十一話 朝食
こちらは二話投稿の一話目です
勝手な行動をとったトントとデブに対し、合流した四名は怒鳴り散らす。心配したからとかではなく、本当に迷惑そうにしていたのが印象に残った。
後から到着した二班は雪に怯え、魔物の鳴き声に震えており、正直にいえば情けない。
ペルデルからはガラが悪いと聞いていたが、実際にみると苛ついているという感じだった。どちらかと言えば朱火のほうが、落ち着きもあり優秀な集団に思えた。
もうすぐ夜明け。雪はまだ降っているが、もう魔物の声はたまにしか聞こえない。
三班は薄めた酒を呑むこともなければ、賭事に興じる様子もない。男も女も関係なく、目をギラギラとさせ、神経を尖らせていた。
そんな者たちに守られながら、四人は朝食の鍋を囲う。
大した料理ではないが、担当するのはチビデブ。
清水を少し混ぜた熱湯の中に、まずは干し肉を入れる。
都会育ちのフィエルは不審のこもった眼差しで。
「木の根?」
「自然薯っていう芋っす」
どこからか取ってきた、粘り気の強い芋を擦る。
デブが出した小さな容器の中には、茶色い物体が詰められていた。
「なんすかそれ、もしかしてあれっすか」
目を輝かせるグレンに苦笑いを浮かべ。
「こりゃミソっていいまして、大豆を発酵させたもんです」
グレンはそもそも料理ができない。剣国としては一般的なもので、味噌汁なども飲んだ経験はあるが、見るのは初めてだった。
味噌を溶かしたあと、沸騰させてはいけないのだが、火力の調節も難しいため気にしない。
面々は興味深くその光景を眺めていたが、少ししてフエゴとトントが戻ってきた。
「やっぱついてって正解だっだのよ。こいつ毒草摘みやがった」
「うるせえ。いつも最後の確認はデブにまかせてんだよ」
トントの左手には、良くわからない草。まだ土がついているようで、それを魔法の水で洗い落とす。
「黒魔法を料理に利用するんすか?」
「我儘はいっちゃいけねえ、物には限りがあんだ。まあ飲んでも害はないし、そもそも俺らは魔物だって食うぞ」
鍋の水は祈願所にあったものをつかったが、いつもはトントの水魔法を利用することが多い。
フエゴは曇り空を指差すと。
「だいたいグレンちゃん、これも黒魔法じゃない?」
魔法とは認めない者もいるが、間違いなく神位と同列の魔法だろう。雪は今にもやみそうだったが、鍋の中に落ちては消えてゆく。
チビデブは草を受け取ると。
「一度アク抜きしますんで、もうちょっとお待ちを」
味噌の入った鍋はここの倉庫にあったものだが、それとは別の物をデブは用意していた。アク抜きといっても適当で、塩ゆでをしたのち、冷水で洗って絞るだけだった。
擦った自然薯を容器に移し、そこに干し肉と野草の味噌汁を注ぐ。
チビデブが朝食を作っているあいだに、フエゴは細枝を削り箸を用意していた。
グレンはその場から立つと。
「先にもらって良いっすか。あと、干し肉は外してもらえると」
なにをしたいのか皆もわかったようで、文句をいう者はいなかった。
「おれは早く食いてぇんだな」
一人を除く。
「オイラだって我慢してんだから、同じデブならちょっとは堪えろ!」
チビデブから容器と箸を受け取ると。
「悪いっすね」
「熱いんで、気をつけるよう言ってくだせえ」
布の上で横たわるシンセロへと、中身をこぼさないよう、慎重に足を進める。
数時間前に目覚めていたが、麻酔の影響がまだ残っているようで、すこし調子が悪いとのこと。
「身体起こせますか?」
グレンの声に目を開ける。
「……はい」
上半身を起こそうとするが、脇腹が痛むようで力が入らない。グレンは容器を布に置くと、片手でシンセロの背中を支える。
視線が変わり、少し目が回ったのか、しばらく手の平を額に当てていた。
「朝食できたので、もってきました」
「すみません。食欲があまりなくて」
今回の救助にあたり、本当は衛生兵も同行させたかったが、彼らはシンセロよりも実戦経験が浅い。それでも怪我は予想されていたため、物品だけは持参していた。
「痛み止めよ。胃にくるらしいから、なにか入れといたほうが良いわ」
フィエルが渡したのは、紙に包まれた茶色の粉。
「わかりました」
置かれていた容器に手を伸ばすが、痛みで指先の動きが止まる。
「熱いんで気をつけてください」
グレンが代わりに取り、シンセロに持たせる。
まずは一口。
「おいしいです」
本当は味など良くわからない。
「良かった」
半分ほど食べたが、吐き気がでてきたため、シンセロは箸をおいた。
しばらく横になりたいとのことで、グレンの支えを借りながら、再び傷口を上にして身体を休める。
