十二話 戦う者たち②
大昔のカフン住人が作ったと思われる旧花畑。
広さは崖にそって約二百m。崖から離れている所で約百mといった所か。その周りは木々に囲まれている。
ガンセキは慎重に崖の下を進む。予想以上に急な坂道だが、足もとの雪がそれほどでもないため、大きな問題はない。身を隠す岩盾の表面に大地の目を使い、視界も確保しておく。
心配があるとすれば、これから雪中を進む二人。しかし今日を目標として、これまで修行してきたのだから、共に戦う仲間として役目を背負ってもらう。
刻亀との距離が五十mほどになると、斜面は緩やかになってきた。その時だった、鐘の音が辺りに響く。
「始まったか」
ガンセキはその場で姿勢を低くとり、岩盾の下部を地面につけた。大地との繋がり、先ほどまで慣らしを続けてきたが。
「やはり、雪が邪魔だな」
それでも神言なしで盾を高位魔法へと変化させた。
・・
・・
合図を確認すれば、二人はゆっくりと歩きだす。
「アクア、準備は良い?」
「ボクは青の護衛だからさ、大丈夫だよ」
隧道から離れても、まだ氷球はこちらには気づいてない様子。
「鉄の服は白っぽいし、鎧も青だから、きっと目立たない」
「しゃくに触るけど、今はグレン君の言葉を信じるしかないね」
アクアは手を湿らせると、自分の髪をなでる。薄い氷の膜が頭や首をおおっていた。
「私それ苦手」
「敵方はボクが見てるから、今のうちにやっといた方が良いよ」
うなずくと、セレスも同じように氷の膜を頭に発生させる。後頭部に髪をまとめているため、少し手間取ったが完成した。氷は冷たいが、魔法なためか肌に張り付くような不快感も少ない。
「鎧系統の維持はボクが受け持つから」
「ありがとう」
氷の盾などは自分でするように。
「あっ 旗あがったよ」
アクアの言葉に崖上を見あげれば、そこには朱色に黒線の旗が設置され、風になびいていた。
白旗・勇者セレス
赤旗・赤の護衛グレン
青旗・青の護衛アクア
黄旗・責任者ガンセキ
赤黒旗・赤火長トント
朱黒旗・朱火長クエルポ
黄黒旗・明火長ヘンティル
黒旗・団長フエゴ
先ほど空洞の上で会話をした兵士たちは盾を持ち、氷球から旗を守っていた。
「最初の予定どおり、クエルポさんが残る」
「自分の旗があそこに立ったら、なんか憂鬱な気分になりそうだよ」
彼らがいなくては、こういった手助けも受けられない。
足もとはまだ、大地の結界で変色している。足首までしか積もっていないのに、予想よりも歩きづらい。
それでも転ばないよう、慎重に進んでいた。その時だった。
「なに、これ?」
地面に違和感あり。靴底で雪を払うと、それは折れた刀身だった。
「宝玉具かな」
「わかんない。でも今から戦うし、回収はできない」
辺りを見渡すが、持ち主の亡骸は見当たらず。この場所は刻亀のねぐら、時間の歪みなどが発生しているのなら、もしかすると腐食の速度など違いもあるのだろうか。
「アクアごめん、ちょっと警戒してて」
本当はこんなことをする余裕などない。それでもセレスは片膝をつくと、ボロボロの剣に祈りを。
青の護衛は弓を構えていた。矢を放てば、それが接近してきた氷球に命中する。
「足もと見て、もう結界とけてるよ」
突き刺さっても空中で姿勢を崩しただけで、球体はまだ浮かんでいた。
「まだっ!」
鏃に薄くまとわせていた氷の形状を変化させれば、氷の球は内側より亀裂が入り、二つに割れて落下する。
アクアは屈んでいたセレスの頭に手をおく。すると氷膜の上に兜が出現した。
「ありがと」
立ち上がれば、片手剣を抜いて走り出す。
「今後を考えると、あまり地面に矢を残さない方が良いかな?」
氷の矢を神に願う。本来はまっすぐ飛ばすのも難しいが、そこは修行のたまもの。氷の球に矢を放ちながら、ゆっくりと傾斜をのぼっていく。
