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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
2章 黒く、誇り高き獣
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七話 【魔人】対【魔犬】




グレンは一人、ボスに向けて走り続ける。


俺は何故、こんな事をしているんだ、仲間に迷惑を掛ける事に成ると分かっているのに。


勇者の護衛として失格だ・・・それでも、こうやってお前に向けて走っているんだ。


何年も前の事なのに、お前の姿だけは、今も俺の脳裏に焼きついて離れない。


生きている筈がないだろ、片目を失い・・・頼れる仲間も失い、生き抜く方法なんて俺には想像すら出来ない。


この先に居るのが奴とは限らない。


だけど・・・心の何処かで、お前であって欲しいと願う俺が居た。


油玉と火の玉は、もう少ししか残っていない・・・だが魔力は半分以上残っている。


充分に戦える筈だ。


・・

・・


・・

・・


グレンは立ち止まる、地面は比較的平らだが、木が生い茂っていた・・・森の中。


辺りは昼間だというのに何処か薄暗く、その闇の中に溶け込むように、静かにそいつは佇んでいた。



数年ぶりに再会したお前は、かつての面影を何処か残しながら、気高き風格を漂わせていた。


以前も俺とお前は敵同士だった、今回だって変わらない、心を通わせた事など一度たりとも無い。



隻眼の魔犬は・・・グレンを見詰めていた。


体格は他の犬魔と変わらない、だが同じ魔物とは思えない。



グレンは魔犬に話し掛けようとしていた、そんな自我に気付き、愚かな自分を薄く笑う。


言葉なんて必要ないよな・・・俺は人でお前は魔獣なんだから、話など通じる筈が無いんだ。



暫く動かなかった魔犬は、グレンの笑みを見るや姿勢を低くして、攻撃態勢に入る。



それで良いんだ・・・今やお前は群れのボスで、俺はお前の仲間を死に追いやった炎使いだ。


お前は負ける訳にはいかない筈だ、この先の塒でお前が護っていた、お前等の宝者を躊躇(ちゅうちょ)する事なく・・・俺は殺すぞ。




グレンは両腕に炎を灯し、魔力を纏い魔犬の動きに注目する。


俺の魔法では奴の爪は防げない・・・こいつに対して炎の壁は無意味だ。



魔犬はゆっくりと、グレンとの距離を少しずつ狭めていく。


奴が・・・どれ程の間合いから仕掛けてくるのか、まだ分からない。



魔犬は前足を少し浮かし、後ろ足で地面を蹴る、一瞬でグレンの懐に迫り、爪を向ける。


グレンは燃える掌で魔犬の右前足を掴み、爪を止める・・・魔犬は左の爪でグレンを引き裂きに掛かる。


だがグレンは爪が届く前に、握っていた魔犬の右前足を引きながら、あいていた腕で魔犬の胴体に炎の拳を打ち込む。


魔犬は炎の拳を打ち込まれた瞬間、体を捻り打撃の威力を流す。


だがグレンの攻撃はまだ終っていなかった、魔犬の右前足を握り締め、炎の火力を上げ、そのまま遠心力を利用して地面に叩きつける。


地面にぶつかる寸前だった、魔犬の全身が黒く燃え上がり、体を捻りながら地面に着地する、そのまま間を開けず、グレンに掴まれていた右前足を振り、逆にグレンを地面に転ばす。


なっ! 犬魔に力負けしただと!!


