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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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十五話 前偏 カフン到着

三話投稿の一話目です

舗装された道をしばらく進めば、やがて崖向こうに木製の壁が現れる。


黒膜化状態であれば、簡単に跳び移れる幅と高さ。見張りをしていた兵士がこちらの帰還に気づき、何かしらの合図をしたようで、落とされた扉が橋に変化した。


「崖際にこんな立派なの造って、地震とかあったら大丈夫なんすかね」


七mほど下を水が流れている。


「前から思ってたんだすが、グレン殿はいつも変なところを気にするだすね」


ゼドは一部を指差すと。


「地盤の強度は調べてあるだろうし、ああやって補強工事も済んでるだす」


「勇者が旅立つけっこう前から、計画は始まってたってことか」


知ってはいたが、こういう実物を目にすると、実感が湧いてくる。


セレスの神位習得。


「俺らのやった祈願所の強化が、お遊びに見えてくるな」


村の跡地はすでに砦となっていた。現在通っているのは外壁。


「グレンちゃんを含め、あの場にいた全員に失礼よ」


シンセロやフエゴがいなければ、槍柵を造ることなどできなかった。


「すんません」


門を抜けた先。黄土の入った麻袋が、壁に添って積まれていた。


「まあ、兵士や火炎団はあくまでも、戦いが専門だすしね」


ここには武具を応急でも直せる施設が整っている。


怪我をしても医者がいる。


ちゃんとした飯を食べれる。


夜でも安心して眠れる。


「生活の基盤を整えるってのは、そう簡単にできることじゃないのよ」


フエゴの横顔は、どこか寂しそうだった。



しばらくは緩やかな上り坂。


人が生活しているのだろう。行先の空には、煙がいくつも上がっていた。


・・

・・


外壁と内壁のあいだ。見渡せば、かなり荒いが畑も見える。


グレンの視線に気づいたのか。


「土地自体はそんなに悪くないんだすよ。ただ手の掛かる作物は植えられないだす」


ヒノキ山裾。


「これだけの環境を整えるのに、どんだけの血が流れたんすかね」


「整えるよりさ、維持させるほうが大変なんじゃない」


赤の護衛を守るように、赤火の連中は歩いていた。


「人の血よりも、金の方が流れていきそうだす」


枯れた大地に住む者たちもいる。


「利点があれば自然に人は集まるし、村どころか町や都市にもなっちゃうんだけどね」


このような場所で生活しようとすれば、金は出ていく一方だった。



逆手重装は犬の魔物具。


土と草に水が混じった臭いが薄まり、営みの香りが広がってきた。


「なんか、凄い久しぶりな気がします」


人の暮らしも数が増えれば良い匂いとは言えないが、魔物の死骸が周りにないのは助かる。



視界に入った内壁は、石造りの立派なものだった。上に登ることもできるが、中から矢などを放てる構造と思われる。


「グレンちゃんは色々考えてるようだけどさ、本当に重要なことは見落としやすいんじゃない」


自覚はあるが、どうしようもない。


「なにも考えないよりゃ、良いんじゃねえっすか?」


「たぶんフエゴ殿は、あれのことを言ってるんだすよ」


ゼドが指さした先を眺めれば、セレスとアクアがこちらを見つめていた。


「あぁ……そうっすか」


二人の姿を確認したら、どっと疲れが増したのか、グレンは足をつまずかせる。


転んだら格好悪いから、なんとか踏みとどまる。


とりあえず、右腕を上げておく。しばしの時間差、アクアは力なく腕を振り返す。その手には、黒い布きれが握られていた。


セレスは反応なくグレンを眺めていたが、頷くと背中を向け、奥に消えた。


「俺なんかしたんすかね」


「わかんないだすよ」


