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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
4章 源は、誇りか呪縛か執念か
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八話 軍所に行きたい

グレンはゲイルと別れ、武具屋の前で2人を待っていた。


剣豪・・・下手すると魔族より厄介だ。


魔族は敵だけど剣豪は人間なんだ、恐らく魔力すら持ってない人間の可能性が高い。


この世界は魔法の優劣が人間の優劣ではない、事実魔法とは別の方法で魔力すら持たない人間が高い地位や名声を得ている訳だし。


だけどよ・・・力の優劣はやはり魔法なんだよ。


正確に言うと、並位魔法は剣術・体術・弓術・槍術等と組み合わせて使うから、その分の差は出てくる。


でも高位魔法は単体として大きな力を持つ。当たり前だけど体術や剣術と組み合わせる事も出来る。



剣豪はその世界のルールを無視している、奴等には何かしらの高位魔法に対抗できる手段があるんだ。


そんな化け物が正体を隠して味方の中に紛れ込んでいる・・・そんな奴に狙われて見ろ、怖くて夜も眠れない。


何故か分からないけど剣豪ってのはこの世界には居場所が無く、強者との戦いの中でしか存在の意味を見出せない。


せめて見分けが付けば良いんだけど。




それ以前にあの男は何者だ?


勘だけど・・・俺が勇者候補だと知っている可能性が高い。


商売人で武具屋の店主である事に間違いはない。だけどそれ以外にも何かを隠している。


俺があの男と始めて口を交わした時に感じた、得体の知れない違和感の正体が分かった。


表として接していた時の店主は感情が表面だけなんだ、裏の奴は感情が欠落している。



ゲイルさんの武具に対する悲しみだけは・・・何となく俺でも分かった。



彼が武具を尊敬し、何よりも愛している事だけは表も裏も変わらない。



果たして彼が身に付けている感情を読み取る力は、商売の中だけで培われた力なのか。


もしあの男が商売人でも武具屋でもなく・・・属性使い、または剣士だとしたら。そう思うだけで体が震えそうだ。


彼が放った言葉。


『名乗った』


名前ではなく、名乗る・・・もしかして偽名を使っているのではないか?



確かに俺がゲイルと名乗る男に接触し、得る事が出来た情報は多かった。


だけどそれ以上に俺から多くの情報を、あの男は得た筈だ。


気付いていないだけで俺が放った少ない情報の中から、グレンと言う人物の奥深くまでを見極める事が、あの男なら可能かも知れない。



この事をガンセキさんにだけは伝えるか如何か。


少なくとも・・・レンガを出るまでは俺の中だけに留めて置くか。



俺の軽率な行動が、予想だにしない事態を引き起こす可能性があると知りながら、俺はあの男に接触した。


それでも俺は、あの男と話す事が出来て良かった。


もし俺がゲイルさんと接触しなかったら、後に俺は自責の念に囚われる気がした・・・それは剣豪の事だったのか?


何か違う気がする、確かに剣豪の情報は重要だけど俺の感じた自責の念は、情報とは関係ないんだ。




今ではない何時か、ゲイルと名乗っていた人物に容易に接触をした所為で、俺は仲間に迷惑を掛ける事に成るかも知れない。



喩え誰に迷惑を掛けようと、俺はあの男から絶対に逃げては成らない・・・そんな責任が在る気がするんだ。


その時、俺が仲間に掛ける事に成る迷惑は、果たして必要な迷惑なのか、それとも不要な迷惑なのか。


誰にも迷惑を掛けたくないと言っている俺は・・・何故此処まで矛盾している存在なんだ?


