六話 魔法のルール
俺を含めて3人、台車に乗って大通りを突き進む。
今頃だと、グレンは軍所を出てあの人に会いに行ってる所だろう。
風を切り涼しい風が頬に当たる、本当は今の季節だと寒いのだが、レンガなら涼しいでも何とか通じる筈だ。
外店で売る果物や生肉、食事所から来る香しい匂い。
それらが混ざって良い匂いなのか、鼻に突く臭いなのか良く分からない。
周囲には人が沢山居るが昨日程ではない・・・流石に夕方でこの速度で走るのは危険極まりないが、この程度の人込みなら問題ない。
人々も道を開けてくれるが、漕ぎ車を運転する人も此れで生活してるだけあり、確かな腕を持っている。
ガンセキは同乗者の2人に目を向ける。
アクアは適応力が高いようで、漕ぎ車を楽しんでいる。
セレスは台車の物陰に隠れ、少し顔を除かせながら外の様子を眺めている、周囲の人込みに怯えながらも興味は有るようだ。
此処からだと修行場まで徒歩で行くのは時間が掛かり、その為に漕ぎ車で向かう事にした。
アクアは余程楽しいようで。
「凄いよー ボクは風だー」
と言って叫んでいる・・・少し恥ずかしい。
セレスはアクアとは正反対だ。
「う~ グレンちゃ~ん」
相変わらず、困った時のグレン頼み・・・最近は少し減って来たと思いたい。
「グレン君に頼んでも何時も助けてくれないじゃないか、何でセレスちゃんは何時も助けを求めるんだい?」
確かにそうだな。
「違うもん、本当に困ってる時は文句言いながら私の事助けてくれるもん」
「・・・それはきっと気の所為だよ、困ってるセレスちゃんをグレン君が助けてる姿なんて、ボクには想像できないよ」
アクアは続ける。
「どっちかって言うと、困ってるセレスちゃんを見たら大喜びして、病気を発症させるよ」
「ぶ~ 気のせいじゃないもん、小っちゃい時は凄く私に優しかったんだよ・・・口は悪かったけど」
セレスはそう言うと台車にしがみ付いて身を縮めると小さな声で。
「毎朝髪の毛梳かしてくれたし、私の為に玩具造ってくれたり・・・何時も傍に居てくれた」
だがその声はガンセキに届いてしまう。
今のグレンは真逆だな、どちらかと言うとセレスを突き放そうとしている。
グレンと話すように成って、まだ日は浅いが・・・一つだけ確信できる事がある
突き放した筈のセレスの腕を、グレンは最後の最後に手を伸ばして掴んでしまう。
あいつは鬼に徹する事は出来ても・・・鬼には成れない。
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・・
アクアはガンセキの方を向くと話しかける。
「そう言えばガンさん、修行場って何時頃到着するのさ?」
ガンセキは動く景色の中で、時計台を探す。
「そうだな・・・あと20分から30分程で到着すると思うが」
「修行場ってさ、軍の演習場なんだよね?」
ガンセキは頷く。
レンガ軍の演習場は数ヶ所存在している、その内の2ヶ所を一般に貸し出していた。
無論金を取る・・・確か並位魔法のみ使用許可が許されている広い修行場が千。
高位の使用が許可されている修行場が二千だったかな、並位修行場と比べると狭い。
・・・俺達は勇者一行の特権で無料だが、これは刻亀討伐の依頼を受けたからではなく、毎回修行場だけは料金は要らない事になっている。
ガンセキはセレスの方を向くと。
「俺たちが行く修行場は多分人は居ないから安心しろ」
「そうだよ、ボク達以外に高位魔法使える人なんて殆ど居ないからね」
これから旅を続ける中で、一応言って置いた方が良いか。
「分かっていると思うが、一つ言いたい事がある。確かに俺達は他より強い力を持っているが、だけどそれは一種の才能だ」
「料理・宝玉具造り・金儲け等々、一つの事を極めた、または極め途中の人達だって沢山いるんだ」
俺たちを運んでくれている人も、漕ぎ車の達人だ。
それに俺たちだって高位魔法を使えるが極めた訳じゃない、だからこそ修行をするんだ・・・多分死ぬまで。
「分かってるよ、ボクのお姉ちゃんは服造りの達人だからね」
自慢するようにアクアが言う。
「う~ 速く人の少ない所に行きたいよ~」
セレスはそれどころではないようだ。こんな調子で人々を纏められるのだろうか・・・心配だ。
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漕ぎ車を降り、金を支払う。
「ガンさんが言ってた程狭くないじゃないか」
それは多分、お前が勇者の村にある修行場と比較しているからだ。あそこは単に草を刈っただけの広場だからな。
