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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
2章 黒く、誇り高き獣
20/209

八話 勇者の意味

グレンがボスの下に向かった後、俺達は残った敵を殲滅する。


予想以上の抵抗だった、あの老犬魔は魔力を纏い、かなりの力を持っていた。


だが・・・体がその力には耐えられなかったようだ。


俺は地の祭壇から出て、4本の杭を地面から抜き腰に戻す。


グレンのサポートが無くなった事により、俺自身戦いに参加できる。


俺達が有利である事実は変わらないだろう。


老犬魔は口から血を吐き出しながら、必死に戦っていた。


・・

・・


結局、老犬魔は人の手ではなく、自らの力により最後を迎えた。


老犬魔を失った事により、残りの犬魔達も弱体化する。



セレスが最後の1体に斬り掛かる、浅い傷を負わせると、そのまま後方に下がる。


その瞬間を見計らって、アクアが氷塊を犬魔の頭上に召喚する。




戦いが終った・・・。



ガンセキが息を切らしながら2人に言葉を掛ける。


「2人共、怪我はないか?」


疲労を浮かべた表情でも、アクアはガンセキに笑顔を向ける。


「平気だよ、それよりガンさんの方が辛そうに見えるんだけどな」


ガンセキは苦笑いを浮かべて。


「辛いのは皆一緒だ・・・セレスは大丈夫か?」


「うん・・・でも、速くグレンちゃんの所に行かないと・・・」


セレスの言葉を聞き、ガンセキは地面に手を添える。


「・・・グレンなら大丈夫だ、もう事は済んでいる」


どうやら塒に向かっているようだ。


「お前等は先に街道に戻っていてくれ、俺はグレンを連れてくる」


かなり、魔力を消耗しているな、また無理をしたようだ。


ガンセキの言葉に2人は。


「駄目だよ、ボク達も行ったほうが良いと思うな、まだ魔物が残っているかも知れないし」


「うん、私もグレンちゃん・・・心配だよ」



「心配なのは分かる、だがグレンを休ませる場所を確保して置きたい、此処は森の中だし群れを退治したと言っても安全とは言えない」


セレスはガンセキを見詰めて。


「ガンセキさん、グレンちゃんをお願いします」


力なくガンセキに頭を下げる。


「ああ、任せておけ・・・すまんが俺とグレンの荷物も一緒に持っていってくれないか」


ガンセキは隠し岩に向けて歩き出し、岩を消すと自分の荷物から手当て道具一式を取り出す。


「女の子に荷物持たせたら、本当は駄目なんだからね、今回だけだよ」


アクアも渋々だが納得する。


2人は魔力を纏い、身体能力を底上げすると、荷物を抱える。


「それじゃ、ガンさん・・・グレン君、頼んだよ」


