十三話 愚か者
魂は火と共に天へ登ろうと、肉体はそのまま地上で眠り、やがて大地へと帰る。
本当は全て持って帰りたいが、ここは魔物が生息する山の中。骨は一部のみ容器に入れ、残りは高い場所から風に散らす。
チビデブの指示のもと、グレンは一連の儀式を自分の手で終わらせることができた。
それでも笛の音は止まない。
なにも考えずに、ただ見入る。
「旅路に迷わないよう、しばらくは演奏を続ける決まりなのよ」
いつのまにか、フエゴが隣に立っていた。
先ほど骨を散らした場所と、彼が入っている容器を交互に見て。
「シンセロさんは今から、イカズチの裁きを受けるんすか?」
「ホノオの教えを信じるなら、そうなるね」
グレンは近場の木まで移動すると、崩れるように座りこむ。
「故郷を捨てようとしたことは、罪に問われるんですか?」
「おいちゃんにはわからんよ。それを決めんのはイカズチだ」
高位魔法を見て満足したのか、持ち場に戻る者もいれば、そのままトントの演奏を聞く団員もいた。
ずっとピリピリしていた彼らだったが、少し落ち着いたようだった。
子守唄。
彼はもともと、思ったことを口に出しやすい。
「下手っすね」
「本気でへこむから、本人に言っちゃダメよ」
悔いや悲しみが薄らぎ、乾き、空っぽになる。
肩の力が抜け、緊張がほぐれ、今はシンセロ個人を純粋に思う。
時代が流れ、幾多の思惑が交差し、今は変化しているのかも知れない。
「戸籍ってのは、やっぱないと不便なんすか?」
「おいちゃんたちはギルドに登録してるから、ある程度の融通は利くけどさ、不便って感じることもあるね」
少なくとも、それを照明できなければ、預かり所は利用できない。
「都市の管轄内にあれば、通常よりも料金が安くなる施設も多いのよ」
医療関係から、護衛や討伐ギルドに、書物による調べ物。
「あの補佐さんは偉いと思うよ。一番真っ当な方法で、縁を切ろうとしたんだからさ」
恐らく心の底から、故郷を憎んでいたわけではないのだろう。
「恨みを買わないってのも、楽じゃないんすね」
すでに暗くてなにも見えないが、ボルガはまだ景色を眺めていた。
トントに何か話があるのか、フィエルは演奏が終わるのを待っている。
ゼドは岩にもたれて眠っていた。
フエゴは赤火の面々を見渡しながら。
「故郷を失ったのもいるけど、火炎団の大半は捨てた連中だ」
ギルドには真面目に仕送りを続ける者たちもいる。
捨てる者もいれば、残る者もいる。
「文明ってのは歯車みたいなもんで、両方ないと回らないんじゃない」
「あんたたちには、引退とかないのか?」
オッサンはボルガを見たあと。
「今まで使ってきた玉具とか売って、都市やどっかの村で余生を過ごすのもいるね」
産まれた場所に戻る人はあまりいない。
「やっぱ帰りたいっすか」
笛を奏でるトント。
すでに諦めに入っているのだろう。
「まあ……そりゃね」
正直に応えたのち、視線を下に反らす。
・・
・・
嫌な質問をしてしまったようで、フエゴはどこかに行ってしまった。
もう左腕が限界だったため、ボルガを呼んで外すのを手伝ってもらう。
「おめぇ不器用なのに、厄介な武器を選んじまったなぁ」
「別に自分で選んだわけじゃねぇよ」
ボルガもガントレットの玉具を使っているが、逆手重装ほど面倒ではないとのこと。
皆それなりに固まっているため、近場の会話なら耳をすませば聞こえていた。
どうやらフィエルの用事は、シンセロに託された金の使い道について。
「兵士ってよ、自腹なら玉具使っても良いのか?」
「許可が通ればたぶん大丈夫なんだな。ただ物によっちゃダメって言われんだ」
買いたくても買えない連中がいるため、力の差が広がるのは避ける傾向がある。
「まあ。こいつに頼り切ってる俺が言うのもなんだけど、玉具や魔物具は土台があってこそだしな」
