表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
171/209

十三話 愚か者

魂は火と共に天へ登ろうと、肉体はそのまま地上で眠り、やがて大地へと帰る。


本当は全て持って帰りたいが、ここは魔物が生息する山の中。骨は一部のみ容器に入れ、残りは高い場所から風に散らす。


チビデブの指示のもと、グレンは一連の儀式を自分の手で終わらせることができた。


それでも笛の音は止まない。


なにも考えずに、ただ見入る。


「旅路に迷わないよう、しばらくは演奏を続ける決まりなのよ」


いつのまにか、フエゴが隣に立っていた。


先ほど骨を散らした場所と、彼が入っている容器を交互に見て。


「シンセロさんは今から、イカズチの裁きを受けるんすか?」


「ホノオの教えを信じるなら、そうなるね」


グレンは近場の木まで移動すると、崩れるように座りこむ。


「故郷を捨てようとしたことは、罪に問われるんですか?」


「おいちゃんにはわからんよ。それを決めんのはイカズチだ」


高位魔法を見て満足したのか、持ち場に戻る者もいれば、そのままトントの演奏を聞く団員もいた。


ずっとピリピリしていた彼らだったが、少し落ち着いたようだった。


子守唄。


彼はもともと、思ったことを口に出しやすい。


「下手っすね」


「本気でへこむから、本人に言っちゃダメよ」


悔いや悲しみが薄らぎ、乾き、空っぽになる。


肩の力が抜け、緊張がほぐれ、今はシンセロ個人を純粋に思う。


時代が流れ、幾多の思惑が交差し、今は変化しているのかも知れない。


「戸籍ってのは、やっぱないと不便なんすか?」


「おいちゃんたちはギルドに登録してるから、ある程度の融通は利くけどさ、不便って感じることもあるね」


少なくとも、それを照明できなければ、預かり所は利用できない。


「都市の管轄内にあれば、通常よりも料金が安くなる施設も多いのよ」


医療関係から、護衛や討伐ギルドに、書物による調べ物。


「あの補佐さんは偉いと思うよ。一番真っ当な方法で、縁を切ろうとしたんだからさ」


恐らく心の底から、故郷を憎んでいたわけではないのだろう。


「恨みを買わないってのも、楽じゃないんすね」


すでに暗くてなにも見えないが、ボルガはまだ景色を眺めていた。


トントに何か話があるのか、フィエルは演奏が終わるのを待っている。


ゼドは岩にもたれて眠っていた。



フエゴは赤火の面々を見渡しながら。


「故郷を失ったのもいるけど、火炎団の大半は捨てた連中だ」


ギルドには真面目に仕送りを続ける者たちもいる。


捨てる者もいれば、残る者もいる。


「文明ってのは歯車みたいなもんで、両方ないと回らないんじゃない」


「あんたたちには、引退とかないのか?」


オッサンはボルガを見たあと。


「今まで使ってきた玉具とか売って、都市やどっかの村で余生を過ごすのもいるね」


産まれた場所に戻る人はあまりいない。


「やっぱ帰りたいっすか」


笛を奏でるトント。


すでに諦めに入っているのだろう。


「まあ……そりゃね」


正直に応えたのち、視線を下に反らす。


・・

・・


嫌な質問をしてしまったようで、フエゴはどこかに行ってしまった。


もう左腕が限界だったため、ボルガを呼んで外すのを手伝ってもらう。


「おめぇ不器用なのに、厄介な武器を選んじまったなぁ」


「別に自分で選んだわけじゃねぇよ」


ボルガもガントレットの玉具を使っているが、逆手重装ほど面倒ではないとのこと。



皆それなりに固まっているため、近場の会話なら耳をすませば聞こえていた。


どうやらフィエルの用事は、シンセロに託された金の使い道について。


「兵士ってよ、自腹なら玉具使っても良いのか?」


「許可が通ればたぶん大丈夫なんだな。ただ物によっちゃダメって言われんだ」


買いたくても買えない連中がいるため、力の差が広がるのは避ける傾向がある。


「まあ。こいつに頼り切ってる俺が言うのもなんだけど、玉具や魔物具は土台があってこそだしな」