「私たちは街道で待ってますね、よろしくお願いします」


セレスは何時もの元気が無いな、だが今はグレンの下に向かわなくては。


「セレスちゃん、行こ」


アクアの後ろを、セレスが力なく歩いていく。


・・

・・

・・


セレスは勇者として、何か思う所でも有ったのだろうか・・・お前はそうやって少しずつ成長して行くんだな、此れからも。


ガンセキはグレンに向けて、走りだす。


セレスだけじゃない、アクアやグレンだって仲間として成長していく筈だ、力だけではなく人間として。


あの3人は俺とは違う、強い精神力を・・・強い心を持っているんだから。


ガンセキは一度立ち止まり、己の掌を見る。


戦闘が終って、隠していた何かがガンセキの全身を支配する。


両腕だけじゃない、足も・・・体中が震えていた。


情けない話だよな・・・どんなに修行をしようと、この感情を捨てる事が俺には出来なかった。


生き残る為には必要な感情な事は確かだ、だが恐怖が大き過ぎると仲間を危険に晒す事になる。



前回の旅では、俺は勇者の護衛として最低な行いをして来た。


取り返しのつかない事態を引き起こした事も何度もある。


だけどアイツは優しくて、俺に怒りを向ける事は滅多になかった。


・・・

・・・

5年前

・・・

・・・


目の前に、犬魔の群れが喉を鳴らしながら俺達に近づいて来ている・・・20体、言葉で聞くのと実際に見るのとでは訳が違う。


怖い・・・怖くて、足の震えが止まらない。


1体の犬魔が俺を睨み付ける、こいつは気付いているのか俺が怖がっている事を。


気付かれちゃ駄目だ、もしそんな事が仲間に知られたら、また呆れられてしまう。


犬魔が俺に近づく、足が竦む、冷たい汗が額を流れる。


頼むから俺を狙わないでくれ・・・他の、仲間を狙ってくれ。


俺は何を考えてたんだ、最低だ仲間を狙えなんて。


なんで俺がこんな思いをしなきゃいけない・・・全部、お袋の所為だ。



本当は嫌だったんだ、なのにお袋が無理やり・・・候補を断ろうとした俺を、無理やり候補にしたんだ。


怖い・・・怖いよ、帰りたいよ・・・家に帰りたい。


攻撃を防いでばかりいる俺にカインが叫ぶ。


「ガンセキ!! 俺達の防御に回らなくて良いから、せめて敵を攻撃してくれ!! 自分の身を護ってばかりじゃ、敵は減らないんだ!!」


「わ、わかってる!! わかってるんだ・・・」


俺に向かって犬魔が飛び掛る、口内の牙が見える、涎が糸を引いて俺に押し寄せる。


「ひっ!?」


恐怖により姿勢を崩し、そのまま後ろに倒れ込んでしまう。


犬魔が俺の上に圧し掛かる、口を大きく広げて俺を噛み殺そうとする。


俺は空いた片手で犬魔の顎を押し、噛み付きを必死に防ぐ。


い、嫌だ! 死にたくない、死にたくない!!


