十六話 講習会
会議の後、やるべきことは山ほどある。初代団員との連携に向け、時間を合わせて共に訓練したり、互いの情報も教え合う。
信念旗の対策として、あまり口外したくないのは事実だが、明かさなくては話が進まない。
協力を得るための手段に関して、勇者と青の護衛も完全に納得したわけではない。それでも実行すると決めたのは一行であり、セレスだった。
刻亀と戦うのは八名だが、仕事があるため全員が揃うのは難しい。勇者一行から出向き、彼らを手伝うこともあれば、初代団員が時間の合間をぬって特訓に参加してくれる日もあった。
これまで火炎団はグレンに任せきりだったこともあり、三人は積極的に関わらなくてはいけない。
対して赤の護衛はイザクとの接触はあったものの、兵士側との交流を深めることとなる。
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一般大隊長にお願いした油玉の講習は、第一演習場で行われることとなり、兵士だけでなく火炎団からも何名か参加していた。
油玉制作員が指導係となったが、勇者一行も手伝いとして動く。
実演自体は二時間ほどで終了となり、魔物に見立てた張りぼては、兵士たちが片付けの作業をしてくれている。
時刻としては、十五時を回ったころ。仕事を終えたクエルポが様子を見に来たのか、遠目で姿を確認できる。指導員から説明を受けているようで、油玉を握っていた。
部下たちに意見を聞いた小隊長や分隊長が集まり、これから質問の時間が予定されている。
コガラシの上司にあたる人物が、後頭部を掻きながら。
「なんかこうやって顔を合わせるのも、久しぶりな気がしますね」
「そうっすね、本当にいつぞやは世話になりました」
途中から二手に別れたが、それまでの道中は守ってもらった。グレンの隣にいたガンセキは改めて頭を下げ。
「決行日もよろしくお願いします」
情報伝達路のヒノキ側を受け持つことになっているため、彼の小隊が一般兵の中では関りが深くなる。
「不相応な気もしますが、期待に沿えるよう努めます」
優秀な一般分隊はコガラシの所だけとは限らない。
同じく伝達路を受け持つイザクは、気持ち嬉しそうな表情で。
「しかし、我々も作戦参加日数は浅い部類です」
彼らは第三陣としてレンガを出発している。着任したのは一部を除き、デマドや中継地なのだと思われる。
所属中隊などは勇者一行が知らないだけで、変更されているのではないだろうか。
「正直なところ、この担当には不安が残ります」
イザクに関しては一足早くヒノキに到着しているが、勇者一行と大きな差はない。
「初期から参加している連中は、カフン防衛に回されてますんで。ある意味、わたし等より重要な役どころでしょう」
ヒノキ以外の方面は、一般兵と属性兵だけで回さなくてはいけない。
遠くで声が聞こえる。
「えっ! これ私らのとこには回らないの、なにそれ、ひどくない?」
いつのまにかセレスとアクアが間に入っていた。
「私のせい? 私がオカマだからいけないの!」
火炎団には量産型ではない油玉を渡すことになっていた。二人はそのことを必死に説明しているが。
「わかってる、オカマに人権ないことくらい。でも、うちの子たちに罪はないの、私の可愛い坊や達だけは、見捨てないでちょうだいっ!」
ヒステリックに火が付いたオカマはうずくまって泣き始める。女の団員はどうなっても良いのだろうか。
遠くで見守っていたグレンは、眉間に指を当てながら。
「油玉が少しでも、兵士の役に立てばいいのですが」
イザクは青年の肩に手を置くと。
「手筈はあらかた整っています。残るは実行あるのみでは?」
少なくともレンガで働いたことは、無駄とはなっていない。
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一通りの小隊長・分隊長が集まり、油玉についての意見を交換する。
最初に手を挙げたのは、一般の分隊長。
「自分たちは並位魔法を使えません。低位の火では怯む程度なのではありませんか?」
答えるのはイザク。
「魔力を持たない者とすれば、火も炎と同じく脅威です。本来獣はそれを怖れるもの、その本能は魔物にも残っているはず」
魔力まといがなければ火傷をする。そして熱いものは熱い。
「実演で見せた通り、量産型の中身は粘着質です。振りほどけなければ、苛立ちにつながり、やがて集中力を奪います」
