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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
5章 レンガでの日々
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二話 戦場から逃げた男

レンゲさんに長手袋を渡されてから、3日目の夜。俺は現在軍での仕事中だ。


刻亀の情報を仕入れながらの仕事だ、自業自得だけど覚える事が多くて。


今日、仕事に向かう前に始めて修行している3人の様子を見てきたんだけど、セレスに殴られる破目に遭った。理由は後々話すとして、俺を殴るとは良い度胸だよまったく。


殴られた腹を擦りながら、草原を眺め・・・見張りをしていた。



グレンは振り返る、今度は街中に視線を移す。


赤鋼は眠る都市だ。


闇に辺りが支配されろば、日中の煩さが嘘のように消える。


時刻は19時少し前、レンガから一歩離れた場所に俺は立っていた。


東と西の壁は、南北の壁と違い中に入る事は出来ないが、それでも3m程の幅があり、壁上に人が立つ事が出来る。



今俺が立っている場所は、西壁(南寄り)の壁上にいる。


南北の壁は軍所だから、門周辺のみ一部分厚い構造に成っており、その所為で真直ぐに伸びている。


東と西の壁は日々街が成長しているから、所々壁を継ぎ足している。



草原だった場所に新しい壁を造り、その新壁を今までの旧壁に繋げる。


そして不要になった旧壁を取り壊す事で、新壁に囲われた場所がレンガの新しい土地になる。



闇魔力でレンガに近づく魔物は少ないと言っても、それなりの数は闇魔力を突っ切るから、壁が無いと簡単に街内に侵入される。


特に夜間の魔物は人間を見れば襲ってくる。


この世界の魔物は一説によると、人類に憎しみを本能で宿している。



鎧国に付いて。


この国はレンガを含めた巨大都市が幾つか存在しており、各都市の私軍を全て含めて国軍と呼ばれている。そのため、鎧国の王が自由に使う事は出来ない。


国王は変わりに王都兵団と呼ばれる独自の兵を持っている。


王都兵団と国軍は別の組織として見た方が、恐らく分かり易いと思う。


そして王都兵団の中に、騎士と呼ばれる国王直轄の強力な団が存在している。


鎧国のこの変わった構成は、国の成り立ちと関係しているらしい。国王の権力は必ずしも絶対とは言えない。


レンガを見れば分かると思うが、1都市の力が強大なんだ。


赤鋼は鉄工商会と言う一つの組織が軍を含めた全てを仕切っているが、他の都市はそれぞれ独自の方法で代表が選らばれている。



同盟都市国家・・・こんな言い方だったかな。



都市全体の兵力を集めれば、王都兵団を超える人数に成るが、王都には古代種族の技術が在る。だから国全体の権力は国王が一番高いんだけど、都市も侮れない軍と呼ばれる力を供えている。



