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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
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八話 悪事の数々

先日の刻亀偵察において、ガンセキは実物をみていない。だが三人の得た情報から、大体の姿形は把握できた。


場所は勇者一行に用意された宿舎。


「こんなとこっすかね」


「……なるほどな」


わずか数分の偵察時間だが、その役目を請け負ったのはグレンだった。ログからの情報に、幾つか追加と修正を。それに加え四人の訓練内容をガンセキが改める。



木製の窓からは青白い光が室内に入り込み、一行の身体を照らす。セレスは椅子の背にもたれ。


「ふえぇ~ 朝なのに疲れちゃったあ」


口調はふざけているが、疲労の色は隠せていない。


これは四人での話し合い。聞いていただけでなく、彼女たちも参加していた。


「いきなりじゃなくてさ、ちゃんと見たから、いよいよ実感が湧いてきたよ」


「本当はもうちっと時間が欲しいんだけど、そろそろここの維持も限界なんじゃねえか?」


責任者は「うむ」と頷くと、机に両手の平を置き。


「そもそも今日まで持ち堪えられたのは、火炎団の協力があってこそだ」


肉体的にはまだ余裕があったとしても、精神が悲鳴をあげている現状。


「明日か明後日には、ホウドさんより会議の招集があると考えた方が良いか」


作戦決行の正確な日時。そして火炎団にとって、運命の分かれ道。



アクアは窓から外を覗き。


「こうやって眺めるとさ、すごく平和なんだけど、やっぱ厳しいんだね」


「人づてに得た情報だけでなく、実際に接触したグレンの印象を踏まえても、トントさんはそこまで求心力はない」


今にも崩れそうな団員たちの精神を支えている柱。


「一ノ朱火長……クエルポさんっすか?」


「お前もまだ、会ってはいないんだよな」


ガンセキたちは基本三人行動。火炎団とのパイプ役はグレンだった。


「はい。ペルデルさんの話だと、ヘンティルさんかスウニョさんあたりが、俺らと関わらせないようにしてるそうです」


「性格に難ありだと考えれば、団員たちの心の支えという点に矛盾が生じるんだがな」


実際に会ったトントの人物像は、事前の情報とは違っていた。


「たぶん性格そのものはあんま関係ないんすよ。その人が、なにをやって来たかが重要なんじゃ」


炎使い以外の入団は認めない。


どのような状況でも、各自指定された色の布を身体に巻け。


恐らくこれ以外にも、一行が知らないだけで、理不尽な決まりをトントは団員に背負わしている。


「誰かさんも性格は難ありだけど、なんだかんだでガンセキさんの信頼は厚いもんね~」


「まあ、お前よりは心が綺麗だしな」


純真無垢なグレンに対し、セレスは「ぶー」としかめっ面を向ける。


どうどうと勇者を宥め(なだめ)たのち、赤の護衛は席を立つ。


「今日も笛の練習かい?」


振り返ったアクアの表情は、相手を馬鹿にしたものだった。


「うるせえ、日課の散歩だよ」


「少しは上手になった? はやく聴きたいな~」


こちらは純粋に楽しみにしている様子。


「まあ曲によってはそれでも良いんだがよ、俺が今習ってんのは、あんま喜ばしい場面で流すもんじゃねえんだ」


子守唄としてではなく、本来の意味での演奏を学んでいた。


ふと思い出したのか、グレンの背中を見て。


「ゼドさんがお前に用事があるらしい。夕方、第ニ演習場に来て欲しいとのことだ」


「なんすか?」


ガンセキは身振り手振りで、要件は自分にも解らないと伝える。


「そろそろ調子が戻ってきたそうだ」


雪の降る山。祈願所の防衛において、彼は負傷していた。


「もうじき出発っすか。あの人がいなくなるってことは、警戒も今まで以上に蜜にしねえと」


ヒノキに到着してから今日まで、グレンは一度もゼドに会っていない。


「できれば俺も同行したいんだが、本人から拒否された。場所が場所だ、あの辺りは夕方となれば人も疎らだからな、一応気をつけておけよ」


誰よりも信頼する相手だとしても、道を歩く剣士を信用しないとの方針は、ガンセキも守っていた。



セレスは机に伏せ。


「ゼドさんそろそろ行っちゃうのか~」


「最後まで良く解かんない人だったよ。けっきょくの所、すごいのかい?」


一般に知れ渡る神話では、最低の行いをした神として、ツルギを蔑む人も多い。


「今も昔も。誰よりも、勇者のために戦ってくれた人だ」


セレスは顔をあげると。


「そっか……でも、違うかな」


気づけば、すでにグレンは宿舎を後にしていた。



納得したのか、責任者は「そうだな」とうなずいて。


「だからこそ、あいつを選んだわけだ」


ギゼルと同じように。



ガンセキは苦笑い。


「俺も……」


そうありたかった。


・・

・・


カフンはすでに滅びているが、とても歴史の深い村だった。当時の村人は刻亀により散ってしまったので、正確な文献はつかめないが、成り立ちは人類の黄昏以前だと伝えられている。