まとった魔力を弾けさせれば火は消える。それでも中身に熱は伝わっているため、高温のまま残る。
「これまで何度か実戦で試して来ました。完全に敵の動きを止める物ではありませんが、効果は確かにあるはずです」
「俺らの見立てとしては三発も命中させれば十分ですが、そこら辺の調節は皆さんに任せますんで」
実際に使ってみなければ解らない。これまで試した魔物も、片手で数えられるほどなため、効果の薄い対象もいるだろう。
魔物に対して使うとき、同じ場所に当てるよりも、頭や尻など別の位置に投げた方が良い。こういった説明は、実演したときに終えている。
通常こういった講習で質問をするのは、なかなかに難しいことである。それでも命がかかっているのだから、彼らも必死に多くの質問を投げかけてきた。
やがて一人の属性兵が手を挙げる。年代とすれば、デニムの同期か後輩にあたるだろう。
「言葉使いには苦労してきた手前。あまり得意ではないが、必要であれば」
この人物に対し、イザクでは返事ができない。
「えっと、まあ……その」
どう答えるべきか悩み、ガンセキをみる。
責任者は顔見知りの軍人を思い出したのか、少し嬉しそうにしながら。
「正式な場でない限り、敬語などは気になさらず。今は意見交換の場ですし」
属性小隊長は感謝の意を示したのち。
「イザク君からも話は聞いているが、量産型は敵の動きを鈍らせるのが目的だったね。しかし一般兵を含め、我々は電撃で同じ効果を与えられる。突撃を主とする相手の場合だと、そちらの方が有効だと思うんだが、どうだろう」
隧道入口。その場所を任せられる人物であれば、相応の実績があるのだと思われる。
「火炎団の使っている投げ槍と違い、熱さと粘着からくる効果とのことだ。基本は止まっている対象に使う物と認識して構わないか?」
投げ槍は突き刺されば抜けにくい構造となっている。熱さに加え、痛みという影響があった。
敬語もせず、上に逆らってきたと予想すれば、ホウドの派閥ではないだろうか。
「確かに効果は似ていますが、電撃とは別物です。突進してきた魔物が痺れて転んだあと、これを命中させて火をつければ、簡単に殺せるんじゃないっすか?」
まとわりつく熱と痺れが合わされば、その効き目は二倍にも三倍にも膨れ上がる。
「なるほどね。だから私たちには、こっちの油玉ってことかしら」
いつの間にか参加していたオカマは、先ほどが嘘のように落ち着いていた。
「はい、本来の油玉には火力上昇の効果がありますので」
「そのぶん、数はあんま用意できないんですがね」
以前フエゴにも同じことを言った記憶がある。
「正直これがなくても、あんたら問題ないっすよね」
ガンセキは瞼を閉ざし、眉間にシワをよせ、小さな声で。
「失言だ」
クエルポは背筋を正すと口調を一変させ。
「必要に決まってるでしょ」
宝玉具だけでなく、確かな実戦経験を持つ団員たちも、ただの人であることに違いはない。
以前量産型の提案をした時と、この場では訳が違う。
あの時フエゴには対策として、火炎団には本来の油玉を渡すと伝えた。
しかし今グレンが相手をしているのは、当事者である一ノ朱火長。
「一番の被害は何処が受けてるか、分かって言ってるの?」
気づいてもすでに遅い。グレンの顔は青ざめていた。
「今の発言を撤回します。すみませんでした」
仕事を一時抜けてまで、この講習に顔をだした。
「ほんと頼むわよ。うちの子たち、けっこう限界まで来てるんだから」
今日まで朱火を支えてきたのは、間違いなくこのオカマだった。
「決行日までには、できる限りの量を用意させてもらうんで」
「赤火のぶんも忘れちゃだめよ、あそこが一番辛い位置に立たされてるの」
会議の場では約束を守り、口を出さなかったが。
「私たちは腐っても火長なのよ。協力させるからには、ちゃんと誠意は見せてちょうだい」
火炎団はギルド登録団体で、普段はそれぞれの班長が団員をまとめている。だから火長が当日居なくとも、なんとかなるのではと考えていた。
「すみませんでした」
頭をさげるグレンに、直接の関係がないイザクも続いてくれる。
「我々兵士だけでなく、団員の皆さまが一人でも多く生存できるよう、最善を尽くします」
勇者一行の三人も謝罪に加わる。
「まあ私も悪かったわよ。こんな空気にさせて」
それでもガンセキは責任者として。
