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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
12章 雪の降る山
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三話 走れボルガ

すでに太陽は傾き、世界は黄昏色に染まっていた。


この地を歩くのは四人。



何度も大地に添えたせいで、両手は泥にまみれていた。


「ちっとも触らないだすね、お手上げだすよ」


最悪。


「戦闘でもあれば、こっちから気づけるんだすがね」


恐怖と疲れて震える足を叩きながら、一般補佐はしっかりとした口調で。


「赤の護衛さまが生きていたとしても、そういった自殺行為は避けるはずです」


この面子で一番弱いこともあり、荷物は彼が背負っていた。それでも魔物がくれば戦わねばならないため、持ち運ぶ量はとても少ない。


「魔物避けに魔獣具を使うはずだしさ、その瞬間を見逃さなければ良いのよ」


場数が違うようで、フエゴの声には余裕がある。


「慣れた金属に領域魔法を使えれば、まあ可能かも知れないだすね。でも、自分には無理だすよ」


建物の内部には地面がないため、金属を土の代用とすることもある。だが所詮は代用である。


「移動しながら土の領域を使えるってのは、それなりに便利だす」


使い手と共に領域も動く。


発動地点から離れろば離れるほど、領域は効果が弱くなる。また発動地点でなければ、細かな操作はできない。



フィエルは辺りを警戒しながら。


「あんな嫌味な言い方をしないで、正直にそう伝えれば良いじゃない」


「土の領域で失敗したら、食い扶持が無くなっちゃうだす。だから失敗を認めたくないんだすよ」


剣では稼げないこの時代。領域を売りにしなければ、今日の飯にはありつけなかった。しかしそれは命に関わる仕事である。


今回のような経験も、一度や二度ではないのだから、ゼドも自分の身を守る方法は心得ている。たとえ給料が下がろうと、依頼主に必要以上の期待をしないよう、前もって伝えておく。


