一話 歴史は深い闇の中
世界は闇に包まれる。
朝日が昇り、世界は光に満たされる。
歴史はそれの繰り返し。
今在る時も・・・やがて歴史と呼ばれるだろう。
歴史を創るには如何すれば良い?
簡単だ・・・勝てば良い、戦いに勝って勝利すれば良い。
勝者が歴史を創るんだ。
でも・・・負けた人間も歴史には名を残す。
名を残した人間だけが、歴史を創ったのか?
誰もが知っている者、詳しい人しか知らない者。
一生懸命戦った。
一生懸命戦ったんだ。
頑張るだけじゃ・・・駄目なのか?
彼等が居たから、英雄が産まれた気もする。
劣る者が存在したから、優れる者が余計に際立ったんじゃないのか?
世間から劣ると云われている者は、本当に劣っていたのか?
世間から優れると云われている者は、本当に優れていたのか?
伝えられていないだけで、本当は違うんじゃないのか?
歴史で無能とされている者達は・・・誰も知らない場所で・・・必死に戦っていたかも知れない。
過ぎた時代の真実は、本当の事は誰にも分からない。
歴史は深い闇の中
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本編
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レンガに到着して数日後。
俺以外の3人は順調に修行しているようだ。
魔力を練り込む修行も、まあ何とか成っている・・・俺は拳士だからな、昔から魔力を纏う修行には重点を置いていたし。
練り込むだけなら出来る、尤も修行と言う落ち着いた空間だから精神集中も容易だし焦りも無い、その落ち着いた状況でさえ魔力を練り込んだ後に、その練り込んだ魔力で魔法防御を行うまでに5秒は掛かってしまう。
実戦だと幾ら冷静を保っていても、修行時に比べれば練り込み魔法防御を発動するまでに5秒以上掛かる。
以上の事から実戦では使えない。
今後も練り込みの修練はするが、とりあえずの目標は達成出来た筈だ・・・一週間以内に魔力の練り込みを出来るようにする。
明後日にはレンゲさんの工房に足を運ぼうと思っている。
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問題はもう一つの課題だ、刻亀の情報収集が思わしくない。
調べて分かった事もある・・・だけど誰でも調べれば分かる程度の内容だ。
決して要らない情報ではない、その情報の中から推測して策を立てる事も出来なくは無い。
だけど俺は策士として1流とはとても言えない、俺が少ない情報から立てられる策なんて、少し勉強した事の有る人間なら思い付く事が可能なレベルなんだ。
確かに刻亀に対する策の土台を造るのは俺だ・・・だけどガンセキさんの手助けによって作戦を完成させる。
俺はもっと具体的で、策に活かせる情報を見つけ出す必要が有る。
今まで集めた情報はどれも昔話と言うか、歴史の書物って感じなんだよ。
全ての情報に確信が持てない、書いてある内容が似ているようで違う書物もある。
【説1】・・・刻亀は数百年生きる長寿の魔物で、もう直ぐ寿命が尽きる可能性がある。
その姿は巨大だが大型の魔物と大差はない
【説2】・・・数千年の遥か大昔に亀がいた、ある日その亀に闇の魔力が宿り魔物に変化した。
刻亀とは、進化をする事もなく数千年を生き続けた異常種、詰まりは世界最古の魔物である。
その姿は不動なる山の如く聳え立つ。
普通に考えて説2は絶対にない。
通常魔物は親が子供を産み、その子供が孫を産む。それの途方も無い繰り返しで魔物は少しずつ進化してきた。
刻亀の存在が始めて確認されたのは五百年前だ。
説2が正しいとすると、刻亀の存在が確認されるまでは人を襲っていない事になる。
無論だが現在の刻亀は人を襲うし、周囲の魔物を凶暴化させて被害を増やしているんだ。
俺の予想では刻亀は説1だな。
