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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
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七話 いつかの花畑にて

力馬ルートはカフン到着に九日を要した。一方の荷馬車がヒノキにたどり着いたのは、十四日目の夕方。


遭難により二日ほど遅れたため、グレンが到着した三日後ということになる。


物資の輸送としては、かなり困難な数字かと思うが、実際には中継地とそこまで離れている訳ではない。荷馬車を走らせることができたなら、この日数はもっと縮まっていただろう。


昼夜襲ってくる魔物に、舗装(ほそう)が不十分な道。刻亀討伐において、最大の難所はこの二つ。


魔物であれば兵士や火炎団が受け持てるが、道を用意するには専門の職人が必要だった。



ヒノキ山の開拓。力仕事だけなら一般兵でも事足りるが、現場の指揮を採るのはこの道のプロ。


下手に木を切れば、それが土砂崩れの原因になることもあるため、地盤の調査は専門職に任される。


枝を落とし、地面に光を当てる。この作業もちゃんとした技術が必要とされていた。


本来しっかりとした道を作るには、兵士では役不足な面も多いが、最低限の教えは受けていたのだろう。手入れされた山というのは、それだけで雰囲気が違ってくる。


・・

・・


少しずつ昔の姿を取り戻す山中を、勇者一行は属性兵の先導に従って進んでいた。


開拓と言っても、そこまでちゃんとした道はない。


「ここら辺から、足場が悪くなってくるの」


メモリアは歩く速度を落とす。今この瞬間も、朱火の面々が魔物と戦っており、勇者一行を守っていた。


「ずっと俺らの練習に付き合ってたわけじゃないんすね」


「一応上からの命令だから、文句は言えないの」


もしもの時は、イザク分隊と力を合わせる。


兵士側には勇者一行の考えがすでに伝わっていた。


「でも本来の役目はこっちだし、下見くらいしとかないと」


本番。刻亀との戦闘中、魔物の接近を防ぐ。前線拠点の防衛。


魔獣王ヒノキ。一度火がつけば、そこに魔獣がいたとしても、接近してくる化物が確認されている。


「君と同じでさ、メモリアさんたちだって居ない時もあったよ」


グレンはイザクらと油玉を量産している。


「こんなことなら、フィエルさん抜けないで欲しかったの」


現状。分隊をまとめているのはイザクでなく彼女だった。


「なんかすんませんね」


気まずそうな謝罪に恨めしそうな視線を向けながらも。


「別に良いです、ある程度は慣れてきたので。最初はすごくちゃんとした人だと思ったのに」


腰袋から話題の物を取りだすと。


「迷惑をかけてるぶん、本番ではきっと役立つはずなんで」


イザクも無駄事で離れているわけではなかった。


「ご理解を頂けると助かります」


彼女にとってグレンの最初の印象は怖い人だった。しかしそれなりの付き合いを重ねたことで、糞真面目な青年だと今は感じている。


「姐さんだってそこら辺はわかってんだなぁ。ただよ、分隊長……なんか戦うこと避けてんだな」


ボルガは勘が鋭い。狂戦士、または狂化種との違いがあるとすれば、恐らくこの点が上げられる。




触れてはいけないと無意識に感じたのか、グレンは鼻で周囲を探りながら、話題を別の方向へとそらす。


「この山って、群れの魔物ほとんど居ないっすよね」


単独も小さな群れをなすことはあるが、ヒノキのそれは本当の意味で単独だった。


アクアは気持ち悪そうに辺りを見渡す。


「なんかさ、あの集落跡に雰囲気が似てる」


セレスはボルガの背中を見ながら。


「闇が勝ってる」


興味があるのか、責任者は自分たちが歩いてきた方角を見て。


「聴いた話によると、カフンが砦としての体を成す前は、もっと酷い状況だったそうだな」


「神さま側が押し返してきたってことっすか?」


ヒノキ山開拓の狙い。神と闇の戦況によって、人と魔のそれも左右される。


・・

・・


砦を出発して一時間半ほどが過ぎた。周囲の木々はまだ人の手が加わってなく、どこか薄暗い。


かなり急な傾斜であり、手足を使いながら登っていく。


雑草は湿っている。地面が剥きだしのカ所や、木の表面は苔で覆われていた。


どこかで、魔物の断末魔が鳴っている。


「お待ちしてました。ここからは俺が案内させてもらう」


