に向けて左右前方に小走りで走り出して下さい』


この時、絶対に全力で走ってはいけない。


速く走り過ぎると牛魔の視界(突進範囲)から外れてしまい、牛魔が突進を止めて他の攻撃方法に変更してしまう可能性がある。


これは突進を避ける為の方法だ、他の攻撃パターンの対処方ではない。


イザクは正面の牛魔を0時とすると、10時の方向にゆっくりと動き始める。



予想通り牛魔はイザクに突進を仕掛ける。


次第に速度を上げ、頭を地面すれすれに落としながらの勇ましい走り。


牛魔が一歩を踏み締める都度、怒りを象徴するかのような足音が、未だ暗闇に包まれた草原に響く。


それでもイザクは小走りを続ける。


着々と牛魔はイザクに迫り来る。


ぶつかる寸前だった、イザクは片足に力を込め、地面を強く蹴ると、走っていた方向に飛ぶ。



どんなに突進の最高速度が速くとも、そこまでの到達には時間が掛かる。


20メートルでは最高速度の半分も出ていない。



イザクは回避に成功する。


回避されようと、そのまま牛魔は走り続ける。牛魔が向かった方にはグレンとボルガは居ない。


常に2人の位置を確認しながら、牛魔の攻撃を避けなくてはならない。



牛魔は避けられた事を知ると速度を落とし停止する、再びイザクの方を向く。


『恐らく牛魔のように突進を武器とする魔物は、円を描きながら戻ってくることはできないと思います』


軽い方向修正なら出来るけど、大きな方向転換は難しい。


現在のイザクと牛魔の距離は40m。


『できるだけ牛魔からの距離は、20mを保ちながら戦って下さい』


イザクはその言葉通り、先程とは打って変わり全速力で牛魔に近付く。



牛魔の突進で最も恐ろしいのは・・・遠距離からくる最高速度の突撃である。


牛魔と戦う場合の基本は、つかず離れずを心がける。


これは以前から知られている、大体この距離から雷撃等の魔法を放ちながら戦うのだ。


問題は避ける際、多くの人間が全速力で走ってしまう所に在った。


それにより牛魔は突撃を止め、岩を飛ばす攻撃方法に切り替えてしまうからだ。



夜の魔物は人間に対する憎しみが増加し、凶暴が増すと言われている。


一見それは此方からすると不利な条件と思われがちだが、裏を返せばそれを利用するのも可能だ。



『3人が戦場に残っていれば、敵が余程の傷を負わない限り、魔物は逃げる事なく戦場に留まります』



詰まり、戦闘場所を人間が決めれる。


僕はグレンさん達が造ってくれている、火玉の灯台から離れないように戦わなくてはいけない。


・・

・・

・・


その後もイザクは一定の距離を保ちながら、牛魔の突進を避けていく。



対処法さえ分かれば、突進の回避は難しくはない。


牛魔の突進を跳んで避けるには、タイミングを計るのが重要であり、小走りであるから牛魔を視界に映しながら走っていられる。


現在、僕が背負っている役割は、グレンさんとボルガが明かりを造る作業を邪魔されないよう、牛魔の注目を浴びる事である。


牛魔に攻撃をする必要がない、だから敵の攻撃を避けるだけに集中していられる。



攻撃は最大の防御などと云う言葉は存在するが、それは間違いだ・・・攻撃こそが最大の危険である。


威力の高い攻撃に成れば、それに応じて何かしらの隙が生じる。


カウンター、このような言葉が在るのだから、己の放つ攻撃の中にこそ敗北が潜んでいる。



此方(こちら)から攻撃を仕掛ける必要がない今の状況なら・・・恐怖に動揺せず、冷静な心を保つ事さえできれば、牛魔の一撃を喰らう心配はない。



牛魔は一度動きを押さえて草原に立ち止まる。


突進では僕に有効な一撃を与えられないと理解したようだ、ならば別の攻撃方法を取って来る筈だ。


だが僕が牛魔に近付かない限り、体当たりや後両足蹴りをしてくる恐れはない。


次に仕掛けてくる可能性が最も高い攻撃は・・・岩魔法。



牛魔は頭を下ろし、地面に角が突き刺さる。


『角を振り上げた瞬間に岩が召喚され、それが物凄い勢いで飛んでくる。ですがどんな速度でも、岩は直線で飛んでくる筈です』


攻略法・・・牛魔が角を振り上げた瞬間を見計らって横に飛べば、直線に飛んでくる岩を避ける事が出来る。


牛魔が召喚するのは、成人男性と同等の中岩だ。


この単独は魔力を纏う事が可能であり、元の筋力も高いから中岩を飛ばせるだけの力を持っている。



イザクは姿勢を低く構える。即座に横に跳べる体勢で、牛魔が角を振り上げるのを待つ。



その時だった・・・作業をしていたグレンが叫ぶ。