鎧国内に置いて王都や砦以外の都市で、レンガ程に確りとした壁に護られた場所は他にはないそうだ。


壁の内側と呼ばれる比較的安全な空間により、民が生活できているのは他でもない、強大な権力を持つ鉄工商会のお陰なんだ。


・・

・・


次に西壁を含めた夜間の警備に付いて。


まず東西南北の壁は、属性と一般を合わせた約2100名の兵士がレンガの一晩を護っている。


西壁には約140名の属性兵と、約400名の一般兵で一晩の警備をする。


1名の属性中隊長と2名の一般中隊長、この3人が西壁のスリートップだな。


これはレンガ独自であり、レンガを護る為に造られた指揮系統だ、3人の中隊長で1方面(西壁)全体の指揮を採る。





詳しい勤務内容は分からないけど、レンガを警備する兵士は大きく分けて日勤と夜勤、内務と外務で分かれている。


日勤内務・日中、街中の警備をする・・・一般兵。


日勤外務・日中、草原側を警備する・・・一般兵。


夜勤内務・夜間、街中を巡回・警備をする・・・一般兵。


夜勤外務・夜間、草原側を警備する・・・一般兵と属性兵。


これは兵士の仕事だ。


軍服を着ている連中は軍本部や軍所で仕事をする。




レンガでの兵士の仕事は常に隊で分けられている。


俺の勤務時間(15:00~20:30)は、夜勤外務と区別されるらしい。


現在の状況として兵士の数が足りない為、東壁の警護は護衛ギルドを中心に編成されているらしい。



俺もてっきり東側に回される者だと思っていたんだけど、何故か西側の分隊に混ざって夜勤外務をしている。


西側壁上・・・俺が所属している属性分隊がお偉いさんからの命令で任されているのが、今俺が立っているこの場所だ。まあ西壁のほんの一部だな。



詰まり俺の所属する属性分隊は、夜間のみ西壁の一部を魔物から護るのが仕事だ。


正直言うと助かった。


人付き合いがあまり得意とは言えない俺に取って、知り合いが分隊長を務める隊だからな。


刻亀討伐の所為で、軍で大規模編成が最近行われたらしく、日勤だった一般兵の多くが夜勤外務に人事移動された。



今回の大規模編成で日勤内務から、夜勤外務の属性分隊長として昇格した人が、新人の俺に対して指導してくれている。属性使いではない、属性分隊長さんだ。


名前をイザクさんと言う。年齢は30前半でガンセキさんと近い。



以前は軍所の入り口を守っていた人、こう言った方が良いな。ギルドに付いて俺に色々と教えてくれた人だ。


俺が所属している属性分隊は、俺を抜きにして10人で構成されているんだけど、今の時間だと本来なら4人での勤務だ。


新人の俺を含めて今現在は5人で勤務している。


今日は仕事を始めて3日目になるけど、多分イザクさんが魔法を使えないから、彼の変わりに俺が属性使いとして入れられたんだと思う。


15:00~6:00の15時間を、属性分隊は7人で時間を分けながら一番少ない時で3人、一番多い時で5人の状態で仕事をする。分隊長の居ない時間は、変わりに指揮を取る分隊長補佐と呼ばれる、副リーダー見たいな人がいるらしい。



属性兵の数は刻亀討伐に関係なく足りてないんだ。


もし西側に属性中隊の全員を設置させたら200名になる・・・4方面全体で800名。


一晩でレンガ属性軍の全てを出さなくてはならない。


そうなると属性兵は一年を通して出勤が必要に成ってしまう。


分隊は10人編成だが、一晩で出勤するのは7人までにする事により、残りの3人は休日となる。


以上の事から日勤内・外務と夜勤内務には、属性兵は参加できていない。


属性兵は夜勤外務のみで、残りは全て一般兵が補っている。




そのような状況での刻亀討伐だ。


ただでさえ足りていない属性兵を今現在100名・・・近い内に残りの100名が本軍と共に村の遺跡に向かう事に成っている。


その属性兵を補うのが、護衛ギルド登録団体なんだ。


本来ならレンガ在住の1000名の属性使い(民)を徴兵するべき何だろうけど、ギリギリの状況に成るまでは実行が出来ないようだ。


彼等を徴兵してしまえば・・・レンガの大小鉄所が動かなくなる可能性が在る。


大鉄所は宝玉具を利用して製造効率を上げているんだ、宝玉具を使うには魔力が必要だからな。


属性使いを下手に徴兵してしまうと、宝玉具の稼働が上手く行かなくなり製造速度が大幅に落ちてしまうかもしれない。


そんな事を鉄工商会が許す筈がない。


だけど正規一般兵の不足分は、既に民一般兵の一部が補っているらしい。



俺の所属する属性分隊の兵士は、俺・・・ではなく隣に居るイザクさんの位置から、視界の届く範囲に1人ひとりが別々に立ち、壁上を警備をしている。



今更だが、俺が所属しているのは属性分隊だ。


一般分隊は草原に足を付け、壁下を警護している。



詰まりだ、最初に魔物と接触する事になるのは一般分隊と言う事だな。


魔物を発見するとまず最初に笛を吹き、周囲にその事実を知らせるのが重要な役目だ。


因みに一般分隊は属性分隊と違い10名全てが常時揃っている、15時間を約10名で割り振るのではなく、約7時間を10名で護り、勤務時間を終えると代わりの分隊と入れ替わる。


