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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
3章 炎は赤く燃えていた
22/209

二話 赤鋼到着

夜が明けて、魔物を沈静化させる太陽の光が辺り一面を照らし始める。


薄い太陽の光が顔に射すと、グレンはすっと目が開く・・・。


毛布を持ち上げながら、そのまま体を起こす。


軽く腕を伸ばし体を解す。


「流石に朝は寒いな・・・」


言い終えると同時に片手へ火を灯し、グレンは身体を温める。


その様子を見ていたアクアが。


「セレスちゃんの言っていた通り、グレン君は本当に朝起きるの速いんだね」


「ん、まあな・・・朝は好きだからな」


グレンは周囲を見渡す。


ガンセキさんは、毛布を掛けながら自分で召喚した小岩を背凭れにして、座りながら身動き一つせずに眠っている。


勇者の村を出発してから、野宿の時は何時もガンセキさんはこの姿勢のまま睡眠をとる。


セレスを見ると、寝息を立てながら夢の中へ旅立っているようだ。


「この馬鹿、見張り番の癖にアクアに押し付けやがって・・・まったく、如何しようもない勇者様だよ」


アクアは笑顔を浮かべると。


「少し前までグレンちゃんを起こすんだって、頑張って起きてたんだけど駄目だったみたいだね」


グレンはセレスに近づくと、気持ち良さそうな寝顔の額を叩く。


「起きろ、馬鹿勇者」


「ふえ~ あれ~ なんでぐれんひゃん起きてるの?」


「お前が寝てるから起きてんだよ」


「駄目だよ、わたひが起こすんだから~ もう一回寝て!」


「馬鹿も休み休み言え」


セレスを起こすと、次はガンセキさんを起こしに向かう。


ガンセキさんは起こすのが楽だ、声を掛ける必要がない。


グレンが一定距離を近づくとガンセキの目蓋が開く。


「・・・朝か・・・」


「あいかわらず、起きるの早いですね」


俺も誰かが近づくだけで起きる事の出来る技術が欲しい。


グレンがそう言うと。


「なに、臆病なだけだ」


ガンセキは立ち上がり、体を伸ばす。



アクアがスープをかき混ぜながら。


「ほら、皆ご飯食べて速く行こうよ」


調味料で味付けしたスープに、固いパンを入れてふやかしただけの簡単な朝飯。


まあ、俺が何時も食べていた朝飯よりはマシだな。


・・

・・


食後ガンセキは土の結界を解き周囲の杭を地面から抜く。


アクアは水を指先から出し、その水を使ってセレスが鍋を洗う。


一通り出発の準備が終ると、ガンセキが荷物を背負いながら。


「それじゃあ、3人とも準備は良いか?」


グレンは外套(マント)を着直した後に荷物を背負い、肩掛け鞄を肩にかける。


多少痛いけど問題ない・・・何事も慣れだ。


「ボクは何時でも大丈夫だよ」


元気な声をアクアが上げる。


「セレス速く荷物を背負え、皆待ってるぞ」


「うう~ まだ眠いよ~」


目を擦りながら、眠気をアピールする。


「お前、俺達より沢山寝てるだろ」


グレンはセレスの荷物を持ち上げると立つように促す。


セレスはフラフラと立ち上がると、グレンから荷物を受け取る。


ガンセキが周囲を確認すると。


「今日中にはレンガに到着したいから、セレスには悪いが眠いのを我慢してくれ」


そう言うとガンセキは歩き始める。


まだ眠そうなセレスにグレンが言葉を放つ。


「ほら、セレスさっさと歩け・・・置いてくぞ」


グレンはそのままセレスを置いて歩き始める。


「セレスちゃん頑張ろ」


アクアがセレスを後ろから押す。


「うん、わたし頑張る~ アクアはグレンちゃんと違って優しいな~」


何時もの気持ち悪い笑顔を周囲にバラ撒く。



しかし女って生き物が俺には理解できない、そんなに眠いなら化粧なんてしなければ良いのに、セレスは毎朝寝ぼけながらも顔面だけは直す。


興味深いからマジマジ眺めてると嫌がるし、何故かスッピンのアクアにまで怒られる。


朝なんて顔洗ってハグキの実を良く噛んで、飯を食えばそれだけで良いだろ。


ハグキの実・・・この世界の歯磨きのような物で、噛む事によって歯の清潔を保つ。


まあ俺だってレンガに着いたら風呂にだけは入りたいけど、モクザイで俺だけ風呂に入って居ない。


でも、この怪我で風呂に入っても大丈夫なのかな。


暫くは体を拭くだけで我慢するか、今冬だしそんなに汗も出ないし。


・・

・・


アクアはウキウキとした口調で。


「遂にレンガだね、意外と4日間も歩くの大変だったよ」


「ああ、走らなくて良かったな」


「グレン君、もう良いじゃないか、そんな昔の話をしなくたってさ」


お前にとって4日前は昔なのか。


「ねえねえガンセキさん、レンガについて教えて~」


お前は聞いても直ぐに忘れるだろ。


セレスの話を聞いたガンセキがレンガについて話を始める。


レンガは【ユカ平原】と言う広い平野の中に存在し、多くの商人が行き来する街だそうだ。


以前言った通り、武具と防具の製造で栄えた場所で、この国の戦力の源と言っても過言ではないだろう。


レンガは東西南北を壁に囲まれていて、南側と北側に出入り口があり、レンガ北門と南門にレンガの軍所がある。


レンガ西側が鉄工街や工房通り、東側が宿屋や住人の住居になっており道具屋や衣類屋の室店も此方にあるらしい、南門~北門を繋ぐ大通りは食事所や食料品を売る外店などの食べ物関係が多い。