この二人に、相手の気持ちはわからない。


・・

・・


内壁の門が上がり、抜けた先は広場になっていた。出迎えたのは、大半が見知った顔。


責任者はこわばった表情だったが、グレンの姿を確認すると、肩の力が抜けたようだった。戻ってきたアクアが、ガンセキの背中をやさしく叩く。


久しぶりのイザクは、どこか顔色が良い。後ろのメモリアはボルガを睨む。


明火長は赤火の連中に向けて、お疲れと小さく頭を下げていた。


どうやら仕事中のようで、朱火長らしき人物は二名ともいない。



初老の女性が一歩前に出る。深く頭をさげた人物は鎧をまとっていない。


一般大隊長だと名乗った女性は、少し恥ずかしそうに。


「ホウド大隊長は開拓作業で腰を痛め、今は動けない状況ですので、顔合わせは後日でお願いしたいとのこと」


自分が代わりとしてこの場にいる。


本当に申し訳なさそうな相手に、グレンも苦笑いで頭をさげると。


「よろしくお願いします」


「休める場所を用意してありますので」


油玉がどのような状況かを、できれば知っておきたい。


赤の護衛はイザクの方を見る。だが相手は優しい笑顔のまま、頭を左右に動かした。ふと気になり、斜め後ろのゼドに視線を移す。


怖いほどに、穏やかな表情だった。



フィエルの首より下げられた白い布は、両手に抱かれた容器を包む。コガラシとセレスは、それをじっと見つめていた。


一般大隊長は気持ちを切り替えたのか、確りとした口調で。


「輸送隊の出発は明日の朝になりますので」


シンセロだけではなく、この地で回収された遺体。


「我々が責任をもって、故郷へと送ります」


相手の目をみて話すのは苦手だが、ここは我慢をして。


「もし可能であれば、レンガの方で眠らせて欲しいのですが」


直接頼まれた訳ではないが、彼の明かした内容からして、それを望むはず。


「私の一存では決められませんが」


悲しい話だが、フィエルやコガラシでは、こういった要望は通らない。グレンの意向に沿えるよう、善処してくれるとのことで話がついた。


・・

・・


顔合わせもそこそこに、一同は解散することになった。


コガラシはフィエルの前でしゃがむと。


「こりゃまた、ずいぶん小さくなっちまって」


「……そうね」


立ち上がり、ボルガからシンセロの荷物を受取る。


「あっしは分隊の皆さんに伝えてきやす。補佐さんの身体は、申し訳ねえが任せて良いですかい」


「簡単な報告もあるし、安置所には私が送っておくわ」


鞄を開き、中を探る。


しわくちゃの紙束。


「写しは終わってるから、読んどきなさい」


「わかってやすよ」


誰よりも世話になった相手だというのに、意外とコガラシは平然としていた。


「後で話があるから、どこかで会える。遺言がいくつかあるのよ」


「宿舎裏で良いですかねえ」


いや、彼は過去に何度か経験しているのだろう。


問題はセレスだった。フィエルの手もとを見つめたまま動かない。


珍しく、真面目な顔で。


「自分の力不足だっただす。気が済むなら、罵っても良いだすよ」


不思議と嫌味には聞こえない。


「大丈夫です、それよりも」


冷めた表情で赤の護衛を見たのち、ゼドに視線を戻し。


「グレンちゃんを助けてくれて、ありがとうございました」


会話が途切れると、再び遺骨を見つめる。


「すみませんでした」


泣きそうだから、それ以上は喋らずに、涙を堪える。


「こういった場面を目の当たりにしますと、人は壊れやすいという事実を、あらためて確認させられます」


グレンは以前から気づいていた。彼の喋り方は、どこかシンセロと似ていた。


剣士は小さな声で。


「だからこそ、我々は群れを成します」


赤の護衛を助けるために、戦って死んだ。


「彼の意志は僕には知り得ませんが、群れとして意見を述べさせてもらいますと」


勇者は唖然とイザクを見上げる。


「兵士として、これ以上の誉れはありません」


