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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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十四話 歴戦の猛者たち


翌朝。赤火の四名が夜明けと共に出発し、前もってグレンの無事を伝えに行く。


他の者たちはデブの作った飯を食べ、簡単な片付けを終えてから移動を開始した。


「午前中には到着できるんすよね」


「そうね。もともと昨日には着く予定だったし」


グレンもフィエルも足取りは重い。赤火に守られているというのもあるが、警戒する気力が失せているようだった。


「あんま寝てねぇようだけど、だいじょぶなのか?」


昨夜はなぜか怒っていたが、馬鹿だからかもう忘れている様子。


「考えごとしちまって、どっちにしろ寝れなかったんだよ」


山を下っていけば、自然と視界は狭まっていく。



ゼドは手を地面から離し、立ち上がると。


「三人とも、使いものにならないだすね」


「そこら辺は慣れしかないのよ」


万全ではなかったとしても、疲れた程度であれば集中力は失わないが、精神的に追い込まれた状況が続いていた。


「張り詰めてたのが一度切れると、立て直すのは大変だす」


間者歴が長かったこともあり、火炎団以上にそういった耐性が鍛えられている。良く寝たようで、晴れやかな表情だった。


「たしかゼド君はさ、ヒノキについたらお役御免だっけ?」


「怪我の影響もあるから、数日は休ませてもらうだすが、たぶん結果は見ないで出発するだす」


契約の内容は道案内。


「また中途半端な依頼だこと」


「自分は勇者の護衛じゃなくて、ただの道案内だすよ」


案内人は建前で、実際には裏で動いていた。


「そんなもんかねえ」


「そんなもんだすよ」


今も昔も。


「一緒に行動したところで、自分にできることなんて、あんまなかっただすからね」


本来の役目に戻るだけ。


・・

・・


行く先に邪魔な単独がいたため、トントとチビデブが前もって始末する。


道が整っていれば、それだけ突撃の威力は増す。


巨体を活かした体当たりも、しっかりと見極めれば回避は難しくない。だが狙いは自分ではなくトントだったようで、単独はそのまま走り抜けようとした。


もともと彼の脇差しは、群れよりも単独の方が効果は高い。避けながら刃を動かせば、尻の一部に傷がつく。デブは焦らず、刀身を鞘に帰す。


トントの首筋に黒い文様が浮かび上がっていた。気づけば肩当ての尻尾は凍りつき、単独に向けて勢い良く伸びていく。鋭さを増した先端が前足を貫くと、そのまま地面に突き刺さる。


