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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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七話 土木作業

神への祈りはできる限り途切れさせてはいけない。常にというわけではなく、一時間ごとに皆が交代で、五分ほど祭壇に両膝をつけた。


だがグレンは山中を歩くだけでも辛かったようで、時々目を覚ましては皆に頭をさげ、再び浅い眠りにつく。


同じ場所に留まれば魔物も黙ってはいないが、ゼドが事前に動いたこともあり、祈願所への侵入は防げている。


そもそも前段階で、祈願所周辺の縄張りをもつ群れは退治されていた。この様子であれば、日中の工事など不要とも思うのだが、一人としてそれを口にだす者はいなかった。


拠点を強化するための話し合い。


どこをどのようにするか、なにを作るべきか。夜明け前から作業を始めたとして、日没までにその(ぶつ)は制作できるのか。


必要なら倉庫から外にでて、手を加える場所の下見をしたり、小ぶりな試作品をつくってもみる。


フィエルはオッサンに感謝していた。この面子が人畜無害かどうかは別として、女は自分一人しかいないのだから、怖いという気持ちは消せないものだ。


もっとも口に出せば、ゼドあたりに自意識過剰だと馬鹿にされそうである。



なにかすることがあり、なにかできることがある。これ以上に、嬉しいことはない。


・・

・・


夜明け前。五時を回ったころか、グレンは身体を起こす。地面が硬いせいもあり、身体の節々がすこし痛む。


「ただでさえ人手が足りないだす。申し訳ないが、無理をして欲しい」


「万全じゃねえけど、昨日に比べりゃ大分ましだ」


立ち上がり、身体の調子を確かめる。


「これなら、たぶん戦えます」


生粋の拳士であれば、コガラシやゼドのように、戦いとなった時点で体調など忘れていただろう。グレンの場合はただ単に、そうだと思い込んでいるだけだ。


ずっと寝ていたため、これからの予定を一通り教えてもらう。


「まあグレンちゃんはさ、皆の邪魔をしないのが一番の仕事だね」


「馬鹿にするなよ。こう見えても工作は昔から挑戦してんだぞ」


お人形さんを作ろうとしたこともあれば、勇者の剣をこしらえた経験もある。


ギゼルの手伝いで物づくりもそれなりにしたし、魔物を嵌めようと罠を仕掛けたりもした。


「どうせどれも失敗だったんだすよね」


一度やると決めれば足掻くが、約束を嫌う傾向からして、動きださないことも多い。


「最初から無理だって諦めてるから、何時までたっても上達しないんだす」


彼が言ったのでは説得力も糞もないが、少なくとも挑戦した結果である。


「アホみたく頑張っても、報われないことの方が多いのよね。でも馬鹿にしたりさ、その姿に苛つく奴は大抵、最初の一歩すら踏みだしてないのよ」


「失敗は成功のもとですが、今はそんなに時間もありませんので、役割分担をしたほうが良いかと」


どのような命令にも、無感情でうなずき続けた者の言葉には、それなりの現実がこもっていた。


・・

・・


デマドという例外もあるが、大半の村は自分たちで住処を守る。誰がなにをするのかも決めていたようで、皆がそれぞれに行動を開始する。


外にでると、太陽はまだ昇っていないものの、すでに空は青みがかっていた。



この祈願所は斜面に造られているため、出入り口に近づくほど、囲い壁は低くなっている。魔物が飛び越えにくいよう、上部は反った構造となっているが、効果はあまり期待できない。


「少なくとも、ここが狙い目ね」


二m強というのは、ボルガより少し高い程度であるため、彼であれば普通によじ登れるであろう。


「良く考えたもんだすよ」


この建物を把握している魔物であれば、こちら側を狙ってくる。


「魔物は獣より頭が良いから、こういう造りも通用するんだけど、本当に大丈夫なのかしら」


ヒノキ周辺に限らず、日中はともかく、夜になると凶暴化する。


「無理やり押し通ってくる相手でも、危険を感じれば勢いは弱まるだす」


出入り口側に相手を誘導できるよう、こちらで予め対策をする。それが今回の工事の目的であった。


「それで、どのくらい掘れば良いの?」


ゼドは胸の下あたりに手を持っていき。


「土質によっては掘りすぎると、石や木とかで補強しなくちゃいけないだすから、そこまで深くなくて良いだす」


出入り口の壁から少し離れた場所に、人間でも飛び越えられるほどの溝をつくる。本来は堀と呼びたいところだが、費やせる人手と時間からして、そこまで立派なものは無理である。


