十話 刻亀戦開始
落下型、長距離一点炎放射の発射台。
台の上には三十の小魔法陣。一点放射の射程を伸ばす。
台の下には大魔法陣。放たれた一点放射を領域魔法と連動させ、土使いが集中した位置に落とす。
基本は空高く放射した熱線を、地面へと落とすだけで良いのだが、発射台の位置はヒノキ側にある。そのため旧花畑を狙うとすれば、山肌にそって打ち上げたのち、落下地点を変える必要があった。
土の領域連結玉具。黄土がヒノキ一帯の地形をつくる。
「まずは此処で一度目。落下する前に狙いの切り替え」
発射台を任される土使いは、声に出すことで集中力を高めていた。すでに大地の兵は確認しているため、蝋燭台を担当する者は椅子から立ち、身を乗り出して火を凝視していた。
ペルデルの補佐は発射台から距離をとり、放たれた一点放射を確認できる位置につく。
発射台の上。総勢二十名の砲手は小魔法陣に入り、いつでも放てるようそれぞれが心を落ち着かせている。
しばらくすると、自然の火が魔法の赤へと変化した。
「援護要請きました!」
土使いは深呼吸をすると、発射台の面々を見渡し。
「太鼓を鳴らせ! 発射用意っ!」
発射台の上に立つ団員は、二十名の砲手に指示を飛ばす。
大地に固定された太鼓は一つだけ。その場にいた兵士は、力を込めて打ち鳴らす。
台上の団員は最終準備を整えると。
「いつでも大丈夫です!」
「こちらも位置についてます!」
大魔法陣にも数名が立ち、第六班班長補佐の合図を待つ。
炎使いが自分の魔法として制御できるのは二十秒ほど。
一点放射の速度。地面に引き寄せられたことによる加速。すでに計算され数字は出ている。
山に対して円を描くような進路変更はできないため、発射したあと二回ほど、落下地点の切り替えをするしかない。
離れた場所への一点放射。それは自然の風や雨などの影響は受けるのか。
土使いは領域連結玉具に両手をそえて。
「秒読み入ってくれ!」
砲手たちが構えるロッドの先は、勇者一行が通った沢とは、別の方角を向いていた。
「五秒前、四・三・二・一」
放ての掛け声と同時。発射された二十の熱線は、山肌すれすれに飛んでいく。
ペルデルの補佐は心の中で、秒を数えながら。
「今ですっ!」
大魔法陣が発動。たくさんの一点放射は進路を変えると、ゆるやかに落ちながら加速して、山影へと消えていった。
ここから先は、土使いが一人でやるしかない。
一度目の落下地点切り替えは発射から十一秒。二度目はその七秒後。
刻亀の存在する旧花畑に、落下地点を切り替える。
二十秒が過ぎれば、もう微調整はできない。
すでに発射台からは二十発の一点放射は見えないが、太鼓は今もなり続けていた。
・・
・・
もし失敗して山中に着弾した場合は、団員が魔物具で臭いなどを探り、山火事の危険を調べる。しかし彼らには水使いが少ないため、消火作業には回れない。
兵士には水使いもいるが、人員的に難しいとされていた。
ヒノキ山周辺の土地質は水属性。
一点放射は通常の炎放射と比べ、貫通力は高いが、燃え広がる力は弱い。
赤火から兵士への報告はするが、消火活動は基本しないと、事前の打ち合わせで決まっていた。
発射台から始まった太鼓の音色はカフン一帯に広がる。やがて第二演習場からも太鼓の音が空気を揺らす。大勢で叩いているようで、皆の心臓に響いていた。
それは勇者一行と初代団員が、刻亀と戦っている合図。否応にも指揮は高まる。
内壁を守る小隊長と中隊長は、休憩へと入る兵士たちにのみ、昼を過ぎれば発射台が修復作業に移ると伝えた。
援護が消えるのは一時間から二時間。その期間を守るため、英気を養うようにと。
太鼓の音は滝拠点からも鳴り始め、いつしか隧道入口からも続いてゆく。
刻亀との戦いが始まったのだと、山中の兵士や団員たちは息をのみ、拳を強く握り締めた。
・・
・・
隧道を進む四名と六体。
全部で十の足音。その気配を刻亀は感じているのか。
旧花畑へと続く通路には、分かれ道がいくつかあった。
共振明石。ここのそれは質が悪い。
「もう少し掘れば、こっちを掘れば」
いつか良質の場所に突き当たる。
「てな感じで、カフンに住んでた連中は諦め切れなかったんでしょうね」
「でなけりゃ、こんな入り組んでないさ」
