十一話 戦う者たち①
セレスに与えられた役目は、発射からの着弾ではなく、信号を送ってから着弾までにかかった時間。兵士に任せても良いのだが、最初の二十分なにもしないというのは、緊張に押しつぶされる危険があったから。
レフィナドの団員数名にお願いしてついてきてもらい、崖際に近づき過ぎないよう位置どる。木々に遮られ、ちゃんとは確認できなかったが。
「だいたいで良いんだよね」
振り返り団員に動作で礼をすると、空洞に引き返す。
急げば一分以内で到着できた。
「お疲れさま、君たちは所定の位置にもどってくれたまえ」
まだ氷球に関しては解らないことが多い。その魔法が発動するのは二十m以内と予想されていたが、いざ出現すれば崖際でなくとも襲ってくる可能性はあった。
「ありがとうございました」
二十名を四つに分けているようで、その中でもまとめ役がいるのだろう。
「では、ご武運を」
五人のリーダーだけが返事をすると、セレスに背を向けて薄暗い木々の中へと入っていく。
「皆さん疲れてませんか?」
赤火は休憩もとっていたようだが、ここを守る朱火はずっと動いているように感じる。
心配無用のポーズは、どこか大げさ。
「そこら辺はちゃんと練ってくれてあるから、問題はありませんよ。ほら、僕の肌もまだピチピチだろう」
白く塗られているため、良くは解らないが、実際に休めるようにはなっている。彼らの魔力も無限ではないので、無理を通せばいつかは尽きるのだから。
レフィナド班は最終防衛ラインであり、頻繁に魔物と接触するようでは、まず今後守り切ることはできず。
他二つの班も、十五名が動き、残りの五名が休む。ただし休憩中も緊急時は動けるよう、態勢は整えているので、彼らがどこまで回復できているのかは疑問が残る。
「普段は魔物退治が主な依頼なんで、こういうのはあまり経験がなかったのですが。今日までカフンを守ってきただけあって、ちょっとは皆も慣れてきたのさ」
魔物を通さない。壁というのがないため、いつもより難度は高い。
「よろしくお願いします、私たちも頑張りますね」
任せたよのポーズ。
セレスが空洞内にもどるため、梯子の位置まで行くと、何名かの兵士が登り終えたところだった。
彼らの手には笛があり、これは十分経過の合図に使われる。そしてもう一つ、手振り鐘は二十分経過の知らせ。
つまりはこの鐘が鳴った時、自分が刻亀と対峙することになる。
「お気をつけて」
この兵士たちの役目はこれだけでなく、今セレスが受け持っている、援護射撃の時間測定も含まれている。
時を司る水属性の玉具を渡す。
「セレスさまも」
勇者ではなく、名前で呼ばれたことに嬉しさと不安を感じる。
彼らが期待するのは勇者ではなく、セレスという自分自身なのだから。
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梯子と足場をつたい内部に下りると、ガンセキは大地兵の制作を続けていた。
「信号を送ってから着弾まで、二分三十秒ほどでした」
記録係と思われる兵士が、セレスの発言を紙に残す。
「グレン君の話だと、次はもっと時間かかるんだよね」
これは最高の状態での時間。
「砲手全員分、ここまで届いてたか?」
「すみません、そこまで確認できませんでした。でも、十五以上の一点放射は確実にあった」
今後は着弾する数も減っていくかも知れない。兵士はペンの先にインクをつけると、用紙に記入していく。
これはあくまでも下書き。一定数書き終えればまとめられ、情報伝達路を通ってヒノキへと送られる。この戦いが終われば正書され、写され、未来へと大切に保管される。
もし負けても無駄にはならない、無駄にはさせない。
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ガンセキが突然しゃべりだす。
「了解した」
おそらくグレンと会話しているのだろう。
「崖から離れすぎると、こちらの声が届かんぞ……駄目だな」
「感度悪いのかい?」
大地の兵を作りながらも、まだ余裕はあるようで。
「こっちはまだいいが、グレン側にちゃんと届いてないみたいだ」
ガンセキは記録係の方を見て。
「氷球の氷は水に帰ってもそのままだそうだ。でも刻亀が介入してくることもあるらしい」
聞こえているかどうか解らずとも、向こうから次々に情報は入っていた。
「氷小刃の威力はそこまで高くはない。当たりどころによるが、二から三発は突き刺さっても、下級兵は壊れず動いてるそうだ」
セレスは自分の服を触り。
「鉄の服なら、なんとか防げるかも」
すごく痛いと思われるが。
ふと疑問に思い、アクアに尋ねる。
「練習すればさ、この従属魔法できないかな?」
「たぶん難しいよ、玉具があればできると思うけどさ」
数体を操るなら、宝石玉を練り込んだ小さな鉄球を中核に、氷をまとわせて発動させる。
沢山となれば、一つの濁宝玉からいくつかのガラス玉具。使い捨てとすることで効果を高める。
「そもそもあの魔法ってさ、氷属性だけで出来るのかな。宙にとどまるだけじゃなくて、動き回ってるし」
「ミズもイカズチも神話の中で、協力して天を司っているだろ。まあ、一つの魔法が一つの属性とは思わんが」
光魔力はもともと太陽から古代種族、人の順に受け継がれた。
水を凍らせているのはミズの力だけか。炎を放射させているのはホノオの力だけか。すべての属性は強弱あれど繋がっている。
太陽の摂理のもと、世界は形を成す。
しばらくして、ガンセキは息をつく。
「氷の槍から、頭上の氷塊に気をつけろとのことだ」
これらの魔法は、すでにログから伝わっていた。
「氷の槍を連射してくることもあるんだよね。私たちも気をつけなきゃ」
