十五話 ここから先は俺の人生
前話の一部修正しました。
赤火は四人一組の十五班なので、六十名でした。一班が二人なので、正確にはちょっと少ないのですが。
会議の翌朝、グレンは何食わぬ顔で笛の練習に赴いた。トントも普段どおり支度を済ませると、二人していつもの場所へ向かう。
「まさか来るとは思わなかった」
長年の夢が破れたにしては、気の抜けた声音だった。
「いや、来ますよ。誤解ないよう言っときますが、お情けだけで笛習ってるわけじゃないっすからね」
最初は清水運びで死んだ商会員のためだったが、今は自分に関わって死んだ者たちの供養のため。
「トントさんが演奏を引き受けてくれるんなら、今すぐにでも練習やめますけど」
「せっかく今日まで続けたんだ、自分でやりやがれ」
小高い丘の上。すでに日課となっているようで、グレンは布を広げると朝飯の支度をする。
「いつもより豪華だな」
「今日はホウドさんに会わなかったんで、調理場から直接受け取ってきました」
主食は握り飯ではなくパン。包みを広げれば、湯がいたと思われる野菜とチーズ。
「まあ本格的に動き出したわけだし、あの爺さんも忙しいんだろうよ」
グレンは塩で味付けされた野菜をパンにはさみ、チーズと交互に頬張る。
「なかなか旨いっすよ」
ここで収穫されたと思われる、ふかし芋にはまだ熱が残っていた。
「腹が減ってるから、俺としては嬉しいがな。いつもの量だと少なすぎる」
夜を通して、魔物と戦っていた。
トントは隣に腰を下ろすと、水で手を軽く洗ったのち、芋に塩をかけるが。
「熱いな、俺猫舌なんだよ。冷ましてから持ってきやがれ」
「無茶な注文つけないでくださいよ。それに大して熱くもないっすよ、これ」
試しに自分のを食べてみるが、気持ち暖かい程度。
「いちゃもんつけたかっただけだから、あんま気にすんな」
雪の残る山を見上げ。
「トントさんから見て、現状どんな感じですかね。できれば、決行の前日には送りたいんですが」
「俺に聞かなくてもわかってるよな。だがよ、下手くそでもやらなきゃいけねえ時ってあんだろ」
故郷が消えた時、彼はまだ半人前だった。
「儀式は全部、終わってからにしろ」
「だめっすよ、生き残れる保障ないですもん」
冷め始めた芋を飲み込むと、水で喉を潤して。
「俺の生き甲斐奪ってまで協力させたんだ。死んだら一生呪うぞ」
驚いた表情で、相手の顔を見て。
「協力してくれるんですか?」
「けっ あいつが決めたことだ、従うしかねえだろ」
なんの返答もできず、その後は無言の時が流れる。
よく考えると、トントはいつも朝食中は喋らない。
食事も終盤となったころだった。
「村の復興ってよ、前例とかないのか?」
「いや、あると思いますけど。ただ火の民ってあれですよね、信仰で集った人たちじゃないっすか」
交通や土地質。資源などの利点があれば。
「俺が思うに、中核になりうる人が死んじまったのが痛い。国とかでいえば、王家の一族とか残ってなきゃ無理っすよね」
各集落をまとめる長とまではいかなくとも、生き残りを集結させられる人物。
「そういった奴らは皆、あの場所と運命を共にしちまったな」
「まあそれでも、絶対に無理とは言い切りませんよ。今回の討伐作戦が終わったら、試しに火炎団の連中から募ってみたらどうっすか?」
グレンの提案に思わず笑ってしまう。
「お前ら良く調べてたしわかるだろ。俺の人望」
「少なくとも一人、協力してくれそうなのいるじゃないっすか」
普段から、トントと行動を共にしてる者がいた。
「どうだか」
やがて食事が終わる。
いつもなら笛の練習に入るのだが、今日は勇者一行として伝えるべきことがあった。
「もし今後、火炎団が俺らと運命を共にする選択をされた場合、それに関するお話をさせてもらいました」
トントにはグレンから話をすると、昨日の時点で決まっていた。
「傭兵としてではなく、火炎団には勇者同盟。俺らの直属として参戦して欲しい」
ギルド運営との関りは、少しでも離した方が良い。
「スウニョはなんも言わなかったのか?」
「刻亀討伐が終わり次第、こちらから話を通すとのことです。現状だとなんとも言えませんが、個人的には協力すると約束してくださいました」
信用できるのか。