今は壁の穴に火が灯っているため、偽の星空は拝めない。どうやらこの隧道には行き止まりもあるらしく、そこに続く通路には明かりが入っていなかった。
「魔法も魔力もない時代に、良くこんだけ掘れたもんだ」
千年以上の昔。
掘る掘る言ってたからか、オカマは少し嬉しそうにしながら。
「カフン住人の意思とは限らないわよ」
どこかの都市に命令されて、仕方なくだったのかも知れない。
「大軍が通れるわけじゃないんだろうけど、ヒノキ山道って重要だったんですよね?」
沢山の人が通る。それだけでも、一つの村としては十分な利益。
「人に歴史があれば、場所にも歴史あり。なんか素敵ね」
うっとりするオカマ。
団長は自分の手荷物をあさり。
「おいちゃんお腹痛くなってきちゃったのよ。なんか忘れ物あったりして」
「今さら取りには戻れねえぞ」
前回の魔獣戦。完全な勝利とは言えなかったのだから、なんだかんだで彼らも緊張はしている。特にトントは二回とも。
グレンも無駄話はここら辺で終えて、そろそろ覚悟を決めねばならない。
「見えてきましたね」
空洞からそこまで時間はかかっていない。通路の先に光が差し込んでいた。
雪景色。
もともと花畑だったこともあり、視界は広がっているが、なだらかな傾斜となっている。
ここからでも下方に刻亀は見えていた。その距離は百mもない。
長い時間を生き、全身を苔に覆われた、大岩ほどの魔獣。
決して動かない山の如く。
「気分悪いのよ、嫌な汗かいっちゃった」
四人は隧道に身を隠しながら覗いていたが、グレンは何を思ったのか、数歩を進み刻亀と向かい合う。
「おい、何やってんだよ」
予定では一点放射が降り注いでからだったが、まだ大地兵との戦いすら始まっていなかった。
「やっぱ一定距離近づかねえと、刻亀ってのは攻撃してこないみたいっすね」
大地の兵が出てくるのは、相手と一番近い隧道口で、その距離は二十mほど。
前回仕掛けた時、刻亀が氷の球体を出現させたのは、大地兵が外に出てからだった。
「でもいざ戦いが始まれば、たぶんこっちにも攻撃してきます」
崖の上にいたグレンたちに、氷の刃を向けてきた。
赤の護衛を守るように、一体の兵士が移動する。
「フエゴさんが三体で、後は一体ずつか」
「自分の身は自分で守れってんだ」
トントも意を決したのか、崖を背にして歩きだす。
「おいちゃん運動神経悪いんだから、そこら辺は考慮されて当然じゃない」
何かを感じ取ったようで、オカマは向こうの隧道口を指さし。
「始まるわよ」
ガンセキから知らせがあったのか、グレンもうなずいて。
「みたいっすね。ただ大地の声、あんま感度よくねえな」
作り物の兵士たちが、声もなく崖中から出てくると、素手のまま刻亀へと向かっていく。
普通の人間よりも重いようで、独特の足音はこちらまで聞こえていた。
物言わぬ亀の上空に氷が出現。次第にそれは大きくなり、氷の槍へと変化した。
先頭を走っていた物言わぬ兵士に、氷の槍は飛んでいく。胴体を貫き、その先端が地面に突き刺さった瞬間だった。背後にいた兵士たちの足元にまで氷が広がる。
兵士たちの膝から下が凍っていた。それでも足掻けば、やがて足は砕け、地面へと転倒した。
大地の兵士は這いずりながらも、刻亀に近づこうとする。
いつの間にか刻亀の周囲には、数十の氷球が出現していた。雪に倒れていた兵たちに向け、それらは容赦なく先の尖った氷を放っていく。
「いくらなんでも弱すぎだろ」
全ての兵士が土に帰った。
「たしかこの魔法ってさ、ここからが本番なのよね」
洞窟の奥から、新たな大地兵が現れ、再び刻亀に襲い掛かる。
雪原の一部が、黄色い土に染まっていく。
・・
・・
氷球体と大地の兵。
従属魔法どうしの戦いは拮抗していた。個体だけなら氷球体の方が強いが、崖の中から次々に兵士の増援が加わっていく。
刻亀が強力な氷の槍を放ったのは、最初の一度だけだった。
氷の球体は攻撃のたびに下りてくるため、なんとか彼らの拳も命中はする。
そもそもこの氷球は、尖った氷を放てば縮んでいき、そのうち消える。新たな個体を出現させてはいるが、下級兵のほうが圧倒的に補充は早く、その波に刻亀の従属魔法は押されていく。
「抜けたわね」
数体の兵士が氷球体の防衛線を抜け、刻亀のもとへと迫っていく。
氷壁の一斉魔法により、大地の兵は行く手を塞がれ、氷球体に背後を取られた。
