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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
春よ来い
204/209

八話 刻亀戦準備 前編

予定通りであれば、もうすぐ勇者たちと刻亀の戦いが始まる。


そこは第一演習場。


「どうだ?」


彼女がヒノキ防衛の指揮を受け持つ。


土の領域。


「空洞に複数の反応がありますので、拠点の設営は完成しているかと」


山の方角を専門に探る者が一人。他三方面は三人。全体を見渡すのが一人。


先ほど情報兵より、領域玉具三カ所の連結が完了したとの報告を受けていた。


「発射台を注視しておくように。山奥への発射確認後、配置の交換を始める」


一般兵は魔力量が少ない。低位魔法の燃費が良いと言っても、彼らはずっと戦っていたので、ちゃんとした休憩が必要だった。



持ち場入れ替えの訓練も十分にはできていない。


大隊長は属性小隊長をみて。


「前線の意見を聞きたいので、うちの中隊長と変わってもらえるか?」


「了解しました」


配置換えの下準備として、すでに情報兵を走らせ、どの分隊をさげるか決めさせている。


彼女の補佐にも、軍服をまとった者が数名。


「弓士は如何いたしますか。動きが少ないとは言え、素人であることに違いありません」


彼らを休ませ、その役割は待機中の兵士が受け持つ。


「しばらく頑張ってもらおう。一般人とはいえ、村の出身も多い」


村人は自力で魔物から故郷を守っている。


「もうすぐ刻亀との戦いが始まるのでしたら、発射台は一時調整に入っているかと」


火炎団の幹部たちは旧花畑に向かったが、戦闘職でない彼女は大隊長の補佐として、ここで戦うことに決まった。


「そうなれば一点放射の援護は緩みますので、弓士は鍛錬済みの兵に任せるべきでは。あともう一つ、矢の消費が予想よりも多いかと」


兵士が使っている武具は玉具でなく、破損もすれば血油の汚れもある。


矢に油玉。団員たちはナイフや投げ槍も使う。


なによりも清めの水。



属性兵の小隊長であれば、階級も一般の中隊長に並ぶ。


「こちらで引き連れる弓士を入れ替えましょう」


内壁各所を散って受け持つ者たちは、そのまま素人にお願いする。


大隊長は発射台の方角を見て。


「迷っている時間はないか」


顔には年相応のしわ。皆を見渡し。


「配置案は立ててあるな」


補佐である軍服たちはうなずくと、急いで準備に取り掛かる。


二ノ朱火長は山の方をみる。


「立場からああは言いましたが、やはり厳しいです」


本来、発射台は明火長が受け持つことになっていた。なんだかんだで頼りになるフエゴも、ヒノキ防衛側の戦力だったはず。


直陣魔法。部下たちも確かに良くやってくれているが、彼女がいれば言わずもがな。


ヘンティルの側近である土使いへの負担は大きく、心労は計り知れず。



だが勇者一行も対策は立ててくれていた。


「量産型にはまだ余裕がありますけど、いざとなれば団員用の油玉も回します」


「そうしてくれると助かる」


低位水は水分補給に、応急だが剣についた血油の除去。


低位土は周囲の把握。


敵の魔力まといを消すことができれば、低位の火でも効果を期待できるが、それをさせるのが難しい。


一般兵には魔力まといによる肉体強化があるものの、魔法に関して戦いに活かしやすいのは、今のところ低位の電だけ。


油玉という道具は、雷以外の低位属性使いに、追加で一つ役割を持たせられるという利点があった。


・・

・・


少し時間が戻る。隧道近くの山中に三名。


朱火の副長は引きずられておらず、今はクエルポとヘンティルを先導していた。


人格は疑わしくとも。


「ちゃんと地形の把握はすんでるようね」


それはクエルポも変わらない。


「なにを今さら。そんなの基本中の基本さ、マイ・マスター」