人は魔物を殺す・・・魔物は人を殺す。
人間と魔物はそれを途方もない歴史の中で繰り返して来たんだ。
国の書庫でさえ刻亀の情報が少ないのには理由がある。
刻亀討伐には軍を動かす必要があり、現在は魔族との戦争中なんだ。
正直言って刻亀討伐に兵を割る余裕など本当は無い。
事実過去に刻亀討伐を計画した回数は5回・・・その内の2回は計画段階で失敗している。
最後に刻亀討伐を実行したのは今から60年前後だ。
資料が古すぎるし、余りにも収穫できた情報が少ない。
刻亀と戦ったのは勇者一行で数時間に及ぶ激戦だったが、最終的には全滅してしまい一人も生きて戻らなかった。
今回と同様に国からの依頼を御一行が引き受けた形らしい。
詰まり当時の勇者一行は・・・かなり腕の立つ4人だった可能性が高い。
1人でも生きて帰って来れたのなら、もう少し具体的な情報が残った筈だけど、流石に相手は魔獣王だし・・・後の事まで考える余裕はないか。
その人達だって、負ける積もりで戦っていた訳じゃないからな。
刻亀の最大の被害は、奴の魔力に当てられて凶暴化した魔物共だ。
長い年月を掛け、その凶暴化した魔物は少しずつ増えて行き、最近ではレンガ周辺にまで及んできた。
その広がる速度が余りにも遅く・・・事態の深刻さに国が気づいた時には既に手遅れだった。
このまま刻亀を放って置けば数十年後には、恐らく戦場で戦っている者達に何らかの強い影響が出てくるだろう。
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この書庫で魔物に付いて調べて見た、その結果面白い話を読ませて貰った。
『魔物が他の獣と違うのは、本能で人間と言う一種に対する敵意が存在する所である』
『魔物は生きる為に人を襲うのではなく・・・人間が憎いから人を襲う』
夜に成るとその本能が、憎悪が増幅するらしい。
今も昔も、魔物は人間の敵なんだ。
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魔人病に付いても調べて見た。
世間は魔人と魔物を同じ類として見ている。
分かってはいたが、此処の書物には糞みたいな事しか書かれてない。
『魔人とは闇に魂を売った人外の存在』
『人々に不幸を齎す災いに等しい』
『魔族は外側から世界を破壊して行く恐怖の者』
『魔人は人間の生活に溶け込み、内側から世界を腐らせる卑しい者』
俺は魂を売った覚えもなければ、誰かを不幸にしたいと思った事もない。
人々の生活に溶け込めた事なんて・・・一度もねえよ。
だから魔人病に付いて調べるのは嫌だったんだ。
大半の人間は魔人を嫌っている・・・詰まり世間が魔人を認めないのなら、必然的に魔人は悪に成る。
人間が定める正義と悪なんてそんな者だ、だから俺は悪である事を認めている。
誰も俺が悪だと気付かなければ、俺は悪には成らない。
魔人病を調べたお陰で嫌な思いはしたが、俺が祭壇に入る事の出来る理由が分かった、それだけでも良かったと思う事にする。
まずその説明をする前に、人類が如何なる手段で魔法を使えるようになったのか。
何時もの言葉で悪いが、今から話す内容は1つの説だ。
人類が魔法を使えるようになった理由には【古代種族】と呼ばれる者達が深く関係してくる。
古代種族に付いては殆ど分かって居ない、魔族が現れる前から存在していたと言う者もいれば、魔族が現れ人類が窮地に立たされた時に突如人々の前に出現し、魔族の進攻を跳ね返した者達だと言う学者もいる。
詰まりだ、この世界には古代種族こそが神より光の魔力を授けられ、人類に魔法と言う魔族への対抗手段を与えてくれた存在だと言う説がある。
人類の人口に対してどれ程の人数だったのか・・・詳しくは分からないが、魔族相手に戦争できるだけの数は存在していたと思われる。
宝玉具の技術は恐らく、古代種族から人類に伝わった物だろう。
