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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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六話 懺悔

ただ移動するのと、捜索を目的としたものとでは、その難度は違ってくる。


集団であれば戦いを前提とするが、少数のときは隠れることを優先させる。デマドまで四人旅だったこともあり、グレンもその程度は理解していた。


「あんま警戒が過ぎると逆効果なのよね。だからさ、土の領域は五分ごとで良いんじゃない?」


土属性は領域に敏感なものもいる。


「守護領域を使うのも一つの手だすが、自分の魔力量じゃ限界があるだす」


彼の師は剣豪であったが、本来は領域魔法の第一人者として招かれた。これは索敵だけではなく、交渉の前に相手の感情を探るといった使い道もある。


「グレン殿の魔物具だけでも、警戒は充分だと思うだす」


ここらの魔物は人間への憎しみが剥きだしだが、裏を返せば感情が単純とも言えた。構造が違うため難しいのは確かだが、その点を踏まえれば殺気を通しやすい。


「最近は刻亀討伐のせいでさ、また人が行き来するようになったから、余計に殺気だってんのよね」


ゼドがそれを感じとるのも容易である。


皆が思っていたほど、ここらの魔物は脅威ではない。しかしこの認識が、後々痛みを呼ぶことになる。


「私たちは少数での行動に慣れてないので、あなた達の判断に従うわ」


「まあ、おいちゃんも朱火が大半なんだけどね」


少数での活動を専門とするのは赤火である。


「その割には慣れてるっすね」


足取りは頼りないが、グレンの視線は鋭かった。


「朱火でもさ、場合によっては少数で行動するのよ」


魔獣を倒したころの火炎団は五人一組。


・・

・・


ボルガは化物並の身体能力で、余力の残っている四名に遅れることはなかった。しかしグレンは違う。


「大丈夫? 辛いようなら、また少し休むけど」


移動速度もかなり遅く、こまめに休憩を取りながらである。


性格からして痩せ我慢するほうだが、今は違った。


「立ったままで良いんで、ちっと動くのやめてもらえると助かります」


近場の木に片手を添えながら、グレンはうつ向いていた。


先頭を歩いていたゼドは立ち止まると、地図を広げ。


「距離としては大したことないんだすがね」


「時間としては、だいたい二十二時くらいなんだなぁ」


腹時計である。


「ボルガさん、小岩をお願いします」


一般補佐に従い、ボルガは神に願う。


「座ってください。プロではないので効果もないと思いますが」


指示に従い、グレンは靴を脱ぎ素足を晒す。決して上手いとは言えないが、マッサージは気持ちよかった。


「グレンちゃんばっかりずるい。次はおいちゃんの番ね」


もし明火長がいれば怒るだろうから、とりあえずフィエルが頭を(はた)いておく。


「お姉さまひどいのよ。おいちゃんだって疲れてるんだからね」


苦笑いを浮かべながらも、グレンは探る。


「若い娘には強く当たれないんすね。あの人にはけっこう強気なようですが」


明火長とは付き合いが長いのか。


「ああ、オバサンのこと?」


フエゴはなに食わぬ顔で。


「おいちゃんの入団は確か、トントらが魔獣を倒したすぐ後だったから、もう十年以上の付き合いはあるのよね」


最初の五人はなぜ魔獣を狙ったのか。


名声を得るためであれば、今の状況にそこまで不満もないはずである。


それでも大まかな筋道は、グレンの中で整っていた。


この予想で、どのように交渉を進めるか。


「グレン殿、今の状況を考えてから物思いに耽るだす」


一睨みで彼は現実に呼び戻された。ゼドは続けてフエゴを見て。


「若い(むすめ)には強く当たれないって、恐らくその人もう三十半ばだすよ。だから変な色気をださないで欲しいだす」


フィエルは失礼な相手を蹴飛ばすと。


「まだ二十代よ」


「そうよそうなのよ、女は三十からが本番なのよ。そしてあのオバサンはもう枯れ葉だね」


会話の内容はあれだが、嫌な緊張はしていない。


「女の人はおっかねぇんだなぁ。そんなこと言ってると、今に殺されちめぇます」


少なくともボルガの母親が聞けば、フエゴは半殺しだろう。


「あの人は確かに怖いのよね。うん、オバサンもまだまだピチピチの乙女よ」


オッサンとデカブツの会話は、なぜか違和感を感じた。グレンはこれを忘れないよう心に刻む。


フエゴが言ったあの人とは、明火長を指しているのか。それとも別の人物か。



差しだされた足を両手で揉みほぐしながら、どこか沈んだ表情で。


「今の我々は仲間です、どうかそれだけは忘れずに」


一般補佐はこれまでの人生で、上の者たちから酷い仕打ちを受けてきたのだろう。


「すんません」


「決して攻めているわけでは。それが役目だというのも、理解しているつもりではあります」


詳しいことは解らずとも、今のグレンがまとう空気には、どうやら敏感に反応してしまうらしい。



二人の会話は誰にも聞こえてないはずだが、沈黙へと続く前にゼドが声を発する。


「フィエル殿。見張りの交代を頼むだす」


皆の空気が引き締まっていた。


敵が単独であれば、そのままゼドが相手をする。


「シンセロ殿にフエゴ殿。もしもの時は援護を頼むだす」


ボスに殺気が通じなければ、三人で戦うことに決まっていた。


「おれはここに残れば良いんだよなぁ?」


ボルガとフィエルでグレンを守る。


「迷惑かけてすんませんね」


本当に、こんな自分が嫌になる。


「まったくだす。良い迷惑だすよ、勇者さまには怒られるし」


「そうそう、おいちゃんも老体に鞭打ってんだから、この借りは返して欲しいのよね」


フエゴの発言にグレンはうつむきながら。


「たぶん……仇になるかと」


この返しが戯れ言ではないと気づいたのだろう。オッサンは杖で肩を叩きながら。


「そうかい。まあ、自業自得だからしゃあないね」


少なくとも、自分はそうなっても構わない。ただ、謝る機会は失うだろう。


「私では力不足ですが、せめて背中だけでも守らせてもらいます」


彼は実戦が苦手である。


「平気なのよ。おいちゃんはゼド君に守ってもらうから」


「自分は人を守って戦った経験ないだすが、フエゴ殿の背中を斬らないよう頑張るだす」


涙目になったオッサンは、どこかコガラシを呼んでいるようだった。


・・

・・


狼煙を上げてからしばらく走り、ゼドたちの存在に気づいたのち、グレンは方向を転換していた。そのため多少の距離は伸びたが、まさかこれほどに時間が掛かるとは思わなかった。