鉄工街・・・武具、防具を大量製造する大鉄所が大半を占めている、一部のパーツだけを製造する鉄所も此処に存在する。


工房通り・・・宝玉具を製作する職人達の工房が幾つか在る。


大鉄所の周辺は大通りとは違う煩さがあり、慣れない人が行くと頭が痛くなるらしい。


職人達の居る工房は大鉄所と比べると静か。



レンガ周辺の魔物は、どちらかと言うと単独が多いらしい。


集めた大量の闇魔力をレンガの周りで放つ事により、魔物は強力な魔物が居るか、大きな群れの縄張りだと勘違いする、以上の理由で魔物はレンガには近づかない。


それでもレンガに近づいてくる、と言うことは身の程を知らないセレス(馬鹿)見たいな奴か・・・強力な魔物のどちらかだ。


・・

・・


太陽は御一行の真上にもう直ぐ到着する頃、歩いている俺達の左右に広がっていた森たちは少しずつ薄くなっていく。


だんだんと視界が広がり、3人はその光景に息を呑む。


アクアが突然走り出し、両手を天に上げて大喜びしている。


走りながらアクアが嬉しそうに叫ぶ。


「凄いよ!! 先が見えないよ!!」


俺達との距離を広げると荷物を地面に置き、アクアは街道を少し外れて野草の上に倒れ込む。


セレスは暫く馬鹿丸出しの表情で呆然と目の前に広がるユカ平原を見詰めていたが、正気を取り戻し。


「アクア、わたしも寝転びたいよ~」


セレスは走り出しアクアの真似をしようとするが、その途中で転んでしまい街道に顔から突込む。


「う~ グレンちゃ~ん 痛いよ~」


流石セレスだ・・・俺が心から願うと、その通りに動いてくれる。


だけど2人がはしゃぐ理由も分かる、俺だって恥と理性がなかったら大喜びで走り回っているだろう。


尤も平原の光景に喜んで両手を上げながら走り回っている俺・・・想像するだけで気持ち悪いだろ。



だが、この景色は本当に感動するな。


地平線が見える程に何処までも続く薄い緑の大地、街道は途切れる事もなく真直ぐではないが伸びている。


アクアは飛び上がりながら街道の先を指差し、ガンセキに問う。


「ガンさん!! この道の先に建物見たいなのが見えるよ!!」


ガンセキはアクアの話を聞くと、そのままアクアに近づき遠くを見詰める。


「良く気付いたな・・・あれがレンガだよ」


セレスはさっきまで痛がっていた事すら忘れたのか、2人の下に歩み寄りガンセキの真似をして遠くを見る。


「ふえ~ レンガってあんなに小さいの?」


セレスの発言に笑いながらガンセキが返事をする。


「肉眼で見えるけど、このペースで歩いていても到着するのは夕方になるぞ」



グレンは周囲を見渡しながら。


「ガンセキさん、このまま進むと周りから俺達の存在が丸見えになります」


そう言うとグレンは天に輝く太陽を指差し。


「まだ少し速いかも知れませんが、ここいらで昼飯にしませんか?」


俺の提案にアクアは。


「まだ平気さ、ボクはこのまま進みたいな」


「そうだよ~ わたしも草原を歩きた~い」


セレスもアクアに続く。


「だけどよ、ここまで広いと魔物だって身を隠す場所がないだろ? その分、日中でも周囲を警戒してるだろうし、危険だと俺は思うけど」


このユカ平原にも木や岩は在る、だけど森のように木が密集している訳じゃない。


日中が安全と言うのは、今までは陽が昇っている内は魔物が身を隠す森と言う場所が在った、だから魔物が出てくる事はなかったけど広い場所だと魔物からも俺たちが丸見えになる、ユカ平原に足を踏み入れる前に昼飯を取った方が良いのではないかと提案した。


ガンセキは暫し考えると。


「俺もグレンの提案には一理あると思うが、周辺に居る魔物の動きを確認しながら昼食を取る、そこまで考える必要はないかも知れんな・・・判断はセレスが決めろ」


ガンセキの言葉にセレスは今までの表情を隠し、口調を変える。


「私が・・・決めるんですか」


セレスがそう言うとガンセキは笑いながら。


「小さな事からコツコツと、何時か重要な決断をする時の練習だと思ってくれ」



暫く無言で考える。


「今此処で昼食を取るのと平原の真ん中でご飯を食べるのとでは、レンガに到着するまでの時間はそこまで変わらないかな?」


「安全面で考えたら、今食べた方が・・・」


そう言うとセレスは俺の方を見る。


「俺の意見だからとか無しだからな、自分で決断しろ」


「ぶ~・・・グレンちゃんは何時も意地悪だよ」


別に俺の意見が絶対に正しい何て事は無いんだ・・・どちらかと言うと俺の考えは今までの人生で間違いだらけだ、だからこそある程度の考える力が身に付いたんだと俺は思っている。


