五話 勇者護衛
赤火が山中に散り、戦いが始まったのは四時ころ。魔物の怒りが安定し、六十名の朱火が出発したのが五時半。
カフンの防衛も現状では大きな問題はなく、一般兵が本格的に単独と戦ったのは、片手で数えられるほどだった。
落下型の長距離一点放射隊。これがあるからこそ、今のところは油玉の出番もあまりない。
時刻は七時。
いつでも山道への出入口を上げれるよう、兵士たちが配置についていた。
魔獣と戦う八名を見送るためか、一般大隊長は第二演習場にもどり、その場にはホウドや軍服も数名。
一夜を通して魔法陣を描いていた明火長は、起きてすぐのようで少し辛そうにしながらも、口調はいつもと変わらず。
「恐らく昼を過ぎるころには、なんらかの不具合が発生するかと。ですので事前に皆へ知らせるようお願いします」
魔物との接触前に一点放射を期待できるのは、兵士側からすれば心強い。山へ攻め入る側よりも、カフンを守る側のほうが恩恵はあるだろう。
「士気への影響もありますので、何時頃がよろしいですか?」
敵からすれば覚悟を決めて攻めてきたようなもの。最初から引く気はなく、一点放射を上手く避けれたとしても、出鼻を挫かれろば勢いも落ちる。
「知らせる頃合いに関しては、私にも判断しかねますので。そちらに任せます」
早すぎれば不安がくる。遅ければ混乱となる。
ホウドは無精髭をなでながら。
「もっと前日から、そういうもんだって言っとくべきだったかねぇ」
団長はこれから進む山道へと意識を向けながら。
「当日にならないとわからないことって多いのよ。だから記録に残しとけば良いんじゃない」
今回の討伐作戦が成功するとは限らない。
「これが最後になることを祈っとる」
属性大隊長が敬礼をすれば、後ろの軍服たちもそれに続く。
すでに門は上がっていた。
ここを守る朱火たちは通り道をあける。
「そんじゃ、ご武運を」
老人が裏で所属する組織からすれば、四人が生き残るのは喜ばしくない。だがあの男の発言を信じるとすれば。
「また会えることを、楽しみにしとるよ」
彼らにとって希望となる。
小隊長を含めた他の分隊はすでに出て、それぞれが配置についていた。
勇者は面々を見渡して。
「行ってきます」
爺は笑顔で。
「気をつけて、行ってらっしゃい」
今回は魔物を刺激する必要もないため、とても静かな出発となった。
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本部に戻れば、大柄の軍服が土の領域を展開させていた。彼は役目からして、見送りへの参加はできなかったようだ。
「なにか変化はありましたかな?」
ちょび髭は自分の席に腰を下ろす。
ホウドと一般大隊長は座ることなく、黄土からなるそれを眺める。他の軍服も椅子まではいくが座ることはなかった。
兵士あがりの軍服は、領域を展開させたまま一点を指さし。
「見た感じですと、やはり山側からの攻撃が激しい。特に第六班が狙われていますかと」
正確には明火の一点放射。もともとこの魔法は魔虫を呼び寄せやすく、魔物も刺激する。
今のところ山肌を駆け降りている魔物はいないが、いくつかの黒点が狙っているとわかる。
「待機中の一般小隊を向かわせますか?」
ちょび髭は立つこともなく。
「現状は特に要請もありませんので、下手に動かすのは」
予備の二ノ朱も実力からすれば、属性兵と同等と彼らは判断していた。
「私としましては、沢方面の方が心配ですな」
そこには魔物防柵は設置されていない。
「予想より越えてくる単独が多いので、属性兵の配置を考え直すべきでしょう」
沢から侵入できるのは猿や犬といった系統の魔物。これらは柵があっても飛び越えたり、交差の隙間を抜けてくる。
ホウドは細長い棒を持つと、それで外壁の辺りをさし。
「もう何カ所か壊されとる」
ヒノキから離れていることもあり、まったく群れがいないわけでもない。
「そこから侵入する魔物もいますね」
棒を受け取ると、一般大隊長は発言を続ける。
「ここと、あとここは地形上、外壁はおろか内壁も設置できておりませんので。ここから属性兵を動かすのは難しいでしょう」
指先を湿らせると、それで髭の形を整えて。
「問題の発生していない現状としては、無理に配置を変えることもありませんか。それと第六班に関してですが、どちらにせよ此処の防備を固めるべきですし、いざとなれば」
明火より要請があったときは、第二演習場のほうがすぐに駆けつけられる。
一般大隊長は棒を近場の兵士に渡すと。
「では一個小隊を移しますが、それで」
もともと第二演習場は広くない。
「そうじゃね。ていうか、早くせんと危ないねぇ」
今ここを守っているのは、朱火の二十名のみ。勇者一行が出発したことで、伝達路を確保する兵士たちもいなくなっていた。
準備に取り掛かるため、一般大隊長は第二演習場を離れる。
