八話 悪事の数々
先日の刻亀偵察において、ガンセキは実物をみていない。だが三人の得た情報から、大体の姿形は把握できた。
場所は勇者一行に用意された宿舎。
「こんなとこっすかね」
「……なるほどな」
わずか数分の偵察時間だが、その役目を請け負ったのはグレンだった。ログからの情報に、幾つか追加と修正を。それに加え四人の訓練内容をガンセキが改める。
木製の窓からは青白い光が室内に入り込み、一行の身体を照らす。セレスは椅子の背にもたれ。
「ふえぇ~ 朝なのに疲れちゃったあ」
口調はふざけているが、疲労の色は隠せていない。
これは四人での話し合い。聞いていただけでなく、彼女たちも参加していた。
「いきなりじゃなくてさ、ちゃんと見たから、いよいよ実感が湧いてきたよ」
「本当はもうちっと時間が欲しいんだけど、そろそろここの維持も限界なんじゃねえか?」
責任者は「うむ」と頷くと、机に両手の平を置き。
「そもそも今日まで持ち堪えられたのは、火炎団の協力があってこそだ」
肉体的にはまだ余裕があったとしても、精神が悲鳴をあげている現状。
「明日か明後日には、ホウドさんより会議の招集があると考えた方が良いか」
作戦決行の正確な日時。そして火炎団にとって、運命の分かれ道。
アクアは窓から外を覗き。
「こうやって眺めるとさ、すごく平和なんだけど、やっぱ厳しいんだね」
「人づてに得た情報だけでなく、実際に接触したグレンの印象を踏まえても、トントさんはそこまで求心力はない」
今にも崩れそうな団員たちの精神を支えている柱。
「一ノ朱火長……クエルポさんっすか?」
「お前もまだ、会ってはいないんだよな」
ガンセキたちは基本三人行動。火炎団とのパイプ役はグレンだった。
「はい。ペルデルさんの話だと、ヘンティルさんかスウニョさんあたりが、俺らと関わらせないようにしてるそうです」
「性格に難ありだと考えれば、団員たちの心の支えという点に矛盾が生じるんだがな」
実際に会ったトントの人物像は、事前の情報とは違っていた。
「たぶん性格そのものはあんま関係ないんすよ。その人が、なにをやって来たかが重要なんじゃ」
炎使い以外の入団は認めない。
どのような状況でも、各自指定された色の布を身体に巻け。
恐らくこれ以外にも、一行が知らないだけで、理不尽な決まりをトントは団員に背負わしている。
「誰かさんも性格は難ありだけど、なんだかんだでガンセキさんの信頼は厚いもんね~」
「まあ、お前よりは心が綺麗だしな」
純真無垢なグレンに対し、セレスは「ぶー」としかめっ面を向ける。
どうどうと勇者を宥め(なだめ)たのち、赤の護衛は席を立つ。
「今日も笛の練習かい?」
振り返ったアクアの表情は、相手を馬鹿にしたものだった。
「うるせえ、日課の散歩だよ」
「少しは上手になった? はやく聴きたいな~」
こちらは純粋に楽しみにしている様子。
「まあ曲によってはそれでも良いんだがよ、俺が今習ってんのは、あんま喜ばしい場面で流すもんじゃねえんだ」
子守唄としてではなく、本来の意味での演奏を学んでいた。
ふと思い出したのか、グレンの背中を見て。
「ゼドさんがお前に用事があるらしい。夕方、第ニ演習場に来て欲しいとのことだ」
「なんすか?」
ガンセキは身振り手振りで、要件は自分にも解らないと伝える。
「そろそろ調子が戻ってきたそうだ」
雪の降る山。祈願所の防衛において、彼は負傷していた。
「もうじき出発っすか。あの人がいなくなるってことは、警戒も今まで以上に蜜にしねえと」
ヒノキに到着してから今日まで、グレンは一度もゼドに会っていない。