「皆の安全を考えるなら、今此処で昼食を取った方が良いと思います・・・私は」


セレスの言葉に3人は。


「ご飯食べてからでも草原は歩けるしね」


「俺としても此処での昼食の方が、魔物の動きを確認し易い」


「俺はお前に従うだけだ」



3人の意見を聞くと、セレスに何時もの気持ち悪い笑顔が戻る。


「にへへ~ グレンちゃん、わたしの事見直した? 惚れ直した?」


「うるせ、調子に乗るな」


グレンは照れたのか、荷物を地面に置くとそのまま座り込む。


今はガンセキさんが旅の責任者としてセレスより強い責任を持っているから良い、だが王都に到着して国民にその姿を披露した瞬間からセレスはこの4人のリーダーになる。


それまでにセレスには勇者としての自覚と責任の重さを知ってもらう必要がある。


たかが昼飯の場所に何で其処までとセレスは思うかもしれない・・・けどよ、その程度の事を判断するのに、俺の顔色を伺っているようじゃ駄目なんだ。




森がなくなり平原へと成る境、4人は街道の端に腰を下ろし昼食を食べる。


保存用の硬いパンは基本的に夜,朝食に使用する、汁物に入れてふやかさないと硬すぎて顎が疲れるからな。


目前に広がる絶景を眺めながら昼食を食べる。


昼飯は数日しか保存が聞かない普通パンに、硬豆をすり潰し濃い味をつけた粉を塗して食べる。


アクアが不満を浮かべて。


「ボク、もう飽きたよこの味」


「お前な、旅の最中にそんな手間の掛かる飯は食えないのが当たり前だろ」


不味くはないが飽きてくる・・・もっとも俺は村に居た時から何時も似たような物しか食べていなかった、だから其処まで苦にはならないけど。


アクアの話を聞くとガンセキは笑いながら。


「レンガに着けば豪華とまでは言えないが、まともな飯は食べられる筈だ」


ガンセキの話しにグレンが上乗せする。


「旅の道中で食べる飯に期待する事が間違ってんだよ、楽しむ為の飯じゃなくて生きる為の飯だろ」


大体よ、飯なんて高い金出してまで食うもんじゃない、腹に入っちまえば皆一緒だろ。


「それじゃあ、グレン君はレンガに着いても野宿中のスープと硬いパンで良いんだね」


アクアが馬鹿にした視線でグレンに言う。


なんか何処かで聞いた台詞だな・・・この野郎、屁理屈を言いやがって。


「構わないぞ、その代わりレンガに滞在中は俺だけ飯の勘定は貰うぞ、じゃなきゃ割に合わない」


「グレン君はお金さえあれば何でも良いんだね!!」


アクアとグレンの幼稚な口喧嘩はその後も続く。




あれ、何時もならセレスが混ざってくるんだけどな。


ふと気付いたグレンはセレスの方を見る。


セレスはパンに噛み付いたまま、唸りを上げていた。


「ふぬ~ このパン噛み切れないよ~」


涙目になりながら必死にパンを噛み千切ろうとしている。


「お前なんで保存パンを食べてるんだ・・・そうか、馬鹿なのか」


保存パンをそのまま食べる場合、ナイフで切って一口の大きさにする必要がある。


「ふえ? これ保存パンなの?」


知らずに食べてたのか・・・まあセレスだし仕方ないか。


「セレス、責任もって最後まで食べろよ」


銀髪女は涙目になりながら。


「グレンちゃん、パン交換しよ」


お前の涎でベトベトになったパンを何で俺が食べなきゃいけないんだ。


「グレン君、ここは男を見せる所だよ、困ってる女の子を助けてあげなきゃ」


目をニヤニヤさせながらアクアが茶化す。


「アクアさんよ、お前の言葉は色々と間違っているんじゃないか?」


「ボクは何時だって真剣だよ」