すでに日付は変わり、恐らく短い針は一時を過ぎた頃だろう。


魔物との戦闘は極力避けてきたが、思い通りに行くとは限らない。この建物が見えたときの心境は、言葉ではとても表せないものであった。


これからだというのに、どうしても肩の力が抜けてしまう。


「聞いてたより、けっこう大きいわね」


修復のあとも見えるが、石の囲い壁はかなり丈夫そうだった。


斜面に造られており、入り口の壁は二mほどだが、裏に回るほど高さが増している。土台は両手で抱えられるほどの石で、壁そのものは中岩を加工した物のようである。


登れば上から侵入できてしまうため、すでに周囲の木は倒され、数カ所に集められていた。


「壁は立派だけど、建物はボルガ三十人ほどなんじゃねえっすか?」


のちに戦場では、魔物の大きさが一ボルガや二ボルガで表わされるようになる。というのがグレンの目標であった。


「おめぇよ、その例えじゃわかんねぇだろ」


壁の出入り口は鉄製の柵扉。どうやら鍵はついていないようである。


「内側から簡単に外せる仕組みのようだすし、岩の腕でチョチョイのチョイだす」


フィエルに催促して、岩腕を召喚してもらう。ゼドが指先に飛び乗ったのを確認すると。


「慣れてないのよね。壁の方に投げちゃったらご免なさい」


三十代半ば発言をまだ許していなかった。



しばしの沈黙。


ゼドは岩腕から降りると、いつかの女口調で。


「フエゴ、貴方の出番よっ」


「大丈夫。おいちゃんは信じてる、ゼドならきっとできる」


二人は手の平を重ね合せ、交互に声を発する。


「だって、おいちゃんたちには」


「運命という絆で紡がれた」


どこで練習したのかは不明だが。


「儚く繊細な」


「美しき翼があるのだすから」


懲りないオッサンたちは、互いに見つめ合っていたが、そろって三十代半ばに顔を向ける。



フィエルは岩の腕で自分を飛ばし、囲い壁の内側に着地した。


一般補佐は切り倒された木材を眺めながら。


「材質が気になるところですね」


硬くて丈夫。なおかつ長持ちであれば良いが、そのぶん加工は難しくなる。


一夜限りであれば、多少脆くても簡単に切ったり曲げたりできる方が良い。



先ほどの寸劇を無視されても、フエゴは涙を堪えて喋りだす。


「ここの強化に関しては後にして、話し合う前にやりたいことがあるのよね」


「まずは縄張りですね。でも俺としては、一度寝たいんですが」


すぐに黒膜化を解除しては、あまり効果がない。


「今どこにいると思ってんのよ」


彼は討伐ギルドに所属している団員である。当然だがここ以外にも、祈願所は存在していた。


・・

・・


フィエルが扉を開け、皆は祈願所の敷地内に入る。そこは所々陥没しているが、黄土が敷かれていた。


魔法から発生する土は時間の経過で消失する。こういった現象は先人も把握していたようで、建物の下地には使われていないようである。


「とりあえず待機場所は倉庫ですよね?」


一般補佐の話では、地面がむき出しとのこと。


「悪いけど限界なんで、道具の確認がてら先に休ませてもらいます」


「私も同行します」


グレンは勇者の村。


ボルガとフィエルは都市。


この場で役に立てそうなのは、村出身のフエゴとシンセロのみ。


「おいちゃんは祭壇に用があるから、道具のことはお兄ちゃんに任せるのよ」


もはやこの場にいる皆が知っているが、今回の拠点強化において、グレンは木を切るくらいしかできないだろう。


「まあ、邪魔しないように頑張りますよ」


こんちくしょうと、小声でふてくされる。


・・

・・


祈願所は前情報のとおり、かなり小さい。


「そこまで丈夫な造りでもないわね」


専門の知識があるわけでもないため、確かなことは解らないが、素人の目も馬鹿にはできない。


「囲い壁はけっこう立派だけどさ、単独が相手だと怪しいんじゃない?」


二人はボルガに視線を向ける。