炎走りは直接操作するわけではなく、自動で対象を追尾するため、地面の凹凸(おうとつ)や木などの障害物があれば、使用者の予想より炎の到着が遅れることもある。


「まあでも、ここまでくる機会は少なかったからね。僕の受け持つ範囲だけで精いっぱいだよ」


あらかじめ地形を把握しておけば、そのぶん追尾の性能は増す。



敵の気配はそこら中に感じるが、三方面の囲いを抜けた魔物は少ない。


「魔物具に今のところ反応はないな。しばらく待って現れないようなら諦めるか」


土使いがいないため、こういった準備をしてから離れていた。


「あら、そうかしら?」


探知能力は殺気だけに限らず。道中の様子からして、クエルポはそれを備えているのだろう。


「戦いが終わったら、そのまま空洞上部に向かうからね。お二人とも、敵に抜けられるようなヘマしちゃダメだよ」


「誰に言ってんのよ」


クエルポの玉具は腹部に巻き付けられた腹当てのみ。中央の金属が赤身を帯びているため、純宝玉かと思われる。


かつて使っていた玉具は魔獣との戦いで完全に壊れたが、今のそれは当時と同じ能力が込められていた。


防具と言えるのは腹当てだけで、あとは布の服。丈夫な素材ではあるが、防御機能は怪しいものだった。


「ミス・ヘンティルは、いつもの玉具じゃないようだけど、大丈夫なのかい?」


「あれは遠くからの支援専用だ。今回のように魔物と向かい合って戦う場合は、こっちの方が向いてるわ」


木製の棒には布が巻かれ、両手で握りやすくなっている。両方の先には金属が取り付けられており、そのどちらにも穴が開いている。


「本当それ、久しぶりに見たわよ。大丈夫なの、壊れてたりしないでしょうね」


懐かしいのか、オカマはどこか嬉しそうだった。


「ちゃんと手入れはしてある」


使い古された棒状の玉具は、彼女が歴戦の者だという証。



しばらく木々のあいだを進んだ先には、第二班の団員が数名。


「お二人が慣らしをしたいとの要望だ。君らは少し下がっててくれたまえ、もしもの時は頼んだよ」


団員達はうなずくと、その場から移動する。


去り際。


「お気をつけて、隠れています」


警戒を続けながら、空洞方面に向かう団員をみて。


「あら、偉いじゃない。ちゃんと気づいてたわ」


鼻を高くしたポーズを決めると。


「僕のマイ・ブラザーたちを見くびってもらっちゃ困るなあ」


「班長があんただもの、しっかりしてて当然よね」


明火長は緊張した様子で辺りを見渡す。


「そうか……潜んでいるのか」


木々は切られておらず、太陽の光も遮られ薄暗い。足場はぬかるんでおり、岩や倒木も確認できる。


草は膝より下。


「周りの魔物たちが荒れているこの状況で、まだ自我を保ってる。それだけで立派じゃないか」


レフィナドはマントなびかせ、背中側の腰から四本の瓶を取り出す。


「道化猿であれば、僕らだってそうは気づけない」


嫌な名をだされたクエルポは、忌々しい仮面のような顔を思い出し。


「あの笑ってる奴なら、こんな序盤には現れないわよ。もっと皆が疲弊してからね」


この地に生息する魔物を思い出し、相手を予測する。


「恐らく土属性。全身に皮膚をまとうか、結界を張れる」


足もとに火を熾す。黄色のガラス瓶に魔力を送ると、栓を抜いて中の水を自らの魔法に振りかける。


火力が上がると同時、赤い炎がうっすらと黄色を帯びる。


「全身に泥を塗りつけているとすれば」


本来は微魔小物や皮膚病の予防。または体温の調節だが、魔法となにか関係があるのかも知れない。


副長は次に青い瓶の中身を炎にかけるが、量は黄瓶よりも少ない。


炎は三色に輝いていた。


「なんど見ても、あんたの火って趣味が悪いわ」


「この美しさがわからないなんて、可哀そうなミス・クエルポ」


瓶の中身はただの水。ただし魔法から発生する水では効果が弱まるので、自然の飲用水を確保する必要がある。しかもここは清めの力が混ざっているため、彼の玉具とはあまり相性が宜しくない。



