十五話 前偏 カフン到着
三話投稿の一話目です
舗装された道をしばらく進めば、やがて崖向こうに木製の壁が現れる。
黒膜化状態であれば、簡単に跳び移れる幅と高さ。見張りをしていた兵士がこちらの帰還に気づき、何かしらの合図をしたようで、落とされた扉が橋に変化した。
「崖際にこんな立派なの造って、地震とかあったら大丈夫なんすかね」
七mほど下を水が流れている。
「前から思ってたんだすが、グレン殿はいつも変なところを気にするだすね」
ゼドは一部を指差すと。
「地盤の強度は調べてあるだろうし、ああやって補強工事も済んでるだす」
「勇者が旅立つけっこう前から、計画は始まってたってことか」
知ってはいたが、こういう実物を目にすると、実感が湧いてくる。
セレスの神位習得。
「俺らのやった祈願所の強化が、お遊びに見えてくるな」
村の跡地はすでに砦となっていた。現在通っているのは外壁。
「グレンちゃんを含め、あの場にいた全員に失礼よ」
シンセロやフエゴがいなければ、槍柵を造ることなどできなかった。
「すんません」
門を抜けた先。黄土の入った麻袋が、壁に添って積まれていた。
「まあ、兵士や火炎団はあくまでも、戦いが専門だすしね」
ここには武具を応急でも直せる施設が整っている。
怪我をしても医者がいる。
ちゃんとした飯を食べれる。
夜でも安心して眠れる。
「生活の基盤を整えるってのは、そう簡単にできることじゃないのよ」
フエゴの横顔は、どこか寂しそうだった。
しばらくは緩やかな上り坂。
人が生活しているのだろう。行先の空には、煙がいくつも上がっていた。
・・
・・
外壁と内壁のあいだ。見渡せば、かなり荒いが畑も見える。
グレンの視線に気づいたのか。
「土地自体はそんなに悪くないんだすよ。ただ手の掛かる作物は植えられないだす」
ヒノキ山裾。
「これだけの環境を整えるのに、どんだけの血が流れたんすかね」
「整えるよりさ、維持させるほうが大変なんじゃない」
赤の護衛を守るように、赤火の連中は歩いていた。
「人の血よりも、金の方が流れていきそうだす」
枯れた大地に住む者たちもいる。
「利点があれば自然に人は集まるし、村どころか町や都市にもなっちゃうんだけどね」
このような場所で生活しようとすれば、金は出ていく一方だった。
逆手重装は犬の魔物具。
土と草に水が混じった臭いが薄まり、営みの香りが広がってきた。
「なんか、凄い久しぶりな気がします」
人の暮らしも数が増えれば良い匂いとは言えないが、魔物の死骸が周りにないのは助かる。
視界に入った内壁は、石造りの立派なものだった。上に登ることもできるが、中から矢などを放てる構造と思われる。
「グレンちゃんは色々考えてるようだけどさ、本当に重要なことは見落としやすいんじゃない」
自覚はあるが、どうしようもない。
「なにも考えないよりゃ、良いんじゃねえっすか?」
「たぶんフエゴ殿は、あれのことを言ってるんだすよ」
ゼドが指さした先を眺めれば、セレスとアクアがこちらを見つめていた。
「あぁ……そうっすか」
二人の姿を確認したら、どっと疲れが増したのか、グレンは足をつまずかせる。
転んだら格好悪いから、なんとか踏みとどまる。
とりあえず、右腕を上げておく。しばしの時間差、アクアは力なく腕を振り返す。その手には、黒い布きれが握られていた。
セレスは反応なくグレンを眺めていたが、頷くと背中を向け、奥に消えた。
「俺なんかしたんすかね」
「わかんないだすよ」
この二人に、相手の気持ちはわからない。
・・
・・
内壁の門が上がり、抜けた先は広場になっていた。出迎えたのは、大半が見知った顔。
