表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
3章 炎は赤く燃えていた
28/209

八話 嘗ての貴方の姿

ガンセキは煤で黒く薄汚れた工房の床に座り、目の前に置かれた黄色の宝玉を見詰めていた。


この床にそのまま座るのは嫌だから、軽く煤を払ってから事を始めた。


ガンセキは黙って宝玉を眺めていたが、顔を上げるとレンゲに話し掛ける。


「あ、あの・・・俺は此れで強く慣れるのか?」


レンゲがガンセキを叩く。


「私に話し掛けて来る時点で、君は修練に集中してないよね」


突然叩かれて驚いた・・・謝らないと。


でも謝ると逆に怒られそうで。


レンゲは溜息を一つ、ガンセキに語りかける。


「君ね・・・何で私が旅の責任者から修行を頼まれたか分かってるの?」


「つ、強くなる為だろ」


「それだったら私じゃなくて旅の仲間と修行した方が効率いいよね?」


俺が臆病だからだろ、言われなくても分かってるよ。


でも、言ったらまた怒られそうだ。


ガンセキは黙ったまま座り続ける。



そんなガンセキの様子を見ていたレンゲが先程よりも深い溜息を吐く。


「あのね、その性格が問題なの・・・本当は分かってるのに何で口に出さないの?」


修行を始めた当初は気さくに話し掛けてくれていた、だけど俺が情けないからこの人にも嫌われてしまった。


「今までの君を見て来て一つ分かった事が有る・・・君が今後も、恐怖に慣れる事は絶対にないよ」


「じゃあ、どうすれば良いんだ」


「隠すしかないね、その修練を私が今教えてるんだ」


・・・こんな方法で隠せる訳ない、そもそも俺を選んだオババが間違ってるんだ。


レンゲはガンセキを睨み付ける。


「ねえ、今他の事考えてたよね? 私だってお金を貰って君の修行に付き合ってるんだから、するべき事はガンセキに教えないといけないんだからね・・・君がその気になってくれないと、私は責任が果たせないの」


