二話 大声で笑いたい
俺が宿に到着し、カウンターに座っていた宿主に何時も通りの簡単な会釈をする。
宿主は俺の顔を見ると軽く頭を動かし、何時も通りに素っ気なく返す。
そのままカウンターを通り抜け、階段を上ろうとする。
ふと浴室の方を見る。
浴室の扉から少し離れた所に風呂場の管理室があり、管理人さんが窓越しに座っている。
その窓から宿泊客は管理人さんに金を渡し、管理人さんは管理室内に有る装置に魔力を注ぐ。
シャワーに付いて気になって話を聞いた・・・風呂に入らない癖に聞くのは気が引けるが、知りたかったから恥を承知で話し掛けた。
管理室内の装置は浴室まで繋がっており、魔力を注げばお湯が出る仕組みに成っている。
以上の事から分かるように、シャワーと言う生活玉具はかなり大きい装置で2名で動かすらしい、故障した場合は技術者を呼ぶ必要があり金が掛かる。
宝玉武具・防具を造り出す職人も凄いが、生活玉具を造る人達もそれと同等に凄い。
レンガで生活玉具を製造している場所は多くないが、修理専門の技術者は居るらしい。
生活玉具と宝玉武・防具は全く別物で、技術も全然異なるとの事だ。
浴室男風呂の扉を見ると誰か使用しているようで、使用中と言う文字が扉から吊るさっている。
そろそろ傷も完治とは言えないが、入浴しても良さそうだからシャワーと言う物を体験したかったんだけどな。
確かもう時間は9時を過ぎる頃だと思った・・・今日は無理か。
・・
・・
2階の廊下、左側の突き当たりに存在している扉の鍵を開ける。
そのまま躊躇なく部屋の中に進入した。
「グレン君、女の子の部屋に入る時はノックくらいするのが常識だよ」
「俺の常識では自分の部屋に入るのにノックは必要ない」
グレンの屁理屈が爆発する。
「にへへ~ グレンちゃんお帰りなさ~い」
「ただいま、相変わらず気持ち悪いが素敵で可憐な笑顔だな」
グレンの口の悪さが何時もと少し違う。
「ふへ? わたし馬鹿にされたのかな?」
「そんな訳あるか、俺は素敵な笑顔と言ったんだぞ」
「きゃーどうしよ、グレンちゃんに素敵な笑顔って言われちゃった~」
アクアはセレスに勘違いだと説明に入る。
「違うよ!! グレン君は素敵って言う前に気持ち悪いって言ってたもん」
セレスは首を傾けながら。
「ふえ? そうなのグレンちゃん?」
「確かに言ったが、素敵とも言ったぞ」
アクアはグレンが何時もとは一味違う事に気付いたようだ。
「セレスちゃん、騙されちゃ駄目だよ!! だってグレン君、さっきから口元が笑ってるもん」
グレンはアクアに言い返す。
「アクアさんが言ったんだぞ、俺の言葉にはトゲがあるから優しい言葉使いにすれば喧嘩に成らないって」
「確かに言ったけどさ・・・トゲが消えてないじゃないか!!」
それはそうだが・・・残念ながら俺にはトゲを消す事は不可能なんだ。
「お前の言う通り、俺の口の悪さは病気なんだ、直そうと思っても簡単に直せる物じゃない」
これならどうだ、アクア・・・お前が俺に今まで言って来た数々の酷い発言を参考に、俺が考え出した対アクア専用の言葉使いだ。
「ほらセレスを見てみろ、確かに馬鹿にはしたが喧嘩には成らないだろ」
アクアはセレスの方を見る。
「にへへ~ わたしは素敵な笑顔のセレスで~す」
完全に気持ち悪いと言った事を忘れている。
「セレスちゃん駄目だよ!! グレン君なんかに騙されちゃ!!」
もう一度仕掛けてみる。
「セレス、お前の魅力はその気持ち悪さの中に存在する、馬鹿丸出しのアホ面だ」
しまった・・・調子に乗って悪口しか言ってない。
「やだ~ グレンちゃんったら、私の魅力だなんて~」
どうやらセレスの頭の悪さは俺の想像を凌駕しているようだ。
