九話 怖い眼差し
南門軍所は当然だが北門軍所と造りが似ている。
ただ一つ違うとすれば、左右対称になっている。
右側に闇の魔力を金に換えてくれる受付があり、左側に関係者以外通る事のできない通路が続いている。
俺達は入り口に立っていた兵士に話し掛けると、兵に連れられて軍所内の通路を歩く。
一方は間隔で扉が設置されていて、もう一方からは窓より光が差し込んで俺達3人を照らしている。
ゼド・・・ガンセキさんの話では世界中を旅する旅人で、ガンセキさん自身とも知り合いらしい。
どんな関係かまでは聴いていないけど、ガンセキさんの様子からしたら尊敬すべき人なんだろ。
セレスが緊張感ゼロの能天気な声を発する。
「ふへ~ 緊張するな~ 少しの間だけど一緒に旅をする人だよね~」
それでもセレスは意外と人見知りする所がある、本気で緊張しているかも知れないな。
アクアはセレスを安心させる為に力強く言葉を。
「大丈夫だよ、ガンセキさんの知り合いだから怖い人じゃないよ」
正直そこらへんは分からないんだよな・・・癖の強い人ってのが俺の予想なんだけど。
グレンが自分の立てた予想の人物像を言葉に発する。
「まあ・・・悪人ではないと思うけど厳しい人かも知れねえな。だから時間に遅れないように俺が配慮していたのに、お前らが急ごうとしないから。怒られても2人で謝れよ」
アクアが不満をグレンに向ける。
「グレン君がガンセキさんの代わりなんだから、責任者のグレン君が怒られるべきだとボクは思うけどな」
虫が良過ぎる、俺の行動の何処に責任があるんだ? 悪いのは急ごうとしなかったアクアとセレスだろ。
でも、そう言う理不尽な責任を背負わされるのも、責任者の役割なのかも知れない。
ガンセキさんも大変だ、俺を含めて問題児が3人も居るんだ。
俺・セレス・アクア・・・今までの一行の標準から考えても平均年齢が若い。
前回の旅だって25歳のガンセキさんとオバハンの息子が一番若かったんだ、15~19歳が候補に選ばれる事は勿論あるけど、今回の旅は多過ぎだ。
一応成人として認められるのは15歳からだけど、国や場所によって様々だ。
レンガでも成人で結婚や飲酒を認められるのは15だけど、世間一般では20歳からが大人として扱われる。
15~20までの5年は大人に成る為の準備期間、これが世間の感覚だ。
この期間に専門的な技術や自分の歩む道を多くの者は決める。
中には俺みたいに生きる為に必要なスキルを学ばずに大人に成る人間も居るけど、だからと言って遅くは無いと思う。
たった5年で自分の将来を考えろ、何て言う世間が無理を言っているんだ。
くだらない仕事なんてない。全ての仕事には意味が在り、それらが繋ぎ合わさって世界を造っているんだから。
中には法律に背く仕事も在るかも知れない、多くの人間に受け入れられない仕事も在るかも知れない。
一般人を傷付ける仕事も在るかも知れない、多くの人間に憎まれる仕事も在るかも知れない。
世の中は綺麗事だけでは生きて行けない・・・それらを含めて世界なんだ。
自分の仕事に誇りが無くても、それで金を稼ぐ事が出来るなら生きて行けるんだ。
俺はまだ世界を知らない未熟者で甘い考えだと思うけど、その仕事に少しでも誇りを持っているのなら、それは素敵な仕事なんだ。
何時も誇りと言っているけど・・・俺は誇りの意味を考えた事が無かった。
強い意志を、誇りを持ち信念を貫く。
どんなに強い意志を持っていても、果たして死ぬまで貫き通す事は出来るのか?
他の人間には分からないような些細な事が切欠となり、貫いて来た信念が壊れてしまう事だってあるだろ。
これは・・・俺の生涯を掛けた悩みに成るかも知れない。
信念って何だ?
信念には善も悪もない、自分が成し遂げたい事を信念と言うのか?
何故人は信念を持つんだ?
それを貫く事に意味はあるのか?
それを貫き通し、死に逝く時に得る物は何だ?
信念を貫き通したその果てに・・・一体何が在るんだ?
新たな発見か?
達成感か?
夢の実現か?
自分の居場所の確保か?