「後足を見ろ!! それは岩魔法の素振りだけだ!! 突進が来るぞ!!!」


グレンの言葉を聞き、牛魔の後足を確認する。


牛魔の後ろ片足は地面を擦っていた。後足で地面を擦るのは、勢いを付けている証拠だ。



イザクが横に走り出した瞬間だった、草原に角を突き刺したまま、牛魔は地面を駆けだす。


二角が草原の大地を削りながら走っているため砂埃が舞い、肉眼では牛魔の巨体が霞んで見える。



僕の出だしが遅かった・・・間に合うか・・・



イザクは走りながら横に飛躍し回避に移る。


・・

・・


読みが浅かった、グレンさんの言葉が無かったら、突進に対処出来ず直撃を免れなかった。


イザクは回避に成功した。



だが牛魔の猛攻はまだ終っていなかった、牛魔は突進を避けられると、そのまま走り抜ける。


ゆっくりと停止すると即座に向きを返す。


草原に再び2本の角を突き立てると、そのまま一気に振り上げる。


イザクは草原から立ち上がると腰を落とし、飛んでくるであろう中岩に備える。



岩は物凄い速度で地面すれすれを削りながら、標的に向かって飛ぶ。


だが、岩が飛ぶ方向の先に存在したのはイザクではない。



先程グレンが叫んでしまった所為で、2人の位置を牛魔に知られていた。


位置から判断して、イザクでも全力で走れば中岩が飛んで来る軌道上で、正面に捉える事はできる。


問題は正面から飛んでくる中岩を、僕には防ぐ術が無い。


だがイザクは中岩を防ぐ技術が自分には無いと知りながら、無謀にも走り出す。


牛魔から2人の距離を考えて、喩えグレンさん達が避ける事に成功しても、岩は2人の近くで地面に衝突する。


地面にぶつかった衝撃で岩は破裂し、岩の破片が2人を襲うだろう。



岩の飛んでくる軌道を予測しながら回り込むように走り、中岩の正面を捉える事にイザクは成功した。



確かに、僕は飛んでくる岩を防ぐ技術は持っていない・・・だが。


イザクは片方の膝を草原に付けると、両腕を前に伸ばしながら剣を横に傾ける。


その動作を行った次の瞬間だった、中岩は容赦なくイザクの剣に激突する。


激突した刹那、イザクは腰を中心に全身を捻り、そのまま剣を逸らしながら、己は岩の衝撃を利用して後方に飛ぶ。



岩を防ぐ技術は無くとも、飛んでくる岩の軌道を逸らす剣技は持っている。


・・

・・

・・


イザクに軌道を逸らされた中岩は、グレンとボルガから少し離れた場所に激突し、破片が飛び散る。


ボルガは咄嗟にグレンの下に近付くと、地面に手を添えて岩の壁を召喚する。



だがグレンは自分を護ってくれたボルガに礼を言うのも忘れ、イザクに驚愕の眼差しを向けていた。


俺達から離れた場所で草原に倒れていたイザクさんは、何事も無かったかのように立ち上がる。



嘘だろ・・・圧倒的に重量も速度も上の中岩を、剣と剣術だけで軌道を逸らすなんて。


驚愕を隠せないグレンに対し、ボルガが声を荒げる。


「おめえの気持ちは分かるけど、驚いている暇はねえぞ!!」


ボルガだってイザクさんの剣術を見た経験はない筈だ。それでも咄嗟に岩の破片から俺を守った。


物凄い速度で中岩は地面に突撃したんだ、その衝撃で飛び散った破片の威力は計り知れない。


どうやらボルガは俺が考えているより、腕の立つ土使いだ。


俺を護る為に岩の壁を召喚した後、少しの時間差を置き、もう一つ重ねるように壁を召喚していた。



並位中級魔法 岩の厚壁・・・岩の壁を2重にする事で、壁の防御力は2倍になる。



岩の壁を横に重ねる事で、犬魔と戦った時にガンセキさんが召喚した、横長の岩壁にする事も出来る。


高位魔法が使えるから凄い、こんな考えは間違いかも知れない。


この無駄にデカイ男は、属性分隊としてレンガの夜を護ってきた属性使いなんだ。



グレンは立ち上がると、ボルガに視線を向けることなく。


「助かった・・・あと少しだ、戦場を灯す明かりを完成させるぞ」


既に俺達の戦場は先程とは違い、火の明かりで赤く草原を照らし始めていた。


ボルガは笑顔を向けると静かに頷く。


・・

・・

・・


グレンは戦場を駆け回り、灯台を造る作業を続けながら、今まで牛魔が仕掛けて来た攻撃を分析していた。



突進には2種類ある。


普通の突進

ただ単に突進するだけだ。


角突進

角を地面に突き刺しながら走る事で、牛魔の体は砂埃に包まれて見えなくなる。牛魔が見えないって事は、跳んで避ける際にタイミングを計り難い。その代わり突進に比べると、角突進は最高速度に到達するまでに時間が掛かる。



