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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
13章 終わらない冬
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一話 ボクと私

ここは何処だろう。自分は今までなにをしてたのか。


本当はわかるはずなのに、記憶が抜け落ちている気がする。感覚からして、恐らくこれはあれなのだろう。


「誰かいないのかな?」


確信はもてないが、見られている気配がする。相手は隠れているふうでもない。


もう一度、誰かを呼ぼうとした瞬間だった。聞き覚えがあるけど、初めて聞いた響き。


「私はここにいるよ、いつも君のそばにいる」


「お姉さん誰さ、どこに居るの?」


声だけは聞こえるが、姿は見えない。


「暗くて寂しければ、色くらいなら私にもつけれるかも」


真っ暗だったのが、夜明けのような青に変化する。


「なかなか難しいや、これが限界かな」


「ありがとう。でもけっきょくさ、お姉さんは見えないじゃないか」


姿の確認はできないが、相手が笑った気がした。


「君が私を見えないのと同じで、私も君のことは見えないんだ。でもさ、これは仕方のないことなんだ」


「お姉さんは誰さ……まさか」


水の神さま。


「違うよ、私は君と同じ人間だよ。といっても、すごく偉い水使いさまだけどね」


「じゃあさ、時々ボクに変なのを見せるのって、もしかしてお姉さんなの?」


相手が顎を左右に振った気がする。


「どうだろう。私はずっと寝ている状態だから、無意識に流れちゃっている時もあるんじゃないかな?」


「ずっと寝てたら身体に悪いよ」


そうだねとうなずく。


「この状況をつくっているのは、もしかすれば神さまなのかも」


「神さまがお姉さんを眠らせてるのかい?」


顎を動かした気はするが、否定か肯定かは解らない。


「お名前を教えてくれるかな?」


「アクアだよ」


言葉は聞こえなくとも、感情は入ってくる。


そっか、素敵な名前だ。


「お姉さんは?」


「私は私だよ。名前なんてもう忘れちゃった」


夢の中のお姉さんで良い。


「それじゃあ長くて面倒だよ」


「でも良い名前でしょ」


教える気はないらしい。


「アクアちゃんは今どこにいるのかな?」


「夢の中でお姉さんとお話ししてる」


ヒノキ山の麓。


カフン村跡地。


「なるほど、じゃあもう手紙は読んだ?」


「なんのこと」


遺書。


アクアは思い出したといった口調で。


「うん、あれだね。読んだよ」


「悲しいよね、悔しいよね」


読んだ時の感情をアクアは覚えていない。それでもやり切れない気持ちはあった。


首を捻りながら。


「う~ん、虚しい……じゃないかな?」


「そっか、もう私は覚えてないや」


言葉を真に受けてはいけない。


「口では自分のためって言ってるけど、違うじゃないか」


「そうだよ、彼はセレスのことしか考えてない」


だけど手紙を読んだのなら、解るだろう。


「根本は本人の言う通りだったでしょ。けっきょくさ、自分の事しか考えてないんだ」


「本当に、やな奴だよ」


少し、懐かしそうな感情で見つめられている気がした。


「アクアちゃんは今の状況に、不満でもあるのかな?」


「あるよ。前よりは頼ってくれるけど、何だかんだで勝手に進められることが多いんだ」


悔しいし、悲しいし、虚しい。


「じゃあ二人とも、今の内にちゃんと見ておいた方が良いよ」


誰かが心の中でささやいた。


幸せに気づけるのは、それが終わってから。


「アクアちゃんたちの中で、一番責任者に怒られているのは誰かな?」


答えたくないけど、きっと夢のお姉さんは答えを知っている。


「自分で進めるってことは、そういうことなんだよ」


「でも……だってさ」


甘えていられるうちは、甘えたって良い。


「セレスもアクアちゃんも、自分の尻を自分で拭かなきゃいけない日は嫌でもくる」


そのために勇者の旅がある。


「二人はいないの?」


「ずっと一緒にはいられない」


「そっか」


皆には皆の役割がある。


「一応言っておくね。彼は嫌な奴なんかじゃない」


「そんなこと知ってるよ」


余裕が無い。


「だから知ってるって、彼いつも焦ってるからさ」


