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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
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五話 恋と愛・歪な絆Ⅱ

カフン村跡地。いや、今はカフン砦とでも呼ぶべきか。


武具の修復といっても、剣や篭手など種類も色々あるため、それぞれ専門の職人が必要だった。しかし直接頼みに行くわけにはいかないため、管理施設を通してから、各職人へと届けられる仕組みとなっている。


利用者は主に火炎団となっているが、属性兵も安物とはいえ、支給された玉具を使っている。なにより一点炎放射のロッドなど、軍が管理している物もあった。


そんな施設の一室で、差し出した懐刀の診断結果を待つ男女が一組。


「気が重いや」


「前から気づいてたんでしょ。そのままにしてたんだから、あんたが悪い」


すでに彼ら分隊は休養を終えていたが、上二人が所要で抜けるため、今は巡視の任に就いている。


荷馬車を見送って二日ほどが経っている。午前中を上司に頼み空けてもらった。


フィエルに自分の正体を明かし、過程で懐刀を見せた折、状態が悪いことを伝えた。彼女の説得もあり、渋々ながら管理施設に玉具を提出し、今日はその結果を聞くために訪れていた。


「どんくらい金とられんかねえ」


出稼ぎの多くが兵士という危険な職を好むのは、それだけ安定した仕事だから。


「職務中の破損だから、幾らかは面倒みてくれると思うけど、たぶん全額じゃないわね」


死んだ場合も務めた年数によって、一定の期間お金が村に送られる。


「あまり、余裕ないの?」


コガラシは相手を睨み。


「補佐さんから聞いたんですかい?」


母親の治療費。


フィエルは気まずそうにうなずく。


「治療自体はもう看取りの段階ですんで、そこまでじゃありやせんが、生活支えてくれる業者さん雇うのは、けっこうな出費でさあ」


現実世界でいえば、ホームヘルパーのような職業があるのだろう。


もう彼女も無関係ではないのだから。


「なにか出来ることある?」


「お前さんには充分世話んなってまさあ」


コガラシがレンガに戻ってからは、彼の実家に行くことも減ったが、それまでは時々だが顔を出していた。


「これでもあっちに行ってたんで、それなりの給料は貰ってやした。もともと使う方でもありやせんし」


認知症という病もあるが、彼の母親はまだ五十後半。


「金よりもね、どんどん出来ることが減ってくのが辛いんでさあ」


ベッド脇の簡易トイレを使っているが、最近は失敗する回数も増えている。


「……そう」


「師匠の時もそれが一番しんどかった。ずっと前線で戦ってた人が、あっしのような末端にどんな状況か聞いてきやしてね」


過去を教えてもらった時より、この会話の方が印象を大きく変えた。


だからなのか、聞くに聞けなかったことを、どうしても質問したかった。


「今でも引きずってる?」


「そりゃあ……まぁねえ」


彼が魔王の領域に志願した切欠は、フィエルに自分とは別の相手ができたから。


「でも後悔はしてないんでしょう?」


「ええ。今も納得はできてないけど、あんたのお陰で理解はしたわね」


この待合室には他にも客がいるため、会話は小声で。


「悔しかったし、むかついたってのは確かでさあ。でも一人で生きてくって決めてたんで、踏ん切りもつきやした」


風使いに関する出来事を聞いたから、その考えに至る動機に文句は言えない。


こんな場所で自分たちに聞き耳を立てている者はいないと思うが、一応言葉を選びながら。


「あっしらを助けてくれた連中はね、まっとうな動機だとしても、けっこう危ない橋を今も渡っていやす」


犯罪にも手を染めていると、勘の良いフィエルなら気づいただろう。


「母親の性格は、あっしよりお前さんの方が詳しいでしょう?」


「そうね」


受けた恩は返す。


「あんたが討伐作戦に志願したのも?」


「そういうことでさあ」


勇者一行の情報を恩人たちに伝える。


彼を護衛の任に推薦した一般小隊長は、まだカフンに到着していない。


「良く考えといてくだせえ。やっぱなしにすんなら、今のうちですぜ」


「そういう大事なことは、もっと早く伝えなさいよ」


過去の話をした時、コガラシはそこに触れなかった。


