十四話 歴戦の猛者たち
翌朝。赤火の四名が夜明けと共に出発し、前もってグレンの無事を伝えに行く。
他の者たちはデブの作った飯を食べ、簡単な片付けを終えてから移動を開始した。
「午前中には到着できるんすよね」
「そうね。もともと昨日には着く予定だったし」
グレンもフィエルも足取りは重い。赤火に守られているというのもあるが、警戒する気力が失せているようだった。
「あんま寝てねぇようだけど、だいじょぶなのか?」
昨夜はなぜか怒っていたが、馬鹿だからかもう忘れている様子。
「考えごとしちまって、どっちにしろ寝れなかったんだよ」
山を下っていけば、自然と視界は狭まっていく。
ゼドは手を地面から離し、立ち上がると。
「三人とも、使いものにならないだすね」
「そこら辺は慣れしかないのよ」
万全ではなかったとしても、疲れた程度であれば集中力は失わないが、精神的に追い込まれた状況が続いていた。
「張り詰めてたのが一度切れると、立て直すのは大変だす」
間者歴が長かったこともあり、火炎団以上にそういった耐性が鍛えられている。良く寝たようで、晴れやかな表情だった。
「たしかゼド君はさ、ヒノキについたらお役御免だっけ?」
「怪我の影響もあるから、数日は休ませてもらうだすが、たぶん結果は見ないで出発するだす」
契約の内容は道案内。
「また中途半端な依頼だこと」
「自分は勇者の護衛じゃなくて、ただの道案内だすよ」
案内人は建前で、実際には裏で動いていた。
「そんなもんかねえ」
「そんなもんだすよ」
今も昔も。
「一緒に行動したところで、自分にできることなんて、あんまなかっただすからね」
本来の役目に戻るだけ。
・・
・・
行く先に邪魔な単独がいたため、トントとチビデブが前もって始末する。
道が整っていれば、それだけ突撃の威力は増す。
巨体を活かした体当たりも、しっかりと見極めれば回避は難しくない。だが狙いは自分ではなくトントだったようで、単独はそのまま走り抜けようとした。
もともと彼の脇差しは、群れよりも単独の方が効果は高い。避けながら刃を動かせば、尻の一部に傷がつく。デブは焦らず、刀身を鞘に帰す。
トントの首筋に黒い文様が浮かび上がっていた。気づけば肩当ての尻尾は凍りつき、単独に向けて勢い良く伸びていく。鋭さを増した先端が前足を貫くと、そのまま地面に突き刺さる。
デブは脇差しを鞘に収めたまま、魔物の側面に忍び寄り、抜きながらの一閃。
「お前がそっちで止め刺すなんて、珍しいじゃねえか」
「いえ……まあ」
だがデブは納得のいかない表情で、断面を眺めていた。
「素人目だが、見事だったと思うけどな」
「兄貴ほどじゃなくても、こんくらいはできます」
死んでも単独はそれなりに大きい。彼は大棍棒を使いこなせないが、非力ではない。二人してできる限りの魔力をまとい、魔物を道から遠ざける。
「結局は玉具なしじゃ、オイラもこんな芸当はできないっす」
「あいつでも無理だと思うけどな」
よっこらせと地面に放ると、デブは処理の準備に入る。
「こういった雑用に関しちゃ、お前が一番だわ」
トントは褒めた積もりでも、嫌味として受けとられたらしい。
「親ビン含めて誰もやらないから、オイラがやってたんすよ」
場所によっては放置でも良いが、ここは完全な通り道で、なにより本陣から近い。群れの死体も大変だが、単独の処理も通常より念入りに。
「結果だけじゃだめっす。作るだけじゃ無駄だと思うんす」
「またいつもの持論か?」
赤火長には理解できていない。
「ずっと主張してきたから、親ビンも褒めてくれるようになったっす」
「まあ、実際に助かってるしな」
チビデブは溜息を一つ。
「悪いんですが、ちょっと時間かかるんで、皆さんに言ってきてくだせえ」
殺せば終わりなら、この職業はもっと楽だった。
死体の処理。魔物食は一般から見ればゲテモノだが、シンセロやメモリアは経験があるかも知れない。
「おう、いつも悪いな」