「誰か助けてくれー!!」


その姿に気付いたカインが、ガンセキに圧し掛かる犬魔を斬る。


斬られた犬魔の血が飛び散り、ガンセキの顔が赤く染まる。


「ち、血がっ」


「血が付いたくらいでビビるな、速く立て!! 死にたいのか!!」


ガンセキはカインの言葉で正気を取り戻し、必死に立ち上がる。


「ガンセキ・・・逃げちゃ駄目だぞ、こいつ等は逃げたら追って来る」


「逃げない、戦うよ」


「俺の後ろに居ろ、離れるなよ・・・良いな」


「わ、わかった」


ガンセキはカインの後ろに立つ。



俺はカインに・・・頼りきっていた・・・全て人任せにして、自分の事しか考えていなかった。


・・・

・・・


・・・

・・・


塒に向かう途中、一本の木が焼け堕ちていた。


ガンセキは立ち止まり、焦げた木を見詰める。


油の臭いが微かにする、この木はグレンがやったのか。


周囲の木々を見ると、所々に爪痕が残っている・・・激しい戦いの跡だ。


まだ周囲に残る闇の魔力をランプで吸う。



目を疑った・・・まだ余裕があったランプが、闇の魔力で黒く染まる。



戦闘の残りカスで、この魔力量・・・魔獣か、それの一歩手前。


グレンはボスを知っているようだった、相手が魔獣クラスの魔物と知りながら一人で挑んだのか。


あれ程、人に迷惑を掛けたがらないお前が、それを知りながら一人で挑んだんだ。



俺とは正反対だな、お前は・・・。



ガンセキは再び走り出す。


・・

・・

・・


ガンセキは塒の前で立ち止まる。


音も無く静かな場所だが、辺りには獣の焼け焦げた臭いが散漫していた。


黒く焦げた塒の前に、黒い魔物の前足を握っていたまま、グレンが倒れていた。


肩から血が出ていた・・・背中は浅く引き裂かれ、血が滲んでいる。



ガンセキはグレンの上着を脱がせ、水で血を流すと肩・背中・腕に度数の高い酒を流す。


グレンは苦痛を吐く。


その体には、既に古い傷痕が数ヶ所あった。


綺麗に洗い流したあと、あらためて傷口を観察する。


思ったほど傷は深くないな、血もすでに止まっているようだった。


持参した薬草から造り出した薬を、清潔な布に当て傷口に、包帯で巻いていく。



出来る事はした、肩の傷は思ったほど深くはない、だからと言ってこのままレンガに向かうのは危険か。


今日は野宿は止めよう・・・確か、モクザイ(村名)には医者が居たな。



ガンセキはグレンを背負うと、出来るだけ動かさないようにゆっくりと歩き出す。


・・

・・

・・


お前を1人で行かせるべきじゃなかった、俺の判断ミスだ・・・こいつが無理する事くらい分かっていた筈だ。


俺から言わせればお前の方が、セレスより余程危なっかしいぞ。


自分では気付いてないようだが、俺なんかよりお前の方が死に急いでいる気がする。


お前は自分で勝手に重荷を増やして、その重荷に押し潰されていく・・・俺はそんな気がしてならない。



俺には何が出来る、愚かな俺はグレンの為に、アクアの為に、セレスの為に何が出来る。


今だって俺は魔物が怖い、気を抜くと全身が震えだす、それでも俺はお前等の為に何かをしたいんだ。


もう・・・足手まといにだけは・・・なりたくない。



ガンセキの背中に揺られ、グレンは目を覚ます。


「・・・すんませんね、迷惑掛けて・・・」


「好きでやっている事だ、気に掛けるな」


暫しの間が開き、グレンはガンセキに尋ねる。


「セレスとアクアは無事ですか?」


「ああ、大した怪我も無く無事だぞ」


俺の言葉を聞くと、再び目を閉じ意識を無くす。



まったく、お前は馬鹿だよ、ギゼルさんが放って置けないのも分かる気がする。


ガンセキは街道を目指して歩き続ける。


・・

・・


・・

・・


アクアとセレスは無事に街道まで辿り着き、重い荷物を地に下ろす。


「重かった~ セレスちゃん、ここら辺で休もうよ」


「うん・・・此処ならガンセキさんも直ぐ分かるだろうし・・・」


アクアはセレスを見る、明らかに何時もと様子が違う。


「セレスちゃん、どうかしたの? 疲れたの? お腹痛いの?」


心配そうにセレスの顔を覗き込む。


セレスは驚いて、笑顔を造る。


