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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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八話 雪の降る山

味方のもとから離れ、一人夜に身をゆだねたとき、ゼドは始めて暗さに気づく。


「お母さんの力は頼れないだすね」


呑気なものでお空を見上げたが、木が邪魔で月は確認できなかった。


微魔小物か、それともただの風か。枝や草が揺れて重なる音は、心境によって変化はあったとしても、今この状況だと気分が悪いだけである。


いくつのも死線を越えてきたつもりだが、未だに怖いものは怖い。


死ぬのは怖い。


敵意を向けられるのは怖い。


木の幹から顔だけをだし、一体の魔物がこちらの様子を伺っていた。



右手にナイフ、左手に投げ槍。


普段ならまだしも現状であれば、本当はもっと確りとした武器を持つべきである。フィエルやシンセロから、片手剣を借りるといった選択もあったはず。


持つと手が震えるなどの症状はないが、剣を得物にすると虚しさで、戦いに集中できなくなっていた。



暗いため目視はできないが、敵は恐らく仮面魔猿。つぶらな(まなこ)は一見可愛くも見えるが、動くことのない表情は気味が悪い。


威嚇することを忘れた猿は、無言でゼドを見つめていた。



土の結界は人間だけが使う魔法ではなかった。一体に注意を向けさせ、ゼドの死角から別の個体が飛びかかってきた。


この魔物は穏やかな表情のわりに、好戦的だと知られていた。なおかつ土属性だとすれば、木に登るという習性はない。


殺気を感じられるため、隠れていた敵は前もって気づいていた。奇襲は知られた時点で失敗であり、噛みつこうとした猿の口には、ナイフが突き刺さっていた。


ゼドを見つめていた個体は、仲間の死に心を乱すこともなく、表情をそのままに走りだす。相手の足に抱きつき、動きを封じる予定だったが、触れる瞬間に一歩さがられ、空振ったところに蹴りが入る。