「セレスちゃん、グレン君の詐欺言葉に騙されちゃ駄目だよ!! さっきのグレン君は悪口しか言ってないよ!!」
こいつは俺の華麗なる対アクア専用言葉を、詐欺などと言う言葉で愚弄するとは。
成らば致し方ない、俺の最終奥義・・・グレンスペシャルで決着を付けてやろう。
「アクアさんも暫く見ない内に、中々女性らしい男に成ったな」
「ボクはそんな手には引っ掛からないよ!!」
お前は今興奮状態で、まともに思考が働いていない・・・俺はそこを突く。
いくぞ、アクア・・・今、必殺の・・・グレンは一度口を閉じる。
次に口が開かれた瞬間・・・グレンは最終奥義、悪魔の囁きを唱えた。
「すまんアクアさん・・・俺はお前をセレスと同類だと思っていた」
さあ、引っ掛かれアクア。
「ボクをセレスちゃんと一緒にしないでよ!!」
そのアクアの言葉の後、暫くの沈黙が流れた。
俺の・・・勝ちだ。
アクアは自分の言った事の重大さに気付き、セレスの方を向く。
セレスはその瞳に涙を溜めて。
「アクア・・・わたしの事、馬鹿って思ってたの・・・」
セレスにとってアクアは絶対の味方だ・・・そのアクアが先程の一言を吐いてしまったんだ。
喩え俺の悪魔の囁きに乗せられたとしても、アクアは心の何処かでセレスの事を馬鹿だと思っていた証拠だ。
俺はガンセキさんに馬鹿にされた時、本気で動揺した・・・この旅の4人の中で、俺の味方はガンセキさんだけだからな。
アクアはセレスの下に駆け寄る。
「セレスちゃん、今のはグレン君の策略に嵌っただけで・・・」
「・・・ううっ、わたし・・・」
そう言うとセレスは部屋から飛び出して行く。
「あっ!! 待ってよセレスちゃん!!」
アクアもセレスの出て行った扉まで走り、一度立ち止まるとグレンに向かって叫ぶ。
「グレン君の馬鹿!!」
そう言うと扉を勢い良く閉めて、セレスを追いかける。
アクアの瞳は薄く濡れていた。
そんなに勢い良く閉めたら・・・扉が壊れるだろう。
まさか此処までの事態に成るとは思いもしなかった。
・・
・・
数分後
・・
・・
ガンセキさんが外から戻ってくると、俺から事のあらすじを聞く。一度部屋を出てセレスとアクアを探しに行く。
俺も探しに行こうとしたが、ガンセキさんに止められた。
予想より速くガンセキさんは部屋に戻って来た。
どうやら外には出ず、セレスは風呂場に篭っているらしい。
宿の人にも迷惑を掛けてしまった。
ガンセキさんは溜息を一つ吐くと。
「全く・・・お前の口の悪さに策を混ぜるとは」
「面目ないです」
グレンは肩を落とし俯いている。
「とりあえずセレスの事はアクアに任せて来た」
続いてガンセキはグレンに注意する、既にグレンは反省しているが。
「お前は口が悪い・・・その事は良いんだ、多分遺伝だろ」
グレンは遺伝と言う言葉を聞いた瞬間、黙り込み視線を落とす。
「問題はお前がアクアを言い負かす為に、策を練った事だな」
最近アクアに口で勝てないから、少し勝つ方法を考えて見た。
予想以上の効き目が出てしまい、あのような事態を引き起こしてしまった。
「俺もお前も策士としては未熟だ、だが策士としての心得だけはお前も分かっているだろ」
昔おっちゃんに渡されて、これだけは絶対に読めと言われた書物があった。
グレンは懐から一冊の汚い本を取り出す。
それはボロボロで所々破れて字が滲んでいた、この汚れは俺だけで付けた物ではない、渡された時から既に汚かった。
その本の題名は・・・【策士の使命】
ガンセキがグレンの取り出した本を見ると、一つの話を始める。
「源本は数千年前、著者は今も不明だ」
確かに作者は俺も知らない。
「お前がギゼルさんから渡されたのは、源本を忠実に写した物だ・・・俺も同じ本を持っている」