西側壁上の属性兵が140名に対して、西側壁下の一般兵が400名いる理由がこれだ、一般兵は分隊ごと入れ替わる事が出来るんだ。



まあ、その分・・・一般分隊が一番危険な位置で見張りをしている訳だけどな。


その一般分隊の隊長が、現れてきた魔物を判断するんだ。



小群れの場合・そのまま10名で相手をする。


大群れの場合・近くの一般分隊に増援を要請。


単独の場合・属性分隊の数名が出向き戦闘に入る。



戦闘が始まったとする、どのように情報がスリートップに回るのか。


壁上に居るのは属性兵だけじゃなく、何名かの情報隊(属)が常に壁上を動き回り、魔物が現れたと言う合図(笛)を聞くと、その方向に向かって走る。


草原側にも情報隊(一般)が常に動き回っている。


情報隊は壁上、または壁下より魔物の確認をすると、1人がその場から分隊を指揮する小隊長の下に向かい、残った情報兵が戦闘区域全体の把握をする。


草原側の情報兵は馬と呼ばれる生物に跨り、広い草原を駆け回る。


馬といっても大きく分けて二種類。


力馬・・・体格が良く、速馬よりも一回り大きい。走る速度は30~40km。旅商人の商品を背負うのは力馬だな。あまり戦争には向いていないかもしれないが、中にはその力を活かして敵を殺す馬も存在していると聴いた事が在る。


速馬・・・足が速く50~60Km、力馬よりスマートだな。戦争で使うとすると、走り抜けながら地面の敵を槍で突く、雷使いが騎乗する事で本当の力を発揮するらしい、止まった状態ではその足の速さを生かせない。スタミナは力馬に比べると落ちる。



この速馬ってのは数千年前は別国には居たが、鎧国には存在してない種だった。


力馬は大昔からこの国にも存在は確認されてた。


戦争にも馬上騎士と呼ばれている者達と力馬は参加していたらしい。


俺には良く分からないんだけど、力馬は戦争に向いている馬では無いと思うんだが・・・何故馬上隊が存在していたんだ?


移動の手段としてなら体力も速馬より上だし、荒れた道なんかは力馬の方が向いているだろう。


その体格を活かして敵の集団を無理やり押し通るとか、状況に応じて馬上で戦ったり、馬から下りて戦ったりするのだろうか?


とまあ、関係ない方向に話がずれてしまった。


草原側の情報兵が乗っているのは速馬だ、現在の馬上騎士や馬上隊も速馬を使っている。


今も力馬を使っている馬上隊は在るらしいから、一度戦い方を見てみたいな。



小隊長の下に向かった情報兵は、報告を終えると現場に戻る。スリートップ(中隊長)の1人には小隊長直属の連絡兵が報告しに向かう。


戦闘開始を知った小隊長は、そのまま現場に向かう手はずに成っている。



詰まり上の指示を受けながら、少隊長が戦闘範囲全体の指揮を取るって事かな?


一方面の壁に存在する情報隊は、壁上側と草原側を合わせて全部で10隊・・・今まで起きた事のない事態だけど、もし一度に11ヶ所以上を一斉に魔物に襲撃されると、情報網が完全に狂う可能性が高いらしい。