「大丈夫だよ、私は何時もどうりだもん」


にへへ~ と無理やり笑う。


そんなセレスにアクアは。


「グレン君・・・心配だね」


その言葉を聞いた一瞬、セレスの顔が暗くなる。


「うん・・・私、魔物があんなに怖いなんて知らなかった」


死ぬのが怖かった訳じゃない、でも犬魔達は居場所を護る為に必死に戦っていた、その必死さが怖かった。


私はグレンちゃんの傍にずっと居たのに、そんな事も知らなかった。


「アクア・・・私って馬鹿だよね」


「セレスちゃん駄目だよ、そんな事言ってたらグレン君に馬鹿にされるよ」


アクアがグレンの真似をする。


「止めろセレス、それ以上言うんじゃねえ、お前が馬鹿を認めたら、お前の馬鹿が半減しちまうじゃないか」


それを見たセレスが笑う。


「グレンちゃん、そんなこと言うかな? 私の予想だと・・・」


「なっ!! お前がそんなマトモな事を言える筈が無い!! お前は誰だ、俺はお前の存在を認めないぞ!! このセレスの皮を被った真人間め、正体を現せ!!」


「酷いよそれ・・・でも、言いそうだねグレン君なら」


2人で笑いあう。


「にへへ~ そうでしょ~」


セレスの笑顔を見てアクアは。


「セレスちゃんはボクなんかより、ずっとグレン君の事、色々知っていると思うな」


「・・・そうかな・・・ありがと、アクア」


セレスはアクアにお礼の抱擁を。


「セレスちゃん苦しいよ」


照れくさそうに、アクアが言う。


「にへへ~ アクアは優しいな~」



良かった・・・セレスちゃん元気でたね。


・・

・・


・・

・・


少しの時が流れ、グレンを背負ったガンセキが2人の下に現れる。


ボロボロのグレンを見て、再びセレスの顔が曇る。


「心配するな、魔力切れで気を失ってるだけだ」


アクアがガンセキに尋ねる。


「グレン君、此処で少し休ませた方が良いかな?」


「いや、このまま今日はモクザイに向かいたいと思う、一応医者に見せた方が良い」


俺の診たてでは其処までの重症ではないが、所詮は少し知識がある程度だ、プロに見せた方が良い。


戦場では、たとえ片腕を失ったとしても、生き残る為に戦わないといけないが、此処は戦場ではないんだ。


「ところでガンさん、グレン君が持っているのはなんだい?」


「ああ、どうもボスの前足みたいだ」


「きっと、グレン君の職業病だね」


グレンは狩った魔物の体の一部を、村に持って帰ってお金に換えていた。


「それが離そうとしなくてな、余程大事なんだろ」


「グレン君はお金が大好きなんだよ」


セレスはグレンに近づき、魔物の前足を握っていた手を、優しく包み込む。


・・・グレンちゃん、私がしまって置くから離していいよ・・・。


セレスはグレンから前足を受け取ると、グレンの肩掛け鞄にしまう。



ガンセキはそんな2人の様子を見て。


何だかんだ言って、信頼関係は出来ているんだな。



ガンセキはアクアとセレスに。


「それじゃあ、そろそろ行くぞ」


2人は頷く。


「グレンの肩掛けは鞄は俺が持つ、すまないが後の荷物は2人に任せて良いか?」


セレスは首を振るう。


「ガンセキさん、荷物は私とアクアで持つから、グレンちゃんをお願いします」


「まったく、グレン君はしょうがないな」


アクアも口では嫌味を言うが、立ち上がり荷物を再び抱える。


ガンセキは2人に礼を言うと。


「それじゃあ、2人とも行くぞ」


3人は歩き出す、グレンはガンセキに背負われて。


・・

・・


・・

・・


途中で軽い昼飯を取り、陽が傾きだした頃に街道を外れた分かれ道に到着する。


「2人とも、後2時間もすれば陽が暮れてしまう、まだ歩けるか?」


「うん大丈夫だよ、まだ平気さ」


「速くグレンちゃんを休ませてあげないと」


この調子なら、太陽が隠れるまでに何とか村まで到着出来るか。


・・

・・

・・


勇者御一行がモクザイに到着したのは、辺りが暗くなり始めた魔物達が行動を始める時間だった。


村の周囲を護っていた村人数人に事情を説明する。


快く村人は、医者へと案内してくれた。



モクザイの村は、勇者の村と見た目は其処まで変わらないが、川岸に造られた村だ。