クエルポが一点を指さす。


「あれね」


木々の奥。暗闇の中。雑草にまぎれた湿った土の山。


「たしかに。僕のマイ・メモリーには、あんなのなかった」


完全に気づかれたと理解したのか、盛り上がっていた地面の一部が大きく動く。


「それじゃ、お邪魔するわよ」


オカマは何を思ったのか、レフィナドの炎に入る。


「土属性が優先されてますが、一応炎使いにも影響はあるので気をつけてくださいよ」


対象をクエルポに定めたのか、その身体が燃え始めた。


「大丈夫よ、良い湯加減じゃない」


まとった魔力は輝いて目視できるほど、長髪だけでなく服にも焦げ一つ見られない。


オカマは三色の炎に包まれながらも、自分の足もとに意識を向けて神に願う。



明火長は棒状の玉具を構えると、発射口を豚らしき魔物に向け。


「来るわよ」


先端の金属に魔力を送れば、そこに火を灯すことを可能とさせる。



朱火長は焼かれながらも、自分の炎を一つずつ増やしていく。


「小さいわね」


「でも舐めない方が良いですよ。赤火の子豚ちゃん、けっこう強いじゃないですか」


猪はゆっくりと走り出す。全身にまとった泥は岩の皮膚に変化していた。



明火長は火力を上げ終えると。


「先手、行くわよ」


木々の隙間から見極めて、棒先に灯った炎へ放射を願えば、玉具の力で赤光(あかびかり)となって放たれる。



猪は身構えると熱線を鼻の側面に当て、即座に頭を横に反らすと、軌道がずれて後方の木に命中した。それは幹を貫通し、奥の木を焦がす。



消火作業にはまだ入らない。彼女の武具は一見だと一振りだが、実際には二振り。


明火長が玉具を半回転させれば、逆側の発射口にも火が灯っていた。火力を上げる。




猪は徐々に速度をあげ、邪魔となる木はなぎ倒す。


「次は足元を狙う」


オカマは全身を焼かれながらも、涼しそうに腕を組んでいた。


数秒後、一点放射が発射される。狙ったのは前足の関節部分だったが、あいだの木に遮られ、貫いたものの猪目前で着弾。


「すまん、外れたっ!」


「大丈夫よ、怯んだじゃない」


レフィナドの炎に立っていたオカマは、そう言って消る。


物と物とが衝突すれば、空気を揺らす。


「ん~ 良いわよっ!」


クエルポは猪の前に立ち、その牙を両手てつかみ、突進を受け止めていた。


「来た来た来たっ!」


自分の炎をいくつか発生させていた。それが一つずつオカマのもとにたどり着く。


「素敵よっ 気持ち良いわ!」


炎走りは重なって、大きくなる。燃やす対象は自分自身。


体温の上昇と共に、魔力まといが強化される。


自分の炎では火傷はしない。熱さは感じるが効果は今一つ。


魔法防御が高まれば、次第に熱は薄れていく。


「豚ちゃんにおっそわけよ」


対象を猪に切り替える。炎走りは地面から発生しており、足裏は岩皮膚の弱点だった。


それだけではない。器の中のお粥だけを温める。



燃やす対象は移してしまったが、すでに身体は火照り、気分が高揚していた。


「私の心が……マックス・ハートよっ!!」


片方の牙を折ると、その先端を脳天に突き刺す。


「ミス・クエルポ、そろそろ限界です、炎を消したまえ!」


レフィナドは自分の炎を合流させることで、維持できる時間を延長させていた。


片方の誇りを折られた猪は、頭に深手を負おうと動きを止めない。


三色に輝く炎が地面を走る。岩に持たれた倒木の隙間を通り、水のたまった小さな窪みは迂回して、やがてオカマと化け物のもとへ到着する。


燃やす対象は壊れかけの獣。玉具の能力は魔力まといの弱体化。


瓶は全部で四属性。一種類の魔法しか使えずとも、魔力は全属性の玉具に反応する。



個体に合わせて瓶の水を調節したことで、炎に包まれた猪から力が消える。


それでも化け物は無心に足掻く。


「おとなしくなさい、良い子だから」


オカマは頭部に突き刺した牙を離すと、その腕で相手を抱かえ込む。


「愛情を込めたハグよ」


筋肉が盛り上がり、ボルガほどの巨体を締めつける。



明火長は一人と一体の化け物に接近していた。


猪の胴体に火の灯った発射口を突き刺す。自身と共に、棒状の玉具へ魔力をまとわせる。


発生したのは一点放射とは違う。燃やす範囲は狭いが、音を立てて放射されていた。


炎の槍。実体のない刃であるため、簡単に横へ払うことができた。


明火長は自分の身体ごと回転させる。その背後に伸びる棒の先端には、発射口がもう一つあり、凝縮された炎が放射音を発する。


止めとばかりにもう一度、猪の肉体を焼き斬った。


力を失った猪を、オカマはゆっくりと横に倒す。ひび割れた岩の皮膚は、土に帰っていた。


「お疲れさま」


「明日は筋肉痛ね」


慣らしにしては手強かったようで、ヘンティルは玉具を杖代わりに体重を預ける。


「満足したかい、お二人さま」


安堵の中にも警戒は怠らず、副長は周囲を見渡していた。


「もう空洞の方も拠点ができてる頃さ。こっちは僕に任せて、しばらく休んだ方が良い」


「そうね」


明火長は大分つかれた様子だった。


レフィナドは二人を引き連れて、山中を歩きだす。



背後から朱火長が声をかける。


「大丈夫?」


金色の胸当ては汚れもなく。枝葉の隙間から差し込む光に、その輝きを増す。


「僕を誰だと思ってるんだい、マイ・マスター」


振り向けば、真っ白な濃い化粧。


素顔はうかがえない。


「貴方の一番弟子ですよ」


任せなさいのポーズは決めていなかった。








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