有名な本とまでは行かないが、策士を志す人間になら大体は知っている本だ。
「策士の使命、その書物の内容が正しいとは言い切れない、だが著者はそれを実行して来たのだろう」
この本に書いてある内容は癖が強い、作者の考え方が間違いとは思わないが・・・反対する人も多いだろう。
此処まで話したガンセキが、次は歴史の話をする。
「お前はオルクと言う策士を知っているか?」
俺が首を横に振ると、ガンセキさんに笑われた、やはり有名な人らしい。
「笑う策士なら聞いた事が有るだろ」
そう言えば、そんな名前だったか・・・それなら覚えがある。
俺は微かに残る記憶から、オルクの人物像をガンセキさんに言ってみる。
「確か・・・歴史上最悪の策士だとか」
ガンセキが首を縦に動かす。
「記録に残っている彼の策は、その殆どが失敗に終っている」
だがそう考えると、愚策しか考えない彼を何故・・・国は何度も使ったのか。
「彼の父は上層の人間で、その地位を利用して無理やり戦争に参加した、これが有名な説だな」
作戦が失敗しても大声で笑う彼を見て、【笑う策士】と周囲の連中から皮肉で呼ばれるようになった。
そう言ったガンセキさんは、オルクの話しを。
「共に戦う者達は当然だが彼を憎み、オルクの暗殺を試みた人間も存在した」
此処までの話を聞いて疑問が出てきた・・・喩えお偉いさんの息子だとしても、何故そんな奴が戦争で策を立て続ける事が出来たのか。どう考えても変だと思う。
ガンセキさんは俺の表情から読み取ったのか、答えを教えてくれる。
「古代種族の一部に気に入られていたらしい、物を貢いだとか金を流したとか言われているけどな」
古代種族は完全なる正義の味方と言う訳でも無いんだな。
だが何となく予想が付いた・・・有名な笑う策士を創り出したのは歴史だ。
ガンセキが話題を変える。
「策士の使命、その本の最終章は全37ページ・・・全てのページで一番最初の一文字を順々に読んで見ろ、暗号に成っている」
策士の使命は一冊の中に9章まであり、その9章が最終章だ。
グレンはガンセキに言われた通り、ページを捲りながら声に出して行く。
1ページ・・『人』
2ページ・・『前』
3ページ・・『で』
4ページ・・『涙』
5ページ・・『を』
6ページ・・『流』
7ページ・・『す』
8ページ・・『く』
9ページ・・『ら』
10ページ・・『い』
12ページ・・『な』
13ページ・・『ら』
14ページ・・『、』
15ページ・・『肩』
16ページ・・『を』
17ページ・・『大』
18ページ・・『き』
19ページ・・『く』
20ページ・・『震』
21ページ・・『わ』
22ページ・・『せ』
23ページ・・『な』
24ページ・・『が』
25ページ・・『ら』
26ページ・・『、』
26ページ・・『私』
27ページ・・『は』
28ページ・・『大』
29ページ・・『声』
30ページ・・『で』
31ページ・・『笑』
32ページ・・『う』
33ページ・・『方』
34ページ・・『が』
35ページ・・『良』
36ページ・・『い』
37ページ・・『。』
グレンは苦笑いを浮かべながらガンセキに尋ねる。
「これ、ガンセキさんが発見したんですか?」
ガンセキは照れた様子で頭をかきながら。
「最後の37ページだが・・・ページの一番始めに句点は変だと思ってな」
どんだけ本が好きなんだよ、この人。
「他にも気付いている人間は居ると思うが・・・俺の密かな自慢だ」
少なくても、源本を写した人物は知っていただろう。
策士の使命、その作者が判明した。
笑う策士は恐らく・・・無能ではない。
だとすると彼を嫌う連中は、どのような手段でこれ程までにオルクは無能だと、後世に伝える事が出来たんだ?