デブは脇差しを鞘に収めたまま、魔物の側面に忍び寄り、抜きながらの一閃。


「お前がそっちで止め刺すなんて、珍しいじゃねえか」


「いえ……まあ」


だがデブは納得のいかない表情で、断面を眺めていた。


「素人目だが、見事だったと思うけどな」


「兄貴ほどじゃなくても、こんくらいはできます」


死んでも単独はそれなりに大きい。彼は大棍棒を使いこなせないが、非力ではない。二人してできる限りの魔力をまとい、魔物を道から遠ざける。


「結局は玉具なしじゃ、オイラもこんな芸当はできないっす」


「あいつでも無理だと思うけどな」


よっこらせと地面に放ると、デブは処理の準備に入る。


「こういった雑用に関しちゃ、お前が一番だわ」


トントは褒めた積もりでも、嫌味として受けとられたらしい。


「親ビン含めて誰もやらないから、オイラがやってたんすよ」


場所によっては放置でも良いが、ここは完全な通り道で、なにより本陣から近い。群れの死体も大変だが、単独の処理も通常より念入りに。


「結果だけじゃだめっす。作るだけじゃ無駄だと思うんす」


「またいつもの持論か?」


赤火長には理解できていない。


「ずっと主張してきたから、親ビンも褒めてくれるようになったっす」


「まあ、実際に助かってるしな」


チビデブは溜息を一つ。


「悪いんですが、ちょっと時間かかるんで、皆さんに言ってきてくだせえ」


殺せば終わりなら、この職業はもっと楽だった。


死体の処理。魔物食は一般から見ればゲテモノだが、シンセロやメモリアは経験があるかも知れない。


「おう、いつも悪いな」


殺せば終わりなら、こんなことにはならなかった。



トントが離れると、デブは手に持っていた短剣を見る。


「これも一応、戦闘用なんですがね」


二ノ朱時代の得物。


同班の女に似合わないと馬鹿にされ、ムキになって今の武器を装備するようになった。それでも初めて自分で買った玉具だから、使いこなせていなくとも愛着はある。


というか本人は、大棍棒を扱えていると信じている。


独り言。


「ここからが、オイラの出番ですぜ」


短剣を動かし、死体の肉を切る。内蔵をざっと取りだすと、燃やしてから地面に埋める。


理由までは知らないが、この手間の有無で、色んな問題が幾らか改善すると教わっていた。



自分の剣を世界に認めさせる。


急所を一刺。もしくは動きを封じてからの次手。


生粋の剣士でなくとも、一定の(すべ)を得ているからこそ、あの男の異常な(わざ)を理解できる。


死体に残っていた切り口の鋭さもそうだが、無駄な傷も見当たらなかった。どの魔物も、一から三の手で仕留められていた。


デブが目をつぶれば、視界が塞がれる。


「正気の沙汰じゃないっすよ」


刻亀の影響下。流れで彼が担ったのは解るが、夜の魔物の怖さを知るデブからすれば、一人に任せて良い役目ではない。



振り返り、トントの背中を見る。


格好悪くても、馬鹿にされようと、諦めずに訴え続けなくては。


「それが当たり前になっちまう」


少なくとも雑用のアピールをしてきたから、今の評価を得ている。


「親ビンは赤火長なんだから」


ただの笛吹きには、デブの持論が理解できなかった。


・・

・・


ヒノキでは毎夜雪が降り、そのあいだ魔物が凶暴化する。


本陣はカフン村の跡地だが、そこだけに集中しないよう、山麓には何ヶ所か魔物を寄せる場所があった。


木の上に板を張り巡らせ足場とし、幹を岩や鉄板で守る。敵を寄せるだけが目的であり、とても簡単な造りだが、赤火などはここで夜を過ごすとのこと。


屋根のないツリーハウスを見上げながら。


「しょっちゅう壊されんだけど、俺らはここを中心に魔物と戦ってるわけだ」


火炎団はそれぞれが玉具を持っているが、ナイフや投槍などの消耗品も使っていた。ここらには毒持ちが多いため、清水などもここで補給しているのだろう。



カフンまではここから三十分ほど。日中だが木の上には赤火の団員が何名か立っていた。


一人が前にでて、帰還した面々を見下ろす。


恐らく班長なのだろう。潰れているのか、片目が赤い布で隠されている。


「ご無事で何より」


声も(しゃが)れているが、身体つきから判断して女だろう。


「見ての通り、赤の護衛様も健在だ」


トントが指さした青年を見つめ、一礼してから梯子(はしご)を使って地上に降りる。


「高い位置より失礼いたしました」


「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けして」


互いに頭を下げあったのち、女は少し微笑んで。


「赤火二班の班長を任されている、ラソンと申します」


両腕のガントレットは宝玉具か。


「赤の護衛グレンです、お世話になります」


近場で見る。立ち姿や武器から判断するに、恐らく拳士。


「カフンまでもう少しですが、気を抜かれないよう。勇者様もお待ちのはずです」


トントには悪いが、彼女のほうが風格というか、威厳がある。