分からない事が多すぎる、考えても考えても終りそうにない。
・・
・・
・・
・・
扉を開けると既に旅人と思われる男性は其処に居た。
広いとは言えない部屋の中、窓は入って来た通路側の壁に設置されている。
男性が座っている草原側の壁には窓は無い・・・当たり前か。
通路側に椅子が3脚、男性は草原側の椅子3脚の中央に座っている。
通路側と草原側の椅子の間に机。
室内はレンガを囲う都市壁と同じように薄い赤色。
彼の眼光は鋭く、先程の裏店主が自然と脳裏に思い浮かぶ。
だけどゲイルさんとは違う、彼には心が在る・・・信念が在るかは分からない。
ふとアクアとセレスを視界に移す。
セレスは兎も角、何時だって冷静なアクアが動揺をしている。
直感で探る事が出来ない相手か?
セレスは何故か涙目。
男性は大体30少し過ぎ、ガンセキさんよりは年上か・・・レンゲさんと同じくらいかな?
旅人と思われる男性は、始めの一声を顔をさすりながら放つ。
「自分がゼドだす・・・痛かっただす」
何か違う、この風貌と言葉に対して違和感を感じている俺が居る。
見てくれに惑わせれるな、現にゲイルさんも本性を隠してたんだ。
セレスが半泣きで声を絞り出しながら。
「うう~ そうとは知らずにごめんなさい~」
ゼドさんは顔を丁寧にさすりながら。
「自分は寛大な男だすから、一言貰えばそれで良いだす・・・痛かっただすけど」
グレンが小声でアクアに問う。
「知り合いか? そうなら事情を教えろ」
アクアは顔を引き攣らせながら。
「その・・・まあ、ボク達が悪いんだけど」
・・
・・
ゼドさんは再度両腕で顔を優しくさすりながら。
「自分は全然気にしてないだす・・・痛かっただすが」
これはどう考えても根に持っているな、第一印象は最悪だ。
セレスは隣に座るグレンの服を引っ張りながら、泣きそうな瞳を向けて訴える。
「うう~ ガンセキさんに怒られちゃうよ、どうしたら良いのかな~」
知るか、寧ろ怒られろ。
グレンは3人の代表として頭を下げる。
「連れが迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありませんでした」
アクアも続く。
「蹴って御免、これで水に流そうじゃないか」
馬鹿やろう、それは謝っているとは言わないぞ。
グレンはアクアを睨み付ける。
アクアは苦笑いを浮かべながら。
「・・・すみませんでした、以後気を付けるよ」
ゼドさんは改めて気にしてないと根に持った風に言うと3人を見渡す。
「勇者はお嬢さんだすか?」
セレスは何度も首を縦に振りながら。
「私が勇者のセレスです、ごめんなさい」
何故か再び謝る。
ゼドさんが今度はアクアの方を向くと。
「自分を蹴り飛ばした人が水使いだすね」
アクアは苦笑いを浮かべたまま頷く。
最後に俺を見たゼドさんは。
「お兄さんが季節外れの炎使いだすか?」
引っ掛かる言い方だけどその通りだ。
「俺に会うのは今回が始めてだと思いますが、よろしくお願いします」
俺が精一杯の敬語で返すと、ゼドさんは一言。
「自分と旅をする上で聞いて貰いたい事が在るだす、良いだすか?」
3人が頷くとゼドさんは威張りながら。
「自分は土の魔法を低位までしか使えないだす、だから戦力として見てはいけないだす、もし自分を見捨てたら化けて出るだすからね!!」
敬語を止めて良いだろうか。
「失礼ですけど・・・出身は何処ですか?」
ゲイルさんに言った質問と同じだけど、内容はもっと単純だ。
「それを聞いてどうするだすか?」
質問で返されたよ。
「だすって・・・何処かの方言かなんかですか?」
正直言ってワザとだろ、胡散臭い事この上ない。
「自分は過去を捨てた男だす、故郷なんて覚えてないだすよ」
格好付けながらゼドさんは語る。
方言を舐めるな、実際に使っている人達に殺されるぞ。
でも・・・何か違う気がする。
俺は店主の件で神経質に成っているだけかもしれないけど、珍しい言葉ほど会話の中でその点だけを記憶に残してしまう。
この人は自分の正体を知られない為に、だすと言う聴きなれない言葉を会話に挟んでいるんじゃないだろうか?
