十八話 決戦前夜
決戦の時は刻々と迫る。朝になればそれぞれが所定の位置につき、ヒノキという化け物との命の削り合いが始まる。
しかし皆に意気込みは感じられず。勝利への渇望よりも、生き残りたいとの切望が強い。
だがこれで良いのだろう。これまでの日々こそが一種の自信となって、皆の心を静かに燃やしているのだから。
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雪が降り始め、やがて魔物が本格的に動き出す前に、赤火は仕事を始める。雪がその効力を弱めるころ、彼らは役目を終えて休息に入る。
だがこの日に限り、彼らは仕事の入りがいつもより早かった。まだ時刻は夜の八時過ぎだったが、すでに引継ぎの作業が始まっていた。
「あとは私たちが引き受けるから、ゆっくり休みなさい」
普段は山の開拓を手伝っている者たちも、今日ばかりはカフンにて休息をとっていた。
「じゃあ、後は頼むわ」
「トントちゃんもお疲れ様。明日はよろしくね」
フエゴとは仲が悪いようだが、赤火長には優しかった。好みのタイプだろうか。
「なんか察知してんすかね、今日は魔物もけっこう静かっす」
「良いことじゃない、ブッちゃんも明日は頑張るのよ」
チビデブへの言葉かけも穏やかだった。気づくと、大きなお腹をなで回されていた。
このように触られることには慣れているし、彼も基本は嫌がらない。というか女性に触られるぶんには、喜ぶまである変態だった。
「気持ち悪いんで、やめて欲しいっす」
いかんせん手つきがいやらしい。
「なによっ! 良いじゃない、減るもんじゃなし。ていうか減らしなさいよっ!」
フエゴの場合もそうだったが、言い返せる環境は整っているらしい。
「今宵と明日の健闘を祈ります、お気をつけて」
「言われるまでもないわよ」
ラソンというか、女への扱いはこの程度。
「今日くらいちゃんとお風呂に入って、身なりを整えなさい」
「これは失礼しました。臭いますか?」
苦笑いを浮かべながらも、気にかけてもらい嬉しそうな様子。
赤火は総勢六十名。引継ぎをするのなら、クエルポの班だけでは人手が足りない。
「せっかくの赤毛が泣いておりますよ、ミス・ラソン。なんでしたら、僕のマイ・ブラシをお貸しましょう」
いつも肌身離さず持っているのか、美しい手つきて剣国製の櫛を取り出すと、美しいポーズでラソンにさし出す。
「いえ。私物がありますので、お気持ちだけ」
残念そうに櫛をしまうと、自分の団員に命じで足元に大き目の石を召喚させる。
「なんか臭うと思ったら、レフィナドさんもいたんですね」
月の光を自分の恰好良い位置に当て、よりエレガントさを強調しながら。
「誰かと思ったら子豚ちゃんじゃありませんか、相変わらず醜いですね。僕のこのフレッシュ・ボディを参考に励みたまえ」
足を高く上げたのち、石を踏んで美しいポーズをきめる。降る雪と合わさり、儚げな姿を演出したつもりのようだ。
「お前相変わらず香水なんてしてんのか、魔物寄ってきて危ねえだろ」
「なんども注意してるんだけど、言うこと聞かないのよ。でもあれでしょ、やっぱダメな子ほど可愛いのよ、もう食べちゃいたいくらい」
班長の顔面は厚く塗られており、やりすぎ感が否めない。
「香水と化粧は僕のマイ・ソウルですので。それにミスター・クエルポ、今の発言は聞き捨てなりませんよ、あなた気持ち悪いです」
クエルポは男の両頬をわしづかみ。
「悪い子ね、なんど言ったらわかるの?」
どこから伝わった単語かは不明だが、一応彼らにもその意味は理解できている様子。
「ミしゅ・クエりゅぽ」
「それと、無意味に召喚するのは感心できません」
ラソンは大き目の石に手の平を叩きつける。次の瞬間、それが爆音と共に砕け散った。
後には煙と石の残骸が残り、それを見た土使いが急いで頭をさげる。
解放されたレフィナドは、自分の頬を両手でさすりながら。
「いやいや、君は悪くない。命じたのは僕だからね」