勇者の宿舎は山側ではないが、そっちより。


二足歩行は当然として、四足の魔物でも移動は避ける場所がある。山の麓となれば外壁も内壁も、全てを囲うのは地形からして困難だったようだ。


弓や一点放射を放てる場所を設置するなど、一応の対策を立てていた。


「なにやってるんすか、あれ?」


「明火長さん指導のもと、魔法陣を描いてんだよ。まぁ、レンガにも専門家はいんだけど、あの人がいてえがった」


この時間にこの場所で。日課の散歩か、それとも見回りかは不明だが、結構な確率でホウドと遭遇していた。


今日もまた、これまでどおり言葉を交わす。


「失礼かも知れないんですが、基本的にホウドさんは普段なにをやってるんですか?」


「ワシより偉い連中の顔色をうかがいながら、兵士どもの顔色をうかがってんねぇ」


次男はお偉いさんよりも、部下を優先させた。


末男は部下よりも、お偉いさんを優先させた。


「どんなに出世しても、上には上がいるんすね」


「会ったこともないんだがねぇ、すごいのがいるらしいよ。なんでもよぉ、年取らないんだって」


都市伝説のような馬鹿話。


「そりゃ凄いっすね。雪魔法かなんかの使い手っすか?」


「もしかしたら、赤の護衛さまのご先祖かもねぇ。そんでさ、初代勇者一行の護衛とかだったら、なんか浪漫があらぁな」


うっすらと鳥肌が立っていた。


「そんな得体の知れない化物、いたら怖いんすけど」


「意外ともう会ってたりして……なんつってなぁ」


溜息を一つ。


「止めてくださいよ」


「そんでねぇ、ワシの天敵なんよ。そいつ」


なにが言いたいのか、良くわからない。


「俺も一応、赤の護衛っすよ。なんか意味があるんじゃないかって、勘ぐりますからね」


「どんなとこにも強い弱いはあるけど、派閥ってもんがあってさ。そういうのに所属しんと、後ろ盾のないワシなんて微魔小物よぉ」


ログとの会話と同じ感じがしていた。


「でもねぇ、結局は駄目だった。ワシ村の出身だし、うんと馬鹿にされてねぇ」


弱者は考えた。


「だがまぁ理由あってさ、偉くなりたかったんよ。だからねぇ、同じ弱者集めて自分の派閥つくった」


「そんな上手くいくもんなんですか?」


初老の兵士は顎を左右に振る。


「そりゃなんでもしたさ。自分の位置を守るためなら、けっこうえげつないことも出来ちまったい」


「なるほど……んで、得た地位が属性大隊長ですか?」


老人は失笑する。


「今じゃ上にも下にも良い顔しなきゃいけねぇ爺だわ。嫁さんも精神病んで死んじまって、本当になにしたかったんかねぇ」


「やり直したいっすか」


子供も嫁も、家族を犠牲にした糞爺。


「無理だからさ、そいつワシの天敵なんだぃ」


「そうっすか」


最近の日課で、グレンは初老の兵士から朝飯を受け取る。


「あの兄さんに教えてもらったよ。赤の護衛さまんとこの勇者さまには、ワシら期待してっから」


「誰ですか? その兄さんって」


返事はない。兵士はグレンの肩をなでると、その場から離れていった。



グレンはしばし老いた背中を見つめる。


兵士は立ち止まる。


「ワシね、治安維持軍って嫌いなんよ。あいつらの根本ってさぁ、けっきょくは人の間引きしか考えてねぇ」


「でも連中がいなけりゃ、レンガは守れないんじゃ」


