表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
195/209

十八話 決戦前夜

決戦の時は刻々と迫る。朝になればそれぞれが所定の位置につき、ヒノキという化け物との命の削り合いが始まる。


しかし皆に意気込みは感じられず。勝利への渇望よりも、生き残りたいとの切望が強い。


だがこれで良いのだろう。これまでの日々こそが一種の自信となって、皆の心を静かに燃やしているのだから。


・・

・・


雪が降り始め、やがて魔物が本格的に動き出す前に、赤火は仕事を始める。雪がその効力を弱めるころ、彼らは役目を終えて休息に入る。


だがこの日に限り、彼らは仕事の入りがいつもより早かった。まだ時刻は夜の八時過ぎだったが、すでに引継ぎの作業が始まっていた。


「あとは私たちが引き受けるから、ゆっくり休みなさい」


普段は山の開拓を手伝っている者たちも、今日ばかりはカフンにて休息をとっていた。


「じゃあ、後は頼むわ」


「トントちゃんもお疲れ様。明日はよろしくね」


フエゴとは仲が悪いようだが、赤火長には優しかった。好みのタイプだろうか。


「なんか察知してんすかね、今日は魔物もけっこう静かっす」


「良いことじゃない、ブッちゃんも明日は頑張るのよ」


チビデブへの言葉かけも穏やかだった。気づくと、大きなお腹をなで回されていた。


このように触られることには慣れているし、彼も基本は嫌がらない。というか女性に触られるぶんには、喜ぶまである変態だった。


「気持ち悪いんで、やめて欲しいっす」


いかんせん手つきがいやらしい。


「なによっ! 良いじゃない、減るもんじゃなし。ていうか減らしなさいよっ!」


フエゴの場合もそうだったが、言い返せる環境は整っているらしい。


「今宵と明日の健闘を祈ります、お気をつけて」


「言われるまでもないわよ」


ラソンというか、女への扱いはこの程度。


「今日くらいちゃんとお風呂に入って、身なりを整えなさい」


「これは失礼しました。臭いますか?」


苦笑いを浮かべながらも、気にかけてもらい嬉しそうな様子。


赤火は総勢六十名。引継ぎをするのなら、クエルポの班だけでは人手が足りない。


「せっかくの赤毛が泣いておりますよ、ミス・ラソン。なんでしたら、僕のマイ・ブラシをお貸しましょう」


いつも肌身離さず持っているのか、美しい手つきて剣国製の櫛を取り出すと、美しいポーズでラソンにさし出す。


「いえ。私物がありますので、お気持ちだけ」


残念そうに櫛をしまうと、自分の団員に命じで足元に大き目の石を召喚させる。


「なんか臭うと思ったら、レフィナドさんもいたんですね」


月の光を自分の恰好良い位置に当て、よりエレガントさを強調しながら。


「誰かと思ったら子豚ちゃんじゃありませんか、相変わらず醜いですね。僕のこのフレッシュ・ボディを参考に励みたまえ」


足を高く上げたのち、石を踏んで美しいポーズをきめる。降る雪と合わさり、儚げな姿を演出したつもりのようだ。


「お前相変わらず香水なんてしてんのか、魔物寄ってきて危ねえだろ」


「なんども注意してるんだけど、言うこと聞かないのよ。でもあれでしょ、やっぱダメな子ほど可愛いのよ、もう食べちゃいたいくらい」