村内には魔物に襲われた真新しい傷跡が残っていた。



治療所に到着後、暫くの時が過ぎる。


ゆっくりと扉が開かれる、そこから50代前後の女性が現れると、3人に向かって頭を下げる。


「村長は今急用で村に不在の為、村長に代わりまして私がお礼を言わせて頂きます」


とても穏やかな人だった。


ガンセキが代表として言葉を返す。


「怪我人を見て頂けただけで大助かりです、此方こそありがとうございます」


「あまり大したお持て成しも出来ませんが、どうぞゆっくりしていって下さい」


笑顔を3人に向ける。


「まだ対処出来ない程の群れが現れるようでしたら、勇者の村に依頼して下さい、すぐには無理でしょうが増援を送ってくると思いますので」


俺達を案内してくれた村人の男性が。


「しかし凄いですね、たった4人で大群れの相手をしてしまうなんて」


ガンセキは謙虚に。


「残念ながら一人怪我人を出してしまいましたが」


村人はセレスを見て。


「いや、ご謙遜を・・・流石は勇者様が率いる御一行の方々です」


セレスは目を逸らす訳にも行かず、苦笑いを浮かべる。



村長代理の女性は、そんなセレスの態度を見て話題を変える。


「それでは宿への案内の前に、湯の方へ案内致しますので、それで宜しいでしょうか?」


セレスを含めた3人の格好は、泥と魔物の血に塗れていた。



だがセレスは返事をせず、グレンの眠る部屋を見る。


初老の男がセレスに声を掛ける。


「安心しなされ、肩の傷がちと深いが後は軽傷だ、目を覚まさんのは完全に魔力を使い切ってしまったからだよ・・・そうだな、明日には目を覚ますだろうよ」


戦闘は暫く行ってはいけない、との事。


それでも動こうとしないセレスに、アクアが語りかける。


「グレン君なら大丈夫だよ、こんな格好のままだと村の人にも迷惑掛かるから・・・行こ、セレスちゃん」


「・・・うん」


医者がセレスを安心させる為に。


「私が見とるから安心せい、心配する程の怪我でもない」


セレスは医者に頭を下げる。


「グレンちゃんを宜しくお願いします」


医者は笑顔を返す。


それを見ると、セレスは治療所を後にする。


・・

・・


・・

・・


グレンが目覚めると其処は知らない場所だった。


俺は何でこんな所に居るんだ?


時間と共に意識が覚醒していく・・・そう言えば俺、ガンセキさんに背負われていたな、と言う事は此処は近くの村か。



辺りは少し明るい、光の色が青っぽいから明け方だろう。


大量の水が流れる音が聞こえる・・・川の音か?



グレンは体を起こす、背中側の肩に痛みが走る。


・・・流石に痛いな・・・まあ、これくらいの怪我なら問題ないか。


グレンは溜息を。


迷惑を掛けちまった、全部俺の我侭だ。


自分が情けない、信念一つ護れないなんて。



グレンはふと思い出す。


奴の前足は何処だ? 俺が握っていた筈だけど・・・捨てられちゃったかな。


グレンは痛みを堪えて立ち上がると、椅子に誰かがかけて置いてくれた上着を手に取る。


どうやら別の上着だな、背中が破れていない。


良く見ると体にも、血はおろか泥すら付いていない。


・・・村の人にまで迷惑かけちまった。



寝ていた部屋から出て、そのまま治療所から外に出ようと扉に向かうグレンに、誰かが声を掛けてきた。


「お前さん、もう平気なのかい?」


その初老の男性は、白い頭巾を被っていた。


白い頭巾の真ん中には、赤い一本の横線。


白に赤い一本の横線、このマークは医療の知識がある者の証だ。



グレンは頭を軽く下げ。


「お世話に成りました、お陰で助かりました」


「礼なんか言う必要はないさ・・・この程度の傷は今回だけじゃないだろ」


グレンは何も言わない。


「まあ、あまり無理は成さん事だな」


グレンはもう一度頭を下げる。



医者に勇者一行の泊まっている場所を聞くと、そのまま治療所を後にする。


この村には宿屋が無く、村長の家に世話に成っているらしい。


治療所は川沿いに在り、グレンは暫く川を眺めていた。


其処まで大きい川じゃない、流れも穏やかで川の音が心地よい。


太陽は顔を見せていないが、青く周囲を照らしていた、こう言うのを黎明って言うのだろうか?