ここは貸し出されていると言っても軍の演習場であり、金網に囲われ、黄色い砂が敷き詰められている。
「それじゃあ2人とも、中に入るぞ」
少し修行場の周辺を歩くと、金網の途切れた場所が存在した。
そこには小さな建物が在り、中に軍人が座っている。
彼らは兵士と違い、鎧ではなく灰色で統一された軍服を着ている。この国の印象色が灰色だからだと思われる。
軍人は普段から人が来ないから物凄く暇そうで、窓に取り付けられた机に肘を突いて、掌で頬を支えていた。
だらけていた軍人は、近づいてきたガンセキを見ると。
「あれ、誰かと思えば兄ちゃんじゃないか・・・いつ戻ってきた?」
「ども、いつぞやは世話になりました」
実はこの軍人とは顔見知りだった。始めてレンガに来た時は門の見張りをしていて、旅に失敗してレンガに戻った時はここの管理人になっていた。
「門の見張りをしてた時の方がまだましだ、ここに移されてから誰も来やしない・・・今日はお師匠さんじゃなないのか? この色男が、若い娘を連れて来たじゃないか」
「茶化さないで下さい、前回は教わる立場だったんですよ」
「お前も随分と出世したみたいだな、羨ましい限りだ・・・オレなんて万年下っ端だ畜生」
軽く軍人の愚痴を聞くと修行場に入れてもらう。
入る時に軍人がセレスとアクアに余計なことを言う。
「今は責任者で偉そうにしてるかも知れないけどな、始めてレンガを見た時は腰抜かしてよ、仲間さんに背負われて中に入ったんだぜ」
ガンセキは慌てながら。
「余計なことを言わないで下さい!!」
セレスがガンセキの顔を除きこみながら。
「ふえ~ ガンセキさんが?」
「誰にだって最初は有るよ、ガンさん」
「良いから行くぞお前等!!」
そう言うガンセキに軍人は頷きながら。
「あの若造が偉くなったもんだ」
「あんたもいい加減にしてくれ、俺にも立場が有るんだ!!」
ガンセキは早足で演習場に向かう。
2人、特にアクアはニヤケながらガンセキの後を追う。
・・
・・
ガンセキの前に2人が並んで立つ。
「ガンさん。ボクは何をすれば良いんだい?」
「お前には以前いった通り、工夫を覚えて貰う」
セレスは首を傾かせると。
「わたしは違うんですか? わたしもアクアと一緒がいいよ~」
「お前には同時魔法をある程度できるようになって貰う」
「ふへ? 同時魔法って何ですか?」
ガンセキは同時魔法の説明をする。
アクアが雨を降らすと、その分う他の魔法に魔力を回せなくなる。
そもそも水と土は
盾・壁・剣・腕・爪・雨
などのように様々な形にしてそれを同時に使う事が多い。そのため水と土使いは幼少の頃より同時魔法の修行をしている。
並位と並位ならそこまで問題ないが、高位と並位はかなりの技術を必要とする。
宝玉具の中にはこれを手助けしてくれる能力も有る。
俺の杭は伊達に純宝玉を混ぜ込んでいるだけあり、共鳴率底上げ・同時魔法補助・神言不要などの能力が有る。複数の岩の壁、大地の目を召喚出来るのは杭のお陰だ。
ハンマーは攻撃魔法を手助けする能力がある、高位防御魔法は杭の力を借りずとも神言カットが出来るが、高位攻撃魔法はハンマーで杭を深く打ち込まないと神言カットは出来ない。
地の祭壇を造らないと共鳴率底上げと同時魔法補助、これ等の能力は発動しない。
話は逸れたが炎には壁魔法も存在しているが、基本は敵に放射したり投げつけるだけで、火力そのものが魔法の位になってる。雷も同じだ。
ちなみに炎使いは遠・中距離からの攻撃が基本で、グレンやギゼルさんのように接近戦に重点を置いている炎使いは少ない。
以上の理由から、雷使いと炎使いは同時魔法の必要性が薄い為、それを修行に組み込む者は少ない。
だが天雷雲を使える程の雷使いは話が別だ・・・天雷雲は造り出すのに時間が掛かる、その間セレスが動けないのは危険が大きい。レンガ滞在中にせめて雲を広げている間に低位魔法で戦えるようになって貰いたい。
天雷雲による敵味方の判別をする修行は、恐らくレンガ出発までには間に合わないだろう。
ガンセキの話を聞いたセレスが変な声を出しながら。
「ヒョへ~ 難しくてよく分からないけど、天雷雲を召喚しながら戦えるようになれば良いんですね~」
「まあ、そう言うことだ」
滞在中にもう1つ、3人で行う修行がある・・・それは後々だ。
アクアが本題に入る。
「それでボクたちは具体的に何をすれば良いのさ?」
ガンセキは頷くと、修行内容の説明に入る。
「アクアの場合は具体的な説明が必要だ、最初の内は俺がおしえる」