まだ仲間がいたのだろう。握り拳ほどの石が飛んできたが、右腕に残っていた死体を動かして防ぐ。


彼は戦いにおいて魔力をまとわない。小型の魔物といえど、重くてずっとは持っていられなかった。ナイフを抜く余裕もなないため、今は手放すしかなかった。


「暗いだす」


慣れろばある程度は見えるようになるが、今日はあまり期待できない。


「怖いだす」


視覚など、五感のうちの一つに過ぎず。戦いにのめり込めば、そこまで苦もなく戦える。


恐怖を武器に感覚を研ぎ澄ます。


・・

・・


仮面猿と戦っているゼドに向けて、木の上を移動する魔物が六体。このまま行けば数分で乱入される。


夜目がきくようで、乗り移る枝を見分けながら、器用に動いていた。



パチン



魔物たちはその音に反応して動きを止めた。



パチン



何かがいることは、少し前から感じていた。


辺りを見渡すが、音の正体は確認できず。



パチン



この感覚は危険だと判断し、魔物たちは警戒を強めた。


風が吹き枝が揺れ、葉っぱがこすれる。



パチン



先ほどとは別の位置から音がなる。魔物はそちらに顔を向ける。



パチン



警戒はやがて苛立ちに変化した。


中指と親指を合わせ、弾く。



パチン



耐えられなくなった一体が、鳴ると同時に音の方向へと飛び跳ねた。


だがその先には、なにも居ない。



パチン



苛立ちは明確な殺意となり、音の近場にいた魔物から、次々と跳びかかって行く。


誰もいない悔しさは憎しみとなり、木に噛みついたり、枝を揺らすなどして表現するしかない。


魔物たちはもう、ゼドのことなど忘れていた。


音がなれば迷うことなく、怒りにまかせて飛びかかる。


どうせいないと思っていた。


地面へと、何かが落ちる。それに反応した魔物たちは、枝を揺するのをやめ、横たわるものを確認する。



パチン



仲間が死んでいた。


場の空気に残る五体はのまれていた。


薄れていた理性が濃さを増し、嫌な感情が心を染めていく。


風が吹き、辺りを揺らす。


いつのまにか、音が止んでいた。魔物たちは動けなくなっていた。


とても静かだが、穏やかなものとは程遠い。



緊張に負け、一体が動こうとした瞬間であった。魔犬の咆哮が空気を裂き、赤い目玉の黒い影が闇の中から出現し、物凄い速度で襲いかかってきた。


守りの姿勢をつくる暇もなかったが、不思議と痛みはなかった。気づけば影が身体に巻きついていた。


重さはほとんど感じない。


黒い物体を振り払おうと、両腕を動かそうとしたが、羽根のように軽かった影が重さを強める。魔物は抵抗することもできず、枝ごと落下して地面へと打ちつけられた。


残りは四体。


黒い魔力をまとった人間は、立ち上がると死体を踏みつけて吠える。


『去れ!』


勝敗は決した。


・・

・・


祈願所での戦いは最後の手段であり、魔物の接近は極力避けなくてはいけない。


また魔犬の縄張も一時的なものだからして、連発するほどに効果は薄れてしまう。


ゼドを中心に魔物の接近を防ぎ、グレンが彼を援護する。本来は一緒に戦ったほうが良いのかも知れないが、如何せんこの二人、協力や連携の経験があまりなかった。



群れとの戦いはまだ続いていた。


仮面猿は飛び掛かろうと、姿勢を低くした。その一瞬を狙い地面を蹴り上げれば、土が視界をふさぐ。


しかし所詮は土であり、気にすることなく跳ねてきた。攻撃の直前に邪魔されたこともあり、猿はどこに噛みつくか決めておらず、ただの体当たりはあっさりと回避された。


魔法の岩石は土に帰らない。


ゼドは近場に落ちていたそれを持つと、下から放り投げる。


猿は向きを返して再び攻撃を仕掛けようとしたが、石に足を取られ姿勢を崩した。急いで立て直そうとするが、一気に接近し右腕で相手の首を抱え、捻りを加えながら圧し折った。