金で物を買っても、最低限の基礎がなければ効果は発揮されない。そもそも都市出身だとしても、なんらかの事情がなければ、兵士という危険な職は避けるだろう。


レンガにも貧富の差はある。



無駄話をしていたせいもあり、作業は進まなかったが、なんとか外し終えた。


長手袋はそのままに、パーツだけを一カ所に集め。


「ありがとよ」


「おう」


恐らくグレンは彼を利用することになる。それでも、その先のために。


「お前の家、そんな貧乏じゃねえだろ」


けっこう繁盛していたと聞いているし、なにより大都市の一等地に店を構えるだけでも、グレンには想像できない費用が必要なはず。


「まぁそうなんだな。おれの稼ぎなんて、あってねぇようなもんだ」


ボルガは給料のために兵士をやっているわけではない。


「うちの責任者を信用すんな。王都までは来ることになるかも知れねえが、そこで兵士はやめろ」


仕事が終われば民に戻る。


勇者同盟。


「世の中には、過労死ってのがある」


ゼドと歩んだ彼女がそうであったように。



なにはともあれ命の恩人。


「一人だけで限界なんだ。お前の生死なんて保証できねえぞ」


「おめぇ何様だよ」


沢から生還したときの会話。


「おれは面倒みるつもりもねぇし、おめぇにみられる筋合いもねぇ」


「どんな選択をするかは解らねえが、引き返せる足場だけは、ちゃんと固めておけ」


家族。なによりも妹。


「グレン。おめぇはどうなんだ」


「俺にだって、家族くらい居るっつうの」


故郷にはちゃんと墓がある。


「相手の気持ちをもうちっと考えろ」


グレンには言葉の意味が解らない。


「なに怒ってんだよ」


自分がなぜ怒っているのか、実はボルガも理解できていない。


「やられた方は、たまったもんじゃねぇ」


赤の護衛はその場に一人残される。


・・

・・


赤火の面々は休憩中も武具の手入れなどをしていた。


チビデブは脇差しの柄に、細長い紐を縛り直し、握りを確認している。メインよりも繊細な動きが必要なのもあるが、どうみても大切にしているのはサブの方だった。


警戒しているのか、ゼドが船を漕ぐたびに、デブは視線をそちらに向けていた。



左腕は未だに痛く、指を動かすだけでも辛い。それでも赤火の連中に感化され、布で逆手重装のパーツを拭く。


長手袋は内側を見るのが怖いため、脱ぐのはヒノキに到着するまで我慢する。


ふと、トントが視界に入った。


本当は魔獣具のことを聞きたいが、着火眼の前例もあるため、不用意に聞くことはできない。


まずは情報収集。


ペルデルなどから人物像を聞いていたが、やはり実際に会うと印象に違いもでてくる。そもそも朱火と赤火では、面識もないに等しい。


フエゴとは親しいようだが、一歩距離をおいているように見える。


口が悪く嫌味も多いが、周りに強く言われても、そこまで怒り返すことはない。実際に失礼な発言をしてしまったが、ケッケと笑うだけで流している。


チビデブを除き、赤火の連中から好かれているという感じではないが、見捨てられたり諦められている風ではない。


個人の戦闘力を除き、優秀な人物とは今のところ思えない。


なんだかんだで人柄は、かなり穏やかなのではないか。



トントは得物であるナイフや魔獣具はそっちのけで、笛に入った唾液を専用の道具で綺麗にしていた。


あまり人付き合いは得意ではないが、そうも言ってられないため、呼吸法で心を落ち着けてから立ち上がる。


「あの、ちっと良いっすか?」


「なんだよ。今けっこう大事な作業してるから、後にしてくれねえか」


煙草などは他者に頼むようだが、笛の手入れだけは誰の力も借りず、片腕で頑張っていた。


「すんません」


もう嫌だと思ってしまったが、ここで引き下がると、次に声をかける勇気をもてない。


「中継地を出発する前に、俺から頼んで清水運びを手伝わせてもらったんすよ」


返事はない。


赤の護衛ではなく、グレン個人として、これだけは早めにすませておきたい。


「その時一人死なせてしまいまして」


トントの指の動きが止まったため、興味を持ってくれたと信じて話を続ける。


