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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
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六話 舞台裏

カフン到着から数日のあいだ、グレンを除いた三名は刻亀戦を想定した訓練を、メモリアたちと修行場にて行っていた。


赤の護衛はイザクと油玉制作に取り組む。


作業開始初日。顔合わせは内壁の外で行われ、そこに現れたのは以下の四名。


兵士からはイザク。最初に話を持ちかけたのも彼であり、分隊長ながら中心とされている。


火炎団からはフエゴ。恐らく手があいていたのは、彼のみだったのだろう。明火長の命令で手伝うことに決まったらしい。


商会員からは顔見知りということもあり、神を畏れる初老の男性。この人物は正確にはデマドの組合員。


そして赤の護衛本人。


「今日は時間を頂いてありがとうございます。さっそくですが、商会員さん以外は、実際に油玉を使ったことありましたっけ?」


「はい。実戦での使用は牛魔のときだけですが」


イザクは持参した袋に手を入れ。


「一応試作品をつくり、効果のほども検証しております」


商会員は油玉の実物を眺めながら。


「聴いた話ですと、内容に誤りがあったとか」


周囲には荒れた田畑なども広がっているが、問題のない場所を選んでいた。どちらかと言えば、外壁に近い。


グレンは面々に頭を下げ。


「自分の落ち度です。ちゃんと確認もせず、すんませんでした」


「嘘ついたってことはさ、なんか考えでもあったんかねえ。育毛剤つくってくれた人だっけ?」


「そのお陰もあり、量産ルートを得たと聴いておりますが」


ギゼルは旅商人の協力を得て、一部素材の仕入先を開拓していた。グレンは腰袋より、二つの油玉を取りだし、それを左右に持つ。


ガンセキの指示を受け、これまで試作を繰り返していた。


「左が今までの油玉で、右が量産用の物です」


製作者が道を通さなかった素材は、水赤草以外にも確認されている。それらを(はぶ)けば、費用の抑制に繋がるだろう。


「とりあえず実際に使ったほうが、違いも解りやすいっすね」


視線の先には、魔物に見立てて造られた人工物が数体。


まずは左手に持った油玉を投げつけると。


「着火を頼んます」


「はいよ」


フエゴは手をかざすこともなく、見つめるだけで着火を成功させた。本来は火力を上げるのに数秒は必要だが。


「やっぱこの道具すごいのよ」


間を置かず、低位の火は炎へと変化していた。


「僕は魔法を使えませんが、この効果の素晴らしさは理解できます」


まだ使い熟せてはいないが、着火眼との相性は抜群だった。


「古代種族が現れる以前から、神の恩恵を受けた物は確認されておりますが」


封熱土や水赤草などは、大昔より確認されていた。


「魔法が登場したせいか、注目度は落下の傾向にあります」


生活玉具・土木玉具・宝玉武具。


人類は宝玉具の発展と引き換えに、武具その物の技術は歩みを緩めている。


「でっ、こっちが量産用です」


フエゴに着火をしないよう頼んでから、右手の油玉を別の人工物に投げつけた。


「この時点で違いもあるんですが」


四人は玉が命中したそれに近づく。


戦闘職ではないためか、商会員は首を捻り。


「恥ずかしながら、解りませんね」


フエゴは付着したそれを人差し指ですくい、親指とこすり合わせ。


「さっきのは命中してすぐに()れてたけど、これはそのまんまなのよね」


粘着質になっていた。


「良かったら指についたそれ、着火してみてください」


(いぶか)しげにグレンを見る。


「最初に謝っときます。でもその方が解りやすいと思うんで」


溜息を一つ。魔力をまとい、指さきの泥に火を灯す。


火力に変化は見られない。


「低位でも熱いもんは熱いのよ」


顔をしかめ、手を振って泥状のそれを剥がそうとするが、物体は指から離れない。


「ちょっと、なんなのよこれ!」


「油の量を減らしてるんですが、魔物の糞自体が可燃物なんすよ」


封熱土が熱を閉じ込める。


「本来はそれに水赤草が混ざることで、なんらかの変化が起きて、火力を上げる効果が生まれるみたいっすね」


これまでの試作により、油の量が少なくても、魔法の温度に変化は出ないと知った。



フエゴはあいた手で泥状の物体を剥がそうとするが、その行為では両手が熱くなるだけだった。


自分の炎では火傷しなくとも、その熱が別の物質に伝われば結果が違ってくる。


魔力まといで皮膚は焼けなくても、熱さはそのまま感覚として残る。



商会員にお願いし、魔法の水で流してもらう。


「良く理解できたわ。炎使いだってさ、グレンちゃんほどの耐性もってる奴は少ないのよね」


自分の炎だと認識し、ある程度の覚悟を決めるからこそ、彼らは両腕に炎を灯せていた。


「油玉一つなら我慢できても、二つ三つと命中すりゃ、俺だって耐えられませんよ」


イザクは虚ろな目で。


「属性兵の多くは熱を防ぐ玉具を使ってます。僕にいたっては、炎放射を数秒あびるだけでも、全身大火傷となりますが」


厄介なのは熱さが残るという点だけでなく、泥状の中身を簡単には剥がせないこと。


「動きが鈍った所を狙えるのなら、かなり役立つ道具といえます」


剣士の集中力は凄まじいため、彼なら火傷にすら気づけない可能性もあるが。



