表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
187/209

十話 もう一度

机の上に置かれた明かりは、玉具といえど薄暗い。扉が開き外の闇が入ってくれば、影が動いて光も形を変化させる。


「遅くなりました」


土の領域でグレンの所在を探っていたのか、ガンセキは得物の杭を腰に戻し。


「大変だったようだな」


「うわっ グレンちゃん汚い!」


なんども転ばされたから、服が土色に染まっていた。


「オルクの得物は片手槍、または槍だっつうことで、学びがてら手合わせしてました」


ここぞとばかりに、アクアは「ぷぷっ」と笑いながら。


「あれっ、もしかして君、こっぴどくやられたのかな?」


嬉しそうな表情に、うんざりした口調で。


「はいはい、負けましたよっ 体術に関しては、ボロ負けだ」


「……そうか」


いつもの苦笑い。


「しばらく寝不足になりそうです」


悔しいというのもあるが。


「小細工っつうか、小手先の技術が多い人でして。なんか、色々考えちまう」


もっと踏み込めていれば、もう少し流れを呼び込めたはず。


相手の視線を観察するのを、なんどか忘れていた。


守りに入っていたのに、なぜ自分から攻撃を仕掛けたのか。


攻めようと姿勢をつくった次の瞬間、気づけば拳が目前に迫っていた。あの現象はなんだ?