黒く燃え上がる魔犬は、倒れたグレンに飛び乗り、爪を向ける。


グレンは左前足、右前足の順に掴み、振り下ろされた鋭い爪を防ぐ。


だが魔犬には牙と言う武器が残っていた、開かれた魔犬の口内に存在する、牙すら黒く燃えていた。


グレンは噛み突かれるギリギリの所で、足で蹴飛ばし魔犬を空中に飛ばす。


魔犬は空中で姿勢を整え、地面に引き寄せられる力を利用して、まだ地に倒れていたグレンに襲い掛かる。


黒く燃え上がる胴体がグレンに突き刺さる寸前で、グレンは横に回転しながら起き上がり、地面を蹴ってその場から離れる。



地面に突撃した魔犬は、何事も無く起き上がると黒い炎を消し、元の黒毛に戻る。



こいつを犬魔と思いながら戦っている時点で、俺は間違っている。


奴は魔犬であり、魔獣の一歩手前だ・・・単独なんか比べ物にならない程に強い。


確かに走る速度は他より遅い、だが地面に足が着いていない状態での身のこなし・・・異常だ。


俺に長い事掴まれていたのに大した火傷は負っていない、詰まり魔法防御も会得しているって事に成るな。



何よりも注意すべきは、あの全身を纏っていた黒い炎・・・あれは炎ではなく、肉眼で見える程に大量の闇魔力を全身に纏っているだけで、それが黒い炎に見えるんだ。


事実、あれに触れても全く熱くない。


元が群れの魔物から産まれた存在の為、魔力量はセレスほど多くは無いが、恐らくガンセキさんやアクアと同等かそれ以上はある筈だ。


そんな大量の魔力を、魔法ではなく身体能力を上げる為だけに使っているんだ。


だが・・・セレスが同じ事をしようとしても、多分無理だ。


グレンは魔犬を見ながら。


お前は【魔力を纏う】・・・これだけを生き残る為だけに、本能で行って来たんだな。


セレスに、これ程の魔力を纏うだけの技術はまだ無い。




とりあえず奴へのカウンターを狙って行くしかないか。


グレンは両手に炎を灯す。


魔犬はグレンの行動を確認すると、再び黒い炎に包まれる。



次はどう来る・・・下手な攻撃は俺に防がれる事は分かっている筈だ。


グレンは守りの構えを造る。


暫く1人と1体は動かない・・・一瞬の出来事だった、魔犬が後方にあった木に飛び乗る、爪を利用して木を登っていく。


そう来たか・・・グレンは走り出す、右手の炎を消すと油玉を取り出し、それを魔犬が登った木に叩きつけ、そのまま炎で木を燃やす。


炎の火力を上げると木は瞬く間に焼き尽くされる。


魔犬は炎が押し寄せる前に隣の木に飛ぶ、魔犬が飛び移った木はグレンの背後に存在していた・・・グレンは背後を取られた。


飛び移った木を後足で蹴り、そのままグレンの背中に向けて突撃した。


グレンは咄嗟の判断で前に一歩踏み出す、肩の後ろ側に痛みは走ったが、かすり傷ですんだようだ。


痛みに耐え、後ろ蹴りで魔犬を蹴飛ばす。


飛ばされた魔犬は空中で姿勢を整え、その先にあった木に飛び乗り、再び木と木を移り回る。


黒い影が、木々の間を蠢く、それは物凄い速度で肉眼では捉えられない。



俺の周囲の木を燃やして、安全な場所を造るか・・・駄目だ。


木を燃やすには油玉が必要だ・・・もうそんな残玉に余裕がない。



勝負を決めるには、あいつを捕らえる必要がある。


どうする、木と木の間を動き回られたら奴を捕捉なんて出来ない。


グレンは走り出す、俺自身が動き回っていれば攻撃し辛い筈だ。



走りながらでも、上から攻撃を仕掛けてくるが、何とか回避だけなら出来る。


だけど、それだけで精一杯だ・・・何か手は無いのか。


・・

・・


一つ・・・物凄く危険な手を思い付いてしまった。


奴は上から攻撃を仕掛けてくる、狙われるとしたら頭か肩だ。


グレンは走りながら腰袋から小さな容器を取り出し、片手で蓋を開けると中身の液体を頭から被る。


体中が液体塗れになると、あろう事かグレンは立ち止ってしまう。


姿勢を低くし頭を護るように構える・・・精神を集中させる。


耳を澄ます・・・奴が木に飛び移る音が聞こえなくなる、だが仕掛けては来ない。


俺が何か企んでいる事に、気付いているようだな。



俺の策には2度の危険がある。


1・・・敵を捕らえる、一歩間違えば致命傷だ。


2・・・捕らえた後、奴を殺す方法、試した事はないが経験はある。


はっきり言って正気の沙汰ではない、だけど全身を漆黒の闇魔力に覆われた魔犬の魔法防御を突き破る方法など、俺にはこの手しか思い付かない。



魔犬が動き出した、俺にどの木から仕掛けるかを察知させない為に、再び木々の間を飛び移って動き回る。


一つ言って置くが、どんなに集中したって、事前に敵の攻撃を察知できる能力は俺には無い。


外に集中しては駄目なんだ、音に惑わされるな・・・。


・・・

・・・

・・・


それは一瞬の出来事だった、魔犬の片方の爪がグレンに突き刺さる。


激痛が背中側の肩に走る・・・物凄く痛い。


だが、その爪は突き刺さるだけで、引き裂かれる事はなかった。


もし引き裂かれていたら、俺の致命傷は免れなかっただろう。


・・・突き刺さった爪の前足は、グレンに掴まれていた。


グレンの放った言葉は・・・何処か不気味さが漂っていた。



「捕まえた・・・」



敵の攻撃を事前に察知する事なんて俺には不可能だ。


確かに俺は、奴が何処から仕掛けて来るか、そんな事は分からない。


だけど奴が攻撃を仕掛けてくる相手は、俺一人なんだ。