それともう一つ、牛魔は知能が高い。


岩魔法に見せかけて突進を仕掛ける、そんなことが出来るだけの知能を持っている。


角突進を回避された後に、近くにいたイザクさんではなく、離れた場所に居る俺とボルガに中岩を放った。



現れた魔物が牛魔だと知った連中が、凄く嫌そうな表情をしていた理由を理解した。


レンガ周辺の魔物で、恐らく最悪の単独だ。


・・

・・


グレンが草原に火の玉を置く、即座にボルガが小岩を召喚する。


最後の火玉灯台を完成させ、グレンは改めて周囲を観察する。


一つの火の玉では大した灯火にはならないが、塵も積もれば何とやら・・・予想以上に周囲を照らしている。


グレンは未だイザクさんに突進を仕掛けている牛魔に視線を向けながら、今後の行動をボルガに伝える。


「突進中に前方に1壁。止まっている時に左に1壁、それが体当たりで壊されたら直ぐ右側に1壁だ」


予め灯台製作完了後の行動は2人に伝えて在る、俺とボルガで牛魔の特徴を探る。



岩の壁を使って、今から俺とボルガで牛魔と言う魔物を分析する



イザクさんには今まで通り、牛魔の注目を浴びて貰う必要があり、牛魔の一番近くにいて貰う。


「手はず通りで行くぞ。それと万が一・・・俺が合図を出したら、お前は石を投げろ」


合図とは俺の最終手段だ、失敗の危険が高く使いたくない策だ。


ボルガも牛魔に視線を向けながら。


「それじゃあ、おれは壁が召喚可能な位置まで向かうな・・・グレン、勝って皆で笑うんだ」


ボルガが俺から離れる、何時もは無駄にデカイと思っていた彼の背中は、予想以上に大きかった。



俺も走り出し、牛魔に接近する。


・・

・・

数分の時が流れる。

・・

・・


現在の位置取りを説明する。


牛魔の前方(頭側)20mにイザクさん。


牛魔の右側20mに俺。


ボルガは牛魔の左側と後方(尻側)を常に動き回りながら、岩の壁を造り出す機会を伺っている・・・距離は40m~50m。



俺とイザクさんが囮になる事で、少し離れた場所に居るボルガは、牛魔に狙われる可能性が低くなる。


離れた場所からボルガに向けて突進されると危険だが、ボルガは常に動き回っているため、牛魔がボルガに突進する可能性は低い。


離れているから大丈夫だと油断し、牛魔から距離を取った場所で立ち止まっているのが一番危険なんだ。


俺とイザクさんが牛魔の攻撃をかわしている隙に、ボルガには岩の壁を牛魔に向けて召喚して貰う。


・・

・・


牛魔は頭を地面に落とし、角を地に突き刺す。


後足は地面を擦っていない・・・岩魔法を使う可能性が高い。



次の瞬間だった。牛魔はイザクに中岩を飛ばし、すぐさま俺に角先を向けると、地面を後足で擦らずに走り出した。


地面を擦らない状態で走り出した場合、スタート時の速度が大幅に遅れる。



この突進なら、俺でも楽に回避できる・・・この機会に牛魔の突進を探らせて貰うぞ。


グレンはゆっくりと走りながら、牛魔に注目する。


頼むぞボルガ、突進中の牛魔に岩の壁を。


・・・

・・・


牛魔がイザクに中岩を飛ばした時、ボルガは牛魔の後方を走っていた。


中岩を飛ばした瞬間、牛魔はグレンを狙い突進を仕掛けた。


この距離なら突進している牛魔の前方に岩の壁を召喚出来る。


ボルガは全速力で走り出す。


・・

・・


牛魔は俺を目掛けて迫ってくる。


額に汗を流しながら小さな声でグレンは言う。


「ボルガ、壁はまだか」


牛魔の角がグレンを捕らえる一歩手前だった、牛魔の前方に壁が出現する。


だが岩の壁では、牛魔の突進を防ぐ事は不可能だった。


牛魔は岩壁に角を突き刺すと、勢い良く頭を振り上げる。



岩の壁は夜空に舞い上がった。



牛魔は岩壁を空中に浮かすと、グレンに向け速度を落とさずに迫ってくる。


岩の壁は地面に落ちた衝撃で砕けると、そのまま土に帰った。



グレンは牛魔の巨体を極限まで引き付けると、横に跳び突進を回避する。


・・

・・


何とか回避に成功した。危なかったけど、牛魔突進の分析に成功した。


あの角は突き刺すだけではない、突き刺した獲物を振り上げて追加ダメージを喰らわせるんだ。


