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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
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十二話 無価値の意味

火の明かりに照らされた雪は、黒と赤に彩られるも、まだその色を保っていた。


「今日は降り始めるのが遅いだすね」


折りたたみ式の焚き火台は使い古されているが、まだまだ現役。服などは駄目にするものの、もともと彼は物持ちが良い方だった。


「まあ、ありがたいだす」


こういった道具があれば、炎使いでなくとも火おこしはできる。


即席で作った長箸で火の中をかき回し、熱していた小石の様子を確かめ、まだ早いと再び火をかぶせた。


手が熱くなったのか、脇に置いた投槍の柄を触って冷やす。



背後より近づいてきた足音は、聞き慣れたものだった。


「探しましたよ。いつも、この場所で?」


「見張りは夜だすしね。高いとこにいても、暗くてなんも見えないだす」


少し道からそれた林の中。人気はないが、位置としては勇者の宿舎よりも低い。



焚き火台の明かりを見つめながら。


「古来より、火は魔除けにも使われてるらしいだすよ」


「ゼドさんにしては珍しいですね。そんな目立つことをするとは」


魔物は種にもよるが、少なくとも魔虫は寄ってくる。


「自分ずっと隠密行動してるわけじゃないだすからね。こうやって、暖をとる時もあるだす」


「今日はそこまで、寒さも感じませんが」


季節としては、もう春も終盤。


「真冬でも雪降ってない時の方が、空気が乾燥してて、寒い気がするだすしね」


それでも今、雪が降っていた。


ゼドは身体を縮こませて。


「やっぱ寒いだす」


肌寒いというよりは、恐怖からくる背筋の冷え。


「貴方でも、やはり単独行動は怖いものですか?」


「そりゃ怖いだすよ。だから、自分なりの工夫をしてきただす」


ガンセキに見せたのは、小さな巾着袋。汚れているが、もとは高級品なのか、解れなどは見られない。


「なんです、それは?」


「懐炉だす。グレン殿のお陰で封熱土が沢山あるから、少し失敬させてもらっただす」


誇らしげな表情を浮かべていたが、ガンセキは苦笑い。


「それは油玉の素材だった気が……盗んだんですか?」


「人聞きが悪いだすよ。出世したら、何倍にでもして返すもん」


いつ出世するのかは不明だが、懐炉の説明をしたいようなので、ガンセキは黙って話を聞く。


「簡単にできるんだすよ。こうやって熱した石を入れるんだす」


長箸で焚き火台をほじくると、小石をつまみ地面に放る。巾着から取りだした容器を開ければ、中には封熱土が詰まっていた。


「少しコツがいるだす」


指で容器内の土を掻きだし、真ん中に穴をあける。次に魔力をまとい、熱を発する小石をそこに入れた。


「熱いだす」


「長箸を使えば良いじゃないですか」


小石を隠すように土をかぶせ、手の平でなんどか叩く。


「普段あまり使わないから、ちょっとした練習だす」


「ゼドさんも、魔力まといはするんですね」


溜息を一つ。雪は降っているが、息は白くならない。


「昔から魔法ほどの敵対心は持ってないだすよ。まあ最近は、そっちも薄れてはきただすが」


魔力まといを人内魔法と呼んでいるのは、赤の護衛を含めた一部の人間だけ。


「そういえば、グレンが世話になったそうで」


「久しぶりで楽しかっただす……悔しがってただすか?」


意地の悪い表情に肩をすくませて。


「それはもう」


「最初から勝てないと思ってる相手には、そうそう負けないだすよ」


