四話 場作り 後編
ヒノキ以外の方面。一部の外壁と内壁の間には、突進対策の魔物防柵が交互に設置され列をなす。それは以前に祈願所で作った槍柵とは違い、かなり頑強な物だった。
山の開拓に一応の目途が立ち、伐採した木々が使われていた。基本とした作業場所は外壁よりも内側であり、沢山の護衛をつける必要もない。
上からの指示で防柵より、外に出てはならないとされていた。
沢がお掘りの役目を担っている場所もあったが、全ての方面がそうなってはいない。
今、外壁が壊され、麻袋に詰まった土が埃となって舞っている。やがてそこから姿を現したのは、一部に岩の皮膚をまとった豚の魔物。
確認できるのは一体のみ。本当の意味で群れをなさないのが、ヒノキ周辺の特徴ではあるが、その大きさはボルガ二個分はあるだろう。
内壁の上より、一般小隊長が指示をだす。
「魔物が現れました。皆さん、準備はよろしいですか!」
ここカフン砦には、戦闘以外の役職を持った者たちも多い。土木作業員は兵士だけではなかったし、建物や防柵、または外壁を作った連中もいる。
参加を表明してくれた戦闘員は中継地に戻ることなく、弓を持って壁上に整列していた。
「命中させようと考える必要はありません」
すでに豚は走り出していた。もともと畑だったこともあり、足場は柔らかい。
「飛ばせろば良いんです!」
ここを受け持つ弓士は三十名ほどで、彼らは矢をつがえると角度を揃える。
小隊長は片手剣を抜くと、それを上にあげ。
「放てっ!」
飛んでいく矢は柵を越えたものも大半は地面に突き刺さる。上手く当たった矢も岩の皮膚に弾かれ、魔物に突き刺さったのは二本ほど。
「やった! 俺のが当たったぞ!」
「ちげえよ、あれはオイのだっ!」
「柵すら届かなかった」
残念ながら、それほどの訓練もされていない。
岩魔大豚は怯むが走り続ける。だけど傷を負わせられたのだから、十分な成果と言えるだろう。
これだけ立派な魔物防柵であれば、足止めとしては有効だが、致命傷までのダメージを与えられるかは別だった。
一般兵たちが、配置につく。
豚が柵に接触するかと思われた時であった。土使いが叫ぶ。
「先ほど発射を確認。恐らく、こちらにも来ます!」
一点放射は空から来るため、土の領域では感じとるのが中々に難しい。
土使いの予想どおり、赤い線が岩魔豚に目掛けて降り注ぐ。その巨体を貫いたのは矢と同じく二本ほどだが、魔物は柔らかな地面に横たわった。
「次は今のところ確認できません!」
備えていた一般兵も叫ぶ。
「まだ生きています!」
岩魔大豚は立ち上がろうとするが、血を噴き出しては失敗する。それでも柵向こうの人間を睨みながら、全身を動かして暴れる。
壁上より小隊長が指示をだす。
「柵を抜ける許可をだす」
分隊長はうなずくと、配置についていた部下を動かせる。豚は横たわりながらも、引きずり跡を土に残して柵に近づく。
低位雷使いは電撃を柵越しに放つ。
油玉を持った兵士は防柵の隙間を抜けると、大豚にそれを投げつけ火を飛ばす。
最初は若干暴れたが、少しして動かなくなる。先端を鋭くした木の棒を柵の内側より差し入れ、二人がかりで深く押し込む。
・・
・・
ペルデルは新米の班長だった。勇者一行をなんとか送り届けたが、熊の襲撃により団員を何名か失っている。
山側の内壁防衛。ここを任されたのには、それ以外の理由があった。
直陣魔法は非常に強力だが、長時間使うと様々な不具合が発生する。
「確認終了しました。問題はありません」
ペルデルの補佐をする女性はもともと明火で、ヘンティルの生徒でもあり、今回は魔法陣を管理する人手として参加していた。
土使いは黄土の入れられた穴に手を添えながら。
「すまないね。本当は心配だろうに」
「いえ、うちの班長は優秀ですので」
明火長の代わりとしてここを取り仕切るのは、カフンまでの道中で魔法陣により、落下型一点放射を彼女と共に成立させた領域の使い手。
木製の足場は地上より三mほどの高さで、そこには三十ほどの小魔法陣が描かれていた。地面には土属性の大魔法陣が、入り組む木柱のあいだを縫うように描かれている。
その大魔法陣の一角に、領域専用玉具が組み込まれていた。
一点放射のロッドを手にするのは全部で二十人。
土使いは足場に立つ団員を見上げると。
「まずは山肌の単独を撃ちます。十四名を半分に分けてください」
うなずくと砲手たちに指示を伝える。
炎使いの持つロッドには、炎放射を一点に集中させる能力が込められている。
上方の足場より声が聞こえる。
「位置につけ」
十四名が小魔法陣に足を置いたのだろう、音はここまで響いている。
「魔力を送れ」
