三話 迫る戦慄
暗い草原に笛の音色が響き渡る、その瞬間だった・・・強い風が吹く。
松明が風に揺れ、炎が音を鳴らす。
風の叫びは何処か恐ろしい、まるで魔物の叫びのようで。
恐怖の風はグレンの肌を冷やし、まるで体中の水分を奪われるような感覚がした。
あと数週間すれば冬も終る、この国は季節の移り変わりが分かり易いらしい。
それでも、やはり寒く感じるのは気の所為なのだろうか。
魔物が現れたと言う恐怖が、体から体温を奪っているのか?
俺が魔物に恐怖・・・何を今更、俺が何体の魔物をこの手で殺して来たと思っているんだ。
魔物への恐怖なんて、何年も前にとっくに慣れているんだ。
笛の音から判断すると、現れた魔物は単独だから属性兵が相手をする必要がある。
しかし、この場より少し離れた場所からの笛だから、イザク分隊の担当区域ではないため、今頃は近接する別属性分隊が出向いている筈だ。
・・
・・
暫くすると、壁上南側の通路より情報兵が走って来た。
恐らく小隊長に報告しに向かうのだろう。
壁上の情報隊は、属性側と呼ばれているが属性使いではない。
簡単に説明すると、属性小隊に所属している情報隊だから属性側と呼ばれているだけで、属性使いで構成されている訳ではない。
そして情報隊には小隊長への報告以外にも、近隣の分隊に現れた魔物の情報を知らせる役目もある。
俺達の方に走って来た情報兵は、イザクさんの下まで行くと立ち止まり口を開く。
「報告します、現れた魔物は【牛魔】。現在デニス属性分隊が応戦中ですが、救援を要請される可能性が高いです。その場合、イザク分隊長は2名を選別し、現場へ向かって頂きたい、以上報告を終了します」
そう言い残すと情報兵は、再び足早に小隊長の下へ走り出す。
イザクさんは現在この場に居る5名に召集を掛ける。
分隊長を中心に壁上に広がっていた属性兵は、5分後に全員が揃う。
整列はしていないが、言葉を発する者はない。
少しの沈黙の後、イザクさんが口を開く。
「皆さん聞いて下さい、現れた魔物は単独・・・最悪な事に牛魔です」
魔物の名を聞いた瞬間、集まって来た3名の顔色が変わる。
闇魔力を潜り抜けてくる魔物は大きく分けて4種類だ。
1 特定の縄張りを持たない群れ。
2 身の程を知らない単独。
3 闇魔力を恐れない程の巨大な群れの一部。
4 強力な単独。
1は縄張りを失い、特定の住処を持たない群れ、小さい群れが多いが、稀に巨大な群れもある。
2はまず心配ない。
3はある程度戦って引き返してくれれば良いが、仲間を呼ばれると事態は深刻化する。
4・・・3の場合は属性分隊が援護も出来るが、4の場合は数より質が重要なんだ。少しずつ体力を削って行くしかない。
分隊の1人がイザクさんに質問する。
「分隊長・・・もしもの時、向かう2人は誰だ?」
今この場に居る分隊は5名。
炎使い(俺)・土使い2名・雷使い1名の計4名。
イザクさんは属性兵ではない。
土使いに付いて一つ補足説明をする。
一見だと土使いは攻守に優れ、どの属性よりも優れているように感じるかも知れない。
だけど全ての属性には長所も在れば短所も存在しているんだ。
土使いにも短所が在る。
他の属性よりも土魔法の扱いが難しい為、攻めか守りを選ぶ必要が在る。
水使いは空気中の水分を利用する事もあるが、水を造り出す事が出来る。炎と雷使いは己で造り出した炎と雷だ。
対して土使いはその場に在る地面を操らないと成らないから、他の属性よりも扱いが難しい。
実際に戦闘が始まる前に、地面との相性を調べたり地面を慣らす必要が在る。ガンセキさんだって、何時も戦う前は土の感触を確かめているんだ。