班長の顔面は厚く塗られており、やりすぎ感が否めない。


「香水と化粧は僕のマイ・ソウルですので。それにミスター・クエルポ、今の発言は聞き捨てなりませんよ、あなた気持ち悪いです」


クエルポは男の両頬をわしづかみ。


「悪い子ね、なんど言ったらわかるの?」


どこから伝わった単語かは不明だが、一応彼らにもその意味は理解できている様子。


「ミしゅ・クエりゅぽ」


「それと、無意味に召喚するのは感心できません」


ラソンは大き目の石に手の平を叩きつける。次の瞬間、それが爆音と共に砕け散った。


後には煙と石の残骸が残り、それを見た土使いが急いで頭をさげる。


解放されたレフィナドは、自分の頬を両手でさすりながら。


「いやいや、君は悪くない。命じたのは僕だからね」


小さな鏡をとりだすと、自分のお顔を熱心に観察して、問題がないかを確かめる。


「麗しきミス・ラソン。ここは僕の美貌に免じて、許しておくれ」


凄く不安だが、これでも彼は朱火第二班班長。


寄せ場は一つの方面だけにあるわけではない。


「貴方はここで対応するんですか?」


第二班というのは、副火長的な役割があった。


「はい、明日のことでお話をしたく。この時間を利用させてもらおうかと」


しばらくすると赤火の面々が集まってきた。この時を余程楽しみにしていたのか、彼らにしては珍しく肩の力が抜けている様子。


雪は深々と篝火に照らされては消えていく。


・・

・・


チビデブは手に火を灯しながら。


「あの人で本当に大丈夫っすか?」


クエルポが決行日に勇者と共闘することになったため、彼女(仮)が受け持つはずだった役目は、誰かが引き受けなくてはいけない。


同じ二班の班長として。


「ああやって精神状態を保っていられるのも、一種の才能ではないか?」


自分のことは棚に上げて。


「昔は普通の青年だったんだが」


「クエルポの野郎に変な影響でも受けたんじゃねえか?」


外壁の周辺には一般分隊が遠目に映る。仕事中でも関係なく一人が素振りをしており、それに分隊長と思われる者が付き添っていた。


少しして珍しい女の兵士に、二人は怒られた様子だった。



門の近くではいつでも動けるよう、属性兵が待機していた。彼らに労いの言葉をもらいながら、赤火は外壁を潜る。


荒れた田畑はすでに収穫をあらかた終えていたため、今は真っ直ぐに内壁の出入口を目指す。


「けっこう足場がゆるいっす」


耕されていたのだから、当然といえば当然か。


「そういえばあの爺さん、前に部下引き連れて農作業してやがった」


思い出したのか、ラソンは口元を隠し。


「朝はやくから、顔が土で汚れてましたね」


戦闘中は仮面をしているものの、彼女も人のことは笑えない。


雪の中で無数の篝火が並ぶ光景は、どこか儚くも美しい。


「なんか、冷えるっす」


「本番前に風邪ひくんじゃねえぞ」


表面上はいつも通りの二人。しばらくすると、内壁の門が見えてきた。


・・

・・


ラソンが最後に皆を集め、今後の予定を説明する。


いつもであればこのまま用意された宿舎に戻るが、今日は念のため内壁の一角で休むことになっており、食事や寝具一式も準備されていた。しかし待機場所が変更されただけのため、基本的には自由時間とされている。