一通りの介助を終えると、自分の朝食に入る。ボルガともう一名を除き、他の者たちはすでに食事を終えていたようで、今は赤火の連中に配っていた。
実際にはそこまで寒くなかったが、なんとなく身体の冷える夜だった。
となりではデカブツが自分の容器に味噌汁を注いでいた。
「こりゃあ、うめぇんだな」
「もうちっと落ち着いて食えよ、汁こぼれてるぞ」
気持ちもわかる。まともな飯を食ったのは、すごく久しぶりな気がする。
「おめぇだって人のこと言えないんだな」
「うるさい」
グレンは握り拳で箸を掴んでいた。
塩気と共に色々抜けたようで、干し肉はあまり美味くない。というか味噌との相性には首を傾げる。
それでも啜ってみれば。
「うめえ」
箸ですくうと、その先には擦った芋が付着していた。顔を出した太陽の光に、表面についた汁が照らされる。
・・
・・
一時間ほどが経過した。
グレンの手を借りてシンセロは立ち上がる。
「どうですか?」
「薬が利いたのか、思っていたよりは歩けそうです」
怪我人がいることは、すでに赤火も承知している。今は祈願所の外で待機していた。
「そりゃよかった。歩けるならさ、自分の速度で歩いたほうが良いのよね」
肩を貸したり背負う場合は、身体の姿勢がある程度固定されてしまうため、そのぶん傷口への負担に繋がる。
「俺らはあくまでもお前の護衛だ。手は貸さねえからな」
グレンもとい、シンセロのペースに合わせて移動する。
「わかってます」
ゆっくりと歩きだした一般補佐から離れると、グレンは祈願所の出入り口に向かう。
その先には居たのは、身体に赤い布を巻いた者たち。
「突然の命令で疲れてるとは思いますが、本陣までの移動、よろしくお願いします」
「あの沢を越えんのは無理だな」
班長の一人と思われる者が、壁の上に飛び乗ると、下り坂の先を見通して。
「せっかく祈願所にきたから、そっちのルートを通ろうと思う。けっこう安定した道に入れるから、あの兄さんでもなんとか歩けるはずだ」
グレンたちは途中から二手に別れたが、目的地は一緒だった。
勇者一行が近道を通ったのには理由がある。
「本当は先にあんただけでも俺らで運んで、さっさと準備に取り掛かって欲しいんですがね」
迷惑だという空気が感じとれるが、一応の納得はもらえたようだ。
もう一度頭をさげ。
「頼んます」
赤火の者たちは互いに目を向け合うと、やれやれと言いながらその場から散開する。
いつの間にか、トントとデブが背後に立っていた。
「誰かさんに指揮能力がないからよ、俺らは基本まとまった行動ができねえ。ただ闇雲に寄ってくる魔物を殺すだけだ」
彼は指揮を放棄しているのではなく、それをできる器量がない。
「まあ俺の指示なんかなくても、連中は勝手に自分らで動くから、安心しろ」
肩を叩くと、二人も祈願所から離れていく。
シンセロは脇腹を押さえながら、グレンの横で立ち止まり。
「ご迷惑をお掛けします」
「そりゃこっちの台詞ですよ」
自分たちで強化した祈願所に愛着があったのか、ボルガは内外を見まわっていた。壁の上から飛び降りれば、巨体が地面を揺らす。
「じゃあ、行くんだな」
祈願所にて祈りを捧げてきたのか、一足遅れてフィエルがでてくる。
「忘れ物はないわね」
食事のとき声をかけたが、ゼドは死んだように眠っていた。
「お腹がすいただす」
「起きなかったあんたが悪い。今は干し肉で我慢してください」
フィエルに叱られるが、肉を渡され微笑んでいた。
魔物の死骸は放置したまま。
「次に使う人たちに怒られたら、グレンちゃんが責任持つのよ」
「あんたは俺らと行くんすね」
これまで行動してきた六名の中で、唯一の火炎団。
「自分から言ったことだしさ、ヒノキまでは付き合うよ」
グレンは肩を貸そうと、シンセロの左側に立つが。
「とりあえずは、自分で歩いてみようかと」
一般補佐はゆっくりと坂をくだっていく。
「フエゴさんの話しだと、しばらく魔物は動けないらしいから、今日中に寄せ場までは行くわよ」
「わりぃことばかりじゃねぇってこんだな」
ボルガとフィエルは一般補佐を追い越す。
「ほらグレンちゃん、さっさと行くよ」
フエゴも歩きだせば、グレンは一人その場に残される。
上着が汚れてしまったゼドは、祈願所にあった布を身体に巻いていた。干し肉をむさぼれば、腕の隙間から布の下が裸だと見て取れる。
「置いてかれちゃうだすよ」
「ああ、いま行く」
振り返れば、すでにボロボロの囲い壁。ここに到着したとき、どれほど嬉しかったか。
空を見あげれば、雲の隙間から薄い青がみえる。
祈願所に頭をさげると、グレンは五人を追って歩きだした。