魔物も人間も魔力をまとえば、量に応じて肉体が強化される。彼が石を投げても、ボルガほどの威力はだせなかった。



剣士にとって最大の武器は殺気ではない。


戦いにのめり込む。この状態を実現させる集中力こそが、戦士の本領であった。


集中の使い方は様々で、ゼドの場合は内側に向けている。これは一対一に最大の力を発揮するが、自分対敵と単純に区切れろば、群れが相手でもそれなりの効果は期待できた。



しかし味方と共に戦う場合、外にも意識を配らなくてはいけない。


互いに息を合わせ、それぞれに役割を分担し、最終的に対象を崩す。彼も仲間と連携することは可能だが、戦いにのめり込む状態には今のところ入れない。



直接自分を狙う個体がいなくなれば、どこからか石が飛んでくる。


殺気で方向を探り、聴覚で石の位置を把握すると、投槍の柄で弾き落とす。


最初に殺した個体のもとに歩み寄り、ナイフを引き抜く。



恐らく仮面猿の上位個体だろう。両腕で地面を叩く音が耳に入った。


岩の腕。もし目視できれば、人のそれとは形状が違うのかも知れない。


地面から生えていようと、一度形をつくらなくては、相手に拳を振り下ろすことはできない。


ゼドは投げ槍を半回転させ、柄の部分を脇に挟む。すぐさま接近するとナイフを肘に突き刺し、石突を手首に打ちつけ固定する。


彼は最初から今の実力を手にしていたわけではない。


「魔法にはずっと、痛い目にあってきただす」


椅子から立ち上がる場合、人は頭を一度さげる。そのとき額を指で押されると、立つのがかなり難しい。これと似たような原理なのか、岩の腕は反ったまま動きが止まっていた。


「並位に関しては、一通りの対策を立てているだす」


本人も動けないため、背後を狙ってくる個体もいる。


ゼドはナイフの柄を逆手に持つと、岩腕の側面を蹴りながら、投げ槍を傾けた。岩の拳は接近してきた猿と共に土へ帰った。


なにも見えていないはずなのに、視界が開けていた。脇に挟んでいた槍を開放すると、振り向きざまに解き放つ。


岩腕の反動で動きを止めていた個体は、身体に突き刺さった槍を確認してから、無表情のまま地面へと横たわった。



力には大小の危険が伴う。


五感が研ぎ澄まされ、第六感をも刺激する。一度でも経験すれば、この感覚を忘れることができず、狂ったように戦いを求めるようになる。


魔物たちの瞳には、ボスの死体が写っていた。人とボスを交互に見る。


「まだダメだす。今心を取り戻した時点で、負けは確定するだすよ」


敵と自分。


地面を叩き石をつくりだすと、大きく振りかぶって投げる。ゼドなら切断することも可能だが、ただ振って弾くのみ。


それを切欠に、皆が一人に向けて、石を投げ始めた。


なんどか弾くものの、さばき切れず額に命中する。ゼドは何か当たったと目玉を上に動かすが、少ししてもとの位置にもどす。


「投げるのは君らより」


飛んできた石をナイフで叩き上げ、落下を待って左手でつかみ取る。


「人の方が上手だすね」


放った石は上手いこと命中したが、致命傷とは程遠い。背後からも敵は投げてくるため、半身にして避ける。


もう、ゼドに近づく個体はいなくなっていた。


・・

・・


祈願所への接近を防ぐのは二人しかいない。昨夜よりも敵意を向けてくる魔物が多いため、寄ってくる敵もいた。


フィエルは壁の内側から領域を展開させ。


「来たわ」


指さした方向は出入り口方面ではない。


「じゃあちょっくら、威嚇でもしてくるのよね」


壁上のオッサンは明かりを灯すと、矢で肩を叩きながら移動する。


「もうすぐ戻ってくるから、ボルガさんは彼の魔力を補充させてください」


ゼドだけでは手に負えない場合に限り、グレンは祈願所を離れるが、基本はここで待機していた。


「一般補佐はフエゴさんの手助けをお願いします。相手は群れですが、そこまで大きくありません」


身体が大きいこともあり、ボルガは壁の内側にいる。


シンセロは壁上を歩く。フエゴに追いついたころには、すでに魔物具で敵を探っている最中だった。


「ちっと暗いから、明るくするね」


外側に設置した篝火は壁の近くのみ。木の幹に着火することで、広範囲を明るくした。


「手形の炎使いしか知りませんでしたが、これだけでも凄いです」


褒められて気分を良くしたようで、フエゴは鼻から息を噴射させ。


「大魔法使い様って呼んでも良いのよ」


「少々長くて呼びづらいので、これまで通りで失礼いたします」


シンセロは両手の開閉を繰り返す。片手剣は鞘にしまったまま。


「威嚇が目的だしさ、当たれば儲け程度の考えでいこう」


「はい」


フエゴは弓に矢をつがえる。


「そろそろ来る。火に怯んだ奴を狙うのよ」


現れたのは犬の群れ。


先頭を走る数体が、口内に火を灯していた。発射されたのは一見だと飛炎。シンセロは攻撃されたことに驚き、その場で尻もちをついてしまった。


「ただの火飛ばしだから、魔力まとってりゃ問題ないよ。それでも怖けりゃ、伏せながら撃つと良い」


「わかりました」


倒れたまま右手を壁の外にだし、空いた腕で手首を握る。


フエゴは弓を構え、いつでも飛ばせるように固定した。


「着火まで五秒」


眼球だけを動かしながら、燃やす対象を増やしていく。


五秒後。火は燃え上がったが、成功したのは四体だけ。着火と同時に放たれた矢は犬の胴体に突き刺さる。


連射とはいかないが、シンセロは焦りながらも電撃を放つ。命中はなかったものの、回避に移った数体の動きを止めた。


敵の半数は足を止め、火を飛ばしてくる。残りは土手を越えてきたが、身体が小さいこともあり、槍柵をすり抜けて壁へと到達した。


だが簡単に飛び越えられる高さではない。


フエゴは弓を構えるが。


「ちょっと、おいちゃんには難しいかな」


真下に向けて矢を放つのは技術がいる。


「兄ちゃん、いっぱちゅで良いから当てとくれ!」


思わず可愛い発音をしてしまったが、薄目で見てもオッサンである。


シンセロは呼吸を整えると、覚悟を決めて壁から頭をだし、電撃を跳びはねる犬魔に向けて放つ。


下手でも数を撃てば当たる。動きが止まった個体から順々に、着火して火力を上げていった。これで死んだ魔物は二体ほどだが、身の危険を感じたようで、残りは壁から離れようと動きだす。