・・

・・

数分後

・・

・・


セレスとアクアが武具屋の前に戻って来た。


「言われてなかったら、俺は5分前にお前等を置いて行く積もりだ、ガンセキさんに感謝しろよ」


俺の常識にアクアが反論する。


「駄目じゃないかグレン君。そこは今来た所だ、気にしなくて良い・・・が正解だよ」


言っている意味が分からない・・・アクアは随分と機嫌が良さそうだ、その分俺の機嫌が悪くなる。


「アクアさんよ、時間を守るのは当然の事だろ、遅れた方が悪いに決まっている、約束の時間に遅れたら一言謝るのが常識なのは当然の事じゃないのか?」


俺の正論に言い返す言葉も無いようで、アクアは苦笑いを浮かべている。



何時の間にか気持ち悪い表情に戻っているセレスが、笑顔を撒き散らしながら言葉を発する。


「グレンちゃん、もう12時回ってるよ~ わたしお腹ペコペコだよ~」


何なんだ一体・・・さっきまで大人しかった癖に。


「お前時計が読めたんだな。あ、そうか・・・確か飯の時間だけは読めるんだったな」


俺の言葉にアクアが怒り出す。


「グレン君は反省してないんだね、学習しないグレン君の方がセレスちゃんよりずっと馬鹿だ!!」


俺が珍しく気を使って仲直りさせる方法を必死に考えていたのに、ガンセキさんの言う通り勝手に仲直りしやがった。俺の苦労を返しやがれ。


そもそも今の言葉・・・お前だってセレスを馬鹿だと言ってるじゃないか、また喧嘩に成っても俺は知らないからな、今度は俺は無関係だ。




だけど、セレスは笑顔を崩さない。


セレスは馬鹿だから気付かないようだな。アクアよ、セレスの頭の悪さに礼を言うんだな。


「ねえグレンちゃん、ご飯は行かないの~ にへへ~」


無駄に笑顔を撒き散らすな、空気が汚れるだろ。


「時計台に行く積もりだったけどよ、時間が予定より遅いから食事所に行くとなると時計台には行かないぞ」


アクアが不満を訴える。


「ご飯食べに行った後でも良いじゃないか、ボク時計台に行きたいよ」


そう言えばレンガに到着する前、アクアは時計台に興味が有るようだったな。


「食事所に寄っていたら14時に間に合わなくなる、時間に遅れるなんて初対面の人間に対して失礼だからな」


セレスは笑顔をそのままに。


「それじゃあ・・・時計台に行こ」


何言ってんだコイツ、さっきまでメシメシ煩かったくせに。


「じゃあ飯は如何すんだ? 食わないなら食わないで俺は一向に構わんけどよ、食い意地の強いお前は我慢できるのか?」


少し機嫌を悪くした様子で。


「グレンちゃんが前に言ってた歩きながら食べるご飯にも、わたし凄く興味しんしんだもん」


アクアはセレスの申し出に戸惑いながら。


「セレスちゃん・・・本当に良いの?」


優しい笑みを浮かべると、まるでアクアの姉の様に。


「アクアは私より年下なんだから気を使っちゃ駄目、もっと我侭言わないと」


俺は耳を疑った・・・誰だこの生物は?