殺せば終わりなら、こんなことにはならなかった。
トントが離れると、デブは手に持っていた短剣を見る。
「これも一応、戦闘用なんですがね」
二ノ朱時代の得物。
同班の女に似合わないと馬鹿にされ、ムキになって今の武器を装備するようになった。それでも初めて自分で買った玉具だから、使いこなせていなくとも愛着はある。
というか本人は、大棍棒を扱えていると信じている。
独り言。
「ここからが、オイラの出番ですぜ」
短剣を動かし、死体の肉を切る。内蔵をざっと取りだすと、燃やしてから地面に埋める。
理由までは知らないが、この手間の有無で、色んな問題が幾らか改善すると教わっていた。
自分の剣を世界に認めさせる。
急所を一刺。もしくは動きを封じてからの次手。
生粋の剣士でなくとも、一定の術を得ているからこそ、あの男の異常な技を理解できる。
死体に残っていた切り口の鋭さもそうだが、無駄な傷も見当たらなかった。どの魔物も、一から三の手で仕留められていた。
デブが目をつぶれば、視界が塞がれる。
「正気の沙汰じゃないっすよ」
刻亀の影響下。流れで彼が担ったのは解るが、夜の魔物の怖さを知るデブからすれば、一人に任せて良い役目ではない。
振り返り、トントの背中を見る。
格好悪くても、馬鹿にされようと、諦めずに訴え続けなくては。
「それが当たり前になっちまう」
少なくとも雑用のアピールをしてきたから、今の評価を得ている。
「親ビンは赤火長なんだから」
ただの笛吹きには、デブの持論が理解できなかった。
・・
・・
ヒノキでは毎夜雪が降り、そのあいだ魔物が凶暴化する。
本陣はカフン村の跡地だが、そこだけに集中しないよう、山麓には何ヶ所か魔物を寄せる場所があった。
木の上に板を張り巡らせ足場とし、幹を岩や鉄板で守る。敵を寄せるだけが目的であり、とても簡単な造りだが、赤火などはここで夜を過ごすとのこと。
屋根のないツリーハウスを見上げながら。
「しょっちゅう壊されんだけど、俺らはここを中心に魔物と戦ってるわけだ」
火炎団はそれぞれが玉具を持っているが、ナイフや投槍などの消耗品も使っていた。ここらには毒持ちが多いため、清水などもここで補給しているのだろう。
カフンまではここから三十分ほど。日中だが木の上には赤火の団員が何名か立っていた。
一人が前にでて、帰還した面々を見下ろす。
恐らく班長なのだろう。潰れているのか、片目が赤い布で隠されている。
「ご無事で何より」
声も嗄れているが、身体つきから判断して女だろう。
「見ての通り、赤の護衛様も健在だ」
トントが指さした青年を見つめ、一礼してから梯子を使って地上に降りる。
「高い位置より失礼いたしました」
「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けして」
互いに頭を下げあったのち、女は少し微笑んで。
「赤火二班の班長を任されている、ラソンと申します」
両腕のガントレットは宝玉具か。
「赤の護衛グレンです、お世話になります」
近場で見る。立ち姿や武器から判断するに、恐らく拳士。
「カフンまでもう少しですが、気を抜かれないよう。勇者様もお待ちのはずです」
トントには悪いが、彼女のほうが風格というか、威厳がある。
「狂い雪が舞ったけど、こっちは大丈夫だったか」
もっとも馬鹿正直に言っても、彼はケッケと笑うだけだろう。
「一ノ朱の協力もあり、こちらに死者はでませんでした」
祈願所でのあれは狂い雪と呼ばれるが、正確な周期はいまだ判明していない。
夏でも続けて起こることもあれば、冬に確認されない時もある。
進化。
時間。
刻。
生息できる数には限界があるはずなのに、どこから現れているのか良くわからない。
発生した魔物は、その地に再び定着する。
残る片目を閉じ、姿勢を整えると。
「皆様の無事を喜びたい所ですが、生憎まだ仕事が残っております」
報告にあった人数と違うことを、すでに彼女は理解しているのだろう。