攻撃魔法と防御魔法を器用に上達させる人も居るけど、バランス型は実戦に使えるまでかなりの年月を必要とされる。
因みにガンセキさんは防御型の土使いだ。
これ以外にも土使いには短所は在るが、今この場に居る土兵の2名は1人が攻撃型、もう一人が防御型の土使いに成っている。
世間一般では、防御こそが土魔法の最大の特徴だから、防御型の方が圧倒的に多いな。
分隊長として、腕の見せ所ですよ・・・イザクさん。
イザクは暫し考える姿勢を造る。
「今回の牛魔の襲撃は別分隊からです、戦闘の指揮はデニス分隊長が採らなくては成りません。その場に僕が救援として向かえば下手をしたら混乱が起こる可能性があります」
以上の理由でイザクさんは救援の2名から外れる。
それだけじゃない、分隊長である彼が此処から離れてしまえば、イザク分隊の担当区域に別の単独が現れた時、指揮を採る者がいなくなってしまう。
イザクさんの変わりに分隊の指揮権を持っている分隊長補佐は、22時に成らないと来ないんだ。
属性分隊長が直接戦闘への参加が許されるのは、担当区域に魔物が現れた時だけだ。
イザクさんがデニス分隊への救援に向かわせる2名を述べる。
分隊長が選別したのは、攻めに重点を置いた2名だった。
攻撃型土使いと雷使い。
イザクさんがこの2人を選んだ理由を説明する。
「残念ながら、岩の壁では牛魔の攻撃を食い止めるのは難しいと思います・・・本来の戦法で行く場合は、攻撃型の土使いと雷使いを救援に向けるのが無難だと」
牛魔は接近戦での攻略は不可能とされている魔物だ、離れた場所から少しずつ削って行くしかない。
それにこの場に残るのは俺とイザクさん、防御型土使いのボルガを合わせた3人。
俺達の担当区域に魔物が現れた時、この面子ならバランス的に何とか戦える。
問題はこの場に残る3人は、共に戦った経験が無いと言う事だ。
勇者一行も確かに4人で戦った事はなかったけど、俺とセレスは連携を組んだ事が何度かあったし、アクアとは敵として戦った経験が在る。ガンセキさんは俺達3人に合わせられる技術を持っていた。
お互いに癖や特徴をある程度分かっていたから、始めての実戦でもそれなりの連携は可能だったんだ。
今回の場合は少し違う、イザクさんが剣だけでどれだけ戦えるか分からない。ボルガの属性使いとしての力量を俺は完全に把握していない。
イザク分隊10名の特徴だけなら簡単に教わっていたが、実際に戦っている所を見た事は一度もない。
出来るならこのまま何事もなく、デニム分隊だけで牛魔を退けて貰いたい。
・・
・・
・・
時刻は20時30分を過ぎ、もう退勤時間なんだが状況的に抜ける訳には行かない。
今から数分前、草原側の情報兵が馬上にて救援を要請しに来た為、予め決めていた2名は牛魔の下に向かっていた。
現在この場に居るのは、俺を含めたイザクさんとボルガの3人だけだ。
ボルガ・・・良く言うと体格に恵まれている、悪く言うと無駄にデカイ太った奴だな、年は俺より少し上だけど敬語は使っていない。
話す時は病気が発症しないよう、一応だけど気を付けている。
ボルガはイザクさんに心配そうな表情を向ける。
「分隊長、大丈夫かなあいつ等。こう言う時に何もできないの、おれは凄く辛いですよ」
多分だけど悪い奴ではないと思う。
イザクさんがボルガに返事をする。
「そうですね・・・だけど今の僕らに出来るのは、成すべき職務を全うする、それしかありません」
イザクさんの言葉に俺が付け足す。
