表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
193/209

十六話 講習会

会議の後、やるべきことは山ほどある。初代団員との連携に向け、時間を合わせて共に訓練したり、互いの情報も教え合う。


信念旗の対策として、あまり口外したくないのは事実だが、明かさなくては話が進まない。



協力を得るための手段に関して、勇者と青の護衛も完全に納得したわけではない。それでも実行すると決めたのは一行であり、セレスだった。


刻亀と戦うのは八名だが、仕事があるため全員が揃うのは難しい。勇者一行から出向き、彼らを手伝うこともあれば、初代団員が時間の合間をぬって特訓に参加してくれる日もあった。


これまで火炎団はグレンに任せきりだったこともあり、三人は積極的に関わらなくてはいけない。


対して赤の護衛はイザクとの接触はあったものの、兵士側との交流を深めることとなる。


・・

・・


一般大隊長にお願いした油玉の講習は、第一演習場で行われることとなり、兵士だけでなく火炎団からも何名か参加していた。


油玉制作員が指導係となったが、勇者一行も手伝いとして動く。


実演自体は二時間ほどで終了となり、魔物に見立てた張りぼては、兵士たちが片付けの作業をしてくれている。


時刻としては、十五時を回ったころ。仕事を終えたクエルポが様子を見に来たのか、遠目で姿を確認できる。指導員から説明を受けているようで、油玉を握っていた。


部下たちに意見を聞いた小隊長や分隊長が集まり、これから質問の時間が予定されている。


コガラシの上司にあたる人物が、後頭部を掻きながら。


「なんかこうやって顔を合わせるのも、久しぶりな気がしますね」


「そうっすね、本当にいつぞやは世話になりました」


途中から二手に別れたが、それまでの道中は守ってもらった。グレンの隣にいたガンセキは改めて頭を下げ。


「決行日もよろしくお願いします」


情報伝達路のヒノキ側を受け持つことになっているため、彼の小隊が一般兵の中では関りが深くなる。


「不相応な気もしますが、期待に沿えるよう努めます」


優秀な一般分隊はコガラシの所だけとは限らない。


同じく伝達路を受け持つイザクは、気持ち嬉しそうな表情で。


「しかし、我々も作戦参加日数は浅い部類です」


彼らは第三陣としてレンガを出発している。着任したのは一部を除き、デマドや中継地なのだと思われる。


所属中隊などは勇者一行が知らないだけで、変更されているのではないだろうか。


「正直なところ、この担当には不安が残ります」


イザクに関しては一足早くヒノキに到着しているが、勇者一行と大きな差はない。


「初期から参加している連中は、カフン防衛に回されてますんで。ある意味、わたし等より重要な役どころでしょう」


ヒノキ以外の方面は、一般兵と属性兵だけで回さなくてはいけない。



遠くで声が聞こえる。


「えっ! これ私らのとこには回らないの、なにそれ、ひどくない?」


いつのまにかセレスとアクアが間に入っていた。


「私のせい? 私がオカマだからいけないの!」


火炎団には量産型ではない油玉を渡すことになっていた。二人はそのことを必死に説明しているが。


「わかってる、オカマに人権ないことくらい。でも、うちの子たちに罪はないの、私の可愛い坊や達だけは、見捨てないでちょうだいっ!」


ヒステリックに火が付いたオカマはうずくまって泣き始める。女の団員はどうなっても良いのだろうか。



遠くで見守っていたグレンは、眉間に指を当てながら。


「油玉が少しでも、兵士の役に立てばいいのですが」


イザクは青年の肩に手を置くと。


「手筈はあらかた整っています。残るは実行あるのみでは?」


少なくともレンガで働いたことは、無駄とはなっていない。


・・

・・


一通りの小隊長・分隊長が集まり、油玉についての意見を交換する。


最初に手を挙げたのは、一般の分隊長。


「自分たちは並位魔法を使えません。低位の火では怯む程度なのではありませんか?」


答えるのはイザク。


「魔力を持たない者とすれば、火も炎と同じく脅威です。本来獣はそれを怖れるもの、その本能は魔物にも残っているはず」


魔力まといがなければ火傷をする。そして熱いものは熱い。


「実演で見せた通り、量産型の中身は粘着質です。振りほどけなければ、苛立ちにつながり、やがて集中力を奪います」


まとった魔力を弾けさせれば火は消える。それでも中身に熱は伝わっているため、高温のまま残る。


「これまで何度か実戦で試して来ました。完全に敵の動きを止める物ではありませんが、効果は確かにあるはずです」


「俺らの見立てとしては三発も命中させれば十分ですが、そこら辺の調節は皆さんに任せますんで」


実際に使ってみなければ解らない。これまで試した魔物も、片手で数えられるほどなため、効果の薄い対象もいるだろう。


魔物に対して使うとき、同じ場所に当てるよりも、頭や尻など別の位置に投げた方が良い。こういった説明は、実演したときに終えている。



通常こういった講習で質問をするのは、なかなかに難しいことである。それでも命がかかっているのだから、彼らも必死に多くの質問を投げかけてきた。



やがて一人の属性兵が手を挙げる。年代とすれば、デニムの同期か後輩にあたるだろう。


「言葉使いには苦労してきた手前。あまり得意ではないが、必要であれば」


この人物に対し、イザクでは返事ができない。


「えっと、まあ……その」


どう答えるべきか悩み、ガンセキをみる。


責任者は顔見知りの軍人を思い出したのか、少し嬉しそうにしながら。


「正式な場でない限り、敬語などは気になさらず。今は意見交換の場ですし」


属性小隊長は感謝の意を示したのち。


「イザク君からも話は聞いているが、量産型は敵の動きを鈍らせるのが目的だったね。しかし一般兵を含め、我々は電撃で同じ効果を与えられる。突撃を主とする相手の場合だと、そちらの方が有効だと思うんだが、どうだろう」


