十三話 思えば遠くに
小高い丘の上。目前に広がるのは、彼らが崇拝する火山。
祭壇と思われる平たい岩に乗り、青年は今日も笛の音色を捧げる。まだまだ未熟だが、上手くなろうという期成が感じられる。
この山が崇拝されるのには、いくつかの理由があった。
標高が高いことや、活火山。そして独立峰という特徴が、人々に畏怖を持たせたのだろう。
「やっぱここに居たのか。まったく、一人で行動すんなって言われてんでしょ」
「うるせえ、これが師匠の言いつけなんだよ。ジジイに何言われようが、知ったこっちゃねえ」
ここら集落を取り仕切る長よりも、数年前に亡くなった師の言葉を優先させる。困ったことではあるが、それが通ってしまうのが、彼の役職だった。
「今は非常事態なのわかってんでしょ」
青年はベルトからナイフを抜き取り、相手に見せる。
「魔物が怖くて、カグラが勤まるかっての」
彼らの役目は儀式での演奏だけではない。決められた期間、決められた方面から火山に登り、火の神に演奏を捧げること。
聖地に足を踏み入れることを許された、一握りの者。
「それによ、お前だって単独行動してんじゃねえか。軟弱野郎のくせに」
「僕も舐められたもんだね。何年前のこと言ってんのよ」
自慢の髪をかき上げた次の瞬間、ナイフに火が灯る。
「高位炎使いの長は別としても、僕は選ばれた火の民だよ」
着火眼。
「ドヤ顔やめろ、うざいわ」
青年はナイフに魔力をまとわせると、それを弾けさせる。
「くだらねえ。なんだよこれ、簡単に消せちまうぞ」
「まあ、見習いの誰かさんには、この凄さはわからないのよね」
師が死んで一人前と認められるわけでもないため、彼が踏み込める範囲は狭い。
「で、なんの用だ。一人でここまで来た訳じゃねえだろ」
憎まれ口を叩きあっていたが、そこでふざけた表情を変化させる。
「途中までは一緒だったよ」
誰になんと言われようと、ここでの演奏は日課なのだから、それに邪魔が入るのには理由がある。
「また発生してんのか?」
「色も濃くなってる」
すでに数カ所の集落が消えている。
「魔虫なんだよな、まだ毒はないんだろ?」
前二本に鋭い爪を持ち、糸の代わりに紫の霧を発生させる。
「近場の町にでも行って、さっさと認定もらうべきだと思うんだけどね。ありゃ異常だよ」
ギルドへの依頼。魔虫でも異なる存在であれば、総じて魔獣と呼ばれる。
「ふざけんな。俺たちの聖地を踏み荒らされて堪るか」
同行者たちはそのまま霧の調査。フエゴはトントと合流し、一時近場の集落にて待機。
「お前みたいな古い考えに縛られた連中が多いから困るんだよ。このままだと、取り返しがつかなくなるんじゃない?」
「うるせえ」
この世界での自然災害は、神と闇の存在が戦った影響だと伝えられる。
「大丈夫に決まってる。俺達には、ホノオ様がついてんだ」
「そんなだから、いつまでたっても見習いなのよ」
ここは神と闇にとって、激戦の地。
「今まで何人、噴火で死んだと思ってんのさ」
そもそも火の民とは、何の為に危険なこの地で生きるのか。
今回のこの異変は、神が劣勢だからではないのか。
フエゴは今も戦うホノオを思いながら。
「本来の意味が、言葉だけ残って廃れてく」
戦う神を支援する民。
・・
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二十数年後
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今回の刻亀討伐において、勢力は大まかに分けて、兵士と火炎団の二つ。これに勇者一行が加わったことで、一応の段取りは整っていた。
予想通り、予定通り開かれることとなった会議。
場所は兵士側が用意した天幕。ここカフン砦にはそれぞれが受け持つ建物はあるが、こういった気遣いを必要とされるのだから、やはり力関係というのは中々に難しい。
夜の仕事を終え、笛の練習に付き合ったのち、トントは欠伸をしながら会議場に入る。
「なんだ、まだあんま集まってねえのな」
火炎団の後ろには、ギルドという恐ろしい組織が睨みを利かせている。
「行ったり来たりって感じですね」
二ノ朱火長の視線の先には、ホウド属性大隊長。まだ座る席が決まっていないのか、立ちながら握り飯にかぶりついていた。
「あの爺さんが軍服着てんの、そういや初めて見たわ」
使い古した物のようで、くたびれ色あせていた。
「このような場では、あまり褒められたことではありませんが、もう私たちもそういった人物なのだと認識しています」