俺だって・・・こんな事好きでしてる訳じゃないんだ・・・悔しいけど、言い返すのが怖い。



これだけ言っても修行に集中しないガンセキに、レンゲは言い放つ。


「今日はもう帰っていいよ・・・どうせ君は私の修行なんて付き合う気がないんだよね」


「で、でも修行しないと」


俺が仲間に怒られるだろ。


「いいから今日は帰って、私だって自分の仕事の時間を割いてまで君に付き合ってるのに、君がその気になるまで来なくて良いからね」


ガンセキは立ち上がると、目を逸らしながら。


「俺に来るなって言ったんだから・・・お、俺は悪くないからな」


そのまま逃げるように工房を出て行く。


ガンセキが出ていった扉をレンゲは見詰める。


彼の恐怖は強すぎる・・・でも、その恐怖が君の・・・。


それに気付かない限り、君は勇者の護衛とは言えないね。


レンゲは今日で何度目になるか分からない溜息を。


「お金・・・返さなきゃ駄目かな・・・このままだと」


・・

・・


ガンセキは工房通りを歩きながら考える。


鉄工街は煩くて心臓が飛び出そうになるから別の道から行こう。


ガンセキは拳を握り締め。


「・・・なんで、俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」


今まで身一つで育ててくれたお袋には感謝してる、でも今回の事は許せない。


俺の性格だと魔物ですら怖くて動けなくなる事を知ってるだろ、お袋もオババも。


だから俺は断ろうとしたんだ・・・それなのにお袋が俺を怒鳴りつけて、俺は強く出られると言い返せないから。



本当は俺だって勇敢に戦いたい、だけど魔物に睨まれると足腰が震えて全身から冷たい汗が出て動けなくなるんだ。



ガンセキは同世代の奴等を思い出す。


どいつもこいつも・・・俺の事を馬鹿にして、悔しいから必死に修行したんだ。


だけどそれでも誰かと試合をすると、振るえが止まらないから誰にも勝てなかった。



ガンセキの脳裏に忌々しい声が響く。


『あれだけ修行してる癖にその弱さはあり得ないよな』


『こいつ魔物に睨まれたらションベン漏らすんじゃねえ?』


まだ餓鬼だった時の事を思い出し、嫌な記憶が浮かび上がる。


悔しくて、夜中に隠れて何時も修行していた・・・また馬鹿にされるのが嫌だから。



昔から俺の味方をしてくれたのは、あいつだけだった。


・・

・・


ガンセキはレンガに到着してから、何時も日課にしている事があった。



北門を潜り抜ける、何時もより時間が速いから、まだ陽が暮れるまで時間がある。


抜けた先に立っていた兵士がガンセキに話しかける。


「なんだ、兄ちゃんまた来たのか・・・こんな景色何時も見てると飽きてくるだろうに」


別に景色を楽しんでる訳じゃない。


すっかり顔馴染みになった見張りの兵士に言葉を軽く返すと、そのまま何時もの位置に。



吹きながら草原を走る風が、ガンセキの体をくすぐる。


自分の目の前に存在している街道を、その先を眺める。


その道は真直ぐではない、曲がりながらも北へと伸びている。


・・・この道の先には勇者の村が在るんだ。


このまま道を戻れば旅を辞められるかもしれない、足手まといの俺が居なくなったからといって、他の連中も困らない筈だ。


だけど・・・一人で帰るなんて怖くて出来ない。


このまま村に帰る勇気も、勇者の護衛として進む勇気も俺には無いんだ。


だからって旅を続ける訳にも行かない、魔族との戦争なんて絶対に御免だ。


・・・このまま、このレンガで身を隠すか。


でも、俺一人で生きて行けるか分からない、俺は如何すれば良いんだ。



ガンセキは此処に来ては何時もこんな事を考えては、前にも後ろにも動く事の出来ない自分を嘆いていた。


何でお袋から逃げずに立ち向かう事が出来なかったんだ、勇者の旅など俺に出来る筈がないと分かってたのに。


俺は臆病な自分が嫌いだ、何でこんな性格になってしまったんだ。


この性格さえなければ、俺はもっと戦える筈なのに。



考えている内に、時間は過ぎていき辺りが暗く成り始めると逃げるように宿に戻る。


だが今回は来る時間が速いから悩む時間は残っていた。


・・

・・


ガンセキが何処までも続く街道を眺めていると、1人の人影が近づいてくる。