「二組に別けたとしても、一定の距離を保ち、いつでも援護できるように。だそうだ」
どの魔法をどう防ぐか。どの手段であれば氷を壊せるか。アクアとセレスは頭の中で再度の確認を始める。
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やがて笛の音がガンセキたちの耳にも届く。
「わかった、一度補充が途切れるぞ」
感度が悪いながらも、なんとかやり取りは続いていた。
氷球は攻撃のたびに下りてくる。威力が弱いのもあるが、命中率も低いようだった。
「下級兵への指示を変える、向こうの方を通らせることになった」
これまで兵士が通っていたのは刻亀から一番近い位置。グレンの話ではもうその方面は十分とのことで、今から下級兵は四人が通った隧道を進み、そちらを黄土で染める。
本来はガンセキがやるべきことではあるが、彼の役目は多い。セレスは深呼吸をしたのち。
「ヘンティルさん、進行具合は?」
「あと五分もあれば。かなり雑だからな、不具合が起きたら申し訳ない」
助手の一人でもいれば良いが、発射台だけで手一杯な現状からして難しい。
「では完成しだい、雨対策の魔法陣制作に移ってください。もし不具合が発生しても、向こうの作業が予定より進んでいるので、それの完成後で構いません」
「了解した」
次に近場の兵士を見る。
「赤の護衛が戻ってきたら、責任者側にはそれなりに届いていると伝えてください。大地の声」
相手に伝えたい。そのような意思のこもった発言のみ届くようになっている。
セレスはガンセキを見下ろして。
「あと何かありますか?」
「大地の声だが、さすがに俺が向こうにいる時は、一度切らせてもらう。なのでこちらが戦う番が終わった時、できれば再度グレンにかけさせてもらう」
情報交換もそれと同時に行う。
「グレン達がもどってきたら、記録の確認をするだろうからな。記録係はその準備も、余裕があればして欲しい」
ここまでの内容を簡単にまとめてもらう。
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すでにガンセキは杭を抜き、祭壇の撤去を終えている。大地兵の援軍が消えたことからも、そろそろだと戦う者たちは勘づいているはず。
三名が通るのは、グレン達とも兵士達とも違う隧道。足もとの地面が変色しており、大地の結界が発動しているとわかる。
「雪はそれなりに溶かしてあるらしいが、まだ黄土はない。足場に気をつけて、まずは撤退を援護するぞ」
「クエルポさんとも合流しなきゃ」
声色からして、セレスはそこまで緊張していないようだった。彼らがこの方面から出てくるのは、事前の打ち合わせで決まっている。
「とりあえず俺が迎えにいく、お前らは氷球を引きつけてくれ」
結界の影響か、隧道内でも足音は響かない。
「わかったよ」
ガンセキは足を止めると、後ろにいた二人に笑いかけ。
「深呼吸でもしてみるか」
セレスは笑顔を返すが、アクアは小さな両手を握っていた。
息を大きく吸って、長く吐く。
「洞窟の中だし、あまり良い空気じゃないね」
「グレンちゃんに教わっとくんだった」
ギゼルから教わったという呼吸法。
「確かあれだ、思い込みが大切だったか。その動作に、自分の中で意味を込めるんだ」
こうすれば自分は落ち着くんだと思い込む。それは恐怖を薄める方法と通じるものがあった。
「実際に効果もあるようだが、暗示という側面も強いのだろう」
「それたぶん才能が必要だよ、ちょっとボクには難しいかな」
催眠術なども、かかるかどうかは人によって違う。
「だが、もう大丈夫そうだな」
いつの間にか、アクアの声は柔らかくなっていた。
隧道内は火の灯りにより、行く先は照らされている。
「行こ」
手をつながずとも両者の魔力は川となり、今は合流して一カ所に溜る。両者の心に存在する湖が枯れない限り、二人は互いの魔法を使える。
セレスは全身を湿らせると、氷へと変化させて鎧とする。
アクアの鎧は、守る部分がセレスよりも少ない。
曲がり角を通った先、太陽の光が隧道の中に差し込んでいた。
警戒しながら外にでる。傾斜を見上げた先に敵は見えたが、味方の姿は確認できず。
「実際に立ってみると、けっこうな斜面だね」
「ここらへんは雪も残ってるから、転ばないよう気をつけよ~」
そこまで急ではないが、平地に比べると足に込める力は強い。除雪が終わっているといっても、こちら側は刻亀近辺だけだった。
氷壁のせいで対象は良く見えないが、たくさんの氷球が宙を動いていた。大地兵が消えたせいで、その数は増している様子。
ガンセキは地面に杭を突き刺すと、岩の盾を出現させた。
「俺は崖ぞいに進む。お前らはそのまま刻亀を回り込んでくれ」
一応だがこれで身体を隠しながら進む。グレンからは二手に別れるとしても、離れすぎない方が良いとの指示があったが、今回は当初の予定通り進めることになった。
現在戦っている四名は刻亀の向こう側で、セレスたちとは離れた位置にいる。ただ単に交代するだけであれば、別ルートのほうが足場も良く安全だろう。
「鐘がなったら移動を始めてくれ。最初はゆっくりで良い、足もとの結界が消えたら走れ」
「氷の球と接触したら、戦いながらその場で待機。ガンセキさんたちを待つ」
「合流したら、皆で刻亀から離れ、態勢を整える。これで良いかい?」
三人はうなずき合う。
「先に行かせてもらうぞ」
「行ってらっしゃ~い」
「気づかれないようにするんだよ」
戦う者たちの中で、防御力が一番高いのは彼だった。
刻亀との距離は百m以上。
一歩を踏みしめるたびに、雪が嫌な音をならす。それでも崖際の方が、積る量は少ない。
今後。このルートが使えるかどうかを、じっくりと確かめながら進む。