明日の朝三時半までには、第二演習場に集合できるよう、それまでにここを立つ。


一通りの事を伝えると、三人はまた顔を合わせる。


トントは腰を伸ばしたのち。


「お前らは今からどうするんだ?」


「ご飯を食べましたら班の者と少し話をして、その後はクエルポさんに言われた通り、浴場にでも行こうかと思います」


猿の仮面は蒸れるため、彼女としても本番を前に一度身体を洗っておきたい。


「オイラはこいつの慣らしをしたいんで、今から近場で特訓っす。飯はその後にします」


用意された盾はかなり小さく、これでは守れる範囲も少ない。腕輪に取り付けるタイプな上に、小ぶりなお陰もあって固定はしっかりされていた。


誰かが使っていたのだろうが、所属が違うこともあり見覚えはない。腕輪は玉具ではなく、ただの装具。



宝玉を金属に練りこむのは難しいが、全ての職人は人生をかけて歩んでいるため、そこまでたどり着く者はいる。


小さな円盾の真ん中には、宝石のように美しい黄色の玉。


「練りこみと埋めこみの両立か。傑作ですね」


グレンの逆手重装には、火の純宝玉が練りこまれ、土の宝石玉が埋めこまれていた。


「へい、ラソンさんのとは方向性は違いますが」


盾の端をつかみ、肩側に引き寄せると、その下から棒が飛び出る。


「能力は全部で四種類っすね。使いこなせるか解りませんが、前の所有者に報いるためにも」


デブは挨拶をすると、大棍棒を持ち上げたのち、背負った鍋を二人に向けて歩いていく。


その姿を見ると。


「もうなにがしたいのか分かんねえな」


「本当に、一人で戦わせる気ですか?」


その名は脇差の持ち主。


「あいつはフィロとは違うが、熟練の団員だよ」


一つの武具を極める。


その名はラソンの友。


弓と籠手。短剣に胸当て。


「そういえばアルコも、複数の玉具を扱う子でした」


当時を思い出し、赤い布に触れる。


「第一班も明日をもってついに解散だ。お前も今後、どうするか考えておけよ」


トントは肩を数度叩くと、ケッケと笑いながら。


「できれば残ってもらわんと困るんだが、そこはお前の選択だ。後悔のないようにな」


宿舎に用事があるとのことで、トントも外壁を後にする。


無言でラソンは赤火長を見送った。


その後は自班の団員と言葉を交わし、夕食を共にする。


仕事の入りに前もって、荷物はここに持ってきていた。管理していた者に話を通し、自分の物を受け取る。


人目のつかない場所に移動すると、赤い布をほどく。


自前の手鏡で顔をのぞく。布の当たっていた所だけ、色が変わっていた。


傷に触れようとするが、思いとどまり指を遠ざける。


ため息をつき、手鏡を顔から離し、再び布で顔を隠す。


巾着袋の中身は昔使っていた一式。しばらく眺めていたが、そっと鞄の奥に入れる。


「今さら、もどれないわよ」


着替えと新しい布を持つと、近場の団員に今後の予定を聞き、ここに残るとのことで荷物を預ける。


トントもいなくなった今、自分はここに残ったほうが良いかと考えたが。


「今日くらいは良いか」


他の団員に気づかれないよう、足早に浴場を目指す。


傷など全身にある。それでも顔のこれだけは、隠しながら身体を洗うのだろう。


・・

・・


勇者一行は夕食をとったのち、明日に備えて早めに眠りへつく。


隣で寝息が聞こえて来たので、相手を起こさないようにベッドから足をだす。物音を立てないくらいなら、グレンも拳士の端くれだからできる。


私物の袋をもって扉を開ければ、四人がつどう机の部屋。ふと窓をのぞけば。


「こんなん飾ってあったか」


興味なさ気に花をみる。


「アクアかセレスかね」


グレンは地図の張られた壁まで足を進めると、その足元に置かれた木箱に手を伸ばす。


すでに中身は確認していたが、デマドでの成果をもう一度。


「これが心増水」


陶器の瓶に入っており、飲み口にはある樹皮を加工したものが詰められていた。そのため中身は見えない。


魔力の自然回復を高めるものだが、休憩状態でないと効果が薄い。


「でっ、こっちが心増薬」


これはフエゴが使っているのを見たことがある。丸薬とでも呼ぶべきか。


戦闘中でも徐々に魔力が回復する。


アルカに感謝。


「箱一杯だわ」


つい先日、グレンのもとに届けられた。


魔者にとって、命のよりも大切な実からつくられる。


いつまでも見ていたかったが、今日の所は我慢して木箱を閉じた。


「寝れねえし、作業でもするか」


少しゴソゴソしてしまったが、音を立てないように外に出る。


用意された宿舎から少し離れ、警備していた兵士に笛を見せて、散歩だから一人でも良いと伝えておく。


そこは道沿いにある、見晴らしの良い場所。地面に座り、袋から小さな布を出して敷く。


まずはフエゴに最初粗削りしてもらった物。


次にうまくできず、自分で最初から削った一番ひどい出来の物。途中で諦めて絶賛放置中。