少し離れた桟橋の先に、見知った人物が座っていた。



まったく、船泥棒と間違われたらどうするんだ。


・・

・・


セレスは桟橋の先で、膝を抱えながら川を見ていた。


「お前、こんな時間に何やってんだ?」


グレンを見てセレスが驚く。


「グレンちゃん、もう大丈夫なの?」


「ああ、医者のお墨付きも貰ってる、直ぐにでも出発できるよ」


「・・・そっか」


グレンはセレスの隣まで歩くと、桟橋の先に腰を下ろす。


「お前、少しくらい寝たのか? 道中歩きながら寝るなよ」


「・・・寝たもん、速く起きちゃっただけだもん」


「人に起こして貰わないと起きれないお前が、良く1人で起きれたな」


「・・・えっへん」



グレンは威張るな、と言いながらセレスの頭を叩く。


「グ~ちゃん痛いよ」


セレスの言葉を無視して、グレンが話を続ける。


「なあ、俺が気絶してた時に魔物の前足を持ってなかったか?」


「それなら、グレンちゃんの肩掛け鞄に入れて置いたよ」


「そうか・・・ありがとな」


セレスは頷くと、そのまま膝をより抱えて小さくなる。



暫く無言の時間が流れる。


グレンは何も言わず、ダルそうに顔を上げて空を見ていた。


それでも何処にも行かず、静かにセレスの隣に座っていた。



沈黙を破ったのはセレス。


「グレンちゃん・・・わたし、勇者失格だよね」


「勇者の前に、色々駄目だろお前」


「うん・・・そうかも知れない」


今日はやけに素直じゃないか、気持ち悪いな。


「グレンちゃんを・・・怪我させちゃった」


「・・・」


「なのに、この村の人達は・・・私を褒めるんだよ、一番頑張ったのはグレンちゃんだったのに」


セレスはセレスなりに、勇者に成ろうとしているんだな。


「今回、俺が怪我を負ったのは俺の所為だ、ガンセキさんの反対を押し切って無理やりボスと戦ったのは俺だからな」


「お前が勇者失格なら、俺は勇者の護衛失格だよ・・・勇者の旅ってのは勇者を育てる旅だ、何事もこれからだろ」


セレスは顔を埋めて、グレンに。


「私は、何も知らなかった・・・勇者なのに仲間に護られて、勇者なのに仲間に怪我をさせて、勇者なのに・・・何も出来ない」


「全て人任せにしながら、ずっと生きて来たから・・・そんな私には、何も出来ないよ」



セレスの肩が震る。


「護られるだけの勇者なんてやだよ」


「私は強いのに、弱い魔物が怖かった・・・必死に生きようとする、何かを護ろうとする魔物が怖かったよ」


「私は強いのに・・・誰よりも弱い・・・この力を、どう使えば良いのか分からない」


グレンは何も言わない。



「グレンちゃん・・・教えてよ」



「私は仲間の為に何が出来るの・・・グレンちゃんの為に、何をすれば良いの」


ずっと黙っていたグレンが口を開く。


グレンはイライラを隠す事無く表に曝け出す。


「お前が仲間に出来る事なんか、何一つありゃしねえ」


「俺の為に、誰かが何かするなんて考えただけで気分が悪くなる」


「勇者が仲間の為に何かするだ? ふざけた事を抜かすんじゃねえ」



言いたい事を言ったグレンは、口調を少しばかり穏やかにすると。


「ガンセキさんの言葉を、お前に言ってやる」


「人任せにするのと、人に頼るのは意味が違うんだよ」


「勇者がすべき事なんか、単純だろうが」


セレスが顔を上げて、グレンを見詰める。



「人々の想いを背負い」

「人々と共に笑い」

「人々と共に涙を流し」

「人々と共に苦しみ」

「人々と共に喜び」

「人々を思い叫び」



「人々の心を一つにして」


「・・・そして、人々の為に戦う」



「勇者は誰よりも魔族を憎み、全人類を魔王から救い出す」


「確かな事なんか分からないけどよ、それが勇者じゃないのか?」



「仲間はその為に居るんだ、勇者が仲間を頼らないで誰が仲間を頼るんだ」


「お前は人々の為に成る、そう思った事をすれば良い、それを仲間が全力で手助けする」


セレスがグレンに問う。


「もし、私の判断が間違ってたら?」


「それはお前の責任だ、それが勇者って者だろ」


セレスはグレンを見詰めながら。


「私が・・・もし間違ってたら言ってくれる?」


「知るか、自分で考えろ」


「・・・グレンちゃんの意地悪」



何時も言ってるだろ、俺は自分の事で精一杯なんだよ。


俺に出来る事は、お前の決断を信じる・・・ただ、それだけだ。


「間違ってると思った時は反対する、だがお前が決断したと言うのなら、俺はお前に従うさ」


だからセレス、お前は勇者になるんだ。誠の、本物の勇者に。



そして何時か、お前が英雄と呼ばれる日が来るのなら、この身を焼かれても構わない。



その後、勇者一行はモクザイの村を発ち、赤鋼へ歩き始める。


この四人の行く末は、神様だけが知っている。




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