金で物を買っても、最低限の基礎がなければ効果は発揮されない。そもそも都市出身だとしても、なんらかの事情がなければ、兵士という危険な職は避けるだろう。
レンガにも貧富の差はある。
無駄話をしていたせいもあり、作業は進まなかったが、なんとか外し終えた。
長手袋はそのままに、パーツだけを一カ所に集め。
「ありがとよ」
「おう」
恐らくグレンは彼を利用することになる。それでも、その先のために。
「お前の家、そんな貧乏じゃねえだろ」
けっこう繁盛していたと聞いているし、なにより大都市の一等地に店を構えるだけでも、グレンには想像できない費用が必要なはず。
「まぁそうなんだな。おれの稼ぎなんて、あってねぇようなもんだ」
ボルガは給料のために兵士をやっているわけではない。
「うちの責任者を信用すんな。王都までは来ることになるかも知れねえが、そこで兵士はやめろ」
仕事が終われば民に戻る。
勇者同盟。
「世の中には、過労死ってのがある」
ゼドと歩んだ彼女がそうであったように。
なにはともあれ命の恩人。
「一人だけで限界なんだ。お前の生死なんて保証できねえぞ」
「おめぇ何様だよ」
沢から生還したときの会話。
「おれは面倒みるつもりもねぇし、おめぇにみられる筋合いもねぇ」
「どんな選択をするかは解らねえが、引き返せる足場だけは、ちゃんと固めておけ」
家族。なによりも妹。
「グレン。おめぇはどうなんだ」
「俺にだって、家族くらい居るっつうの」
故郷にはちゃんと墓がある。
「相手の気持ちをもうちっと考えろ」
グレンには言葉の意味が解らない。
「なに怒ってんだよ」
自分がなぜ怒っているのか、実はボルガも理解できていない。
「やられた方は、たまったもんじゃねぇ」
赤の護衛はその場に一人残される。
・・
・・
赤火の面々は休憩中も武具の手入れなどをしていた。
チビデブは脇差しの柄に、細長い紐を縛り直し、握りを確認している。メインよりも繊細な動きが必要なのもあるが、どうみても大切にしているのはサブの方だった。
警戒しているのか、ゼドが船を漕ぐたびに、デブは視線をそちらに向けていた。
左腕は未だに痛く、指を動かすだけでも辛い。それでも赤火の連中に感化され、布で逆手重装のパーツを拭く。
長手袋は内側を見るのが怖いため、脱ぐのはヒノキに到着するまで我慢する。
ふと、トントが視界に入った。
本当は魔獣具のことを聞きたいが、着火眼の前例もあるため、不用意に聞くことはできない。
まずは情報収集。
ペルデルなどから人物像を聞いていたが、やはり実際に会うと印象に違いもでてくる。そもそも朱火と赤火では、面識もないに等しい。
フエゴとは親しいようだが、一歩距離をおいているように見える。
口が悪く嫌味も多いが、周りに強く言われても、そこまで怒り返すことはない。実際に失礼な発言をしてしまったが、ケッケと笑うだけで流している。
チビデブを除き、赤火の連中から好かれているという感じではないが、見捨てられたり諦められている風ではない。
個人の戦闘力を除き、優秀な人物とは今のところ思えない。
なんだかんだで人柄は、かなり穏やかなのではないか。
トントは得物であるナイフや魔獣具はそっちのけで、笛に入った唾液を専用の道具で綺麗にしていた。
あまり人付き合いは得意ではないが、そうも言ってられないため、呼吸法で心を落ち着けてから立ち上がる。
「あの、ちっと良いっすか?」
「なんだよ。今けっこう大事な作業してるから、後にしてくれねえか」
煙草などは他者に頼むようだが、笛の手入れだけは誰の力も借りず、片腕で頑張っていた。
「すんません」
もう嫌だと思ってしまったが、ここで引き下がると、次に声をかける勇気をもてない。
「中継地を出発する前に、俺から頼んで清水運びを手伝わせてもらったんすよ」
返事はない。
赤の護衛ではなく、グレン個人として、これだけは早めにすませておきたい。
「その時一人死なせてしまいまして」