「このセレスの皮を被った偽者め、お前は何者だ・・・俺はお前の存在を認めないぞ」


俺の放った言葉に2人は顔を合わせると、何故か知らないが大笑いを始める。


「凄いよセレスちゃん!! ボクは感動した!!!」


セレスは両腕を腰に当てると胸を張り。


「えっへん、わたしはグレンちゃん博士で~す」



ムカつく・・・何だこの展開は、訳が分からん・・・だけど物凄くムカつく。


グレンは逃げるようにその場を歩き出す。


「博士!! グレン君が逃げました!!」


「助手、グレンちゃんを追跡しましょう」


「はいっ!! 博士」


手を繋ぎながら俺を追いかけてくる。


「付いて来るな!! 訳が分からん事を言いやがって、ちくしょう」


手をブンブンと振り回しながら、2人は俺の後を付いて来る。



まあ、原因を造った俺としては・・・仲直りしてくれて良かった。


・・

・・


・・

・・


目の前に塔が聳え立つ。


塔の顔の部分には歴史を刻む機械。


レンガ黎明期、その技術力を周囲に示す為に10年の歳月を掛けて造られた。


武具や防具と同じように、それ以上に多くの人の想いがこの時計台には詰っている。



時計台は平坦なユカ平原に置いて、小高い丘の頂上に立っている。


この時計台の近辺には川が流れており、万が一にも洪水に成る恐れがある。


この塔を建てる前に大掛かりの作業を行った・・・土台を造る前に、レンガの人たちは人口の丘を造ったんだ。



今は水の量を調節する施設がレンガから少し離れた場所に建造されていて、洪水が起こる事はかなり少なくなっているが。


水門とか言ったかな? とりあえず洪水を防ぐ為の工夫はされているらしい。


・・

・・


俺は2度目だが、2人は始めてな訳だから心此処に在らずと言った風に空を仰いでいる。


まあ・・・何度見ても凄い物は凄いんだけど。


俺的にはセレスの顔の方が面白い。


「お前口が開いてるぞ、奇声を上げるのは良いけどよ、そのまま帰って来れなく成るぞ」


だけどセレスは俺の声を聞いても反応せず、黙って空を見上げていた。


「ふえ~ 大きいな~ 目の前に迫ってくるの~」


迫って来るのはお前の幻覚だ、夢鳥にでも呪われたんじゃないのか?



黙って時計台を見上げていたアクアが俺に話し掛けて来る。


「グレン君・・・ボクは君にお願いがあるんだ」


俺からもお前に願い事がある、どうか俺にお願いをしないで下さい。


「他ならぬアクアさんの頼みだ、10秒以内になら出来る事だけ叶えてやる」


アクアは思いも寄らぬグレンの発言に目を輝かす。


「ボクに土下座なんてどうだい?」


「お前に土下座するくらいなら、家畜の糞に土下座した方が俺は幸せだ」


彼になら俺は喜んで頭を下げよう。


「何時もありがとう相棒って、ボクに日頃のお礼を言うべきだ」


「俺の相棒は家畜の糞だけだ、彼と昔そう誓い合った・・・義兄弟の誓いだ」


あの美しい、鮮やかな情景を俺は忘れない。


「ボクを王都に連れてってよ」


「共に王都へ向かい、天下に号令を下すのは兄者のみ」


その為なら、俺は如何なる道も歩もう。


「ボクを時計台に登らせて」


「だから言ってるだろ、俺が共に頂を目指すのは兄者のみ!! 我等の絆は覇王でさえも揺るがす事は不可能だ!!」


ムキになったアクアが最後の頼みを叫ぶ。


「家畜の糞に土下座して!!」


「俺は残念でならない、兄者の行く末を望みたかったが、どうやら・・・時間切れのようだ」


だが俺が居なくても、兄者ならきっと天下を取ってくれる。


・・

・・


アクアは顔を真っ赤にして怒り出す。


「グレン君の嘘つき!! 約束は護らないと駄目だよ!!」


誰が嘘つきだ、俺は思った事しか言えない正直者だ。


「お前は俺に出来ない事しか言わなかっただろ」


尤も何を言われても拒否したけど。



セレスは俺の方を見ると涙を浮かべながら。


「グ~ちゃんウンチと兄弟なの・・・ううっ・・それでも私は見捨てないよ、安心して」


「因みに俺は弟だ、兄者を侮辱するのなら誰を敵に回そうと容赦はしない」


セレスは少し戸惑いながらも。


「う、うん・・・お兄さんに認めて貰えるように、わたし頑張るの!!」




グレンは時刻を見る為に天を見つめる。


近すぎて見にくい・・・武具屋から時計台までに20分、時計台を見ながら馬鹿な話をして15分。


塔の頭には東西南北に時計が設置されている、今の時刻は12時55分かな?


「おら、もう良いだろ、飯食い行くぞ」


俺の言葉にアクアがモジモジしながら我侭を漏らす。


「もう少し見てたいよ、ボクまだ時計台に登ってない」


あれ? そう言えばアクア・・・こんな我侭、今まで言った事あったけ?