「あいつは運営側の人間だが、火炎団の一員であることに違いはねえからな。だがそれだと、資金はどうすんだよ」
運営との繋がりが薄くなれば、これまでギルドより受け取ってきた金の流れも細くなる。
「当時そんだけ頭が回れば、ここまで良いようにはされなかったんでしょうけどね」
「うるせえ」
グレンの悪い癖。思ったことをそのまま口に出してしまったが、反省しながら話を続ける。
「刻亀が消えることで得られる最大の利益は、俺らが道中で通った鉄鉱石の採掘場です」
鉄だけでなく、土の宝玉も期待できる。
「運搬費用が大分浮くわけで、その利益の何割かが今回の討伐報酬の一部になるわけです」
定期的にこちらへ流れてくる資金。
「あと油玉の権利はほとんど鉄工商会にあげてしまったんですが、量産型は利益の一部をこちらに流してもらえるよう、現状商会員さんと話を進めています」
本格的な交渉は王都についてからとなる。
「お前もけっこう馬鹿なことしたんだな。ありゃ、かなり優秀な道具だぞ」
「まあ、後悔はありませんよ。兵士の生存率があがるなら、それに越したことありませんし」
ギゼルには頭が上がらない。
「近いうち、兵士さんたちに油玉の講習みたいなのするんすよ」
皆仕事があるため、一部しか参加できないし、せっかく作った物を消費することになる。それでも大切なことだとイザクと決めて、一般大隊長に相談した。
「そうか。じゃあ、そろそろ始めるか」
「よろしくお願いします」
今日も明日も、この場所には笛の音が流れる。決して上手くはないが、明らかに最初よりは上達していた。
・・
・・
グレンに別れを告げても、トントは丘に残っていた。
帰りたくない理由があった。
もしかしたら、初代団員の連中がいるかも知れない。昨日、みっともない真似をしてしまったので、顔を合わせずらい。
グレンが敷いた布はそのままにされていた。帰りに調理場へ寄って、返しておくと。
「ったく、忙しいガキだな」
悪態をつきながらも、どこかニヤけてしまう自分に腹が立つ。
すでに鳥からは形が離れてしまった笛をみて。
「俺も、焼きが回ったな」
もう、あの頃に寄り付くすべは、これしか残っていない。
まだ夢に向かって突き進めるかといえば、もうそんな余力は残っていなかった。
正確な年齢など覚えてはいないが。
「四十も半ばか」
そういえば、自分が故郷を失ったのは、今のグレンと同じ頃か。
自分の右腕に意識を向ける。
「これが残っていれば」
まだ余力はあったか。
自問自答を繰り返す。
進めるか、進めないか。
歩けていたのか、歩けていないのか。
「アホらし」
片手で容器を取り出すと、時間をかけて蓋を開ける。
袋から取り出したのは、乾燥させた葉っぱ。
「なにしてるんですか?」
見上げれば、のぞき込むようにスウニョが立っていた。
「お前こそ何してんだよ、仕事もしねえで」
「今そんな気分ではありませんので」
けっ と喉を鳴らすと。
「大層なご身分なことで」
容器から煙草の紙を出し、それで乾燥させた草を包もうとするが、片手では上手くできない。
「ちょうど良いや、これやってくれ」
「なぜ私がお手伝いしなくてはいけないんですか?」
訝し気な表情で得体の知れない草を指さして。
「大体それ、違いますよね?」
明らかに煙草のそれではない。
「誰かさんが調達してくれないから、自分でそれっぽいの探して乾燥させたんだよ」
「あっ トントさんって馬鹿なんですね、毒草とかあるの知ってます?」
どうしようもない大人はそっぽを向いて。
「大丈夫だよ、たまに見知らぬオバさんが見えるだけで、この通り身体はなんともねえ」
そういえば、勇者の村でも似たような現象を引き起こす料理があった。
「とりあえず、これは私が捨てておきます」
スウニョは完全に呆れていた。
「クソが、どいつもこいつも、俺の楽しみを奪いやがって」
チビデブにも止められていた。
「もうないんですか?」
「残りは決行日にとってあるんだよ」
なにかとストレスで、吸う量も増えるだろう。
「参戦、してくださるのですか?」
「その後どうするかは、まだ決めてねえがな」
諦めるのか、抗い続けるのか。
「まったく、昨日は本当に恥ずかしかったんですからね。会議の途中で怒っていなくなるとか、やめてくださいよ」
