十五話 後編 恋と愛
三話投稿の三話目です
救助に向かった四人は時計を持っていなかったため、正確な時刻は計れない。
捜索目標二名の反応無く、予定どおり沢を渡った直後、案内人が(方角)の空に狼煙を発見する。
○○分後、赤の護衛がこちらの存在に気づき、進路を変更。
沢を跳び越え、一体の単独がこちらに接近。案内人が対処すると名乗りでたが、一名では危険との意見があがる。
一般補佐が同行すると案を出すが、二名ずつに別けるのは得策でないと、案内人が反対する。
属性補佐代理は案内人の意見を採用。
案内人が単独への対処に向かう。
シンセロの記録はかなり細かった。
「そういえば、お前さんマメな性格でしたねえ」
いつも周りに気を使ってくれていた。
コガラシでも分かりやすいよう、頑張って細かく説明しようとしてくれたが、逆に難しくなって頭を抱えていたこともあった。
報告書の下書き。
なんど読み返しても、相変わらず頭に入ってこない。
マッサージ。自分もいつだったか、してもらった記憶がある。
戦いでは役に立てないぶん、それ以外のことは全部受け持ってくれていた。
「まいったねこりゃ。始末書とか、これからどうすりゃ良いんですかい」
宿舎の裏。地面に座りながら、ブツブツと独り言。
「一人に全部押し付けてるから、こういうことになんのよ」
待ち人が来ても、紙の束から目を離すことができない。
「おっしゃる通りで」
文章を目で映しても、認識されずに抜けていく。
「あの人ね、あっしに凄く甘いんでさあ」
「いなくなってから初めて気づくって言うけど、あんたは前から気づいてたでしょ」
へっへと力なく笑い。
「ええ」
二人の会話はボルガやフィエルにも聞こえていた。
「心配してたわよ」
最後の瞬間まで。
「心配されるような分隊長で、お恥ずかしい」
「情けないわね」
言い返すこともできない。
「二人三脚でやってきたつもりだったんですが、本当にねえ」
「役割分担して。あんたはあんたなりに頑張ってきたんでしょ」
互いに自立していなかっただけ。
「自信を持つしかない。二人だけで戦ってきたわけじゃないんだから」
守ってきた分隊の連中がいるんだから、大丈夫だって信じるしかないだろ。
メモリアがイザクと合流したいま、補佐代理の役目は終わっていた。
「こちらの要望が通るかどうかは解らないけど、一応お願いはしておきました」
シンセロがいなければ、問題を起こした時点で解散させられていたかも知れない。
「私は彼みたいに甘くないから。始末書だってどんなに時間がかかろうと、あんたに書かせるわよ」
「あっしの望む関係になったら、そういうのは良いんですかい?」
少なくともフィエルとデニムは同じ分隊だった。
「態度次第だと思うけど、結婚とかすれば話は別ね」
妊娠すれば、兵士そのものも止め、別の役職に回されるだろう。
コガラシは初めて紙の束から視線を動かす。
懐から取りだしたのは、一枚の手紙。
「色々と考えたんですが、死に際の人間にあんま酷な質問はできやせん」
フィエルはそれを受け取り、目を通す。
『産んでくれたことを恨んだ時期もありましたが、今は何だかんだで生きていて嬉しいです。
あなたの息子で幸せでした。
自慢の息子より』
思わず笑ってしまった。
「親不孝でごめんなさいくらい、加えておいた方が良いんじゃない?」
「産まれたことが最大の孝行でさあ」
恐らく本人は微塵も思ってないが、冗談として発言したようだ。
「まあ、感謝だけでも十分よ」
コガラシは黙りこむ。
空を見上げる。晴れていた。
耳をすませば、武具を直す音。
「あんだけクソ真面目な女なら、最初の時点で気づけてたと思うんですがね。苦労することくらい」
「恋愛なんてね、アホにならなきゃできるもんじゃないわ」
