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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
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二話 親

扉が締まる音に反応し、抱きつかれたことで意識を完全に取り戻す。アクアは片目をこすりながら身体を起こす。


「あっ ごめん、起こしちゃった」


謝りながらも「にへへ」と笑っているため、あまり反省しているようには思えない。それでもアクアとしては、こんな彼女の方が好きだった。


「グレン君は?」


「でかけちゃった~」


最近は元気もなく、グレンが嫌がるためアホっぽい喋り方は控えていた。


「まったく、人の気も知らないでさ」


「アクアは何だかんだで、いつも優し~ねえ」


可愛い子ぶるというよりも、それは自分が馬鹿だと認識させるための口調。どちらかと言えば、アクアの方が少し作っている。


机で寝ていた状態でも、ガンセキほど身体は凝っていないのだろう。元気よく身体を伸ばせば、眠気も一緒にどこかへ消える。


「もしかしてセレスちゃんってさ、メモリアさん目指してる?」


「ふえ?」


あの女性。話し方や動作だけは可愛い子ちゃんだが、周りの兵士たちを怯えさせていた。


「憧れるけど、私あんな格好良くはできないな~」


「格好良い……のかな?」


弱肉強食とか言っちゃう人物である。


「うん。メモリアさん、格好良いと私は思うよ」


「そっか」


アクアは立ち上がると、窓際まで足を進め、外の様子を確認する。


「まだ暗いや」


気づけば男部屋の扉が開いていた。


「あの人は恐らく、女を捨ててるぞ」


最初の挨拶くらいしか出来てないが、赤火のラソンという女性以上には。


「ダメじゃないか、女の子の話しを盗み聞きしちゃ」


「すまん」


だがセレスは興味を持ったようで。


「ピリカさんはどうなのかな?」


「彼女の内面に関しては、俺にも良く解らん」


口には出さないが、必要であれば女を交渉の材料に使いそうだが。


「やっぱ強くなるなら、女は捨てなきゃダメなのかな~」


「そこら辺は俺も専門外ではあるが、フィエルさんは立派な方だと俺は思うよ」


ただ責任者として、言っておきたいことはある。


「恥ずかしながら経験豊富とは程遠いが、恋愛は人生を変える」


ガンセキは小説を好んで読む。その内容はフィクションもあるが、実在した人物をモデルにしたものもあった。


「色恋沙汰なんて言葉があるくらいだ」


「ボクらの元になった三神さまのことかな?」


嫉妬・恨み・依存・恐怖


「負の感情と言われるが、どれも必要なものだ」


洗脳は歴史に欠かせない。


「恋愛に限らず人と深く関われば、大小の危険は避けれない。救われる切欠にもなれば、転落に繋がる時もある」


少なくともガンセキは救われた。



このような会話をしたことがなかったから、セレスは「うへへ」と笑いながら。


「ゼドさんは、どっちだったのかな」


彼女も馬鹿ではない。時折彼が、自分と誰かを重ねていると気づいていた。


「さっきグレンちゃんに言われたんだけどね、中身は意外とまともなんだって」


同じ勇者だからか、込められた感情は。


「あくまでも個人の意見だが、剣さえなければ人格者だ」


アクアは窓から花瓶の水を捨てると、魔法のそれを新たに注ぐ。


「剣道の果てってさ、なんだったのかな」


話すからには、仲間にも伝わると知った上だろう。


本当は世界など、どうでも良かったのではないか。


「グレンから聞いた内容を察するに、両親への反抗か」


「馬鹿みたい。それただの思春期じゃん」


セレスの発言はゼドだけでなく、別の相手への嫌味も混ざっていた。


「親が憎いとか、ボクには理解できないよ」


勇者の村で育ち、レンガという都市しか知らないのだから無理はない。


「世襲というものがあってな、人によっては一生を引きずるものだ。それにな、全ての親がまともとは限らん」