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前回一行が山道を通ったときは、隧道入口までは一時間半もかかっていた。しかしそれは道中の見学などが含まれていたので、実際にはそこまで必要としない。
四人を守るのは一般と属性の二分隊だが、これはイザク・コガラシではない。
山道は傾斜を削って作られたものだが、作戦開始の時点ですでにそうなっていた。目視はできないが下方からは水の流れる音が聞こえる。
黄土は大きい麻袋につめられ、それを力馬が背負っている。恐らく管理しているのは情報兵。
分隊の歩きに合わせているため、ガンセキは杭からの領域しか展開できず。
「どうだ」
「さっそく始まってますよ」
近場で一カ所、少し先で二組が戦闘に入っていた。
気楽なもので、トントは煙草を吸っていた。
「出鼻から挫かれなけりゃ良いんだがな」
「油玉もあるし、なんとかなるわよ。あれで一般兵の子たち、良い体してるしね」
チラチラと責任者の方をうかがっている。
「お前なんだかんだで、開拓の護衛だったもんな」
直に見てきたのだろう。
「そうよ、レンガの兵士って優秀なんだから」
火炎団は各地を移動していたため、他都市の兵士とも面識があるのだろう。
特に朱火は接する機会も多い。
「季節によって大発生とか、大移動する魔物もいるじゃない。で依頼されんだけど、ほとんど私たちに任せっきりなのよ」
「金をもらってるからは、文句も言えねえわな」
新人勧誘以外にも、そういった理由で拠点を動かすこともある。
責任者はしばし考え。
「火炎団の選択次第では、毎年のそういった役目に影響が出るかも知れませんね」
「大丈夫よ。だって登録団体なんて、私たちだけじゃないもの」
会話ができて嬉しそうなオカマ。どこか顔が赤い。
ずっと周囲を探っているグレンは、ほっとした様子で。
「片付いたようっすね」
「ねっ 優秀でしょ」
可愛らしくウインクするが、苦笑いを返す。
セレスたちはグレンたちよりも少し後ろ。
「大丈夫ですか?」
「はい。ヘンティルさんこそ、あまり寝てないんですよね」
ホウドの演説を聞いてから、少し元気がない。
アクアも魔物具で周囲を探っていた。
「前もって怒らせてなかったらさ、もっと激しかったのかな」
「おいちゃんも開拓を手伝わされたことあるけど、普段はもう少し荒れてんのよね」
赤火が山中で暴れただけでなく、第二演習場で皆が騒いだからこそ。
「本当、とんだ団長だわ」
これはやってられないと泣きついて、フエゴは明火の手伝いに回された。
「選んだのはオバサンたちよ」
最初は護衛ギルドの団員として経験を重ねた。
クエルポとヘンティル。この二名との交渉が上手くいき、火炎団は結成される。
「本当はおいちゃんなんかよりさ、もっと適任がいたのよ」
「トントさんかい?」
メラメラ団と話ができてうれしいのか、目が輝いていた。
山の中。これから魔獣との戦いが控えているとは思えないほど、八人は穏やかな空気だった。
会話が聞こえていたのだろう。名前を出された本人は振り返ると。
「あの人はそもそも無関係なんだから、んな役職頼めるわけねえだろ」
ボルガの父親。
「それに俺はあれだ。結局のところ、最後まで現実を見てなかった」
故郷の状況を正しく理解していたのはフエゴだった。
「おいちゃんだってあれよ。どうしていいかわからんまま、なんとなく団長やってたね」
「私だって、一緒だもん」
当時は今のガンセキと同じように、ボルガの父親やクエルポが主体となっていた。
「別にそれで良いじゃない。目標を定めてくれたから、私たちはそれに向けて頑張っただけよ」
オカマは沢があると思われる方角を見つめながら。
「彼も後悔なんてないわ。少なくとも成人を迎えるまでは、貴方たち戦うの待ってくれたでしょ」
ボルガは次男。
「私らが団長に望んだのは、そういう所よ」
山道から外れると、そのまま下ろうとしたが、少しして足を止める。
「準備運動でもしようかと思ったけど、やっぱレンガの兵士って優秀ね」
クエルポの眺めた方角を探っていたのだろう。兵士たちは即座に警戒態勢に入っていた。
「我々が対処いたしますので、今は山道をお進みください」
魔物の位置からすれば、戦闘を任されるのはコガラシの分隊だろう。すでに彼らは動きだし、回り込んでいた。
「わかったわよ」
「鎧なんてしながら、良くこんな山中で行動できるのよね」
思い当たる節があるのか、ヘンティルは笑いながら。
「朱火だってそれなりの装備はしてる。あんたはすぐに追い越されちゃうからわかんないでしょうけど」
新人への指導で山中の歩き方を教えていたが、大半はフエゴよりも身体能力が優れていた。
「おいちゃんだって頑張れば何とか登れるのよ。それに明火長さまのほうが、実戦なんて久しぶりなんじゃない?」
「そうね。私は刻亀戦でも補助が主体だけど、準備運動もしておきたいか」