風使いという恐怖を背負い続けてきたコガラシには、理解できない感情だった。
「あのおっかさんに、そんな時期があったなんて、想像できやせんね」
「たぶん愛ってのは、それが冷めてから始まるのよ」
恋愛感情も何もかもを失って、情だけが残るまでの道のりか、またはその先。
「楽しいから、それを求めて、相手を裏切ることだってあるんじゃない」
「そもそもお前さん、あっしに恋愛感情はあるんですかい?」
フィエルは返事をせず、少しのあいだ考える。
「ないわね」
「ひでえ」
ごめんなさいと笑いながら。
「私もう三十でね、けっこう焦ってるのよ」
これも本音。
「妥協も選択に入ってるわけ」
コガラシは落ち込んで肩を落とす。
「あんた悲しいことがあって傷心でしょ、チャンスだと思わない?」
「こりゃまたバカ正直に。でも、本人に言っちまう時点で、なにもかもお終いでさあ」
ゼドとの会話の中で、彼女も色々と考えていた。
「普段どんなに真面目で確りした人でも、本当に重要な決断を迫られたとき」
誇り
信念
「アホみたいな拘りが邪魔をして、どうしようもない選択をする人っているのよ」
コガラシは頭を上げて、自分の過去の分岐を思いだす。
「おばさんのこと、本当は看取りたいんでしょ」
「おっかさんには迷惑かけてきたんで、逆らえやせん」
師匠の遺言で、彼はレンガに戻ってきた。
「あんたは普段どうしようもないけど、何だかんだで最後は聴く耳を持っている」
シンセロは長年考えることを放棄していた。
「ちゃんとした理由がないと、あそこまで尽くしてくれる人なんて現れないでしょ」
報告書の下書きには文字がぎっしりと詰まっていて、しわくちゃになっていた。
別に自分のためではなく、これが彼の性格なのだろう。
困ったもので雫が落ちて、余計に読みにくい。
「師匠もおっかさんも、補佐さんも」
紙の束に顔を埋める。
「皆いなくなっちまう」
「私はあんたのそういう所、けっこう好きよ」
本当はいかないで欲しい。
「無事に生還したら、抱きしめてくれるんじゃなかったかしら?」
「そんな気分じゃねえや」
コガラシは袖で顔面を拭い、立ち上がる。
「多分あっし、長生きできやせん」
「ゼドさんから話は聞いてる。自分とは違うって言ってたわ」
今の顔を見せたくないから、振り向かない。
「結婚だけは死んでも嫌でさあ」
本当は傍に居て欲しい。
「それでも死ぬ時は、一人で死になさい」
返事は予め考えておいた。
「一応対策は立てるけど、もしできちゃった時は、私が命がけで守るから」
兵士は剣士の背中を抱きしめて。
「最後まで、勝つことを諦めちゃだめ」
刻亀討伐が終わるまでと言っていたが、すこしフライングだった。
「返事は?」
コガラシは力なく首を動かす。
「はい」
本当はもう、フィエルは知っているのだが。
「色々と伝えなきゃいけねえことがあるんですが、今度で良いですかねえ」
「私も疲れてるから、今度にして」
話してもらったのではなく、話させました。
遺言に関してはまだ伝えてないが、今だけはこの気持に浸っていたい。
アホのままで構わない。
「無事で良かった」
コガラシは顔をあげると、肩にかけられたフィエルの手を掴み。
「お前さん汗臭さいねえ。大変だったようで、お疲れさんでした」
これで悪気がないのだから、本当に恋愛には向かない性格だった。
フィエルはコガラシを突き離すと。
「言葉を選びなさい!」
頭を叩く。
・・
・・
もとは村なだけあり、カフンの敷地はそれなりに広い。
勇者一行の宿舎は兵士や火炎団とは別の場所で、あの広場からはけっこう離れていた。
上り坂。
所々ではあるが、泥に染まった雪が残っている。
ガンセキはグレンに背中を向けたまま。