「そんなに登りたいならいい方法を教えてやる、時計台の入り口に立っている兵士に攻撃を仕掛けろ、そしたら犯罪者と言う得点付きで登れるぞ」


さすが俺、素晴らしい明案だ。


アクアは満足していないようだけど、無理な我侭を言うコイツが悪い。


セレスはアクアのもとに近付くと、手を握りそのまま声を掛ける。


「アクア、向こう行こ~」


そう言うと一方を指差す。


アクアは不思議そうな表情で、セレスの顔を除き込む。


「どこ行くのかな?」


セレスは何時もの笑顔を撒き散らせながら。


「にへへ~ 良いとこ~」


そう言うと、セレスはアクアを連れて小走りで走り出す。



あの2人は俺の話を全く聞かずに、どこかに行きやがった。


ムカつくのでセレスの頭を叩く為に後を追う。


・・

・・


セレスが向かっていた先を見て納得した、時計台は小高い丘に立っている。


そりゃあ時計台の上から見た景色には勝てないだろう。


レンガを一望とまでは行かない、でもそれはそれで味のある景色だった。


高い所から下を見渡せば生活臭が失われていくが、この場所から見る事で生活の営みと景色の両方を味わえる。


セレスはアクアの手を優しく握ると、アクアの方を向く。


「にへへ~ どうかな?」


アクアはセレスに精一杯の笑顔を返すと、再び景色を眺めながら。


「うん!! ボクは感無量だ!!」


親友なんてのは一生に1人できるかどうかだ・・・無闇に使って良い言葉なのだろうか?