もっとも格上とみられた記憶が、ゼドにはあまりなかったが。


「お前なら解ってると思うだすが、自分の真似させちゃダメだすよ」


魔力まといがなければ、身体能力に違いが出るのは必然。彼が今の体術になったのも、また自然な流れだった。


「グレン殿には内緒だすが、決定的な差はほとんどないだす。逃げ腰なほど、心理の操作が楽になるだす」


春といっても毎夜の雪は日陰となる位置に残っていた。ゼドは立ち上がると、そこに向けて歩きだす。


「魔力をまとっても、冷たいものは冷たいし、熱いものは熱いだす」


なんどか往復し、焚き火台の中に放る。長箸で良くかき混ぜ、火が消えたことを確認すると、手袋をして燃え屑を用意していた袋に移す。


「そこまでする人は、あまりいないのでは?」


「自分これでも神官みたいな一族の出だすから、意外と真面目なんだす。ということで……」


これを処分しといてと、袋をガンセキに渡す。


「神への敬意みたいなものですか?」


「良く解らないだすが、儀式とかで火を使ったら、こうやって片付けろって教わっただす」


水や土にも、決まった後始末があるとのこと。


「ずっと忘れてたけど、なんとなく今また、やりたくなっただす」


ガンセキに渡した袋を指さして。


「本当はそれにお祈りっていうか、ありがとうみたいなのしなきゃいけないんだすがね。面倒だから、ここで終わりだす」


使った物を片付けるのは下っ端の役割でもあり、上位の者も付きそう大切な儀式。



手にもった巾着袋。


「ちょっとだけど、暖かくなってきただす」


安心は手に伝わる温度か、それとも思い出か。暖かなそれを懐にしまい、焚き火台を手袋で拭いたのち、荷物に詰める。


「そろそろ行くだす」


荷馬車と共に旅立てば、自分が去ったことを誰かに知られる。



ガンセキは自身にかけた土の結界を再度まとい。


「これからの予定は?」


「本当はまた、あてのない旅に戻りたいのだすが、ピリカ殿の依頼を受けるだす」


居るのか居ないのか。そうするだけで、少なくとも敵対者への時間稼ぎにはなるだろう。


「問題がなければ、その内容を知りたいのですが?」


「中継地でグレン殿が依頼したのを、そのまま引き継ぐんだすよ。たぶん自分の部下たちは、今ごろ動いてるだすよ」


レンガの武具屋。


ゲイルについて。


「刻亀討伐が無事に終わったら、ジャグチで待ってるだす。とりあえず、二ヶ月くらいは欲しいだすね」


ジャグチという港町で、二ヶ月後に会う段取りを整えておく。


「王都へは海を渡らねば着けませんので、もともとそこは通る予定です」


ゼドは少し考えると、ガンセキの目を見て。


「信念旗には復国派。ギルドはどちらかと言えば安定派。治安維持軍には新国派ってのがついているだす」


責任者は一歩さがり。


「大丈夫なんですか、そんな情報を教えて」


「良くないだすが、いつかは関わってくるだすし」


数秒の沈黙。


「力関係は?」


「もう大体は把握できてるだすよね。組織それぞれの規模だすよ」


ギルド、治安維持軍、信念旗。


「勇者がどれにつくかで、安定派がどちらに流れるかに、少なからずの違いはあるだす。もっとも、役目は終えたと退(しりぞ)くのもいると思うだすが」


どんなに地位の高い生まれでも、病が発症することはある。


「信念旗の幹部とは話をつけただすが、まだ油断はならないだすし、安定派も約束が終わってる訳じゃないだす」


下手にバランスを崩せば、戦争を集結させまいと牙を向けてくる。


「新国派が目指すのは神さまの国だす。これにつくのが一番安全だすね」


復国は国の再興。恐らくかつて魔王の領域に存在していた国の思想だろう。


安定は役目。復国派との繋がりを考えるに、恐らく古代種族との約束。