「たぶん双角だと、突進が二回くれぇで壊せんな。まぁ、おれが下手くそってのもあんだ」


牛魔なら一撃である。


「デカイ兄ちゃんでそれなら、充分な強度なのよ」


零距離の雷撃、猪や豚の突進など、ここらに生息する魔物の攻撃でも予想する。


ゼドは足もとの黄土を指さして。


「自分はここで領域でも展開してるだす」


フエゴは何度かうなずくと。


「無理する必要もないさ。ゼド君あんま信仰心なさそうだしね」


魔法による嫌な思い出が多かったとしても、神を思う気持ちがないとは限らない。


最後まで古代種族を認めなかった盾の国。半強制で毎日祈りを捧げなくてはならず、とても嫌だったことは覚えている。


それでも信仰心は。


「人並みだすよ」


ただ、あからさまなのは趣味でなかった。


・・

・・


祈願所内部。出入り口付近の部屋は土に直接さわれるが、そこより先は完全な室内であった。


構造が小さいため、以前の所と違い全ての修復が終わっている。


祭壇のある部屋は隠されているわけでなく、真中の辺りにあった。


「おれはここで待ってんだな」


巨体が入ると少し息苦しい広さ。


「じゃあさ、おいちゃんとお姉さまだけで入るのよ」


「変なことしないでくださいね」


ニッコリと微笑んでいるが、薄く開かれた目は笑っていない。


「信用ないのは解る。でもここは、おいちゃんという紳士に免じて、どうか信じて欲しいの」


「案内人さんに言ったこと、そのまま返したいとこね」


貴方こそ、神への信仰があるのか。


「たしかにフエゴのおっちゃん、この場所には似合わねぇんだなぁ」


天窓からの月明かりが、祈りを捧げる位置を照らしていた。


「別に信仰を持てなんて言うつもりはないけど」


フィエルも個人的な感情だから、ここより先を口には出せなかった。



神を想い、闇の影響を弱める。


火炎団。朱火としての経験から、祭壇から祈りを捧げる行為には、ちゃんとした効果があるとフエゴは考えていた。


しかし信仰心を持つ者からすれば、こういう時だけ神に祈るのは、すこし複雑な気分なのだろう。


「信じていなくても魔法は使えちゃうのよね。だからそんなこと、神さまは気にしないじゃない」


こう言われれば、もう返せない。


「ただね。まあ、心くらいは込めれるさ」


フエゴの趣味からすれば、ここの祭壇室のほうが、以前の場所より好みである。


「とりあえず、おいちゃんから行かせてもらうよ」


一人部屋に入り、ゆっくりと扉を閉める。



外を歩いていた時は、木々のせいもあるが暗かった。目が慣れただけかも知れないが、不思議なもので、今は室内がよく見えた。



母なる月の光に誘われて、両膝をつける。


床は硬く、やっぱり痛い。


頭に巻いていた朱色の布をほどく。その下には、細長く折られた黒地の布。


絶望の中。そこが暗闇だったからこそ、炎は輝きを強めるのだと、二人でこの色にすると決めた。




いつの日か、あの地に自分たちの火を再び灯すため。




二枚の布を丁寧に畳むと、自分の右側にそっと置く。


火の民が崇める山は、時に灰を地上に降らせ、赤い岩が集落をも飲み込む。


彼らは炎を畏れ、勢いを強める風に怯え、大地に平伏す。ただ雷に許しを願い、水に救いを求める。


そんな幸せな日々が、続くものだと信じて疑わなかった。



指を胸もとで重ね合わせたりはしない。祈りのやり方など人それぞれである。


握った両手を硬い床につけ、深々と頭を下げ、額を強く擦り付ける。


やがて拳は重なり、後頭部へと持っていかれる。



火の民は炎を畏れるが、ホノオを心の底から思う。


フエゴは火の神を思い、そして恐れる。


その姿は祈りではなかった。まるで許しを請う咎人のように。



相手は神か、それとも人か。

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