終にはガンセキさんまで。


「お前、たしか何時も日持ちするからって生のまま保存パン食べてたよな、初心者にはそのまま食べるのは酷な話かも知れんな」


「ちょっ!! ガンセキさんが俺の味方してくれなかったら、俺の居場所が無くなるじゃないですか!!」


本気で動揺するグレン、ガンセキは感情を隠すのが得意なようでニヤケる事も無く茶化す。


セレスが潤んだ瞳でグレンを見詰める。


「そんな目で見ても交換しないぞ、俺のパンは俺の物だ!!」


グレンはまだ半分ほど残っていたパンを必死になって食べ始める。


「あっ!! グレン君、男の癖に情けないよ!!」


「グレンちゃん酷いよ~ わたしのお昼ご飯食べちゃうなんて」


ガンセキは堪えきれずに笑い出す。


「グレン、保存パンを生で食べるコツ見たいな物が有るんだろ?」


「有りませんよ!! 根性と粘り強さで押し切るんです!!」


ガンセキはグレンの話を聞くと、袋から普通のパンを取り出し。


「今度から袋を保存パンと普通パン別々に分けた方が良いかも知れんな、今回だけだぞ」


そう言うとセレスにパンを渡そうとする。


「駄目ですよガンセキさん、こいつは甘やかすと同じ失敗を繰り返しますから!!」


「グレン君は人に対して優しさの欠片も無いんだね」


どいつもこいつも・・・俺を悪者にしやがって。


「分かった! もう良い、教えれば良いんだろ!」


グレンはセレスに鞄から取り出した小さいナイフを渡す。


「それでパンを小さく切ってから食べろ、最初から噛もうとするな、口の中で転がしてある程度軟らかくしてから噛み始めろ」


「グレン君、やっぱりコツが有るんじゃないか」


こいつはさっきから・・・もういい、面倒だ。


「すみませんでしたね、俺が全て悪いんですよ・・・こん畜生」


ああ・・・そうだ、言うの忘れてた。


「セレス、保存パンは食べ終わるのに俺でも1時間以上かかるから、歩きながら食べろよ」


「グ~ちゃん、歩きながら食べるのはお行儀悪いんだよ~」


「自業自得だろ、ば・・・」


馬鹿って言うと、またアクアに茶化されそうだな。


「グレンちゃん、今さっき私の事馬鹿って言おうとした?」


「お前は一々反応するんな馬鹿」


・・・言ってしまった。


アクアがその隙を見逃す筈も無く。


「あっ! 病気出た!!」


「だー!! もう良いから、さっさと行く支度しろ!!」


ガンセキさんが。


「少しグレンを馬鹿にしすぎだな、アクアその辺で勘弁してやれ」


「ボクは残念だよ、いい所だったのにさ・・・あ~でも楽しかった」


ガンセキさん、今回は貴方も俺を馬鹿にしただろ。


グレンは立ち上がり荷物を背負う、肩も頭も痛い誰か助けてくれ。


・・

・・


昼休憩が終わり平原を歩き始める一行。


此処からだと数時間かかるが、遠くに川が流れているのが見える、多分モクザイの傍を流れていた川だろう、その川はレンガに向かって流れている。


俺の肉眼からは魔物の姿は良く分からない・・・だがガンセキさんは先程とは打って変わり、真剣な表情で歩いていた。


時々立ち止まっては、土を掴んだり地面に手を添えて注意深く進んでいる。


俺は4人の中で後尾を任されていた。


ガンセキさんの邪魔をすると、色んな意味で怖いから誰も言葉を発しない。


周囲にはセレスがパンをムシャムシャと食べている音だけが響いていた。


まあ俺としては2人が俺を茶化すし、1人は馬鹿だしで痛い思いをしたから静かな今が幸せだ。