身を乗り出したせいで、何発か火に当たってしまったが、しょせんは低位魔法である。


「この程度であれば、私でも行けそうです」


片膝をつき、身体を半分起こした瞬間であった。フエゴは弓を持った腕で、シンセロの頭を押した。


「まだ伏せときな」


矢を投げ捨てると、空いた片手に火を灯す。


隠れていた一体が、柔らかな土を掻き分けて前にでていた。見てくれは他の犬魔と変わらない。


大きく開かれた口に火が灯る。目に見えて火力が上がると、壁上の二人に向けて放射された。


フエゴはシンセロの頭を抱えると、残った腕で炎の壁を発動させる。


「このまま伏せとくのよ。壁が消えたら、一発よろしくね」


炎の壁をそのままに、フエゴは走って移動し、構えると同時に矢を放つ。


放射に夢中な犬は格好の的である。アクアなら一発で頭を貫けるが、残念ながら鼻先をかすめて地面に突き刺さった。


気づけば、すでに他の敵はいなくなっていた。


「えらい立派なワンちゃんだこと。おいちゃん感動しちゃったよ」


炎放射でこちらの視界を遮っているうちに、他を逃していたらしい。


フエゴの一発で炎は止んでいた。シンセロは片膝をつきながらも、構えを整えており、視界が開けると同時に電撃を発射する。


「よしっ!」


珍しく命中した。それでも犬は逃げようと、こちらに背を向けた。


「今度は外さんよ」


勇敢でも敵は敵。じっくりと狙いをつけて、フエゴは矢を放つ。


「終わりでしょうか?」


魔物具で周囲を探る。


「いや、今のはただの上位個体だね。まだ群れとしてまとまってるよ」


体制を立て直せば、またこっちに来る。


「下手な人間より連携の取れた群れってさ、ほんと嫌んなるよ」


その後は必要以上に壁へは近づかず、離れた位置から火を飛ばしてくるだけあったため、片づけるのに結構な時間を使った。


・・

・・


壁の内側には階段がある。


外から入るには柵扉を通らなくてはならず、それでは不便とのことでゼドが壁を削り、手足を引っ掛ける窪みをつくっていた。


もっとも一定の身体能力が必要であり、フエゴとシンセロにはよじ登ることができなかった。



戻ってきたグレンは闇魔力の補充を終えると。


「どんな感じっすか?」


「今度は正面からくるみたいよ」


そうっすかと生返事をしながら、足で黄土を広げる。


「数からして、こっちが本命っすね」


鼻で周囲を探っていた。


「ボルガさん」


祈願所内に力馬を入れる必要があるため、柵扉もそれなりの大きさがあった。


「わかったんだな」


地面に手を添えると、閉じられた柵扉の内側に、頑強壁を召喚する。隙間なくとはいかないが、これだけ器用に壁を設置するには、相応の技術が必要であった。


「赤の護衛さまは壁上で合図をください」


「相手が跳ねたらで良いんすよね?」


うなずきを確認すると、グレンは階段に向かって歩きだした。


「おれも壁にのぼった方が良いですか?」


フィエルは頑強壁の前に立つと、地面に両腕を添え。


「一度上ると魔法の使用が難しくなるので、赤の護衛さまと交代で頼みます」


ボルガは地面に置かれていた袋を持ち上げた。




壁の外側。柵扉から少し離れた位置に、フィエルは針壁を設置した。


グレンは迫ってくる群れの臭いを嗅ぎながら。


「やっぱこの高さは、ちっと心持たないっすね」


フエゴのように辺りは照らせない。


多少鼻は利くが、ゼドほど五感を研ぎ澄ますことは難しい。


「俺の魔物具は夜のほうが調子良いけど、今日は何時もより優れてます」


黒膜化が終わっても、周囲の魔物は警戒を続ける。


「二十分くらいなら維持できそうなんで、縄張りの効果時間も前より延長できるかと。まあ使う頃合いは任せますよ」


「魔物の接近が昨夜の比じゃないし、できれば深夜までとっておきたいわね」


肌寒いのか、ボルガは上腕をさすると。


「今日は雲で隠れてんだな」


「空なんて見てんじゃねえよ。ほら、おいでなさったぞ」


二十から三十体。



・・

・・


フエゴも敵の接近に気づいたようで、こちらに向けて火属性の犬だと叫んできた。


頭上をみれば、グレンを狙って放たれたと思われる火が、夜空を照らしていた。フィエルは息を吸い込み、緊張を解す。


岩の壁から突きでた小剣を飛ばすさい、本当は直接壁に触れたいところである。一応日が暮れる前に練習はしてみたが、中々に難しい。


ボルガの頑強壁を自分の魔法だと思い込み、手の平を添えてみる。


「いつでも良いわ」


地面に向けて飛ばすことが目的なため、命中させる必要はない。その調整はグレンの役目である。


「三秒前に合図だな!」


神に願い小剣を発射させるのに、そのくらいの時間が必要だった。


迫ってくる相手が見えないというのは、本当に不安だった。



犬は下り坂を駆けおりてくる。小型の魔物だが、助走をつければ運次第で、壁上部に前足をかけれる高さだった。


壁の手前に溝を堀り、一度魔物を跳ねさせる。タイミングが合えば着地の衝撃を利用し、さらに飛ぶこともできるかも知れないが、火を飛ばしながら足元を見るのは難しいだろう。