砲手の消費を押さえるため、補助をする者たちが陣に魔力を送ることになっていた。
小魔法陣は一点放射の飛距離を伸ばす。
ここからでも、なんとか目視は出来る。草木の闇より魔物が飛び出せば、裸となった山肌の急斜面を駆け降りてきた。
「角度は真上、炎を灯せ」
こちらからでは確認はできないが、彼らの使う玉具の先には濁宝玉が埋め込まれているだろう。これは兵士側より支給されたもので、予備もこちらに預けられている。
七名のロッドに火が灯れば、徐々に火力が上がっていくのが、なんとなく土の領域からでもわかる。
威力は高いが連射はできず。
足場の上より団員がこちらを除く。
ペルデルの補佐がうなずくのを確認すると、砲手たちへと向きを返し、片腕を高くあげた。
「発射五秒前。三・二・一」
掛け声と共に腕を振り下ろすと同時。補佐は走り出し、天に昇る複数の赤い線を見る。
砲手が一点放射を自分の魔法として制御できるのは、発射後の二十秒ほど。
「十秒経過しました。発動をお願いします」
大魔法陣は共進型。地面に立つ数名が魔力をまとえば、それに反応して能力が発動する。
木製の足場より放たれた一点放射を領域と連結させ、土使いが集中した場所へと落下させる。
命中したかどうかの確認は後回し。
「続けてください」
新たに別の単独が出現したので、残る七発はそちらを狙うべきか。それとも確実に先ほどの一体を仕留めるか。
土使いは叫ぶ。
「二ノ朱は我々が攻撃している対象をお願いします。第六班には新たに出現した魔物の撃破をっ!」
指示を受けた者たちは、即座に動く。半数はこの場を守り、残る班が動きだし、こちらの指示をペルデルに伝える。
領域専門玉具により、命中精度は勇者一行の援護時よりも増している。またあのやり方(11章十一話)では、人数分の土使いを用意しなくてはならない。
足場の上より。
「準備できたぞ!」
最初に現れた魔物は速度を落としたが、黄土に浮ぶ黒い点は未だに動いていた。
「秒読み開始してください」
第六班の補佐にはその場にとどまってもらい、発射後の合図を再度お願いする。
・・
・・
山肌側。できることは行った。
多少は落ち着いてきたのか、駆け降りてくる魔物の数も気持ち減ってきた。
最初に一点放射を放った七名は、発射後すぐに小魔法陣からでて、入れ替わりに六人がそこに立ったのだろう。
「いつでも大丈夫です」
訓練は何度もしてきたので、手間どることはなくできた様子。上からの足音もほとんど聞こえず。
埋めこまれているのは宝石玉。これは火炎団の所有物。
足場の上より声が聞こえる。
「これより外壁側の魔物を狙う」
目視はできないが、恐らく沢を飛び越え、壁をよじ登ったのだろう。
それとは別の方面より、外壁に突撃した魔物も確認していた。壊した痛みはあるはずだから、しばらくは動かないはず。
土使いはペルデルの補佐に。
「沢の方を先に狙います」
こちらは突破できる魔物が限られるため、属性兵が到着するまで若干の時間を必要とされていた。
その指示を上の団員に伝え、ロッドの角度を調節させてもらう。するとまた走り出し、大魔法陣起動の合図に備える。
外壁に向けて放たれた一点放射は真上ではなく、素直にそちらへと延びていく。
「魔法陣を発動させてください!」
叫んだ次の瞬間、赤い線は地面に引き寄せられ、速度をあげる。
足場の上にいる団員が、気を緩めずに別の方向を指さして。
「再度秒読み。三から、二・一」
木製の足場より放たれたそれは、合図のあとに地面へ引き寄せられていく。
「とりあえず、これで落ち着いたか」
土の領域は玉具により繋がっていた。
ペルデルの補佐は土使いのもとにもどり。
「助かりますね」
本部にて敵の探知を進めてくれているため、こちらは一点放射に集中できる。
「じゃあ、魔法陣に歪みがないか確認を頼む」
「了解しました」
彼への負担は大きい。部下に領域の管理を任せたのち、その場にぐったりと座り込む。
足場を見上げる。
「宝玉具職人って、こういうのでやってんのかな」
卓上に描かれた魔法陣を、その上に置かれた武具に吸収させる。
各職人だけでなく、派閥によっても方法は異なるのだろう。
・・
・・
やっとの思いでチビデブが隧道入口にたどり着いた頃には、もう朱火は作業を進めていた。
赤火の面々は休憩をしている様子。
副朱火長は優雅な一時を演出するポーズを決めると。
「じゃあ僕らはティー・タイムをするからね。君たちは隧道に入って、魔物がいないか確かめておくれ」
クエルポの代わりに班を受け持つこととなった補佐は、どこかうんざりした様子で。
「じゃあ俺らも一通り済ませたら、休憩入りますんで」