一度でも突進に直撃したら死ぬな、岩の壁は大型の魔物でも簡単に持ち上げられる重量じゃない。


破壊するのは可能だとしても、持ち上げるのは異常な筋力を必要とするんだ。



だけど1つ、突進時の癖が分かった。


確証ではないが牛魔は突進の際、必ず角で突き刺してからそれを持ち上げるんだ。


俺の目前で突如現れた岩の壁を空に飛ばした所為で・・・本来の狙いだった俺に突撃する時、角で突き刺す体勢が取れてない。


だから牛魔は俺に角で突き刺す事が出来ないんだ。



突進の進路を岩の壁で妨げれば、俺に角が突き刺さる心配はない。



尤も、牛魔の巨体に()かれたら、角に関係なく俺は死ぬだろうけど。


だけど、これは最終手段に利用できる。


・・

・・

・・


牛魔の突進を避け、地面に倒れていた俺にボルガが駆け寄る。


「おめえ大丈夫か、怪我はねえな?」


ボルガの手に掴まりながら立ち上がると、礼代わりにボルガの肩を軽く叩き、2人は牛魔との距離を縮めるために全速力で走り出す。



俺の方がボルガより走るのは速い。


後方を走るボルガに対し、グレンは叫ぶように指示を出す。


「牛魔が突進から止まった瞬間に、奴の後方に岩の壁を召喚してくれ!!」


今から数分前、止まっていた牛魔の後方に岩の壁を召喚した時は、その瞬間に後両足蹴りで壁は破壊された。


突進から停止した時に、牛魔の後方に岩の壁を召喚した場合、果たして違いは出るのか。


今から俺とボルガでそれを調べる。


・・

・・

・・


牛魔は突進から止まる時は、少しずつ速度を落としながら停止する。


「今だ!! 壁を召喚しろ!!」


ボルガは地面に手を添えると、牛魔の後方に岩壁を召喚した。


牛魔は己の後方に現れた岩壁を確認すると、前足両側に力を入れ、後ろ両足を宙に浮かすとそのまま壁に蹴りを入れる。



ボルガが結果をグレンに聴く。


「どうだ? 何か違いは有ったか?」


グレンは頷くと口を開く。


「奴は突進から停止した後に隙が出来る・・・止まっている時と、突進から停止した直ぐ後だと、後ろ両足蹴りで壁を壊すまで数秒だけど差がある」


最初から予測はしていた、牛魔は突進をイザクさんに避けられても直ぐには停止せず、ある程度距離を広げてから停止していた。


さっき岩の壁で確認した事により、予測は確証に近付いた。


恐らく牛魔は突進した後、僅かだけど隙が出来る・・・其処が牛魔の弱点だ。



グレンは敵に目を向けたまま。


「ボルガ・・・壁はもう良い、俺達から攻撃を仕掛けるぞ」


牛魔は草原に立ったまま、俺達を探っているのか動こうとしない。



グレンはイザクの姿を確認する、あの人は回避だけなら俺達の中で一番上手い。


先程牛魔が放った中岩は、難なく避けたようだ。


・・

・・


現在、俺とボルガが立っているのは、牛魔の前方(頭側)20m。


イザクさんは俺達とは合流せず、牛魔の右側に回り込んでいた。



最初からイザクさんは俺達が戦闘に参加しても、今まで通り牛魔の注目を浴びて貰う手はずに成っている。



彼は【殺気】により、魔物に注意を向けられる技術を持っているらしい。


常に体から殺気を飛び散らせる事により、魔物は本能でイザクさんに強い敵意を持つ。


実際に俺たちが戦闘に参加してからも、イザクさんが狙われる回数は断然多い。



魔物にも寄るが、日中に殺気を飛び散らせたら、夜とは逆にイザクさんを魔物は狙わなくなる。



イザクさんには今回の牛魔戦では完全な囮役と成って貰い、俺とボルガで牛魔の特徴を探り、そこから俺の考えた策をボルガと共に実行する。


これが予め考えた作戦の段取りだ。



イザクさんが牛魔の右側に近付いた為、牛魔はイザクさんの方に頭を向ける。


これにより、俺とボルガの位置は牛魔の左側になる。



作戦内容をボルガに伝える。


「良いか、俺の予測だと牛魔はイザクさんに向けて突進を仕掛ける。お前は気配を消しながら牛魔が停止する位置を予測して、まわり込むように先に向かえ。牛魔が突進から停止した瞬間に、奴の後方(尻側)に岩の壁を召喚しろ、それが壊されたら次は右側だ」