まあ確率的にそんな一斉に襲撃される事はないんだけど。



もしこの世界に、ガンセキさんの大地の声と同じ事ができる玉具が開発されたら、レンガの警備だけでなく、戦争をしている勇者同盟軍にも凄い革新が起きると思うんだが。


大地の声・・・離れた場所にいる相手に地面から声を送る。


そう言う戦争関係の玉具を開発している部署だか局だかが、レンガ軍本部内に存在しているらしい。


因みに開発局はレンガだけではなく、世界各地に似たような施設が存在している。


・・

・・

・・


グレンは壁上から草原を眺める。


壁の上は転落防止の柵などはなく、寝ぼけて足を踏み外せば見事に落ちる事が出来る。


草原には幾つもの松明が燃えている、照明玉具は高いから魔物に壊されたら洒落にならない。


壁の近くと、壁から100mほど離れた所に松明は置かれている。


あの離れた場所の辺りで、闇の魔力を夜間中5時間に一度、一斉に放つ事により、魔物は強力な単独か巨大な群れの縄張りと勘違いして近付かなくなる。


それでも絶対に近付いて来ない訳ではない。


俺が仕事を始めてからの3日間、俺の所属している分隊が担当している区域での戦闘は起きてないが、1晩に3~5回ほど魔物の襲撃がある。


イザクさんにレンガ周辺に生息する魔物の特徴は簡単に教えて貰っているが、戦闘経験のない魔物も多く生息しているため、正直緊張している。


だけど俺が仕事を始めてからの3日間、魔物との戦闘にイザク分隊は動いてない。


見張りしているだけでは勿体ないから、内緒で魔力練りの修行にその時間を使わせて頂いている。


・・

・・


俺が草原の闇に浮かぶ無数の灯火を眺めていると、隣に立っていたイザクさんが話し掛けて来た。


「グレンさん、仕事には少しは慣れましたか?」


年上で部下でもある俺に対し、敬語で接してくれる人なんだ。俺だけじゃなく、イザクさんは誰にでも敬語だけどな。


グレンもイザクを習って敬語で返す。


「ええ、まあ・・・正直完璧とは程遠いですが」


俺の言葉を聞くと、イザクさんは笑顔を向けながら口を開く。


「そう言う私も、まだ分隊長になって日が浅いですがね」


今までは日勤内務で一般兵の1人だったから、仕方のない事だけど、急な話でこの人も大変だろう。


「でも今まで内務だったイザクさんが、急に夜勤外務で属性分隊を任されるなんて・・・名誉な事だろうけど、正直大変じゃないっすか?」


イザクは首を振るいながら、人当たりの良い柔らかな微笑をグレンに再度向ける。


「今は属性分隊長ですが、一般兵だった頃は壁下で夜勤外務をしていました。その時期の方が日勤内務より長かったんですよ・・・それに僕が此処に居るのは、自分で志願したからです」


誰も志願したがらない分隊の隊長。


命令されたら向かうのが兵士の勤めだけど、志願する兵士は少ないと思う。


グレンは悲しそうな顔をイザクに向ける。


「それで・・・出発は何時頃に成るんですか?」


イザクは困った風に笑うと、グレンから視線を逸らし、草原を眺めながら。


「本当は口外しちゃ駄目なんですが、今の貴方は私達分隊の仲間です・・・明後日の早朝にレンガを発ちます」


仲間か、同志の方が気が楽だな。勇者一行がレンガを発った次に目指す場所、そこに俺の所属している分隊は、一足速く第三陣として向かう。


「それじゃあ・・・俺がイザクさんの部下として此処に居るのも明日で最後か」


勇者一向がレンガに到着した少し後、イザクさんは夜勤外務に回された。


大体2週間か、夜勤外務の仕事は新しい分隊と分隊長が、実戦に慣れる為の準備期間って所か。


幾らなんでも短すぎる、ヒノキ山周辺の魔物は刻亀の領域により、狂暴かつ強力に成っている。



主鹿の領域と違い、刻亀の領域は長い時間を刻亀の魔力に当てられる事で、魔物は凶暴化し進化を無理やり促される。


主鹿の領域は範囲を抜ければ洗脳は解かれるけど、刻亀の場合は一度狂暴化されたら領域を抜けても元には戻らない。


この刻亀の領域が、長い時間を掛けて狂暴化した魔物の数を増やして行ったんだ。


「ヒノキ山の魔物は此処とは比べ物に成らない程に強力だと聴きました、こんな事を言うのは失礼かも知れませんが・・・たった2週間の即席分隊では」


グレンはイザクにこれ以上は何も言わない。


イザクは怒った風でもなく。


「この分隊は以前からこの場所で夜勤外務の任に付いていた者達です。新米なのは分隊長とグレンさんだけですよ」


何故この人が・・・属性分隊長に選ばれたのだろうか?