俺が魔物に注意しながら草原の景色を堪能していると、前を歩いていたセレスが急に俺の方を振り向く。


「・・・何だよ?」


セレスは涙を浮かべながら。


「う~ グレンちゃ~ん」


何なんだこいつは、訳が分からない。


セレスは人差し指をグレンに向ける、血が滲んでいた。


「ナイフで切っちゃったよ~ 血が止まらない、私死んじゃうのかな~」


剣を扱ってる癖に、ナイフで指を切るなよ。


「死ぬか馬鹿、そんくらいで死んでたら人類はとっくの昔に滅亡してる」


グレンは先頭を歩くガンセキに。


「ガンセキさん、馬鹿が指切ったんで治療させてください」


立ち止まるとグレンとセレスの方に2人が近づいてきた。


「セレスちゃん大丈夫?」


「血の臭いが広がる前に手当てをした方が良いな」


ガンセキが荷物の中から手当て道具を取り出して治療を始める。



治療している間、俺が周囲に気を配る、アクアは治療の様子を眺めていたが、何を思ったのか俺に話しかけてきた。


「グレン君、セレスちゃんの変わりにパン切ってあげなよ」


「・・・さっきから急に手先が震えだした、こんな状態じゃあ無理だな」


グレンは手が震えた演技をする。


「駄目だよ、たまにはセレスちゃんに優しくしてあげないと見捨てられちゃうよ」


「産まれてこの方セレスに優しくした記憶がないんだけどな、俺はセレスよりも自分の方が可愛いんだ、指切ったら俺が可哀想だろ」


「グレン君、自分で言ってて恥ずかしくないのかな?」


・・・恥ずかしい。


・・

・・


セレスの治療が終り、再び歩き始める。


街道の向こう側から商人の御一行が歩いてくる、軽く挨拶を交わしお互いに旅の無事を祈りあう。


すれ違う際、商人と5人の護衛が俺とセレスを見て、微笑ましい表情を浮かべる。



セレスは満面の笑顔でグレンからパンの切れ端を受け取る。


対照的にグレンは顔を真っ赤にして俯いている。



はっ恥ずかしい・・・何で俺がこんな事をしなくてはいけないんだ。


アクアに言い包められた感があり、悔しい。


当のアクアは笑いが堪えきれないようで肩を震わせている。


「ぷぷ・・あのグレン君が」


いつか見てろよ、この男女が・・・違う、アクアは男だ。



レンガまでの道中に数組の商人一行に出会った。


だけど商人たちが勇者の村まで来る事は滅多にない、勇者の村を囲う森を抜けるのが危険だからだ。


俺は以前おっちゃんの店を手伝っていた時期があったから、その時に商人の事をある程度教えてもらっている。


勇者の村では、おっちゃんを含めた数人の村人が一週間ほど村を空けて必要な物を隣の村まで買いに行く事になっている。


まず始めに商人と言っても色々だ。


鉄鉱石等の鉱石を扱う商人、肉・魚・穀物・野菜等を扱う商人、衣類などの生地や毛皮等を扱う商人、その他多数の商人がいる。



商人は幾つかの大小の組織に分かれていて、国が組織ごとに補助金を出している。


辺境の村まで行くのは商人としても、儲けよりリスクの方が高くその分を国が補っている。


商人は数頭の馬に品を背負わして各村を回る。


向かう場所の危険度に応じて国からの補助金も変わる。


その補助金の一部を利用して護衛を雇う。



俺がそんな事を考えていると、セレスが俺の肩を叩く。


「グレンちゃん、パンちょうだい」


グレンは保存パンをナイフで数個切り、セレスに渡そうとする。


セレスは口を開けて食べさせての構えを取る。



・・・食べ物じゃなかったら顔面に投げつけている所だ。


「お前は俺に殴られたいのか、て言うか殴って良いか?」