グレンは商会員に手書きのメモを渡す。


「これが量産型に必要な材料です」


しばし目を通すと。


「製作者さまの意図が見えますな。これでしたら……」


相応の数を揃えられる。



同じものをイザクにも用意していた。


「各素材の分量も違ってるので、確認をお願いします」


「それぞれに渡したいので、写しても大丈夫でしょうか?」


グレンと二人で作る訳ではない。イザクには分隊とは別の人員も任されていた。


「よろしく頼んます。なんなら俺の方でも用意しますんで」


「はい。では取り敢えず、半分ずつで良いでしょうか?」


段々と話は進んでいく。



だがまだ、一番重要な話しが残っていた。


「それで、これどう分配すんのよ」


予定よりも多くの油玉を制作できたとしても、やはり全員に必要数は回せない。


「油玉はすでに自分の手から離れています」


だとしても、全ての権利が鉄工商会に移っている訳ではない。


「個人の意見を言わせてもらいますと、兵士を中心にお願いしたい」


「おいちゃんは別に良いけどさ、輸送にはウチらも(たずさ)わってんのよ」


オッサンの指先には、まだ熱を失った泥が残っていた。


「こいつの効果は火炎団にも広まっててね。不満が爆発とまでは言わないけど、不信の切欠には繋がるんじゃない?」


たとえやる気がなかったとしても、フエゴは火炎団の代表として、この場に立たされていた。まだ本決まりではないが、グレンの考えは明火長から各火長には伝わると予想できる。


「俺はこれまで朱火と赤火に同行してきました」


だからこそ自信を持って言える。


「あんたら油玉なんかなくても、メチャクチャ強いじゃないっすか。イザクさんには申し訳ないんすけど、属性兵とも結構な差があります」


刻亀討伐を成功させる上で、なにを優先させるべきか。


「我々もその点は充分に実感できています。ですが実力と心境は別物として考えなくては」


すでになにも映ってないはずなのに、なぜかその意見は的確だった。


「今の段階ですら火炎団には、大きな負担を強いています。彼らの疲労は僕らとは比べ物になりません」


勇者側の意見に筋が通っており、火炎団の上部が納得したとしても、団員が素直にうなずくとは限らない。


「おいちゃんたちにも上下関係ってのはあるけどさ、そいつはあくまでも火炎団での話しなんだわ」


レンガ軍。兵士は安定と引き換えに、村・都市との間で束縛を約束する。


ギルド登録団隊。明火やニノ朱火長との契約では、兵士ほどの頑強な縛りは結べない。



交渉の相手が敵とは限らない。


火炎団内部に(つて)をつくり、少しでも有利に進める。


「全ての団員さんに納得してもらうのは難しいですが、承諾してもらえるよう案は用意してありますんで」


こちらの考えを少し譲るかわりに、相手にも妥協をお願いする。


「おいちゃんに決定権はないんだけどね。まあ、話は聴くよ」


「それでも有難いです」


これまでのフエゴとの関わりが、今役に立っていた。


・・

・・


一通りの話し合いが終わると、油玉の(マト)としていた人工物を燃やす。


そろそろ勤務交代の時間らしいので、内壁の門も上にひらくとのこと。


「グレンさんは今後どうされますか? よければ案内いたしますよ」


油玉の保管庫と製作所は同じ建物となっている。


「いえ、今日は修行場の方に顔を出して、その後は宿舎の方でこいつの量産します。場所は分かってるんで、明日にでも」


イザクに見せたのは先ほどのメモ。


「製作所には私も用がありますので、後ほど伺わせてもらいます」


量産型油玉の件で物品の調整が必要になっていた。



フエゴは欠伸(あくび)をすると。


「明火長さまに報告したら、一ッ風呂でも浴びに行こうかしら」


「そういえば大浴場とかあるんすね」


勇者一行は今のところ利用していない。


「頼めば一時間くらい貸し切りにできんじゃない」


「いや、でもなんか悪いですし」


イザクには拒む理由がなんとなく解ったようで。


「僕も人前で裸になるのは抵抗があるので」


グレンの場合は恥ずかしいだが、彼は恐らくゼドと似た理由だろう。


「鳥とかの急襲も有り得るんで、無防備になるのは嫌っすよね」


フエゴは鼻をつまみ。


「これだから用心深い連中は嫌なのよ。ちょっと臭うんじゃない?」


「毎日ちゃんと身体は拭いてますよ」


商会員は空を見あげ。


「こうしてみれば平和なのですが」


戦闘には参加しなくとも、彼は険しい道を進んできた。


「精神の安定という理由でしたら、僕はこの響きだけでも、十分に癒やされますが」


レンガほどではないが、鉄を叩く音はここからでも耳に入ってくる。


「俺は鉄工街より、職人通りの方が好きですね。考え事にはうってつけの場所です」


「そうですか」


イザクは鉄工街の煩さが一番心地良かった。


「おいちゃんからすりゃ、ただの騒音にしか聞こえんけどね」


「私もあれは慣れませんでした」


商会員からすれば、自然を壊す音色と認識してしまう。


「感じ方はそれぞれなんすよ」


剣士でも兵士でもなく、一人の人間として。


「僕はレンガが好きです」


赤の護衛は属性分隊長を確りと見つめ。


「じゃあ、帰りませんとね」


「……はい」


うなずいたその目は濁っていたが、意志の明かりは灯っていた。

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