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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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五話 休息と救助

縄張りとして居場所を確保できたため、六名はつかの間の休息をとる。


黒膜化を解いたのち、三十分ほどの眠りにつき、先ほど起きたばかりの目をこすりながら。


「ずっと維持できない以上、もうここも長くは持たねえ」


沢から生還し、あれほど消耗していた体力である。わずかばかりの睡眠で、どれほど回復できたのだろうか。


「俺としては、さっさと本隊に合流したい」


「おいちゃん達がなんで沢を渡ったかわかる?」


あのような危険を冒さず、熊と戦った側を捜索するという選択もあった。


「普通はさ、今のグレンちゃんみたいに考えるからだよ」


自力で戻れるのなら、それに越したことはない。どのような結果にせよ、彼らは祈願所を目指すつもりであった。



熊との戦闘による被害や、赤の護衛が行方不明になったことなど、本隊も予定が大幅に遅れていた。


「輸送隊はそろそろ今日の野宿地に到着するころね」


「距離としては、ここから三時間ってとこですか?」


グレンの予想にフィエルはうなずく。


「私たちの体力じゃ、恐らくもっと必要よ」



一般補佐は背負っていた荷物から、布に包まれた干し肉と水袋を取りだし、グレンにそれを手渡す。


「自分たちは戻る分の食料を持ってきてないだす」


なんとなく、グレンも今後の予定が掴めてきた。


「祈願所で救助を待つってことか?」


一刻も早くヒノキにつく必要があるため、本隊は朝を待たずに出発するだろう。



季節としては春の始まり。


太陽が沈む直前。のろしを上げたのが十八時だとすれば、逃げて戦い合流して、今は恐らく二十時から二十一時のあいだ。


普通の足で三時間。今のグレンたちでは到着できたとしても、倍以上かかるかも知れない。


もし間に合わなければ、彼らは誰もいなくなった野宿地を、呆然と見ることになる。


「でもよぉ、飯がねぇんだろ?」


今回は通らなかったが、そこはヒノキへの通過拠点の一つである。魔物に気づかれないよう、食料も多少は保存されていた。


「我々だけであれば、数日の生存は可能かと」


「でも場所が場所なのよね」


現状をみれば、それがどれだけ困難かわかる。


「救助に赤火の連中が動くそうだけどさ、恐らく到着は明後日の朝ごろよ」


「今日明日くらいなら、きっと生き残れるわ」


フィエルもこんな所で死ぬわけにはいかないため、保証などなかったとしても、そう思わなければやってられない。



だが現実を見つめる者もいた。


「その祈願所だけどさ、この前みたいな感じだと、流石にちょっと辛いんじゃない?」


「ここらは魔物の気性が激しいので、以前の場所より小ぶりですが、それなりの造りになっているそうです」


一般補佐が情報を得た相手。


「商会員からお聞きしたことですので、恐らく間違いは無いかと」


フエゴは救助に赤火が来ると知り嫌がっていた。


フィエルはコガラシと逢引中だった。


ゼドに至っては投げ槍の慣らしに夢中である。




下見だけでなく、商会員は何度か力馬ルートを通っていた。


「その時によって道筋は違ってくるんで、もしかすれば祈願所を使ったことがあんのかも知んねえ」


フエゴは新作の杖を見つめながら。


「拠点を駆使し、どのように生き残るか。グレンちゃんの縄張りがどれほどの効果があるか。まずはそこら辺から話し合ったほうが良い」


清水運びの時もそうだったが、こういった話し合いの場では、意外とまともなことを言う。


「場合によっては太陽が昇ってるうちにさ、見てくれだけでも工事した方が良いかもね」


しょせんは祈願所である。山一つ使った砦とはいかない。