「できれば俺も同行したいんだが、本人から拒否された。場所が場所だ、あの辺りは夕方となれば人も疎らだからな、一応気をつけておけよ」
誰よりも信頼する相手だとしても、道を歩く剣士を信用しないとの方針は、ガンセキも守っていた。
セレスは机に伏せ。
「ゼドさんそろそろ行っちゃうのか~」
「最後まで良く解かんない人だったよ。けっきょくの所、すごいのかい?」
一般に知れ渡る神話では、最低の行いをした神として、ツルギを蔑む人も多い。
「今も昔も。誰よりも、勇者のために戦ってくれた人だ」
セレスは顔をあげると。
「そっか……でも、違うかな」
気づけば、すでにグレンは宿舎を後にしていた。
納得したのか、責任者は「そうだな」とうなずいて。
「だからこそ、あいつを選んだわけだ」
ギゼルと同じように。
ガンセキは苦笑い。
「俺も……」
そうありたかった。
・・
・・
カフンはすでに滅びているが、とても歴史の深い村だった。当時の村人は刻亀により散ってしまったので、正確な文献はつかめないが、成り立ちは人類の黄昏以前だと伝えられている。
勇者の宿舎は山側ではないが、そっちより。
二足歩行は当然として、四足の魔物でも移動は避ける場所がある。山の麓となれば外壁も内壁も、全てを囲うのは地形からして困難だったようだ。
弓や一点放射を放てる場所を設置するなど、一応の対策を立てていた。
「なにやってるんすか、あれ?」
「明火長さん指導のもと、魔法陣を描いてんだよ。まぁ、レンガにも専門家はいんだけど、あの人がいてえがった」
この時間にこの場所で。日課の散歩か、それとも見回りかは不明だが、結構な確率でホウドと遭遇していた。
今日もまた、これまでどおり言葉を交わす。
「失礼かも知れないんですが、基本的にホウドさんは普段なにをやってるんですか?」
「ワシより偉い連中の顔色をうかがいながら、兵士どもの顔色をうかがってんねぇ」
次男はお偉いさんよりも、部下を優先させた。
末男は部下よりも、お偉いさんを優先させた。
「どんなに出世しても、上には上がいるんすね」
「会ったこともないんだがねぇ、すごいのがいるらしいよ。なんでもよぉ、年取らないんだって」
都市伝説のような馬鹿話。
「そりゃ凄いっすね。雪魔法かなんかの使い手っすか?」
「もしかしたら、赤の護衛さまのご先祖かもねぇ。そんでさ、初代勇者一行の護衛とかだったら、なんか浪漫があらぁな」
うっすらと鳥肌が立っていた。
「そんな得体の知れない化物、いたら怖いんすけど」
「意外ともう会ってたりして……なんつってなぁ」
溜息を一つ。
「止めてくださいよ」
「そんでねぇ、ワシの天敵なんよ。そいつ」
なにが言いたいのか、良くわからない。
「俺も一応、赤の護衛っすよ。なんか意味があるんじゃないかって、勘ぐりますからね」
「どんなとこにも強い弱いはあるけど、派閥ってもんがあってさ。そういうのに所属しんと、後ろ盾のないワシなんて微魔小物よぉ」
ログとの会話と同じ感じがしていた。
「でもねぇ、結局は駄目だった。ワシ村の出身だし、うんと馬鹿にされてねぇ」
弱者は考えた。
「だがまぁ理由あってさ、偉くなりたかったんよ。だからねぇ、同じ弱者集めて自分の派閥つくった」
「そんな上手くいくもんなんですか?」
初老の兵士は顎を左右に振る。
「そりゃなんでもしたさ。自分の位置を守るためなら、けっこうえげつないことも出来ちまったい」
「なるほど……んで、得た地位が属性大隊長ですか?」
老人は失笑する。
「今じゃ上にも下にも良い顔しなきゃいけねぇ爺だわ。嫁さんも精神病んで死んじまって、本当になにしたかったんかねぇ」
「やり直したいっすか」
子供も嫁も、家族を犠牲にした糞爺。
「無理だからさ、そいつワシの天敵なんだぃ」