アクアが元気を取り戻してゼドに質問をする。
「ダスさんは1人で旅をしているの? ボク興味在るから聞かせて欲しいな」
速くも変なあだ名を付けやがった。
ダスは自分の名前を強調しながらアクアの質問に答える。
「【ゼド】は旅人だすが基本危険な事はしないだす。聖域や遺跡の調査は冒険者の仕事だすし、陽が出ている時間しか歩かないだすからね・・・列車には乗った事があるだすよ、自分で走るよりずっと速いだす」
この内容だって変ではない、ただ一つ言うとすれば。
「列車より速い人なんているんすか?」
グレンの敬語が少し崩れる。
ゼドは気に止めた様子も無く、グレンの言葉に反論する。
「自分は逃げ足の速さだけは自身があるだす、魔力を纏った人にだって負けないだす」
俺達の戦いの邪魔をする積もりは無いけど、戦力にはならない。
だすと言う方言だけでなく、同じ意味の言葉を使って少しでも相手に本心を探られないようにしているのではないか?
試しに次の内容でゼドさんに仕掛けてみる。
「俺達の使命は魔獣王を倒して人々の生活を守る事です。あんたは俺達をその場所まで連れて行く事が仕事な訳だし、戦力に成らない事を気にしなくても大丈夫ですよ」
発言の後、ゼドさんの眼光が俺を射抜く。
「正直自分は危険な場所には行きたくないだす。しかし生きる上では金の為に、時に危険を冒す必要も在るだす。自分が言いたい事は、いざと成ったら自分の命を優先させる・・・そう言う事だす」
単純に考えたら只の臆病者、だけど旅人として考えると何ら間違っちゃいない。
世界中を旅する人・・・本物の旅人、これが生き残る為にこの人が自分で決めたルールなんだ。
そして誰かと仕事を共にする場合、その事を交渉しないといけないんだ。
いざとなったら自分は案内を止めて逃げると。
普通に喋ってしまったら相手が不愉快になり、交渉に失敗するかも知れない。
聴きなれない方言を使う事で、方言に交渉相手の意識を持って行かせる。
同じ意味の下手にでる言葉を使い、相手に自分を見下させる。
この2つの方法を同時に使い、会話の中で交渉を成立させる。
彼は生きる為の交渉術の1つとして方言を利用しているんだ、ゼドさん自身はその方言を馬鹿にしている積もりは多分無いと思う。
ゼドと言う人物の鋭い瞳を逸らす事なく、グレンは確りと見詰めると。
「誰だって命は大切です、戦闘には参加されなくても構いませんので、目的地までの案内だけでもして頂けると俺達としては助かります」
俺の発言の後、ゼドさんは困った顔をしながら返事をする。
「自分はお兄さん見たいな人は苦手だす、出来れば自分の事を探らないで欲しいだす」
そう頼まれたら従うしかない、俺だって人に嫌われる事を自ら望んでしたくない・・・笑う策士のように。
「すみません、以後気を付けます」
俺とゼドさんが会話をしていると、アクアが不満を述べる。
「グレン君、勝手にダスさんと打ち解けないでよ、ボク訳が分からないじゃないか」
セレスもそれに続く。
「ふえ? グレンちゃん・・・苦手って言われたのに何で怒らないの?」
ゼドさんが俺の代わりに対応してくれる。
「自分を高く評価しないで欲しいと言う事だす、下手に期待されても応えられないだすから」
本当に真面目な人だと思う・・・逃げ出す事を前提で話を切り出す、そうそう出来る事じゃない。
グレンはゼドを見ながら話を本題に移す。
「ただの顔見せで此処に集まった訳ではないですよね・・・ゼドさんから何か情報を教えてくれるんじゃないですか?」
俺がそう言うと、ますます困った表情を向けられる。
「自分はただ顔見せに来ただけだす、刻亀の情報は大した事は知らないだすよ」
ゼドの言葉にグレンが本音を返す。
「刻亀の情報を集める役目を受けているのは俺なんですが、正直言うと予想以上に進んでいません。小さな情報でも良いので、何かあったら教えて頂けると有り難いです」
グレンの言葉に暫くゼドは悩みながら。
「そうだすね・・・約に立つかは分からないだすが、自分の条件を飲んでくれるなら持っている情報を提供するだす」
グレンは苦笑いを向けながら。
「俺に出来る事だけなら構いませんが」
グレンの言葉にアクアが反応する。
「ダスさん、グレン君は何を言っても出来ないって言うんだ、騙されちゃ駄目だよ」