小さな鏡をとりだすと、自分のお顔を熱心に観察して、問題がないかを確かめる。
「麗しきミス・ラソン。ここは僕の美貌に免じて、許しておくれ」
凄く不安だが、これでも彼は朱火第二班班長。
寄せ場は一つの方面だけにあるわけではない。
「貴方はここで対応するんですか?」
第二班というのは、副火長的な役割があった。
「はい、明日のことでお話をしたく。この時間を利用させてもらおうかと」
しばらくすると赤火の面々が集まってきた。この時を余程楽しみにしていたのか、彼らにしては珍しく肩の力が抜けている様子。
雪は深々と篝火に照らされては消えていく。
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チビデブは手に火を灯しながら。
「あの人で本当に大丈夫っすか?」
クエルポが決行日に勇者と共闘することになったため、彼女(仮)が受け持つはずだった役目は、誰かが引き受けなくてはいけない。
同じ二班の班長として。
「ああやって精神状態を保っていられるのも、一種の才能ではないか?」
自分のことは棚に上げて。
「昔は普通の青年だったんだが」
「クエルポの野郎に変な影響でも受けたんじゃねえか?」
外壁の周辺には一般分隊が遠目に映る。仕事中でも関係なく一人が素振りをしており、それに分隊長と思われる者が付き添っていた。
少しして珍しい女の兵士に、二人は怒られた様子だった。
門の近くではいつでも動けるよう、属性兵が待機していた。彼らに労いの言葉をもらいながら、赤火は外壁を潜る。
荒れた田畑はすでに収穫をあらかた終えていたため、今は真っ直ぐに内壁の出入口を目指す。
「けっこう足場がゆるいっす」
耕されていたのだから、当然といえば当然か。
「そういえばあの爺さん、前に部下引き連れて農作業してやがった」
思い出したのか、ラソンは口元を隠し。
「朝はやくから、顔が土で汚れてましたね」
戦闘中は仮面をしているものの、彼女も人のことは笑えない。
雪の中で無数の篝火が並ぶ光景は、どこか儚くも美しい。
「なんか、冷えるっす」
「本番前に風邪ひくんじゃねえぞ」
表面上はいつも通りの二人。しばらくすると、内壁の門が見えてきた。
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ラソンが最後に皆を集め、今後の予定を説明する。
いつもであればこのまま用意された宿舎に戻るが、今日は念のため内壁の一角で休むことになっており、食事や寝具一式も準備されていた。しかし待機場所が変更されただけのため、基本的には自由時間とされている。
明日の朝三時半までには、第二演習場に集合できるよう、それまでにここを立つ。
一通りの事を伝えると、三人はまた顔を合わせる。
トントは腰を伸ばしたのち。
「お前らは今からどうするんだ?」
「ご飯を食べましたら班の者と少し話をして、その後はクエルポさんに言われた通り、浴場にでも行こうかと思います」
猿の仮面は蒸れるため、彼女としても本番を前に一度身体を洗っておきたい。
「オイラはこいつの慣らしをしたいんで、今から近場で特訓っす。飯はその後にします」
用意された盾はかなり小さく、これでは守れる範囲も少ない。腕輪に取り付けるタイプな上に、小ぶりなお陰もあって固定はしっかりされていた。
誰かが使っていたのだろうが、所属が違うこともあり見覚えはない。腕輪は玉具ではなく、ただの装具。
宝玉を金属に練りこむのは難しいが、全ての職人は人生をかけて歩んでいるため、そこまでたどり着く者はいる。
小さな円盾の真ん中には、宝石のように美しい黄色の玉。
「練りこみと埋めこみの両立か。傑作ですね」
グレンの逆手重装には、火の純宝玉が練りこまれ、土の宝石玉が埋めこまれていた。
「へい、ラソンさんのとは方向性は違いますが」
盾の端をつかみ、肩側に引き寄せると、その下から棒が飛び出る。