俺の指示を聞くとボルガは何も言わず、存在を消して走り出す。



イザクさんに牛魔が突進を仕掛けるかどうかは分からない、これは俺の予想だから完全に信用はできない。



牛魔が俺に向けて突撃をしてきたら・・・その時点で策は失敗だ。



イザクさんの殺気により、牛魔は彼を3人の中で一番敵視している。


ボルガは存在を隠し、一番離れている場所で牛魔が停止するで在ろう場所に向かっている。


以上の理由から牛魔は、イザクさんをに突進、または岩魔法を仕掛けてくる可能性が高いと俺は読んでいる。


・・

・・


牛魔は地面に角を突き刺し、後足で地を擦っている。


イザクさんなら気付いている筈だ。


俺は全身に纏っていた魔力の内、利き腕の魔力だけを練り込む為に精神集中を始める。



この5秒が物凄く長く感じる、だが牛魔はイザクさんに意識を向けているお陰で、俺は魔力の練り込みを完了させた。



牛魔が走り出す前に、グレンは駆け始める。


グレンから遅れること数秒、牛魔はイザクさんに向け突進を仕掛ける。




イザクさんなら、砂煙に包まれた牛魔の特攻でも避けれるはず。恐怖への態勢は、俺達の中で一番上だ。


牛魔の突進を避ける方法が分かっている場合、大切なのは向かってくる牛魔を極限まで引き付けて、ぶつかる一歩手前で跳び込んで回避する。


物凄い勢いで迫ってくる牛魔に恐怖せず、引き付けてから回避に移るのが重要なんだ。



イザクさんは喩え魔法が使えなくても、実戦経験は俺達の中では跳び抜けている。


俺は駆けながらイザクさんを見ていた・・・彼が小走りで走っている方向に、牛魔は少しだけど向きを変えている。


イザクさんの走っている方向から、突進の進路を予測する。



予測が完了し、グレンは呼吸を一度整える。


走る為の呼吸法を始動、己の走る動作に全神経を集中させる。



グレンの魔力を纏う技術はセレスとアクアを軽く凌ぎ、ガンセキをも超えていた。


それに呼吸法と走行法を加える事により、驚愕の速度を実現させる。


だが所詮は人間、牛魔には適わない。




土煙に包まれた巨体はグレンを追い越すと、少しずつ距離を広げていく。



グレンはそれでも焦らずに走り続ける。


俺より牛魔の方が速いなんて百も承知だ、俺は牛魔の突進に巻き込まれない位置で、追い越されても走り続けるのが重要なんだ。


イザク分隊の3人は、牛魔に有効な遠距離攻撃を持っていない。


そのため接近戦で牛魔にダメージを与える方法を考える必要が有った。


・・

・・


牛魔はグレンから距離をある程度離すと、速度を落としながら停止する。


次の瞬間だった、牛魔の後方に壁が召喚された。


牛魔は反射的に壁に攻撃を加えようとするが、体が反応せず後両足蹴りを実行するのに一歩遅れるが、難なく破壊に成功した。


だが破壊した矢先、直ぐさま己の右側に壁が召喚された、攻撃を加えた直後も突進ほどではないが隙が生じる。


それでも岩の壁は攻撃魔法ではない、再び右側に出現した壁を体当たりで破壊した。