隧道入口。その場所を任せられる人物であれば、相応の実績があるのだと思われる。


「火炎団の使っている投げ槍と違い、熱さと粘着からくる効果とのことだ。基本は止まっている対象に使う物と認識して構わないか?」


投げ槍は突き刺されば抜けにくい構造となっている。熱さに加え、痛みという影響があった。



敬語もせず、上に逆らってきたと予想すれば、ホウドの派閥ではないだろうか。


「確かに効果は似ていますが、電撃とは別物です。突進してきた魔物が痺れて転んだあと、これを命中させて火をつければ、簡単に殺せるんじゃないっすか?」


まとわりつく熱と痺れが合わされば、その効き目は二倍にも三倍にも膨れ上がる。


「なるほどね。だから私たちには、こっちの油玉ってことかしら」


いつの間にか参加していたオカマは、先ほどが嘘のように落ち着いていた。


「はい、本来の油玉には火力上昇の効果がありますので」


「そのぶん、数はあんま用意できないんですがね」


以前フエゴにも同じことを言った記憶がある。


「正直これがなくても、あんたら問題ないっすよね」


ガンセキは瞼を閉ざし、眉間にシワをよせ、小さな声で。


「失言だ」


クエルポは背筋を正すと口調を一変させ。


「必要に決まってるでしょ」


宝玉具だけでなく、確かな実戦経験を持つ団員たちも、ただの人であることに違いはない。


以前量産型の提案をした時と、この場では訳が違う。


あの時フエゴには対策として、火炎団には本来の油玉を渡すと伝えた。


しかし今グレンが相手をしているのは、当事者である一ノ朱火長。


「一番の被害は何処が受けてるか、分かって言ってるの?」


気づいてもすでに遅い。グレンの顔は青ざめていた。


「今の発言を撤回します。すみませんでした」


仕事を一時抜けてまで、この講習に顔をだした。


「ほんと頼むわよ。うちの子たち、けっこう限界まで来てるんだから」


今日まで朱火を支えてきたのは、間違いなくこのオカマだった。


「決行日までには、できる限りの量を用意させてもらうんで」


「赤火のぶんも忘れちゃだめよ、あそこが一番辛い位置に立たされてるの」


会議の場では約束を守り、口を出さなかったが。


「私たちは腐っても火長なのよ。協力させるからには、ちゃんと誠意は見せてちょうだい」


火炎団はギルド登録団体で、普段はそれぞれの班長が団員をまとめている。だから火長が当日居なくとも、なんとかなるのではと考えていた。


「すみませんでした」


頭をさげるグレンに、直接の関係がないイザクも続いてくれる。


「我々兵士だけでなく、団員の皆さまが一人でも多く生存できるよう、最善を尽くします」


勇者一行の三人も謝罪に加わる。


「まあ私も悪かったわよ。こんな空気にさせて」


それでもガンセキは責任者として。


「いえ、こちらの認識に問題がありました」


赤の護衛は未だ沈んだまま。



やり取りを眺めていた属性小隊長は。


「君は確か、ほぼ無償で油玉の権利をこちらに譲ってくれたんだよね」


トントには馬鹿なことをしたなと言われた。


「量産型に関しては、利益得ようとしてますが」


また馬鹿正直に答えてしまう。



一般小隊長は困った表情で。


「刻亀討伐に間に合わせてくれたことを、わたし等は感謝してますよ」


兵士たちがグレンを庇ってくれた。



クエルポはいじけた口調で。


「なによ、こっちが悪者みたいじゃない。私だって、ちゃんと有難く思ってるわよ」


これまでの旅路で、グレンがもっとも関わってきたのは朱火。


「ペルデルちゃんから話は聞いてるわ。だからその、ありがとね」


「いえ、役に立てたかどうかは良くわかりませんが」


少し和やかなムードとなったところで、団員や兵士たちの質問は続く。


・・

・・

『アクアちゃんたちの中で、一番責任者に怒られているのは誰かな?』

・・

・・