確かに魔法を使えない属性分隊長はこの人以外にもいる。だけどヒノキ山に向かう分隊を指揮する隊長が新米なんて、絶対に間違っている。


決してイザクさんは分隊長として無能ではない、だけど10人を纏める事に対しての経験は浅い筈だ。



イザクはそのまま続ける。


「確かに分隊長は初めてですが・・・僕は元傭兵なんですよ。戦場で戦ったのは8年ほどですが、ある程度は知っています」


成るほど、その経験と本人の志願が決め手になったのか。


納得の行った表情でグレンは語りかける。


「しかし、俺の想像していた傭兵って・・・なんかガサツで乱暴、見たいなイメージが有るんですけど」


しまった、思った事をそのまま言ってしまった。


グレンの失礼な発言に気分を害する風でもなく、イザクは笑いを絶やさない。


「傭兵も色々です、グレンさんの予想通りの人だって居ますよ」


ゼドさんと違って器の大きい人だ。



グレンは少し俯くと、ずっと気に成っていた事を聞いてみる。


「魔王の領域・・・戦場はどんな所ですか?」


戦場は地獄だとか人の話では良く聞くけど、経験者のガンセキさんに聞くのも少し気が引ける。


果たしてイザクさんに聞いて良かったのだろうか、この人だって相応の想いは在るだろう。



イザクは草原を見詰めていたその瞳を、何処か遠くに向ける。


「グレンさんが想っている程に地獄ではなかったです・・・辛い事だって在りましたが、楽しい事も沢山在りました。要は慣れです、慣れるんですよ辛さも何もかも」


魔物を始めて殺した時は怖さより達成感が強く、その場での記憶はあまり残っていない。


俺が魔物を殺した恐怖に震えだしたのは、その日の夜だった。


ベッドの中で落ち着いて今日の事を思い出した時、始めて肉を貫いた感触がこの手に蘇った。


怖くて震えだした・・・俺は暗闇の中、見える筈のない両腕の掌を見詰めて。


咄嗟に起き上がり手に火を灯した。


軟らかく燃える掌を見詰めていると、心が少しだけ落ち着いた。


その時、俺は気付いたんだ。




暗闇を照らしてこそ・・・炎だと。




それから生きる為に魔物を殺し続け、気づいた時には生物を殺した事に対する恐怖は消えていた。


慣れるって言葉は怖いな、人は慣れさえすればどんなに酷い事も、平気で簡単に出来るように成るんだ。



グレンは息を一つ吐くと。


「戦場には色んな人が立ち、色んな物語が在るんですね」


イザクは夜風を受けながら心地良さそうに。


「はい、綺麗な物語から醜い物語まで沢山です。戦場から離れると、一つ気づいた事があります・・・グレンさんには分かりますか?」


戦場と、そうでない場所の違い。


「戦場に比べれば平和でしょうけど」


当たり前だよな、ここいらには魔物は生息しているけど、戦争に比べれば何倍も平和な筈だ。


イザクは少し首を振るうとグレンの方を向く。


「レンガだって平和とは言えません、生きる上での危険が在ります。だた、此処を含めた国内全ての住人は、海の向こうで戦争しているなんて、何処か夢物語なんですよ」


しょうがない事だろ、実際に戦場に行かないと実感なんて起きる訳がない。



イザクは少し寂しそうな顔をすると顔を軽く伏せる。


「戦場から離れた僕に、そんな事を言う資格なんてない事は分かっています・・・でも、悲しいです」


勇者同盟軍の中には国の命令で戦場に赴いた者も沢山いるけど、自ら志願して戦場に向かった人も大勢いる。


人々に褒められたい、名を残したい、金を稼ぎたい等と想う心も在るだろうけど、一番の理由は人類を救う為の手助けをしたい、これだと思う。



この世界の戦争は【人類】対【魔族】・・・別種族の戦争だからよ、人間なら誰でも戦う意味は存在しているんだ。



そんな事を考えていると、グレンの脳裏に疑問が浮かぶ。


「イザクさんは何故、戦場を後にしたんですか?」