老人は振り返り、始めて真っ直ぐに相手を見る。


「そうだねぇ。ありゃ、絶対に敵にしちゃいけんよ……して、必要悪って奴かい?」


「悪は悪ですよ」


悪だからと、裁けないのが人の常。


・・

・・


内壁の扉が上がれば、少しして夜の戦いを終えた者たちが帰ってくる。それでも入れ替わりには一・二時間ほどかかるため、その間は門があいている。


トントの準備が終わるのを待って、二人は笛の練習のため歩きだす。



場所は内壁と外壁のあいだ。グレンは一方を指さし。


「今日もあそこで良いっすか?」


小さな丘の上には木。その周囲は荒れた畑。二人が進む道は、そこの脇を通っている。


「そうさな」


左腕の水袋を肩に背負う。



いつもの場所に腰をおろし、いつものように朝飯を二人で食べる。


似合わないが、神への祈りを欠かさないトントは、無言で握り飯を頬張る。


グレンは勝手に喋りだす。


「その魔獣具には、呪いとかってないんすか?」


返事がないことは解っていたため、焦らず自分も飯を食べる。



数分後。


「こいつは元々盾国に生息してた魔獣だ。あの国と面した都市は魔物具が盛んだし、そこの職人に依頼したんだ」


直接の依頼は難しいとしても、武具屋などの組合を通せば難しくない。そもそもトントが持ち込んだのは、魔獣の素材だった。


「まあ、色々と話は聞いたし、職人も頑張ってくれてな。そういった呪いの類は上手く抑えてくれてた」


グレンは魔獣具の名工と知り合いだった。


「でも魔獣具ってのは、呪いを受け入れてこそなんじゃ」


「なんだお前、あの爺さん知ってんのか?」


右肩を指さして。


「俺もこいつにちっと違和感があってな、名工を訪ねたわけだ」


狂気のログに金を払い、魔獣具の調整をしてもらう。


トントは右の肩当てに手を添えて。


「爺さんの話しだと、もう十分な代償を払ってるから、こいつは俺に呪いを背負わす気がないんだとさ」


「……そうっすか」


ここ数日の付き合いで、彼の笛に対する情熱は嫌なほど伝わっていたから、呪いがないことに羨ましいとは言えなかった。



水で手を洗い、布で良く拭いたのち、トントから楽譜を受け取る。


「たぶん明日か明後日には、ホウドさんから会議の招集がかかると思います」


「そうか」


今日までそれとなく、自分たちの企みはフエゴあたりに伝えていた。


グレンは楽譜をひらき、それを見えやすい位置におく。


「俺にはあんたにできること、これくらいしか思いつかねえ」


恩を仇で返す。


「なんの話ししてんだ?」


気づいていないのか。それともフエゴや仲間から、なにも聞かされていないのか。


「この楽譜ってすごいっすよね。音楽をこうやって残せるんですから」


もしくは、気づきたくないだけか。


「でもな、口からじゃねえと、伝えられないことだってあるんだ。この曲に込められた、本来の意味だって、俺が師匠から直接学んだ話だ」


文章では駄目だったのか。


「俺……笛の才能ないっすよね?」


「んなこと最初から承知だっつうの。良いから、練習始めんぞ」


グレンは頷くと、借り物の笛を両手に持つ。




小さな丘の上。


木の下に影二つ。


今日も下手くそな音色が響く。

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