やがて講習会は終わりを迎える。


「元気だしなよ、あの人だってそんな怒ってなかったじゃん」


「そうだもん。今までグレンちゃんが頑張ってきたから、ありがとって言ってくれた」


火炎団は精神面で疲弊している。これまでも話し合いの中で確認しあってきた。


「俺たちも心の中で、彼らへの甘えがあった。実際に実力者ぞろいだしな」


撤回はできたとしても。


「本人を前にして言っちまったことは、もう消せないっすね」


イザクは腰に差した両手剣の位置を直すと。


「ここから先は行動で示すしかありません。量産型の生産には目途が立ってきましたので、これからは本来の油玉に本腰を入れましょう」


予定よりも多く作る。


「ご迷惑をお掛けします」


「グレンさんと接する機会が増えるのなら、僕もうれしい限りですよ」


笑顔はいつものまま。


「ですが、今日はもうだめですよ。皆さん指導で疲れていますし、グレンさんは休むべきです。後はこちらでやっておきますので、明日からまた頑張りましょう」


青年の肩を数回たたき、一行の三名に動作だけの挨拶をすると、イザクは残りの片付けにもどる。



四人になると、再度グレンは頭をさげ。


「訓練の参加、ちっと減ると思います」


刻亀への対策として、勇者一行が本来すべきこと。


「気にするな。とりあえず、日課の鍛錬だけやっておけばいい」


起きてすぐと寝る前。十分ではないが、グレンも体は動かしていた。


「ほらっ いつまでもしょげてないで、久しぶりに時間があいたんだからゆっくりしようよ」


ガンセキたちとしては、今から個々の鍛錬をする予定だったが、宿舎ですることにしたらしい。


「グレンちゃんがサボってるあいだに、私たちけっこう出来ること増えたんだよ~」


「さぼってねえよ」


久しぶりに四人で飯でも食べようと、話題が弾む。


・・

・・


片付けを終えたイザクは宿舎に帰宅すると、両手剣をもって外に出る。


辺りは大分暗くなっていた。


鍛錬など最近は怠り気味だったが、希望が湧いたからか、再びかつてのように励むようになった。


以前の宿舎裏は広場となっていたが、今は兵士が増え始めているため、天幕が張られていた。



それでもここはカフン。鍛錬する場所はいくらでもある。


勤務外とはいえ、勝手な行動は許されないが、しっかりと理由を伝え許可もとった。


隊員に灯してもらったランタンを手に、場所を探す。さすがにあまり離れることはできない。


道を外れ林に足を踏み入れるが、月明かりは十分照らされており、所々に篝火も設置されている。


耳を澄ませば、遠くで鉄をたたく音。


愛すべきレンガを思い出す。



聞き覚えのある音が耳に入る。気になり視線を向ければ、ランタンの光がわずかに映った。


一点の光。


吸い寄せられるように、勝手に足が進む。



剣の素振り。これまで何千、何万と繰り返してきた。


「イザクさん、ですよね?」


青年は鍛錬をやめると、布で汗を拭いて姿勢を正す。


「すみません、邪魔をしてしまったようで」


「いえ、そろそろ休もうと思っていましたので」


そうですかと微笑んで、分隊長は青年の手を見る。手の皮が剥離しているのか、巻かれた包帯からは血が薄く滲んでいた。


「そうですね。何事も根を詰めすぎるのは良くありません」


休憩ではなく、しっかりと休むべき。


青年はブンブンと顎を振り。


「自分はただでさえ遅れをとっていますので、人一倍頑張らねばなりません」


「個人にできることなど高が知れています。身体を動かすことが苦手であれば、別の方面で役立てばいい」


シンセロのように。


「でも、イザクさんのように、魔力がなくても戦えるようになりたいです」


「もしかして、以前どこかでお会いしたことはありましたか?」


青年はハイと元気よくうなずくと。


「自分はコガラシ分隊に所属しております。イザクさんの分隊とは、勇者様の護衛としてお供させていただきました」