すでにコガラシたちの戦いは始まろうとしていたが、一行はそのまま山道を進む。
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・・
勇者一行を狙ってきたのは、三種いる氷魔亀の一つ。
虫付氷魔亀。大きさはボルガよりも少し大きい。動きはそこまで早くないし、性格も穏やかな部類。それでもここはヒノキ山なため、相手が人間であれば迷わず攻撃を仕掛けてくる。
共存しているのか、甲羅にはボルガ半分ほどの虫が張り付いていた。
位置取りは亀の方が低く、周囲の木々は間隔があいており、太陽の光が地面に当たっている。
「まあまあ急な斜面ですが、足場はしっかりしてまさあ」
分隊十名のうち、当たるのは半分の五人。残った者たちは周囲の警戒をしながら勇者を追って少し先で待機。
もともと魔法を使いたがらないが、補佐に言われたからか以前よりも頻度は上がっていた。
「こいつは連射してくる奴でしょう。ちっと厄介なんで、風魔法を使いやす」
低位炎使いとコガラシが、木から木へと隠れながら敵との距離を詰める。すぐ後ろには魔力なしと低位水使い。
低位土使いは距離をおき、領域で周囲の警戒。
鎧をまとわない分隊長は、右腕の玉具に魔力をまとわせる。
木に身体を隠しながら。
「仕掛けやすぜ、覚悟は良いですかい?」
口に鞘をくわえると、左手で懐刀を抜く。玉具の影響がもっとも強い右腕には、シンセロの片手剣を。
三名がうなずけば、皆の背後から風がふく。
低位炎使いは両手に火を灯し、それを風に当てていた。
コガラシの魔法がうすい赤色に染まる。
火の風・皮膚や鎧系統の魔法を少し弱体化させる。
亀が作り出した小さな氷塊を体内にため込んでたのだろう。虫は角度を整えると、それ専用の器官から放つ。
連射。
木々が邪魔をして、放たれた氷塊も兵士までは中々届かない。
しかも火の風に無力化され、兵士たちにたどり着く頃には、拳ほどだったのが半分以下の大きさになっていた。
コガラシは走り出す。魔虫もそれに反応して、狙いを定めた。
後ろにいた一名がその隙をついて片手剣を振れば、斬撃のみが風に乗って走る。亀の片足に命中するが、氷の皮膚に亀裂を入れるだけに終わった。
小回りの利く懐刀で氷を払い落としながら、亀の右前方に存在する木へと飛び跳ねる。
水使いが叫ぶ。
「いまだっ!」
魔力なしは隠れていた木から身体をだすと、切れ味優先の剣を構え、一点を狙って斬った。
まだ先ほどの亀裂は修復されておらず、そこに鋭い斬撃が命中。氷魔亀は片足を深く斬られ、大きく体勢を傾けた。
コガラシは木の幹を靴底で蹴り上げると、全身を横に回転させながら甲羅ごと片手剣でぶった斬り、亀の後方で着地した。
魔虫は最後の一瞬、狙いを魔力なしの青年に変えたのだろう。
口に鞘をくわえたままのため、変な口調になってしまったが、思わず叫ぶ。
「おみごほっ!!」
鎧をまとう水使いが、その身を盾にして氷塊を防いでいた。
着地したのち即座に姿勢を整えると、コガラシは亀の側面に回り込み、後ろ足を氷の皮膚ごと懐刀で切る。
痛みは小さかったのだろう。亀は剣士に怒りを向け、そちらを向いて噛みつこうとしたが、そのころには後ろに飛びのいていた。
亀がコガラシに気をとられている隙に、低位炎使いは回り込んで油玉を投げつけた。命中したのは先ほど懐刀で斬った場所。
氷の皮膚を修復する前に、火を飛ばして着火させる。
燃え移ったのを確認したコガラシは、懐刀を口の鞘に戻すと、再び接近する。
後ろ足は燃えており、前足は深手を負っている。
もう亀は満足に動けなくなっていた。片手剣で皮膚ごと切り裂けば、空いた左腕で油玉を叩きつけ、そこに兵士が火を投げる。
すでに勝敗は決していた。
戦いを終えたコガラシは、魔力なしと水使いのもとにもどる。
「大丈夫ですかい?」
鎧の数カ所にはヘコみもうかがえる。
「問題ありません。ていうか、あんたよくその格好で飛び込めるな」
他の一般分隊はどのように戦うかといえば、いくつか手はあるが接近戦は仕掛けないだろう。
「鎧なんてまとってたら、逆に飛びかかれやせんよ」
魔力なしは先輩である水使いに感謝と謝罪をなんどもしていた。
低位炎使いは魔力なしの肩を叩き。
「にしても、やっぱ切れ味は大したもんだな」
「はいっ! これもイザクさんのお陰です!」
あまり山中での大声は良くないが、すでに周りは殺気立っているので問題ない。
「その剣もですが、日頃の鍛錬が重要ってこんでさあ」
ゼドがどういうかは不明だが、才能はあるとコガラシは思っている。なにより実直なその姿勢を。
個人としてではなく、一兵士として高めてもらいたい。
「じゃあ、行きやしょう。お楽しみはここからですぜ、皆さん」
「はいっ!」
戦闘狂はとても楽しそうにしているが、他二人はやれやれと分隊長についていく。