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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
175/209

十五話 後編 恋と愛

三話投稿の三話目です



救助に向かった四人は時計を持っていなかったため、正確な時刻は計れない。



捜索目標二名の反応無く、予定どおり沢を渡った直後、案内人が(方角)の空に狼煙を発見する。


○○分後、赤の護衛がこちらの存在に気づき、進路を変更。


沢を跳び越え、一体の単独がこちらに接近。案内人が対処すると名乗りでたが、一名では危険との意見があがる。


一般補佐が同行すると案を出すが、二名ずつに別けるのは得策でないと、案内人が反対する。



属性補佐代理は案内人の意見を採用。


案内人が単独への対処に向かう。



シンセロの記録はかなり細かった。


「そういえば、お前さんマメな性格でしたねえ」


いつも周りに気を使ってくれていた。


コガラシでも分かりやすいよう、頑張って細かく説明しようとしてくれたが、逆に難しくなって頭を抱えていたこともあった。



報告書の下書き。


なんど読み返しても、相変わらず頭に入ってこない。


マッサージ。自分もいつだったか、してもらった記憶がある。


戦いでは役に立てないぶん、それ以外のことは全部受け持ってくれていた。


「まいったねこりゃ。始末書とか、これからどうすりゃ良いんですかい」


宿舎の裏。地面に座りながら、ブツブツと独り言。


「一人に全部押し付けてるから、こういうことになんのよ」


待ち人が来ても、紙の束から目を離すことができない。


「おっしゃる通りで」


文章を目で映しても、認識されずに抜けていく。


「あの人ね、あっしに凄く甘いんでさあ」


「いなくなってから初めて気づくって言うけど、あんたは前から気づいてたでしょ」


へっへと力なく笑い。


「ええ」


二人の会話はボルガやフィエルにも聞こえていた。


「心配してたわよ」


最後の瞬間まで。


「心配されるような分隊長で、お恥ずかしい」


「情けないわね」


言い返すこともできない。


「二人三脚でやってきたつもりだったんですが、本当にねえ」


「役割分担して。あんたはあんたなりに頑張ってきたんでしょ」


互いに自立していなかっただけ。


「自信を持つしかない。二人だけで戦ってきたわけじゃないんだから」


守ってきた分隊の連中がいるんだから、大丈夫だって信じるしかないだろ。



メモリアがイザクと合流したいま、補佐代理の役目は終わっていた。


「こちらの要望が通るかどうかは解らないけど、一応お願いはしておきました」


シンセロがいなければ、問題を起こした時点で解散させられていたかも知れない。


「私は彼みたいに甘くないから。始末書だってどんなに時間がかかろうと、あんたに書かせるわよ」


「あっしの望む関係になったら、そういうのは良いんですかい?」


少なくともフィエルとデニムは同じ分隊だった。


「態度次第だと思うけど、結婚とかすれば話は別ね」


妊娠すれば、兵士そのものも止め、別の役職に回されるだろう。




コガラシは初めて紙の束から視線を動かす。


懐から取りだしたのは、一枚の手紙。


「色々と考えたんですが、死に際の人間にあんま酷な質問はできやせん」


フィエルはそれを受け取り、目を通す。



『産んでくれたことを恨んだ時期もありましたが、今は何だかんだで生きていて嬉しいです。


あなたの息子で幸せでした。


自慢の息子より』



思わず笑ってしまった。


「親不孝でごめんなさいくらい、加えておいた方が良いんじゃない?」


「産まれたことが最大の孝行でさあ」


恐らく本人は微塵も思ってないが、冗談として発言したようだ。


「まあ、感謝だけでも十分よ」


コガラシは黙りこむ。



空を見上げる。晴れていた。


耳をすませば、武具を直す音。