責任者はこわばった表情だったが、グレンの姿を確認すると、肩の力が抜けたようだった。戻ってきたアクアが、ガンセキの背中をやさしく叩く。
久しぶりのイザクは、どこか顔色が良い。後ろのメモリアはボルガを睨む。
明火長は赤火の連中に向けて、お疲れと小さく頭を下げていた。
どうやら仕事中のようで、朱火長らしき人物は二名ともいない。
初老の女性が一歩前に出る。深く頭をさげた人物は鎧をまとっていない。
一般大隊長だと名乗った女性は、少し恥ずかしそうに。
「ホウド大隊長は開拓作業で腰を痛め、今は動けない状況ですので、顔合わせは後日でお願いしたいとのこと」
自分が代わりとしてこの場にいる。
本当に申し訳なさそうな相手に、グレンも苦笑いで頭をさげると。
「よろしくお願いします」
「休める場所を用意してありますので」
油玉がどのような状況かを、できれば知っておきたい。
赤の護衛はイザクの方を見る。だが相手は優しい笑顔のまま、頭を左右に動かした。ふと気になり、斜め後ろのゼドに視線を移す。
怖いほどに、穏やかな表情だった。
フィエルの首より下げられた白い布は、両手に抱かれた容器を包む。コガラシとセレスは、それをじっと見つめていた。
一般大隊長は気持ちを切り替えたのか、確りとした口調で。
「輸送隊の出発は明日の朝になりますので」
シンセロだけではなく、この地で回収された遺体。
「我々が責任をもって、故郷へと送ります」
相手の目をみて話すのは苦手だが、ここは我慢をして。
「もし可能であれば、レンガの方で眠らせて欲しいのですが」
直接頼まれた訳ではないが、彼の明かした内容からして、それを望むはず。
「私の一存では決められませんが」
悲しい話だが、フィエルやコガラシでは、こういった要望は通らない。グレンの意向に沿えるよう、善処してくれるとのことで話がついた。
・・
・・
顔合わせもそこそこに、一同は解散することになった。
コガラシはフィエルの前でしゃがむと。
「こりゃまた、ずいぶん小さくなっちまって」
「……そうね」
立ち上がり、ボルガからシンセロの荷物を受取る。
「あっしは分隊の皆さんに伝えてきやす。補佐さんの身体は、申し訳ねえが任せて良いですかい」
「簡単な報告もあるし、安置所には私が送っておくわ」
鞄を開き、中を探る。
しわくちゃの紙束。
「写しは終わってるから、読んどきなさい」
「わかってやすよ」
誰よりも世話になった相手だというのに、意外とコガラシは平然としていた。
「後で話があるから、どこかで会える。遺言がいくつかあるのよ」
「宿舎裏で良いですかねえ」
いや、彼は過去に何度か経験しているのだろう。
問題はセレスだった。フィエルの手もとを見つめたまま動かない。
珍しく、真面目な顔で。
「自分の力不足だっただす。気が済むなら、罵っても良いだすよ」
不思議と嫌味には聞こえない。
「大丈夫です、それよりも」
冷めた表情で赤の護衛を見たのち、ゼドに視線を戻し。
「グレンちゃんを助けてくれて、ありがとうございました」
会話が途切れると、再び遺骨を見つめる。
「すみませんでした」
泣きそうだから、それ以上は喋らずに、涙を堪える。
「こういった場面を目の当たりにしますと、人は壊れやすいという事実を、あらためて確認させられます」
グレンは以前から気づいていた。彼の喋り方は、どこかシンセロと似ていた。
剣士は小さな声で。
「だからこそ、我々は群れを成します」
赤の護衛を助けるために、戦って死んだ。
「彼の意志は僕には知り得ませんが、群れとして意見を述べさせてもらいますと」
勇者は唖然とイザクを見上げる。
「兵士として、これ以上の誉れはありません」