雪の溶けた位置まで進むと、セレスは全身から一斉に雷撃を発射。五体ほどを貫くが、大地兵が消えたことで敵の数も多い。無傷だった数体が接近すれば、お返しとばかりに小さな氷刃を同時に放つ。
雷撃の発射後はどうしても隙ができる。
「やっぱ大丈夫だった」
セレスは顔全面を守っていた氷の一部を溶かし、視界を広げた。氷の鎧も可動域を増やすため、関節部の氷を溶かす。
近場の数体を片手剣で斬り落とし、その動作を終えれば左手で離れた敵に電撃を放った。
「一撃じゃ無理か」
相手は従属魔法なので痺れない。それでも魔力の質が高いためか、低位魔法の電撃でも相手を削るくらいならできた。
「それなら」
片手剣を鞘に帰す。両手から電撃を連射し、寄ってくる個体を次々に削り落とす。
アクアも氷の矢を放ちながら、セレスのもとまでたどり着いていた。
「近くなら二発、離れていても四・五発で落とせる」
「綺麗な表面だからさ、狙いがちょっとでも外れると、矢が滑っちゃうんだよね」
弓を鎧の背部に引っかけ固定すると、手をかざし狙いを定め、息を止めて電撃を放つ。離れていた個体だったが、その一撃で地面に落ちると水にもどった。
「さすが」
「セレスちゃんの魔法だからってのもあるよ」
属性が違うため断言はできないが、自分の水と比べると、すごく扱いやすかった。事実としてセレスの氷魔法より、アクアの雷魔法は修行が進んでいる。
左右からの交互であれば、並位の雷撃でも連射は一応できるが、やはり反動による隙も生まれてしまう。その点でいえば、電撃は連射も楽で隙も少ない。
「やっぱ多い」
セレスは電撃の連射。アクアは狙いを絞っての発射。
「ボク守りに入るよ」
氷の盾を左前腕に発生させると、セレスの背後につく。盾に隠れながら、右手で近場の個体を狙う。
相手はそこまで強くないので、二人の戦いは次第に安定していった。
心の緩みどころを、刻亀は良くわかっているのだろう。氷の壁へ目を向ければ、すでに氷の槍が完成していた。その数は全部で四。
しかし、こちらも心は引き締めていた。
「私が対処する。アクアは周りの氷球をお願い」
「わかった」
その場から少し離れ、周囲を見渡せる位置につく。
「切先がこっちなのは二つ、残りは多分だけどガンさん!」
セレスは片手剣を払い、呼吸を整える。左前腕には氷の盾を出現させる。
距離的に雷撃は届かないため、こちらに槍を放たれてから撃ち返すしかないが、恐らく二発連続で飛ばしてくるだろう。
それは神への言葉。
「私を守りし小さき雲を、大いなる雷をここに」
だが相手も待ってはくれず。氷の槍はセレスに向けて宙を駆ける。
コガラシとの特訓の成果か。屈んで避けながら氷に刃を通せば、そのまま二つに分かれ、後方の地面に転がり落ちた。
まだ槍はもう一つ残っていた。見守っていたアクアが叫ぶ。
「続けて発射確認!」
盾で受け流す予定だったが、それはセレスの目前で地面に突き刺さった。氷により動きを封じられたのは足だけでなく、槍を切り裂いた片手剣も前腕までが凍りついていた。
「大丈夫?」
「すごい範囲だね、ボクまで届いてるよ」
アクアも膝下が氷に覆われている。しかし足を少し動かすと、それはまるでカキ氷のように、ポロポロと崩れていく。
魔法の鎧により、セレスもすでに捕縛から抜け出していた。
上を見あげれば、先ほどのグレンと同じく大きな氷塊。
「小雷雲よ、お守りください」
雲から放たれた天雷は全部で三発。氷の塊は砕け散り、その破片が鎧や兜に当たって音をならす。
「まだ数発いけると思う」
「狙いはボクが絞るから、セレスちゃんは撃つだけで良いよ」
お言葉に甘えると、小雷雲から天雷が放たれ、周囲に残っていた氷球は消し飛んだ。