「能力は全部で四種類っすね。使いこなせるか解りませんが、前の所有者に報いるためにも」
デブは挨拶をすると、大棍棒を持ち上げたのち、背負った鍋を二人に向けて歩いていく。
その姿を見ると。
「もうなにがしたいのか分かんねえな」
「本当に、一人で戦わせる気ですか?」
その名は脇差の持ち主。
「あいつはフィロとは違うが、熟練の団員だよ」
一つの武具を極める。
その名はラソンの友。
弓と籠手。短剣に胸当て。
「そういえばアルコも、複数の玉具を扱う子でした」
当時を思い出し、赤い布に触れる。
「第一班も明日をもってついに解散だ。お前も今後、どうするか考えておけよ」
トントは肩を数度叩くと、ケッケと笑いながら。
「できれば残ってもらわんと困るんだが、そこはお前の選択だ。後悔のないようにな」
宿舎に用事があるとのことで、トントも外壁を後にする。
無言でラソンは赤火長を見送った。
その後は自班の団員と言葉を交わし、夕食を共にする。
仕事の入りに前もって、荷物はここに持ってきていた。管理していた者に話を通し、自分の物を受け取る。
人目のつかない場所に移動すると、赤い布をほどく。
自前の手鏡で顔をのぞく。布の当たっていた所だけ、色が変わっていた。
傷に触れようとするが、思いとどまり指を遠ざける。
ため息をつき、手鏡を顔から離し、再び布で顔を隠す。
巾着袋の中身は昔使っていた一式。しばらく眺めていたが、そっと鞄の奥に入れる。
「今さら、もどれないわよ」
着替えと新しい布を持つと、近場の団員に今後の予定を聞き、ここに残るとのことで荷物を預ける。
トントもいなくなった今、自分はここに残ったほうが良いかと考えたが。
「今日くらいは良いか」
他の団員に気づかれないよう、足早に浴場を目指す。
傷など全身にある。それでも顔のこれだけは、隠しながら身体を洗うのだろう。
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勇者一行は夕食をとったのち、明日に備えて早めに眠りへつく。
隣で寝息が聞こえて来たので、相手を起こさないようにベッドから足をだす。物音を立てないくらいなら、グレンも拳士の端くれだからできる。
私物の袋をもって扉を開ければ、四人がつどう机の部屋。ふと窓をのぞけば。
「こんなん飾ってあったか」
興味なさ気に花をみる。
「アクアかセレスかね」
グレンは地図の張られた壁まで足を進めると、その足元に置かれた木箱に手を伸ばす。
すでに中身は確認していたが、デマドでの成果をもう一度。
「これが心増水」
陶器の瓶に入っており、飲み口にはある樹皮を加工したものが詰められていた。そのため中身は見えない。
魔力の自然回復を高めるものだが、休憩状態でないと効果が薄い。
「でっ、こっちが心増薬」
これはフエゴが使っているのを見たことがある。丸薬とでも呼ぶべきか。
戦闘中でも徐々に魔力が回復する。
アルカに感謝。
「箱一杯だわ」
つい先日、グレンのもとに届けられた。
魔者にとって、命のよりも大切な実からつくられる。
いつまでも見ていたかったが、今日の所は我慢して木箱を閉じた。
「寝れねえし、作業でもするか」
少しゴソゴソしてしまったが、音を立てないように外に出る。
用意された宿舎から少し離れ、警備していた兵士に笛を見せて、散歩だから一人でも良いと伝えておく。
そこは道沿いにある、見晴らしの良い場所。地面に座り、袋から小さな布を出して敷く。
まずはフエゴに最初粗削りしてもらった物。
次にうまくできず、自分で最初から削った一番ひどい出来の物。途中で諦めて絶賛放置中。
諦めてもう一度団長さまに頼み、少し前に削ってもらった物。これはまだ完成しておらず、今から作業をする。
「俺も大分慣れてきたもんだ」
少なくとも手は切らなくなったが、自画自賛はいなめない。
顔は覚えているが、声はすでに忘れはじめていた。それでも当時の記憶を頼りに、会話の内容を思い出しながら。