オルクの出身から考えて一族が黙ってないよな・・・家柄を馬鹿にされたも同然だし。
ガンセキはグレンの目を逸らさず見詰めると、彼の数少ない勝策の話をする。
「彼の最後と成る戦場に置いて、己すら顧みない策を実行し・・・ある人物を見殺しにする事で勝利を収めた」
その時には彼の父親は既に他界しており、次男が一族の長を勤めていた。
「オルクが見殺しにした相手は人々から英雄と呼ばれ、戦場に置いて多くの勝利を収めた第二王子・・・周囲の反対を押し切ってでも、笑う策士に策を練らせ続けた人物だ」
その第二王子がオルクの実績を横取りしていたと読むか・・・それともオルクがそれを望んだのか。
「英雄の死を知った王は怒り、彼を一族諸共処刑した」
ガンセキは悲しそうな笑みを浮かべながら、そのまま言葉を繋げる。
「策士の使命・・・この本の十番目の心得が、オルクが考えた生涯最後の策だろう」
自分を非難する連中に仕掛けた、彼の精一杯の嫌がらせだ。
「策士の使命は参考にしても良い。だが同じ道を歩む事だけは、旅の責任者として・・・絶対に俺は許さんぞ」
・・
・・
策士の使命・・・九の心得。
一 己の策を絶対とは思うな、だが己の策を誰よりも信じよ。
二 策に頼れ、徹底的に矛盾を無くすには、策に溺れる以外に方法はない、策に溺れ正気を失おうと自我だけは失うな。
三 戦場に置いて、常に冷静となり物事を決断せよ。
四 喩えその策が失敗しようと、全滅しない方法を模索し、少ない犠牲で全滅を避けろ。
五 時に非情の策に身を落とそうと、真実を隠してでも勝利に執着しろ、後悔など後ですれば済む事だ。
六 策は一人では出来ない、勝利にも敗北にも必ず犠牲は生じる。敗北は無駄な犠牲だと思え、味方の屍を踏み潰した先にこそ、己の勝利が待っている。
七 以上を実行する事に因り、どんなに多くの犠牲を払おうと、その事に対する己の罪から逃げては成らない。
八 己の策で勝利を掴もうと、策士だけは絶対に酔いしれるな。
九 人類に対し・・・策士としての知識を私欲だけの為に使っては成らない。
この本には、隠れた十番目の心得が存在した。
十 策士の動揺は混乱を招き、その混乱は大きな敗北を生む。戦場で涙を流すくらいなら、誰に憎まれようが、策士なら大声で笑い続けるべきだ。
私欲の為に知識を利用しない。
3大国は互いに力を合わせ、魔族と戦う為に同盟を結んだ、私欲に走れば疑心と成り乱れを生じ、やがて3国の結束を崩壊させる。
この心得の中で、俺は私欲の為に策を練ってしまった。
遥か大昔に魔族の進攻を食い止め、押し返したのは古代種族と呼ばれる者達だ。
だけどよ・・・全ての人類は、その古代種族に任せ切りだったのか?
喩え古代種族のように力は無くても、ただ必死に考えを煉りながら、魔族と戦い続けた狂った人間も存在したのではないか。
だからこそ古代種族と人類は共闘し、そして共存した。
オルクは本当に処刑されていたのだろうか。
彼は勇者、または護衛だった筈なのに剣だけでなく、鎧すら纏っていなかった。
一冊の本を手に、旅立つ者達を見送り続けたあの像が・・・属性使いだと言う証拠は、何処にも存在しないんだ。
真実は何時だって闇の中だ、どんなに技術が発展したとしても、絶対と言い切る事は果たして出来るのか。
・・
・・
・・
グレンは椅子に座っていたが、立ち上がるとガンセキを見て言葉を発する。
「とりあえず、2人に謝ってきます・・・俺が悪い訳だし」
ガンセキは暫し考え。
「そろそろセレスも落ち着いた頃だろ。念を押して悪いが今だけは口に気を付けろ。言っては悪いがアクアの言う通り、お前のは病気だ」
「分かってますよ、流石に今回だけは発症しないように気を付けます」
まず考えた事をそのまま口にしないように意識しよう。
・・
・・
・・