なぜうちの上席は、こんなんばかりなのだろうか。といった所か。
仲が良いのか、レフィナドの補佐は肩を叩き。
「あの人の言うこと間に受けちゃだめですよ。こっちも穴掘りと、赤火の護衛ですんで」
小声ではあったが聞こえていたのか、思い出したのポーズを決めて。
「そうでしたね、僕らは穴を掘らなくてはいけない。さあ、僕のストーン・アームよ、ここにあれ!」
補佐である土使いは、目印の場所まで足を進めると、岩の腕を召喚する。
「私らは迂回して先に持ち場につくよ。あと、ストーンじゃなくてロックね」
第三班班長は女性。いつもは両手の全指に玉具をしているが、今は怪我をしており左腕は固定されていた。
恥ずかしいのポーズを決めると。
「これは失敗しました、まあ僕もただのビューティ・ヒューマンですのでね。あれですよ、コウボウも筆に謝るというやつです」
コウボウとは何なのか、彼も良くわからず使っている。女は無視して団員のもとに向かうと、一九名を引き連れて持ち場への移動を始める。
「俺らも行くわ」
第一班も隧道の中に消えた。
そんな様子を眺めながら、チビデブは朱火と同行してきた衛生兵の手当てを受けていた。
「青くなってるっすか」
「はい、まだ赤いですが」
頭巾兜の裏面には、衝撃吸収効果のある生地があてられている。それでも痛いものは痛かった。
衛生兵はチビデブの処置を終えると、他の軽傷者の治療に移る。
「無事でなによりだ。しょっぱなから運がないな」
「へい。もう一人は嫌んなったっす」
苦笑いを浮かべるが。
「どうしても厳しければ、私からトントさんに頼んでも良いが」
「ダメっすよ。たぶんカフンに戻されるだけっす」
親分の近くにいるには、一人で頑張るしかない。
朱火の二班班長は土使いの近くで、頑張れのポーズで応援していた。
「さあ、ここにあれをつくるんだ。もっとだよ、もっとこう美しく、ぶわっと掘りたまえ」
土の領域という単語は難しくて解らない様子。土使いはとてもウザそうにしていた。
どうやらポーズが気に入らないらしく、いつしかあれじゃないこれじゃないと、頑張る補佐の後ろで色んな格好を決めている。
「ああいう適当な人の方が、いろいろと向いてるんすかね」
「私は真面目に取り組んでるつもりだが」
「すんません」
第一班の解散はもう決まっている。手立ては残った一人が動くしかない。
土使いに邪魔だと言われたのだろう。肩を落としながらレフィナドがこちらにやってくる。
「おお、麗しきミス・ラソン。この可哀そうなマイ・ハートを癒しておくれ」
「一緒に掘るのを手伝ってあげたらどうっす?」
頭のたんこぶを氷で冷やしているチビデブをみて。
「これは子豚ちゃん、大丈夫なのかい」
哀れな小動物に向けるポーズをして。
「今僕がおまじないをしてあげよう、ペインペイン・フライング!」
「ありがとう。もう痛くないっす」
本当はまだ痛いが、おまじないを再度されても困る。
初代団員と退団した初期団員を除けば、指折りの実力者である三人がそろう。
「貴方はいつも変わりませんね。その精神を保つ秘訣があれば、教えてもらいたい」
チビデブの代わりに聞いてくれたのだろう。
教える側としての知的なポーズをして。
「自信がないのなら、化粧をすればいいじゃない」
トントが言う所の、クエルポに受けた影響だろうか。レフィナドは手鏡を取り出すと、美しき自分の顔に見とれながら。
「僕はね、サウザンド・マスクを持つ男なのさ」
真っ白に塗られた下地には、様々な色が塗られていた。
「そりゃ僕だって米粒ほどの不安はあるからね、化粧と香水で別人になるのさ。そしたらほら、美しきマイ・ワールドが開かれる」
両手をあげて、到達者のポーズを決める。
「そうか」
「すてきっす」
照れながらも、喜びを全身で表現して。
「褒めても僕のマイ・サインくらいしか渡せないよ。ちょっと待ちたまえ」
紙とペンはないのかと、仕事中の土使いに聞きに行いけば、顔面を鷲づかみにされた。
「オイラも化粧して、可愛く生まれ変わればいいんすかね」
「やめとけ」
衛生兵にお礼を言うと、チビデブはラソンと向き合い。
「不安が残るから、伝達路にも付くんですよね」
「もう少し休んだら、予定通り持ち場に移動してくれ」
彼女はここに残り、属性兵たちが来るのを待つ。
「大丈夫か?」
「こんなに大変だとは思わなかったけど、やばいのでなければ問題ないっす」
なんとかなるだろと考えていた。でも今となっては、班員がいてくれることのありがたさが身に染みる。
臭う魔物具で周囲を探る。
すでに気づいているようで、知らせを受けたレフィナドが、迎え撃つ団員をあげていた。
頼りにしてますよのポーズを、エクセレントに決めながら。