「俺達はただ奴等が戻ってくるのを待っている訳じゃねえだろ、イザク分隊の担当区域を警備してんだ。もし魔物が現れた場合、この3人で相手をする必要があるんだぞ」
ボルガは少し黙ると、首を縦に振りグレンに答える。
「そうだよな、俺達はここで待っているだけじゃないんだよな。おれは今出来る事をやらないとな」
だからこそ、今この場でやって置くべき事が在る。
グレンは表情を変え、イザクとボルガに質問をする。
「もしかしたら、この面子で魔物と一戦交えないといけない訳だ・・・もう一度2人が戦闘に置いて、出来る事と出来ない事を教えて欲しい」
分隊長は真剣な眼差しをグレンに向けると、頷きを返す。
ボルガは少し困った顔を向ける。
まずはイザクさんが、自分の特徴をグレンに教える。
「知っての通り私は属性使いではありません、戦力としては3人の中では一番下に成ります」
こう言う時、イザクさんの様に自分の特徴を把握しており、それを隠さずに教えてくれる人は助かる。
だけど魔法が使えないからと言って、イザクさんが戦闘の役に立たないと言い切るにはまだ速い。
グレンはイザクを視界に映すと、もう少し深く特徴を聴く。
「イザクさんの獲物は剣と言う事で良いですよね? 単独を迎え撃つとして、イザクさんの剣術で出来る事を教えて下さい」
8年間を戦場で生き抜いたんだ・・・運は当然として、撤退する時の見極めも必要だろう。それ以外の理由を考えると、やはり剣の腕が必要に成るのではないか。
イザクは暫く考えると、グレンの質問に返答する。
「そうですね・・・位に寄りますが、魔法の対処法なら幾つか心得ています。岩と氷なら魔法の種類にも寄りますが、剣で凌ぐ事は出来ると思います。だけど雷と炎は少し心配が残りますね。ただし、あくまでも自分の身を守る為の対処法です、他者を護れるかどうかはその場の状況次第です」
剣だけで4属性を完全ではないが、何とかする方法を心得ているとは。
しかも避けるではなく、この人は【凌ぐ】手段と言っていた。
魔法を避ける方法は在る、岩を剣だけで防ぐ方法が在るのか?
間違いない・・・イザクさんは誇りを学んだ意味での剣士ではない。恐らくゲイルさんが言っていた剣士だろう。
剣道に己を捧げた剣士。
ただ一つ願うとすれば・・・剣道に己を犠牲にした剣士でない事を、今は祈るしかない。
イザクさんの剣士としての特徴を聞いた後、ボルガがグレンに一歩近付くと問いかける。
「おれは属性使いとしての特徴なんて、考えた事は一度もねえな」
急に近づくな、お前は無駄にデカイから迫力が増す。
グレンは一歩後ろに下がると、ボルガに対して幾つか質問をする。
「とりあえず、お前が使える魔法を教えてくれ」
ボルガは指で数を確かめるように頭の中で考えながら。
「敵の存在を確かめるような土魔法は一切使えねえけど、おれの存在を隠す土の結界なら出来るな。岩の壁だったら在る程度離れていても、1つくらいなら造れるぞ」
自分から離れた場所に壁を造れるだけでも流石防御型と言えるだろう、土の結界はボルガ1人の存在を隠す事しかできない。
続けてボルガが自分の使える魔法を、グレンに説明していく。
「おれの近くなら壁を2つ召喚出来るけど、一斉に2壁は無理だな」
一斉魔法で壁の召喚は出来ないが、時間が掛かるけど1つずつなら2壁を同時に造れるって事か。
同時魔法と一斉魔法、似たような言葉だけど少し違うんだ。
同時魔法は手順を分けながら複数の魔法を使用する。
【土使いは地面に手を添えると自身の左側に岩壁を召喚する、そのままもう一度地面に魔力を送り、今度は自身の右側に岩壁を召喚した】
岩壁と岩腕を同時に召喚する事も出来る。