ゼドは壁の両端を指さして。


「あの辺りまで槍柵を置くだすから、掘るのは壁に面した直線で良いだす」


フィエルはうなずくと地面に手を添え、岩の腕を召喚する。


「私より彼女のほうが、もっと上手くできるのだけど」


立ち上がると岩腕に触り、それを押す感覚で動かす。


「あんま無駄な土を増やしたくないから、できるだけ維持したまま使って欲しいだす」


やるべきことはフィエルも夜のうちに聞いていたが、確認をしながら作業を進めていく。


・・

・・


太陽の光を当てるために、すでに祈願所まわりの木々は伐採されていた。枝などを切り落とされた状態で積まれている。


ボルガはノコギリを手に。


「指示された長さに切るだけなんだなぁ」


「普通こういうのってよ、乾燥させてからじゃねえと駄目なんじゃね?」


防水シートや屋根などがあれば良いが、もともと木材として切られたわけではないため、野ざらしで積まれていた。


「うだうだ言ってねぇで、一度やってみてから考えんだ」


魔力をまとうと、ボルガは丸太を持ち上げ、即席でつくった小岩の台にそれをおく。


「いっちょ切ってみるからよ、おめぇは固定しててくれ」


「はいはい、ボルガさんに従いますよ」


渋々といった表情で、グレンは丸太を押さえつける。ボルガは片足を置き、ノコギリの刃を当てた。


湿った木屑が切り口に山をつくり、少しずつ地面に落ちていくが、残念ながら中々刃は進まない。


「下手くそ、ちっと俺に変わりやがれ」


などとボルガからノコギリを奪ったものの、グレンは勢い良く動かしすぎて、刃が深く食い込んだまま止まってしまった。


「おめぇ格好わりぃな」


剛爪を使っても良いのだが、魔物具に頼り過ぎるのも後が怖い。


「俺は悪くない、このノコギリに問題があるんだよ」


そんな二人の様子を見ていたようで。


「道具のせいにしちゃダメだすよ」


ノコギリの柄をつかみ、どのように食い込んでいるのかを確かめたのち、ゼドは慎重に丸太から引き抜く。


「グレン殿は村で使い方とか教わらなかったのだすか?」


ギザギザの刃を相手にみせ。


「ちゃんと意味があるから、こういう形になってるだす。無理に力を入れなくて良いから、引くときだけ意識を込めるんだす」


最初に薄く切れ込みを入れ、一度引き抜いて、もう一度ノコギリの刃を当てる。


「早く切ろうとしちゃダメだす。体力と相談しながら、ゆっくりやってけば良い」


ゼドも上手いとは言えないが、安定した動作で無事に切断を完了する。


「あと、こんなに太いのは要らないだすから、もっと細いので良いだすよ」


丸太だけでなく、切り落とされた枝なども無造作に積まれていた。


「最初に枝分かれしてたのとか、それなりの太さがあるだす。できるだけ真っ直ぐなのを選んで、広場の方に持ってきて欲しいだす」


ノコギリは長さの調節や、邪魔な細枝を斬るのに使う。今回彼らが作るのは柵であるため、あまり太い木材は必要なかった。


グレンはボルガの尻を蹴飛ばすと。


「お前が間違えたせいで、恥をかいちまったじゃねえか」


「んなこと言ってる時点で、じゅうぶん恥ずかしいんだなぁ」


・・

・・


槍の柵を作るのはフエゴとシンセロ。まずは広場に集められた木材の先端をナイフで尖らせる。


「こうやっって作業に集中してしまうと、どうしても警戒が御座なりとなってしまいますね」


「そこら辺はゼド君に任せるしかないのよ」


縦に五本と横に三本を(ひも)で縛り付け、一応の柵をまずは完成させた。それを二人で持ち上げてみる。


「やっぱこの大きさでも、あんま重くないね」


乾いてない木材だとしても、所詮は枝を組み合わせただけである。運動神経の良くない二人でも、魔力をまとえば筋力は強化される。


一通りの材料を広場に集めたボルガは、出入り口以外の壁まわりに、幾つかの小岩をつくっていた。


「岩で固定は可能ですが、単独に効果があるのでしょうか」


シンセロはどこか、とても楽しそうだった。