「いえ、こちらの認識に問題がありました」
赤の護衛は未だ沈んだまま。
やり取りを眺めていた属性小隊長は。
「君は確か、ほぼ無償で油玉の権利をこちらに譲ってくれたんだよね」
トントには馬鹿なことをしたなと言われた。
「量産型に関しては、利益得ようとしてますが」
また馬鹿正直に答えてしまう。
一般小隊長は困った表情で。
「刻亀討伐に間に合わせてくれたことを、わたし等は感謝してますよ」
兵士たちがグレンを庇ってくれた。
クエルポはいじけた口調で。
「なによ、こっちが悪者みたいじゃない。私だって、ちゃんと有難く思ってるわよ」
これまでの旅路で、グレンがもっとも関わってきたのは朱火。
「ペルデルちゃんから話は聞いてるわ。だからその、ありがとね」
「いえ、役に立てたかどうかは良くわかりませんが」
少し和やかなムードとなったところで、団員や兵士たちの質問は続く。
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『アクアちゃんたちの中で、一番責任者に怒られているのは誰かな?』
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やがて講習会は終わりを迎える。
「元気だしなよ、あの人だってそんな怒ってなかったじゃん」
「そうだもん。今までグレンちゃんが頑張ってきたから、ありがとって言ってくれた」
火炎団は精神面で疲弊している。これまでも話し合いの中で確認しあってきた。
「俺たちも心の中で、彼らへの甘えがあった。実際に実力者ぞろいだしな」
撤回はできたとしても。
「本人を前にして言っちまったことは、もう消せないっすね」
イザクは腰に差した両手剣の位置を直すと。
「ここから先は行動で示すしかありません。量産型の生産には目途が立ってきましたので、これからは本来の油玉に本腰を入れましょう」
予定よりも多く作る。
「ご迷惑をお掛けします」
「グレンさんと接する機会が増えるのなら、僕もうれしい限りですよ」
笑顔はいつものまま。
「ですが、今日はもうだめですよ。皆さん指導で疲れていますし、グレンさんは休むべきです。後はこちらでやっておきますので、明日からまた頑張りましょう」
青年の肩を数回たたき、一行の三名に動作だけの挨拶をすると、イザクは残りの片付けにもどる。
四人になると、再度グレンは頭をさげ。
「訓練の参加、ちっと減ると思います」
刻亀への対策として、勇者一行が本来すべきこと。
「気にするな。とりあえず、日課の鍛錬だけやっておけばいい」
起きてすぐと寝る前。十分ではないが、グレンも体は動かしていた。
「ほらっ いつまでもしょげてないで、久しぶりに時間があいたんだからゆっくりしようよ」
ガンセキたちとしては、今から個々の鍛錬をする予定だったが、宿舎ですることにしたらしい。
「グレンちゃんがサボってるあいだに、私たちけっこう出来ること増えたんだよ~」
「さぼってねえよ」
久しぶりに四人で飯でも食べようと、話題が弾む。
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片付けを終えたイザクは宿舎に帰宅すると、両手剣をもって外に出る。
辺りは大分暗くなっていた。
鍛錬など最近は怠り気味だったが、希望が湧いたからか、再びかつてのように励むようになった。
以前の宿舎裏は広場となっていたが、今は兵士が増え始めているため、天幕が張られていた。
それでもここはカフン。鍛錬する場所はいくらでもある。
勤務外とはいえ、勝手な行動は許されないが、しっかりと理由を伝え許可もとった。
隊員に灯してもらったランタンを手に、場所を探す。さすがにあまり離れることはできない。
道を外れ林に足を踏み入れるが、月明かりは十分照らされており、所々に篝火も設置されている。
耳を澄ませば、遠くで鉄をたたく音。
愛すべきレンガを思い出す。
聞き覚えのある音が耳に入る。気になり視線を向ければ、ランタンの光がわずかに映った。
一点の光。
吸い寄せられるように、勝手に足が進む。
剣の素振り。これまで何千、何万と繰り返してきた。
「イザクさん、ですよね?」
青年は鍛錬をやめると、布で汗を拭いて姿勢を正す。
「すみません、邪魔をしてしまったようで」
「いえ、そろそろ休もうと思っていましたので」