似ているからこそ、その声で言って欲しくない。



嫌味な独り言。


「群れの皮を被った単独の言葉に、価値なんてないだす」


聞こえているのかいないのか、イザクは優しい表情を崩さない。


・・

・・


グレンに別れを告げ、ボルガは自分の仲間と歩く。


隣はイザク。


「お疲れ様でした。ボルガ、お手柄ですね」


デカブツは嬉しそうに。


「まぁ、良かったんだな」


「でもあの時、もう少し私に相談してから動いて欲しかったの」


メモリアは二人の前。


「そうですね。たとえその行動が実を結ぼうと、準備が整っていなければ、混乱を招きます」


穏やかな口調の中に。


「今回は結果が良かっただけかも知れません」


刃が潜む。


「もしグレンさんが死んでいれば、これまでの計画が水の泡になります」


油玉。


「一人死んでんだな」


「お前も死んでたかも知れない。それに編成そうそうに分隊長が抜けちゃって、私だって色々たいへんなの」


赤の護衛からの要望よりも、自分の分隊を優先させて欲しかった。


「メモリアさんにもフィエルさんにも、ご迷惑をお掛けしました」


明火長や一般大隊長。ピリカに


なによりも勇者。


「ですが、男性が上に立つ時代は、遠に終わりを向かえています。性別に関係なく、能力のある者が皆を引っ張っていけば良い」


弱肉強食。


「根本は変わってない気がするのですが」


「それなら、貴方が変化させてください」


ボルガは二人の会話についていけない。だから、チビデブを思い浮かべ。


「おれは姐さんと分隊長についてくんだな」


「ついていくのなら、相手はちゃんと選んだほうが良いですよ」


お腹の音が鳴る。


メモリアは振り向かないまま。


「少し速いけど、お昼ご飯にするの」


「おれもそれが言いたかったんだな」


嬉しそうに笑いながら、イザクはボルガの背中を優しく押すと、その場に立ち止まる。


「僕は遠慮しておきます」


「分隊長は腹減ってねぇのか?」


顔色は良い。


「ええ、あまり食欲がないので」


目も開かれているが、薄いくまができていた。



メモリアも立ち止まり、イザクの方を向く。


「予定とかあるんですか? もしないなら、無理にでも食べた方が良いの」


彼ら分隊は帰還後、しばらく休むよう命令されていた。


ずっと単独行動をとっていた分隊長は、愛おしそうに剣の柄に触れ。


「最近鍛錬を怠っていたので、久しぶりに身体を動かしたい。その後は油玉の方に顔を出そうかと考えてます」


優しげな眼差しは二人を交互に見つめていた。


「メモリアさん。ボルガにおいしい物を沢山食べさせてあげてください」


「わかったの」


イザクは向きを返し、修行場へと進路をとる。メモリアは逆向きに歩きだす。


「姐さん、おいてかねぇでくれよ」


「置いてったのはお前だろ」


そんな覚えはない。実際に彼女は、デカブツのことだけを言ったわけでもなかった。



自分の手で止めを刺した狸を想いだしながら。


「私はね、他人(ひと)のために死ぬような男は嫌いなの」


「よく意味がわからねぇんだな」


お腹の傷跡がうずく。


「立派な死に方なんてしなくて良いから、自分の命を優先させろ」


「おれは自分にできそうなこと、頑張っただけなんだな」


怒られて、ボルガは寂しそうに肩を落とす。


「私はお前の姐さんなの。手に負えないようなら、力くらい貸してやるから」


メモリアは立ち止まり振り向くと、近づいてきたボルガに。


「おいこらボルガ、頭さげろや」


「怖いんだな」


怯えるデカブツに再度命令し、頭をさげさせる。


背伸びをして、手を伸ばす。


「よく頑張った、えらいえらい」


ボルガを褒める。


頭をなでられながら。


「なんか、ちがうんだなぁ」


不満気な表情だったが、ボルガは嬉しそうだった。

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