グレンは部屋を出て階段を下り浴室に向かう。
浴室の扉の前ではアクアが座っており、その隣に管理人さんと思われる人が困った表情で立っている。
余り関わりたくないが、俺が引き起こした事態だから自業自得だ。
グレンはアクアの下に歩み寄り話しかける。
「悪かったな・・・以後気を付ける」
アクアは少し黙っていたが、そっと口を開く。
「・・・グレン君だけが悪い訳じゃないよ・・・嵌められたとしても、ボクにはそう言う気持ちが在ったんだ。だからセレスちゃんにあんな事を言ったんだ」
違うな・・・悪いのは俺だ。
「いや、私欲に走った俺の責任だ」
グレンはそう言うとアクアに頭を下げ、セレスの篭っている浴槽の扉を開ける。
その時だった、アクアがグレンに言う。
「グレン君・・・女風呂だよ・・・一応管理人さんに許可貰いなよ」
確かにその通りだな。
グレンは管理人の方を向き、女風呂に入って良いか尋ねる。
「この状況を如何にかしてくれるのなら、どうぞ入って下さい」
管理人さんは本当に困っているようだ・・・本当に申し訳ない。
・・
・・
扉を開けると脱衣所と思わしき部屋に成っていた。
その先にシャワー室が存在する。
衣類を入れる籠と小さな鏡が壁に立て掛けられている、脱衣所にはランプが設置されているがシャワー室には無いようだ。
張り紙で『ランプは出る時に消して下さい』と書かれている。
シャワー室の扉には鍵が掛かっている為、中からしか開ける事が出来ない。
扉は曇りガラスで出来ていて、何となく中の様子は想像出来る。
俺の居る場所からシクシクと小さい泣き声が聞こえて来た。
籠には衣類が入っていない、そのままシャワー室に飛び込んだようだ。
余程アクアの言葉がショックだったのだろう。
グレンはシャワー室に近づくと、扉越しにセレスに声を掛ける。
「セレス・・・もう良いだろ、俺が悪かったから速く出て来い」
セレスが鼻を啜りながら。
「グレンちゃんが意地悪するのは何時もの事だもん」
まあそうだけど。
「・・・でも・・・アクアが私の事、馬鹿だと思ってた・・・」
そう言うとセレスは短い沈黙の後。
「ううっ・・私もう訳が分かんないよ・・・如何すれば良いのグレンちゃん」
確かに原因を造ったのは俺だけどよ、そんな事まで俺に頼るんじゃねえよ。
ヤバイ、ムカついてきた。
「お前の事だから、アクアに裏切られたとか思ってんだろ」
セレスが扉越しに頷いたような気がする。
「だって私の事を馬鹿だと思ってたもん」
「自分が馬鹿だとお前・・・本当は気付いてるだろ」
セレスは無言になる。
こいつは本来は此処までの大馬鹿じゃねえ、馬鹿を演じている内に自分を馬鹿だと思い込むようになった。
馬鹿は馬鹿でも純粋すぎる馬鹿だ。
「確かに俺は何時もお前を馬鹿にしてたし、心の底から馬鹿だと思っている・・・悪いが此れからも馬鹿にする」
うわっ・・・また懲りずに思った事そのまま言ってるよ、本当に病気だな俺。
「そんなの昔からだから気にしないもん」
じゃあ何でアクアだと許せないんだよ。
「アクアはお前の事を馬鹿だと思っていたけどよ、お前を馬鹿にした事なんて一度も無いだろ」
「何時も誰よりもお前に優しくしてくれたのは・・・アクアじゃないのか?」
セレスは村人から崇められ、1歩どころか2,3歩離れて付き合っていた。
俺が仕事を始めてから、俺はセレスと一緒に居る事は殆ど無くなった。
仕事を始めてからの7年間、セレスの傍に居たのは俺じゃない。
「素の自分をお前にさらけ出して、お前と遊んでくれてたのはアクアじゃないのか」
そう言うとグレンは頭を深く下げ、己のしでかした事に対する侘びを入れる。
「今回の事は俺が悪かった・・・申し訳ない」
謝って許されるのなら、俺は幾らだって頭を下げる、望むのなら地面に額を擦り付けても良い。