イザクは暗闇が広がる草原の先に、思いを馳せながら。


「そうですね・・・自分を見失いかけた、からでしょうか? すみません、上手く説明出来そうにありません」


触れて欲しくない話だったのかも知れない、人には誰だって聞かれたくない事や、知られたくない事が在る。


俺は何時だってそうだ、人が嫌がる内容を考えなしに聴いちまう。今後、気を付けないとな。



それでもイザクさんは、戦場に居た時の心境を俺に教えてくれた。


「人類を護る為に始めの内は戦っていました、だけど多くの死をこの眼に焼き付けて、死と隣り合わせに生きていると・・・自分が何の為に戦っているのか、それが分からなく成りました」


その後も当時の心境を俺に聞かせ続けてくれた。


誰かの命を犠牲にしながら生き残り、己が生き残る為に敵の命を奪い。


一つの戦場を生き残る度に、生を実感していた。



次の言葉で、彼が戦場に背を向けた理由が分かった。


「ふと気付いたら・・・戦う事に喜びを感じているもう1人の自分が居ました。戦う事が楽しくて楽しくて、このまま此処に居ると命を奪う事に喜びを感じてしまう、それが怖くて僕は戦場から逃げ出しました」


人々を護りたい、最初に持っていた戦う理由は、気づいた時には既に失っていたらしい。


「グレンさん、もし何時か貴方が戦場に向かう事になったら、これだけは忘れないで下さい」


何時もの人当たりの良い笑顔が、イザクさんから消えていた。



「人に寄って異なりますが、戦場は・・・人の心を狂わせます、絶対に慣れてはいけません」


戦争に慣れてしまうと、自分を失う事に成る。


グレンは頭を下げる。


「すみませんでした、余計な事を聞いてしまいました」


イザクは何時もの優しい笑顔をグレンに向ける。


「気にする事はありません、だけど忘れないで下さい・・・戦場に慣れてしまうと、平和の中に居場所を失ってしまう人も居るんです。僕は壊れる寸前で帰って来る事が出来ました」


だけど今、俺に向けているイザクさんの笑顔は、何処か痛々しい者だった。



「僕はまだ・・・壊れていません。そう自分に言い聞かす事で、平和と呼べるこの場所で、何とか生きています」


イザクさん、それなら何であんたは刻亀討伐に志願したんだ。


この人はまだ、戦場を忘れられてないのかも知れない。



イザクさんは未だ戦争を・・・心の片隅で、求めているのではないか?



自分の意志で戦争に参加したイザクさんは、自分の意志で戦場を去った。


だけど平和の中で渇きを感じているから・・・この人はヒノキ山に向かうんだ。


・・

・・

・・


その後、イザクさんとの会話もなく静かに仕事を実行する。


時刻は19時55分、このまま時間が過ぎれば今日も何事もなく仕事は終るだろう。


暗闇に眼が慣れて、草原のあちこちで燃えている松明はどこか綺麗だ。


不思議だよな、内側は安全を約束された平和な空間で、外側は危険漂う草原。


ただの壁かも知れないが、その壁と呼ばれる境目を、兵士と呼ばれる者達が毎夜命がけで護っている。



まるで俺達が戦場で戦う勇者同盟軍で、壁の内側で暮らすレンガの人々が、国内の人間全てを現しているみたいだ。



勇者同盟軍が戦争をしているお陰で、国内の人間達は仮初(かりそめ)の平和を満喫していられるような気がする。



静かな時は流れていた。


今日も何事もなく終るのだと、俺は心の何処かで思っていた。














静かな平原の夜に、遠くまで届く澄んだ笛の音色は響き渡る。














5章:二話 おわり







読んで頂きありがとうございます。


軍での仕事について書きました。


力馬=木曽馬ではありません。何よりも自分は武田騎馬隊は存在したと信じています。


それでは次回も宜しくです。

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