お前の願いは時計台に登りたいだろ、俺にそんな事を叶えられる訳ないだろうが。
「今は交渉の場なんだよ、俺は情報を受け取る換わりにその要求として、ゼドさんの条件を引き受けるかどうかを話し合っているんだ、お前の時と違ってお互いに望む事柄が在るんだ」
ゼドさんの条件次第で、交渉は決裂するかも知れないが。
改めてゼドさんが言葉を発する。
「自分から出す交渉条件は1つだす・・・お兄さんは自分に対して敬語は使わない、自分の事も呼び捨てで構わないだす」
恐らくこの中には自分を探るな、これも入っているんだろう。
グレンは首を縦に動かすと、笑顔を向けながら。
「分かりましたが自分は口が悪いです、敬語を意識しないとなると・・・容赦が消えますからね」
俺の言葉を聞くと、ゼドさんは俺に笑顔を返す。
「自分に敬語を使う人の方が少ないだすから、気にしなくても大丈夫だす」
沈黙の時が少し流れる。
それじゃあ、お言葉に甘えて。
「条件は飲んだんだ、あんたが知っている情報を教えてくれ」
ゼドさんは始めにセレスに質問をする。
「勇者様は刻亀の領域・・・領域とは何か分かるだすか?」
セレスは首を左右に振る、真剣な話だと分かっているから口調を何時もより引き締めながら。
「私は・・・修行しかしてない、グレンちゃん任せにしてたから、刻亀に関しては殆ど分からない」
何を恥じる事があんだよ。
お前がレンガですべき事は修行だろうが、情報は俺達がお前に教えれば済む事だからな。
俺の代わりにアクアが言ってくれる。
「セレスちゃんは情報を確り覚えれば良いんだよ」
調べる物事にも寄るが、情報は集めるのが大変だけど、その集めた情報を教えるだけなら簡単だ。
重要なのは情報を提供される側の姿勢だ。
ゼドさんが話を続ける。
「知らなければ知れば良いだけだす」
領域の説明に入る。
魔王の領域・・・戦場で戦争している場所を指す。
魔獣王の領域・・・魔獣王の魔力が及ぼす影響の事、4体の魔獣王によって効果が異なる。
空の王 地上に降り立つ事で領域が完成される。
魔力による影響、逃亡経路を遮断する結界を造り出し、外からは入れるが中からの脱出は不可能となる。
数の王 主鹿を中心として広範囲に広がっている領域。
魔力による影響、別種の魔物だけでなく単独すら従える事が可能、ただし領域から出れば支配は解ける。
幻の王 不明。
魔力による影響、不明。
ここまでの説明を終えたゼドさんが、グレンに話し掛ける。
「グレン殿の掴んでいる領域の情報を言うだす、自分が提供できそう話が有ったら追加で加えるだすから」
一度頭を整理して掴んでいる情報を引き出す。
刻亀の領域・・・領域として展開されるのは夜間のみ、日中は領域と成っていない。
領域内の魔物は凶暴化し、進化すら促される。
グレンの情報にゼドが付け足す。
「刻亀の住処はヒノキと呼ばれる山だす、本来なら初心者でも登る事が出来る山だすが・・・夜と成ると雪が降るだす」
その言葉にアクアが驚きの表情を向ける。
「刻亀は・・・雪魔法を使えるのかい?」
雪が降る事は知っていた、だけど雪魔法とは少し違うんだよ。
グレンがアクアの質問に答える。
「ガンセキさんが言っただろ、刻亀の魔力は天候にも影響を与えるんだよ、だけど雪その物は魔法とは関係のない普通の雪なんだ」
ゼドは頷くと追加で説明する。
「雪は領域が展開されている合図だと思う方が分かり易いだす、詰まり・・・雪が降るまでに決着を付ける事が出来なかったら作戦失敗だす」
グレンはゼドに一つ質問をする。
「雪はどれほど積もるんだ?」
それに寄って作戦の難度が大きく左右される事に成る。
ゼドはグレンを視界に映すと。
「降るのは夜間だけだす、もう直ぐ冬も終る時期だすからね、作戦に支障はない筈だす」
あともう一つ聞きたい事が在る。
刻亀と俺達が戦う場所に付いてだ。
「頂上の一歩手前に在る木々のない開けた場所が刻亀の塒だよな?」
刻亀の塒は有名な情報だから、念の為に確認の意味を込めて聞いてみた。
「だけどよ、刻亀も一日を通して同じ場所にずっといる訳じゃない、そこ以外に出現しそうな場所は無いのか?」
俺が説2を信じていない理由は此処にある。
『その姿は不動な山の如く聳え立つ』
