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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
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四話 一点に響く


この世界では肥料に醗酵させた糞などを使うことが多いため、生の野菜を食べる習慣はあまりない。


氷魔法のお陰もあり、通常より食材も長く保存できる。


兵士と勇者一行では食事の内容も違ってくると思われるが、万全を期して刻亀へ挑むために協力してもらっているのだから、同じ物をとは頼まない。


神々への祈りは当然として、この環境をつくってくれた者たちへの感謝も忘れずに、三人は静かな朝食を終えた。


・・

・・


時刻は朝の七時過ぎ、見送りのために宿舎を後にする。


グレンが安否不明だったせいもあり、ちゃんとカフンを眺めるのは初めてだった。


「本格的に作戦が始まったのってさ、ここ最近なんだよね」


計画はずっと前から行われていたが、多くの人間が動きだしたのは一年以内。


「人って凄いんだねえ~」


「俺たちがどれだけ小さいか、思い知らされるな」


巡視中の兵士と何度かすれ違う。


おはようなど声を掛けたりはしないが、一度立ち止まり失礼のない角度で頭をさげる。


アクアは元気よく手を動かしていた。セレスは緊張しているようで、少しぎこちない。


「本当は彼らに守ってもらいたいんだがな」


「けっこうギリギリで回ってるんだっけ?」


ガンセキは呼び笛を懐から取りだすと。


「皮肉な話だな。頼んだとしても、恐らくつくのはイザクさんかコガラシさんの分隊だ」


「二人とも、警戒対象だもんね~」


間抜け面では危機感もクソもないが、本当に厄介な状況だった。


道を歩く剣士か、協力者の可能性を拭えない剣士。



しばらく進むと、トイレの前でゼドが立っていた。


元気よく手を振りながら。


「ダスさんじゃないだすか」


「そんな人知らないだす」


細かいことは気にしないと、アクアはゼドの前を通り抜ける。


「お待たせしてすみません」


「うんこしてたから平気だす」


青髪の少女は振り向くと。


「ダスさんバッチィだすよ」


「真似すんなだす。それに手はちゃんと洗っただすよ」


綺麗なお手々で鼻クソをほじっていた。


「どっちにしろ汚いよ!」


ガンセキと並んで案内人も歩きだす。



昨日グレンが倒れ、医者に見てもらった後、彼から簡単に遭難中のことを聞いていた。


これまで責任者に怒られることは何度もあったが、旅立ってから同郷以外の相手に叱られたのは、大犬魔と戦った時だけ。


「おはようございます」


少し遅れて、セレスは朝の挨拶をする。


「おはようだす、グレン殿目覚めたようだすね」


「うん。起きてすぐ出かけちゃったけど」


大犬魔に関しては、一番怒られたのはゼドだった。


「知ってるだす」


ガンセキは咳払いを一つして。


「それで……どうでしたか?」


「夜間通して、怪しいのはいなかっただすよ」


これまでのアホ面はすでに消え、セレスは感情の消えた口調で。


「そのこと、グレンちゃんは知ってるんですか?」


責任者に頼まれ、二人の知らない所で、ゼドはずっと見張っていたのだろう。


「しょうがないよ。土の領域ってさ、感情も読めるから」


相手が本職であれば、一行の僅かな心の動きでも、ゼドの存在を勘付かれる危険がある。


「そこは私も納得してる」


トントとの約束を守るため、単独行動をしたグレンは、そのことを。


「後で説明はするが、あいつはそれすら不要と言いそうだな」


知られなければ罪にはならない。


「グレン殿はまったく警戒してなかっただすが、彼に敵意を向けてた相手はいなかっただす」


もっとも道剣士の場合、それとは違う感情で挑んで来るが。



セレスは表情を崩して。


「ありがとうございました。ゼドさんも疲れてるのに」


「本当だすよ」


申し訳ないとガンセキは苦笑い。


「でもさ、何日か続けなきゃダメなんじゃないかい?」


「まあ君らとの付き合いもあと少しだすし、怪我が治るまでは自分が受け持つだす」


丸まった背中を眺めながら。


「薄情もの~」


「そうだよ、結果くらい見てけば良いじゃないか」


ゼドは振り返り、セレスを見つめ。


「こうみえても、結構しんどいんだすよ」


勇者と関わることが。


「逃げてばっかじゃ、なにも変らないもん」


呪縛の信念は頑強だが、一本道に迷いやすくなる。


「それがセレスさまの拘りだすか?」


「解かんないもん、私バカだから」


ゼドは視線をもとの位置に戻し。


「自分で決めた目的って、脆くて崩れやすいんだすよね。嫌なことから目を反らすのは、無意識でやってることも多いだすし」