病が発症し、子を殺す親もいる。


「でもセレスちゃんの言う通りでさ、歳を重ねたら認識も変らないのかな」


ゼドなりの重要な役割が用意されていたかも知れない。


「気づいたときにはもう、引き返せない場所に立っていることもあるんだ」


少なくとも勇者と出会ったとき、彼はすでに剣士として死んでいた。


ガンセキには責任者として、勇者と二人を死なせないという目標がある。


「恐らくゼドさんは、実力不足が原因で諦めた訳じゃないのだろう。剣道の果てというのを、自分で決めれるならもっと楽なんだがな」


単純に強くなりたいとかであれば、果てしない道のりだとしても、迷いづらいのではないか。些細な切欠で、それが崩れてしまうこともあるが。


「言ってしまえば、そんなくだらん意地など、下手に持たん方が賢明だ」


「グレンちゃんも、諦めてくれろば良いのに」


花の手入れを終えると、アクアは振り返り。


「無理だよ」


セレスを睨みつける。


遺書を読んだのだから、彼女も理解はしているのだろう。


「私なんかより、ずっと危なっかしいと思うんだけどな~」


「だからさ、あいつ自分のことしか考えてないんだって」


どうしたものかと溜息をつく。ガンセキは気をとり直して。


「一時間くらい休んでおけ」


この地で散った命。


「夜更かしのせいで、お肌荒れちゃった」


セレスは自室に戻る。ちゃんとした身なりで見送りたいから。


「けっきょくさ、ボクらに心配されて、なんだかんだで喜んでるんじゃないかい?」


アクアは椅子に座り、あごを机につける。


「そうかも知れん。あいつは嘘つきだが、ちゃんと本音も隠すからな」


俺は構ってちゃんだと、自分で言っていた記憶がある。



自室に一人。扉を締めたまま動かない。


「本当に馬鹿だよ。ちゃんと助けてって言わないと」


相手には伝わらない。


・・

・・


逃げるように飛び出したグレンは、なにかを探して周囲を歩いていた。


男部屋、女部屋。そして出入り口の扉。ほかにもあったかも知れないが、多分室内にそれらしきものはなかったはず。


「……やばい」


建物自体はここ最近のものだと思われるし、全てに設置するのは難しいのではないか。


辺りを見渡せば、巡回している兵士が数名いた。本当は自分から話しかけるのは苦手だけど、今は緊急事態だった。


「すんません、トイレってここらにあります?」


グレンに気づいた相手は姿勢を整えると。


「たしか勇者様の宿舎の裏手に」


あったのかよと心の中で突っ込むが、今さら戻れない。


「ちょっとくらい遠くても良いんで、屋外のがあれば」


指をさして大まかな場所を教えてくれたため、お礼もそこそこに走りだす。



こういう時はまだ大丈夫だと思うより、やばい出そうと考えた方が、我慢できると聞いたことがあった。


掛け声は「漏れる・出る・やばい」の三拍子。


着実に足を進めていくが、もう周りの景色を眺める余裕はない。


力を込め続ければ、それだけでも疲労は蓄積する。そんな時は数秒緩めるのが肝心だと、どこかの糞好きに教わった記憶があった。


肛門筋を締めながら走っていたが、そろそろ限界が近づいてきた。


今は一歩一歩を慎重に、顔を出した太陽がこんにちわをしないよう、力の入れぐわいを調節する。


やがて目的地が視界に映る。砂漠にオアシスといった表現はありきたりだが、今はまさにそれ。



先客がいれば恐らくアウト。悲しいことにセレスのいるあの場所へ、泣きながら戻らなくてはいけなくなる。


グレンは悲壮の決意をする。


「もしもの時は、ガンセキさんに慰めてもらおう」


到着した。少し臭う建物の扉を、恐る恐る確認する。


「神よ」


こんな時だけ祈るのだから、都合の良い神さまだった。しかし願いは通じたようで、使用中の札は裏面だった。


個室に入り内側から鍵をすれば、そこはグレンだけに許された楽園となる。ベルトをゆるめズボンを下げるとき、腰袋の有無で難度も変化するが、幸い今はすぐに戦闘態勢に入れる状況。