ヒノキは確かに険しい山じゃない、大型の魔物なら居ても不思議は無いが、山の如き巨体が生きて行くには狭すぎる場所だ。
あと、ヒノキ山は500年前から人の手が加えられてない。刻亀の下に向かうには、獣道を通る必要が在る。
そんな道を通るんだ、魔物と戦わなくても相応の疲労が蓄積される。
苦労して住処まで向かい、到着したら刻亀が居なかった・・・洒落にならない、雪が降るまでと言う時間制限があるんだ。
だがゼドさんは首を振りながら質問に答える。
「確信とまでは言えないだすが、刻亀はその場からは動かないだす、前回の討伐でも住処にいたらしいだすよ」
理由は分からないけど、資料によると確かな事らしい。前回の討伐も直接そこに向かい、予定通りその場所で戦闘が始まっている。
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ゼドさんが息を軽く吐くと、3人に向かい口を開く。
「自分の情報はその程度だす・・・あと言えるとしたら、現状だすね」
ゼドが現状の説明に入る。
一足速くレンガ軍は、既にヒノキ山に向かっている。
第一陣 野営を築く場所の確保。
「ヒノキ山の麓に500年ほど昔に存在していた村の遺跡が残っているだす」
村の遺跡は広い空間に成っていて野営として使う事は出来るが、山の麓だけあって森に囲まれている。
第一陣の役目は遺跡までの木々を倒し、物資を運ぶ道を開拓する事が目的であり、実を言うと数ヶ月前から既に動いていたらしい。
第二陣 本陣の組み立て。
「村の遺跡が今回の作戦の中心地だす」
物資の運搬が可能に成ると、次は村の跡地だけでは狭いから拡張が必要。
第三陣 本軍の陣入り。
「今回の作戦の総指揮は、レンガ軍所属のホウド属性大隊長さんだす」
軍の階級は俺も良く分からないが、大隊長が刻亀討伐の総指揮を採るのか?
確か・・・レンガには正規軍約3200が存在している。
800が属性兵、2400が一般兵。
正規軍は基本歩兵だけで構成されている。
本来の彼等の役割はレンガを守る事だけで、周辺の村は討伐ギルドに頼る事で何とか成っている。
赤鋼在住の属性使い(民)は、レンガ政府からの要請により、必要時に徴兵される事が義務付けられている。
1000人の属性民兵、年契約で国から給金が渡される。
一般の民も希望者に限り民兵と成る、この場合は定期的に演習場で行われる鍛錬が義務とされる。
500人の民兵、月契約でレンガ軍から給金が渡される。
正規軍と民軍を合わせた約5000が、レンガ軍となる。
今回の刻亀討伐作戦では正規軍のみ、属性兵200名と一般兵800名が参加している。
属性兵と一般兵は別々の隊として分けられる。
属性分隊・・・約10名を分隊長が指揮。
属性小隊・・・五個分隊を合わせた約50名を小隊長が指揮。
属性中隊・・・四個小隊を合わせた約200名を中隊長が指揮。
大隊長ってのが四個中隊を合わせた属性兵の全体を統括している事になる。
刻亀討伐作戦の総指揮を採る、ホウド属性大隊長とは・・・レンガの正規属性兵800名の頂点に立つ者だ。
属性大隊長は軍人としての階級が高いのかも知れない。
因みにレンガ軍の一般兵は弓も訓練の中に入っており、全員とは言わないが弓を使う事が可能とされているらしい。
ホウドさん以外にも一般兵を纏められる階級の軍人が、今回の作戦には参加していると思う。
最後に一つ、属性兵と一般兵は別段仲が悪い訳ではない。
属性兵は数が少ない事を分かっているし、一般兵は数は多いけど力は強くない事を分かっている。
適材適所が暗黙のルールとして存在しているんだ。
個人としての力と、隊を指揮する力は全くの別物なんだ。
属性兵の指揮を採っているのが属性使いとは限らない、逆に一般兵の指揮を属性使いが採っている事も在るらしい。
確かにこの世界の力は魔法なんだ、だけど歴史に名を残すのに必要なのは魔法だけじゃない。
名を残す人間は、良いも悪いも欲深い、自分の野望を成し遂げる意志を持っている。
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・・
ゼドが最後の現状をグレンたちに教える。
「近い内に第三陣、本軍がレンガから出発するだす・・・そして最後の第四陣が勇者御一行だす」