「狂い雪が舞ったけど、こっちは大丈夫だったか」


もっとも馬鹿正直に言っても、彼はケッケと笑うだけだろう。


「一ノ朱の協力もあり、こちらに死者はでませんでした」


祈願所でのあれは狂い雪と呼ばれるが、正確な周期はいまだ判明していない。


夏でも続けて起こることもあれば、冬に確認されない時もある。


進化。


時間。


刻。


生息できる数には限界があるはずなのに、どこから現れているのか良くわからない。


発生した魔物は、その地に再び定着する。



残る片目を閉じ、姿勢を整えると。


「皆様の無事を喜びたい所ですが、生憎(あいにく)まだ仕事が残っております」


報告にあった人数と違うことを、すでに彼女は理解しているのだろう。


まずは遺体を安全な場所へ。


フィエルもその気遣いを感じたのか、一歩前にでて。


「ありがとうございます」


ラソンも小さく頷き。


「お疲れでしょう。報告など色々あると思いますが、安全はこちらで確保いたしますので」


「できれば俺も今日くらいは休みたいんだがな」


命令を受けてから、間を置かずに出発したのだから。


「お待ちしております」


「まあ、おいちゃんはなに言われても、無理やり休むけどね」


オッサンは勝手に歩きだす。


「フエゴ殿も変わりないようで、安心しました」


「いつだってあんな調子だ」


嫌味なトントの言葉に腕を組むと。


「最近はあまりちょっかいを出されないが、もう若い娘とは認識されてないようだ」


「お前は図太くなり過ぎなんじゃねえか」


すでに娘という感じではなかった。


「今思えば、あのやり取りも嫌いではなかったのですが。まあ、これからは見て楽しむとしましょう」


このような反応だから、フエゴもつまらないのだろう。



トントはなにか思い出したのか。


「そこの兵士の嬢さんが、あの(アマ)に用事があるんだとさ」


「二ノ朱火長でしたら、トントさんの報告をお待ちですよ」


嫌そうな表情を残したのち、あとは頼むと手を振ってから、赤火長は歩きだす。フィエルもラソンに一礼し、後を追う。



グレンは寄せ場を見上げながら。


「もう少し休みたかったんですがね」


「機会があれば。中々の景色ですよ」


火炎団には土使いが少ないため、索敵は魔物具に頼ることが多い。


いつのまにか、みっともない格好の男が梯子をのぼり、木の上で(はしゃ)いでいた。


「すんません、うちの案内人が」


「いえ、お気になさらず」


ラソンは穏やかな口調だが、ここから見える彼女の部下たちからは、苛つきや怯えが伺える。


突如現れたその男に、彼らは反応できなかった。



楽しみにしてますと返し、グレンはその場を離れる。後ろ姿からでも、かなり疲弊しているようだった。


それに合わせて一団も動きだす。ラソンはその中の一人を見つめる。


「頼んだぞ」


「へい、期待に添えるか解りませんが」


溜息をつこうとするが、ぐっと堪える。


今は二人になってしまったが、昔から赤火一班は問題児。それでも認識としては、強者揃いの赤火において、最強の者たちだった。


彼女の本音としては、雑用係を止めてもらいたい。


夜の山を二名で行動するなど、正気の沙汰ではないのだから。



ゼドは半べそをかきながら、梯子に足をかけ。


「ちょっと、おいてかないで欲しいだす」


・・

・・


数分後。道は崖により向きを変え、その下には水が流れていた。


カフンの近場だからか、足場はかなり確りしており、車輪のあとも見て取れる。



戦いを生業とする同性として、感じるものがあったのか。


「あのような方もいるんですね」


「昔はもっと女らしかったんだがな」


片目を失ってから、化粧や髪の手入れなどをしなくなった。


「少数じゃねえと姿を晒さない魔物もいてな、俺らは基本四人での行動だ」


振り返り、チビデブを見る。


「大人数で動いた経験が殆どねえから、ラソンがいてくれて良かったわ」


トントは首もとの黒布を指さし。


「こんな銘柄(ブランド)がなけりゃ、俺の肩書もくれてやりたいところだ。実質、うちのボスはあいつだしな」


フィエルは苦笑交じりで。


「赤火長がその調子では、ラソンさんも困ってんじゃないかしら?」


「俺なん昔からこの調子だけどな」


所々で魔物の死骸を片付けたあとが見て取れる。


衛生面。


魔物の餌。


交通。


こういった物の処理を怠れば、やがて作戦は崩壊する。


「命令があれば、今日の夜は寄せ場で待機ですか?」


「まあな」


いつも苛々していて、少しのことでビクつき、しょっちゅう彼は怒られる。


「うちの連中ガラが悪いくせに、変に真面目なところがあってな。サボるにサボれねえ」


恐らくトントも人のことは言えない。



周囲にはもう魔物の反応はなく、安全地帯と言っても良いだろう。それでも赤火の者たちは、今まで通りビクついていた。

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