そうですかと微笑んで、分隊長は青年の手を見る。手の皮が剥離しているのか、巻かれた包帯からは血が薄く滲んでいた。
「そうですね。何事も根を詰めすぎるのは良くありません」
休憩ではなく、しっかりと休むべき。
青年はブンブンと顎を振り。
「自分はただでさえ遅れをとっていますので、人一倍頑張らねばなりません」
「個人にできることなど高が知れています。身体を動かすことが苦手であれば、別の方面で役立てばいい」
シンセロのように。
「でも、イザクさんのように、魔力がなくても戦えるようになりたいです」
「もしかして、以前どこかでお会いしたことはありましたか?」
青年はハイと元気よくうなずくと。
「自分はコガラシ分隊に所属しております。イザクさんの分隊とは、勇者様の護衛としてお供させていただきました」
途中から一足先にヒノキへは向かったが、中継地までは彼も一緒だった。
「申し訳ありません。関わる隊員の面々をちゃんと確認していなかったとは、分隊長として失格ですね」
「そんなことありませんよっ」
青年は困ってしまったようで、イザクに背を向けると素振りを再開させる。
しばらく眺めていて、口出しして良いか悩んだが。
「剣の形状と振り方が合っていないように思えるのですが。それは打撃優先ですし、もっとこうドシっと」
青年は振り返り、少し考えこむと。
「切れ味を優先させたい時がありまして」
風魔法。
「そうですか。しかし振り方に癖がついてしまいますと、のちのち困りますよ」
イザクはもともと刀を獲物としていた。そして今、叩き斬るというのを忘れ、切るための動作をしてしまうことがある。
「魔力のない自分が一番役に立てるのが、そこですので」
「貴方が鍛錬をしているのは、兵士としてですか?」
個の力に囚われているかどうか。
「いつまで今の分隊に居れるかわからないけど、少しでも皆の役に立ちたいんです」
「わかりました。もしよろしければ、自分が力になれるかも知れません」
「良いんですか?」
青年は子供のように目を輝かせる。いつかの自分と重なり、不甲斐ない自分を呼び覚ます。
滅んだ村の生き残り。
「えぇっとですね。斬るための動作なのですが」
イザクは両手剣を鞘から払うと、片手で握った状態のまま構えを整える。
「こう、ヒュっというか。スッという感じで落として止めるんです」
怪我を負った大人と、年老いて動けない老人。
成人前の少年と少女たち。
「え、あの……こんな感じでしょうか?」
見よう見真似で構えをつくり、擬音を声に出して振りおろす。
「すみません。僕、教え方が絶望的ですね」
「いえっ! そんなことないです、自分が未熟なだけですので!」
そういってもう一度剣を振る。
何度か観察をしたのち。
「相手を叩き斬るのではなく、切りたい瞬間があるんですよね?」
「はい」
しばらく考え込んで。
「コガラシさん、確か小刀を持っていましたよね。玉具でなくても良いので、ああいった短剣などは、お持ちですか?」
「いえ、自分あまりお金がありませんので」
貧しい村の出身だろう。
「では支給品の剣は持ってきていますか? 少しかさ張るでしょうが、必要な時だけそれで振れば良いかと」
片手剣とそれであれば、何とか持ち運べないこともない。
「すみません、以前壊してしまいまして。やっぱあった方が良いですよね、今度掛け合ってみようかと思います」
ゼドとの会話を思い出し。
「私物でよければお渡しいたしますよ。僕のこれは自前ですし、片手剣もありますので」
「いいんですか?」
イザクは笑いながら。
「僕のも支給品ですので」
掛け合っても、式典用の剣がここにあるかわからない。自分や彼のように直接レンガから持ってきた者もいないだろう。
「ただ一つ条件です。今日はもうお終いにして、明日はしっかりと休んでください」
あからさまに嫌そうな顔をする。
「明後日の勤務は、僕らと一緒ですか?」
「はい、変更がなければ」
「でしたら、またここで会いましょう。そのとき持ってきますので」
自分の鍛錬があるため、イザクは青年にお辞儀をすると、その場を離れる。
「ありがとうございます!」
振り返り、笑顔でもう一度頭をさげる。
今日は色々あったが、良い一日だったと振り返る。
最近は良いことが続く。
ゼドには感謝しかない。今とてもイザクは充実していた。
願わくば、願い通りになってほしい。
「それは、不謹慎ですね」
思いながらも、ニヤけてしまう。