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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
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三話 歴戦の猛者たちⅡ

トントに指示されたのは内壁の出入り口だが、昨日通ったのとは別の場所だった。まだ約束の時間より速かったため、兵士に頼み壁の見学をする。


レンガの時などもそうだったが、彼はなぜか壁が好きなようだった。


「これ魔法じゃないっすよね」


案内していた兵士はうなずくと、加工された岩に触れて。


「極力ですが、自然のものを使っております」


「六十年。いや、もっと古いか」


先人の失敗は決して無駄ではない。


「外壁があらかた整ったお陰か、今はここまで接近されることも少ないのですが」


隙間なく囲われているわけではないが、薄いカ所は警備が厳重になっている。



壁の内側。グレンはある装置の前に立つと。


「人力なんすね。てっきり玉具でも使ってんのかと思ってました」


兵士数名で木の棒を握り、それを押して回せば、大きな鉄製の扉が持ち上がる。


「玉具も使っています。小さな力を増幅させる装置らしいのですが」


詳しいことは兵士にも解らないとのことで、本来は数名の力で何とかなる重さではない。


「そんで固定しなきゃいけねえってことか」


ここのように持ち上げるタイプの扉は、人通りの激しい場所には向かないようだ。


「すごく立派な壁だってことは解ったけど、やっぱ効果が薄い魔物もいますよね」


祈願所で現れた馬などは、堀などがあったとしても跳び越えてしまいそうだった。グレンも黒膜化状態であれば楽に侵入できる。



彼は作戦初期の段階から、この地を守って来たのだろう。


「外壁ができる前は何度も突破されております。火炎団の皆様がいなければ、もっと大きな被害が出ていました」


今さっき本人に直接会った。


「属性大隊長はずっとヒノキに?」


レンガにて兵士たちを見送ったが、記憶の中ではホウドらしき人物をグレンは見ていない。


「なんどか戻られることはありましたので、ずっとでは」


戻った先はレンガなのか、それとも中継地なのか。あまり詳しくは言えないのかも知れないため、それ以上は聞かないことにする。


「すんません。もう少し早く到着できれば良かったんですが」


矢や魔法などを放てるよう、小さな穴があいていた。そこから外を覗けば、不格好な畑が伺える。


「いえ。どちらにせよ、まだ山の開拓なども終わっていないようですし」


レンガ軍にも派閥のようなものはあるのだろうが、ホウドはそういったものに所属しているのか。


一兵士からここまで成り上がったとして、その道が楽だとは思えない。少なくとも彼の剣は、とても汚かった。


「急にお邪魔してすんませんでした」


「こちらこそ大した説明もできず」


時々ホウドあたりが来るのか、グレンが現れても彼らはそこまで驚いていなかった。



外を覗けば、赤火と思われる者たちが、こちらに向けて歩いて来る。


・・

・・


到着した面々をグレンは外で出迎える。


彼ら彼女らは土埃や返り血で汚れているが、大怪我を負っている者はいない様子。


「おう、待たせたか」


中距離が主体のトントですら、これほどに汚れているのだから、外壁の先がどれほど危険かは理解できる。


「大丈夫なんすか、倒れたそうっすけど」


先ほど案内してくれた兵士は中隊長だったが、グレンが倒れたことを知らないようだった。その情報が伝わっているということは、やはりトントも相応の役職なのだろう。


「寝てなくて良いんすか」


「お陰さんで、たくさん休ませてもらいました」


チビデブは接近戦が主体。


「たぶん今は皆さんより体調優れてますよ」


転倒して肘を擦ったのか、その部分が草色に染まっている。片膝には布が巻かれており、わずかに血が滲んで痛々しい。


「ここにいるんだから大丈夫ってこんだろ。それによ、あんま大声で言ってんじゃねえ」


赤の護衛が倒れ、意識が戻らない。下手に口外すれば、士気が落ちるかも知れない。