ここは山中で足場も悪く、多少は明るかったとしても薄暗い。


「いまだっ!」


壁の表面には縦横あわせて八の小剣。


以前彼女が使ったさい、全ての切先は正面だったが、今回は違う。先端の向きにより、放たれる角度が変化する。



岩の壁から発射され扇状に伸びていく。下部の剣はそこまで飛ばないが、上部から放たれた物はそれなりの飛距離がある。


溝を越えようとした犬魔もろとも、小剣は地面に突き刺さった。


ボルガは階段に向けて走りだす。


手応えを感じたフィエルは、壁を土に帰すと叫ぶ。


「再発射の準備をお願いします!」


グレンは壁から跳び下りると、壁の残りカスを足で蹴り飛ばし、少しでも広げようとした。


ボルガが袋から取り出した石は、踏んでも姿勢を崩しにくいよう、かなり小ぶりであった。軽い物を投げるのは狙い難いだけでなく、肩を痛める恐れもあるため、本気で振りかぶるのは避けたほうが良い。


「早くしろ、足止めくれえにしかなんねぇぞ!」


毛が威力を吸収しているのか、命中しても怯む程度であった。


「見て解かんだろ。ちゃんとやってるっつの!」


その場に屈むと両腕で黄土を広げる。なんどか火を浴びるが、ここまでくると熱さも感じない。



充分とはいえないが、許す限りの整備を終えて立ち上がると、すぐそこまで魔物が迫っていた。


溝の先から一体がそのまま飛びかかってきた。タイミングを合わせて蹴る余裕もないため、横に回りながら燃える右手で首を掴み、一気に火力をあげる。


グレンを無視して、数体がそのまま壁を飛び越えようとした。ボルガが石を投げるが、全てをさばくのは難しい。


「大丈夫なんだな、そう簡単には跳び越えられねぇ!」


無理だと判断した二体が、新たに召喚された針壁の裏に回り、柵扉を壊そうとする。


手に持った犬を焼き殺しながら、逆手重装を剛爪化させ、忌まわしい二体の犬を裂き殺す。


「今度は補佐の壁が狙われてっぞ!」


針壁自体が死角となり、ボルガの位置からでは狙えなかった。


苛ついて舌をうつが、今は動くしかない。


焼け焦げた犬の足を咥え、まずは両腕を自由にする。鉄の柵扉に足を掛けてよじ登ると、次は針壁の裏面に跳んだ直後に蹴り上がる。器用に交互を行き来し、数秒で針壁の上部へ辿りついた。


高い場所から魔物たちの位置を頭にいれると、溝を越えようとした犬魔に向け、咥えていた死体を投げつける。


飛び降りざまに一体を剛爪で串刺しにすると、右手の指を近場にいた別個体の目に突き入れる。そのまま顔面を鷲掴み、持ち上げて振り回すことで、壁を壊そうとしていた数体を遠ざけた。


ボルガはフィエルの指示をグレンに伝える。


「準備ができた、三十秒後だっ!」


すでに逆手重装は血を吸っていた。剛爪に突き刺されていた犬魔ごと、黒膜が全身へと広がっていた。



いつの間にか事切れていた右腕の犬を投げ捨てると、小さな声で。


「お前の群れとの戦いを思い出しちまったよ」


返事のかわりか、左腕が一瞬痛む。



全身が重くなり、靴底が地面に沈む。次々と迫っていた犬魔たちは、その姿に動きを止めていた。


飛び上がり、空中で一回転したのち、針壁の上に着地する。数秒後、五体の魔物が発射された小剣の餌食となった。



残りは十体ほど。魔犬は飛び上がる。


まだ群れは戦意を失っておらず、火の玉が赤い化物を狙い、夜空を照らしていた。


拳の心を魔力に混ぜ合わせ、それを地面へと向ける。



避けれないと判断した一個体は、赤い線を描きながら迫ってくる魔獣に炎を放射する。


すでに熱は感じない。ボスのすぐ後ろに着地すると、振り向きざまに剛爪で断ち切った。


・・

・・


数分後。グレンは円匙を手に、崩された土手を修復していた。


ボルガは犬の死体を片づけ、フエゴは槍柵の状態を確認する。


シンセロは祭壇にて祈りを捧げ、フィエルは土の領域で辺りを警戒する。



ゼドは今もどこかで魔物と戦っていた。




一通りの作業を終えると、円匙(シャベル)を地面に突き刺し、額の汗を拭った。


ふと、冷たい臭いが鼻をさす。


空を見上げる。


「……嘘だろ」


火の明かりに深々と、春の山に雪が降る。


遠くで


近くで


魔物が鳴き声をあげていた。

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