一斉魔法はその名の通り、一斉に複数の魔法を使用出来る。
【土使いは地面に手を添えた、その瞬間自身を挿むように、左右一斉に岩の壁を召喚した】
岩の壁を一斉に召喚する事は可能だけど、岩腕と岩壁を一斉に召喚する事は不可能。
岩壁は魔法自体の強度はどれも同じで、共鳴率と熟練で強度が変わる。
離れた場所への召喚は、どちらかと言うと想像力だから級は関係ない。
岩壁の級は一度に造りだせる数で決まる、岩の壁は岩の腕と同じで何もしなければ土に帰る。
一定の魔力を常に壁へ(神へ)送ってないと岩の壁は消えちまう、だから複数の壁を造り出すのは難しいんだ。
詰まり、岩の壁は同時魔法により、一度に造れる数で下級~上級が決まるんだ。
一斉でなくても同時に2壁まで造れるってのは、確か並位中級だったかな。
防御魔法なら充分だ・・・問題は。
「攻撃魔法はどうだ? 出来れば岩の腕が使えると助かるんだけど」
岩の腕は離れた場所への攻撃を前提とされた魔法だ、それだけでも使えたら戦闘を有利に運べる。
ボルガは両腕を振りながら。
「そりゃ無理だ、岩の腕は攻撃型なら出来るだろうけど、俺には無理な魔法だな」
岩の腕は離れた場所に召喚し、尚且つその腕を操りながら、敵に直撃させる並位中級魔法だ。岩の腕を同時に幾つか召喚できるなら、並位上級魔法に成る。
「おれが使える攻撃魔法は・・・石投げしかねえな」
並位下級魔法 石投げ、掌サイズの石を敵に投げつける。
グレンは追加で質問する。
「召喚出来る岩の最大サイズは?」
並位下級魔法 石・・・土使いが最初に覚える下級魔法だ、投げるのに調度いいサイズだな。
並位下級魔法 小岩・・・平均的な成人男性の身長を半分にしたサイズ、85cmってとこか。
並位中級魔法 中岩・・・平均的な成人男性と同等の大きさ。
並位中級魔法 大岩・・・5mくらいだな。
なお、この岩魔法は一度召喚したら土に帰す事はできない、破壊しない限りはその場にずっと残る。
防御としても使えるが岩壁ほどの強度は無い、通常の岩と同じだ・・・形はある程度操作できるけど基本丸型だな。
ボルガはイザクを指差すと、グレンの問いに答える。
「分隊長と同じくらいの岩なら召喚出来るな、だけどそれを持ち上げるのが無理だ、敵には飛ばせねえな」
上官に指を向けるな・・・岩を持ち上げるには大地魔法や宝玉具の能力(魔力纏い強化)が必要に成ってくる、中岩が造れるなら問題ない。
「中岩を離れた場所に召喚できるか?」
此処が重要なんだ。
ボルガは人に好かれそうな笑顔を向けると。
「距離は20mくらいなら離れていても大丈夫だな」
よし、大体の特徴は分かった。
ボルガは典型的な防御型だ、離れた場所に岩の壁を召喚するってのは、ガンセキさんがアクアに伝授している修行と同じで魔法の工夫だ。
離れた場所に岩壁を造り出すイメージが、ボルガは頭の中で想像できるんだ。
・・
・・
イザクは今までとは違う視線をグレンに向けていた。
「グレンさん、1つ尋ねても宜しいですか?」
イザクさんの真剣な眼差しが俺に突き刺さる。
グレンは静かに首を縦に動かす。
「大きさは問わず、隊の指揮を採った経験はありますか?」
左右に首を振る・・・指揮なんて取った記憶はない。
「戦闘で指揮を採った経験はないです、だけど作戦を考えた事は一応あります」
魔物狩りをしていた時は、一人でも勝てる方法を何時も考えていた。
グレンが発言を続ける。
「だけど数人で戦う作戦を練った事は、数える程しか経験はありません。しかもその時は、予め狙う魔物を決めていました」