果たしてこの2人は親友と呼べるのか。


違うな・・・親友と気付くのは・・・歳を取って思い返した時に始めて知るんだ。


彼は彼女は、俺の私の親友だったのかも知れないと。


親友の基準も曖昧な者だ、それを決めるのも人それぞれ。


グレンはその光景を何処か遠い目をしながら眺めていたが、気分を切り替え言葉を掛ける。


「もう1時だ、これ以上時間が過ぎるようなら飯は抜きにするからな」


渋々2人は時計台を後にする。


・・

・・


本当はもっと近い道があるんだけど、今回は観光だから川を通る道で行こう。


「グレンちゃんは何でそんなに道に詳しいの?」


そう言ったセレスの顔が次第に怒りに染まっていく。


「もしかしてグレンちゃん・・・私達が一生懸命修行している間に隠れて遊んでたんだ!! グレンちゃんの馬鹿!!」」


この馬鹿は根拠も無い癖に、良く俺に向かってそこまで言えるもんだ。


「俺がどんだけ苦労して情報を集めていると思っているんだ、俺は国立書庫だけじゃなくてレンガに在る一般の書屋に置いてある資料も調べてんだよ」


俺は国立書庫の手形を持っているから、関係しそうな資料を店主の許可次第だけど無料で見せて貰える。


書屋ってのは売っている店ではなく、置いてある店だ・・・読書のスペースがあり、安い値段で幾らでも好きな本を見せて貰える。


本屋が本を売っている店だ。


国立書庫の書官さんに情報を聞いて、そうそう手に入らない貴重な本や書物を置いてある店を歩き回ったりしている。


確かに国立書庫には様々な書物が大量に在るが、この世界全ての情報が詰っている訳じゃない。


小さな書屋に置いてある情報を侮ってはいけない、店主が時間を掛けて集めた本にはその苦労に応じた情報が詰っている・・・書官さんの言葉だ。


「違うよセレスちゃん、グレン君に遊び方なんて分かる訳ないじゃないか」


悪かったな、どうせ知らねえよ。


グレンは何時もの正論を言う。


「大体金を遊びに使うくらいなら俺は溜める、いざと言うとき金がなくて困るのは御免だ」


俺の発言に対し、アクアがまた新しい言葉を創りだす。


「ほらセレスちゃん出たよ、グレン君の偽正論」


セレスはアクアの言葉を聞くと納得する。


「そうだよね、わたしのグレンちゃんに限ってそんな事しないよね・・・にへへ~」


ムカツク、何なんだこの銀髪頭は。


決めた。川に突き落とそう、折角だから一緒にアクアも。


「どうしたのグレン君、凄く楽しそうだけど」


お前は俺の数少ない楽しい時間に割り込んでくるんじゃねえ。


「アクアさんが水を滴らせる姿が素敵だと思ってな、想像していた」


顔をしかめながらアクアが吐く。


「う゛ぇー グレン君気持ち悪い・・・本当にグレン君は気持ち悪い」


この野郎、2回も言いやがった。


「俺は本気だアクアさん・・・お前は水も滴る良い男だ。俺は心からそう思っている、誰に何と言われようと絶対に良い男だ」


これが俺のアクアへの想いだ。


「2回も言った!! グレン君は屑だ、女の子に言っちゃ駄目だよ!!」


自分のことを棚に上げやがって、お前なんて川に落ちればいいんだ。


・・

・・

・・


大通りに辿り着くと、セレスの一声から始まる。


「うへ~ 広いね~ 大きなお橋だ~」


橋におを付けるな、うへは無いだろ。


「お前、毎日通ってるだろ」


修行場に向かうには大通りからじゃないと遠回りの筈だ。


「だって漕ぎ車に乗ってひとっ飛びだも~ん」


セレスの発言にアクアが敏感になる。


「駄目だよセレスちゃん! グレン君にそんなこと言ったら、また偽正論が放たれるから!!」


「俺はまだ何も言ってない」


アクアが俺の口調を真似して馬鹿にする。


「そんな無駄な金を払うくらいなら・・・俺は歩いた方がましだ」


ガンセキさんがそう決めたのなら、俺だって文句は言わないぞ。



アクアに口で勝てないと判断した時は、今後そのまま逃げることに俺は決めた。


グレンの敗走を見届けたアクアは主君に報告をする。


「セレスちゃん、ボクは勝ったよ!! ボクがセレスちゃんを護ったんだ!!」


主君は忠実な部下に褒美の言葉を。


「にへへ~ ありがと~」


仲直りしたらしたで、ウザイことこの上ない・・・もう宿に帰りたい、俺の味方はガンセキさんだけだ。


・・

・・


グレンは早足で歩き、大橋の中央付近まで到着したところで足を一度止める。


2人は俺が何時も飯を食う外店が橋の先に在ると知っている、だから急がず焦らず来ているようだ。


正直少しは急いで貰いたい、あの馬鹿共は時間がそんなに残ってない事を気付いてないのか?



俺には大橋を通る時の日課がある。


グレンは視線を老人に向ける。


この爺さんは相変わらずだな、余程釣りと呼ばれる魚の捕獲方法が好きなのか、それとも魚が好きなのか。


老人は川に何時ものように糸を垂らしながら、身動き一つ取らない。


余生を釣りしながら堪能する、こんな世界では中々味わう事の出来ない幸せだよな。


この爺さんだって今までの人生で相応の苦労をして来た筈だ、それでもこうやって毎日を釣りして過ごせる。



・・・俺も何時かこの爺さん見たいに・・・すこし憧れるな。



老人は川を見詰めながら咳払いを一つ。


「お前さん・・・釣りに興味あるのか?」


爺さんが突然話し掛けて来て驚いた、気付かれないように静かに見てたんだけど。


グレンは当たり障りのない答えを返す。


「見た事のない手法だから興味は有りますね」


爺さんは暫し黙り込むと。


「今日は釣れん・・・おりゃー飽きたは、こう言う時は帰るに限る」


そうか、この爺さんを見ているのは心が落ち着くんだけど、帰るんじゃ仕方ない。


爺さんは意外な程に素早い動きで荷物を揃えながら、一分も経たない内に片づけを終らせるとグレンに一つ質問を。


「そうそう・・・お前さん魚は好きかい」


なんだよ、えらく急な話だな。


「美味いですけど、生き物として好きかと言われると・・・そうでもないですね」


そう言うと爺さんは俺に振り返る事も無く、一言を残しながら去っていく。


「きっと魚も・・・お前の事を好きではないなー・・・魚は食っても、食われるのは好きじゃないと思ってらー」


変な爺さんだな、今度は爺さん歩きながら唄いだした。


「さかなは~ 食っても~ 食われるな~ だらけだらけの世の中なんか~ 嫌いだ~」


ますます変な爺さんだ、結局俺の顔を一度も見なかった。



謎の爺さんは俺が来た方向へ帰って行った。


立ち話をしていたから、セレスとアクアに追いつかれそうだ。


外店は並ぶ必要があるから、さっさと行かないと待ち合わせの時間に遅刻する。


グレンは速度を上げて歩き始める。


・・

・・


鉄板の上で踊る野菜、後から加えられた肉、手ごろな値段は当然として歩きながら食べられる手軽さ。


味も不味くないと思う・・・寧ろこの値段でこれだけの食い物は素敵だ。


グレンは慣れた手付きで店主から3つ受け取る、金の方は既に払ってある。


これで何日連続になるんだ?