「やっぱり此処に居たのか・・・勇者の村に帰りたいか?」


ガンセキは振り向くと、その人影を見る。


「・・・カイン、修行は良いのか? まだ終る時間じゃないだろ・・・」


カインは立ち止まっているガンセキを追い越しながら。


「お前の様子を見たいから、お願いして先に切り上げさせて貰ったんだよ」


そう言うと、そのまま進み野草の上に座る。


ガンセキもカインの隣まで行くと、その場に腰を下ろす。


俺の様子を見に来たって事は、工房まで足を運んだんだな。


「レンゲさんに聞いたんだろ・・・俺の事」


「修行は思わしくないらしいな」


カインがそう言うとガンセキは顔を下ろし。


「お前が全然修行に集中してくれないんだと、その事に対しては心当たりあるか?」


あるも何も、あの修行に意味なんて無い。


「あんな修行で恐怖を捨て去る事なんて出来る筈無いだろ!!」


ガンセキはそのまま続ける。 


「どんなに修行して力を上げても、俺はこの忌々しい恐怖に打ち勝つ事が出来なかったんだ!!」


思わずカインに怒鳴ってしまった、そんな情けない自分が嫌いだ。


「お前が必死に修行してた事は僕も知ってるよ」


同世代の奴等に馬鹿にされて悔しかった、だから隠れて俺は夜中に修行していた。


カインだけが俺を馬鹿にしないで、俺の修行に付き合ってくれたんだ。


「それなら分かるだろ、俺が自分の恐怖に打ち勝つ事は不可能だって!!」


怒鳴り付ける俺に、カインは怒る事もなく言い聞かす。


「レンゲさん言ってただろ、恐怖に打ち勝つんじゃない・・・恐怖を隠すんだよ」


勝てない恐怖を心の奥底に押さえ付けるなんて。


「そんな事、出来る訳がない」


「出来るからこそ修行方法があるんだろ」


ガンセキは何も言わず黙っている。



そんな俺にカインが声を掛ける。


「お前・・・自分が臆病だから、仲間から必要とされてないって思ってるだろ」


ガンセキは暫く返事をしなかったが、ゆっくりと首を縦に振る。


「僕より自分は弱いと思ってるだろ」


「当たり前だ・・・お前のように、俺は魔物と勇敢に戦えないんだ」


俺がそう言うと、カインは首を横に振るう。


「お前は心が弱い・・・だけど実力だけなら僕と大差ない筈だ」


そう言うカインにガンセキは言い返す。


「まともに魔物と戦えないんじゃ、幾ら実力があっても意味無いだろ!!」


抑え切れなくなった俺は、思わず本音を叫んでしまう。


「第一・・・俺なんか必要ない!! 土使いならお前が居るだろ!!」


もし村に炎使いが居れば、俺なんかが選ばれる筈が無いんだ。


本当はカインと比べられるのが嫌なんだ。


2人の土使いが一行に存在し、1人は勇者・・・もう1人は臆病者だと、馬鹿にされるのが嫌だったんだ。



俺の本心を聞いたカインの表情が変わる、怒りが顔に宿り、拳を震わせながら立ち上がると俺に向かって叫ぶ。


「婆さんが何の考えもなしにお前を候補にしたと思ってるのか!! 俺とお前は組んでこそ力を発揮するんだよ!!」


こいつにだけは、どんなに怒鳴られようと俺は怯えない。


立ち上がりながら叫び返す。


「ふざけるな!! 俺はお前みたいに強力な攻撃魔法も使えなければ、誰かを護るような余裕も持てないんだ!! そんな俺がお前と組んで戦える筈が無いだろ!!」


カインはガンセキの胸倉を掴み上げる。


「誰かを護れないのは恐怖の所為だろ! その為の修行をしてんだろうがお前は!!」


カインの叫びは続く。


「お前は自分が臆病なのを嫌ってるようだけど、じゃあ聞くがお前の防御魔法が強力なのはその恐怖のお陰じゃないのか!!」


手に込めた力をより一層強め、腹の底からガンセキに語り掛ける。


「お前と違って俺は高位防御魔法が使えないんだよ!! 俺の防御魔法じゃ、魔族の攻撃は防げないんだ!!」


俺の・・・防御魔法・・・。


「俺が攻めて!! お前が護る!! それがお前が候補に選ばれた理由だ!!」


俺が候補に選ばれた理由・・・知らなかった。


「婆さん言ってたぞ、20代で高位魔法が使える奴はそれなりに居るけど、岩の壁を靴底で踏むだけで造り出したり、あの若さで大地の壁を習得してから1年も経ってないのに、神言なしで召喚できる者は見た事がないって」