・・

・・


フエゴは一般補佐から水袋を受け取ると、中身を一口ふくみ。


「水使いがいないのは、やっぱキツイのよ」


「そもそも、この面子もどうかと思うけど」


二人の補佐が救助に向かえば、陣形をとるのが難しくなる。その代役はガンセキと明火長が務めているものの、練度の低下は否めない。


「生存されていれば良いのですが、そうでなかった場合、我々は言い訳を用意しなければなりません」


責任を追求されたとき、どのような対処を取ったのか。


赤の護衛の救助に向かったのが、ただの兵士だと伝えれば、そこを突いてくる者がでてくるかも知れない。


「安全な場所から成り行きを見守っている連中に、好き勝手言われるのは、そりゃもう気分が悪いもんなのよね」


世襲というものも確かに存在するが、レンガという都市の構造だと少し違う。


一般補佐は周囲を警戒しながら会話に参加する。


「責任を追求する側も、相応の危険を犯しながら、その地位を手にしています」


失敗のリスクを背負った者だけに、出世というチャンスが訪れる。



現状で会話をするのは褒められた行為ではない。だが沈黙と言うのは、時に恐怖を増加させるものである。


ゼドは思うところがあったのか、木に遮られた遠くの空を見つめ。


「親の後を継ぐってのも楽じゃないだすよ」


もし弟が無能であれば、ゼドも少しは気が晴れていたかも知れない。


少なくとも今は、両親に感謝の念を抱いている。領域魔法の第一人者を雇い、自分の教育係として当ててくれたのだから。


ただ、気づくのが遅すぎた。


ゼドは歩くのをやめると、再び地面に手を添える。



最初は教育の一環であった。


「お師匠様は自分に剣を教えるのを嫌がっただす。でも父と母にお願いして、なんとか留まってもらった」


無気力だった息子が、始めて興味を示したもの。



低位土使いの魔力量は、ずっと展開できるほどの余裕はない。ゼドは領域を解除すると、フィエルを見つめ。


「言わなくとも解ると思うだすが、長生きできる人種じゃないだす」


剣士。彼の両親がその本質を理解していれば、また違った未来があったかも知れない。


止めようとして、止められるものではない。


「あんたは生きてるじゃない」


もしもの話は、あったはずの未来とは違う。


「運が良いだけだす。嫌な人も沢山いたけど、良い人もちゃんといた」


出逢いは掛け替えのない財産である。


ゼドには未だ、その言葉の意味が理解できない。


「彼の目にはちゃんと映っている。だから、見捨てないでやってほしいだす」


別に見捨てたつもりはない。


恋とは違った。


なにも解らない彼とは違い、地に足がついた感覚があった。そこには確かな安らぎがあって、はじめて人を愛せた。


愛がなにかは、今でもわからない。


「私より、あなたとの出会いのほうが、価値はあると思うけど」


外から見れば誰でもわかる。その背中を見つめる姿は、言葉では表せない何かがあった。


「自分は関係ないだすよ。今の彼があるのは、本物に出逢えたからだす」


大切に思っていた。


異性としても見ていた。


少なくとも、そのつもりではあった。



どのような感情にせよ、誰よりも自分を意識してもらえて、本当に嬉しかった。


ゼドには未だ、あの言葉を完全に理解できない。


自分は確かに、彼女を愛したはずである。


「一点に縛られる者は二流だす」


幼き日々。しつこく言われたから、今でもなんとか思い出せる。



少しずつ足場が悪くなってきた。


一般補佐は近場の木につかまりながら、慎重にくだっていく。


「ですが、あの剣は止めさせたほうが良い」


責任。出世。


沈黙していた男は顔をあげ。


「彼が動いてくれなければ、あの時点で赤の護衛を失ってた。ペルデル君が言ってたのよね」


熊からグレンを守ったときだけではない。セレスとの出会いも、似たような状況であった。


「あのような戦いを続けていれば、命がいくつあっても足りません」


「でも根本だけは捨てちゃ駄目だす」


自分の剣を世界に認めさせる。


お前が母さんを守れ。


「それがなくなると、一気に老け込むだすよ」


剣を持てなくなった剣豪が、僅かの間に年老いたように。


この場にゼドが立っていられるのは、少ない事例である。


・・

・・


会話をしながら警戒を続け、やがて四名は最適な場所を発見した。


激流は衰えることもなく、彼らの行く手を遮断する。


橋などはない。


沢の幅。


「おいちゃんもう歳だしさ、もともと運動とか苦手なのよ」


フィエルは怖がるオッサンを無視して地面に両手を添える。


「私も得意とは言えないわ」


調和型であるからして、攻撃型ほど細かな動きはできない。


「でも同行するって名乗りでたのは、どこの誰だったかしら?」


「自分、運動はけっこう得意だす」


召喚された岩の腕に飛び乗ると、ゼドは指先に移動する。