「あとは任せるの、なにげに緊張しちゃった」


ここからメモリアたちは別行動となる。カフンまでの道のりを考えれば、そうでもないと思うのだが、ボルガに肩を揉ませていた。


「すごい久しぶりな気がするっすね」


猿との戦い以来だが、時間とすればほんの数日前。


「なんか、色々と悪かったな。謝らせてください」


恐らく無意識だと思うのだが、彼の喋り方は敬語とタメ口が混ざっているのが特徴だった。


「ああ、手紙のこといってるんすか? あれは本来そういった用途に使うもんなんで、気にしなくて良いっすよ」


「そうだよ、悪いのは全部こいつなんだ!」


セレスがうんうんとうなずいてる。グレンはアクアの指を払い退けると。


「人に向かって指をさすんじゃねえ、あと大声だすなよ」


「でもどちらにせよ、私たち荷物あさってたし、ペルデルさんは悪くないよ」


コガラシ・イザク分隊は一般と属性だが、兵士のなかでは優秀の部類に入っている。もっとも属性分隊に限って言えば、メモリアの力量によるところが大きいが。


「ペルデルさんの班が、ここを受け持つんすか」


「いや、まだそこら辺は決まってないんだけどな。正直、うちだけでは厳しいかも知れませんね」


案内程度であれば問題はないとのこと。



ペルデルの背後には洞窟の出入り口。いや、人工なため隧道(ずいどう)とでも呼ぶべきか。


責任者は穴の一部に触れながら。


「一ノ朱火長殿は来られてませんか?」


振り返り、相手に対して失礼のない姿勢をつくる。


「はい。うちのお偉いさんの方針でして、極力関わらせないようにと」


「できれば一度、挨拶くらいはすませたいのですが」


勇者一行の目的は初代団員の五名であるからして、その人物は外せない。


「俺からはなんとも。一応は伝えておきますが」


「なんかあんた、面倒な役どころだな」


ペルデルは溜息を一つ。


「誰のせいだと思ってるんだ」


アクアがグレンの脇腹を肘で小突く。


「ほら、ちゃんと謝りなよ」


謝罪はしても良いのだが、小娘がなんかムカつくため、相手のつむじを強く押したのち。


「ご迷惑おかけしてます」


痛かったのか、アクアは頭をさすっていた。



セレスはアホ面で隧道を覗きながら。


「ふへぇ~ まっくらだ~」


力の抜ける声だったが、ペルデルも本来の役目を思い出したようで。


「一応内部に魔物の反応はありませんが、足場が悪いので注意して歩いてください」


班員はペルデル含め4人ほど。彼らに守られながら、暗闇へと足を踏み入れる。


・・

・・


班長は足型の炎使いのため、明かり役にはあまり向かない。


グレンや他の団員の火を頼りに、足を進めていた。


「人工にしては、明かり置きみたいなのはないんすね」


木組みで補強されているが、少し心もとない。簡単な補修はされているようだが、落ちてくる水滴が不安を(あお)る。


「まあ、今となっちゃ俺らがいますしね。そう言うのも不要か」


ここは大昔の人間が掘った場所。壁に小さな穴があれば、そこに火を入れたのだと予想もできるが、それらしき痕跡は見当たらない。



ガンセキは壁の一部を指差すと。


「一定の間隔で杭が打ち付けられているだろ。こういう所は大概、共振明石の採石場じゃないのか?」


腰からハンマーを取りだすと、杭に近づく。


「ええ、たぶんその積りだったんでしょうね。だけど残念ながら、ここのは質が悪いんだ」


削ると効果が薄れてしまう。


ガンセキは「なるほど」と頷くと、手に持ったハンマーを振り上げて。


「すみませんが、明かりを消してもらえますか? コツがいるらしいので、上手くいくか解りませんが」


振り下ろしたハンマーは、見事杭に命中するが、音が響くだけで変化は見られない。


「ガンセキさん、なにしたいかわかんないけど、暗いの怖いよ~」


明かりが消えてなにも見えないが、アクアの背後にしがみついているのだろう。


「少し待て、もう一回やってみる」


「力を入れないで、得物の重さだけで振ると良いかと」


団員の一人が経験者だったようで、簡単なコツを教えてくれた。


「ありがとうございます……ではっ!」


ハンマーが当たり音が鳴る。


音速ではないが、杭を中心に光が広がっていく。


「ふへぇ~」


小さな背中に隠れながらも、擬似の星空に瞳が輝く。


「うわぁ 綺麗だね……すごいや」


「アクアさんの方がキレイですよ」


心のこもってない褒め言葉に腹が立ったのか、グレンの靴を踏みつける。