「うるせえ。お前は俺に嫌味を言いに来たのか、仕事もしねえで」
スウニョはトントの隣に座る。
「最初はもっと楽な仕事だと思ってました。誰かさん、すごい簡単に言うこと聞くんですもん」
ただ、彼女も若かった。
「誰もやりたがらない訳です」
交渉そのものは楽でも、そこから先が大変だった。
「でもよ、ギルドってのも意外と適当なんだな。昨日の話を聞く限りだと、けっこう重要な役目だろ?」
勇者が倒れても、火炎団という名前は残る。このような大役を、二十歳前の娘に押し付ける。
「数ある対策の一つに過ぎませんので。時の流れのなかで、実現可能な手札が偶然そろっただけです」
ボルガが兵士になった。
「自分たちの実力を測らず、協力を要請しないような勇者一行でしたら、そもそも成功はしません」
刻亀討伐に失敗すれば、カフン砦を放棄したのち、中継地を拠点として狂暴化した魔物を防ぐ。
「ギルドってのは、怖い連中だな」
「恐ろしいのはギルドに限りませんよ」
少なくとも兵士に影響力がなければ、ボルガに双角を用意させることなどできない。
「ただ、あの勇者一行は侮れません。逆に危険視する者も出てくる」
なにも考えず協力を要請すれば、初代団員はおろか団員からも人手は借りれなかっただろう。そうなれば自然と兵士に、ボルガらに頼るしかなくなる。
簡単に動かせる者たちでないと解ったとき。
「私は好きません。邪魔と判断すれば排除するやり方は危険です」
これまでの流れの中で、彼女の立ち位置はどちらに寄っているのか。
「昨日の会議を見ていればわかります。あの四人は育成に重きを置いていると」
グレンとガンセキがいなければ、セレスとアクアは簡単に動かせる。
スウニョはトントの横顔を見て。
「いつまでもそうとは限らない。苦労してきた私が言うのですから、誤りはないかと」
もしトントを下手に殺せば、他の団員が黙っていなかった。
安定派。
「多くの時間が流れすぎたのだと思います。もう私たちも、限界が近づいているのかと」
近いうちに選択を迫られる。どちらに付くか、それとも表舞台から去るか。
「俺はもう、難しい話に巻き込まれるのは御免だ」
トントは立ち上がると、門に向けて歩き出す。
「そろそろ扉も下ろされる時間だから、お前も戻れよ」
「もう少ししたら、そうさせてもらいます」
スウニョはその場で寝転ぶ。丘の上には木が一本。
枝葉の隙間から、青空がのぞく。
「トントさんは、良い人ですね」
「うるせえ」
収穫を始めるのか、遠くで人々が集まっていた。
・・
・・
門を潜ると、そこには見覚えのある男が立っていた。
「親ビン、遅せえから心配しましたよ」
ちょこちょこと寄ってくる。
「お前はあれだな、ほんと金魚の糞みたいな野郎だ」
「酷でえこと言わないでくださいよ、オイラたちたった二人の一班じゃないっすか」
もっと優しい言葉かけを。
トントが調理場に向かって歩き出せば、チビデブも後を追う。
「昨日は途中で抜けちまったから、編成がどうなったかわかんねえけど、俺は当日勇者さまとご一緒することになった」
「じゃあオイラもお供しますぜ」
振り向くと、チビデブの頭をはたく。
「お前は隧道入口でラソンと交代で待機しろ。一班はお前ひとりだ、これは絶対に譲らねえ、魔物と戦うときは一人でやれ」
どこかの班に編入することは許さない。
「いやっすよ、親ビンを一人になんてできません」
単独と一対一で戦うのを嫌だとは言わない。
「嫌なら火炎団から去れ。事実上、一班は決行日をもって解散とする、赤火長はラソンに譲る」
「刻亀討伐が終わったら、親ビンはどうするんすか?」
自分も一緒に行きたい。
「俺は俺の人生を満喫する。お前の人生はお前のもんだ」
魔獣と戦った経験があるのは、初代団員だけではない。勇者一行からすれば、是非とも加わってもらいたい人材だった。
「このまま火炎団に残るでもいい、抜けて他の団体に所属するでも好きにしろ」
「親ビンがギルドをやめるなら、オイラもやめます」
チビデブは立ち止まるが、トントは歩みを止めない。
「俺もついていきますから!」
返事もせずに、一人で去っていく。
後を追うこともできず、チビデブはその場にとどまる。