「グレンちゃん分かるよ、恥ずかしいんだよね? そんなに照れなくて良いよ、誰も見てないもん」


こんな感覚は始めてだ体が自然に動く、神経が研ぎ澄まされる。


グレンはセレスに攻撃を仕掛ける、余りの速さにセレスはグレンの攻撃を受ける事が出来ず、グレンの拳が命中する。


「グ~ちゃん酷い!! 頭が痛いよ~」


「すまん、体が勝手に動いたんだ・・・こんな力が俺に隠れていたとは」


俺はこの力を必ず使いこなしてみせる、他ならぬお前の為に。


頬を膨らませながら、セレスが不満を述べる。


「私の頭が悪いのは、グ~ちゃんが何時も叩くからだよ」


「お前が俺に甘えようとするからだ」


そう言うとグレンはセレスにパンを渡す。


セレスは文句を言いながらも、パンを受け取ると口の中に放り込む。


・・

・・


・・

・・


歩き続けて数時間後、肉眼に映るレンガが大きくなってきた。


あれ程小さかった壁に囲まれたレンガは、時間を追う毎に巨大になり大きな建物が壁の上から顔を除かせていた。


アクアがガンセキに問う。


「ボクさっきから気に成ってたんだけどさ、一つだけ凄く大きな建物が有るけど、あれは何なのさ?」


「レンガは俺達の住んでいた田舎と違い時間が生活の中心なんだ、大小家によって差は有るが民家全てに時計があるし、仕事場に出勤する時間もある程度決まっている」


勇者の村にも時計は在る、だけど村の寄り合い所や村長宅、オババの家にも置いてたな。


詰まり全ての村人の家に時計がある訳じゃない。


太陽と共に起きて、月の光に包まれながら眠るだけで良いんだ。


ガンセキはレンガから天高く突き出ている建物の説明をする。


「あれは時計塔だよ、あの時計の時刻がレンガの照準だな」


まだ遠くて時刻は読み取れない、ガンセキは太陽の位置と明るさから大体の時間を予測する。


「今現在、大まか昼の2時だな」


そんな話を聞いたアクアが大喜びでガンセキに。


「ねえねえガンさん、その時計台には登れるのかな?」


ガンセキは苦笑いを浮かべて。


「それは無理だな、関係者以外は入れないんだ」


専用の技術者や清掃者とかだろうか?



グレンは馬鹿にした口調でセレスに話しかける。


「お前、馬鹿だから時計の見方分からないだろ」


セレスと頬を膨らませながらグレンに言い返す。


「ぶ~ 分かるもん、私馬鹿じゃないから」


「ほーそれじゃあ言ってみろ」


「ご飯を食べる時間が6と12だよ、えっへん」


まあ・・・間違ってはないけど駄目だろそれ、19歳の回答じゃないな。


「グレンちゃん、私の事見直した? 惚れ直した?」


「ああ、さすがセレスだと思った」


セレスは嬉しそうに笑顔で歩き出した。


流石馬鹿のセレスだ、俺の予想を上回る答えを言ってくれた。


・・

・・

・・


太陽は西に傾き、あたり一面は赤に染まる。


広い草原も赤くなり、レンガを囲う壁も炎のように赤くなる。


4人はレンガの北門の前に並ぶ。


人々の生活の営みが聞こえる、遠くから鉄を打つ音が。


食べ物のような匂いがする、そう思えば次は酸味を放つ果物の香り。


それらが混ざり合い、良い匂いなのか嫌な臭いなのか良く分からない。


ただ一つだけ言える事が有るとすれば。



風が門を通り、4人の肌をさする。


その風は、気持ち温かかった。





勇者御一行は無事にレンガに到着した。





3章:二話 おわり

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