それでも相手が魔物であれば、僅か一日でもなにかできるのではないか。



フィエルは考える姿勢をとり。


「岩の腕は私しか使えないわよ」


攻撃魔法としてだけでなく、岩腕は土木工事において重要な役割をもつ。


「下準備で祈願所の修復をしたはずだから、もしかすればなんか道具もあるんじゃねえっすか」


「さすがに玉具は持ち帰ったと思うだすが、木槌や円匙(シャベル)くらいなら、たぶん残してあるはずだす」


たかが兵士でも、一般補佐はない知恵を絞り。


「縄も欲しいですね」


周囲を見渡しながら。


「木材は豊富ですし」


たった六人。


作業時間も明日の日中のみ。


「たぶん大したことできないのよね。でもさ、なんもしないで後悔はしたくないじゃない」


火を囲む五人は、それぞれ力強くうなずき合う。


デクノボウはあくびをすると。


「じゃあ、日中の力仕事に備えて、ちっと寝させてもらうんだなぁ」


縄張りの効果がいつ切れるか解らない。


「三十分したら起こすぞ」


一応だが魔物たちは、今のところ落ち着いている。



前半休んだ者たちが見張りを受け持ち、残る三名が睡眠をとる。


寝ることはできないかも知れない。それでも横になるだけで、脳を休ますことができるはず。



グレンの瞳には、もう諦めの色はない。開いていた手の平を握りしめ、明日を思う。


「赤火が来るまで、必ず生き抜いてやる」


横になっていたボルガを見つめる。その背中はとても大きかった。



三十分後、六名は慎重に移動を開始した。


まずは祈願所に到着し、息を潜めて夜明けを待つ。


作業をすれば、それだけで魔物を刺激してしまうかも知れない。だからといって建物の中でうずくまれば、先に精神が殺られてしまう。


・・

・・


陽が昇り、そして沈む。


明かりは自分の灯した炎のみ。男はその場にかがむと、足もとの燃えかすを手に取る。


枝と黄土。炎に飛び込んだのか、魔虫の死骸も確認できた。ホノオの司る季節が恋しくて、これほどに集まったのだろうか。


「数も狂ってるが、この時期は普通まだ幼虫じゃないのか?」


「ヒノキほどじゃありませんが、ここらも生態系が狂ってますんで、なにがあっても変ではないんじゃ」


男に話しかけたのは、小柄なデブ。


「ここらにも雪の影響はあんだな」


「親ビン、こりゃあれですかね?」


黒い布は首に巻かれ、口もとが隠れているため、年齢というものを掴みにくい。


「のろしだな」


右の肩当てからは、魔物のものと思われる細長い尻尾が生えており、それが上腕から胴体へと巻きついていた。


前腕は失ったままであり、義手だという情報もあったが、それらしきものは装着していない。


「ですがこの感じだと、上手いこと煙がのぼらないんじゃないですかね」


「確かに作りが甘いな」


ここで一つ、グレンが知れば悔しがる知識があった。


犬が魔物となり野生化したため、今も犬魔と呼ばれているが、やはり生態は狼に近くなっていた。


狼煙。


猪と同じで狼はその種に拘った魔物だが、犬魔の糞でも煙を細長くする効果はあるのだろうか。


「それでも良くやったもんだよ、切羽詰まった状況だったろうに」


赤い布が巻かれた左腕で、そっと黄土をすくい。


「ところで、こりゃなんの意味があんだ?」


「山火事の恐れがあるので、たぶんその対策なんじゃ」


高く舞い上がった火の粉が枝を燃やさないよう、何本か木を倒しているのも見て取れる。


「へえ、良く考えるもんだ」


「とても気が回る御仁なようで」


チビデブは手に持っていた脇差しを腰に戻すと、地面に置いていた大きな棍棒を担ぎ。


「夜も更ふけてきましたんで、そろそろ皆さんと合流しましょうぜ」


明火長の書状を持った数名が、ヒノキ本陣に駆け込んできたのは今日の昼過ぎ。


いつものように拒否することもできず、動かせる何班かを引き連れて出発した。