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グレンは集中力は高い方で、一心不乱に削っていた。
「いけねえな、相手への気持ち込めんの忘れてら」
「もうちょっと全体像確認しながら削れよ。そりゃいくらなんでも、相手が浮かばれねえぞ」
いつの間にか隣に座っていたオッサンに驚き、思わずその場で片肘を地面につけてしまった。
「えっ、仕事中じゃないんすか?」
「今日は早めに上がったんだよ」
気を持ち直して、姿勢を直す。
「不器用だとは思ってたが、これは予想外だな」
作品をマジマジと見つめられ。
「恥ずかしいからやめてくださいよ」
「まあ、大切なのは中身だわな」
頭をかきながら、残った手で二作品をつかむと、袋の中にそれを隠す。
「こんな所になにしに来たんすか、もしかしたら俺寝てたかも知れないっすよ」
「いや本当に起きててくれて良かった。中に入るのも気が引けてたんだけどよ、都合よく外出ててくれたしな」
トントは自分の荷物から、ボロボロの紙束を取り出して。
「これお前にやるわ」
楽譜の読み方は初日の時点であらかた覚えていた。先ほどまで作品の置かれていた場所に放られる。
「なに言ってんすか。受け取れませんよ」
「気にすんな、曲は全部頭に入ってる」
そんなこと、できる訳がない。
「とてもじゃないっすけど、俺は今のだけで精一杯っすよ」
「それは俺も一緒だ。まだお前の方が可能性はある」
伝統を少しでも長く残したい。
トントは相手の肩を叩きながら立ち上がり。
「まあ、かさ張って邪魔なら捨ててくれ」
グレンの返事も待たず、逃げるように去っていった。
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帰り道。ここより山側を見上げれば、木製の足場で今も作業をしている明火を確認する。
「なんだ、あいつもいんのか」
最近見ないと思っていたが、どうやら二ノ朱として作業中の明火を守っていたらしい。
「どんだけ待たせてんだか。もう本当にオッサンとオバサンじゃねえか」
さらに遠く。山肌の一部を見れば、そこには辛うじて内壁はあるが、外壁は存在しないと解る。
以前グレンが通った道には、篝火が設置されていた。
旧山道の出入口は現在第二演習場となっている。
左手に火を灯し、自分のゆく先を照らす。
「なあ。もしかしてよ、お前んとこのボス」
刻亀が死んだとしても、沈静化はするかも知れないが、この地に住む魔物は変わらない。
長年の領域による影響で、ここは生態系自体が変化している。
もし、そうだとすれば。
「羨ましいだろ。うちのはあんなんだが、まだ居るだけマシだ」
肩当は何の反応も示さない。
「お前、よく頑張ったな」
だから俺も。
「終わらせて良いだろ」
今まで感じたことのない悪寒が、右肩より全身を支配する。燃える左腕で温めようとするが、その対象である右腕はどこにもない。
雪が降る。
「どうしろってんだ」
魔獣具職人の言葉を思い出す。
「あの爺。嘘つきやがって」
呪いはまだある。
寒さで動けないでいると、自分の灯りに気づいて寄って来たのか。
「なにしてるんですか、探したじゃないですか」
ランタンを手に、スウニョは屈んでトントの顔をのぞき見る。
「赤の護衛に用があってな」
「もう済んだんですか?」
姿勢を正すと、手に灯していた火を消して。
「まあな」
「じゃあ、今日は久しぶりに付き合ってくださいよ」
わざわざ持ってきたのか、一本の瓶をトントに見せる。
「アホ、俺は今から内壁に戻るんだよ」
「さっきそこに行く途中でラソンさんに会って、ちゃんと話は通しておきましたので」
頭をかこうとしたが、右腕がないと気づき左手を動かす。
「もうお酒は飲みません」
「だったら煙草やめた方が良いと思いますけど」
スウニョの灯りを頼りに二人は歩き始める。
「無理だ。赤火長のお役目は捨てれても、これだけはやめれねえ」
