十五話 中編 歪な絆
三話投稿の二話目です
トントは報告を兼ね、ニノ朱火長に別件の用事があるとのことで、途中まで四人は一緒に歩いていたが。
「またすぐ寄せ場に行くかも知れねえから、お前は先に休んどけ」
赤火はすでに解散させていたが、チビデブは離れようとしなかった。
「へい、ですが」
一緒に行きたいと、不満そうな顔をする。
「心配すんな。またいつも見たく、小言いわれて終わりだよ」
「親ビンもたまには言い返さねえと、要求がどんどん酷くなってくるっす」
チビデブはなんだかんだで、親分のことが大好きだった。
「言っておくがな、奴との付き合いはお前よりも長いんだよ。本当に譲れねえ時は、俺だって反抗くらいできるわ」
一応でも立場は対等。
「へい」
チビデブは肩を落とす。
「昨日今日と魔物も身体を休めてるから、今夜あたりからまた動きだすかも知んねえだろ。二人しかいないんだから、お前にへばられちゃ俺が困るんだよ」
「わかったっす」
納得のいかない表情だが、デブはトボトボと別方向に進む。
カフン村跡地には居住だけでなく、一通りの施設がそろっていた。
精神への負荷は魔力の回復にも影響するため、娯楽とまではいかないが、大浴場など癒やしの場も用意されていた。
「ほんと、あんたには勿体無い部下だ。でもねえ、いつまで面倒見させるつもりなのよ」
何時まで、面倒を見るつもりなのか。
「人材はいつだって不足気味だし、彼もうベテランの部類に入るでしょうに。良い加減、独り立ちさせてやらんと」
新人の面倒を長年見てきたオッサンは、昔の事を想いだしながら。
「依存ってのはさ、けっこう怖いのよね」
「あいつがそれを望んでる以上は、俺から一班を再編成させる気はねえよ」
トントは二人を残して歩きだす。
「どの道、あと少しだしな」
夢を見させてくれ。
明火長は溜息をつき、話題を切り替える。
「でっ 赤の護衛様はどんな感じだった」
ケッケと笑いながら。
「クソ真面目な兄ちゃんだ」
「おいちゃん達があの年の頃は、もっと餓鬼だった気がするよ」
確りしている。
「あんたらみたくチャランポランなオッサンも多いがね。それとは逆で若くても、落ち着いている子はいるでしょ」
確りしているとは、少し違う気がしていた。
「押し殺してんだよ、無理やり」
「でもグレンちゃんはさ、ちゃんと自分なりの考えはもってんじゃない。成否は兎も角として」
人付き合いが苦手ということは、三人もなんとなく理解していた。
「嫌でも目的のために行動して……あんたら見習いなさいよ」
「うるさい、オバサンは黙ってて」
フエゴは餓鬼のようにそっぽを向く。
何年たっても、歳を重ねても、あの日のように。
目の前には、中継地にあったものと似た建物。
「それじゃあ私たちは行くが、一人で大丈夫?」
「誰に言ってやがる。俺は赤火長様だぞ」
ケッと唾を吐き、トントは建物の中に入っていく。
明火長はその背中を眺めながら。
「役目は果たしていなくとも、自覚があるだけ、あんたより立派だ」
「……そうね」
よく似ていると二人はグレンを評価したが、なにが似ているのか。
・・
・・
建物に入り、奥の一室の前に立つと、緊張した様子もなくノックをする。
「返事くらい待てないんですか?」
女は椅子に座り、机の上でなんらかの作業を行っていた。
「いつも返事なんてしねえだろ」
トントの接近がわかるのか、彼がノックしたときだけ無視される。
「お疲れ様です。いつも悪いですね」
感情がこもっていない。
紙に数字を。大昔より伝わるソロバンという計算機を、時々弾く。
「心配していましたよ」
顔を上げ、にっこりと微笑む。
トントたちより、一回り若い。
「兵士が一人死んだが、赤の護衛は無事だ」
「それは良かったです」
視線を用紙に戻し、再び作業に移る。
「祈願所の魔物はそのままだ」
「困りましたね。責任とって、トントさん行ってくださいますか?」
溜息をつこうとするが、小言をもらうため堪えて飲む。
「すぐにとは言ってませんよ。こちらで処理班を用意するので、その護衛という形でも」