二人がゼドたちと合流できず、輸送部隊を追った可能性もあった。もしその道中で死んでいれば、魔物具はともかく土の領域には引っかからない。


集合地点を最初に決めておき、赤火は班を展開させていた。死体を探しながらの移動である。


本来は四人一組のはずだが、この場には二名しかいない。


「ありゃなんだ?」


男が指さした方向には、杭が地面に突き刺さっていた。デブは一度持ち上げた棍棒を再び置き。


「少々お待ちを」


赤火長が動きだすのを制止すると、チビデブは杭のもとまで進み、それを抜いて相手にさしだす。


「抜くなアホ、そりゃ地図の目印だろ」


罰が悪そうに頭をなでながら。


「でも位置からして杭を移したのは、たぶん赤の護衛さんだと思うんす。それに、なにか刻まれてるようでして」


片手がないためデブに杭を持たせると、残った腕に火を灯し文字を確認する。


「こりゃ何処だ?」


グレンと違い、頭に地図が入っているわけではない。


「勇者の案内人さんが示されたのが、確かそこの範囲内だったはず」


ここから祈願所までの間を探せ。


赤火長はしばし腕を組んで考える。もっとも右手が無いため、それっぽい姿勢をつくっているだけだが。


「祈願所までここからどんくらいだ?」


距離すら把握できていない。


「へい。急げば、一時間強もあれば」


通常の足であればもっとかかる。体調によっては、二から三時間は必要だろう。


「合流地点に戻んの面倒だな、いっそこのまま行っちゃう?」


「ですが、皆さん心配しますぜ」


赤火長はケっと唾を吐き。


「そんな可愛娘ちゃんがいれば、俺もふんぞり甲斐があるんだがな」


屈んでいたせいもあり、なんどか腰を叩きほぐす。


「老体には堪えるねえ。でっ、どうするよ?」


決断力の有無。


「オイラは親ビンについてくだけっす」


見てくれはこんなんだが、このデブはけっこう可愛気があった。



これまでの移動で、休憩などあるはずもない。


「もう歳なのにさ、こんな命令ばっか当てられてよ」


片手でも取り出せるよう、なんらかの工夫がされた小物入れ。そこから取りだした地図は折りたたまれていたので、なんどか振って広げる。


「俺って本当に可哀想だよな」


デブは土の玉具で方角を確かめると、一方を指さして。


「へい。親ビンは可哀想です」


気分を良くしたようで。


「だろ」


ケッケと笑いながら祈願所に向けて歩きだす。



チビデブは大きな棍棒を持ち上げると、赤火長のあとをチョコチョコと追いかける。


「赤の護衛さん、無事にたどりつけていますかね?」


夜風が二人のあいだを通り抜けた。


「知ってると思うが、俺はあまり頭が働かん」


デブは哀しそうに、頷こうとしてそれを止める。


「追いつめられた状況でこんだけ動くなんて、とてもじゃないが俺には無理だ」


頭の回転が速い人間であれば、こんなことにはなっていなかった。


「たいした兄ちゃんだ」


知恵のある者達に騙され、踊らされた結果が今である。


デブは下を向いたまま。


「自分で言わないでくださいよ」


頭をかこうと右腕を持ち上げながら。


「危ない思いして救助に来たんだ、死んでもらっちゃ割に合わん」


トントは乾いた声で。


「ほかの連中は面識なくて知らんけど、珍しくあいつが自分から動いたんだ」


長いあいだ魔物の王を支え続け、後は若い世代に全てを託し、死ぬはずだった猫がいた。


凍てついた肩当てが、一層に身体を冷やす。


「まあ、なんとかするだろ」


言動はともかく、その人物はいつだって、冷静に事を運んでいた。


「ああ見えて、けっこう頭切れるしな」


右手など、もう何処にも無いのだから、頭をかくことはできなかった。


 散々引っ張ってきたトントさんの初登場です。

 フエゴやオルクの時もそうだったんだけど、実際に描いてみると、考えていた人物とちょっと違う感じがするんですよね。

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