「威嚇が目的だからさ、機能は二の次なんじゃない」


フエゴはそんな彼を見つめている。それが真顔なものだから、苦笑いを浮かべるしかない。


「長らく、考えることを放棄していたものでして」


上からの命令を忠実にこなす。


大きな群れや単独は、一般分隊では対処が難しい。それでも状況はその日その時で変化するため、場合によっては相手をしなくてはいけないこともある。


「考えて動くというのは未だに不慣れですが、少しだけやりがいを感じております」


一般兵は数が多い。属性兵と比べれば、補充もそこまで難しくはない。


最後に不満を述べたのは何時だったか。駒として動くことの重要性に気づき、彼は人形になると決めた。


「全ての者が自我を主張すれば、集団行動などできません」


そこに誇りはあったが、楽しさはなかった。


不満があるのなら、成り上がるかこの仕事を止めるしかない。だが残念ながら、シンセロは故郷の村とつながっていた。


「そうなるように仕向けられてるようで、ちょっと怖いのよね」


「洗脳と言ってしまえば聞こえが悪いのですが、大勢を動かすには避けて通れない道です」


シンセロだけが特別ではない。本当に怖いのは、洗脳という単語を知った上で、それに従っている一般兵が何名も存在していること。


兵士はあくまでも仕事であり、勤務外ではただの民である。


識字率。誰でも本を読める環境。


まっすぐにフエゴを見つめる男。


「この刻亀討伐が必要な理由を、大まかにですが我々は教えられております」


魔物、魔者、魔族。


情報操作や教育、または神への信仰。様々な要素が加わるものの、相手がこの三種だからこそ、成立できるものがある。



どこにでも生息する魔物という存在は、日々の実戦を意味していた。


「ホウド大隊長は一兵卒から、今の地位を得た人物だそうです」


どのような土地であろうと、夜になれば魔物は人間の住処に牙を向ける。魔物が都市に侵入するのを防がなくてはいけない。


失敗すれば兵士以外の犠牲者がでる。


村から町。都市という枠組みの中でも、大きいと知られるレンガであれば、そこから発生する責任の大きさは違う。


責任の(なす)り合いもあれば、押しつけられることも当然ある。


「ほんと、嫌な時代なのよね」


兵士という職業に関係なく、どれほどの権力を得ようとも、民を無視すれば全てを失う危険がある。だからこそ、力を持つものは彼らを恐れる。


シンセロは柵を持ち上げると。


「とりあえず一度、どのような感じか設置してみましょう」


・・

・・


時計がないため正確な時間は不明だが、すでに昼は回っていた。その場で水を飲んだり、干し肉をかじるだけで、皆が一カ所に集まり休むことはなかった。


壁のそばには木製の柵。岩に固定されることで傾き、その先端が近づくものを威嚇する。


柵から少し離れた場所に土が盛られていた。


グレンとボルガが円匙(シャベル)を使い、その土を横に広げていく。試しに片足を突っ込めば、膝下まで埋れてしまう。


「俺ならともかく、お前だと簡単にまき散らせそうだけどな」


ボルガは幾度か足場を踏みしめると。


「こんだけやわらけぇと、勢いが落ちそうだ」


本来こういった人工の土手は、ハンマーなどで固めるべきである。グレンはその場から距離をとると、自分で作った盛り土に向けて走る。


土手といっても高くないため、魔力をまとえば簡単に飛び越えられそうだった。


「まあ確かに、よく考えたもんだ」


まだ設置されていないものの、越えた先には岩が置かれていた。



二人が盛り土の効果を確認していると、森の中から音もなくゼドが現れる。


「遊んでないで、真面目に作業をするだす」


拭かれてはいるようだが、ナイフの刃には血のあとが残っていた。


「ボルガ殿は祭壇で祈ってきて欲しいだす。その帰りで良いだすから、フィエル殿が出した土をもらってくるだす」


血の臭いが強まれば、それだけ魔物が寄ってくるのだから、戦いはできる限り避けなくてはいけない。