「あっしもね、手放したくねえってこんで。ごめんなさい」


そう言われて嬉しく感じてしまうのだから、恋は盲目というのも嘘ではない。


「コガラシは私にどうして欲しい」


「これだけは、ちゃんと自分で決めてくだせえ」


フィエルは相手を睨み。


「どうして欲しいって聞いてるんだけど」


「一緒にいて欲しい」


人生に関わる判断だから、恋愛脳では駄目だと自分に言い聞かす。


「もしもを考えろば、結婚したとしても、登録とかはしやせんよ」


所帯を持てば職業によってだが、国または都市からの手当がつく。



小さく息を吐き、瞼を閉ざしたまま、下を向いて数秒考えたのち。


「ほかに隠してることはない?」


「多分ありやせん」


扉が開き、名前を呼ばれる。


フィエルは席から立ち上がり、コガラシも続く。


「……わかった」


「お前さんには本当、頭が上がりやせん。感謝します」


女は振り向かない。男は黙ってついていく。


・・

・・


職人が懐刀の鑑定と状態の確認をした結果。


砥ぎだけは此処でもできる。



問題は込められた魔法陣。


魔力を隠す。これ自体はそこまで難しいものではない。


魔力をまとわせた量に応じて、風に乗せたさいの切れ味を強化する。高い技術が必要だが修復は可能。


もう少し早く提出していれば、カフンの設備でも直すことはできたのだが、今の状態では難しいとのことだった。



ニノ朱火長と契約を交わすため、二人は舗装された道を歩いていた。


コガラシは渡された用紙を眺めながら。


「少なくとも現状だと、本来の半分も力を出せてないそうでさあ」


研ぐだけでも、かなりマシになるらしい。


「行って良かったでしょ」


信念旗の協力者はコガラシだけでなく、軍の上部にもそれなりにいるからこそ、今日まで隠したまま戦ってこれた。


緑鋼を見せても受付は変な顔をしない。職人も含め彼らはそれを専門に扱っているのだから、風使いの事情だって心得ていて当然だと、フィエルにコガラシは諭されていた。


商売は信用第一。


風当たりの強い場所でも、それは変らない。むしろ世界共通で、風使いに刃を向けるのは犯罪なのだから。


「カゼは旅路を守ってくれる神さまよ。風属性の魔物とは別物じゃない」


旅の無事を風と共にと、デマドで神官が言っていた。


頭が上がらないとはこのことで、コガラシは苦笑いを浮かべるしかない。



やがて火炎団専用の物資管理施設に到着すると、建物の前にトントが立っていた。


「時間をつくってもらい、ありがとうございます」


遺言に関しては、全てフィエルに任せっぱなしだった。


笛の練習を終えて直接来たのだろう。


「一応あいだに入ったわけだしな。ただ、保証人は御免だぞ」


「あっしもそこまでは頼めやせんよ」


カフン到着時と違い、トントは正面から建物に入る。


今は仕事が片づき、搬入口には人も疎らだった。



一部証明玉具の光が消えた通路を歩きながら。


「手早く済ましちまおう」


朱火長あたりに来るよう命令されたのだろう。


「スウニョさんから説明は受けておりますので」


後は書類に名と印を示すだけ。


「せっかく頂いたんで、刻亀討伐に間に合うんなら、そのほうが有り難え」


遺言と金を使うための条件。最初コガラシは渋ったが、彼の事情は本人より生前に聞いており、説得されたこともあって頂戴すると決めた。


「夢が叶う手前だったんだろ。大事に使えよ」


下っ端口調とでも言うべきか、この相手が他人とは思えない。




一室の前に立つと、トントはノックをする。今回は別客もいるためか、一度で返事が返ってきた。


赤火長は開けると中に入り、二人を誘導したのち扉を閉める。


「この度は御足労ありがとうございます。あらためまして、スウニョと申します」


朱火長は立っており、笑顔で二人を出迎えた。先日と違い顔色もよく、機嫌も良さそうだった。


「役目は済んだだろ。俺としてはもう寝たいんだけど、帰って良いか」


「できれば立会人を。本当は雷の神官に頼みたいのですが、料金が発生してしまうので」


雷は罪と罰を司る。神官が間に入った契約は、その地位によってとても強いものになる。


「俺じゃたいした証人にゃならねえぞ」


「トントさんは少し黙っていてください」


理由でもつけなければ、この男は顔を出さない。


この部屋は以前の執務室ではなく、どちらかと言えば応接室なのだろうが、所詮は砦だった。ソファーや立派な机もない。