「先二つは自分にも予想できるのですが……神の国というのは?」


もとより勇者一行はその存在に気づいていた。ギルドや治安維持軍など、こんな馬鹿げた規模の組織を成立させるなど、並の後ろ盾では不可能なのだから。


「良く解らないだす。自分で考えて欲しいだす」


管理。



勇者の案内人は薄手の外套をまとい、投槍を持つとその中に一部を隠す。


「今後なかなか機会がとれないから話しただすが、刻亀討伐が終わるまで、三人には黙っとくだすよ」


ガンセキはしばらく黙り込み。


「グレンにもですか?」


「これ以上悩みを増やさせてどうするんだすか」


ヒノキ山の方面を指さして。


「少しは集中させてあげるだす」


責任者は肩を落とし。


「頼りすぎという自覚はあります」


「頼られるのは嬉しいもんだすよ。それをこなせるだけの余裕と実力があれば」


ゼドはそう残すと、ガンセキを置いて歩きだす。


「途中まで、送りますよ」


「ついてきちゃダメだす。今から道中に使う封熱土を盗むだすから、ガンセキさん共犯になっちゃうだす」


困った人だと笑いながら。


「一仕事終えたら、どちらの方面から?」


「そうだすねぇ……秘密だす」


頭をさげ。


「お気をつけて」


「ガンセキも気をつけて帰るだすよ」


丸まった背中が見えなくなるまで、責任者は眺めていた。


・・

・・


下り坂の先。休息中の兵士たちを横目にゼドは進む。


賑やかな光景は少し落ち着いたようだが、眠りにつくにはまだ速く、それぞれが思い思いの時間を過ごす。



気づかれないようにするのではなく、気に留められないようにする。


巡視中の兵士ともなんどかすれ違うが、職務質問されるほど怪しい格好はしていない。



照明玉具に照らされた雪は、周囲の空気に触れてどこか暖かい。


「まったく、身体冷えちゃったじゃないか」


「女の子より長いなんて、グレンちゃんお風呂大好きなんじゃん」


青年は涙目で。


「うるさい! 俺の気も知らないでっ」


よほど恐ろしい事があったのか、青年は風呂屋を何度か見返している。



三人とすれ違う。


「どうしたの?」


少ししてアクアは振り返り、立ち止まった。


「あれ? 妖精さん?」


小首を傾げている。


「なにしてんだ、はやく行くぞ。今日はもう寝たいんだ」


まったく眠そうではなかった。


アクアは視線をもどし。


「なんでもないよ、行こっ」


小走りで二人のもとへ。


・・

・・


風呂屋を過ぎると照明玉具の数は減り、行き交う人も少なくなる。


それでも巡視の兵士から身を隠すような真似はしない。もとより勇者の案内人なので、堂々としたものだった。


やがて前方から、兵士が一人。


立ち止まらず、誰にでもそうする風に。


「お疲れだす」


兵士は立ち止まり、頭をかるく下げる。


二人はそれぞれの動作で、自然に交差した。


通り抜けざま、兵士は鞘から剣を抜き、そのままゼドの首に向けて一閃。


「これまた、珍しい」


鞘から放たれた一手を屈んで避け、身体を起こしながら相手の前腕をつかみ、背中側へと回り込んで固定する。


兵士の喉には、ナイフの刃が触れていた。



不意打ちを受けた瞬間、ゼドは迷いなく槍を捨てていた。


「そんなの捨てた方が良い、筋を痛めるだすよ」


捻りを強めるが、なぜか剣を手放さない。兵士は無表情で。


「お構いなく」


巡視が一人というのも変だったが。


「殺気は見事。でも、それの違和感が凄いだす」


式典などで使われる、切れ味優先の剣。


「これは、僕が唯一教わった(じゅつ)でして」


先ほどのようなすれ違いざま。座った状態など、すぐには抜けない位置からの斬りかかり。


または、そういった攻撃を退ける(すべ)