「今思うと、お前と修行してた時は俺が・・・僕が攻めてばかりで、お前は護ってばかりだったからな」


ガンセキはカインの手を払う。


だからと言って・・・恐怖が強すぎれば戦いなんか出来ない。


「今お前が行っている修行は一点に集中する修行だ・・・外側の物に集中できるように成ったら、次は自分の内側に集中出来るように修行する」


レンゲさんに聞いたのか、カインは俺の修行を説明する。


「次に恐怖をお前の頭の中で、形は何でも良いから具現化させる。その具現化した恐怖に集中する事により、お前の心の奥底に抑え付けるんだ」


「そんな事、たった数週間では無理だ」


「レンガを発ってからも続けるんだよ、魔王の領域に到着するまでにある程度習得出来れば良い」


・・・それまでに修行の方法を覚える必要があるのか・・・。


「お前は今まで馬鹿にされるのが嫌で修行して来た、だけどその方法じゃあ駄目なんだ。これからは僕を、仲間を護る為に修行してくれ」


カインは俺に深く頭を下げる・・・俺なんかの為に、勇者に頭を下げさしてしまった。






気が付いたらガンセキは走っていた、カインに礼を言うのも忘れて。


大通りの人込みが怖い、大鉄所の鉄を打つ音が怖い・・・だけど勇者の期待に応える事の出来ない自分が・・・何よりも怖い。


・・

・・


勢いで扉を開けてしまった、当分来るなと言われていたのに。


その職人は汗だくのガンセキを見ても動揺せず、表情を変える事もなく言葉を発する。


「君は何しに来たの? 私は君に何をすれば良いの?」


「・・・恐怖を隠せるなんて信じられない、俺は25年掛かってもそんな事は出来なかった」


レンゲは職人ではなく、属性使いの表情に成るとガンセキに語りかける。


「魔法の修行・剣術の修行・魔力を纏う修行、どれも方法は違う」


「その中に置いて、特に内面・・・感情面を鍛える修行はこの中で一番難しい、時間も掛かるし修行方法を見つけ出すだけでも至難の業だね」


「私の教える方法は君には合わないかもしれない、だけど何かを得る事だけは断言するよ」


「・・・時間がない、方法だけでも知って置きたい」


「修行方法は1人1人違ってくるから、私の方法から自分なりの修行方法を探し出す事が重要なの」


ガンセキは頷く。


本当はこんな事を言ったら怒られるかも知れない、だけどそれでも言わなくては・・・勇者の護衛として。


「今日の分を取り戻したい・・・そ、その・・・修行を付けてくれ」


レンゲは笑顔を向けると、親指と一指し指の先端をくっつけて。


「君にその気が有るなら私は付き合うよ、なんたってお金を貰ってるからね」


ガンセキは煤の汚れを気にする事もなく床に腰を下ろす。


レンゲが地の宝玉をガンセキの目の前に置く。


「地の宝玉に魔力を注ぎ込む感覚で集中する、私と周囲が見えなくなるまで続けて」


宝玉に魔力を注いでも何も起きない、だけど魔力を注ぐ事は自身と宝玉を繋げる意味がある。


俺と宝玉だけの世界・・・何も考えるな・・・修行なんて思う必要はないんだ・・・ただ宝玉を見詰める。


・・

・・

数日後

・・

・・


レンゲは座禅を組むガンセキを見詰める。


集中して修行を始めた彼は・・・凄かった。


カインが言ってたけど。


『その気に成ったガンセキの修行を見ると驚きますよ、あいつは魔力量と魔法の才能は高いですが、それを扱う才能は標準以下です。だけど一度でも修行に入り込んだら、ガンセキは止まらなくなります』