似ているからこそ、その声で言って欲しくない。
嫌味な独り言。
「群れの皮を被った単独の言葉に、価値なんてないだす」
聞こえているのかいないのか、イザクは優しい表情を崩さない。
・・
・・
グレンに別れを告げ、ボルガは自分の仲間と歩く。
隣はイザク。
「お疲れ様でした。ボルガ、お手柄ですね」
デカブツは嬉しそうに。
「まぁ、良かったんだな」
「でもあの時、もう少し私に相談してから動いて欲しかったの」
メモリアは二人の前。
「そうですね。たとえその行動が実を結ぼうと、準備が整っていなければ、混乱を招きます」
穏やかな口調の中に。
「今回は結果が良かっただけかも知れません」
刃が潜む。
「もしグレンさんが死んでいれば、これまでの計画が水の泡になります」
油玉。
「一人死んでんだな」
「お前も死んでたかも知れない。それに編成そうそうに分隊長が抜けちゃって、私だって色々たいへんなの」
赤の護衛からの要望よりも、自分の分隊を優先させて欲しかった。
「メモリアさんにもフィエルさんにも、ご迷惑をお掛けしました」
明火長や一般大隊長。ピリカに
なによりも勇者。
「ですが、男性が上に立つ時代は、遠に終わりを向かえています。性別に関係なく、能力のある者が皆を引っ張っていけば良い」
弱肉強食。
「根本は変わってない気がするのですが」
「それなら、貴方が変化させてください」
ボルガは二人の会話についていけない。だから、チビデブを思い浮かべ。
「おれは姐さんと分隊長についてくんだな」
「ついていくのなら、相手はちゃんと選んだほうが良いですよ」
お腹の音が鳴る。
メモリアは振り向かないまま。
「少し速いけど、お昼ご飯にするの」
「おれもそれが言いたかったんだな」
嬉しそうに笑いながら、イザクはボルガの背中を優しく押すと、その場に立ち止まる。
「僕は遠慮しておきます」
「分隊長は腹減ってねぇのか?」
顔色は良い。
「ええ、あまり食欲がないので」
目も開かれているが、薄いくまができていた。
メモリアも立ち止まり、イザクの方を向く。
「予定とかあるんですか? もしないなら、無理にでも食べた方が良いの」
彼ら分隊は帰還後、しばらく休むよう命令されていた。
ずっと単独行動をとっていた分隊長は、愛おしそうに剣の柄に触れ。
「最近鍛錬を怠っていたので、久しぶりに身体を動かしたい。その後は油玉の方に顔を出そうかと考えてます」
優しげな眼差しは二人を交互に見つめていた。
「メモリアさん。ボルガにおいしい物を沢山食べさせてあげてください」
「わかったの」
イザクは向きを返し、修行場へと進路をとる。メモリアは逆向きに歩きだす。
「姐さん、おいてかねぇでくれよ」
「置いてったのはお前だろ」
そんな覚えはない。実際に彼女は、デカブツのことだけを言ったわけでもなかった。
自分の手で止めを刺した狸を想いだしながら。
「私はね、他人のために死ぬような男は嫌いなの」
「よく意味がわからねぇんだな」
お腹の傷跡がうずく。
「立派な死に方なんてしなくて良いから、自分の命を優先させろ」
「おれは自分にできそうなこと、頑張っただけなんだな」
怒られて、ボルガは寂しそうに肩を落とす。
「私はお前の姐さんなの。手に負えないようなら、力くらい貸してやるから」
メモリアは立ち止まり振り向くと、近づいてきたボルガに。
「おいこらボルガ、頭さげろや」
「怖いんだな」
怯えるデカブツに再度命令し、頭をさげさせる。
背伸びをして、手を伸ばす。
「よく頑張った、えらいえらい」
ボルガを褒める。
頭をなでられながら。
「なんか、ちがうんだなぁ」
不満気な表情だったが、ボルガは嬉しそうだった。