トントの指の動きが止まったため、興味を持ってくれたと信じて話を続ける。
「ただ今回と違い、遺体をその場に残さなきゃいけませんでした」
「まあ、よくあるこった。慣れるしかねえわな」
この場に人形はない。
「彼の代わりを今自分で削ってるんですが、燃やすときの演奏をお願いしたい」
一瞬だったから見間違いかも知れない。
ちょっとだけ、本当に嬉しそうに、トントは笑った。
「まさか、そっち関係の依頼を受けるとはねえ」
どこか鳥の形に似ている笛から、グレンへと視線を移す。
「フエゴが教えたのか?」
「はい。もし必要なら、なんとか金は用意するんで」
広げていた布に笛と手入れ道具をそっと置き。
「いらねえよ。もともと金はもらってなかったしな」
演奏のお礼として、生活に必要なものを直接もらっていた。
「じゃあ、酒とか用意しときますんで」
「ああ、それで良い」
トントはうつむき、頭をかく。
「やっぱ駄目だ」
無償なら良い。
彼の本職は赤火長ではない。
「俺にはもう、物にあたいする演奏はできねえ」
上手くはなかったが、心に響くなにかは確かに残っていた。
「いや、あれでも俺は充分です」
「お前は良くても、送るのは別の奴だろ。物をもらう以上は、あんなみっともない演奏はできないんだよ」
先ほどのボルガの言葉。
仕事として演奏を依頼されたのが、余程嬉しかったのだろう。今さら無料でとは言えない。
なにか案を思いついたのか、トントは顔をあげると、もう一度グレンを見て。
「ちょっと待ってろ」
自分の荷物に手を伸ばし、綺麗な布に包まれた物を取り出す。
「今使ってんのは、フエゴに造らせた奴でな」
片腕が氷でもなんとかできるよう、改良した笛。
「あくまでも貸すだけだが、教えてやる」
「無理っすよ。罠すらまともに作れないんで」
最初から諦めているのだから、演奏などできるわけがない。
「ケッ、不器用なんて俺には言い訳にすらなんねえぞ」
なんとか理由をつけようとする。
「だいたいそれ、部外者に教えたり、使わせちゃ駄目なんじゃ」
「まあ確かにそうなんだが」
そんな糞みたいな拘りよりも、守らなければいけない伝統があった。
「文句をいう連中はもういねえし、今さらだ」
人形だけでも自分の許容範囲を超えているのに。
「少なくともあいつが話したってことは、ある程度はお前を信用したってこんだろ」
こんなだから、彼は簡単に騙される。
「夜は基本魔物の相手してるからよ、朝の一・二時間くらいなら付き合ってやる。そんで送り火の儀式が終わったら、俺に酒をよこせ」
ヒノキに到着すれば、赤の護衛としてすべきことはある。それでもまったく時間がないわけじゃない。
「たぶん後悔しますよ。ほんと不器用なんで」
「下手でもいいんだよ。俺とお前じゃ意味合いが違うんだ」
なんとなくグレンは気づく。
「その時もし良ければ、魔獣具について教えてもらっても良いっすか」
こんな自分が嫌になる。
「別に構わねえが、俺は特に詳しくないぞ」
グレンはトントの隣に座り、両手で布に包まれた笛を受け取る。
恐らくこの恩は仇で返すことになる。
だから、せめて応えよう。
「さっきの曲くらいは、なんとか演奏できるように頑張るんで」
片腕の奏者に学びたいと思う人間など、恐らく今後もいないはず。
「子守唄バカにすんじゃねえ。この曲にだって込められた意味はあるんだ」
この人は、ただの笛吹きだった。
悲しみは心の隅に隠し、逆手重装すら地面に放置したまま、グレンはトントの説明を聞き始めた。
夜は更けていく。
長手袋はそのままに、試しに笛を吹いてみる。
文句をいう者はいない。
なにかを忘れようとする笛の音は、奥深くまで鳴り響く。
遅くまで起きていたせいか、左腕は翌朝も痛いままだった。
オッサン=主人公の何らかの師匠って感じにしてます
フエゴは魔法
ゲイルは策士
ギゼルは体術
トントは魔獣具じゃなくて、笛の予定です。