「あんだけクソ真面目な女なら、最初の時点で気づけてたと思うんですがね。苦労することくらい」


「恋愛なんてね、アホにならなきゃできるもんじゃないわ」


風使いという恐怖を背負い続けてきたコガラシには、理解できない感情だった。


「あのおっかさんに、そんな時期があったなんて、想像できやせんね」


「たぶん愛ってのは、それが冷めてから始まるのよ」


恋愛感情も何もかもを失って、情だけが残るまでの道のりか、またはその先。


「楽しいから、それを求めて、相手を裏切ることだってあるんじゃない」


「そもそもお前さん、あっしに恋愛感情はあるんですかい?」


フィエルは返事をせず、少しのあいだ考える。


「ないわね」


「ひでえ」


ごめんなさいと笑いながら。


「私もう三十でね、けっこう焦ってるのよ」


これも本音。


「妥協も選択に入ってるわけ」


コガラシは落ち込んで肩を落とす。


「あんた悲しいことがあって傷心でしょ、チャンスだと思わない?」


「こりゃまたバカ正直に。でも、本人に言っちまう時点で、なにもかもお終いでさあ」


ゼドとの会話の中で、彼女も色々と考えていた。


「普段どんなに真面目で確りした人でも、本当に重要な決断を迫られたとき」


誇り


信念


「アホみたいな拘りが邪魔をして、どうしようもない選択をする人っているのよ」


コガラシは頭を上げて、自分の過去の分岐を思いだす。


「おばさんのこと、本当は看取りたいんでしょ」


「おっかさんには迷惑かけてきたんで、逆らえやせん」


師匠の遺言で、彼はレンガに戻ってきた。


「あんたは普段どうしようもないけど、何だかんだで最後は聴く耳を持っている」


シンセロは長年考えることを放棄していた。


「ちゃんとした理由がないと、あそこまで尽くしてくれる人なんて現れないでしょ」


報告書の下書きには文字がぎっしりと詰まっていて、しわくちゃになっていた。


別に自分のためではなく、これが彼の性格なのだろう。


困ったもので雫が落ちて、余計に読みにくい。


「師匠もおっかさんも、補佐さんも」


紙の束に顔を埋める。


「皆いなくなっちまう」


「私はあんたのそういう所、けっこう好きよ」


本当はいかないで欲しい。


「無事に生還したら、抱きしめてくれるんじゃなかったかしら?」


「そんな気分じゃねえや」


コガラシは袖で顔面を拭い、立ち上がる。


「多分あっし、長生きできやせん」


「ゼドさんから話は聞いてる。自分とは違うって言ってたわ」


今の顔を見せたくないから、振り向かない。


「結婚だけは死んでも嫌でさあ」


本当は傍に居て欲しい。


「それでも死ぬ時は、一人で死になさい」


返事は予め考えておいた。


「一応対策は立てるけど、もしできちゃった時は、私が命がけで守るから」


兵士は剣士の背中を抱きしめて。


「最後まで、勝つことを諦めちゃだめ」


刻亀討伐が終わるまでと言っていたが、すこしフライングだった。


「返事は?」


コガラシは力なく首を動かす。


「はい」


本当はもう、フィエルは知っているのだが。


「色々と伝えなきゃいけねえことがあるんですが、今度で良いですかねえ」


「私も疲れてるから、今度にして」


話してもらったのではなく、話させました。


遺言に関してはまだ伝えてないが、今だけはこの気持に浸っていたい。


アホのままで構わない。


「無事で良かった」


コガラシは顔をあげると、肩にかけられたフィエルの手を掴み。


「お前さん汗臭さいねえ。大変だったようで、お疲れさんでした」


これで悪気がないのだから、本当に恋愛には向かない性格だった。


フィエルはコガラシを突き離すと。


「言葉を選びなさい!」


頭を叩く。


・・

・・


もとは村なだけあり、カフンの敷地はそれなりに広い。


勇者一行の宿舎は兵士や火炎団とは別の場所で、あの広場からはけっこう離れていた。


上り坂。


所々ではあるが、泥に染まった雪が残っている。