転ばされた時点で、もう急所に刃が触れている。だから転ばさる前に、転ばされることを想定した対策を。


いけると判断して、強めの一撃で攻めたから、別に焦ったという認識はない。あれはただ単に、自分の判断ミス。


他に知っている達人といえばギゼルだが、戦い方はけっこう違っていた。


「今やるべきこと全部放り投げて、今日の反省に集中してえ」


アクアは呆れた顔で。


「ちょっと、それ赤の護衛としてどうなのさ」


「気持ちは解らんでもないが、刻亀討伐が終わってからだな」


残念なことに修行好きは、グレンのそれに付き合いたい様子だった。


「やっぱゼドさんって、戦うの上手なんだねえ~」


「いやまぁ、差があることは予想してたんだけどよ。でもなんか、泥臭い戦い方する人だった」


剣豪というくらいだから、もっと手の届かない位置にいると考えていた。


「普段からダスさん、泥まみれだったけどね」


祈願所防衛。


「そういや、そうだったな」


弄ばれるように転ばされはしたが、それは華麗な物とは遠く感じた。


「そういう道を通って来たんだ。泥臭くもなるだろ」


負ければ反省して、対策を練り、工夫を重ねる。


「もし私なら、私なんかより、そういう人の方が信用できるけどな~」


「お前がそれ言っちゃ駄目だろ」


神に愛され、数々の力をもって産まれた者。


「違うもん、私がそれを皆に言うべきなんだよ」


セレスの発言が面白くないのか、グレンは仏頂面で。


「お前だって、お前なりの努力はしてきただろ」


授かった力の特徴を調べ、一つでも多く実戦に取り入れる。


「うん、だって皆が喜んでくれるから」


それが正しいと鵜呑みにし、自信にして、褒められるために修行をした。


「でもそういうのってね、ちょっとの陰口で挫けるもん」


「なにが違うのか俺には解かんねえけどな。あの人だって、根本は似たようなもんだろ?」


自分の剣を世界に認めさせる。


「ボクも良くわかんないけど、なんか違う気がするかな」


「少なくても私、グレンちゃんと始めて会ったとき、修行なんて止めちゃってたでしょ」


ガンセキには身に覚えがある。


「違いがあるとすれば、執念や執着とでも呼ぶべきか」


自分の価値を両親に示す。


「理由はあるんだろうけど、あれだけの腕……もったないっすよ」


魔族に対する貴重な戦力。


「全盛期のゼドさんすら、一対一は厳しいって言ってましたね」


「連中の属性は闇だからな」


黒は全ての色を塗りつぶす。


土地によって、影響を及ぼしている神には違いがある。


「本来の属性に加えて、どういう原理かは諸説あるが、別の属性も使ってくるんだ。本当に隙がない」


思い当たる節があるのか、セレスは咳払いをして。


「防御魔法がないのって、たしかに不便だもん」


協力して水魔法を使うようになって、最近は特にそう感じていた。


「まあ、魔力まといだけじゃ限界もあるしな」


炎の壁も物理には不向きで扱いが難しい。


「そういえば、魔獣具も別属性を扱えるか」


「俺のは魔力まといの魔獣でしたが、トントさんとこの猫は水属性ですからね」


グレンは出入り口から動こうと、一歩を踏みだす。


「ちょっと、入ってこないでよ、汚いじゃないか」


「あの……入らないと身体も拭けないんですが」


理不尽だとは本人の意見だが、それを認めてくれない者もいる。セレスは鼻をつまみながら。


「グレンちゃん臭い」


「失礼な、トイレのあとはちゃんと手を洗ってるぞ」


紙がなくて尻を満足に拭けないことはあったが。


「ところで、最後にお風呂入ったのいつさ?」


「そんな難しい質問、答えられるわけないだろ」


設備の手入れも必要だが、水や火は魔力があれば湧いてくる。


「一度くらい行ってくればどうだ」


「いや、ちょっと」


大勢で入るのは恥ずかしい。


「この時間は勤務交代の関係でそんなに利用者はいんぞ」


一・二時間も過ぎれば、一気に押し寄せてくるが。


「俺は身体拭くだけで良いですよ」


そう言って自分の意を通そうとするが、アクアは納得せず。


「ほら、いくよっ! 寂しいなら、ボクたちがついてってあげようじゃないか」


「いや、擦り傷があって、湯につかると痛いんだ」


もしかすると彼は、忙しくて入れないのではなく、単にお風呂があまり好きではないのかも知れない。


責任者は溜息を一つ。


「俺たちは勇者一行だ。それに信念旗や道剣士の件もある」


毎日は無理だとしても、決められた日時は貸し切りということで、上層部と話はついていた。


「体調の管理はできているのか?」


水が貴重な資源だった時代、風呂など一握りの特権だった。それでも、土地・国・文化によって違いはあるが、大衆浴場は確かにあった。


「今のところ、健康だと思いますけど」


「少なくとも、疲れは取れるがな」


今度はグレンが息をつく。


「わかりましたよ、行きますよ」


セレスはしかめっ面で。


「私たちの言うことは聞かない癖に」


「責任者の言うことは絶対かい?」


ガンセキさんなら、なんとかしてくれる。


「うるせえ」


グレンにとって前回の勇者一行は、最後の希望だった。


・・

・・


ここも夜空は美しい。だが村育ちの四人からすれば、見慣れた光景ともいえる。


「今日は月の光が強いんで、目が慣れろば明かりもいらないっすね」


一応右手に火を灯しているが、セレスとアクアは先行して歩いていた。


しばらく進めば、建物や幕も増えていく。巡視中の兵士もいるが、鎧を脱いた者たちも見受けられる。



配られた食事を摂る者や、補給された物品を整理する者。


土木作業で腰をやられたのか、後輩だかに腰を踏ませている者。


勇者一行の存在に気づき、姿勢を整えようとする者もいるが、一度崩れたそれは簡単には戻せない。



仕事で散々振るったはずなのに、上半身裸で木剣を握りしめ、チャンバラごっこにせいをだす者。それを囲み、賭事に興じる人々。


「兵士もやっぱ戦闘職ってこんか、良い身体してら」