剣豪とは本当に恐ろしいものである。魔物具により鼻を強化しても、血の臭いはあまり感じられなかった。


「あと木材が不足してるようなら、こっちは自分が手伝うから、中の方に運んどいて欲しいだす」


刻々と時間は過ぎていく。


・・

・・


広場には五人。


すでに薄暗くなっていたが、皆がうなずいたのを確認して。


「じゃあ一度つけてみるのよね」


目視できなかったとしても、位置を把握していれば、着火は可能であった。


一気にひらけた視界のなかで、それでも注意深く辺りを観察しながら。


「問題はなさそうね」


篝火(かがりび)は機能しているようであった。


安堵した様子のフィエルにうなづくと。


「倉庫の中に色々あって助かりました」


篝火に使う材料も倉庫に入っていた。柵を作るにも紐などが必要だが、もしなければ自然の中で代用品を探さなくてはいけない。


穴を掘れば土がでる。それを運ぶ台車がなければ、柔らかな土手など計画しなかっただろう。


やりきった表情の一般補佐を、グレンが茶化す。


「達成感を味わうのは、赤火と合流してからですんで、今からが本番っすよ」


「いけませんね。私は実戦が苦手なので、ここまでが役目のつもりでした」


鉄制の柵扉はひらいたままであった。壁回りの確認を終えたボルガが、フィエルの掘った溝を飛び越えて中に入ってくる。


「すげぇんだな。たった一日なのによぉ」


あとになって見れば、大したものではなかったとしても、今はこの努力がやる気につながる。


今回の作業により体力は消耗したが、魔力の回復はその時の心境に影響されるのだから、総合的には恐らくやった価値はあっただろう。



火に照らされた祈願所の一角を、ゼドは黙って見つめていた。


「どうかしたんすか?」


グレンの言葉に振り向くと、ゼドは一方を指さして。


「ああいった影から、急に現れるんだすよ」


単独の魔族。


安全と思っていた空間が、突如戦場へと変化する。


「戦ったことあるんですよね」


勇者と共に歩んだのだから。


「先人は本当に偉大だす。とてもじゃないだすが、あんなの一対一なんて無理だすよ」


小規模の群れであれば一般分隊で。


群れが大きければ、数を増やすか属性兵を加える。


魔物が単独であれば、属性兵が相手をする。



剣士は力の差を見極めてから、戦いを仕掛けるかどうかを決めていた。


ここにいる者たちは、ゼドとフエゴを除き、恐らく皆が魔王の領域を目指すことになる。


「今からってときに、嫌な気分にさせないで欲しいわ」


「申し訳ないだす」


ゼドは気持ちを切り替えると、篝火を指さして。


「魔物を刺激するかも知れないから、今は消しといたほうが良いだす」


神と闇の存在。激戦地は魔王の領域だが、その舞台は世界全てである。



フィエルは怯えがでないよう、深呼吸をしてから声を発した。


「一般補佐は祭壇で祈りを」


忠実な兵士は祈願所に向けて走りだす。


「いつでも縄張りの宣言ができるよう、赤の護衛様は準備をお願いします」


ボルガに壁を召喚してもらい、それを魔犬の爪で引き裂き、発生した黄土は今のうちに広げておく。


「案内人は領域での警戒。もし動きがあれば、篝火に明かりを灯してください」


ゼドが地面に手を添えれば、その脇にフエゴが立つ。



一通りの行動を終えると、朝を迎えるために、皆が決められていた持ち場につく。


空を見上げる余裕などなかったのだろう。


月は雲に隠れていた。



単独の魔族や闇の結界は、自分の中だと長距離ミサイルみたいな物かなと考えていたんですが、生身でいくわけだから飛行機による爆弾の投下に近いのかも知れません。


飛行場の位置や飛行機の性能で飛べる距離は違ってきますし。


どちらにせよお金や技術が必要だから、簡単にできるものではないのだと思います。

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