ガンセキはグレンに背中を向けたまま。


「とりあえず、よかった」


泣きそうな責任者は情けないが、彼の最大の目的は三人を死なせないこと。


「いや、今回はマジで死ぬかと思ったっすよ」


ふざけた口調。


セレスはグレンを無視してどんどん進んでいた。


隣を歩くアクアは沈んだ表情のまま。


「ごめんね。ボクがもうちょっと確り手入れしておけばよかった」


握っていたのは、火の服の一部だった。


「お前の愛情が足りないから、こんなことになったんだ。一針一針に思いを込めてくれねえと」


「……そうだね」


頭を殴られるつもりで言ったのだが、予想外の反応にグレンは狼狽する。


「まあ、あれだ。俺が普段から酷使しすぎたせいだ」


中継地での出来事を思いだし。


「姉ちゃんの技術は一流だし、お前の補修があったからこそ、ここまで着てこれたんだよ」


「ありがと」


元気がなくて気持ちが悪い。困り果て、後ろのゼドを見る。


「物を大切に使わないから、こういう目に合うんだすよ」


自慢気にナイフと投槍をかざす。明火長にお願いして、もらったらしい。


「そんな格好のあんたにだけは言われたくねえよ」


ズボンは何とか原型を保っているが、上半身は布一枚の裸ん坊。


「どこかの精霊さんみたいだって言われただす」


「気持ち悪い精霊だな」


この世界に精霊というものは存在しないが、恐らく誰かの創った物語に登場しているのだろう。



責任者は立ち止まると、赤くなった目をそのままに、頭を下げる。


「ありがとうございました」


「照れるだすね」


後頭部をさすっているが、照れている感じはしない。


「あなたの剣に、少なくとも俺は救われました」


「そうだすか、それは良かっただす」


返事は棒読みだが、いつかみた無表情。



動きが止まったことに気づいたのだろう。セレスがこちらの様子を眺めていた。


「アクアさん、あいつなんであんな怒ってんだ」


青の護衛はうつむき。


「班長さんに教えてもらって、君の手紙を読んだんだよ」


清水運びにてカマキリと戦うために、その情報を伝えていた。


「ああ、そうか」


グレンの顔色が変化する。


「ペルデルさんを恨むなよ。どちらにせよ、俺たちはお前の荷物を広げていたはずだ」


「最初からそんなつもりないっすよ。もしもの時の対策ですし、やっておくべき事で、後悔もありません」


赤の護衛は責任者を追い越して、そのままセレスのもとに向かう。


背後で声がする。


「理解はできるが、流石にあれはないぞ。もう少し相手の気持ちを考えろ」


「間違ってはいないはずです」


ゼドは残された二人につぶやく。


「悲しい人だすよね」


・・

・・


手紙


刻亀の魔法の対策。


戦いの流れ。


火炎団との交渉にどのような内容、材料を用意しているか。


そもそも交渉の目的は何か。


また失敗した場合は、誰を候補に上げるか。人が変われば方法も変化するため、兵士と共闘した場合の内容も記してあった。



一対一。セレスと対峙する。


「怖いからあんま睨むなよ」


敵意というか、物凄く殺気立っている。


「勇者ってなに」


「勇者は勇者だろ」


普段ここまで怒ることがないから、本当に怖くて足がすくむ。


左腕も痛いし。


「貴方の理想って高すぎて、私にはついて行けないんだけど」


「理想は理想だよ。俺にも憧れがあってな、そう簡単に捨てられるもんじゃねえし、嫌なら否定すれば良い」


彼女にこういった目でみられるのは、正直つらい。


「最初から死ぬつもりだったの?」


「旅立つ前に言ってただろ。俺は間違いなく最初に死ぬって」


背筋が寒くなり、上下の歯をガタガタ鳴らしそうで困る。でもそれは格好悪いから我慢する。



手紙の中で刻亀に関する内容は、最初の数枚だった。


『相手を騙すとき、個人的に騙されないと信じている奴より、騙されやすいと気づいている相手のほうが厄介だと思う。だからお前はいつも、自分は騙されやすいから、気をつけようって心がけておけ』