「それじゃあ、せーので行くわよ」


うなずき膝をまげる。ゼドはフエゴに微笑みを向け。


「よく見てるだすよ。でも、自分の格好良さに惚れちゃダメだすからね」


フィエルの合図にあわせて宙に舞い上がる。



美しく着地を決めると、ゼドは向こう岸の三人に格好良いポーズをとる。


「次は誰?」


「では私が。ゼドさん、警戒をよろしくお願いします」


身体能力は平均以下だが、真面目な性格からして訓練は怠っていないのだろう。なんの面白味もなく、ゼドのもとへ渡った。


「フエゴさん、私が受け止めますので!」


「無理よ、涙でお兄さんが見えないの」


お目々が潤々していた。仕草はとても可愛いのだが、まあオッサンなので言わずもがな。



いじけていたゼドは鼻糞を穿りながら。


「死にたくなければ、急いだほうが良いだすよ」


二体の魔物が動きだしていた。


フィエルは片手を地面に添え。


「戦力を分断した隙を狙ってきたわね。十から始める、そろそろ覚悟を決めなさい」


「おいちゃんには無理よ、もうこれ以上進めない」


泣き崩れるオッサン。


「お姉さまも一緒に飛んで、二人ならいけそうな気がするのよ」


ただ抱きつきたいだけと思われても仕方がない。無常にもフィエルはカウントダウンを開始した。


実際に抱きつきたいだけだった。



ゼドは女口調で。


「しっかりして、これまでの努力を無駄にするつもりなの!」


「でもおいちゃん、やっぱり怖い」


二人を別つ激流。


ゼドはフエゴを睨みつけ。


「泣いてちゃなにも変らない。前をみて、立って!」


魔物は刻々と迫り来る。


長年の勘が、相手の真意を掴む。


「ダメっ! やっぱり、おいちゃんにはできない」


「なんのためにここまで来たの、グレン殿を助けるためでしょ」


ギュッと両目をつぶり、そして叫ぶ。


「お願いフエゴ、飛んで!」


ゼドは一般補佐よりも前にでて、満面の笑顔で両手を広げ。


「大丈夫。だって、貴方には翼があるもの!」


オッサンは両手を強く握りしめ。


「わかったわ、ゼド」


カッと目を見開く。


「おいちゃん……飛ぶ!」


今この時。彼は大地という呪縛から解かれ、約束の地へと放たれた。



水しぶきが夕陽に反射し、空を舞うオッサンを美しく彩る。



きっと二人には見えている。二人だけの絆という運命の翼が。


「ゼドっ!」


「フエゴ!」


胸に飛び込んできたオッサンを。


「できるって自分は信じてただす」


オッサンが力いっぱい抱きとめる。


「ちがうよ。ゼドがいなければ、おいちゃんきっと飛べなかった」


その後も二人は抱き合う。


他者には聞こえない声で、会話を交わす。



普段穏やかな人は、怒るとすごく怖い。


「ふざけるのは止めてください。今の状況が解っているのですか」


いい歳をしたおっさん達は、一般補佐に本気で諭される。



二人を払いのけると、未だ向こう岸に残るフィエルに。


「早く!」


うなづきだけを返し、岩の腕に飛び乗ると、自分でそれを操作する。


他者を飛ばす方が難しいため、難なく着地に成功した。


フィエルは三人を交互に見たのち。


「相手によっては飛び越えられる距離です」


軽蔑すら向けないまま、ゆっくりと走りだす。


一般補佐はいつもとは違う穏やかな口調で。


「貴方たちが要です。お願いですから、確りしてください」


ごめんなさいと二人して頭をさげ、彼らは沢から離れていく。



フエゴは意志を灯した眼球で、赤色の消えた空を睨みつける。


フィエルを追い越したのち、ゼドは無言で一方を指差す。


・・

・・


屑二人は遊んでいたが、馬鹿二人は生き残るために動く。


沢沿いまで到着したボルガとグレンは、水の流れる轟音を背に、命がけの作業を進めていた。


岩の壁を召喚し、それを崩すことで土へと変化させる。


山火事となれば洒落にならない。周囲の草をむしる余裕もないため、黄土を広げることで引火の予防とする。


「なにしてんだ、おめぇも手伝ってくれ」


グレンは辺りを見渡し。


「何本か危ない位置にある。悪いけど、そっちはお前に任せる」


危険と判断した木まで足を進めると。


「先に枝とか切り落としたほうが良いのか?」


尋ねたものの、土を広げるのに一生懸命で、声が届いていない様子。


無視されてムカついたのか。


「おいっ!」


荒い口調で声をかければ、ボルガはこちらに背を向けたまま。


「んなこと、おれが知ってると思うか。だいたいよぉ、その身体で木登りは無理だろ?」


「聞こえてんなら返事しやがれ。まあ、今後のこと考えれば、体力は温存しておくべきか」


このまま倒すと決めたグレンは、構えを整えると慎重に引き裂く。本調子とは程遠いため、一撃は弱めである。続けざまに何度か斬ることで倒す向きを調節し、最後は両腕で力を込めて押す。