「セレスは簡単だ、天雷雲を召喚しながら修行場を走り回ってくれ・・・それが終り次第、俺と剣のみで戦って貰う」
「分かりました~ にへへ~ 頑張ってグレンちゃんに褒めてもらうの~」
「それじゃ、早速修行に入ろうよ」
修行が始まる。
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・・
片手で矢を握り、片手に弓を持つアクア。
ガンセキが一言。
「アクア、まず氷の壁を召喚してみろ」
頷くとアクアは矢を握っている片腕を前方に翳し、氷の壁を召喚する。
氷の壁を召喚すると、ガンセキの方を見る。
「こんな感じだけど・・・問題あるかな?」
ガンセキは暫く考える。
「氷の壁の造り方を俺に教えてくれ」
氷の壁・・・造り方は2種類。
1 水の凝縮で集めた水を利用して造る。
2 水の領域で地面の水を利用して造る。
その話を聞いたガンセキが問題点を指摘する。
「お前の話を聞くと、手を前方に翳す必要は無いな。手をかざす理由はその方が壁を想像しやすいからだろう」
岩の壁でも同じことを言える。
地面に手を添えるのは、その方が魔力を神に・・・地面に直接送りやすいからだ。
そもそも神に対して足で魔力を送るのが失礼という考えで、先人たちが若者に修行をした。これが原因の可能性が高い。
しかし考えてみると人間は、普段から足で大地を踏み締めている。
常識という言葉が一番人間の成長を妨げる。無意識の内にそんな方法は在り得ないと思い込むのが一番怖いんだ、現に俺も恐怖に打ち勝つことも出来ないのに、隠すなんてできる筈がないと思っていた。
確かに足で魔力を送るより、手で地面に添えた方が魔力を送り易いが、それはただ単に慣れの可能性もある。
俺がこのまま修行を続ければ、足から大地の壁を召喚出来るように成るかもしれない。
ガンセキの言葉にアクアが問う。
「手を翳すのと翳さない・・・ボクはそんなに変わらないと思うけどな」
岩の壁の場合、しゃがむ必要が無い訳だからその分速く魔法を発動できる。
「手を翳すか翳さない、その一瞬で命が助かるかも知れない。それとだ、壁を造りながら弓を構え、矢を引くことが可能だとすれば、お前はどう思う?」
アクアはその様子を想像すると。
「・・・確かに便利だね、それが可能なら」
「まずは手を翳さない状態で壁を造ってみろ・・・意外と難しいぞ、手を翳すのに慣れてるからな」
アクアは頷き修行を開始する。
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手を翳さずに氷の壁を召喚することは簡単にできた、だがこれでは実戦に使えない。
「時間が掛かりすぎだ、手で翳す状態と同じ速度で召喚しろ」
「これ、本当に難しいよ」
「だが召喚はできただろ。氷の壁を召喚する場合は、手を前方に翳さなくてはいけない。そんなルールは無かったことになるだろ?」
詰まり、練習しだいで召喚速度は上がる。
この魔法のルールを正しく理解されていないことが多い。
例えば・・・岩の壁が倒れる筈が無い、剣が壁をすり抜けるなどありえない。
これが先入観の困った所なんだ。俺の言う魔法の工夫は、魔法のルールを理解すると言う意味だ。
恐らく岩の壁を考えた偉大な土使いは、岩壁のルールを完璧に理解していただろう。だが時の流れ・・・歴史の中で間違ったルールが少しずつ重ねられて行ったんだと思う。
まだ俺の知らない岩壁のルールが有るかも知れない。
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セレスは走っていた。
ガンセキは空を見詰める。
「セレス! 天雷雲を忘れてるぞ!!」
「ふえ? あっ!! 忘れてたよ~」
どうやら走るのに夢中になってたらしい。
ガンセキはセレスに近づくと。
「走りながらが無理なら始めは歩きながらでも良い。とりあえず動きながら天雷雲を完成させてみろ」
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どうも予想以上に苦労しそうだ、同時に2つのことを行うのがセレスは苦手らしい。
最初から高位と低位の魔法を同時に使うのは無理だと思っていたが、走りながら雲を広げるのに苦戦するとは予想外だった。
目標を落とした方が良さそうだな。先が遠すぎると、焦りがでて支障に成りかねない。
天雷雲を広げながら魔法は使えないが、剣で戦うことだけは可能。これを目標にした方が良いかも知れない。
セレスの雷使いとしての特徴をもう一度考え直そう。