途中から一足先にヒノキへは向かったが、中継地までは彼も一緒だった。


「申し訳ありません。関わる隊員の面々をちゃんと確認していなかったとは、分隊長として失格ですね」


「そんなことありませんよっ」


青年は困ってしまったようで、イザクに背を向けると素振りを再開させる。



しばらく眺めていて、口出しして良いか悩んだが。


「剣の形状と振り方が合っていないように思えるのですが。それは打撃優先ですし、もっとこうドシっと」


青年は振り返り、少し考えこむと。


「切れ味を優先させたい時がありまして」


風魔法。


「そうですか。しかし振り方に癖がついてしまいますと、のちのち困りますよ」


イザクはもともと刀を獲物としていた。そして今、叩き斬るというのを忘れ、切るための動作をしてしまうことがある。


「魔力のない自分が一番役に立てるのが、そこですので」


「貴方が鍛錬をしているのは、兵士としてですか?」


個の力に囚われているかどうか。


「いつまで今の分隊に居れるかわからないけど、少しでも皆の役に立ちたいんです」


「わかりました。もしよろしければ、自分が力になれるかも知れません」


「良いんですか?」


青年は子供のように目を輝かせる。いつかの自分と重なり、不甲斐ない自分を呼び覚ます。


滅んだ村の生き残り。


「えぇっとですね。斬るための動作なのですが」


イザクは両手剣を鞘から払うと、片手で握った状態のまま構えを整える。


「こう、ヒュっというか。スッという感じで落として止めるんです」


怪我を負った大人と、年老いて動けない老人。


成人前の少年と少女たち。


「え、あの……こんな感じでしょうか?」


見よう見真似で構えをつくり、擬音を声に出して振りおろす。


「すみません。僕、教え方が絶望的ですね」


「いえっ! そんなことないです、自分が未熟なだけですので!」


そういってもう一度剣を振る。



何度か観察をしたのち。


「相手を叩き斬るのではなく、切りたい瞬間があるんですよね?」


「はい」


しばらく考え込んで。


「コガラシさん、確か小刀を持っていましたよね。玉具でなくても良いので、ああいった短剣などは、お持ちですか?」


「いえ、自分あまりお金がありませんので」


貧しい村の出身だろう。


「では支給品の剣は持ってきていますか? 少しかさ張るでしょうが、必要な時だけそれで振れば良いかと」


片手剣とそれであれば、何とか持ち運べないこともない。


「すみません、以前壊してしまいまして。やっぱあった方が良いですよね、今度掛け合ってみようかと思います」


ゼドとの会話を思い出し。


「私物でよければお渡しいたしますよ。僕のこれは自前ですし、片手剣もありますので」


「いいんですか?」


イザクは笑いながら。


「僕のも支給品ですので」


掛け合っても、式典用の剣がここにあるかわからない。自分や彼のように直接レンガから持ってきた者もいないだろう。


「ただ一つ条件です。今日はもうお終いにして、明日はしっかりと休んでください」


あからさまに嫌そうな顔をする。


「明後日の勤務は、僕らと一緒ですか?」


「はい、変更がなければ」


「でしたら、またここで会いましょう。そのとき持ってきますので」


自分の鍛錬があるため、イザクは青年にお辞儀をすると、その場を離れる。


「ありがとうございます!」


振り返り、笑顔でもう一度頭をさげる。



今日は色々あったが、良い一日だったと振り返る。


最近は良いことが続く。


ゼドには感謝しかない。今とてもイザクは充実していた。


願わくば、願い通りになってほしい。


「それは、不謹慎ですね」


思いながらも、ニヤけてしまう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