炎柱が倒れた瞬間。あの光景が今と重なり、急いでそこから離れる。


地面が湿っているため埃はまわない。土と草に水が混ざった臭いが強くなる。


「良し」


「よしじゃねぇだろ、押した方向と違うじゃねぇか」


彼は少し不器用だった。


「うるせえ。こういうのは職人技なんだよ、素人になにを求めてやがる」


想定の範囲内だと吐き捨てるが、もちろん強がりであった。


それでも慎重に作業を進めたこともあり、四本ほどを倒すことができた。前腕で額の汗をこすり取ると、振り返りボルガの方を向く。


所々草が顔を覗かせていたが、とりあえずは完了したようである。


「まだ離れてるけど、魔物が何体か近づいてきた。さっさと終わらせるぞ」


太いものもあれば、細く枝分かれしているものもある。グレンには上手くできないため、ボルガにそれを組み重ねてもらう。


レンガで色々と知識を詰め込んだが、あの期間では限界がある。


「これで良いのかねえ?」


のろしを作ったこともなければ、作り方を調べた記憶もない。


ボルガは先ほど倒した木を指さして。


「葉っぱも燃やしたほうがいいんじゃねぇか?」


しかめっ面でうなずくと、頭をかきながら歩きだす。




五分後。一応は完成した。


二人は馬鹿面でそれを見下ろし。


「じゃあ、行くぞ」


力なくボルガはうなずく。


腰袋から油玉を二つ取りだすと、それを投げつける。


「なにやってんだ」


枝と葉っぱがクッションとなり、玉は破裂しなかった。


「予定どおりだ、こんちくしょう」


石を作ってもらい、それを当てて破裂させる。



ボルガが抜いてしまった杭を、のろし(?)から少し離れた場所に突き刺す。


逆手重装の爪で記号と数字を刻む。


「北はどっちだ?」


たとえ領域を使えなくとも、土使いの大半はその感覚をもっている。


「あっちだな」


教えられた方向をしばらく見つめる。頭の中に存在する地図と照らし合わせると、グレンは一方を指さして。


「この方向を忘れんなよ、お前についてくからな」


「わかった。あっちに祈願所があんだな」


互いにうなずくと、グレンは相手の肩をたたき。


「離れてろ。俺が着火したら、すぐに走れ」


「遅れんじゃねえぞ」


背中を向けたボルガの尻を蹴飛ばすと。


「誰に言ってやがる、薄鈍風情が」


尻をかきながら足を進める。相手に振り向くこともなく。


「あんま酷えこと言うと、おれ泣いちまうぞ」


「悪かったな、俺も泣きそうだわ」


その場にかがみ、油の付着した場所に手を添える。


「良いか。合図したら走れよ」


せーの。


アクアの笑みを思いだし、グレンは少し嫌な気分になった。


「一」


まだ三は言ってないが、グレンはのろしに火を灯す。


「二の……」


追加で魔力を送り、火を炎へと変化させる。


油に引火して、火力が並位中級へと燃え上がる。



振り向くと同時。黄土を蹴った瞬間にグレンは叫ぶ。


「三ッ!」


ボルガは駆けだした。


加速には時間が掛かる。



木を倒せば音がなる。それに刺激を受けた魔物は、移動速度を速めていた。


魔虫はこの場に寄せつける。



赤の護衛が兵士の背後に追いつく。


「近くに誰もいなけりゃ、もうどうしようもねえ」


祈願所への道のりを探してくれ。


「一応杭に目印は残したがよ、あれは俺らの死体回収用だ」


死体を探しにきて、死体が増えるのは困る。


「嫌なこと言うんじゃねぇ!」


そろそろ完全に燃え移ったと予想し、グレンは魔法としての維持を止める。


「どちらにせよこのままじゃ死ぬ。やれることはやる!」


鼻で周囲を探る。しかし未熟であり、切羽詰まったこの状況では、あからさまな相手しか探れない。



熊との戦闘があった場所は沢の向こうであり、どう頑張ってもこちらからは戻れない。


今のところ、近くに人の気配はない。



歯を食いしばる。


ギシギシと音がなり、歯茎が軋む。


「くそ」


それどころか、輸送部隊の存在すら感じられない。


「なにも考えるな、前だけを向いてろ」


相手だけでなく、自分に言い聞かす。


今の顔を見られたら都合が悪い。


だから。


「絶対に振り向くな」


生き残るぞと声をかけることが、グレンにはできなかった。





涙を堪え、必死に叫ぶ。


「走れボルガ!」




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