「無理に決まってんだろ、俺を殺したいのか」
二ノ朱火長は鼻歌混じりに仕事を進めながら。
「私も貴方に死なれては困ります」
一定の経験を積むと、火炎団を抜けていく者たちも多くいる。
「予定していた人員を揃えられず、作戦開始時点でも戦力が不足していた状況ですので、そのぶん頑張って貰わないと」
用紙と向かい合ったまま、うふふと笑い。
「トントさん馬鹿だから、自分で自分の首を締めちゃったんですよ。ちゃんと責任は取らないと」
「俺にも譲れないもんがあってな。まあ、約束まであと少しだ……やれってんなら、何でもやるよ」
ペンの動きが止まる。
「祈願所の方はこちらで何とかします」
「良いのか?」
ペンを机に置き、用紙の束をコンコンとまとめる。
「ええ」
「できれば、今日は休みたいんだが」
顔を上げ、困ったなあといった表情をつくり。
「今夜あたりから、また魔物の動きが活発になると思うのですが」
「じゃあせめて、夜までは休ませてくれ。救出に向かった連中の体力が持たねえ」
うーんと悩む姿勢を整え。
「今夜お酒に付き合ってくださるのなら、トントさんはお休みでも良いですよ」
「酒は苦手なんで遠慮しますよ。もうあんなのは懲り懲りだし、お前への借りを増やしたくもねえ」
そうですかと頷いたのち。
「では、夜までゆっくり休んでください」
「ああ、悪いな」
二ノ朱火長は微笑みを消し。
「すみません。一ノ朱も先日の狂い雪で怪我人が多く、本当に人手がギリギリなんです」
「わかってるよ。俺のせいだってこともな」
兵士に限らず、火炎団も輸送などで全てがここにいるわけではない。
日中はヒノキ山を拓く作業に護衛も必要。
トントはずっと扉の前に立っていたが、女性の位置する机まで足を進めると、一枚の紙をそこに置く。
女は首を傾げ、それを手に取る。
「死んだ補佐の遺言で、分隊長に宝玉具を用意したいんだとさ」
「はあ」
フィエルの文字。シンセロという名だけは、本人の直筆で震えていた。
「赤の護衛様のサインもありますね」
「頼めるか?」
女は文章を確認する。
「もう一手間必要ですが、別紙で契約を交わせば」
「そうか」
少し微笑む。
「お優しいんですね」
「うるせえ」
二ノ朱火長は受け取った用紙を丁寧にしまう。
「すみませんが、手続きは明日以降にしてもらえると」
「ああ、俺の方で伝えておく。忙しいのに悪いな」
兵士とは別に、火炎団も必要な物資を中継地から取り寄せなくてはいけない。
先日メモリアたちが運んできた積荷も、数を確認してからそれぞれに分配する。
シンセロは明日この地を発つ。彼女はそれまでに、色々と計算をまとめる必要があった。
トントは咳払いをしたのち。
「あと、もう一つ頼みがあるんですが」
これほど敬語が似合わない男も珍しい。訝しげに相手を睨む。
「なんですか?」
「できれば、煙草を取り寄せて欲しいんですけど」
要件を聞き、呆れた表情になる。
「そういった私物は前もって各自用意しておくよう、伝えておいたはずですが」
「いや、多めに持ってきたんだけど、吸えば無くなるって最近気づきまして」
溜息をつく。
「誰かに貰うか、それが駄目ならお金でも払って買えば良いじゃないですか」
「今までそうしてたんだけど、もう自分の分がなくなるとか言われまして」
女は少し怒った表情で。
「どちらにせよ、こちらで取り寄せることはできません。貴方だけ特別扱いすれば、他者の不満が増してしまいます」
煙草など吸わなくとも、生きていける。
「赤火長という自覚があるのなら」
小言がしばし続く。
何だかんだで、この二人は長い付き合いだった。
「だいたい、もう良い歳なのだから、健康に気を使わないと」
「はいはい、わかりましたよ」
ケッと不貞腐れると、トントは背を向けて歩きだす。
首だけを動かして振り向くと。
「まあ、煙草のことは置いといて、よろしく頼むわ」
どのような立場や関係にせよ、愚かなことに繋がりは深い。
トントの去った室内に一人。
二ノ朱火長は小さく息をはき。
「笛……ふけなくなっちゃいますよ」
うつむいた。