天幕に入ってきた軍人が、ホウドのもとに向かう。握り飯を片手に渡された書類に目を通し、少しして席につく。
「そういえば、もう昼時か」
隣に立つトントを見上げると。
「寝てないんですか?」
「練習に付き合ってたんだ、そんな暇ねえだろ」
朱火長は優しい笑みを浮かべ。
「寝不足でも、休ませてなんてあげれませんよ。会議中に寝るとかやめてくださいね、恥ずかしいんで」
「うるせえ」
はたから見ても、仲がよさそうな二人。
「こんな時でも、練習は欠かさないんですね」
「あんま時間に余裕もないしな。それによ、下手でも真面目だから、まあまあ教えがいもある」
どれだけ練習外で吹いているかは、教える側としても何となくわかるのだろう。
「忙しい奴だよ。フエゴの木彫りもやんなきゃいけねえってんだから」
「よかったですね、素敵な教え子さんができて」
茶化したつもりだったが、トントはすこしの間を置いて。
「そうだな。まあ、感謝しないでもない」
やがて天幕に明火長が入ってくると、二人を見つけ。
「ずいぶん早く来てたんだな。とりあえず、席順は決まったよ」
「では、お言葉に甘えて座らせてもらいましょう。足疲れちゃいました」
歩くより、突っ立っているほうが足への負担は大きい。
「こういった段取り、お前が受け持つもんだと思ってたわ。得意分野だろ?」
「それは軍人さん側の役目かと。だいたい私は後方支援とか、新人育成の管理やらなんやらがお仕事です」
明火長の指示のもと、三人は決められた席に座る。
「俺んとこはまだ大丈夫だがよ、朱火の補充は大丈夫なのか。けっこう死んでるだろ」
「運営を通していくつかの団体に話を通してますが、やはり誰かさんのせいで集まりは悪いですね」
二ノ朱だけでの戦力補充は限界に近付いていた。
「お前も嫌われたものだ。まあ、それも仕方ないわね」
明火長、赤火長、朱火長。
「けっ 古参がいつまでも、偉そうにふんぞり返ってるからだろ」
火炎団から独立する者も多く、一カ所に留まっていては新人も中々増えない。
「トントだけが悪いわけじゃない、彼らも彼らで生活があるしね」
独立した団体も、そういった理由で各地に拠点を置いているのだから、呼ばれて駆け付けるなど無理な話だった。
赤火長はあたりを見渡し。
「フエゴは来ねえのか?」
「来るように伝えてはあるわよ。それに……来るでしょ」
彼が来なければ、今回の交渉は成り立たない。
「あの、そんな話題を出して大丈夫ですか。もしかしたら、土の領域で探られてるかも知れませんよ」
「感情の把握って、確か専門の訓練を受けなきゃ難しいのよ。責任者さんも魔物探知に力を注いでるだろうし、簡単には測れんよ」
これは魔法陣に関する知識の一つか、それともかつて共に戦った土使いの教えか。
「フエゴさん、ですか」
なにか思う所があるのか、スウニョはそこで一度区切り。
「今まで方針を決める機会が何度かありましたが、彼は一度も口を出したことがありません。私としては、新人育成を任せたかったのですが」
「悪いけど、あいつの役職は今も昔も変わらねえよ」
二ノ朱火長など任せようものなら、トントは断固反対する。
「申し訳ないが、私も二人との腐れ縁でここに残ってるようなものでね。そこら辺の方針は口出しのしようもない」
ヘンティルからすれば、本来の目的は魔獣討伐時に終えていた。
「正直、私は後方支援が担当ですからね。ギルド側の人間ですし」
スウニョはもともと明火に所属しており、承諾を得られなかったため、仕方なく二ノ朱を受け持っている。
「あいつは女好きだからな。若い娘に良い格好したいだけだから、全体には興味ねえんだろ」
トントは赤火そのものには関心を持たないが、火炎団の方針には口を出すことが多く、これまでもスウニョとは度々揉めていた。
「私は一度も口説かれたことありませんが、そんなに魅力ありませんか?」
「俺に聞くんじゃねえ」
出会った当初は彼女も成人したてだった。
「そういえば、私もないな」
ヘンティルは若いころから、おばさんと呼ばれている。
「だって、君のこと嫌いだったもん」
「嫌われるようなことしたかしら?」
背後から突然現れたフエゴに、驚いた様子はない。
「お前の入団理由じゃねえか。使い手が必要だったとは言え、俺も良い気分はしなかったしよ」
魔法陣を使い、毒の霧を一時的に無効化させる。
「良いじゃない、減るもんじゃなし」
火の民に伝わる属性紋。
「まあ、別に今更よ。でっ、おいちゃんはどこに座れば良いの?」
「私の隣よ」
順番としては、火炎団に用意された席の中で、上座に当たる。
「おいちゃん、ろくに働いてないんだけどね」
「ここに座るのが、あんたの責任でしょ」