この古代種族の中に・・・初代勇者が居たのかもしれない。
古代種族と人間が子供を産む事により、人類は光の魔力を手に入れた。
人との間に子供を宿せると言う事は、人間に極めて近い種族だったのだろう。
以上の事が今の所、最も有力な説だな。
次に何故俺が・・・魔人が祭壇に入る事が出来るのか、それの説明だ。
この世界には純宝玉などでは比較出来ない程に貴重な宝玉が存在する。
【光の宝玉】
自然界から生まれる事はない・・・古代種族の技術でしか造り出せない代物だ。
聖域にはこの光の宝玉を利用した古代光玉具が存在している。
その古代玉具の能力こそが・・・光の結界。
【聖域】・・・大昔の魔族との戦争に置いて、古代種族が建築した建物。
【遺跡】・・・大昔の魔族との戦争に置いて、人間が建築した建物。
聖域は鎧・盾・剣の国の内に数十ヶ所造られている。
数千年前は国内にまで魔王軍は進攻していたって事に成るな。
遺跡は既にその姿が失われている事が多く一部しか残っていないが、聖域は建物自体が朽ちる事もなく残っている。
古代種族は魔族の進攻を跳ね返し、人類に勝利が見え始めた頃、彼等(古代種族)は自分たちが建築していた建物(聖域)を封印し、原因不明のまま歴史の表舞台から姿を消した、または古代種族その者が世界から突如消えた。
時が流れ現在・・・未だ存在する聖域のほぼ全てが、古代光玉具の設置されている中核部まで辿り付けていない状況だ。
唯一数千年前に古代種族が封印せず、そのままの状態で残した聖域が現在も残っている。
その聖域の名を、人々はこう呼んでいる・・・【王都】
これが聖域と王都に俺が入れない理由だ。
王都とは・・・数千年前の戦争に置いて、古代種族と人類の同盟軍が本拠地として建造された場所らしく、以上の理由から魔王の領域に一番近い位置に存在している。
闇の魔力を持つ者は聖域に入れないのではなく、光の結界内に入れないんだ。
勇者の村の祭壇は、聖域ではなく遺跡って事になるのかな。
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狭い個室の中、机の上に置かれた明かりを灯す小さな玉具の光で書物を読んでいた。
雷の濁宝玉が埋め込まれたその玉具は、1度魔力を送ると数時間は光を失わずに、ランプよりも幾らか明るく照らしてくれている。
一体どのような方法で、雷から光を造り出すのか?
周囲は暗闇に包まれているが、書物を読む分には何の問題もない。
この部屋には一切の書は無く、俺が書官に頼んだり、書官が参考になりそうな物を持って来てくれる。
流石に此処には重要な書物もあり、俺の好き勝手に書物を調べる事は出来ない。
魔人病関係の書物を頼む時は少し躊躇したが、上手い事理由を付けて頼んだ。
刻亀に付いては、まず始めに魔獣王の4体から調べて見た。
空の王・・・単独。
数の王・・・群れ。
幻の王・・・不明。
時の王・・・単独。
飛竜の元になった魔物は魔翼竜と呼ばれる大型の魔物だ。
元に成った魔物の数が少なく物凄く強力な魔物らしい、全身を硬い鱗で護られ口から火を吐く。
主鹿の元になった魔物は魔鹿。
魔鹿は過去の人間との戦で既に絶滅している、主鹿の恐ろしい所は別種の魔物さえ己の群れに引き込み、単独すら屈服させる・・・まさに魔物の王だ、魔獣王の中では最大の被害が出ている。
主鹿と一戦交える為には相応の軍を動かす必要があり、事態は刻亀よりも深刻らしいが、現在の状況(魔族との戦争)からして主鹿の進功を食い止め、これ以上の群れの拡大を防ぐ事しか出来ていない。
夢鳥の元になった魔物は不明。
情報の数は一番多いが、どれも滅茶苦茶で逆に混乱を招いている。
国のお偉いさんがある日を境に乱心し民を苦しめだした、これ等の事も夢鳥の所為とされている。
俺は1つの説を立てた・・・夢鳥など本当は存在しないんだ。人々の心の中に在る恐怖が架空の魔物を造り出したのではないか?