「ただ今回と違い、遺体をその場に残さなきゃいけませんでした」


「まあ、よくあるこった。慣れるしかねえわな」


この場に人形はない。


「彼の代わりを今自分で削ってるんですが、燃やすときの演奏をお願いしたい」


一瞬だったから見間違いかも知れない。


ちょっとだけ、本当に嬉しそうに、トントは笑った。


「まさか、そっち関係の依頼を受けるとはねえ」


どこか鳥の形に似ている笛から、グレンへと視線を移す。


「フエゴが教えたのか?」


「はい。もし必要なら、なんとか金は用意するんで」


広げていた布に笛と手入れ道具をそっと置き。


「いらねえよ。もともと金はもらってなかったしな」


演奏のお礼として、生活に必要なものを直接もらっていた。


「じゃあ、酒とか用意しときますんで」


「ああ、それで良い」


トントはうつむき、頭をかく。


「やっぱ駄目だ」


無償なら良い。


彼の本職は赤火長ではない。


「俺にはもう、物にあたいする演奏はできねえ」


上手くはなかったが、心に響くなにかは確かに残っていた。


「いや、あれでも俺は充分です」


「お前は良くても、送るのは別の奴だろ。物をもらう以上は、あんなみっともない演奏はできないんだよ」


先ほどのボルガの言葉。



仕事として演奏を依頼されたのが、余程嬉しかったのだろう。今さら無料でとは言えない。


なにか案を思いついたのか、トントは顔をあげると、もう一度グレンを見て。


「ちょっと待ってろ」


自分の荷物に手を伸ばし、綺麗な布に包まれた物を取り出す。


「今使ってんのは、フエゴに造らせた奴でな」


片腕が氷でもなんとかできるよう、改良した笛。


「あくまでも貸すだけだが、教えてやる」


「無理っすよ。罠すらまともに作れないんで」


最初から諦めているのだから、演奏などできるわけがない。


「ケッ、不器用なんて俺には言い訳にすらなんねえぞ」


なんとか理由をつけようとする。


「だいたいそれ、部外者に教えたり、使わせちゃ駄目なんじゃ」


「まあ確かにそうなんだが」


そんな糞みたいな(こだわ)りよりも、守らなければいけない伝統があった。


「文句をいう連中はもういねえし、今さらだ」


人形だけでも自分の許容範囲を超えているのに。


「少なくともあいつが話したってことは、ある程度はお前を信用したってこんだろ」


こんなだから、彼は簡単に騙される。


「夜は基本魔物の相手してるからよ、朝の一・二時間くらいなら付き合ってやる。そんで送り火の儀式が終わったら、俺に酒をよこせ」


ヒノキに到着すれば、赤の護衛としてすべきことはある。それでもまったく時間がないわけじゃない。


「たぶん後悔しますよ。ほんと不器用なんで」


「下手でもいいんだよ。俺とお前じゃ意味合いが違うんだ」


なんとなくグレンは気づく。


「その時もし良ければ、魔獣具について教えてもらっても良いっすか」


こんな自分が嫌になる。


「別に構わねえが、俺は特に詳しくないぞ」


グレンはトントの隣に座り、両手で布に包まれた笛を受け取る。


恐らくこの恩は仇で返すことになる。


だから、せめて応えよう。


「さっきの曲くらいは、なんとか演奏できるように頑張るんで」


片腕の奏者に学びたいと思う人間など、恐らく今後もいないはず。


「子守唄バカにすんじゃねえ。この曲にだって込められた意味はあるんだ」


この人は、ただの笛吹きだった。


悲しみは心の隅に隠し、逆手重装すら地面に放置したまま、グレンはトントの説明を聞き始めた。



夜は更けていく。


長手袋はそのままに、試しに笛を吹いてみる。


文句をいう者はいない。


なにかを忘れようとする笛の音は、奥深くまで鳴り響く。



遅くまで起きていたせいか、左腕は翌朝も痛いままだった。

オッサン=主人公の何らかの師匠って感じにしてます


フエゴは魔法

ゲイルは策士

ギゼルは体術


トントは魔獣具じゃなくて、笛の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