セレスからは返事は返ってこない。
グレンはセレスに背を向ける。
「アクアとの事は・・・お前の頭で考えてくれ」
・・・
・・・
・・・
女風呂から出ると、アクアは立ち上がりグレンに話しかける。
「セレスちゃん・・・元気にしてた?」
元気ではないな。
「心配するな、少ししたら出てくるさ」
アクアは俯き、腕で目を擦る。
「此処で良いから・・・もう少しセレスの傍に居てやってくれ」
「グレン君が傍に居た方が、セレスちゃん喜ぶと思うよ」
そんな事は俺には出来ない。
「今回の事は俺の責任だけど・・・お前が思っているより、セレスはアクアさんの事を大好きだと思うぞ」
アクアが照れくさそうに笑う。
「だから頼む・・・お前がセレスの傍に居てやってくれ」
俺には彼女の傍に居るなんて、絶対に許されないんだ。
管理人さんとアクアの両方に頭を再度下げると、グレンはアクアの下を離れ自室に向かう。
・・
・・
・・
俺にはガンセキさんと2人だけで相談しないといけない事が有るんだ。
部屋に戻ったグレンは、扉を開けると直ぐにガンセキに話しかける。
「ガンセキさん、相談したい事があります」
ガンセキは驚きの表情をグレンに向けるが冷静に対応する。
「その前に、俺に報告する事があるだろ」
そうだった。
「セレスは多分大丈夫です、アクアが付いていますから」
暫しの沈黙の後、ガンセキが口を開く。
「それで、相談の内容はなんだ」
グレンはガンセキに説明する。
「夜間、国立図書から宿に向かう途中・・・後を何者かに付けられている気がします」
場の空気が変わる。
「何時からだ」
グレンは暫し考えると。
「3日ほど前からですかね、最初は気のせいかと思ったんですが」
ガンセキは質問を続ける。
「日中は付けられている気は無いのか?」
グレンは頷きながら答える。
「太陽の出ている時間は人が多すぎて、後を付けられているのか良く分かりません・・・そもそも俺は土使いじゃないですし」
グレンの話を聞くと、ガンセキが一つの話を始める。
「まず考えを改めた方が良い、土使いは確かに魔法として魔力や存在を隠したり、敵の位置を察知する能力があるが・・・土使いに関係なく、人間その者にもそれ等を可能にする技術はある」
そうなのか・・・少し信じられないな。
「魔力を纏ったり、果ては練り込む技術があるんだ、隠す技術だってある」
そう言われたら確かにそうだ。
「気配を消したり、敵の存在を察知する技術はかなり専門的だが、存在している事は確かだ」
以上の事からガンセキはグレンの可能性の説明をする。
「お前には未熟だが、敵の存在を察知する能力が備わっている可能性がある」
グレンは首を捻り、納得の出来ない表情をする。
「お前は一人で魔物狩りをしていた、敵の存在には気を配っていただろう?」
草の擦れる音、自然とは違う何かの感覚・・・そんなのは身に付けているかもしれない。
「本能の内にそれらの感覚がお前に備わった、可能性としては無いとは言い切れないぞ」
それだけでは納得できないグレンは反論を。
「どうも信じられませんね、敵の死角や潜んでいる場所からの攻撃とかは俺には分かりませんし」
ガンセキは首を振るい、グレンの言葉を否定する。
「本格的な訓練をしていないのに、そこまでの技術が手に入る訳が無いだろ」
ガンセキが確信に迫る
「そうだな・・・お前に出来る事と言ったら、精々誰かに付けられている気配を薄く感じ取る程度だ」
成る程、納得できた。
・・
・・
ガンセキは以上の事を踏まえた上で。
「それでも完全に誰かがお前・・・または俺達の事を探っていると判断するのは気が速過ぎるな」
グレンは頷きながら。
「それ以前に俺達を探るような輩なんて居るんですか?」
そんな連中が居たとして、俺等を探って何をする積もりなんだ?