「追い詰められた結果なんだよ、ああいう偏った人になったのは」


二人だけの世界。二人だけの物語。


「でも寂しいよね。アクアちゃんだって、今は登場人物なのに」


「そりゃボクだって女の子だしさ、お姫さまには憧れるよ」


うつむく少女の頬を誰かがさすった気がした。


「君は本当に可愛いね」


くすぐったそうに、小さく笑う。


「お姉さん、ボクのお姉ちゃんに似てるね」


「顔も見えないのに?」


自分の頬を触ってみても、すでに誰かの感触は消えていた。


「うん、似てる」


「そっか。じゃあお姉ちゃんとして、妹には力を貸してあげなきゃね」


本当に困ったとき、私を呼べ。


「たぶんボク、目が覚めたら忘れちゃってるよ。だって、そういうものじゃないか」


「ふとした瞬間に思いだすかも知れない。でも私は寝てることが多いから、何時もは無理かも」


夢の中のお姉さんは、そう言いながら欠伸(あくび)をした気がした。


「大丈夫だよ、ボクはボクで何とかするから」


「うん、それでこそ私の可愛いアクアちゃんだよ」


照れくさそうに少女は笑う。


お姉さんはうつらうつら。


「あぁ、そうだ……刻亀はね」


眠気から、抗うことは難しいのだろう。


「今の、私によく似てる」


お姉さんはいなくなった。


それでも、頬の暖かさは残っていた。


気持ちがいい。


・・

・・


目覚めれば、数日ぶりのベッドだったが、自分から入った記憶がない。


窓代わりの板は閉まっており、外の様子は伺えないが、玉具の明かりで視界はひらけていた。雰囲気からして夜中だというのは理解できた。


「いてぇ」


半身を起こせば、頭痛と身体の怠さに気づく。額に添えていた腕を確認すると、黒い模様が濃くなっている。


「大分酷使したようだな。範囲も広がってるぞ」


ベッドの脇。責任者は椅子に座っていた。


「すんませんね、寝ずの看病っすか?」


「その積もりだったが、つい先程まで船を漕いでいた」


ガンセキは指を重ねたのち、両腕を伸ばして身体を解す。かなり凝っていたようで、音が耳に入ってきた。


「逆手重装ですが、デマドで調べた時より、かなり縛りが緩くなってます」


左腕の黒い模様。


「そうか」


「俺、どんくらい寝てましたか」


ガンセキは立ち上がると、窓まで足を進め、板を持ち上げて棒をはめる。外は青みががっていた。


「朝っすか?」


「お前がカフンに到着したのは、昨日の昼前だ」


感覚として数日は眠っていた気分だったが、ほんの二十時間程度らしい。


「たくさん寝るっつうのは、けっこう辛いもんすね」


グレンは端座位になる。


「二・三日は安静と言われてるんだがな」


「成り行きで、赤火長と笛の練習をすることになりまして」


遭難してからの出来事を説明するが、ガンセキはすでに聞いているようだった。


「勇者の護衛という役目には強い権限がある。気持ちは解るがな、もう少し慎重にするべきだ」


「すんません」


シンセロの遺言を通すため、グレンは自分の肩書を利用した。


「気にするな。それよりも、お前にばかり押しつけてすまんな」


火炎団とのパイプ役。


「気にしないでください。逆に兵士側は、そっちに任せきりですし」


「なに、三人でボチボチやっていくさ」


グレンは中継地でもカフンでも、兵士との会話はほとんどしていない。


「さっそくで申し訳ないが、赤火長はどんな人物だった?」


「そうっすね……ただの笛吹きです」


トントとのこれまでのやり取りを、ガンセキに伝える。


「まあ、俺らとしては都合が良いんですが」


一通りの人物像を聞いたガンセキは、それでも真剣な表情を崩すことなく。


「侮るなよ。優秀ではなかったとしても、無能とは限らん」


自分の力量を把握し、出来ること出来ないことを分別させ、目的のために力を尽くす。


「交渉というのはただの始まりで、本番はそこからだ」


騙した先。それでも相手が()れなければ、根本は揺るがない。


「とりあえず、相手との繋がりは結べました」


「しかし笛の練習とはな」


それに関しては、グレンも苦笑いを返すしかない。


辺りを見渡す。逆手重装が入っている箱の上に、長手袋が置かれていた。


「このままでの外出もあれなんで、手伝ってもらっても良いですかね?」


ガンセキは長手袋を拾い上げると、グレンのもとへ。


・・

・・


勇者一行に用意された場所は、一軒家と呼ぶには少し小さいが、男部屋を出ると話し合いなどが可能な空間となっていた。