諦めてもう一度団長さまに頼み、少し前に削ってもらった物。これはまだ完成しておらず、今から作業をする。


「俺も大分慣れてきたもんだ」


少なくとも手は切らなくなったが、自画自賛はいなめない。


顔は覚えているが、声はすでに忘れはじめていた。それでも当時の記憶を頼りに、会話の内容を思い出しながら。


・・

・・


グレンは集中力は高い方で、一心不乱に削っていた。


「いけねえな、相手への気持ち込めんの忘れてら」


「もうちょっと全体像確認しながら削れよ。そりゃいくらなんでも、相手が浮かばれねえぞ」


いつの間にか隣に座っていたオッサンに驚き、思わずその場で片肘を地面につけてしまった。


「えっ、仕事中じゃないんすか?」


「今日は早めに上がったんだよ」


気を持ち直して、姿勢を直す。


「不器用だとは思ってたが、これは予想外だな」


作品をマジマジと見つめられ。


「恥ずかしいからやめてくださいよ」


「まあ、大切なのは中身だわな」


頭をかきながら、残った手で二作品をつかむと、袋の中にそれを隠す。


「こんな所になにしに来たんすか、もしかしたら俺寝てたかも知れないっすよ」


「いや本当に起きててくれて良かった。中に入るのも気が引けてたんだけどよ、都合よく外出ててくれたしな」


トントは自分の荷物から、ボロボロの紙束を取り出して。


「これお前にやるわ」


楽譜の読み方は初日の時点であらかた覚えていた。先ほどまで作品の置かれていた場所に放られる。


「なに言ってんすか。受け取れませんよ」


「気にすんな、曲は全部頭に入ってる」


そんなこと、できる訳がない。


「とてもじゃないっすけど、俺は今のだけで精一杯っすよ」


「それは俺も一緒だ。まだお前の方が可能性はある」


伝統を少しでも長く残したい。


トントは相手の肩を叩きながら立ち上がり。


「まあ、かさ張って邪魔なら捨ててくれ」


グレンの返事も待たず、逃げるように去っていった。


・・

・・


帰り道。ここより山側を見上げれば、木製の足場で今も作業をしている明火を確認する。


「なんだ、あいつもいんのか」


最近見ないと思っていたが、どうやら二ノ朱として作業中の明火を守っていたらしい。


「どんだけ待たせてんだか。もう本当にオッサンとオバサンじゃねえか」


さらに遠く。山肌の一部を見れば、そこには辛うじて内壁はあるが、外壁は存在しないと解る。


以前グレンが通った道には、篝火が設置されていた。


旧山道の出入口は現在第二演習場となっている。



左手に火を灯し、自分のゆく先を照らす。


「なあ。もしかしてよ、お前んとこのボス」


刻亀が死んだとしても、沈静化はするかも知れないが、この地に住む魔物は変わらない。


長年の領域による影響で、ここは生態系自体が変化している。


もし、そうだとすれば。


「羨ましいだろ。うちのはあんなんだが、まだ居るだけマシだ」


肩当は何の反応も示さない。


「お前、よく頑張ったな」


だから俺も。


「終わらせて良いだろ」


今まで感じたことのない悪寒が、右肩より全身を支配する。燃える左腕で温めようとするが、その対象である右腕はどこにもない。


雪が降る。


「どうしろってんだ」


魔獣具職人の言葉を思い出す。


「あの爺。嘘つきやがって」


呪いはまだある。



寒さで動けないでいると、自分の灯りに気づいて寄って来たのか。


「なにしてるんですか、探したじゃないですか」


ランタンを手に、スウニョは屈んでトントの顔をのぞき見る。


「赤の護衛に用があってな」


「もう済んだんですか?」


姿勢を正すと、手に灯していた火を消して。


「まあな」


「じゃあ、今日は久しぶりに付き合ってくださいよ」


わざわざ持ってきたのか、一本の瓶をトントに見せる。


「アホ、俺は今から内壁に戻るんだよ」


「さっきそこに行く途中でラソンさんに会って、ちゃんと話は通しておきましたので」


頭をかこうとしたが、右腕がないと気づき左手を動かす。


「もうお酒は飲みません」


「だったら煙草やめた方が良いと思いますけど」


スウニョの灯りを頼りに二人は歩き始める。


「無理だ。赤火長のお役目は捨てれても、これだけはやめれねえ」


「今までの私への感謝はないんですか。今日まで漕ぎつけるのに、一緒に頑張って来たじゃないですか」


満面の笑顔を向けられて、いつものケッすらだせず。


「どの口で言いやがる」


この男は本当に、これだけ挑発しても怒らない。


「あ~あ、これはもうあれですね。私も刻亀討伐が終わったら、トントさんについていくしかありませんね」


「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。お前いなかったら、この先どうすりゃ良いんだ、火炎団」