ここまでのゼドの話を聞いたセレスの顔色は何処か悪く、涙が滲んでいるようにも見える。
流石に気付いたようだ、己の決断で動き出した人間の数を。
だけど俺は・・・セレスを甘く見ていた。
ゼドから目を離さずに、確りと話を聞いている勇者が其処には居た。
グレンは誰に語り掛ける風でもなく。
「1000人の同志に護られながら、ヒノキ山の高野で俺達は戦うんだ」
大丈夫だ、お前にはガンセキさんとアクアが付いている。
少しの時間が流れ、俺達はゼドさんに別れを告げると軍所を後にする。
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・・
グレンたちが軍所を出たのを確認した。
人込みの中に隠れながら、ガンセキは軍所を遠巻きに眺めていた。
情報収集は13:00に一端終らせ、俺はその足で南門軍所を訪れていた。
此処に3人が来る事は分かっているんだ、もしこの場にグレン達を探っている者が存在していたら、俺のセンサーに引っ掛かる、だけどそれらしい人間は見当たらないな。
敵を騙すにはまず味方から、グレンになら伝えても良いと思ったが、如何せんあいつは顔に出易い。
グレンの能力は全体的に見て極端なんだ、優れている所は優れているが、劣る所は劣っている。
深く考えるのは上手いが、考え過ぎて大切な何かを見失う所が在る。
グレンの情報収集が思わしくないのは、刻亀の情報が元々少ないと言う理由も確かにある。
だが、それだけではない・・・あいつは知識欲が強すぎる。
恐らくだが、刻亀とは関係ない情報も調べている。
先の事を考えての事だろう、生きるだけで精一杯だったグレンは、世界と世間の常識を知らない。
あいつはその事を知っているからこそ、このままでは迷惑を掛ける事に成ると分かっているから、必死に多くの情報を頭に詰め込んでいるんだ。
たった一週間と言う時間の中で、あいつは多くの知識を詰め込んでいる。
でもグレンからすれば、世間と世界の知識はただの情報でしかない。
あいつはその情報を自分の感情に活かす術を知らない。だからグレンは、世間の常識を上手く理解できないんだ。
彼に出会う事で、グレンは何かを感じる筈だ。
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・・
ガンセキは軍所に入り、先程まで3人が居た場所の扉を開ける。
久方ぶりに見た彼の背中は丸く、肩からは疲れと言うか生気が抜けていた。
「ガンセキだすか・・・久しぶりだすね」
ガンセキは頭を下げると、ゼドの言葉に返事をする。
「お久しぶりです、思ったより元気そうで良かった」
ゼドは苦笑いを浮かべながら。
「止めて欲しいだす・・・敬語を使われるのは嫌いだす」
ゼドの望みを、ガンセキは首を振って拒否する。
「貴方がどんなに変わっても、俺に取って貴方はゼドさんです」
ガンセキが語り掛ける男性は、その肩を一層に丸くしながら。
「お前は外から探ってただすね・・・そうか、信念旗がこの時期に接触して来ただすか?」
この人が周囲の存在を察知する能力は、俺のそれを遥かに凌ぐ。
「確証はまだ持てませんが念を入れまして」
ゼドは懐かしそうな顔をガンセキに向ける。
「お前は今・・・旅の責任者か、時間が過ぎるのはとても速いだすね」
俺の知っているこの人は、こんな遠い目をする人間じゃなかった。
ガンセキは今回の事に対するお礼を言う。
「依頼を引き受けて頂き、有難うございます」
刻亀への案内は俺がオババに頼んで、オババから国に・・・国からゼドさんに依頼してくれたんだ。
「お金の為だす、ギルドに登録していない自分に取って、稼ぐ方法は多くないだすからね」
放浪の旅、当ても無く彷徨いながら世界を歩く。
「この世の中、一人旅は危険ではないですか?」
この人は剣一つ身に付けていない。
ゼドは笑顔をガンセキに向けながら。
「自分はこう見えても運と足だけは強いだす、そう簡単には死なないだすよ」
2人の静かな会話は続いていく。
・・
・・
ガンセキが心配にしていた事をゼドに尋ねる。
「あの3人、ゼドさんに失礼な事をしませんでしたか?」
ゼドは思い出したかの様に顔をさすりながら。
「自分は小さい事は気にしないだす・・・痛かっただすが」
何かされたのか?