確かにガンセキの魔力量は高位魔法を使えるから多いけど、魔法その物を扱う才能は低いね。


簡単に説明すると・・・魔法を覚えるのは上手いけど、それの扱いは下手。だけどその下手な魔法を修行で凄く上達させる事ができるんだ。


魔法に対しての熟練を向上させる手段、詰まり修行方法を見つけ出すのは物凄く上手い。言葉にして現すなら・・・修行の天才。


今までは私の修行内容に納得してなかった、集中するようになった彼は飲み込みが速かった。


既に独自の修行方法を編み出している。


精神修行は高難度になるほど失敗のリスクが高くなる、感情を押さえつける修行に失敗すると、その感情を増幅させる危険がある。


だからこそ・・・私が修行を頼まれた。



ガンセキが目を開ける。


「駄目だ、恐怖の具現化が想像出来ない・・・そもそも具現化させると言う発想が俺には合わないのかもしれん」


「何か別の発想を考えた方が速いな」


修行中のガンセキは別人だ、これが本来の彼の姿なのかも知れない・・・恐怖が彼の冷静だけでなく、思考の邪魔をしているのかも。


修行中は一切の恐怖を無意識に忘れている、この状態で戦闘が出来るのなら、彼は間違いなく一流の土使いだね。


ガンセキは何か閃いたようだ。


「・・・恐怖を液状化させて水で薄める感覚の方が俺に合うか、隠すと言うより薄める・・・これだ」


ここ数日、驚かされてばかりだよ・・・まったく。


ガンセキの修行の日々は続く。


・・

・・

旅立ちの日

・・

・・


ガンセキは頭を下げる。


「あ、あの・・・世話になった」


レンゲは笑みを浮かべると。


「恐怖隠しを覚えるには、まだ時間が掛かりそうだね」


「先は遠いけど感覚は掴めた・・・け、けど実戦で通用すれば良いんだけどな」


例え修行で恐怖を隠せても、それが実戦で出来るとは限らない。


「無事に帰ってこれたら寄ってね・・・水くらいは出しても良いかな」


ガンセキは言葉を発さず、縦に首を動かすとそのまま工房を後にする。




勇者の旅か・・・懐かしいな・・・。


もう失敗してから何年も経つけど、私の心の中にあの時の記憶が鮮明に残っている。


旅の4人の中で私が一番年下だった、多分一番迷惑を掛けたのは私だよね。


何時も戦闘に入ると興奮状態になって、一人で突っ込んでた。


私にこの修行方法を発案したのは・・・炎使いだった。


あの人がガンセキに修行を教えた方が、本当はもっと効率が上がる筈なんだけどね。


今忙しくて・・・それどころじゃないらしい。


今回の旅の責任者に、彼の修行を私にさせる事を進めたのは・・・多分、あの人だと思うな。


私は今でもあの人と手紙で近況を報告し合っていた。だって、共に戦い生き残ったのは私達だけだから。


勇者の雷使い・・・炎使いの親友で何時もふざけては彼に馬鹿にされてたけど、勇者として剣を握った時は別人の様に格好良かった。


旅の責任者の水使い・・・炎使いの発案した感情を隠す修行を聞いた時は本当に嬉しそうにしていた、何時か旅が終ったら息子の性根をこの方法で鍛えるって、修行が大好きな人だった。


辛かったけど楽しかった、忘れられない私の大切な想い出。



あの人は旅に失敗してから元気なかったけど、ここ数年は昔みたいに生き活きしてた。


レンゲは小さな箱から手紙を取り出す。


その手紙には汚い文字が書かれていたが、嬉しそうな感情が伝わってくる。


『何時も1人で無茶しやがる馬鹿がいて、そいつの所為で仕事にならねえ』


何でも森の中で平気で気絶するから、魔物を寄せ付けないようにするだけで気が滅入るらしい。


捻くれた糞餓鬼か、まったく・・・相変わらず照れ屋なんだから、素直に心配だって言えばいいのにね。



レンゲは想い出す、嘗て共に戦った仲間の姿を。


・・

・・

・・


戦場で一人・・・俯き肩を落とす鬼がいた。



喩え己の策が失敗しようと、その表情を変えずに次の策を練る・・・犠牲を出そうと顔色一つ変えない彼を、一部の味方が罵った。


魔族と殺し合う時は、敵の特徴を短い時間で察知する、魔力を全身に練り込み一撃で全てを粉砕する・・・それでも勝てない相手には、如何なる手段にも手を染めた。


敵は勇者を恐れた、それと同等に炎使いを憎んだ・・・彼は唯、鬼と成り戦場を駆け抜けた。


・・

・・


勇者の勝利の影には・・・炎使いの敗北が存在した。


・・

・・


黄昏が炎の如く戦場を赤く染めた・・・無数の敵と味方の死骸を踏み付ける者が1人。


夕暮れに影を落とし、その表情は暗くて確認する事が出来ない。


男の肩は震えていた・・・彼は笑っているのだろうか、それとも・・・。


その赤は夕焼けの赤なのか、それとも血の赤なのか・・・ただ唯一言える事は、彼が両腕に灯す炎だけが、暗くなり逝く者達を赤く照らしていた。


先程まで戦の叫びが辺りに鳴り響いていたのに、今は静寂が男を包み込んでいた。


・・

・・


戦場に生暖かい風が吹く、死臭漂うその中で・・・炎は赤く燃えていた。


・・

・・


青天は何れ黄昏と成り、世界はやがて漆黒の闇に包まれる。


闇夜を照らすが炎の定め、深い暗闇の中でこそ、赤は一層の輝きを増す。



その姿を見た者は・・・口を揃えて言うだろう。



その策略ではない。


その実力ではない。


その実績でもない。



彼の両腕に燃え上がる赤い炎こそが・・・。














我等の・・炎拳士だ・・ ・ ・















3章:炎は赤く燃えていた 終わり







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