『俺は人付き合いが苦手なんだけど、お前が兵士やデマド組合と関わってるのをみて、けっこう感心してたんだ。その姿勢だけは崩さないほうが良い』


ガンセキやアクアに向けたものも当然あったが、大半はこのようなセレスへの心配事。



何枚にも及ぶ手紙の中で、自分に関することは最後の数行。


もしそこに俺の死体があれば良いけど、なければ遺品をどんな形でも良いから。


「お父さんやお母さんと、一緒に眠りたいの?」


「ああ、もし死んだ場合はな」


これほど怒りを込めても、表情を崩さない相手に。


「全部終わったら、詫びを入れに行けば良いの?」


「もしお前が申し訳ないと思っているんならの話だ。嫌味の一つでも言ってやるって書いてあったろ」


悔しくて、くやしくて堪らない。



理由はわからないけど、一番許せなかったのが、最後の一文。


「勇者ってなに」


「だから勇者は勇者だろ」


本当は怖くて一歩下がりたい。


「勇者になれってなに、勇者ってなんなの」


自分は馬鹿だから、意地でも表には出さない。


目を反らすわけにはいかない。どう返答して良いか解らない。



思わず、本音が口から出てしまう。


「そんなの、俺が居な」


言い切ろうとした瞬間、セレスに頬を叩かれた。


「変な理想押しつけないでよ!」


魔力をまとった状態のまま、思いっ切りやられたようで、メチャクチャ痛い。


「私は貴方が望む勇者にだけは……絶対にならない」


セレスは向きを返し、グレンを置いて去っていく。



地面に唾を吐く。血が混じっていた。


「遺言を残してなにが悪い」


セレスを追って一歩を踏みだす。


「間違いのはずがない。あれが間違ってるはずがねえ」


見守ることしかできなかったが、グレンはあの光景を生涯忘れることはないだろう。


「待ちやがれ、この馬鹿」


頑張っても頑張っても、セレスとの距離が広がっていく。


「頼むから、話を聞け。それじゃ駄目だ」


先ほど叩かれて、脳が揺れたのか、自分でかけた暗示が緩む。


「優劣に関係なく、人がつくったもんは、いつか動かなくなるんだよ」


追おうとするが、めまいと頭痛に襲われる。


足がもつれ、地面に転倒する。



立とうと手をつくが、横に転がってしまい、ボロボロの上着に土がつく。


気持ちが悪い。


待てと叫ぼうとするが、こみ上げてきて声がでない。


ガンセキが横たわるグレンを抱える。


少し遅れて駆け寄ったアクアが叫ぶ。


「セレスちゃん!!」


嘔吐していた。責任者が背中をさする。


その光景を眺めていたが、意識を取り戻し走りだす。



赤の護衛は勇者が近くにいると気づき、彼女の足もとにしがみつく。


「まちがってる、はずがねえ」


よじ登ろうとする。


「シンセロさん、まちがってねえだろ」


左腕が痛くて、ずり落ちる。


セレスは膝から崩れる。


「なんで怒っているのか良くわからないだすが、もうちょっと優しくしてあげないと可哀想だすよ」


困惑した表情で、セレスはゼドを見上げる。



沢で溺れて意識を失った。


寒さを炎と土でごまかした。


冷える体に鞭を打って、狼煙をあげた。


睡眠不足、体調不良の状況で、魔物と戦った。


「生き残るために、ここまで歩いて来たんだすから」


自分の事だとわからないくせに。


「ガンセキ。グレン殿は道拳士じゃないだすよ」


一本道を歩く。


「赤の護衛だす」


他人事として客観的にみたことで、今ごろ理解できた気がする。


『あんたは、剣越しにしか私を見ない』


沈黙。


「女の子を泣かす男は、最低の屑だす」


セレスは必死に堪えながら。


「泣いてないもん」


気を失ったグレンを抱きしめる。


「そうだすね」


少なくともシンセロは、最後まで諦めてはいなかった。





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