九話 刻亀戦準備 後編
予定の九時半は刻々と迫る。
一度の移動で運べる量にも限界はあった。情報の伝達路が整ってくれば、空洞拠点にも不足物品が運ばれてくるだろう。
布と木の棒をロープで固定することにより、雨をしのぐ簡単なテント。地面は寝転べるよう防水されており、毛布も畳まれている。
拠点の一部には暖をとる用の焚火台が設置され、補助役の兵士が薪をくべていた。
一同は集まり、最後の確認を行う。
「できる限り、二十分ごとに戦うメンバーを交代していきます。序盤は様子見を中心に、相手の魔法を探る」
声を発するのはグレン。彼の視線は一人用の椅子と机に向けられる。
「援護放射の要請は大地の兵が目安になります。またそれを戦いの一区切りとし、全員で一度ここに下がる」
地形を読む者、計算の得意な者など。知識人の意見を聞き、理論の上では発射台から旧花畑まで、長距離一点放射はなんとか届くと判断されていた。
実際に勇者一行はヒノキまでの道中、明火長の援護を受けたことで、可能だと予想しての発案だった。
「土の領域連結玉具のお陰で、向こうからでも俺らと大地の兵は区別できています。それを合図として、発射台が準備を始める」
ガンセキの玉具に込められた能力の一つ。杭に魔力を送ると、ハンマーに反応がある。
一つの宝玉から二つの玉具を作るなど、なんらかの繋がりが必要。
机には蝋燭台が置かれていた。一人の補助兵が椅子に座り、今もそれに灯る火を注目している。
「援護が可能かどうかの確認は、信号玉具を頼ります」
蝋燭に灯るのは自然の火。こちらから援護放射を要請のために玉具へ魔力を送ると、発射台側の蝋燭は魔法の火(赤色)に変化する。
ヒノキに到着してから日数もたち、すでに土の感触はつかめていた。それでも責任者は空洞に到着してから、ずっと地面の慣らしを行っている。
「上手くいけば良いんだがな。信号玉具は判断が難しい」
杭とハンマーに比べれば、専門としているだけ蝋燭台の確認は楽になっている。
「だからこそ、援護射撃で火蓋を切らせてもらいます」
どのような状況であっても、これだけは実行できるよう、事前にお願いしてあった。
戦いから戻ってきたばかりのクエルポは、疲れた様子のヘンティルを横目に。
「最初に接触するのは、炎使いで良かったかしら?」
旧花畑は一面が雪となっている。前回接触した大地兵の靴底から判断するに、およそ足首ほどの深さ。
「俺やフエゴよりも、雪を溶かすなら炎走りの方が向いてんな」
天井だけのテント。その一つには板が運ばれており、すでに明火長が魔法陣を描き始めていた。
大きさとしては中魔法陣。雪を溶かせば地面がぬかるみ、雨が降ればそのひどさは増す。
「どんだけ改善されるかわからんけど、足場の確保はオバサンに期待するしかないのよね」
完成次第、補助の兵士がそこに立ち、魔法陣の発動を続ける。そして明火長は次の陣を描く。
「援護放射で大地の兵士は壊滅するかと思いますが、続けての召喚を頼んます。おそらく敵の従属魔法も残ると思いますので」
大地兵を筆頭に、炎走りもその系統に属すると思われる。
「ボク、あんな魔法初めて見たよ」
前回の接触時、ガンセキの兵が接近したさい、刻亀は宙に浮かぶ複数の氷球を出現させた。それは氷塊とは違い、かなり正確な丸形で、最初の大きさは成人の胴体ほど。先の尖った氷を発射することがわかっており、攻撃のたびに縮んでいく。
「ログ爺さんの情報にもなかったしな」
当時戦っていたのは白の護衛だけで、そもそも初めから四人のみでの戦いだと伝わっていた。
「突入するのはメラメラ使いだけど、崖上には誰もいなくて良いのかい?」
グレン・クエルポ・ホウド・トント。
「今回はやめとこう。あの氷球、崖にいた俺にも攻撃してきたからな。二十分で足場を固め終えたら、次はお前ら三人の番が控えてるしよ」
「そのまま残んのがクエルポで良いんだな」
先ほど猪と戦ったばかりだが、疲れた様子は見られない。
「あんま刻亀に近づき過ぎちゃダメなのよね?」
「雨魔法を使われると困るんで、セレスたちには氷壁とかの固さを調べてもらいたい」
前回。大地兵が氷球を抜けて一定距離まで近づくと、刻亀を囲うように無数の壁が出現した。
「俺らが仕掛けても、亀は高位魔法を使ってこなかったからな。まあ今回は降らしてくるかも知れないから、覚悟だけはしといてくれ」
対策の玉具は人数分そろえてあるが、敵は途方もない時間を重ねている。そこから予想するに、魔法の熟練は計り知れず。
「別に残るのは良いんだけど、自分の炎だとあまり強化できないんだけど」
入れ替わるメンバーは雷と氷と土。
「クエルポさんの玉具って、自傷するタイプのだから、最初から飛ばさない方が良いと思う」
大地の兵が最初に壊滅する。事前に知っていたからもあるが、いつものセレスであれば表情を歪めていたはず。
「お気遣いありがとね勇者さま。でもあれ、けっこう気持ち良いのよ」
団員相手ほどではないが、男に比べて素気ない口調だった。
「そう言っちゃうお前が気持ち悪いのよね。こいつの玉具、風呂とかでも効果あるから、一概に自傷とも言えないんじゃない」
にらみ合う二人。こんな時でも仲が悪い。
地面の慣らしを終えたのか、いつの間にか立っていた。
「時間も迫っている。良ければ、そろそろ兵を召喚するぞ」
ガンセキは完全に恐怖を抑えつけているようで、先ほどまでとは別人の表情になっていた。