「そうっすか」
最近の日課で、グレンは初老の兵士から朝飯を受け取る。
「あの兄さんに教えてもらったよ。赤の護衛さまんとこの勇者さまには、ワシら期待してっから」
「誰ですか? その兄さんって」
返事はない。兵士はグレンの肩をなでると、その場から離れていった。
グレンはしばし老いた背中を見つめる。
兵士は立ち止まる。
「ワシね、治安維持軍って嫌いなんよ。あいつらの根本ってさぁ、けっきょくは人の間引きしか考えてねぇ」
「でも連中がいなけりゃ、レンガは守れないんじゃ」
老人は振り返り、始めて真っ直ぐに相手を見る。
「そうだねぇ。ありゃ、絶対に敵にしちゃいけんよ……して、必要悪って奴かい?」
「悪は悪ですよ」
悪だからと、裁けないのが人の常。
・・
・・
内壁の扉が上がれば、少しして夜の戦いを終えた者たちが帰ってくる。それでも入れ替わりには一・二時間ほどかかるため、その間は門があいている。
トントの準備が終わるのを待って、二人は笛の練習のため歩きだす。
場所は内壁と外壁のあいだ。グレンは一方を指さし。
「今日もあそこで良いっすか?」
小さな丘の上には木。その周囲は荒れた畑。二人が進む道は、そこの脇を通っている。
「そうさな」
左腕の水袋を肩に背負う。
いつもの場所に腰をおろし、いつものように朝飯を二人で食べる。
似合わないが、神への祈りを欠かさないトントは、無言で握り飯を頬張る。
グレンは勝手に喋りだす。
「その魔獣具には、呪いとかってないんすか?」
返事がないことは解っていたため、焦らず自分も飯を食べる。
数分後。
「こいつは元々盾国に生息してた魔獣だ。あの国と面した都市は魔物具が盛んだし、そこの職人に依頼したんだ」
直接の依頼は難しいとしても、武具屋などの組合を通せば難しくない。そもそもトントが持ち込んだのは、魔獣の素材だった。
「まあ、色々と話は聞いたし、職人も頑張ってくれてな。そういった呪いの類は上手く抑えてくれてた」
グレンは魔獣具の名工と知り合いだった。
「でも魔獣具ってのは、呪いを受け入れてこそなんじゃ」
「なんだお前、あの爺さん知ってんのか?」
右肩を指さして。
「俺もこいつにちっと違和感があってな、名工を訪ねたわけだ」
狂気のログに金を払い、魔獣具の調整をしてもらう。
トントは右の肩当てに手を添えて。
「爺さんの話しだと、もう十分な代償を払ってるから、こいつは俺に呪いを背負わす気がないんだとさ」
「……そうっすか」
ここ数日の付き合いで、彼の笛に対する情熱は嫌なほど伝わっていたから、呪いがないことに羨ましいとは言えなかった。
水で手を洗い、布で良く拭いたのち、トントから楽譜を受け取る。
「たぶん明日か明後日には、ホウドさんから会議の招集がかかると思います」
「そうか」
今日までそれとなく、自分たちの企みはフエゴあたりに伝えていた。
グレンは楽譜をひらき、それを見えやすい位置におく。
「俺にはあんたにできること、これくらいしか思いつかねえ」
恩を仇で返す。
「なんの話ししてんだ?」
気づいていないのか。それともフエゴや仲間から、なにも聞かされていないのか。
「この楽譜ってすごいっすよね。音楽をこうやって残せるんですから」
もしくは、気づきたくないだけか。
「でもな、口からじゃねえと、伝えられないことだってあるんだ。この曲に込められた、本来の意味だって、俺が師匠から直接学んだ話だ」
文章では駄目だったのか。
「俺……笛の才能ないっすよね?」
「んなこと最初から承知だっつうの。良いから、練習始めんぞ」
グレンは頷くと、借り物の笛を両手に持つ。
小さな丘の上。
木の下に影二つ。
今日も下手くそな音色が響く。