「グレンちゃん、私は?」


「キレイキレイ。でも俺の心の方が、もっと綺麗だわ」


相変わらず適当な返事だが、セレスは偽の夜空を眺めていた。


「まあ見た目は綺麗なんだけど、これが質の悪さを証明してるんだ。良い物だと、こういう風に(まば)らにはならんそうです」


ペルデルが無粋な説明をするが、二人は気にせず見入っていた。


「だが歩く分には問題ないな」


次の杭にたどり着く頃、あたりの光は消えていき、再び世界は闇に包まれる。


・・

・・


真っ直ぐではなかったが、距離としては六十mほど進んだか。杭を叩いたのは四回ほど。


曲がった先。一団の視界に太陽の光が映る。


「うわっ! まぶしぃ~」


セレスは手で視界を隠す。



その先に待ち構えていたのは刻亀ではなく、崖に囲まれた空間だった。


「ここが俺らの休憩場所になるってわけだ」


グレンは一方を指さし。


「あそこを進むと、いよいよってこんすね」


アクアが唾を飲み込む。


「刻亀」


ガンセキは地面を慣らしていた。


「皆、気を引き締めろ。ここからが今日の本番だ」


空洞の上には曇り空が広がっていた。そこから魔物たちの叫びが入ってくる。


「周囲が反応し始めてる。あんま時間はありませんよ」


ペルデルの言葉に頷くと、班員が三人を梯子のもとまで誘導する。



ガンセキは借り物の玉具を手に。


「時間を合わせるぞ。十分後に下級兵を動かす」


グレンも同じ玉具を持ち、今の時刻を確認する。


「この先の距離からして、刻亀と接触するのはおよそ十五分後だ」


それまでに移動を終わらせる。



ガンセキは土の祭壇を設置したのち、次々に大地の兵士を召喚していた。ペルデルたちはこの場に残る。



セレスたちは梯子に足をかけ、空洞を登っていく。


「ボク、すごい緊張してきちゃったよ」


「安心しろ。俺もだ」


「グレンちゃん、上見ちゃダメだよ」


はっきり言うが、それどころではなかった。さっきから心臓の音がうるさい。


「ある意味お前って凄いわ」


一つの梯子を登りきると、小さな足場にたどり着く。


「次はあそこだね」


アクアは隣の足場に飛び移り、その先にあった梯子を掴む。


「気をつけろよ、落ちたら死ぬから」


「そういうこと言ってる人が一番危ないんだもん、滑るから苔にきをつけてね」


一部には影もできており、そこには雪が確認できる。



なんだかんだで馬鹿話をしながらも、三人は無事に空洞の上についた。セレスは下を覗きこみ、悲しげに列を成す大地の兵を眺める。


「案内しますので、ついて来てください」


現れたのは班長補佐。どうやら無事にカフンに到着していたようだった。


「休む暇もないんすね」


化粧のせいかはわからないが、疲れの色は伺えない。


「赤の護衛さまも話は伺っております。ご無事でなによりです」


セレスたちは帰還を出迎えていたが、グレンは別用でその場を外していた。



恐らく前もって空洞を守っていたのだろう。辺りにペルデルの仲間が何名か確認できる。


周囲は木々が無造作に広がっており、昼だというのに暗かった。


空洞内部は日当たりが良いのか雪は少なかったが、ここにはまだそれなりに残っている。


「この先、突然崖になっているんで、足を踏み外さないよう気をつけてください。落ちて無事だったとしても、刻亀がいますので」


「ログ爺さん、こんなとこで戦ってたんすね」


これから向かうのは六十年前あの老人が、白の護衛と刻亀の戦いを見た場所と、同じなのかも知れない。




やがて三人の視界に映ったのは、花畑ではなく、一面の雪景色だった。


大岩はない。


その代わりとして、全身を湿った苔らしき植物に覆われた亀が、ぽつんと一体たたずんでいた。




今でもどこかで魔物の声が響いているが、実際に見ているにも関わらず、なぜか本命らしき気配は感じられない。


時刻はちょうど十五分。


隧道の出入り口は全部で三カ所。兵士が魔獣に向けて、ゆっくりと近づいているのが伺えた。



一分後。兵士の残骸だけが残る。


「行きましょう」


安全と思われていた崖上にも、氷の破片が突き刺さっていた。


大きな亀はうずくまったまま、最後まで動かなかった。




まるで、死んでいるかのように

いきなり挑むのも変かと思い、このような話を用意しました。

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