「グレンは一見確り者ですが、何処か抜けているし口が悪いですから、もし気を悪くされたらすみませんでした」
セレスは初対面の人には上手く接する事が出来ない、アクアは敬語は使えないが失礼な事は言わない。
何かしでかしたとしたら、グレンの可能性が高い。
ゼドは首を振る事で、ガンセキの予想を否定する。
「グレン殿は最初敬語だっただす、自分が嫌がったら誰かさんと違って止めてくれただす・・・ガンセキが言う程に、口は悪くなかっただすよ」
そう言えば確かに、あいつはオババやアクアとセレスには口が悪いが、俺が被害に遭った事は一度も無いな。
ガンセキは本題に入る。
「ゼドさん・・・貴方から見て、グレンはどう感じましたか?」
突然のガンセキの問いに、ゼドは困った顔をする。
「急に言われても分からないだすよ、会ったのは今日が始めてだすから」
俺は今回の旅に置いて、勇者を成長させると言う使命がある。
「何でも良いんです、グレンに対する貴方の意見を聞きたいんです」
セレスは確かに未熟だ・・・だけど彼女は日々少しずつ成長している。
アクアだってそうだ、今回のセレスとの一件で、少しかも知れないが成長しただろう。
俺が手を差し伸べずとも、グレンは一人で勝手に成長して行く。
だが、このまま成長したら・・・あいつは何時か壊れてしまう。
ゼドは暫し考えながら。
「グレン殿は真面目だす・・・考えて考えて、多分いつも考えていると思うだす」
どんなに考えても、肝心なことを見逃して、答えがなくても探し続ける。
「正直、策士には向かない性格だす。自分の予想するグレン殿は、策士の使命と対極に位置しているだす」
グレンはそれでも考える事を止めない・・・いや、止めれないんだ。
ガンセキはゼドに本心を。
「人に迷惑を掛けたくない、そう考えるように成った原因は分かりません」
旅の3人の中で俺が誰よりも心配なのはセレスじゃない。
彼女は心が弱い、だけど人々の為に戦いたいと思う、その心は本物だ。
愛情に飢えていたからこそ、セレスは愛の意味を知ろうとする。
一人の辛さを知っているからこそ、仲間の事を何よりも思っている。
たとえ一歩置かれていたとしても、大切にされていたと知っているから、誰よりも人を大切にする。
誰にも頼ろうとしない馬鹿をずっと見て来たから、必要とされたい気持ちを秘めている。
源が誇りなら、捨てる事が出来る。
源が執念なら、諦める事が出来る。
ガンセキはゼドに深く頭を下げる。
「力を貸して下さい・・・俺ではグレンに信念を、捨てさせることが出来ません」
グレンの信念は呪縛なんだ。
捨てる事も出来なければ、諦める事も許されない。
俺には真実が分からない。だけどグレンの信念は、過去に犯した過ちが源に成っている。
過去に罪を犯したグレンは、信念という罰を背負いながら生きて逝くしかない。
ガンセキはゼドに助けを求める。
「このままだとグレンはいつか」
自分の信念に殺される。
ゼドは口を開く。
「信念を死ぬまで貫き通す人は凄いだす。でも貫き通せない人の方が、人間らしくて自分は好きだす」
グレンには当たり前の欲望が欠落しているんだ。
ゼドは背筋を伸ばすと、目前に立つガンセキを眼光の鋭い眼差しで突き刺す。
「旅の責任者は誰だ、そもそも責任とは何だ、背負う事だすか?」
ガンセキは顔を上げ、ゼドを視界に映す。
「責任とは、1人で背負うことだすか?」
この人はゼドさんだ・・・どんな姿になっても、やはりゼドさんなんだ。
「責任者は仲間の責任を、その一心で背負う事だけだすか?」
ゼドは続ける。
「責任者の使命は、それ以外にも在るだろ。重くて背負い切れない荷物を、後ろから支えるのが責任者であり、仲間の使命だす」
ゼドはガンセキに注意をする。
「ガンセキ・・・お前の信念も、呪縛から来るものじゃないだすか?」
自分の信念を捨てるつもりがないのに、グレンにだけ信念を捨てさせようとするなんて、そんな都合の良い話はない。
ゼドは肩を丸めると疲れた風に。
「自分に頼るのは良くないだす。自分はグレン殿のことを知らないだすから」
この人に頼んで良かった・・・背負うだけでなく支える。当たり前の事なのに、それに気付かないなんて、俺も修行がまだまだ足りないな。
俺は責任者だけど、それ以前にグレンの・・・3人の仲間なんだ。
ガンセキはゼドに笑顔を向けると、最初から気に成っていた事を尋ねる。
「ところで何ですか、だすって?」