「とりあえず、よかった」
泣きそうな責任者は情けないが、彼の最大の目的は三人を死なせないこと。
「いや、今回はマジで死ぬかと思ったっすよ」
ふざけた口調。
セレスはグレンを無視してどんどん進んでいた。
隣を歩くアクアは沈んだ表情のまま。
「ごめんね。ボクがもうちょっと確り手入れしておけばよかった」
握っていたのは、火の服の一部だった。
「お前の愛情が足りないから、こんなことになったんだ。一針一針に思いを込めてくれねえと」
「……そうだね」
頭を殴られるつもりで言ったのだが、予想外の反応にグレンは狼狽する。
「まあ、あれだ。俺が普段から酷使しすぎたせいだ」
中継地での出来事を思いだし。
「姉ちゃんの技術は一流だし、お前の補修があったからこそ、ここまで着てこれたんだよ」
「ありがと」
元気がなくて気持ちが悪い。困り果て、後ろのゼドを見る。
「物を大切に使わないから、こういう目に合うんだすよ」
自慢気にナイフと投槍をかざす。明火長にお願いして、もらったらしい。
「そんな格好のあんたにだけは言われたくねえよ」
ズボンは何とか原型を保っているが、上半身は布一枚の裸ん坊。
「どこかの精霊さんみたいだって言われただす」
「気持ち悪い精霊だな」
この世界に精霊というものは存在しないが、恐らく誰かの創った物語に登場しているのだろう。
責任者は立ち止まると、赤くなった目をそのままに、頭を下げる。
「ありがとうございました」
「照れるだすね」
後頭部をさすっているが、照れている感じはしない。
「あなたの剣に、少なくとも俺は救われました」
「そうだすか、それは良かっただす」
返事は棒読みだが、いつかみた無表情。
動きが止まったことに気づいたのだろう。セレスがこちらの様子を眺めていた。
「アクアさん、あいつなんであんな怒ってんだ」
青の護衛はうつむき。
「班長さんに教えてもらって、君の手紙を読んだんだよ」
清水運びにてカマキリと戦うために、その情報を伝えていた。
「ああ、そうか」
グレンの顔色が変化する。
「ペルデルさんを恨むなよ。どちらにせよ、俺たちはお前の荷物を広げていたはずだ」
「最初からそんなつもりないっすよ。もしもの時の対策ですし、やっておくべき事で、後悔もありません」
赤の護衛は責任者を追い越して、そのままセレスのもとに向かう。
背後で声がする。
「理解はできるが、流石にあれはないぞ。もう少し相手の気持ちを考えろ」
「間違ってはいないはずです」
ゼドは残された二人につぶやく。
「悲しい人だすよね」
・・
・・
手紙
刻亀の魔法の対策。
戦いの流れ。
火炎団との交渉にどのような内容、材料を用意しているか。
そもそも交渉の目的は何か。
また失敗した場合は、誰を候補に上げるか。人が変われば方法も変化するため、兵士と共闘した場合の内容も記してあった。
一対一。セレスと対峙する。
「怖いからあんま睨むなよ」
敵意というか、物凄く殺気立っている。
「勇者ってなに」
「勇者は勇者だろ」
普段ここまで怒ることがないから、本当に怖くて足がすくむ。
左腕も痛いし。
「貴方の理想って高すぎて、私にはついて行けないんだけど」
「理想は理想だよ。俺にも憧れがあってな、そう簡単に捨てられるもんじゃねえし、嫌なら否定すれば良い」
彼女にこういった目でみられるのは、正直つらい。
「最初から死ぬつもりだったの?」
「旅立つ前に言ってただろ。俺は間違いなく最初に死ぬって」
背筋が寒くなり、上下の歯をガタガタ鳴らしそうで困る。でもそれは格好悪いから我慢する。
手紙の中で刻亀に関する内容は、最初の数枚だった。