赤火長は前方の空を見て。
「成功だな」
四人の炎使いにも、氷の球体は迫っていた。トントは肩当から伸びる尻尾の先端だけを凍らせると、近寄ってきた個体に向けて突き刺す。
尻尾の先は氷で鋭くなっていたが、相手を破壊し終えると水にもどし、再びトントの身体に巻き付いた。
「最初から予定してたこれが失敗するようなら、今後の利用は難しいっすよ」
横殴りの雨とでも言うべきか。赤い熱線は刻亀周辺へと降り注ぎ、そこにいた物たちを焼き貫く。
これまで余裕を感じさせていたオカマも、今は表情を崩し。
「ちょっとなによあの壁、一点放射でも壊せないの?」
十数本の長距離魔法。命中はしていたはず。
これまで怖がっていた団長は、額に汗を浮かべながらも。
「何体か盾みたいになって、刻亀を守ってたね」
結局のところ防ぎ切れず、一点放射は貫通していたが、威力を削がれた状態で亀に命中した様子。
「そんくらい予想の内だろうが」
「良く見ると氷の壁も無傷ではないようだし、一点放射を防いだお陰もあって、球体はかなり減ってますよ」
大地の兵も減ったが、約束どおり今も補充は続いている。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ」
赤の護衛はうなずくと。
「俺とトントさんは兵の残骸(黄土)を広げて慣らします」
「私は炎走りで雪かきすればいいのよね?」
赤火長は尻尾の先端を凍らせると、盾の形状へと変化させる。左腕にはナイフを持ち、すでに燃えていた。
「はいよ」
走り出せば、護衛の兵士も後に続く。
「オッサンはクエルポさんの守りに入ってくれ。多分あの従属魔法に魔力まといはねえ」
魔力をまとってなければ、燃えても消す手段は限られる。
「オカマを守れば良いんだね」
クエルポは歩きながらも、地面に炎を熾していき、その数は十を超えていた。
「お願いね。この玉っころ、宙に浮いてるから炎走りだと分が悪いわ」
「よく言うよ」
足形の炎使い。片方の足に火を灯すと、近場の球体に向けて大飛炎を蹴り放つ。
沢山の炎走りは地を這いだし、地面の雪を溶かしていった。
意外と嫌がらない二人を見て安心すると、グレンは護衛の兵士を引き連れて、トントの後を追う。逆手重装は黒手へと変化していた。
球体が氷の刃を放ってきたが、魔犬の爪で引き裂いて水にもどす。
「こりゃ手ごろで良いわ」
黒魔法には違わないので、この球体からも魔力は奪える。一応火を灯し、水を蒸発させておく。
トントは目的の位置に到着すると、兵士の残骸である黄土を蹴って広げる。氷球体は攻撃を仕掛けてくるが、尻尾の盾が防いでいた。
中級兵は彼の後ろに位置し、背中を守る。球体の氷刃は兵の盾を貫通するが、壊れずにそのまま形を残す。やがて小さい刃は水にもどり、穴の開いた盾は濡れる。
グレンはそれを見逃さなかった。
ガンセキに届いているかどうかは不明だが、他の三人にも聞こえるよう。
「この球体は水に帰っても大丈夫だ、操作は今の所してこない!」
アクアの場合。氷が水に帰っても、まだそれを自分の低位魔法として操作しているので、相手の一部を凍らせて動きを鈍らせる。
フエゴは三体の兵士に守られながら、五体の氷球体を一斉に燃やす。
それでも敵はまだ残っていた。団長の死角から一体が氷を放ってきたが、盾持ちの中級兵が払い落し、その刃は地面に突き刺さる。
「ほんとだわ。凍り付いてないよ、こいつの」
先ほど刻亀が放った氷の槍は、地面に刺さったあと周囲を氷漬けにしていた。範囲は違えど、それはアクアの矢も同じ。
オカマは飛んできた氷の小刃を片手で受け止めると。
「たしかに凍らせてこないわね。でも油断しちゃだめよ、いつ刻亀が割り込んでくるか、分かったもんじゃないわ」
氷の玉は盾に変化し、一点放射を妨害していた。こういった行動は、亀が直接操作している可能性もある。
・・
・・
大地の兵は増え、グレンたちの参入もあり、氷球はその数をだいぶ減らしていた。
兵士がやってくる隧道口の周辺は黄土が広がっていた。その上を今は炎が走る。
「俺が守りにつくんで、足場の確保に移ってください」
トントは氷の小刃を盾で防ぐと、燃えるナイフを個体に投げ、命中と同時に火力を上げ。
「じゃあ移動した方が良いな。どこら辺だ?」