どの魔物が現れるか分からない今の状況では、具体的な策は考えられない。
また、牛魔のように戦った経験のない魔物は、弱点を完全に掴めていないから、それを戦いながら探る必要が在る。
犬魔は攻撃する際、高い確率で飛び掛る、だからその隙を狙えば簡単に殺せる。
以上の事を聞いたイザクは、再度グレンに質問をする。
「詰まり・・・レンガ周辺に生息する魔物の特徴をある程度知る事ができれば、貴方は戦いに置いて成すべき事を考え出し、そこから策を造り出す事が可能なのですね?」
戦いの中で単独の特徴を探り、その単独の弱点を突く策を練る事が可能か。
俺はそれを7年間、おっちゃんの言葉から学び、一人で実行してきた。
グレンは頷くと、イザクに言葉を発する。
「策を練る事はできます・・・絶対とは言い切れませんが」
それでも俺は策士として、自分の策を信じないといけない。
イザクは目蓋を閉じ、暫く考える。
・・
・・
開かれたイザクの目には、決断が宿っていた。
「分かりました・・・それでは今からボルガと僕で、レンガ周辺に生息する単独の特徴を、可能な限りグレンさんに説明します」
魔物の特徴を2人から俺が聞く。それは完全な特徴ではないが、どんな攻撃を仕掛けてくるかだけでも知る事ができたら、俺としては非情に助かる。
イザクさんが話を続ける。
「そして実際に単独と戦う時に、知り得た情報から弱点を探し出す作戦を考えてください。その手伝いを僕達がします」
単独が現れたとしても闇雲に戦うのではなく、予めすべき内容を決めて置く事により、弱点を探り易くする。
俺が集めている情報の中で、一番重要なのがこれなんだ。
刻亀がどのような物理攻撃を仕掛けてくるのか。
刻亀がどのような水魔法を使ってくるのか。
これさえ分かっていたら、攻略法は掴めなくても戦闘ですべき事を考える事が出来るんだ。
あの魔犬だって、爪が鋭いと知っていたから、予め爪の対処法を考える事が出来た。
前足の爪が邪魔して上手く歩けないから、前足を浮かせ後足で地面を蹴る事により、俺の懐に一瞬で潜り込んでくる、と言う予測が立てられたんだ。
爪が鋭いなら前足を掴めば良い、一瞬で飛び込んでくるなら魔犬が地面を蹴る瞬間を見極めて、一歩後ろに下がれば良い。
小さな情報から、攻撃方法を予測する事が出来る。
黒い魔犬との戦闘は過去に一度戦っていた、始めから俺に取って有利な条件が揃っていたんだ。
事実、黒い炎と言う俺の周知していない攻撃方法を実行されてからは、形勢が逆転している。
情報に頼り切っていると、その時点で俺は混乱を起こして負けていた。
大切なのは冷静を保ちながら、未知の攻撃(黒い炎)を分析できるかどうかなんだ。
触れても熱くないと言う情報から、黒い炎は肉眼でも目視できる程の闇の魔力だと分析し、それにより身体能力を上げているという新たな情報を掴む。
爪を利用して木上からの攻撃を仕掛けてくる、と言う情報から勝つ為の策を練るんだ。
詰まり小さな情報でも攻撃方法さえ分かっていれば、対処法をある程度考える事が出来る。
それが上手く行くかどうかは運次第だけど。
グレンはイザクの眼を確りと見詰め、勢いをそのままに口を開く。
「できるだけ詳しく教えて下さい。魔物の癖とか何足歩行なのか、攻撃する時は立ち上がるのかどうか、細かく教えてくれると助かります」
イザクはグレンの言葉に頷きを返す。
「それではまず・・・牛魔の特徴を出来るだけ詳しく教えます」
そう言うとイザクさんはボルガに視線を向ける。
「僕よりボルガの方がレンガ周辺の単独に対しては詳しいと思います、何か有ったら遠慮せずに言って下さい」