・・・
・・・
ガンセキは刻亀の氷槍を確認すると、その場で止まり大地の呼吸を発動させた。
大きなその盾は、彼が最も得意とする魔法。
仲間の援護もあったとはいえ、白い牛魔の突進を受け止めた実績を持っている。刻亀が放った二発続けての氷槍を受け止めれば、盾ごと全身が凍り付くが、彼は岩の鎧をまとっていた。
大地の盾を持ち直すと移動を再開させる。兜の視界を広げたのち、ゆっくりと上を向く。
「こういった崖際だと、氷塊での攻撃は難しいのか?」
セレスやグレンに向けられた物よりも、ずっと小ぶりだった。大地の盾を捕縛形態へと変化させれば、落ちてきた氷塊をつかみ取ったのち、横へと投げ捨てる。
たくさんの氷球体が彼に刃を放つが、全て無視して進んでいた。
刻亀の横を通り抜けるが、もうなにか仕掛けてくる気配はない。崖の肌に手を添えると、魔法を発動させる。そこには瞳らしき黄色い紋様が浮かんでいた。
「これでよし」
あとはクエルポを向かえるのみ。すでにグレン達は隧道へと向かっている様子。
「今、刻亀の横を抜けた」
『クエルポさんに伝えときます』
崖肌に大地の目を発動させたことも伝えておく。
「足場は大分できたようだな。次は俺たちが来た方面で頼む」
『了解しました』
大地の声もだいぶ感度が良い。
「合流したのち、俺たちは来た隧道口までもどる」
『態勢を整えたら、クエルポさんの魔法で、そっち方面の雪を溶かす。作業終了したら氷壁の強度測定を頼んます』
今後の予定を互いに確認。
「次に残る者の選択はお前に任せる。では大地の声を切るぞ」
『はい、よろしくお願いします』
グレンたちと逃げていたクエルポは、踵を返しこちらへと向かってきた。
・・
・・
無事に合流成功。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いするわね」
照れているのか、オカマはしおらしかった。どこか頬も夕日のように赤い。
「よろしくお願いします。では、セレスたちのもとへ向かいましょう」
「ええ、どこまでも貴方についていくわ」
彼。いや、彼女の瞳は輝いていたが、鈍感なガンセキは気づかない。
共に同じ場所を進むなら、良ければ手をつなぎたい。でも乙女からそんなことを言うなんて。
「はしたないわね」
「なにか言いましたか?」
気にしないでと強く振舞うが、その背中は遅咲きの青春色に染まっていた。
年齢なんて関係ないと人は言うが、そんなの理想論ではないのか。悲しき現実として、彼女はもう初老だった。
クエルポは足もとに炎を灯す。冷たき白い雪は自分と同じく、もう季節おくれなのだから、溶かしてあげるのが優しさだと。
目の前を走る男性は、氷の球から自分を守ってくれていた。これ以上の幸せを望むなんて、きっと神さまが許してくれない。
「ガンさんっ!」
「こっちだよ~」
小娘どもが邪魔をして、彼との短い幸せな時間は終わってしまう。
「クエルポさん、連戦になりますが大丈夫ですか?」
「誰に言ってんのよ、問題ないわ」
気づかう勇者はうら若き誠の乙女。悔しさからこんな返答になってしまうが、本当はうれしく思う。
「お姉さん、よろしくね」
「はいよろしく」
まだ恋すら知らなそうである少女の笑みは眩しい。だから、そっけなくしてしまった。
「雪を溶かしながら引くなら、できれば中級兵とかお願いできるかしら」
ガンセキはうなずくと、ハンマーで地面を叩く。盾を持った二体の兵士が、彼女を守る位置につく。
「ありがとう」
自分を守る騎士は彼らで十分。クエルポは地を這う炎の数を増やす。
「道を確保しながら進む」
先頭はセレスとアクア。真ん中をクエルポと兵士二体。後ろはガンセキ。
「いったん隧道口まで戻るぞ」