フエゴは素直に従って、用意された席に腰を下ろす。
周囲では、軍服を着た者たちが、慌ただしく会議の支度をしていた。
・・
・・
時刻は昼を回り、面々も揃い始めたころだった。会議室の幕がバサっと開かれると、体格の良い人間が足を踏み入れる。
「ちょっと、なによこれ。私聞いてないんだけど!」
その瞬間、火炎団のトップ二人が顔をひきつらせる。
クエルポは怒りの足音を響かせながら、四人のもとへ。
「ひどくない、私のけもの? なんで、ねえなんで?」
「俺は知らねえぞ。呼ばなかったのは、こいつらの差し金だからな」
トントに指さされたスウニョは何食わぬ顔で。
「あの、守りの指揮はどうされたのですか?」
「そんなの任せて来たわよ。あの子たち優秀なんだから、私がこんなだからねっ!」
ヘンティルは眉間を指で押さえながら。
「伝えなかったのは謝るわよ。だがね、誰かは会議中も仕事しなきゃいかんだろ」
相手を刺激しないように、言葉を選びながら。
「君はもとから日中の勤務が主で、適任だったのよ。でも伝えたら伝えたで、嫌がったでしょ」
「そんなの嘘よっ! 私がオカマだからでしょ、素直にそうだって言いなさいよ! わかってるわよ、オカマに人権なんてないんでしょ!」
フエゴはボソッと。
「やあねえ、ヒステリックな女って。あっ オカマなのよね」
「ちょっと、聞こえてるわよ!」
おっさんは明後日の方を向いて。
「え? おいちゃんなんか言った? 年寄の幻聴じゃない?」
最年長のオカマは人目も憚らず。
「このハゲーっ!!」
「おいちゃん禿てません~ これはオシャレなのよね、これだから年寄は嫌なのよ、時代遅れってやあねえ」
オカマは全身から怒気を放ち、背中から湯気がたちあがる。
「小僧が、言ってくれる……ん?」
一触即発かと思われたが、真っ赤だった顔色が沈静化していた。
「そのしゃべり方。あんた、もしかして」
「えっ? 違うよ、おいちゃん女の子の方が好きだよ」
いつしかクエルポから怒りは消え、優しい表情だけがフエゴに向けられていた。
「良いの、何も言わなくて。でもいつか開放してみなさい、意外とスッキリするから」
「ちょっとやめて、おいちゃんオカマちゃうよ」
それでもオカマはすべて理解したとばかりに、うんうんと顎を上下させながら。
「心を解き放つその時まで、見守っているからね。大丈夫、あなたには私がついてるわ」
そういうと、クエルポは背後に立ち、そこを自分の定位置とした。
「悪いけど、私も出席はさせてもらうわよ」
気づけばヒステリックなオカマは消えていた。
「口出しなんかしないわ」
四人を見守るのは、昔からいる初老のオカマ。
「せめて、見届けさせなさい」
フエゴは黙ってうつむく。
赤火長は勇者一行に用意された席を、真っ直ぐに見つめていた。
明火長は出入口を眺め、二ノ朱火長は唇を噛みしめる。
一人を除き、いつも忙しい面々も、今はボーっと流れに身を任せるしかない。
ふと、トントが皆を見渡し。
「そういえば、こうやって顔そろえんの、久しぶりだよな」
もともと刻亀討伐が始まる前は、赤火団に朱火団は別々に行動していた。
始まってからも、それぞれが別の場所。
「その中には、私も入っているのでしょうか?」
「こう見えても、こいつけっこう感謝してんのよ」
ギルド運営からトントを守ってきたのは、つなぎ役である彼女自身。
「いってろ」
性別の問題か、それとも人格の問題か。
「時々、夢を見てるような感覚になるわ」
どこの団体にも馴染めず、転々としていた頃の自分が、遠くから今も見つめている。
「夢だとしても、私は楽しかった。そろそろね、始まるわよ」
重く響く彼女の声が周囲にも伝わったのか、静寂が走る。
ホウドは立ち上がると、腰を叩いた。皆がそれに続く。
一般大隊長は、咳ばらいをしたのち。
「椅子の位置を」
言われて、フエゴあたりが椅子を定位置に戻す。
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魔獣の討伐に成功したのは、およそ十年前。若干のズレはあるかも知れないが、それはある子供が神位魔法を習得した時期に重なる。
そこから火炎団は時代にのまれ、徐々に巨大化した。
約五年前。勇者カインは鎧国の増援として、盾国が受け持つ方面に向かい、魔王の領域でゼドと出会う。
暗黒の大地で、赤火長は片腕を失った。
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幕が開き、会議場に兵士が姿を現す。
「勇者御一行、お連れしました」