攻撃を仕掛けてくる可能性が高いのは肩と頭、頭に爪が突き刺されば俺は間違いなく死ぬ。


その為に頭を護る構えを取った。


次に、俺が魔犬を捕らえる為に頼ったのは、気配でもなければ勘でもない。



外ではなく、俺は身の内に精神を集中させ、それにより全身を敏感にする。


あいつの爪が突き刺さった瞬間、【痛み】により刺された位置を察知し、即座に捉える。



グレンは捉えた前足を引き、突き刺さった爪を引き抜く。


血が出ているが気にしない、そのまま力任せに自分の正面に魔犬を持って行く。


正面に持って来た瞬間に、掴んでいない側の脇に腕を回し、動けなくする。


脇に回した腕で魔犬の頭を固定する・・・頭を固定する事により噛み付きを予防。


掴んで居ない方の前足は、脇に腕を入れ固めただけで、完全に固定されていない。


だが脇を固める事により、魔犬は肩を充分に動かせない。



魔犬は体の自由を奪われて、もがき暴れる。


掴んでいない方の前足の爪がグレンの背中を引っ掻く・・・それだけでも、痛みはかなり来る。




これは殺し合いの筈なのに・・・1人と1体は・・・まるで抱き絞めあっているようだった。




「何故お前を殺せなかったのか・・・何となく分かった・・・」


「俺は魔人で・・・お前は魔犬だから・・・」


魔物であるお前に、愚かな俺は自分を重ねたんだ。


「でもよ・・・たとえ魔人だとしても・・・俺は人間で・・・お前は魔物なんだ」


人と魔物の間に・・・友情なんで・・・絶対に許されない。




グレンは・・・より一層に黒を抱きしめる・・・。


黒は・・・既に力を抜いていた・・・。


「俺は人間として・・・お前と、お前の仲間を・・・残さず殺す・・・」


人間は多くの魔物を殺し・・・魔物は多くの人間を殺す。


それが・・・この世界の・・・人と魔物の関係なんだ。


グレンは力なく言葉を・・・いや・・・神言を唱える。














「紅蓮の炎よ・・・我が身と共に・・・魔物を焼き尽くせ」














全身にかかった油を通して、剛炎が全身に燃え移り、グレンと黒を焼く。


黒い炎は既に消え・・・黒は片目でグレンを見詰めていた。



・・・頼むから・・・そんな目で、俺を見ないでくれ・・・。



黒の瞳からは・・・憎しみが・・・感じられなかった。


仲間を殺し、最後の希望さえも殺すと言った、憎むべき人間に向ける瞳ではない。


熱い炎が1人と1匹を包み込んでいた・・・。









魔物は死ぬと死骸が残る。


だが魔獣はその肉体を残さない・・・黒い霧となって天に登って行く。


だけど・・・グレンの片腕には・・・掴んでいた魔犬の前足だけが残されていた。




・・・人間なんかに借りを残したまま死にたくない・・・。




最後の一瞬だった・・・頭の中に響いた意識・・・。


グレンは地面に倒れる。


今の剛炎で・・・魔力が切れそうだ。


でも・・・気絶する訳には行かない。


奴に言った事を実行する・・・それは絶対に俺がしなくてはならない事だ。


グレンは腕と膝に力を入れて、四つん這いになり、その姿勢から何とか立ち上がる。


既に立っているだけでも辛い、気を抜いたら気絶する。


木に手を着きながら、フラフラと歩き始める。


意識が朦朧として、何処に向かい何をするのか、それすら分からなくなる。



・・・ああ、そうだ塒に向かってるんだった・・・。



途中で石に足を取られ転倒する。


・・・あれ、何で俺倒れてんだ?


もう一度立ち上がる。


自分の力ではもう立てない為、木に凭れながら立ち上がる。


・・・中々着かないな・・・て言うかこの方向であってるのか?


ゆっくりとゆっくりと、一歩一歩を踏み締めながら歩き続ける。


何度転ぼうと、その手に持った魔物の前足を離す事はなかった。


・・

・・


・・

・・


大きな岩の下に穴を掘り、其処を塒としていたようだ。


穴の中には、12ほどの瞳が光っていた。


小さいな・・・数年前に見た、あの黒いのもこんな感じだったか。


あの時のように6体の犬魔は俺に敵意を向けていた。


色は違うけど、お前にそっくりだな。


グレンは手に持った魔物の前足を口に咥えると、右腰袋から油玉を全て取り出す。


・・・袖に隠していた小油玉が1つ、油玉は5つか・・・。



俺を憎め・・・人間を憎め・・・それで良いんだ、人間はお前等の敵なんだから。


グレンは穴の中に全ての油玉を投げると、そのまま躊躇無く火の玉を塒の中に放り込んだ。


塒の出口は炎の壁で塞ぐ・・・。


背中側の腰に差していた短剣を手に持ち、鞘を抜くと構える。



暫くすると、1体の犬魔が炎の壁を飛び抜け、そのままグレンに噛み付いてきた。


この痛みを忘れない・・・だが後悔はしない・・・俺は、これからも魔物を殺し続ける。




グレンは、小さなその体に短剣を突き刺した・・・肉を貫く感触がその手に残る。




指を鳴らす・・・焦げて、生き物の焼けた匂いが周囲に散漫する。



グレンは穴の中に入ると、そのまま短剣の突き刺さった子供の犬魔を地面に下ろす。



口に咥えた魔物の前足を手に持ち、塒から出ると・・・





・・・膝から崩れ落ち、気絶した・・・








2章:八話 おわり





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