「昨日の今日でもう仕事なんすね」


「すげえ怖いのがいてよ、中々断れねえんだ」


ラソンは人数を確認しているのか、扉の前でこちらに背を向けている。


指をさそうとしたが、失礼にあたると思い、持ち上げた腕をさげ。


「あれって……猿っすか?」


彼女の後頭部には、仮面が逆さまに取り付けられいた。


「ええ、ありゃ魔物具ですぜ」


猿面のまわりには茶色い毛が生えており、正面に持っていけば首から上が全て覆われる。


「生息地が限られる種だからよ、けっこう珍しいんだぞ」


「でも仮面魔猿じゃ、そんな身体能力は上がんないんじゃ」


大きさからして、単独の物でもない。


未来を占う。災害を占う。人を占う


「魔法が登場したせいか廃れてんだが、(まじな)いとかに今でも使われてるな」


特定の相手に不幸を齎す。


「でも戦闘で使う変人はラソンくらいですぜ」


「どんな効果があるのかは、本人にでも聞いてみんだな」


身体能力は今でも男女で差があるものの、魔力まといの技術が高ければ充分に埋められる。



部下をまとめていたガラン。魔法が主体のガンセキ。片足のないギゼル。


道を歩く者ではなかったとしても、グレンは拳士だった。


「やっぱ強いんすよね」


「接近戦に関しちゃ、赤火で一番っすかね」


道具屋と出会った頃は別として、圧倒的な格上の相手とは、未だ手合わせをした経験がない。


チビデブがそのように認識しているのなら。


「そういうこっちゃな」


トントは平べったい容器を取りだすと、それをチビデブにあけてもらい、蝋燭に火を灯す。


「待たせといてあれだが、幾つか持ってくるもんがあってな」


煙草をくわえ、先端に着火したのち、肺に入れた煙を吐き出しながら。


「時間は取らせねえからよ、少し待っててくれ」


デブにお前はどうすると聞く。


「オイラもこいつの手入れしたいです」


戦う前に清めの水を使えば、ある程度の汚れは防げる。しかしこの玉具は戦闘の最中(さなか)、なんども鞘に刀身を帰す。


「基本は熱を帯びてんで、血も乾いたり蒸発するんですが、やっぱ限界はあるんすよ」


金具の部分を外せば、内側も綺麗にできる仕組み。


玉具は刀身と鞘の金具部分だけで、それ以外は取り替えても、問題のない造りだと聞いている。


「もともとオイラには、荷が重いんすよこれ」


相手がいなくとも、借り物だから。


「せめて大切に使わねえと」


拵も、長く使えば手に馴染む。デブは現状のまま、脇差しを残したかった。



グレンは逆手重装を見つめ。


「職人さんも、そういった使い手のほうが喜びますよ」


「そうなら嬉しいっすね」


トントは煙草を二本指でつまむと、口から離して辺りを見渡す。


「じゃ、俺らは先行くわ」


後は任せたと叫び、チビデブを引き連れて歩きだす。残されたラソンは溜息を一つ、赤火の面々が集まるのを待つ。


・・

・・


全員が揃ったことを確認し、それを中隊長に報告すると、幾つかの注意事項を団員に伝えて解散させる。


一通りの役目を終えると、首の後ろに手を回し、面を取り外す。


現れた髪は猿よりも明るめの茶色で、そこまで長くはない。蒸れていたのかボサボサだったが、指で掻き分けたのち、グレンに向けて足を進める。


離れた位置から眺めた時は、背が高いのだと感じていた。


「お疲れさまです」


こうして近くで見ると、女性の平均より少し上な程度だと解る。


「おはようございます、良く休まれましたか?」


恐らく自分も前に出て戦ったのだろう。全身が汚れてはいたが、これといった怪我はみられない。


解散の音頭をとっていた時にも感じたが、彼女の口調は厳しいものではなく、どちらかと言えば穏やかだった。


「はい。皆さんが守ってくれたお陰もあり、安心して寝させてもらいました」


「ありがとう」


無表情でもなく、グレンの返答に笑顔だって向けてくれる。


「そう感じてもらえたなら、我々も頑張った甲斐があります」


接した感じではとても暖かな印象だが、それでも身が引き締まるのは、恐らく声のせいかと思われる。


「トントさんが無理を言ったようで」


女性にしては低い。


「最初に依頼したのは自分ですし、気にしないでください」