「こちらへ」


促したのは簡素な木製の椅子と机。二人が席につくのを待って、本人も自分の椅子に。


隣に座ろうとしたトントを見あげ。


「お茶を入れてくださいます?」


赤火長は顔を引きつらせながら。


「おい、俺は立会人だろ」


「早くしてください。お客さまに失礼じゃないですか」


コガラシとフィエルは苦笑い。トントは溜息をつき、頭を掻きながら部屋を後にする。



スウニョは立ち上がり頭をさげる。


「お見苦しい所を」


尻に敷かれてると思いながらも。


「いえ、お気になさらず」


「じゃあ、手続きをお頼みしやす」


用意していた書類を二人に差し出すと。


「内容の確認をお願いします」


火炎団は大所帯であり、入団希望者にはこういったやり取りもするのだろう。


彼ら彼女らの大半は故郷を捨てている。


宝玉具は高価な物。死亡時に回収できた場合、もし希望があればデブの脇差しのように、他者へ譲ることができた。


入団時の契約で玉具は一度、明火への預かりが義務付けられており、破った場合は相応の報いを約束されている。


「身元のない団員もおりまして、中には引き取り手のない玉具もございます」


フィエルは火炎団であれば、望む玉具が余っているのではとトントに相談したが、この場で用意できるのは遺品のみとのこと。


「お望みの玉具ですが篭手となりますと少し時間がかかります」


サイズなどの関係もあるため、調整が必要だった。


「腕輪や手袋であれば、今すぐにでも用意できますが」


手袋といっても宝玉は金属か硝子にしか使えないため、それなりの部位になる。


フィエルはコガラシを見る。当人はしばし考えたのち。


「腕輪でお願いしてえ」


「取りつけるカ所としては、前腕の物しかありませんが、よろしいでしょうか?」


何度か腕を振って、剣を握った時の状況を想像する。


「構いやせん」


「鎧はどうするの?」


彼は兵士。本人としては無いほうが良いが、そうも言ってられない。


「鎖帷子の上からでも大丈夫ですかい」


「問題ないかと。では、こちらをお読みください」


差しだされたのは宝玉具に関する用紙。


使われているのは土の宝石玉であり、前腕専用の腕輪。


能力は手にした得物の強度を高める共進型のみ。


魔力を全身にまとえば、腕輪をしていない手にも能力は乗るが、効果は薄くなる。こういった制限を持たせることにより、装着側の効果をより高めている。


「他の玉具も見たほうが良いんじゃない?」


この腕輪は一つの魔法陣しか込められていないが、中には懐刀のように放出型と共進型をもつ物もある。


ただ、シンセロの金も無限ではないため、そういったものは余分に支払う必要がでてくるだろう。


「申し訳ありません。こちらで用意しているのは、全て似た効果の物だけですので」


もし相手が商人であれば、少し値の張る品を見せてくるだろうが、彼女は火炎団の一員でしかない。


「いや、どちらにせよ目移りしちまうんで、こいつで頼んまさあ」


「ありがとうございます。では、続いてこちらを」


シンセロの血がついた遺書と一緒に差しだされたのは、それの権利を火炎団に譲るための契約書。


「レンガの預かり所には、こちらから出向きますので、大変申し訳ないのですが」


恐らく追加で金を寄越せということだろう。また遺書に書き込んでいた金額と、実際のそれに違いがあった場合も、コガラシが責任を持たなくてはいけない。


「戻ったのち、改めて伺いやす。ギルドのレンガ支部で良いですかい?」


ただこの場合、彼は生き残らなくてはいけない。


スウニョはうなずくと、フィエルを見つめ。


「保証人はそちらで?」


「はい。ですが私も兵士なので」


二人して死んでしまう可能性もあった。


「できれば非戦闘員の方が良いのですが、場所が場所ですし、誰にでもお願いできるものではありませんので」


赤の護衛がサインしていることもあり、特例で認めてくれるとのこと。


頭をさげる二人を交互に眺め。


「今回の場合は問題ないと思うのですが、一応ご関係を聞いてもよろしいでしょうか?」


契約の内容によっては、肉親や家族を保証人にできないこともある。


コガラシには良くわからない。フィエルは姿勢を正し。


「登録上は赤の他人ですので、同僚という位置づけで大丈夫かと」


「そうですか。では、もう一度内容をご確認の上、各書類に名と印を」