発言が聞こえたのか、アクアは振り返ると。


「ちょっと、やめてよっ 君そっち系の人?」


セレスは人混みに縮こまりながらも、浮ついた口調で。


「うへへっ 私も戦闘職だよ」


グレンは唾を吐くと。


「お前はもうちっと鍛えたほうが良い。魔力まといと魔法に頼りすぎだ」


人内魔法の基礎。魔力まといは足し算というよりも、掛け算に近い。


「私もとが女だし、魔力まとい練習したほうが効果高いもん」


「土台が低くちゃ、大した数字にゃならねえんだよ」


アクアは首を傾げながら。


「でもボク、そんな困ったことないけどな」


本来、弓を絞るのは、かなりの力を必要とするが、魔力まといで補えている。


「けっきょくボクら人間じゃさ、単独と同等の身体能力を得るのは難しいんだよ」


魔力まといの熟練が高いグレンでも、力負けする魔物は多い。そもそも体格差、体重が違う。


「人の男と女くらいなら、魔力まといでもある程度は埋められるけど、やっぱ優先は魔法かな~」


炎放射や雷撃。氷の壁に岩の壁。


力勝負であれば、岩の腕なら単独とも渡り合える。


圧倒的な体格差の相手を、電撃で動きを鈍らせたり、氷による捕縛も可能とされていた。


「兵士は職業柄かも知れんな。鎧をまとっているだけでも、結構な負荷になる」


特に一般兵であれば、勤務中ずっと魔力をまとうのは難しい。移動中も険しい場所などを選んで使っているのだろう。


「土使いにいたっては、鍛錬なしで身体が出来てる者も多いがな」


やがて女二人は会話に興味を失ったのか、浴場に向けて足を急がせる。



残されたグレンとガンセキは、後も追わずにゆっくりと歩いていた。


「もっとも土台というのは、体格だけではないと思うが」


身体の使い方。


「アクアはともかく剣を得物とするんなら、重要だと思うんすがね」


グレンは少し寂しそうだった。


「そういうな。お前は普段一緒にいないから知らんと思うが、やるべきことはしている」


「確かに。それに関しちゃ、俺のほうが危ういっすね」


逆手重装・赤鉄。合間を見つけては、習得に向けての練習をしているが、状況はあまりよろしくない。


「一応、そこら辺の対策は練ってあるんですが、会議の結果しだいかと」


武の道は一日にしてならず。


「時間があるんなら俺も、いつかのゼドさんみたいな生き方に、少し興味がありますね」


「廃れても、根本は衰えずか。お前でも歯が立たなかったとなれば、やはり道を歩く者は危険だな」


グレンは立ち止まって構えを整えると、ガンセキに同じ動作を二度みせる。


「最初のは殴ることを目的とした横殴りで、次のが振り切ったあとの体当たりを狙ってます」


「違いはわからんな」


得意げな表情で。


「俺もそこら辺は気をつけてますんで。だけどゼドさんから言わせると、膝の動きに違いがあるらしいっす」


戦いの一瞬でそういったものを見極め、自分の持つ有効な小手先の技を選択し、確実に組み込んでくる。


無意識にそれを使ってくるのか、意図して狙ってくるのか。


「なるほどな。たしか……道着のなかには膝を隠すものもあったか」


武道袴


周りでは木剣で戦っている人間もいるのだから、こういったことをしていても、意外と二人は風景に溶け込んでいたのだろう。



遠くで声がきこえる。


「なにしてんのさ! お風呂嫌だからって、こんな所でダダこねちゃ駄目だよっ!」


注目をあびて恥ずかしいのか、グレンは顔を赤くして。


「行きましょう」


だがガンセキはその場から動かない。


「どうかしたんすか?」


「いや、お前と手合わせしたということは、もう怪我の方は大分良くなったということか」


普段からグレンは別行動をとっているが、その日なにがあったかは逐一報告している。


「あの人なら、骨折程度じゃ怯まず戦えそうですけどね」


ホウドとの対談により、セレス一行の考えを伝えた。


グレンにオルクの得物に関する情報を教えた。


到着してから今日まで、一行を狙う不審者を探り、今のところ大丈夫だとの知らせを責任者は受けている。


「道剣士はわからんが、少なくとも信念旗は彼を警戒しているだろう」


この砦でやるべきことは、すでに終えているのではないか。


「どうも、予感がしてな」


敵対者が動くとすれば、ゼドがいなくなってから。


「流石にそれは……いや、あの人なら」


ガンセキは腕を組んで考え込むと。


「魔王の領域で単独行動をしてたんだ」


腰から杭を抜き、グレンに渡す。


「風呂場には持ち込めんと思うが、もしなにかあれば、それに魔力を送れ。」


「俺も行きましょうか?」


顎を左右に振ると。


「お前は風呂に入っとけ。正直、かなり臭うぞ」


これからゼドを探すとなれば、彼の考えからして、兵士に護衛は頼めない。


一人で大丈夫ですか。


そう口から出そうになったが、自分も人のことは言えない。もっとも何かあれば、十体でも二十体でも、彼は大地の兵を召喚できる。


「二人には俺の方から伝えときますんで」


「ああ、頼んだぞ」


ガンセキは一度宿舎に戻るとのこと。




見送ったのち、グレンも浴場に向けて足を進める。


辺りは先ほどよりも、賑やかさを増していた。


勝敗が決したのか、歓声が飛び交っている。


腰痛持ちの兵士はお礼を言うとその場に座り、今度は肩が凝っていると主張を始めた。後輩は苦笑いを浮かべながらも、仕方ないなと手を伸ばす。


「もしかしたら、この日常の中にも」


疑いだしたら切りがない。



これから、ゼドに頼れなくなる。


案内人の仕事を終えたのち、彼は何処を目指すのだろうか。


最後まで見届けて欲しかったが、また別の役目に移らなければいけないのか。



グレンは溜息をつき。


「風呂……行きたくねえなぁ」


空を見上げれば、思いだすのは今日の出来事。


「ちくしょう、勝ち逃げかよ」


許されるなら、あの一時を

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