「きっと大丈夫だよ~ 私には無理かもだけど、ゼドさんは人格者なんだよね?」


となりを歩く者をジト目で睨み。


「誰だすか、そんな無責任なこと言ったのは」


「……さあ?」


アクアは道端に落ちていた枝を拾うと、それを振り回しながら。


「一度諦めたくらいで諦めないでさ、もう一度挑戦すれば良いじゃないか」


「もう価値やら意味が見いだせないんだすよ」


誰よりも、ゼドを信頼する男がいた。


「貴方は凄い人ですよ。全てを投げ捨ててまで、飛び出せる奴なんて、そうそういません」


彼と同じ境遇の者も、かの国には沢山いる。


「少なくとも俺なら、現状に甘んじてます」


下準備をしたのち、弟や妹を蹴落とす兄姉もいる。


「馬鹿だっただけだす」


両親が存命かどうかは解らない。


「ダスさん一部じゃ有名なんだよね。もしかしたらさ、耳に入ってたかも知れないよ」


弟はまだ生きているはず。


「どうだすかね。そもそも偽名だすし」


旅だったあの日。彼は全てを故郷に捨ててきた。


一振りの剣で何をしたかったのか、もう自分には理解できない。



真意がわからないから、ピリカのあれは数に入れず。


「ありがとうだす」


励ましてもらったのは、とても久しぶりだった。


丸まった背中はなにも語れない。


剣さえなければ。


「本当にゼドさんって、バカなんだね」


セレスにも、その意味が少しわかった気がした。


・・

・・


トントと合流したグレンは、門から出てしばし歩く。


荒れた畑を踏みつけないよう、慎重に二人は進む。


小さな丘の上に一本の大きな木。


見下ろせば内壁から伸びた道が通っていた。


「ここなら見送れるな」


「良いんすかね、勝手に外でちまって」


気にすんなと笑い飛ばしながら、その場に腰を下ろす。グレンも隣に座ると、地面に包みを広げ。


「良かったら一つどぞ」


「おう、気が利くじゃねえか」


トントは姿勢を正し、脇に挟んだ水袋で左腕を清めると、祈りを捧げる。


グレンはお行儀わるく口に含んだまま。


「意外と信仰があついんすね」


祈りのあいだは返答せず。終わるとグレンに水袋を渡し。


「こりゃ習慣みたいなもんだ。育った場所がけっこう厳しくてな」


口ではそう言いながらも、食べ始めると無言を貫く。


「まあ、神さまは別として、夜のあいだ守ってくれた人たちへの感謝は俺にもあります」


グレンも以降は黙って飯にかぶりつく。


塩味。


味噌の風味と山菜の苦味が口に広がる。



山肌の雪を眺め。指についた米粒に歯をたて。


「もう春っすかね?」


水を飲む。


トントは猫の魔力で左腕を洗い流すと。


「んな気はしねえな」


夜になれば雪が降る。


時間もそんなにないため、束になった紙をグレンの前に置く。


「なんですこれ?」


「これさえありゃ、曲を知らなくても演奏できんだ」


手に取ろうとしたが、トントに腕を(はた)かれる。


「痛いじゃないっすか」


「せめて洗ってから触れ」


折り線が破れていたり、手垢でくすんではいるが、大切に使われていた。


「すんません」


水袋を使い綺麗に洗ったのち、服で良く拭いてから、相手がうなずくのを待って内容を確認する。


「読めねえっすよ」


「手紙は読むだけで声に出す必要はねえけど、こいつは演奏するためのもんだ。舞台役者が使う台本みたいなもんかねえ」


グレンもトントも演劇など観賞した経験がない。


「まあ、とりあえず読み方は追々教えるとして」


口笛で平坦にドレミファソラシドの音をだす。


「この音に感情を乗せんだがよ、込めるのはお前の気持ちじゃねえ。作者の思いを奏者が表現するんだ」


「……意味がわかんないっすよ」


人に教えた経験など彼にはない。


トントは頭を掻きながら、紙をめくり先日奏でたものを表に晒す。


「これは端的に言えば、子供を寝かしつけるもんだから、荒々しくしちゃいけねえ。でな、どの曲にも成り立ちってのがある」


トントが指さしたのは、遠くの景色。


「最初は山に陽が落ちた夕暮れ時」


言ったのち、口笛でその部分を奏でる。


一度演奏を止めると。


「次は今日なにがあったのかを、子供に聞く時間。俺の場合は夕飯を表現してる」


再び演奏を再開させる。


「陽は完全に暮れて、月の守り火が空と子供たちを包み込む」


グレンに曲の意味を伝えていく。


「眠りやすいように、子の腹を叩く人の母」


優しいリズムで、少しずつ沈んでいくように。


「夢見る子の髪をさすり、額に口づけを」


曲の締めは親の眠り。





グレンにも、その光景が脳裏に浮かぶ。


「そんな簡単に寝ませんよ」


「じゃあそういった所を、お前なりに表現すりゃ良い」


トントは右腕を凍らせると、鳥型の笛をくわえ、同じ曲を演奏する。


・・

・・


一行が荷馬車のもとに到着したころには、すでに面々がそろっていた。