隣を歩くトントの腕に自分の腕を絡ませる。


「じゃあ、一緒にお酒よろしくお願いしますね」


「一杯だけだぞ」


いつの間にか、寒さは消えていた。


・・

・・


目の前に残された楽譜の束に、グレンは困り果てていた。とりあえず作業中のそれはしまっておく。


深々と降る雪が怖くなり、片手に火を灯す。


灯りに照らされて、腕に浮かぶ文様が目に入る。


「赤鉄、間に合わなかったな」


魔力の練りこみや移動に関しては、逆手重装を受け取った頃よりも大分上達した。


闇の中、火の光がカフン全域を照らしていた。


雪は大地に落ち、音すらもいつか消していく。


月は見えているのに、雪は今夜も山を白く染める。


冬。


待ち続けても、春は来ない。


ランタンも持っていなかったが、今度は気づけたようで。


「ぶ~ 驚かせようと思ったのにっ」


「起こしちまったか」


隣に座り、景色を眺める。


「寝れなかったの、明日のこと考えると」


「お前どこでも寝れるくせに、なにいっちょ前に緊張してやがる」


すでに多くの命が散っている。


明日は何人。


「グレンちゃんだって寝れないくせに」


「俺はもともと繊細な心なんだよ」


ああ、そうだと思い出し、袋から作品を取り出すと。


「ほれ」


「なに」


受け取って、いぶかしげに木製のそれをみる。


「勇者の剣だ。とある名工の逸品だな」


「そうなんだ」


セレスからすれば、いい思い出はない。


たしか父の死を知ってから、グレンが仕事を始めるまでの間に起った出来事。


「こんなのいらない、お人形さんって頼んだのに」


本当は謝りたかったはずなのに、また同じ発言をしてしまう。


この出来事から先。グレンは以前のように、こちらの我がままを聞いてくれなくなった。


「今回は人形も作ってるけど、そりゃだめだ。他用で使うからな」


前回もらった時は、投げ捨ててしまったのでちゃんと見ていない。


「俺も成長したもんで、あれよりは出来が良い。もっとも当時ならともかく、今じゃ勇者の短剣になっちまうか」


見てくれは悪いが、良質の木材を使ったこともあり、しっかりした作りとなっている。


「これで刻亀を倒せばいいの?」


魔物を。


魔者を。


魔族を。


「これで、魔王を倒せばいいの?」


困った表情で苦笑いを浮かべながら。


「まあ、心は込めたから。お守りくらいにはなんだろ」


セレスは「そう」とうなずく。


「悪かったな。心使いが足りなくて」


勇者になりたくない相手に、人形ではなく勇者の剣を渡す。


セレスは立ち上がり、グレンに手を差し出す。


彼も今回は嫌がったりもせず、素直に彼女の手をつかんで立ち上がる。


服についた雪をはらう。


「ありがと」


「おう」


とりあえず楽譜は袋の中に入れておく。



二人は仲間のいる場所にもどろうと、同じ速度で歩きだす。


少し遅れた返答を。


「別に良いよ」


横顔を見る。白銀の髪と雪景色。


「私、勇者だし」


良く似合っていた。



セレスは受け取った勇者の剣を振り回し、月明かりの中で落ちてくる雪を切って遊ぶ。


グレンの方を向いて。


「ごめんね」


「そこは謝罪でなく、頑張った俺を誉めろ」


もう一度、降る雪を切り、遊んで見せる。


「ありがと。よく頑張ったね、大切にするから」


「おう。伝説の剣だからな、大事に使えよ」


炎を灯すと、グレンも雪を溶かす。


「ずるいっ! 私の剣も燃やしてよ!」


「バカ野郎、それは木製だっつうの!」


二人はそうやって、しばらく一緒に遊んでいた。


子供のように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