通常時は全身放雷がある。ただし体からは一ヶ所しか放つことができない。
天雷雲を広げている間は動けないが、今後の予定では剣で戦うだけならできるようになる。
ガンセキがセレスに問う。
「天雷雲を完成させたとして・・・それを維持するのは難しいのか?」
セレスは首を左右に振る。
一度でも天雷雲を完成させたら、何もしなくても10分位ならその場に残るらしい。
つまり天雷雲さえ成功すれば、セレスの戦闘力は大幅に上がる。
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天雷雲が完成するまでの間、セレスは剣で戦えるだけで良い。
セレスはどうも一つの物事にのめり込むタイプだな。だから雲を広げながら動き回ることすら上手く出来ないんだ。
その代わりに天雷雲が完成するまでの時間は速いと思う。俺の知っている人は天雷雲完成までに5分は必要としていたが、低位魔法なら問題なく使えていた。
さて、どうした者か。一つの物事に集中すると周りが見えなくなるのは性格だからな。
それにセレスのように周りが見えなくなるのは短所だが、見方を変化させれば長所とも言える。
この性格で戦闘自体にのめり込めば、予想以上の力を発揮するだろうからな。
一度スイッチが入ればセレスは化ける筈だ。ただし・・・それが切れたら戦いに集中できなくなる。
地道に修行して行くしかないか。
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セレスは天雷雲を広げている時は雲をずっと眺めている、まずはそれを何とかしないとな。
「空を見上げる必要が有るのは神言を唱えている時だけの筈だ。小さい天雷雲さえ造れろば、そのあとは雲に視線を向けなくても広がると思うが・・・できるか?」
「にへへ~ 試したことないから分かりませ~ん」
試してみる価値はあるな。
セレスは剣を地面に突き刺すと、両腕を天に掲げ神言を唱える。
「響き渡る雷鳴、雷雲で空を覆い、天を焦せ」
その言葉と時を同くして、セレスの頭上に小さい天雷雲が出現する。
「ここからだ。雲を見るのを辞めろ」
セレスは目線を下げる。
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「う~ ガンセキさ~ん、雲広がってますか? 広がってるか分からないから不安だよ~」
広がってはいる、だが完成するのに10分は掛かりそうだ。
「今日はこれを続けるぞ、天雷雲完成までに7分を目指す」
「うへ~ 修行難しいよ~」
楽な修行なんて存在して堪るか。俺が実戦で恐怖を隠せるまで・・・どれだけ苦労したことか。
だがこの修行方法は意外とセレスに合うかも知れんな。俺やアクアが同じ方法で修行をすれば、高位上級の連発ができないため、恐らく数年は必要となる。
なんとか旅立つまでに、アクアとセレスには目標を達成してもらいたい。
グレンは怪我が悪化したら迷惑が掛かると自分でも分かっている。だから無茶なことはしない・・・と思う。
奴なら自分の武具を短い期間で使いこなせるようになるはずだ。グレンはあの道具使いの弟子だからな。
ガンセキは魔王の領域で知り合った、古参の同志から聞いた話を思いだす。
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戦場で、男が一人立っていた。
その男は、用途不明の道具を体中に巻き付けている。なぜか彼の周りには味方がいない。
魔者の集団が、男に向けて大地を揺らしながら迫ってくる。
男は巻き付けていた道具を数個手に取り、それを己の周囲にばら撒く。
常に口元の片方は吊り上がり、瞳孔が開いている。
その表情には影が射し、男の存在する空間だけが、異様な空気に包まれていた。
男は自身の上に手を持って行く・・・静かに指を合わせる。
魔者達が男に接近し、攻撃を仕掛けようとした瞬間だった。
パチン
その小さな音の後、爆音が鳴り響く。
その爆音と同時に、ものすごい風が男の身体を揺らす。
男の周囲には黒い煙と、男に攻撃を仕掛けようとした魔者達が燃えながら横たわり、一瞬の内に息絶えていた。
全ての死を確認すると、男は両腕に炎を灯し、そのまま戦場を駆け抜けた。
その不気味な姿は敵だけでなく、味方すら怯えさせていた。
3章:六話 おわり
此処まで読んで頂ありがとうございます。
とりあえず3章も残す所あと二話になりました。
次回はグレン視線に戻ります。
それでは明日も宜しくです。