球体は燃えて小さくなるが、まだ宙に浮いていた。グレンが油玉を投げることで、それは地面に落ちて完全に蒸発した。
「来た方角はもう粗方すんでるんで、あっちの方に行きましょう」
指さしたのは、一点放射が飛んできた方向だった。二人は刻亀に注意しながら、二体の兵士を引き連れて動き出す。
この場には下級兵たちが残り、氷球体の相手をする。
「ガンセキさん、少し優勢になりすぎてます。兵士の数を減らしましょう」
『りょ…か……た』
相変わらず感度は最悪だが、恐らく了解しただろう。
『崖から……ぎると、こちら…えがとど……』
「すんません、なに言ってるか解らねえ」
グレン以外には責任者の声は聞こえないので、少し不気味だった。
「ご苦労なこった。この兵士ども作りながら、お前と会話して、なおかつ領域でこっち探ってんだろ?」
「すごいっすよね」
雪の残る位置に到着すると、トントは炎放射で地面を焼く。
その時だった。氷壁の向こうから、オカマの声が聞こえた。
「ちょっと! 槍が来るわよっ!」
刻亀の本体は壁に遮られ見えないが、長い棒状の氷は宙に浮かんでおり、その切先がこちらの方を向いていた。
二体の兵士は二人を守る位置につく。
「お前も驚きだよな。まさか別の魔獣王と一戦交えるなんてよ」
肩当の尻尾は凍り付くと、氷の槍を破壊するために、勢いよく伸びていく。
「駄目だっ 間に合わねえ!」
グレンは中級兵を押しのけながら、前に出る。黒膜化を使うには、まだ逆手重装は赤色の方が強かった。
伸びた氷は槍の目前まで迫るが、放たれたそれに破壊された。
気づくと、近くに存在する氷の壁が一つ消えており、そこを通って二人と二体に襲い掛かる。
前にいたグレンは身体をひねり、すれすれの所で氷槍の回避を成功させた。しかしこの魔法、地面に刺さるとその周囲を凍り付かせる。
通り抜けていく氷槍の柄と言える部分に、逆手重装の掌を当てる。
左腕の魔力は練りこまれていた。それを凝縮させることで、掌波を発動。
ギリギリで間に合い、氷の槍は回転しながら吹き飛んでいった。
逆手重装は左腕の魔力練りに反応し、魔獣具形態になっていたが再度の練り込みを忘れ、先ほどの掌波により赤黒鋼にもどってしまう。
「あぶねえ」
安堵も束の間、トントは上を向くと、口元の黒布を首まで下ろし。
「まだだっ!」
本来はこちらを氷で捕縛するつもりだったのだろう。刻亀は自分たちの真上に、大きな氷塊を出現させていた。
グレンは氷槍の対処により転倒している。トントは舌を鳴らすと、燃えるナイフを投げつけて、火力を上げる。
「猫っ!」
肩当の尻尾は氷をまとうと、燃えるナイフの尻まで伸びて、それを押し込む。
氷塊に亀裂が入った。
「こりゃ無理だっ!」
力が少し足りなかった。
グレンは片膝をついていた。
「間に合うか」
ギゼル流魔力拳術 進歩・敵流し。
落ちてくる氷塊の衝撃を右腕に練りこんだ魔力で吸収。それを胴体から左腕に移動させ、吸収した衝撃を押しつぶされる前に氷塊へと流し込む。
できるか解らないが、やるしかない。
「地面に伏せろ!」
トントは即座に反応するが、二体の兵士は立ったままだった。
氷塊は落下を始めた。
グレンは身構えるが、炎に包まれた影が横切ると、大きな氷の塊は砕け散る。
破片が頭に当たったものの、額当てと鉄の布に守られ、すごく痛いが無事ではあった。
大地の中級兵はグレンを守って土に帰える。
トントも中級兵と尻尾の盾に守られたお陰で、今は立ち上がり刻亀を睨みつけていた。
「クソがっ! 序盤からこれかよ、危うく死にかけた」
オカマはフエゴの炎に焼かれていた。
「話には聞いてたけど、魔力練りにそんな裏技があったなんてね。ちゃんと鍛錬しとけば良かったわ」
消えた氷の壁は復活しており、刻亀の姿は目視できず。
「すんません、甘く見すぎてました。二手に別れるとしても、一定の距離は保ちましょう」
「そうだな」
少し離れた位置から。
「ちょっと、まじで怖いんだけど。早くこっちきてよ」
団長を守る中級兵は、いつの間にか二体になっていた。彼の周囲では、下級兵と氷球体が戦っている。
今どれほどの時間が過ぎたのか。
「笛は?」
「たぶんまだ鳴ってないわよ」
刻亀に注意を向けながら、一度フエゴと合流して距離を取る。
しばらくすると、隧道の奥から中級兵が現れ、再び皆の護衛についた。