歓喜を開放と共に声にだす。


「ぼっとん」


綺麗とは程遠い場所だが、掃除はされているようで、飛び散った液体は少ない。


こんな所でもちゃんと尻拭き紙が備え付けられているのだから、輸送部隊さまさまと言えるが、最悪水だけでも良かったりする。


紙は便器ではなく、別に用意された箱に捨てる。


「衛生面に気づかうのも、楽じゃないな」


これだけの人間が生活していれば、排泄物以外のゴミも出るだろう。自然を崇拝するこの世界において、環境の維持は重要な項目だった。


「流石に遺体と一緒には持って帰らないか」


グレンとしては積荷はゴミのほうが良い。



命がけの旅路を終え、安堵の表情でズボンを上げる。急いでいた所為もあり、少し汚してしまったため、紙を一枚とって綺麗にしておく。


「トイレに感謝っと」


外にでてはじめて気づく。まだ雪が少し舞っていた。


建物の脇には水瓶と柄杓(ひしゃく)。喉が乾いているが、あまり飲みたくはない。


「冷て」


水使い。彼らの存在こそが、豊かな生活の象徴なのかも知れない。


不潔なお手々を洗い流し。


「アクア様々だわ」


その様子を見ていた兵士が、ゆっくりとグレンに歩み寄る。


「良けりゃ、これ使うかい」


布切れを貸してくれた。


「あっ すんません」


お礼を言って返すと、兵士は夜明けの空を見上げながら。


「しばらく動かない方がえぇよ」


兵士に習って眺めれば、何本もの赤い線が空を翔ける。


「鳥ですか?」


「レンガじゃ滅多にないんだがねぇ」


ここは他よりも少し高い位置にあり、近場には見張り台。


「刻亀の所為ですかね」


「同じ魔獣王の領域内だし、飛龍も手は出せんと思いたいのぉ」


世界はそれなりに広いため、出現する確率は元々低い。


「やっぱ土の領域には反応しづらいんすか?」


「そうらしいよ。まぁ、ワシ土使いじゃないから、そこらへんは責任者にでも聞いとくれぇ」


見張り台には数名の兵士がおり、照明玉具でなんらかの合図を送っていた。どうやら彼らが受け持つのは、一つの方面だけらしい。


「特に夜間は内側でも気は抜けねぇなぁ」


望遠鏡は玉具ではないが、魔物具らしき物を身に着けている者もいた。


「遠くの空までは見えないっすよね」


「魔物の中には夜目が利くのもいらぁな」


時間からして朝食の準備でもしているのだろう。兵士は空に昇る煙を指さして。


「あの鳥とか、素材としてどうじゃい」


「でも狩るのすげえ難しいから、結構な値段するんじゃ」


グレンは未だ飛行属性の魔物を倒した経験がない。



見張り台下の建物には、結構な数の兵士がロッド持ちで待機していた。接近してくる鳥に気づけば、すぐに駆け付けられるよう、勇者やお偉いさんの宿舎はここにあるのだろうか。


「気遣い感謝します」


「おうよ、足止めして悪かったねぇ」


数分後、魔物は逃げたようで、空の彼方へと消えていった。


「赤の護衛でグレンです、よろしくお願いします」


彼の地位となれば戦闘に参加することもなく、レンガでは軍服あたりを着ているはず。しかしその兵士は年季の入った鎧を装備しており、型が古いのか少し見てくれも違う。


「いやぁ 朝の散歩がてら、挨拶できてえがった」


杖代わりの剣は錆びているのか、抜くのが大変そうな代物。


身長はグレンよりも頭一つほど小さく、体格も筋肉質ではない。


年齢は六十前半といった所で、特徴といえば横だけ残った乾いたハゲ頭に、白混じりの無精髭。酔っ払っている様子ではないが、鼻頭と頬が気持ち赤みを帯びている。


今は地べたに置いた荷物から、なにかを取り出している。立つと同時に腰を叩き、包みを持ってグレンの前に。


「会話もできたし、もう改めての顔合わせはええよ」


これが彼なりの出世術なのか、人が苦手なグレンもあまり緊張はしていない。


「赤の護衛さまもやること一杯あるだろうし、鬼婆にはワシから伝えとく」


恐らく一般大隊長かと思われる。


賄賂を渡すかのような手つきで包みを持たせ。


「良い身体してんねぇ、頼もしいじゃないかい」


ベタベタとグレンの身体を触る。


「見た目だけは立派なんすよ」


あまり期待されても困る。


「お互い厄介事を背負わされたどうし、仲良く頼みますわ」


刻亀討伐の総責任者。


「頑張ります」


「まあ、ワシ失敗しても引退するだけだし、あんま気負わんでええょ」


そう簡単にはいかないと思うのだが、肩の力が程よく抜けた気がした。



老兵士は背を向けると、足もとの荷物を左腕で抱え。


「そんじゃ、散歩の続きすっから、赤の護衛さまも一日張り切っていきましょ」


汚い剣を杖がわりに、見張り台へ向けて一人歩きだす。


グレンの手には包みに入った握り飯が二つ。


「そういやなんも食ってなかったな」


あまり食欲はない。



トントに言われた地点に向けて、空を見ながら足を進める。いつのまにか、雪は止んでいた。


「親父なんぞ」


年老いた兵士の背中を思い浮かべ。


「お前、知らないじゃねえか」


グレンは嫌味な表情で、すこし誇らしげに笑っていた。

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