『相手を騙すとき、個人的に騙されないと信じている奴より、騙されやすいと気づいている相手のほうが厄介だと思う。だからお前はいつも、自分は騙されやすいから、気をつけようって心がけておけ』
『俺は人付き合いが苦手なんだけど、お前が兵士やデマド組合と関わってるのをみて、けっこう感心してたんだ。その姿勢だけは崩さないほうが良い』
ガンセキやアクアに向けたものも当然あったが、大半はこのようなセレスへの心配事。
何枚にも及ぶ手紙の中で、自分に関することは最後の数行。
もしそこに俺の死体があれば良いけど、なければ遺品をどんな形でも良いから。
「お父さんやお母さんと、一緒に眠りたいの?」
「ああ、もし死んだ場合はな」
これほど怒りを込めても、表情を崩さない相手に。
「全部終わったら、詫びを入れに行けば良いの?」
「もしお前が申し訳ないと思っているんならの話だ。嫌味の一つでも言ってやるって書いてあったろ」
悔しくて、くやしくて堪らない。
理由はわからないけど、一番許せなかったのが、最後の一文。
「勇者ってなに」
「だから勇者は勇者だろ」
本当は怖くて一歩下がりたい。
「勇者になれってなに、勇者ってなんなの」
自分は馬鹿だから、意地でも表には出さない。
目を反らすわけにはいかない。どう返答して良いか解らない。
思わず、本音が口から出てしまう。
「そんなの、俺が居な」
言い切ろうとした瞬間、セレスに頬を叩かれた。
「変な理想押しつけないでよ!」
魔力をまとった状態のまま、思いっ切りやられたようで、メチャクチャ痛い。
「私は貴方が望む勇者にだけは……絶対にならない」
セレスは向きを返し、グレンを置いて去っていく。
地面に唾を吐く。血が混じっていた。
「遺言を残してなにが悪い」
セレスを追って一歩を踏みだす。
「間違いのはずがない。あれが間違ってるはずがねえ」
見守ることしかできなかったが、グレンはあの光景を生涯忘れることはないだろう。
「待ちやがれ、この馬鹿」
頑張っても頑張っても、セレスとの距離が広がっていく。
「頼むから、話を聞け。それじゃ駄目だ」
先ほど叩かれて、脳が揺れたのか、自分でかけた暗示が緩む。
「優劣に関係なく、人がつくったもんは、いつか動かなくなるんだよ」
追おうとするが、めまいと頭痛に襲われる。
足がもつれ、地面に転倒する。
立とうと手をつくが、横に転がってしまい、ボロボロの上着に土がつく。
気持ちが悪い。
待てと叫ぼうとするが、こみ上げてきて声がでない。
ガンセキが横たわるグレンを抱える。
少し遅れて駆け寄ったアクアが叫ぶ。
「セレスちゃん!!」
嘔吐していた。責任者が背中をさする。
その光景を眺めていたが、意識を取り戻し走りだす。
赤の護衛は勇者が近くにいると気づき、彼女の足もとにしがみつく。
「まちがってる、はずがねえ」
よじ登ろうとする。
「シンセロさん、まちがってねえだろ」
左腕が痛くて、ずり落ちる。
セレスは膝から崩れる。
「なんで怒っているのか良くわからないだすが、もうちょっと優しくしてあげないと可哀想だすよ」
困惑した表情で、セレスはゼドを見上げる。
沢で溺れて意識を失った。
寒さを炎と土でごまかした。
冷える体に鞭を打って、狼煙をあげた。
睡眠不足、体調不良の状況で、魔物と戦った。
「生き残るために、ここまで歩いて来たんだすから」
自分の事だとわからないくせに。
「ガンセキ。グレン殿は道拳士じゃないだすよ」
一本道を歩く。
「赤の護衛だす」
他人事として客観的にみたことで、今ごろ理解できた気がする。
『あんたは、剣越しにしか私を見ない』
沈黙。
「女の子を泣かす男は、最低の屑だす」
セレスは必死に堪えながら。
「泣いてないもん」
気を失ったグレンを抱きしめる。
「そうだすね」
少なくともシンセロは、最後まで諦めてはいなかった。