グレンはうなずくと。
「じゃあ三人は俺と一緒に隧道へ。アクアは雨があった場合、必要と判断したらここから援護を頼む」
刻亀は魔力もセレス並みにあり、動かないため体力奪いの雨が効くか解らない。それでも白魔法の雨を願えば、周辺の環境は少しでも闇から光に傾くはず。
「ボクの魔法が刻亀に勝てるとは思えないけどね」
「勝てなくて良い。最悪の状況が、ちっとでも改善すりゃ上出来だ」
自分の役目の一つに、アクアは強くうなずく。
「自信をもて。その時のために、今日まで合体魔法を修行してきたんだ」
ハンマーを使って杭を地面に打ち込む。その中に入り魔力を送ると、責任者は祭壇を完成させた。
魔力の質が上がる。
次に自分の足もとへ、五本目の杭を打ち込む。手に握るハンマーに魔力を送れば、一振りの杭を除き、黄鋼へと変化する。
同時魔法補助。
フエゴは責任者の得物を見て。
「前から思ってたけど、それヤバいんじゃない?」
火炎団は玉具に詳しい。
「晩年の作だろ。それも傑作の部類だ」
ある意味、グレンの魔獣具と同じく危険。
「内緒っすよ。もし国に取り上げられたら、俺らにとっちゃ大きな戦力低下ですんで」
「勇者一行だし、大丈夫でしょ。見た感じ扱いが難しすぎて、使える人も限られるわね」
中央の杭を握りながら、ハンマーを叩きつける。すると地面が盛り上がり、やがて六体の盾兵が出現した。
「突入組の護衛につけます」
以前よりも、大地兵の熟練が増している様子。
「グレン、こっちに来い」
「なんすか」
傍まで行くと、ガンセキはグレンの靴に触れ。
「隧道を挟んでいるため、恐らく感度は悪いと思うが、大地の声をお前につけさせてもう」
それは犬魔の群れと戦った時に使った魔法。足から響く骨伝導とでもいうべきか、離れた対象との会話を可能にする。
半分呆れた表情で、トントが口を開く。
「反則だな、高位魔法」
「今回もそうですが、この魔法は制限が多いので、使い勝手はあまり良くないんです」
専用の玉具があれば違うのかも知れないが、まだ開発すらされていないか、安定派が表に出すのを禁じている。
「大地の兵を増やしていけば、恐らく土の領域でカフン側も気づくと思います」
グレンは椅子に座り、蝋燭に注目している兵に向け。
「下級兵の突撃が始まると同時に、信号を発射台に送ってください」
「了解しました」
次にセレスを見る。
「空洞を登れば、一点放射が確認できるはずだ」
赤い熱線は上空からではなく、刻亀めがけて斜め上から降り注ぐ。
「亀を時計針の中心とすると、崖にそって三時の方角からってとこか」
一点放射の速度。地面に引き寄せられることによる加速。計算して大体の数字は解っているが、それが正しいとは限らない。
グレンは机の上に置かれた水の玉具を指さし。
「正確な時間を計って欲しい」
「わかった」
一瞬、大地の兵を見たが、セレスは時計を取りに移動する。
「最初だけは確実に発射してもらうけど、今後もし難しい時は、こっち側の蝋燭が赤くなる」
「実際ここに座り火を見つめてますと、少し不安があります。もし余裕があれば、二人体制でお願いしたいのですが」
援護放射は可能だけど、すこし時間が必要。その合図を送る手段は今の所ないが、これからもう一つの蝋燭台を設置する予定。そこを担当する兵士が、今まさに別の机を運んでいた。
「とりあえず慣れるまでは、二人で行きましょう」
「わかりました」
卓上の時計を手にすると、セレスは蝋燭に注目する兵に。
「よろしくお願いします」
勇者の方は向かないで、力ずよく返事をする。
「一日を通してになれば、集中力が続かねえかも知れないんで、厳しいようなら近場に伝えてください。カフンに人員を要請してみますんで」
「じゃあ私、上に行くね」
刻亀へと続く入口が、ここ空洞内には数カ所確認されていた。前もって決めていた場所に目を向ける。
「崖際まで行くなよ、攻撃されるかも知れないからな」
上にいけばレフィナドの班員がいる。もし余裕があれば護衛を頼めと言うか迷ったが、その判断は本人に任せると決めた。
セレスはグレンの背中を叩く。
「行ってらっしゃい」
「おう」
突入する三人はすでに入口へと向かっていた。
魔法陣を描く明火長を見て。
「ヘンティルさん、あと大体で良いんで、完成にはどれほどっすか」
手を止めると、少し考え。
「二十分後には、なんとか使える段階にしとく」
もう一度、グレンはセレスを見て。
「太鼓の音が聞こえたら、それが発射された合図だ」
発射台。
第二演習場。
滝拠点。
隧道出入口。
やがて責任者が下級兵の召喚を始める。
セレスは梯子に足をかけ、空洞の上へと登りだす。
兵士はいつでも魔力を送れるよう、包み込むように手を蝋燭台に添える。
グレンは自分の両頬を叩く。額当てを解き、鉄の布で頭全体を守るように縛りなおす。
そして、共に戦う同志のもとへたどり着く。
赤火長は革の胸当てを小突き。
「行くか」
先頭はオカマ。
「雪かきしないとね」
団長は間近の崖を見上げ。
「おいちゃんやっぱ、崖際からの援護にしようかな」
赤の護衛は肩に力が入っていた。
「だから氷球はそこでも攻撃してくるし、そもそも中級兵は上まで登れねえよ」
四人と六体の兵は、旧花畑へと通じる隧道へと消えていく。
アクアは息をのみ、皆を見つめる。
心臓が、ドクドクと鳴っていた。