「今後もし余裕がなくなるようでしたら、私に言ってくだされば、トントさんに伝えますので」


しゃがれている。または濁っている。


お世辞にも綺麗な声ではないが、耳の奥に響く。



グレンは感謝の気持ちを動作で示しながらも。


「その時はちゃんと自分で言いますんで」


トントやデブとの会話より、正直緊張していた。


「あと、これなのですが」


恐らく先ほどのやり取りが聞こえていたのだろう、ラソンは仮面を見つめていたが、それをグレンに向けると。


「気持ち悪いでしょう」


「いえ、まあ」


元の魔物があれなのだから、凄く不気味だった。


「使われている素材は頭部の毛皮と頭蓋です」


顔面を引き剥がしたわけではない。


「効果とか、教えてもらっても大丈夫ですか」


「そこまで身体能力が上がりはしないのですが、なんと言いますか、戦いに集中できます」


嫌な予感がした。


「もし良ければ、持たせてもらえますか?」


「いえ、その……汗臭いので」


彼女も女性で、恥じらいは残っている。


「すんません」


配慮の足りない発言だった。しかし、このまま終わらせるには。


「もしそれが感情を削るといったものでしたら、多分かなり危険な魔物具になります」


死の力を身につけた者は、大概が愚かな人生を歩む。これはセレスより得た知識。


「実際に使用している身ですので、そこら辺は理解しているつもりです」


あの魔物自体が普通ではないのだから、安全なはずもない。ラソンは失った片目に手を添え。


「素の状態でも訓練はしているのですが、ここぞの時に遠近感の狂いがでてしまいまして」


グレンは一歩後ろにさがると、片目を閉ざす。


「俺にもなんとなく解ります」


ラソンは頷くと。


「自分の間合いは把握しているのですが、どうしても若干ずれてしまいます」


個人的には逆手重装に関して教えたくないのだが、お礼はしなくてはいけない。


「これの元になった魔物、隻眼なんすよ」


左腕をゆっくりと前に伸ばす。


「恥ずかしながら、道具の力に頼ってしまいました」


「んなこと言ったら、俺なんおんぶに抱っこですよ」


ラソンは微笑み、より一層響く声で。


「そうは見えませんが」


照れたのか、グレンは後頭部を掻きながら。


「まあ、これでも一応拳士の端くれですんで」


「道具に頼っても、お互い溺れずにいきましょう」


恐らくだが、同等かそれ以上。


ラソンは一歩離れ。


「最近は仕事続きで中々鍛錬が出来ないのですが、もし時間が合いましたら」


「はい。俺からもよろしく頼んます、御一緒させてください」


互いに頭をさげ合ったのち、女性は面を抱えながら歩きだす。その背中を見つめながら。


「俺も人のこと言えんけど」


仮面魔猿の被り物に、両腕のガントレットは凄く不気味な風貌だった。


それでも。


「格好良いな」


グレンにはあそこまで、歴戦の気配は出せない。



見渡せば、まだ赤火の連中は残っていた。


一目で実力を図れるわけではないが、それでも赤火は単独専門で四人行動。


宝石玉具を複数扱う者もいれば、色のついた鋼を得物とするのも数名伺える。


「こいつら……やばいだろ」


狙われろば、全力を出した勇者一行でも、間違いなくただでは済まない。


火炎団。


「あのっ!」


ラソンが振り返る。


「一の朱火長と手合わせしたことってありますか」


女は悔しそうに笑いながら。


「強いです。私では歯が立ちません」


初代団員において、中距離と近距離を受け持った人物。


「マジっすか」


もう一度お辞儀をして、ラソンは去っていく。



昨日通った出入り口は荷馬車などで混雑している。本来この方面は兵士が守っているため、彼らの到着を待っているのか、ここの扉は上がったままになっていた。


数分後、トントの姿を遠目に確認する。


魔法陣の明火長。


魔獣具使いの赤火長。


着火眼のハゲ。


接近戦において、圧倒的な格上と思われる一の朱火長。



今後どれほど忙しくなろうと、彼との笛の練習は。


「最優先だわ」


刻亀討伐に向けて、勇者一行は本格的に動きだす。

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