刻亀の元になった魔物は時の中で進化してしまい恐らくもう残っていないだろう、今現在残っているのは岩魔亀が近い存在だろうと書いてあった。
岩魔亀に付いても一応調べて見たみた。
甲羅の変わりに岩で体を護る単独の魔物。
後方に隙が大きく、背後に回り込む事が出来れば戦いを有利に進められる。
あまり信用できないと思う、そもそも属性が違うんだ、刻亀は水属性だからな。
グレンは書物を閉じると立ち上がり、情報収集の手伝いをしてくれている書官に声を掛ける。
「今日はそろそろ止めにしましょう」
そう言うと書官は肩を叩きながら。
「そうですな・・・もう時間も遅い、あまり遅いと勇者殿も心配されるでしょう」
あいつは心配と言うより私に構ってくれない、とか言うだけだ。
書官も立ち上がり俺を外まで誘導する、俺は彼の後を付いて歩く。
国立書庫内では基本的に、便所に行くにもこの人が付いて来るんだ、正直勘弁して貰いたい。
グレンと書官は薄暗い建物の中を歩く。
書庫内は火物厳禁で、本来なら俺みたいな炎使いは絶対に入れたくない所だろう。
だからランプの変わりに玉具で周囲を照らしている。
明るさよりも点灯時間を優先させた玉具、だから明るくない。
高級宿の点灯玉具は、点灯時間も明るさも優れているらしいから、恐らく宝石玉を使っているのだろう。
多分この建物にも宝石玉の点灯玉具が使われている部屋も在るのだろうけど、俺はあの狭い部屋にしか入った事がない。
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国立書庫の入り口まで到着する。
兵士が立っていた・・・こんな時間までご苦労なこった。
書官が俺に話しかける。
「夜道は暗ろうございますからな、気を付けて帰りなされ」
グレンは頭を軽く下げると書官に言葉を返す。
「それでは明日も来れたら昼頃に・・・」
「たまには1日ほど休まれたらどうか、休息を取った方が頭が整理できる物だ、その状態でこそ何か見えてくる事もある」
確かに・・・だけど休みを取ってもな、結局は何かしら考えちまう。
グレンは笑顔を書官に向ける。
「考えときます」
書官も笑顔を返すと建物の中へと消えて行った。
グレンは兵士にも軽くお疲れの言葉を言うと、そのまま灰色の建物を後にする。
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実を言うと夜道は本当に怖かった。
暗いと言っても先程まで居た書庫のように、点灯時間に重点を置いた点灯玉具が一定の距離で設置されている。
とても明るいとは言えないが、歩くだけなら申し分ない。
人が全く居ない訳ではなく、巡回している兵士や住人も見かける。
実を言うと夜道に恐れているのではなく、俺は目線に恐れている。
・・・3日ほど前から誰かに見張られている気がする。
俺には土使いのように気配を探ったりする能力が無いから確信なんて出来ないし、何時もの被害妄想かもしれない。
だけどな、誰かの目線を感じるんだよ。
後を付けられているとして・・・理由はなんだ?
誰が何の目的で俺の行動を探ってる。
恐らく後を付けられているのは俺だけだ。
ガンセキさんは土使いだからな・・・並みの土使いが魔法で気配を消そうと、ガンセキさんが相手だと見破られる。
セレスとアクアは常にガンセキさんと行動を共にしている。
俺を見張っているのは、俺が3人から離れて単独行動しているからだと思う。
俺の後を付ける人物がいるとしたら、一体何者だ?
国・・・では無いと思う、理由が思い付かない。
第一に俺の気の所為かも知れないからな。
本当なら陽が出ている内に国立書庫を出て人込みを歩いた方が安心なんだけど、そんな確証できない理由で重要な調べ物を怠る訳にもいかない。
只でさえ刻亀の情報収集が思わしくないんだ。
まあ本音を言うと、夕方の大通りを歩きたくないだけなんだけど。
流石の俺も日中は歩きながらでも大通りで飯を食えるまでには成っている。だけど夕方の人込みだけは避けたい。
グレンは暗い夜道を歩く。
本当なら走りたいけど、視線に気付いている事を相手に知られたくない。
充分な人込みの中なら良いけど、もし俺が突然走りだした事で追って来られたら・・・俺は漏らす。
相手が何人居るか分からないし、属性使いだったら俺の身が危ない。
こう言う時、本当に土使いが羨ましい。
裏道などは通らないようにして宿を目指す。
今歩いている道は、俺以外に誰も居ない訳じゃないんだ。
相手の存在が確証出来たら・・・もう少しやりようが有るんだけど。
帰ったらガンセキさんに相談しよう。
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その後、何事も無くグレンは宿に到着した。
4章:一話 おわり
お久しぶりです、そしてごめんなさい。
レンガ編を3章に分けました・・・4章が終ってもまだレンガを立ちません。
今まで通り8~9話です。
古代種族については今後も触れて行きます、自分は説と言う言葉が好きなのであやふやですが。
本音を言うと、説ならいざと言う時に逃げやすいですからね。
それでは多分9日間、お付き合い頂けると嬉しいです。
刀好きでした。