壁にはカフン全体と、その周辺が描かれた地図。


机の他には人数分の椅子。


窓際の花瓶には赤い一輪。



アクアは机に伏せたまま。毛布を掛けられているところからして、恐らく眠っているのだろう。


セレスは頬杖をつきながら、空いた手でアクアの頬をさすっていた。


「おはようさん」


ぎこちない言葉かけに、目をこすりながら身体を起こす。


「うへぇ もう大丈夫なの?」


「寝すぎて頭痛いくらいだ」


ふ~んと心ない返事をしたのち、セレスは机におでこをくっつける。


「悪かったな」


「良いよ、別に。私も悪かったしー」


嫌味というか、不貞腐れたような口調だった。


「なんだよ」


「怒られたの」


ぷくっと頬をふくらませる。いい気味だと言いたいところだが。


「気にすんな、俺なんしょっちゅうだっつうの」


「ゼドさんに怒られるなんて、屈辱だもん」


溜息をつくと、地図のもとまで足を進める。


「あの人あんなんだけど、中身はけっこうまともなんだぞ。正論だったろ」


「ぶ~」


指で地図をなぞり、頭に詰め込む。その様子をみて。


「どこか行くの? お医者さん安静にって言ってたよ」


「俺だって当分は無理したかねえ、赤火長に笛を習いに行くだけだよ」


セレスは顔をあげると、ぷぷっと笑いながら。


「グレンちゃんに笛なんてムリだよ。なんなら私かわってあげようか~」


「んなこた承知だっつの。でもよ、これは俺がやらんきゃいけねえことなんだよ」


火の服をまとった背中は、彼女が思っていたよりも、ずっと小さかった。


「私と同い年だってこと、忘れてない?」


「出来の悪い近所の妹って感覚だしな」


軽い口調とは裏腹に、セレスの目つきは鋭かった。


「妹ってさ、グレンちゃん私のこと、家族だと思ってんじゃん」


「近所のって言葉を抜かしてんじゃねえよ」


赤の護衛は地図から目を離さない。


「ああ、そうだ。あれ、返してくれよ」


手紙。


「もう見ちゃったんだから良いじゃん」


「つってもよ、未完成品だし」


時間は流れているのだから、その時々で付け足したり消したりしている。


「ダメです。あれは私が預かりま~す」


ふざけた口調に勘違いして、グレンは溜息混じりに振り返る。


相手は真っ直ぐにこちらを見つめていた。


「妹じゃないでしょ」


思わず後ろに下がろうとするが、壁が邪魔して行き場がない。


「いつからグレンちゃんは、私のお父さんになったの」


もう一度、同じ言葉を。


「同い年だって忘れてない?」


「その目で見んのやめろって、怖いから」


叩かれた時とは、別種の恐怖だった。


「私ももう、グレンを家族とは思ってないよ」


「そうか」


口には出さなくとも、表情が物語る。


赤の護衛は頭をかきながら、出入り口と思われる扉に向けて歩きだす。


「ありがとよ」


「逃げるの?」


「怖いからな」


セレスはアクアを起こさないよう、そっと立ち上がり。


「挨拶なら、全部終わったら一緒に行ってあげるから」


「勘弁してくれ、誰だよお前」


失策といえば失策なのだろう。あの手紙が、色んな意味でぷつんと切れさせた。


「誰って、セレスだけど」


「ビビるから、急に階段登るなよ」


その顔は本当に怯えていた。


「私は私なりに、今できることをやるしかない。それでも、グレンちゃんの心配事は、一つずつ片付けていく」


どれほど頑強な鎧を装備しようと、彼の根本は変わっていない。


「だから、私の心配事とも向き合ってよ」


等価交換ではなかったとしても、両者が納得すれば成立する。


一方通行の要望など、認められる訳がない。


「交渉ってさ、そういうことなんでしょ?」


「お前は馬鹿なふりして、なんだかんだで理解はしてるんだな」


セレスは再び椅子に腰をおろし、机にふせる。


「自分が馬鹿かどうかなんて、私にはわからないもん。周りで勝手に決めれば良いじゃん」


グレンは扉を開け、外に一歩を踏みだす。


「今回は俺の負けでいいから、あんま踏み込んでくんなバカ」


もう遺書は書かない。


「バカっていう方がバカなんです~」


「ケッ」


扉が閉まる。


幼稚な喧嘩で終わってしまったが、セレスは満足気にアクアに抱きついた。


「うへへ~ 私の勝ち~」


それは、とても気持ち悪い笑顔だった。

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