ボルガは照れくさそうに、頭をかきながら。
「おれは何時も一生懸命戦ってただけだからな・・・良く分からねえです」
イザクさんは分かる所だけでも構わないと言うと、牛魔の説明に入る。
・・
・・
・・
・・
時刻は20時45分。
周囲に笛の音が響き渡る・・・音からすると【群れ】だな。
イザク分隊の担当区域ではない。
デニム分隊の担当区域でもない。
だけど此処から近くだ。
グレンが額に1滴の汗を流しながら。
「嫌な感じですね・・・」
ボルガがグレンに注意をする。
「それを言うと本当に嫌な事が起こるから、言わない方が良いって母ちゃんが言ってたな」
そんな迷信を信じるのはお前かセレスだけだ、何を言ったとしても事態が起こる時は起こるし、起こらない時は何も起きないんだよ。
・・
・・
・・
・・
時刻は既に9時を回っている。
状況は更に悪化し、新たな単独が近くに現れたようだ、情報隊の話では2(身の程を知らない)の単独だから問題はないと思う。
先程出現した群れは大きいらしく、一般分隊の援護だけでは間に合わず、属性分隊も援護に向かっている。
新たに現れた単独には、デニム分隊の向こう側を担当している別属性分隊が戦っている。
小隊長・・・または中隊長がどのように指揮を採っているのかは分からないが、困った事態である事は確かだ。
先程から壁上側、草原側の情報兵が忙しなく動き回っている。
ボルガは恨めしそうな目で、さっきから俺に何かを訴えている。
どうやら迷信だと馬鹿にした俺が悪かったようだ・・・ごめんなさい。
イザクさんは先程から身動きせず、一言も発していない。
恐らく精神集中に入っている。
もしデニム隊に何かが起こった場合、俺とボルガが救援に向かう事に成るかも知れない。
そして俺たちが居るこの場所に、小隊長の指揮本部が立つ。
イザクは振り向く事もなく、体を動かさずに言葉を発する。
「グレンさん、牛魔と戦う為の対処法を練って下さい」
既に考えている。
牛魔の攻撃は、突進・体当たり・後ろ両足蹴り・岩魔法だ。
突進・・・物凄い勢いで走り、そのまま相手に突撃する。
体当たり・・・止まっている時は左右に体当たりをする。
後ろ両足蹴り・・・止まっている時に後方に迫る敵はこれで攻撃する。
岩魔法・・・地面に角を突き刺し、それを振り上げた瞬間に岩が召喚され、そのまま飛んでくる。
先程の2人から聞いた情報では、この4パターンで攻撃を仕掛けてくる。
これの対処法を考えるのが、俺の役割だな。
・・・
・・・
・・・
時刻は21時15分。
壁上には梯子が設置されており、そこから草原に足を付ける事が出来る。
だけどボルガが居るんだ、草原に岩の壁を召喚してもらい、壁の上に飛び移る。
壁が土に帰ると同時に、俺の足が草原に着地する。
イザク分隊は走り出す。
俺はデニムさんと話した事もなければ在った事もない。
だけど話では、厳しいけど部下想いの優しい人らしい。
彼の年齢から考えれば、家族だって居ると思う。
奥さんが居るかも知れない。
息子か娘だって居るかもしれない。
デニム分隊の救援に向かった中には、イザクさんも居た。
その事が何を意味するのか。
デニム分隊は・・・分隊長を失ったんだ。
5章:三話 おわり
読んで頂嬉しいです。
夜の場面なので背景を黒くして見ました、二話も黒くなっています。
次回は本当の意味での久しぶりの戦闘場面になります。
やはり緊張しますね戦闘場面は、楽しんで頂けると嬉しいです。
かなり長くなってしまったので、前編と後編に分かれております。
それでは明日も宜しくです。