「ちゃんと、師は居たんだすね」


「愚かな師です。こんなもの、なんの役にもたたない」


この国には正座の文化はない。


「けっこう歴史は古いだすよ、その術。なんていうか忘れただすが」


「刀自体が衰退したいま、もうないようなものです」


一部ではその技術が宝玉具に活かせないかと、復興の兆しもある。


「価値がないなんて言っちゃだめだすよ。歴史的なものもあるから、残すこと自体に意味はあるだすし」


「実戦に活かせないものに、少なくとも僕は興味がありません」


彼が言いたいことは、ゼドにもよく理解はできる。


「師は剣術も優れていました。事実、助けられたとき、これだと確信しました」


しかし教えてくれたのは、無意味な術のみ。


「無力な者はなにもできません。危機が訪れても、ただ安全な場所に身を隠すだけ」


ここに隠れていれば安全だから。こちらから蓋をあけるまで、決して出てはいけない。


「魔物に対し、このような剣に意味はない」


待てども出入り口は開かず。痺れを切らして外へ出たときの光景を、故郷を未だ忘れられず。



自分の剣を、人々のために使いたい。


「それで、価値を見いだした剣術を磨いた今、なにか得るものはあったんだすか?」


なにもできなかった、無力な自分。



剣を捨てた者は、兵士を開放する。


あらためて、イザクはゼドと対峙した。捻られた前腕を気づかう動作はない。


「たぶん兵士さんの師匠は、剣術でなくそれを教えることに、なんらかの意味を見いだしたんだすよ」


無価値なものに、意味を求める。


「自分にも、答えは解らないだすが」


「すでに殺してしまったので、聞くすべは僕にもありません」


防がれると思っていたその一振り。


「そういえば不思議だったんだすよね。症状が進んでる割には、特有の臭いは薄いだす」


届いてしまった刃。


「なんとなく解っただす。兵士さんは自分でも、もう気づいているだすよね?」


気づいているから剣術ではなくて、ゼドにその術を向けてきた。


ただの兵士は肩を落とし、小さく息をつく。


ゼドに掴まれていた腕が痛いのか、顔をしかめる。



イザクは剣を鞘に帰すと、それを腰から外し。


「持っていってください」


渡そうと、腕を前にかざす。


拒もうと、顎を左右に動かす。


「探してみると良い。もっと相応しい人が、きっといる」


「もう、そんな時間はありません」


ゼドはこの相手を前に、眉間のしわを寄せて、ゆっくりと瞼を閉ざす。


「戦いの最中、意識を失うことはあるか」


「気づくと、戦っていた魔物が足もとに転がっています」


勇者の案内人は兵士の横を通り過ぎ、背中を向けたまま立ち止まる。


「頼みがあるだす」


「その願いを聞く前に、質問を良いでしょうか?」


ゼドとイザクには、決定的な違いがある。


「なぜ、魔力をまとわないのですか?」


先ほどの不意打ち返しにも、それはなかった。


「魔力による肉体の強化には若干のズレがあるだす。簡単に言うと、切れ味が悪くなるんだすよね」


「なるほど」


恐らくイザクは気づいている。肉体の強化による切れ味の低下は、そこまで戦いに影響しない。


「では、そちらの願いをお聞きします」


頭を掻きながら、顔だけをイザクの方に向け。


「最悪。自分がやろうと思ってたんだすが、ここ最近の兵士さんを観察していて、お願いしちゃおうかなと」


一点に響く。


「もし全部終わったとき、今みたいな感じだったら、殺気の技をつかって欲しいだす」


ゼドが指さしたのは空。


「そうですか。わかりました」


了承を得ると、完全にイザクの方を向き、深く頭をさげる。


「申し訳ない……ありがとう」


「もしそのような事態になれば、僕は最高に格好良いですね」


姿勢をもどし、相手に背を向けると。


「堂々としていられろば、まあ個人的にはそう感じるだすが」


「いっそ意識を手放したままであれば……きっと」


受け取ってもらえなかった剣を見て。


「両手剣に関しては、誰にも渡したくありません」


その瞬間を認識したことで、耐えるべき足場が固まり、心に余裕が生まれる。


「誰か探してみるのも、良いかも知れません。ですが、僅かな時間で、なにか残せるのでしょうか」


もう振り返ることもなく、歩きだす。


「兵士さんは師匠のこと、けっこうすぐに殺しちゃったんじゃないだすか?」


「確かに。一年ほどだったかと」


なぜ防がなかったのか。イザクはそれを自分に問い続けた。



ゼドはすこし微笑んで。


「やっぱ、ちゃんと教わってるじゃないだすか」


人々のために、自分の剣を。その目標のために、大切なこと。


聞こえているのかは不明だが、一応残しておく。


「兵士さん、人を殺したこと、あまりないだすよね」


その衝動を抑えるのが、どれだけ難しいことか。


・・

・・


数時間後。


道から外れた山の中。


すでに火炎団や兵士の気配もないため、そろそろちゃんとした場所を歩きたい。



投槍を背中に紐で縛りつけ、手足を使い急斜面をよじ登る。こういう時に限って、鼻の穴がムズムズする。


「鼻毛が憎いだす」


やがて斜面に伸びた木の幹に足を引っ掛けると、手袋を外して思う存分ほじくった。


「これは……ダメだすね」


今年の品評会(鼻クソ)には、良いのが出せそうにない。


「全部あの女の所為だす」


指で駄作を弾くと、次に両手を斜面に添え、土の守護領域を展開させる。


「よし」


喉が乾いているものの、水は最低限しか持ってきていない。


取り出したのは、酸味の強い果物の汁。一口舐めれば唾液が溢れだす。


「価値のない剣に意味を、か」


手袋を再び装着し。


「さて、いくだす」


雪の気配が心細さを増幅させるが、胸に抱いた懐炉の熱を頼りに、魔力をまとうと再び登り始めた。


その背筋は、丸まってなどいなかった。



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