事前に簡単な説明を受けていたこともあり、契約は滞りなく進んでいく。


スウニョは最後にある書類の一部分を指さして。


「番号の記入をお願いします」


預かり所にて、まずは用紙に数字を記入する。かの施設にはお客様名簿というものがあり、それと照らし合わせて本人確認がされていた。


これだけの書類を揃えても、数字がなければ保管庫の中身は受け取れない。


コガラシはフィエルから教わった五桁を記入する。


朱火長が立つと、二人もそれにならう。


「では、契約成立です」


それぞれに握手をしたのち、宝玉具のことが書かれた用紙を渡し。


「これを備品庫に持っていき、担当の者に渡して頂けろば。別の建物となるのですが、場所はわかりますか?」


火炎団は投槍やナイフなどの消耗品も使っているので、そこに遺品も保管してあるのだろう。


フィエルは安心した表情で。


「はい。本当にお世話になりました」


あんたもお礼を言えと、コガラシに目で合図を送る。


「手間を掛けさせちまって、申し訳ねえ」


今回の契約は結局のところ、火炎団に儲けはない。むしろレンガまで金を取りにいかなくてはならない。


「どちらにせよ作戦終了後、我々もレンガへは足を運ぶ予定でしたので」


なんどもお礼を言ってから、二人は部屋を後にした。



確かに面倒事ではあったが、スウニョはそこまで嫌でもなかった。


扉が閉まった数分後、再び開く。


「おい、なんだこれは。嫌がらせかよ」


「どんだけ時間かかってるんですか」


すでにお客は帰っていた。


「うるせえ。どこで頼めば良いか解かんなかったんだよ」


まずは明火の団員を探し、お茶をお願いする。忙しいとのことで場所だけを聞いたのち、自分で茶を沸かす。


どのカップを使うのかも解らなければ、それ以前にヤカンも見当たらない。


「ほんとトントさんは使えませんね」


「だったら最初から俺にやらすんじゃねえよ」


机の上に乱暴に四人分のお茶を置くと。


「もう帰って寝るわ」


「せっかく入れてくださったんですから、一緒にお茶しましょうよ」


言われて一気に飲み干そうとするが、熱くて飲めなかった。


「誰だよ、こんな熱くしたのは。俺が猫舌だって知らねえのか」


スウニョはカップを手に。


「トントさん面白いことを仰る」


入れたのは他ならぬ何とやら。一口飲んだのち。


「美味しくないです。こんなのお客様にだすつもりだったんですか?」


「うるせえ」


なんだかんだで、仲の良い二人。


「手順を教えてあげましょうか」


「けっこうですよ」


なんども息を吹いて冷まそうとするが、熱いものは熱い。


「それで、笛の練習はどうなんですか?」


空気が変わる。



トントは相手を睨みつけ。


「誰から聞いたんだよ」


「……さあ?」


明火長あたりだろうか。


「まあ全然駄目だが、やる気はある」


「そうですか」


どちらがとは言わないが、とても嬉しそうだった。


「諦めなくて、良かったですね」


トントは机にカップを置き、それをしばし見つめながら。


「お前には、ほんと世話んなった」


「もしかして、迷惑をかけたとでも思ってるんですか?」


返事はない。


「じゃあ、責任とってくれるんですか?」


椅子に座るが、応えはしない。


「もう酒は飲まねえ」


「別に良いじゃないですか、また付き合いますよ」


スウニョもトントの前に座る。


「あの二人、たぶんデキてますね」


「なんだよ急に。証拠でもあんのか?」


まずいお茶を飲んだのち、意味ありげな笑みを浮かべ。


「女の勘です」


「そりゃ保証人にまでなるんだから、他人じゃねえだろ」


片腕を失い、自暴自棄になった。それでも彼女のお陰で立ち直り、残った腕でまた笛の練習を始めた。


酒はやめたが、煙草だけはなぜか止めれない。



トントは立ち上がり。


「行くわ。ありがとな」


「そうですか、私は楽しかったですよ」


頭をさげ、もう一度感謝を。


「優しいんですね」


「うるせえ」


背を向けて去っていく。



残された女は閉まった扉を見つめたまま。


「諦めちゃえば良いのに」


貴方には、火炎団と生きる選択はないのか。


そうすれば、少なくとも自分だけは。


「幸せになる自信があるんですけど」


この二人は、本当に愚かだった。

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