牛魔の最大の弱点・・・近付く者は、【物】でも容赦なく破壊する。


壁でも反応して攻撃を加えてしまうんだ、そして攻撃の後には若干の隙が出来る。


突進の停止時に生じる隙と、後方に出現した岩壁を破壊した後の隙。



そして牛魔の右側に召喚した岩壁を破壊された、その時に生じる隙を俺が狙う。



岩の壁を2度破壊するのに要する数秒・・・俺が牛魔に追い付くには、充分な時間だった。


グレンは走り出す前に、既に魔力を利き腕に練り込んでいた。


魔力を身体能力の底上げに利用する場合、大きく分けて5つ。



1 筋力の底上げ。


2 反射神経の底上げ。


3 動体視力の底上げ。


4 瞬発力の底上げ。


5 以上の身体能力を底上げした場合、攻撃を仕掛けた時に自身の体が破壊してしまうのを防ぐ。



強力な、特に素手から来る打撃の場合、威力が高くなればその反動も大きくなる。


俺の走る速度は、人間としてなら異常に速い。


そのスピードを攻撃力に変換して、利き腕に乗せて打撃を放つ技術を俺は持っている。



魔拳・初歩 走撃打。



走撃打から自分の利腕が破壊されないよう、利き腕に魔力を練り込む事により頑強にする。


初歩とは【ギゼル流魔力拳術】の位だ、魔法で言う低位が【初歩】、並位が【進歩】、高位が【極歩】だったかな。



岩壁を破壊した事により隙が生じている牛魔の左側胴体に、グレンが走撃打を放つ。



だが、グレンの策は爪が甘かった。


牛魔は攻撃を仕掛けて来たグレンに対し、体当たりを仕掛けるのではなく、そのまま体をグレンに向け、野草の生い茂る地面に倒して来た。


体当たりをする場合には、一度姿勢を整える必要が在る。


ただ単にグレンの方向に巨体を倒すだけなら、姿勢を整える必要は無い。



読みが浅かった・・・牛魔の巨体に押し潰されるだけでも、下手したら俺は死ぬ。運が良くても重症だ。


だが速撃打は文字通り、走りながらその勢いを利用しての攻撃だ。


一度攻撃態勢に入れば、急に止める事は不可能なんだ。


それでもグレンは牛魔の圧し掛かりを避ける為に、走撃打の勢いを少しでも殺そうとした。




駄目だ、間に合わない・・・押し潰される。




策の失敗は仲間の命だけではない、時に策士の命を奪う事も在る。


策に失敗した策士は、己の死を覚悟した。


死を覚悟した彼の脳裏には、1人の女性が浮かんでいた。







5章:四話 おわり

とりあえず前編は終わりました。


主人公の策は必ず成功する訳ではありません、本人も言っている通りグレンは未熟な策士ですから。


喩え1流に成っても失敗すると思います、敵も1流かもしれませんし。そんな戦闘を書けるようになりたいですね。



どうも書きたい内容を短く纏めるのが下手くそですね、今回の戦闘場面だってもっと綺麗に纏められると思うんですけど、作者の技術不足です。


分かり難い点や読み難い文章が多いと思いますが、明日の後編も宜しくです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