ゼドは不機嫌な顔になる。
「自分は昔からこの喋り方だす」
・・
・・
・・
・・
グレンは2人を連れて軍所を後にする。
大通りは人込みが増えだしたから別の道を通る。
俺が一番後ろ、アクアが先頭を歩きセレスが真ん中を行く。
セレスは覇気が無い、アクアと喧嘩した時以上に沈んでいる。
ここでセレスに手を差し伸べては駄目なんだ、セレスが頼るべきなのは俺じゃない。
ただでさえ俺と言う存在が、セレスに取って逃げ道になっている。
その時だった、アクアは後ろを振り向かず、セレスに優しく話しかける。
「ボクはセレスちゃんの決断・・・正しいと思うな」
俯いていたセレスは顔を上げると、アクアの後姿を見詰める。
「だって刻亀は人々を苦しめているんだよ、だから皆はボクたちの・・・同志になってくれるんだ」
その言葉のあと、二人は黙ったまま時が流れる。
時計台の鐘が鳴る、夜が来るよと鐘が鳴る。
優しい夕焼けが2人を包み込む。
「うん・・・あり・・がと」
声を殺して君は泣く、涙を隠して友と泣く。
グレンはその情景を黙って見詰めていた。
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今まで誰かと本気で喧嘩した事あったかな。
アクアとは口論に良くなるけど、後を引くほど俺達は仲良くない。
おっちゃんは年が離れ過ぎてるから、俺が喧嘩を引っ掛けても軽く流される。
婆さんとは幼稚な口論は良くしたが、その場限りで収まっていた。
ガンセキさんは旅に出るまで会話をした事が殆どない。
喧嘩か・・・した事なくて当然だ。
友達がいなければ喧嘩する相手もいない、俺には友達がいないからな。
いや、そう言えば一人いたな・・・俺と年が離れている癖に、いつも口喧嘩ばかりでよ。
奴だけが幼い頃の記憶に残る、俺のたった一人の喧嘩相手だった。
俺より口が悪い奴が1人いたんだよ。
当時の俺は餓鬼だったから、どうしても奴には口で勝てなかった。
おっちゃんは口が悪いわけじゃない、照れ隠しで言葉遣いが荒いだけだ。
だけど奴は違う、言ってる内容は何時も滅茶苦茶なんだけど、ここぞと言う時に真っ当な事を言うから勝てないんだよ。
普段は軽い口喧嘩で済むんだけどさ・・・たまに俺が悔しくて大泣きすると、奴はあの人に怒られて。
あの人は奴に対して俺に謝れって叱るんだけど、逆に拗ねていじけるんだよ。
餓鬼だった俺が奴に対抗するには、大泣きして家で最強だったあの人の力を借りる他に手段は無かった。
奴は餓鬼みたいな大人だったのか・・・それとも友だちを作れない俺の為に、餓鬼を演じてたのか。
あの家が、俺に取って唯一の居場所だった。
産まれる筈のない時期に産まれた炎使い・・・確かに不吉で不気味だよ。
俺は村人に虐げられた事は一度も無い、ただ普通の子供とは見られていなかった。
子供心に自分が周りとは違い普通でないと気付いてから、俺は家から外に出るのが恐くなった。
それでも俺は幸せだった。
全身から黒い靄が現れる、その時までは。
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今思うと彼は、俺の友達だったのかも知れない。
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昔の事を思い出していると、目の前を歩いていたセレスが俺の手を握って来た。
グレンはセレスの方を向くと、顔を顰めながら。
「なんだよ・・・気持ち悪いな」
セレスはグレンの手を、より一層に強く握り締める。
彼女の瞳は既に、涙は消えていた。
こいつは俺の事を本気で心配している時は、絶対に涙を流さない・・・昔からそうなんだ。
グレンは素っ気なく言い放つ。
「痛たいから離せ」
セレスは首を何度も左右に振る。
「グレンちゃん・・・悲しそう」
止めてくれ、そんな目で俺を見るな、どいつもこいつも俺をこの目で見る。
魔物である魔犬すら・・・俺にこの目を向ける。
俺を哀れむな、同情するな。
お前にだけは心配されたくない、セレスにだけはこれ以上恩を受けたくない。
グレンはセレスの手を振り払うと、そのまま自分の手首を握り締め、歩く速度を速める。
アクアは自分を追い越して離れて行ったグレンの背中を、悲しそうな瞳で見詰めると。
小さな声で。
「君は人の優しさから・・・逃げている」
4章:源は、誇りか呪縛か執念か 終わり