まずは遺体を安全な場所へ。
フィエルもその気遣いを感じたのか、一歩前にでて。
「ありがとうございます」
ラソンも小さく頷き。
「お疲れでしょう。報告など色々あると思いますが、安全はこちらで確保いたしますので」
「できれば俺も今日くらいは休みたいんだがな」
命令を受けてから、間を置かずに出発したのだから。
「お待ちしております」
「まあ、おいちゃんはなに言われても、無理やり休むけどね」
オッサンは勝手に歩きだす。
「フエゴ殿も変わりないようで、安心しました」
「いつだってあんな調子だ」
嫌味なトントの言葉に腕を組むと。
「最近はあまりちょっかいを出されないが、もう若い娘とは認識されてないようだ」
「お前は図太くなり過ぎなんじゃねえか」
すでに娘という感じではなかった。
「今思えば、あのやり取りも嫌いではなかったのですが。まあ、これからは見て楽しむとしましょう」
このような反応だから、フエゴもつまらないのだろう。
トントはなにか思い出したのか。
「そこの兵士の嬢さんが、あの女に用事があるんだとさ」
「二ノ朱火長でしたら、トントさんの報告をお待ちですよ」
嫌そうな表情を残したのち、あとは頼むと手を振ってから、赤火長は歩きだす。フィエルもラソンに一礼し、後を追う。
グレンは寄せ場を見上げながら。
「もう少し休みたかったんですがね」
「機会があれば。中々の景色ですよ」
火炎団には土使いが少ないため、索敵は魔物具に頼ることが多い。
いつのまにか、みっともない格好の男が梯子をのぼり、木の上で燥いでいた。
「すんません、うちの案内人が」
「いえ、お気になさらず」
ラソンは穏やかな口調だが、ここから見える彼女の部下たちからは、苛つきや怯えが伺える。
突如現れたその男に、彼らは反応できなかった。
楽しみにしてますと返し、グレンはその場を離れる。後ろ姿からでも、かなり疲弊しているようだった。
それに合わせて一団も動きだす。ラソンはその中の一人を見つめる。
「頼んだぞ」
「へい、期待に添えるか解りませんが」
溜息をつこうとするが、ぐっと堪える。
今は二人になってしまったが、昔から赤火一班は問題児。それでも認識としては、強者揃いの赤火において、最強の者たちだった。
彼女の本音としては、雑用係を止めてもらいたい。
夜の山を二名で行動するなど、正気の沙汰ではないのだから。
ゼドは半べそをかきながら、梯子に足をかけ。
「ちょっと、おいてかないで欲しいだす」
・・
・・
数分後。道は崖により向きを変え、その下には水が流れていた。
カフンの近場だからか、足場はかなり確りしており、車輪のあとも見て取れる。
戦いを生業とする同性として、感じるものがあったのか。
「あのような方もいるんですね」
「昔はもっと女らしかったんだがな」
片目を失ってから、化粧や髪の手入れなどをしなくなった。
「少数じゃねえと姿を晒さない魔物もいてな、俺らは基本四人での行動だ」
振り返り、チビデブを見る。
「大人数で動いた経験が殆どねえから、ラソンがいてくれて良かったわ」
トントは首もとの黒布を指さし。
「こんな銘柄がなけりゃ、俺の肩書もくれてやりたいところだ。実質、うちのボスはあいつだしな」
フィエルは苦笑交じりで。
「赤火長がその調子では、ラソンさんも困ってんじゃないかしら?」
「俺なん昔からこの調子だけどな」
所々で魔物の死骸を片付けたあとが見て取れる。
衛生面。
魔物の餌。
交通。
こういった物の処理を怠れば、やがて作戦は崩壊する。
「命令があれば、今日の夜は寄せ場で待機ですか?」
「まあな」
いつも苛々していて、少しのことでビクつき、しょっちゅう彼は怒られる。
「うちの連中ガラが悪いくせに、変に真面目なところがあってな。サボるにサボれねえ」
恐らくトントも人のことは言えない。
周囲にはもう魔物の反応はなく、安全地帯と言っても良いだろう。それでも赤火の者たちは、今まで通りビクついていた。