「今までの私への感謝はないんですか。今日まで漕ぎつけるのに、一緒に頑張って来たじゃないですか」
満面の笑顔を向けられて、いつものケッすらだせず。
「どの口で言いやがる」
この男は本当に、これだけ挑発しても怒らない。
「あ~あ、これはもうあれですね。私も刻亀討伐が終わったら、トントさんについていくしかありませんね」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。お前いなかったら、この先どうすりゃ良いんだ、火炎団」
隣を歩くトントの腕に自分の腕を絡ませる。
「じゃあ、一緒にお酒よろしくお願いしますね」
「一杯だけだぞ」
いつの間にか、寒さは消えていた。
・・
・・
目の前に残された楽譜の束に、グレンは困り果てていた。とりあえず作業中のそれはしまっておく。
深々と降る雪が怖くなり、片手に火を灯す。
灯りに照らされて、腕に浮かぶ文様が目に入る。
「赤鉄、間に合わなかったな」
魔力の練りこみや移動に関しては、逆手重装を受け取った頃よりも大分上達した。
闇の中、火の光がカフン全域を照らしていた。
雪は大地に落ち、音すらもいつか消していく。
月は見えているのに、雪は今夜も山を白く染める。
冬。
待ち続けても、春は来ない。
ランタンも持っていなかったが、今度は気づけたようで。
「ぶ~ 驚かせようと思ったのにっ」
「起こしちまったか」
隣に座り、景色を眺める。
「寝れなかったの、明日のこと考えると」
「お前どこでも寝れるくせに、なにいっちょ前に緊張してやがる」
すでに多くの命が散っている。
明日は何人。
「グレンちゃんだって寝れないくせに」
「俺はもともと繊細な心なんだよ」
ああ、そうだと思い出し、袋から作品を取り出すと。
「ほれ」
「なに」
受け取って、いぶかしげに木製のそれをみる。
「勇者の剣だ。とある名工の逸品だな」
「そうなんだ」
セレスからすれば、いい思い出はない。
たしか父の死を知ってから、グレンが仕事を始めるまでの間に起った出来事。
「こんなのいらない、お人形さんって頼んだのに」
本当は謝りたかったはずなのに、また同じ発言をしてしまう。
この出来事から先。グレンは以前のように、こちらの我がままを聞いてくれなくなった。
「今回は人形も作ってるけど、そりゃだめだ。他用で使うからな」
前回もらった時は、投げ捨ててしまったのでちゃんと見ていない。
「俺も成長したもんで、あれよりは出来が良い。もっとも当時ならともかく、今じゃ勇者の短剣になっちまうか」
見てくれは悪いが、良質の木材を使ったこともあり、しっかりした作りとなっている。
「これで刻亀を倒せばいいの?」
魔物を。
魔者を。
魔族を。
「これで、魔王を倒せばいいの?」
困った表情で苦笑いを浮かべながら。
「まあ、心は込めたから。お守りくらいにはなんだろ」
セレスは「そう」とうなずく。
「悪かったな。心使いが足りなくて」
勇者になりたくない相手に、人形ではなく勇者の剣を渡す。
セレスは立ち上がり、グレンに手を差し出す。
彼も今回は嫌がったりもせず、素直に彼女の手をつかんで立ち上がる。
服についた雪をはらう。
「ありがと」
「おう」
とりあえず楽譜は袋の中に入れておく。
二人は仲間のいる場所にもどろうと、同じ速度で歩きだす。
少し遅れた返答を。
「別に良いよ」
横顔を見る。白銀の髪と雪景色。
「私、勇者だし」
良く似合っていた。
セレスは受け取った勇者の剣を振り回し、月明かりの中で落ちてくる雪を切って遊ぶ。
グレンの方を向いて。
「ごめんね」
「そこは謝罪でなく、頑張った俺を誉めろ」
もう一度、降る雪を切り、遊んで見せる。
「ありがと。よく頑張ったね、大切にするから」
「おう。伝説の剣だからな、大事に使えよ」
炎を灯すと、グレンも雪を溶かす。
「ずるいっ! 私の剣も燃やしてよ!」
「バカ野郎、それは木製だっつうの!」
二人はそうやって、しばらく一緒に遊んでいた。
子供のように。