コガラシ分隊はフィエルを含めた全員。


イザク分隊はボルガとメモリアの三人。


他に兵士が数名いる。彼らは恐らく、シンセロ以外の関係者。


ニノ朱火長は最終確認として、荷馬車の脇で商会員と書類ごしに会話をしていた。


どの属性かは不明だが、神官らしき者がホウドと積荷を見つめている。



門の外では、これから荷馬車を守る兵士と朱火。



一般分隊長のもとに向かい。


「おはようさんです。わざわざ有難てえ」


「いえ、グレンの恩人ですので」


彼の傍らにはフィエル。ガンセキは姿勢を正し。


「改めてお礼を」


「いえ」


一般補佐となった彼女は、ヒノキ山を眺め。


「必ず成功させましょう」


三人は力強くうなずいた。



セレスは責任者の許可をもらい、荷馬車のもとへ足を進める。


属性大隊長は大きな瓶を両腕に抱えていた。


「早くからありがとねぇ」


「よろしくお願いします」


ホウドより瓶を受け取れば、神官が一歩前にでる。


「手順の説明をいたします」


深くお辞儀をして、教えを受ける。



その様子をアクアは見守っていたが。


「グレンはいねぇんですか?」


「朝早くに出かけちゃったらしいけど、来るのかな」


振り返り見上げれば、やはり大きい。


「薄情な奴だなぁ」


「まったくだね」


凸凹コンビは気が合う様子。


「助けてくれて、ありがとう」


ボルガは荷馬車をみて。


「一番、(こた)えてたのはあいつなんだ」


「自分から何も言わないから、ボクらにはわかんないよ」


人と人との繋がりは、少しずつ重なっていく。



遺言に関する顔合わせのためか、確認を終えたニノ朱火長が、一般分隊長を探して歩きだす。


責任者は気を利かせ、挨拶ののちアクアの隣に立つ。


ボルガはメモリアに怒鳴られ、そそくさと走りだす。



やがて儀式が始まる。


皆が決められた位置につく。



進行は神官。


使い古した鎧をまとった人物が、見送る者と逝く者に感謝を伝え、届ける者たちの安全を祈る。


勇者は神官の導きのもと、積荷に清めの水をかける。


続いて馬車まわりの地面を濡らしながら一周。前方に移動し、神官に大きな瓶を渡す。


両手に清水が注がれる。


飲むかどうかは相手の意志。


「よろしくお願いします」


勇者の願いを汲みとったのか、力馬が口を動かした。



太陽の輝きが辺りを照らすなか、積荷が揺れはじめる。


門の外で待機していた者たちが、ゆっくりと荷馬車を包み込む。


・・

・・


一人。皆と一緒に儀式に参加する男がいた。


濁った瞳には誰も映らない。


なにかを灯そうと、諦めずに目を開く。


何処を見れば良い。


荷馬車か、空か、太陽か。



答えは未だ果ての先。


道は見えず、振り向けど山の中。


解らず、判らず、分からず。



兵士たちは死を司る象徴を天に掲げていた。


皆の動きに合わせようと、両手剣を胸に持っていき、なんとか切先を伸ばす。


コガラシは去りゆく積荷に夢中で気づけない。


周りと同じ動作なのに、一人だけ明らかに外れている。





異変を感じ、遠目から観察していた。


「憧れだけが」


ゆっくりと瞼を閉ざず。


「先走るか」


ゼドは力なくうつむき、左右に(あご)を動かした。


・・

・・


演奏を終えたトントに拍手をと思っていたが、彼は本音が口から出てしまうことがある。


「口笛の方が上手い気がするんですけど」


フエゴの忠告。


『本気でへこむから、本人に言っちゃダメよ』


申し訳なさそうに、相手の顔を横目で覗き込む。


「形が違ってるからよ、もう駄目かも知れねえけど、一応これ神具なんだわ」


右腕は氷の義手。


鳥の形を模した笛は手首の動きだけで、穴をふさげる構造となっている。


「この音じゃねえと意味がない」


失礼な発言に怒ることもなく、小さく肩で笑っていた。


すんませんと謝ろうとしたが、直前で思いとどまり。


「勉強になります」


気を良くしたのか、頼りなく「ケッケ」と笑う。



誘う音。捧げる音。願う音。畏れる音。


嘆く音。怒る音。喜ぶ音。


奏者は誰かに音を伝える。



荷馬車がこちらへと近づく。


トントは立ち上がり、グレンも習う。


「同じ曲だが、ここからは本来の解釈で演奏させてもらう」


作者の思い。


「山に陽が落ちる。これは噴火を意味する」


流れる溶岩。


嘆きから絶望へと。


希望は見えず。


それでも二本の足で、残された者は大地を踏みしめる。


後ろを振り向きながらでも良い。


歩け。



お前がどこにいるのかも解らない。


だからせめて、安らかに眠れ




古の子守唄。


何処かで、鉄を叩く音が鳴っていた。

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