正直言うとレンガに来てから食事所は一度も行っていない。だってよ・・・これで充分だろ。



グレンは両腕に薄パン肉野菜包みを持ち、2人を目で探す。


途中で立ち止まって橋の上から川の中を覗き込んだり、歩きながら話しに華を咲かせたり。


時間がないってことを完全に忘れてやがる。



苛立ちを隠すこともせず、グレンは近付いて来たセレスとアクアに苦情を。


「俺は遅刻だけは御免だからな、いざとなったら本気で置いていくぞ」


初対面の相手には第一印象が大切なはず・・・遅刻なんて論外だ。


「グレン君、ボク達は観光しているんだよ、楽しむ事が重要なんじゃないかな?」


目的とついでを履き違えんじゃねえよ。


「ゼドさんとやらに顔を見せるのが目的で、観光はついでだ」



俺が真剣な話をしているのに、セレスが考えなしに馬鹿丸出しの発言をする。


「グレンちゃんグレンちゃん、それよりご飯をたべよ~」


ムカつくが時間がない、セレスの言葉に賛同するなんて嫌で堪らないが仕方ない。


「歩きながら食うからな・・・行儀が悪いとか言ったら問答無用で頭を叩く」


セレスが文句を言う。


「歩きながら食べたら駄目ってオババが言ってたもん」


俺はセレスの頭を叩くとそのまま歩き出す。


アクアが騒がしくなる。


「そうやって直ぐに暴力で訴えちゃ駄目だよ!! 女の子叩いたらきっと何時か痛い目に遭うんだ!!」


何時までも急ごうとしなかった2人が悪い。


それと安心しろ、セレスに痛い目に遭わされた経験は恨むほど記憶に残っている。


思い出したらムカついてきた・・・もう一度戻って殴り直すか、積年の恨みを晴らすんだ。


まあ、時間がないからまた今度にしよう。



それによ、お前らは知らないんだ・・・このレンガには犬魔よりも恐ろしい、犬と呼ばれる獣が生息している。


あいつ等に目を付けられたら最後、2度と立ち止まって食べようなんて気は起こさなくなる。


・・

・・

・・


時刻は13時50分


何とか間に合った・・・大通りだけの一本道だから、2人も迷うことは無いと思うけど。


食べ物を包んでいた木の皮? は全ての外店の横に備え付けられているゴミ箱に捨てる事が出来るので、食べ終わると同時に捨てた。


俺だけが急いでいたから2人はまだ到着していない、間に合わないようなら俺は先に軍所に入る。


何事も5分前行動が基本だから、13時55分調度に俺は軍所に踏み入れるからな。



速く55分になれとグレンは祈っていた・・・納得できねえ、何故俺がアクアとセレスなんぞを待たないといけないんだ。


だが残念ながら、2人は予定の1分前にグレンの居る場所に辿り着いてしまった。



アクアは物凄く嬉しそうな満面の笑顔をグレンに向ける。


「グレン君、どうしたのさ? そんなに悔しそうな顔して」


グレンはぎこちない笑顔と共に言葉を返す。


「アクアさんこそ何時からそんな嫌味な顔を造れるようになったんだ?」



・・・と、こんな事を続けてたら本当に遅刻しちまう。


グレンは向きを返して歩きだそうとした。そのときにセレスの異変に気付く。


「予想は付くけど言ってみ、心の底から馬鹿にしてやるから」


恐らく飯を落としたんだろう。


アクアがセレスを庇うように言い訳を。


「別にセレスちゃんは悪くないよ!! 悪いのは犬だ!!!」



グレンは暫し沈黙する。


「気にするなセレス。飯なんて晩飯を食えば良いんだ」


その有り得ない発言に目を丸くすると、アクアが口を開く。


「もしかしてさ・・・グレン君」


それ以上の言葉をグレンが遮る。


「煩い、黙れ。この俺がそんな馬鹿みたいな失敗をするか」


グレンは必死に話を逸らすと、軍所の入り口に立っていた兵士に話し掛ける。




兵士に連れられて3人は軍所の中に足を踏み入れた。




4章:八話 おわり

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