ガンセキは難しい顔をして、少しばかり悩んだ後にグレンに語り始める。
「セレスとアクアには刻亀討伐が終わるまでは黙っておけ」
なんか・・・雲行きが怪しい方向に変わって来たな。
グレンは首を縦に振るとガンセキが語り始める。
「俺達の敵は魔物や魔族だけじゃない・・・人間の中にも俺達に刃を向ける者達がいる」
何となくその点は予想していた、人間色々だからな。
「詰まり、勇者その者に恨みを持つ輩が組織として存在しているんですか?」
ガンセキは頷くと説明に入る。
「理由はそれぞれだ、強い力への嫉妬・勇者の存在の否定・勇者に対して個人の恨み等々」
グレンが重要な所を問う。
「その組織の大きさは?」
今後の俺達の旅に置いて脅威と成るのか。
「そこまで大きくは無い、勇者に対して恨みを持つなど世間からすれば少数派だ」
喩え少数派でも集まればそれなりの人数になるだろ。
「前回の旅では襲われはしなかったが、過去に旅の妨害をされた勇者一行も存在している・・・だが、今回の場合は決定的に前回とは異なる、此処まで言えば分かるだろ」
セレスか・・・歴代の勇者の中でも、その能力だけなら群を抜いている。
実際のセレスは才能だけなら異常だが、経験や心構えは歴代の勇者の中だと最低ランクである。だけど世間からすれば、そんな事は関係ない。
ガンセキがグレンの目を確りと見詰める。
「一応お前も敵の事を知って置いた方が良い」
グレンはガンセキの目から視線を逸らす事無く頷く。
『喩え世間に悪と罵られたとしても、勇者を憎む旗の下、我等は集い剣を抜く』
勇者敵対組織 信念旗
全てを合わせれば結構な人数になるが、組織である事を隠している人間が大多数で、資金援助や情報提供等の協力者が殆どらしい。
実際に勇者を襲撃するのは30人以下の属性使いとのことだ。それも一ヶ所に集まっている訳ではないから、勇者を襲うとしても人数は限られてくる。
「世間的には余り知られてない組織だが、実行犯よりも背後に存在する協力者の方が厄介だな」
ガンセキの知る信念旗に対する情報提供はその後も続く。
・・
・・
・・
「信念旗に付いてはこんな所だな。最後に・・・奴等にとっても魔族は敵だ」
魔族との戦争に勇者の力は必要ない、これが信念旗の考えらしい。
グレンはガンセキに問う。
「それで・・・これから俺はどうすれば良いですか?」
ガンセキは暫し考えると。
「今までの信念旗の行動から、奴らは街中で俺たちを襲うことは恐らくない。ありえるとしたら旅の道中だ」
「お前の勘が正しいとしても、恐らく炎使いのことを調べているだけだろう」
土使いから離れて単独行動している俺を探ってるってことか。
グレンの質問は続く。
「セレスとアクアにも伝えておいた方が良いと思いますが」
ガンセキさんの話を聞くと、何時襲われるか分からない。二人は人間を敵に回すなんて考えてないはずだ、混乱になるぞ。
ガンセキは腕を組み悩む姿勢をつくり。
「刻亀討伐が終了するまでは避けておきたい、今のセレスがその事実に耐え切れるとお前は思うか?」
自分に刃を向けてくる人間が存在すると知ったセレスが、その事実に耐えられるとは俺にも思えない。
だってあいつは・・・本当は勇者なんて成りたくないんだ。
人々の為に戦う。それだけの理由であいつは勇者として存在している。
決戦の時、幾ら馬鹿のセレスでも分かっていたんだ、自分が勇者に成らなくてはいけないと。あいつは幼少の頃から、それをずっと期待されてきた。
だからセレスは真面目に修行もしてたし、馬鹿なりにオババから学んでいた。
決戦の相手が俺じゃなかったら、セレスは勇者に成りたくない、なんて言わなかったと思う。
グレンは最後の質問を。
「刻亀の下に向かっている間に、信念旗に襲われる可能性はありますか?」
ガンセキは首を横に振る。
「奴らは自分たちが攻撃を仕掛けるより、刻亀に敗北し全滅する可能性の方が高いと考えているはずだ」
俺達が魔獣王討伐を決意してから1週間。
だけど最近はレンガの兵士が少なく成っているなど、軍の動きが激しいから予測くらいならできるか。
「だが・・・このままにして置く訳にもいかない。お前が探られているかどうか、それだけでも探っておきたい所だな」
たしかにそれが分かるだけで、今後の旅において対策が変わってくる。
ガンセキが纏めに入る。
「対応策は俺の方で考えて見る。だがセレスとアクアがあの調子だと、明日の修行は中止だな」
面目ない・・・俺の所為だ。
「そう落ち込むな、誰にだって失敗はある。俺にもお前にもな」
俺を含めた3人と違い、ガンセキさんは失敗の責任が大きい。
確かに俺にも策を考えると言う責任は存在する、だけど俺の策やセレスの決断も含めて、その責任をガンセキさんは背負わないといけない。
彼は・・・旅の責任者だから。
4章:二話 おわり
どうも読んで頂有難うございます。
オルクの話しなんですが少し無理があったかな?
無理やり理由付けしました。
信念旗に付いては今後もっと掘ります。
アクアとセレスの関係も、2人の年齢からして幼過ぎたかな?
それでは明日も宜しくです。